試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃     (3)

 

 俺は自分の眼をうたがった。

 

 

 明晰夢なのか。

 それとも沈思黙考なのか。

 一連の、みょうにハッキリとした、匂いさえも伴う映像

 それを思い浮かべているうちに、1時間以上も経っていたとは。

 

 右フックに使った握りこぶしの感覚が生々しい。

 サバンナの闇夜に轟いた短機関銃の銃声。

 汗のベタつきと、酒場のどよめき。

 夜空を盛大に横切る星々……。

 

「器用ですな、アンタは」

「なにか」

「目を開けて寝てましたぞ」

「寝てた……俺が?」

 

 銭高はモニターに照らされた幽鬼のような顔をチラッとこちらに向け、

 

「コチラが話しかけても、なんの反応も無かったですからなァ」

「いや、ちょっと考えゴトをしていたんだ……と思う」

 

 ドアのスイッチを操作し、車の窓を下げて深呼吸した。

 いつのまにかレンタカーの中はゴロワーズの煙だらけになっている。

 

 指定の時間を過ぎても銭高が動いていない。

 と言うことは。

 ドレッドたちは姿を見せていないのだろう。

 そもそもあんな場末の飲み屋に、本当に現れるかアヤしいものだ。

 なんというか――そう。店の雰囲気が、ヤツラの気配とマッチしていない。

 俺は、『ジーミの店』の対面に立つ小さな酒場を思う。

 

 『BAR1918』

 

 そうだ。

 やはりこちらの方が、どうも本命な気がする。

 はやいトコ現地に行って()()()をつけた方が良さそうだ。

 この警部補ドノに嗅ぎつけられるのも、時間の問題かもしれない。

 

 それからさらに30分近くの間、車内は無言だった。

 銭高は恐ろしいネバりをみせ、ノーパソのモニターから目をくぎ付けにして。

 とうとうガマンしきれなくなった俺は、

 

「これは……今夜は姿を現さないんじゃ?」

「……」

「あるいは……ガセだったとか」

「その思い込みがイカんのです……ホラ」

 

 えっ!と俺のなかで血が騒いだ。

 ノーパソの画面を横からのぞき込む。

 

 最大ズームとなったモニター画面。

 その中で、短髪、強面をしたガタイのいい青年が、スカジャンのポケットに手を突っ込んだまま、ダボダボなズボンをひるがえし歩いてくる。

 身長も幅も、俺より一回り大きい。

 さりげなく四方を睨み、なにかを確認するような用心深い物腰。

 頭を動かすたびに耳のイヤリングが煌く。

 

 しかし――どうみても、見覚えのない野郎だ。

 

「コイツが?……このガキが、どうしたってんです」

「例の2人につながっているヤツですよ。ヤクの売人(プッシャー)をやっている“ブタジマ”ってクズです。今回は、ひょっとするとメッセンジャー役かもしれませんナ」

 

 俺たちが見守るなか、売人ブタジマくんは『スナック 思い出』のベルをハデに鳴らして雑にドアを開け、大きな図体を店のなかに消した。

 

「踏み込むんですか?」

「まァさか。令状もないのに」

「え?いちおう法律は重視するんだ……」

「アンタぁワタシをなんだと思っとるんです?」

「不良警察官」

「……せめて“正義の”不良警察官と言って欲しいですナァ」

「正義ねぇ……」

 

 そのまま2人で息をつめて見ていると、やがて10分ほどで酔った風もなく店から出てきた。

 携帯をどこかにかけると、画面を見ながら何やら話しつつ、ゆっくりと歩いてゆく。

 

「よぅし。すこし、ゆさぶってみますかナ……」

「ゆさぶるって、どんな?」

 

 なぁ、アンタ?と銭高はこちらに向き直り、底光りをおびた(まなこ)

 

「あのガキに、チョッとばかりちょっかい出してみてくれませんか」

「ちょっかい……って?」

「なんでもいい、挑発するんですよ。警官が探してるとか。そうだ、このワシが待ってるとかでもいい」

 

 ――うぇぇぇぇ?

 

 思わず絶句する。

 

「……コッチは善良な一般市民ですよ?」

「ハテ。善良かどうかは、分かりませんが、な」

「市民の安全と生命を守るんじゃないんですか?」

 

 俺の抗議に、この警部補どのはオソろしいことを言い出した。

 

「100人の市民を守るためなら1人くらいの犠牲はやむをえません、といったトコですかな」

 

 サァ、早く!と俺はレンタカーを追い出されてしまった。

 饐えた臭いがするガレージのうす闇を泳ぎ、シャッター脇のガタがきた木製ドアを開ける。

 

 ひんやりとした新鮮な空気。

 往来の途絶えた、再開発地区の夜の光景。

 通勤帰りの人影は、もはや絶えて見えなかった。

 デザインの旧いあちこちの看板だけが、わびしく灯って。

 

 俺は道をわたり、『思い出』の前をワザとゆっくり通過する。

 店は、中からカラオケの気配や談笑がもれることもなく、ヒッソリとしていた。

 もしや立ち退きのための補助金が欲しいため、形ばかりに店を開けているような。

 そしてそれは、まわりのどの店も同じような気配だった。

 

 彼方を見れば、問題の青年がこちらに背をむけ、ゆっくりと歩いている。

 こちらは革靴をできるだけ足音立てぬよう、背後から青年との距離を詰めた。

 気配を殺し、視線を目標のあしもとに固定して、なるべく気取られないように……。

 

 青年側の通話が終わった。

 

 いや、もしかしたら通話などしていなかったのかもしれない。

 背後から近づく俺に、とうに気づいていた身ごなしで、ゆっくりと振り向く。

 そういや携帯の画面の持ち方がヘンだった。ありはバックミラーがわりにしていたか。

 両腕を脇に垂らし、ゆっくりと待ち受ける姿勢。

 

「なんだ?テメーは……殺気なんか出しやがって」

 

 ヤバい。

 

 気配を消したつもりだが、アフリカの夢の影響が、まだ尾を引いていたか。

 なるべく顔を見なれないよう、うつ向きがちになったまま近づくと、足を止め、

 

「銭高のとっつぁんがヨロシクとよ……」

 

 いきなり光るモノが突き出される。

 

 とっさに身をひねって避けることが出来たのは、たぶんあの夢のおかげだ。

 だが、相手は酔って腰の入っていなかった伍長とちがい、バランスを崩すようなヘマはせず、ナイフを構えたままヘビのような眼つきでジッとこちらをニラむ。

 オレは更地となった地面に突き刺されている手ごろな鉄棒をサッと横目に。

 

 ――いや……この辺の防犯カメラ、まだ生きてるよな。

 

 ハデなことは出来なかった。

 

 この国は“正当防衛”が通じない司法に支配されている。

 鉄棒をふりまわし、ウッカリ相手の頭蓋骨でも陥没させたら「過剰防衛」でコッチが逮捕されちまう。

 

 間合いを詰める相手に、オレは『思い出』の方へと後ずさる。

 ねがわくば銭高が、このシーンをバッチリ撮ってくれますように。

 

 瞬間、こちらのスキを突いたように闇夜を光芒が奔った。

 

 ――コイツ!

 

 単なるチンピラじゃない。

 まちがいなく1人や2人殺っている動きだ。

 俺はジリジリと、さらに『思い出』の方に後退する。

 

 ナイフの動きが迅い。

 夜目にも鮮やかに虹色の閃光が縦横に走る。

 体捌きをミスったときは、ジャケットを刃先がかすめた。

 スキをさそい、大きなモーションの攻撃を受け流した刹那、俺は相手のふところにもぐりこみ、ふたたび体重が存分に乗ったパンチを叩き込む。

 

 ――うっ……!

 

 拳から伝わってくる、筋肉に鎧われたブ厚い胴体のけはい。

 

 ヤバイ、と思う間も無かった。

 相手はパンチを叩き込んだ俺の腕を掴むやねじりあげ、一挙動で一本背負い。

 

 アスファルトの路面。

 そして夜空を背景とした古びた街灯が目の前を流れ、掴まれていた腕が離された次の瞬間、山なりに背中から落下した。

 どうにか受け身が間に合い、衝撃を体全体で受け止めて殺すと、そのまま転がって相手との間合いを取る。 

 

「手馴れてるじゃねぇか、えぇ?――サツの(イヌ)か」

 

 低い声が、含み笑いと共に。

 なにか楽しんでいるような風情がある。

 おそらく相当の場数を重ねたワルだと俺は察する。

 

「待ってな?いまラクにしてやっからヨォ……」

「ラク?らくってなァ、どういうこったい?」

 

 オレは、俺の口が浮き浮きと、いかにも楽しげに動くのを耳にした。

 

「テメェみてぇなガキが、俺に敵うとでも?」

 

 颯、と相手の顔色が変わるのが、このうす暗がりでも分かった。

 

「上等だよ糞オヤジが……その減らず口を入れ歯にしてやっから」

 

 こんどはコッチの顔色が変わる番だった。

 

「はぁ?寝言は寝てから言えや、腐れ外道め。テメェみてぇなクズは社会のお荷物なんだよ」

 

 もはや子供の口ゲンカだった。

 彼我ともに目を怒らせ、中腰になり一触即発の機会をうかがう。

 

 その時だった。

 

 ドタドタと幾つもの重い足音が一斉に沸き起こったかと思うと、相手は同じようにゴツい体格をしたスーツ姿の男三人に取り押さえられる。巨体同士が激しくぶつかり合う気配。1人がケリを入れられて吹き飛ばされた。

 逃げようと更にもがく売人ブタジマくんだったが、ひとりの男が彼の後頭部をわしづかみにして近くの電柱に叩きつけたところで勝負がキマった。

 大柄な体が、ズルズルと崩れてゆき、動かなくなる。

 

「22時19分・銃刀法違反!“ゲンタイ”(現行犯逮捕)!」  

  

 すぅぅっ……と黒いセダンが音もなく近寄ってきて、グッタリとしたブタジマくんは後ろ手に手錠をかけられたまま、後部座席に押し込まれる。

 

 男たちの動きは素早かった。

 

 落ちた刃物。それに売人の携帯電話を“証拠品として回収。

 もう一台やってきたセダンに分乗するや、すこし離れた場所で緊張したまま身構える俺には目もくれずに、一言もなく撤収していった。

 

 ――()ッかねぇぇぇ……なんだよアレ。

 

 普通(なみ)の警察の動きじゃなかった。

 拉致に慣れているような身ごなし。連携プレー。

 薄暗い場所だったので、男たちの印象もあまり残っていない。

 

 今になって、受け身をとった時の腕と背中の痛みが自己主張を始めた。

 それによくみれば、ジャケットの前身ごろもがスッパリと切られている。

 内ポケットに入れていた手帳が幸いしたのか、そこで刃筋が変わっていた。

 

 ――これで3着目だぜクソが……。

 

 1着目は女どもの愛液まみれ。

 2着目は首筋からの鮮血。

 そして今またコレだ。

 

 オレは首の包帯をソッと触った。

 縫合跡がひきつったような痛み。

 あのブタジマと格闘した時かな。

 どうもこのところヤバい感じだ。

 

 トボトボと歩きながら、俺はガレージの方へともどる。

 シャッターわきの扉を静かにあけ、電球のスイッチを探った。

 

 ところが。

 

 いくらパチパチやっても頭上の裸電球が点かない。

 よくみればカメラ付き三脚も、なによりあの警部補の姿も消えていた。

 

 「――銭高さん……?」

 

 俺は手さぐりでガラガラとシャッターを開けた。

 街灯のあかりが水のように車庫へと流れ込み、うらぶれた情景に輪をかける。

 

 なんてこった……。

 

 俺はレンタカーの運転席にもどった。

 背中と腕の痛み。なにより車内にこもるゴロワースの臭いさえなければ、あの猟犬じみた警察官の存在をも疑うところだ。

 

 ――まてよ……?

 

 そのときはじめて思い当たった。

 

 ――あの警部補め、まさか俺を囮にしたんじゃ……。

 

 ひょっとすると、最初からあの“売人くん”目当てだったのかもしれない。

 だとすると納得がいく。

 サッチーとケンカをしたので、手ごまが足りなくなったとしたら。

 しかしそうなると後続の部隊はなんだろう?

 

 ――どうみても所轄や県警には見えなかったナァ。

 

 記憶に残る物騒な雰囲気……いちおう“ゲンタイ”とは言っていたが。

 まさかあれがウワサの『公安警察』だろうか。

 機動隊あがりめいた体格の野郎どもたち。

 スーツが、いかにも借り物じみて。

 

 ささくれた気分になりかかるが、あの一団の不気味さがそれを帳消しにしている。

 なんだか銭高警部補どのの、闇の一面をかいま見たような。

 

 ドアポケットに残しておいた携帯の電源を入れる。

 服に入れっぱなしにしておかなくて良かった。

 もっとも、こうなることは半分予期していたのだ。

 

 着信が1件――『美月』から。なんだろう。

 そしてメールが3件。

 いずれも轢殺を見逃した青年から、10万の催促×3回。

 チッ!と舌打ち。あのガキめ。

 

 ――ようし。ンなら直々に届けてやろうかぃ。

 

 ニヤリと思わず俺はわらう。

 

 場合によっては説教だ!

 俺はガレージから車を慎重に出すと。7シャッターを元どおりに下ろし、うらぶれた地区を抜けて記憶にあるヤツの家へと向かう。

 

 

             *  *  *

 

 

 窓を全開に開けて走っても、ゴロワーズの臭いは取れなかった。

 まるであの警部補の執念が車に、そしてオレの服にもしみついたような。

 途中のコンビニでスプレー式の消臭剤を買い、車内に、そしてオレの服に吹きかける。

 

 ――銭高め……こんど会ったら、どうしてくれようか。

 

 やがてレンタカーは静かな住宅街に入った。

 シャッターの降りた、まるで無人のような家々が並ぶ区画。

 ようやく青年の家まで来た時、俺は携帯からメールをする。

 

≪よぅ、引きこもり。調子はどうだい≫

 

 さほど待つまでもなく返答が帰ってきた。

 

≪あぁ、よかった!もう見捨てられたのかと思いました(泣き顔のスタンプ)≫

≪ずいぶん金が要りようなんだな。まさかフトコロに入れてるんじゃなかろうな?≫

 

 すこし間があいた。やがて、

 

≪一応、情報をもらったら返礼しなくちゃならないところがあるんです!≫

 

 憤慨したような文面。

 

≪それで、お願いした金額は月曜日に間に合いますか?≫

≪いま渡してやるよ≫

≪――いま?≫

≪窓を開けてみな≫

 

暗く静まり返った目の前の大きな家。

その一角の窓がパチンと鳴り、サッシがカラカラと開けられる気配。

オレは携帯のライトを灯し、その窓に向け大きく輪をかいた。

 

「ウェ!?」

 

 上からそんな妙な声が降ってきて、すぐさま窓は閉じられる。

 

 ややあって、ドカドカと階段を踏み鳴らす音が家の中から響いたと思うや、ガチャリ、暗いまま玄関の戸が開いて、くだんの青年が顔をのぞかせた。

 

「よぅ、もってきたぞ!?」

「そんなぁ……ネットバンクじゃないと困るのに」

「分かったわかった、じゃぁネットバンクにでもするさ」

「もー来るなら来ると……良かったですよ、今夜は家の者がみんな留守で」

 

 サンダルをつっかけて、青年が門までやってきた。

 

「なんだ?オマエの家族、旅行にでも行ったか」

「まえに話したでしょ?兄の結婚について、先方の家と打ち合わせに泊りがけで……」

 

 そういや兄貴が年の離れた女とムリヤリ結婚だとか話していたっけ。 

 

「……そうか。ンなら、とりあえずジャマするぞ」

 

 俺は豪勢な門を勝手に開いて前庭にズンズンと進み、玄関へと向かう。

 

「え、ちょっと!そんな」

 

 驚いたような声が、背中から追いかけてくる。

 オレのほうも“俺”の行動に驚いていた。

 普段なら、こんなことは絶対やらないはずなのだが。

 

 玄関わきのそれらしきスイッチを入れると頭上のシャレた照明が息を吹き返した。

 広い玄関だ。三和土(靴脱ぎ場)のスペースも十分。さすがに鷺の内邸ほどではないが。

 なるほど、コイツの家が金持ちらしいことは分かった。

 靴を脱ぎ、俺は勝手に上がり込む。

 そして、そのままワキにあった階段を上がって二階へ。

 

「えッ!ちょっと!」

 

 いきなりジャケットのベンツを引っ張られる。

 

「まさか……ボクの部屋に!?」

「いいか小僧!」

 

 俺は振り向いて、フロント・ダーツあたりを奔るナイフの切り口をしめした。

 

「今日ここに来るまでにな!半グレと渡り合って、コッチぁ散々な目に遭ってるんだ!お前の10万を届けるためにだぞ!?四の五の言わすな!」

 

 最後のほうはハッタリだったが、そう言って凄んで相手を黙らせた俺は、2階の廊下をズンズンと歩き、それらしき部屋の引き戸をガラリと開ける。

 

 ――うゎ……。

 

 目の前に広がった光景に、思わず俺は息をのんだ。

 

 

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