試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
足の踏み場もないゴミの山。
片付けられていないペットボトル。
食べ残しの弁当や、散らばったマンガ本、雑誌。
部屋にこもる
……などと言うことはなく、室内はワリと整然としていた。
同人誌らしき『ウサギさんのおしごと~バニーガールのイケナイないしょ話』※1
が読みかけのまま伏せられていて、その奥ではバニーガールのコスプレをしたアニメキャラの1/1ドールが1体。10畳チョイほどの部屋の奥からこちらを見ている。
「ちょっと、早く出てって下さい!」
「あ……パヤ波だ」
「そうですよ、パヤ波です!さぁ、はやく!」
「あ、それにC子さん」
壁にはエロゲーキャラの等身大ポスターがメイド服姿で微笑んでいた。
「……知ってるんですか」
昔は営業マンたるもの、客先のどんなネタにも反応しなくてはならないので、常に勉強を怠らなかったものだ。たとえそれが18禁のPCゲームであっても、である。あのエロゲー好きな電機メーカーの部長とのやりとりが、こんなところで生きるとは思わなかったが。
趣味が高じた挙句、とうとうモノホンのJKに手を出して捕まり、諭旨解雇処分となったあのオヤジは、今ドコで何をしているのだろうか……。
「C子さんイイよね」
「いい……」
これで青年は少し軟化したようだった。
渋々ながらベッドの近くにあるスツールをすすめる。
コレクション用の照明付き大型ガラス棚には小さなフィギュア数十体。
いずれも極小水着やスケスケ踊り子の衣装など、キワどい格好で様々なポーズをとっていた。
だがそれにもまして目を引くのは、横長の大型モニターを田の字にならべた机だ。
さまざまなボタンがついた複雑そうなマウス。透過光式のキーボード。
何かのチャート表が、クリップボードに何枚も留められて。
「すげェな……株式投資でもやってんの?」
「いえ、
そういや、そうかと俺は考え直した。
株式投資で儲かってたら、10万なんて小さな金額に頓着しないもんな。
「――そうだ、忘れちまわないウチに、目的カタしとくか」
俺は携帯を出すと青年から口座番号をおそわり、そこに送金する。
「よし、と。そうそう、『BAR 1918』に関して追加で分かったコトがあればたのむ」
とは言ってもですねぇ?と青年は机に歩み寄り、スリープ・モードのPCを立ち上げた。
4枚の大型画面というのは、なかなか迫力がある。
部屋を見わたせば、座り心地の良さそうなリクライニング・チェア。
――なるほど……こんな部屋に居るんでは、外に出たくもなくなるぜ。
青年がなにやらキーを使ってパスワードらしきものを打ち込むと、モニターには掲示板のような画面があらわれ、そこの質問欄に、
『BAR 1918』
という文字が出てきた。
「新規の回答は――0件です。回答者には褒賞を与えるんで、金が必要で……」
「何だ?そのページは」
「珍しくもない裏サイトですよ」
「なんだそれ。違法なヤツか」
「まぁ、そうですね。“葉っぱ”から鉄砲から、なんでもそろいます」
ふぅん。本当に情報料として金が必要だったのか。
俺はすこしこの若者を見直した。
「あ、そういえば!」
そして俺は、あることを思いだす。
「オマエからもらった異世界転生のトラックサイト、見当たらなかったぞ?」
「えぇっ?そんなバカな――昨夜も見ましたよ?」
青年は、ふたたび慣れた手つきで素早くキーを叩く。
「……ほら」
なんと。
画面トップにはトラックに撥ねられた挙句、剣を持った少年となるイラスト。
悪用厳禁うんぬん、秘密厳守がどーたらのあとに、
異世界に行きたくはありませんか……!?
冒険が!ハーレムが!運命の人が!あなたをまっています。
ニクい奴は地獄に転生させ!この世に未練のないあなたは新世界の救世主に!
その下に依頼者の名前と連絡先、それに轢殺対象の住所氏名を記す欄があり、さらに一段下がって理由を書くスペースが大きく設けられていた。
「まず“轢殺目標”の住所氏名を書くんです。もちろんこれは本人でもOK。その下に理由を書いて、送信するんだとか」
「――まて」
そこはかとなくヒヤリとするものを感じながら、
「
「えぇ、もちろん。ホラここに」
青年は生意気にもレーザー・ポインターで画面の一部をしめすと――なるほど、確かに。
「送信した後、認められれば指定の金額を口座に振り込むように指示されます」
「その画面のはじっコ……掲示板があるな?」
「あぁ、転生目的じゃなくて憎い相手をトバす使い方もありますから。相手が消えたことに対するお礼なんかがありますよ?なんでもその場合は轢殺目標の“業”によって、憎い相手は転生先でもひどい目にあうとか。でも「転生ポイント」が高くないとダメらしいですけど。ターゲット自体は、サイト主が独自に選別するとか」
耳慣れたワードが次から次へとポンポン出てくる。
間違いない。ニコニコ転生協会の誰かが、この闇サイトを運営してるのだ。
「その、サイトの主は誰になってる?」
「ココですね、ホラ」
~斬士鐔~
「なんだ?『ざん・し・つば』?」
「
俺は青年に指図して掲示板のページをひらく。
ずらずらと箇条書きの文句が出てきた。
+月+日
・斬士鐔さま、有難うございました!***は、もう登校してこなくなりました。
+月+日
・さすがです斬士鐔様、あのクソにくい部長は行方不明!きっと貴方様の裁定でしょう!
+月+日
・身辺整理はつけました。異世界へ旅立つ準備はできています。いざ、新世界で勇者を!
+月+日
・あぁ、斬士鐔サマ!早く!早くあの憎い***を!このままでは夜も眠れません。
+月+日。
・キリシタンさま!超絶ハーレムをイボンヌ!真性童貞は、もう魔導師になるしかないっス!11
+月+日……。
日付を追ってみると、月に1~2件ほどの轢殺達成らしき文面がある。
ノルマにはチョイ足りないが、まぁ業務の補完サイトとして考えればこんなものか。
スクロールしてみると、掲示板の容量はたいたい1年分らしい。過去のデータは消されている。
「驚いたね……どうも」
俺はあえぐように呟いた。
これは【SAI】にも訊いてみなくては。
ヤツの記録に、なにか残っているかもしれない。
「オマエは……誰からこのサイトのことを?」
「やっぱり闇掲示板の仲間からですよ」
「有名なのか?ココ」
「どうでしょ?あんま有名になると警察の手が入るから、みんな知ってても黙っているようで」
俺はサイトのアドレスを再確認した。
これは時間のある時にじっくりと捜査してみねばならない案件だ。そのあとで所長に報告しなくては。
「オマエも異世界に行きたいと思うか?」
「できたら。こんな国にいてもしょうがないですし」
「引きこもりは、勇者になれると思うか?」
「……そこは、転生でパラメーターとスキルがアップして。たぶん」
「転生には“業”がついてまわるんだぞ?がんばったヤツにはそれなりのスキルがつくだろうが……」
「ボクのようなひきこもりには、なんにも無いというんですか」
「すくなくともハーレムうはうは状態には、ならないんじゃないか?いいとこ貧乏百姓だ」
「……」
「明日を保障されて、ヌクヌクと暮らすような生活は、手に入らないだろう」
そう言って、俺は部屋をふたたび見まわした。
フィギュアやエロゲーのポスターにあふれた空間。
バニーガール姿のパヤ波が、相変わらずこちらに微笑んで。
それによく見ればなんと、冷蔵庫と電子レンジまであるじゃないか。
「……こんな居心地の良い部屋には、まぁありつけないだろうな。雨漏りのするわらぶき屋根に、食い物は半分腐ったような肉と固いパン。飲むものは共用井戸の水。それをささえる日々の重労働だ」
「見てきたようなことを言うんですね」
俺は転生映像を思い出す。
撥ね殺し、轢き殺した目標が、場合によってはいかに悲惨な境遇となったか、教えてやりたいぐらいだ。
「ま、こんな恵まれた場所に居たんじゃ、なるほど妄想をふくらませて部屋に“消化”されてくワケだなぁ」
ボクだって!と一瞬青年は声をあらげる。
一瞬、瞳には若者らしい炎がうかび、肩から意思を煮え立たせて。
だが、その勢いはすぐに鎮火してしまい、
「引きこもりから出ようと頑張ったんですけど……ダメでした」
ふぅっ、と俺は息をつくと、
「そもそもオマエ、いったい何をやろうとしたんだ?」
「配送の荷分けですけど……ひとりボクをいぢめてくる中年が居て……」
「それで?」
悔しさを思いだしたのか、こんどはグスっと鼻をならす。
やがてみるまに目から涙があふれてきた。
「一生懸命やってるのに……作業にケチつけてくるんですよぅ……」
――見ろ、思った通りだ……。
引きこもりによる感情の鋭敏化。情緒の不安定。
些細なことで自分をうしなうのは、どの例でもおなじだ。
そのうち部屋は荒れ、コレクションケースのガラスは割られるだろう。
1/1ドールはストレス発散のためにナイフでギタギタにされるにちがいない。
そして――またコイツに対する轢殺依頼が出るのだ。世間体を気にする、実の母親から。
「……なぁんだ、それだけかよ?」
なるべく拍子抜けしたような演技をしながら、俺はツマらなそうにつぶやいた。
「ソレってオマエの所為じゃないじゃん。辞めて正解だよ、ンなとこ。サッサと次の仕事を(いいか、まずは簡単な物からだぞ?)探すべきサ」
「でも……でも……」
「な?今わかったろう」
背年の顔を指で示し、ギロリ、睨みながら、
「些細なことで“感情失禁”するようになっちまってるのが分かるか?外乱に対し、神経が敏感になっちまってるんだ。見ろ、
「仕事は……もう怖いです」
「だから、さ?短期のバイトからやりなよ。そこでだんだんと自分の心に防壁をつけていくのさ。オメーはまだ若い。十分やり直せる……」
そのとき。
間の悪いことに、俺の携帯に着信があった。
『美月』か?とおもうが、なんと詩愛からだ。
青年に背を向けると、
「ハイ――もしもし?」
『マイケルさん。すみません、こんな夜分に』
携帯の音量設定が変わってしまったのか、いくぶん大きめな声がやってきた。
「なに、構わんよ。どうしたんだ?」
『美香子が、また帰ってきてませんの……もしかして、そちらにお邪魔して……』
うっ、と思うが、話がややこしくなりそうなのでシラを切ることにする。
「いやぁ、また友人のとこじゃないかァ?俺ァは知らんぞ」
『どうしたものでしょう……こんなに皆に心配かけて』
ナァに、と俺は鼻でわらう。
「
『
「親父の飼い犬じゃねぇんだ。好きにやるさ。それにヘンなヤツに引っかかるなら、それだけのヤツだったのヨ」
『あの……マイケルさん?』
詩愛の声が、ふいに怪訝そうな気配になる。
「あぁん?」
『ヒョッとして、お酒をお召し上がりになってます?』
「いや――なんでだぃ?」
『雰囲気が、いつもと違ってらっしゃるから……』
「俺の――雰囲気?」
『なにか、ざっくばらんというか……乱暴というか……ごめんなさい、こんな事』
「いや、なに」
言われてはじめて気が付いた。
考えてみれば、そうかもしれない。
今だって、目の前の青年の許しもえずに、勝手に部屋までドカドカ上がり込んでる。しかも引きこもる人間のプライベート・エリアに。それは言ってみれば、心の中に土足で踏み込むようなものだ。確かにいつもの自分では考えられない行動をとっているといっていい。
――えたいの知れないアフリカの明晰夢。その影響を存外に引きずっているのか……?。
「ちょっと疲れているのかな……で、オヤジ殿の――いえ、お父上のご機嫌はどうです?『美月』クンの復学を許してくれそうですか?」
『え……『美月』?『美月』って誰です?』
「いや、ちがった美香子クンです。アイツがもし、それほどケバくなくなったら……」
小さなため息の気配がした。
あの声。あの仕草。あの面差し。そしてあの笑い顔。
趣味の良い香水とシルクのブラウス越しな体の匂いまで伝わってくるような。
超ミニスカートに、ふくらはぎの形がわかるほどピッチリした編み上げロング・ブーツをはいた、レオポルドヴィルの
『父が言うには“状況しだいでは考えてみる”だそうです。でも今のように外泊を続けていては……』
そうか。まだ見込みはあるのだ。
やはり父親。自分の娘が可愛くないハズがない。
とりあえず俺としては、そう信じたかった。
「彼女には連絡をとれるので、1~2週間ほど時間を下さい」
『そんな。どうなさるんです?』
「あのコを元どおりとは言わないまでも、何とか見れる姿にしますよ」
『できるんですか?』
「まぁ、その。やってみないと分かりませんが」
『ホントにお願いしますね……二人だけの姉妹なんですもの』
「ともかく、オヤジ――お父上の怒りがおさまるまで、しばらく時間をおいたほうがいい」
『分かりました。なにぶん宜しくお願いいたします……あ!それと……』
詩愛は、最後にいかにも取ってつけたような素振りで、
『こんどまた、一緒にお食事でも如何でしょう。こないだは、
「結構ですな――ぜひとも」
『ほんとう?……嬉しい!』
詩愛の口調が一転、華やいだ。
実はこれが目当てで電話をかけてきたのではないかと思われるほどに。
『約束いたしましたよ?楽しみにしていますわ』
また連絡します、といって彼女は通話口から去っていった。
俺が携帯の通話音量をなおしていると青年が、
「いまの人、お兄さんの彼女?」
「彼女ってワケではないか……まぁ友だちだな」
いいなぁ、と青年は天井をあおいだ。
「ボクにも“三次元の彼女”がいればなぁ……」
「引きこもっていたんでは、出来るモノも出来ないだろうに」
「そうなんですけど……やっぱいいや」
「なにが」
「彼女は二次元だけで十分です。わがまま言わないし、裏切らないし」
フン、と俺は笑わざるを得ない。
聞いた風なことをヌカすなとばかり、あざけりを浮かべ、
「オマエ……女に裏切られたことあるのか?」
「いえ……ないですけど……」
「ネットの知識だけで分かったような気になるなよ?世界は貴様が思っているより、広い」
「それは、分かってますけど」
「ウジウジ悩むくらいならソープへ行け!」
「そんな……〇方謙三みたいな……」
あ!と俺はいいコトを思いついた。
そうだ――そうだよ。
コイツにいいカンフル剤をぶちこんでやる。
「小僧!ドライブだ!」
「えー。ソープですかぁ?」
「四の五の言うな!サッサと来やがれ!」
まるでコンゴの少年従卒を扱うように、俺は青年のえり首をひっつかんだ。
そして相手を部屋着のまま引きずり出し、ドスドスと階段を降りてゆく……。
※1:ポコさんのこれ、面白かったです。バニーガール好きは、是非。
※2:1960年代はこのスタイルが流行りだったそうです。
スチュワーデス(古語)なんかもこの格好をした航空会社がありました。
ソリストのヴァイオリン奏者も来客者受けをねらってこんな舞台衣装をしたそうで。
(日経新聞・私の履歴書:前橋汀子さんの回より)