試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
ドタバタの一夜から明けた朝だった。
オレはリビングのソファーで寝たために強ばった体で思いきりノビをする。
すると、ボキボキと不穏な音が関節のあちこちから鳴りひびき、腰にズキッ!とイヤな感触。
一瞬(ギックリ腰か!?)と痛むところをさすって身がまえるが、すぐに安心して脱力した。
――そうだ。あの“売人ブタジマくん”に一本背負い食らったんだっけ……。
たかがクスリの
クソッ……堕ちたモンだぜオレも。
しかし、技のキレはモノホンだったような気がする。
あのガタイ、そしてあの雰囲気。堅気だったころは柔道の選手だったのかもしれない。ま、人間どこでどう転落していくか分からないもんだ。その生きた見本がココにいるじゃないか。
それにしても、と頭をボリボリかき、寝起きの唇を思わずヒンまげる。
――あの憎っくき銭高め……ヒトを捜査のオトリにつかいやがって。
何時だ……とソファーのひじ掛けにおいた腕時計を手さぐりでもちあげれば、もう9時を廻っているじゃないか……。
モソモソと起きだすと、洗面台でオレのガウンを着た詩愛のうしろ姿を見かけた。
そぉ~っとのぞきこめば、なんと。
頭に深紅なバニーの耳をつけて、三面鏡のまえで首を右に、左に。
しまいには小首を傾げるなど、さまざまに角度をつけ効果を確かめている。
彼女が鏡を覗き込み、自身にウィンクをしたところでオレはソッと撤退。
そしてすこし間をおき、あらためて足音をたて洗面台のほうにちかづいた。
つぎに彼女を見たときは、バニーの耳は外されて洗濯機の上におかれ、頭には髪をまとめるためのタオルがまかれている。
慌てて巻いたのか、髪のひと房がタオルに収まっていない。
「あっ、あら。お早うございますマイケルさん。すいません……ベッド占拠しちゃって」
「いえなに。ふたりじゃ
「文句は言えませんわ。コチラがいきなり押しかけてきたんですもの」
あー!と背後で大きな声。
「お姉ちゃんアタシの洗顔フォーム使った~!」
「しかたがないでしょ!クレンジング持ってこなかったんだから」
オレがまだ寝ている間に、すばやく化粧を落としてやり直したのだろう。
はやくも口元やアイラインがバッチリと。
頭に巻いたタオルをとり髪をおろせば、見慣れたいつもの詩愛だった。
対して『美月』のほうは、たんぱく質を染める手法で“おつくり”をされてしまっているのだから、化粧をした顔がスッピンとなってしまっている。だが心なしか唇のほうは腫れも引き、以前のハデな見た目より、だいぶ落ち着いてきているような……。
「もう!お姉ちゃんのせいでよく寝らんなかったよ!」
「アナタが悪いんじゃないの!マイケルさんのところにコッソリお邪魔してるなんて」
「だって、家にいればお父さんの機嫌が悪くなるばっかなんだモン」
「……まぁイイわ。昨夜あれほど言い合ったんだし……」
詩愛はあきらめたようにため息をつくと、身づくろいにもどった。
「……お姉ちゃんハミガキのジャマ」
ふたたび始まる姉妹のバトルにオレはその場をはなれると、台所に向かい冷蔵庫から朝ビールを……。
――と、イケねぇ。
今日はレンタカーを返却する日だった。
飲酒運転だけはしない主義だ。ま、当然だがね。
オレは遮光カーテンをあけ、目を細める――今日もイイ天気だ……。
はいはい、ここで読者の皆様が「なんで『美月』(美香子)の姉である詩愛が居るの?」というハテナマークを頭に浮かべているのがモニター越しにもありありと見て取れマス。
じつは、だ。
あの港が見下ろせる公園で『美月』の舞を、オレと“情報屋”が観賞していたとおもいねぇ。
その背後から、何かの言いあらそいをしながら近づいてくる足音があったんだ。
『でもお父上の意見は絶対なのでしょう。いまさら……』
『僕だって出来るならば反対したい。でもいまの自分の地位では、どうにもならない』
『弁護士などを通した連絡でなく、直接わたくしのところにお出でになって、申し開きをして欲しかったですわ』
『それも……父にとめられて』
ホラ!と女性の声がとげとげしくなる。
『貴方はお独りではナニもお出来にならないのね。自分の意思すら』
『――あなたは!』
男のほうも、声のトーンがあがる。
『……あなたは“家の重圧”と言うものをお分かりにならないのだ!各方面への体裁や“先生がた”の思惑もある……もしあなたと一緒になったら、必ず後ろ指をさす連中がでてくるだろう』
『……』
『他人の口さがないウワサは、恐ろしいものなんですよ?それでは“先生がた”にもご迷惑がかかってしまう』
『……他人の口さがないウワサって、どんなウワサです?』
女の声の温度が数度冷えるのがわかった。
足音はドンドン近づいてくる……。
『それは、キズものになった女性なんかを嫁にしたら――』
――あっ!馬鹿!!
オレがヒヤリと思う間もなかった。
パン!と乾いた音が夜の公園の闇に響いた。
ヒールの鳴る乱れた音が近づいてくる。
やがてその音の主は、ハンカチでめがしらを押さえながらオレたちの前をとおり過ぎるときに、深紅のエナメルなバニーガール姿をした『美月』にふと足を留めて、
「……美香子?」
うわっちゃ!とオレは自分のまぬけさに心中、地団太をふんだ。
なんか聞き覚えのあるような声だとおもったのだ。それに喋っていた内容も。
痴話ゲンカを聞こうとスケベ根性を出したのがマズかった。
オレはさりげなく相手に背中を向ける。
「……と、いうことは。そこにいらっしゃるのはマイケルさん?」
もうこうなっては仕方ない。
笑顔でクルっとふりむいて、
「や、やはぁ――イイ天気だねぇ」
チラッと詩愛は夜空を一瞥したあと、
「どういうことです。それに美香子!なんて格好をしているの!マイケルさん?アナタ美香子のこと知らないって仰ってたじゃありませんか!ウソだったんですね!?」
「いや、ホラ。ぐーぜんだよ、ぐーぜん」
「もう……イヤっ!」
詩愛の涙腺がとうとう決壊した。
「私のまわりの殿方は、不誠実な方ばかり。信用をしていたマイケルさんまで美香子をかくまっていたなんて。それにその殿方に媚を売るようなハレンチな格好!まだ“例のお店”とは縁がキレてませんの……ハッ、もしやこの子を働かせて貢がせているのでは……」
「失礼なこと言うなよ」
守勢にまわっていたオレも、これにはちょっと本気になる。
そういえば夢のなかの異世界で一度、シーアに浮気をうたがわれ、「不誠実だ」となじられたときは、こっちも大人気なくキレて売り言葉に買い言葉。離婚寸前までいったっけ。架空のできごととは言え、あの時の二の舞は何としてもさけたい。結局、現実のシーアも見た目は清楚で
オレはザワつく胸をおさえ、できるだけ理性的に、
「お宅の親父ドノから距離を離すイミで引き受けたんだ。化粧だって店の施術でだんだんうすくなってきている……ハズだ。唇だって最初のころにくらべたら、おちついてきたろ?」
公園の街灯をすかして、詩愛は『美月』の顔をマジマジとみる。
「そうね……そういえば、そんな感じね。でもなんて格好でお外にいるのよ。露出狂ですか!アナタは!」
そこへ固い靴の足音がして若い男がひとり、やってきた。
20台後半というところだろうか。
年かっこうこそ青年とおなじ風だが、いちおう社会に出ている分のせいだろうか、まとう雰囲気がシュッとしている。さが、さっきの物言いから判断するに、まだまだ鍛え方が足りないどこぞのボンボンと診ていい。小男ほどではないが、この
オレはブタジマくんにナイフで斬られたジャケットを見られないよう、さりげなく脱いで腕にかけると、この若い男と正対した。
ちょっとスゴんだ気配を出して、相手をにらみつけてみる。
すると、見上げたことに相手は怯むどころかオレに対してどうどうと胸をはるではないか。
――ふぅん……いちおう場数は踏んでいるワケね。
きっと父親にくっついて、それなりの地位を持つ“海千山千”の連中と会うチャンスを得ることで、それなりに度胸もついたんだろう。
親の七光りをかさに着るスジ金の入っていないヒョロヒョロした坊ちゃんが現れるかと思ったら、意外や意外。
ややあってから、この若造は、
「あなたは――鷺の内さんのお知り合いですか」
「そうだ。そういうキミは、察するに彼女の婚約者“だった”というお方かな?」
微妙な一拍。
「……そうです。そういうそちら様は?」
「あの子が“事件”に巻き込まれたのを理由に婚約者から無残にもソデにされた時の
「……何も知らないクセに」
フテたような言葉が返ってきた。
オレはそれをワザとロコツに嗤いとばし、
「取引先銀行の系列や、うしろ盾となる議員先生がたの顔色を
相手の鼻白む気配が伝わってきた。
端正な顔立ちが悔しそうにゆがむ。
「こちらには、こちらの都合と言うものがあるのです!」
「あぁ、そうだろうサ。だが男の
グッとまた相手が詰まる気配。
「だいたい何だ!こんな時間まで。もと婚約者とはいえ連れまわしたりして」
「父が就寝するのを待ってから彼女に会わざるをえなかったんです。それに、そっちこそ“こんな時間”まで、ソンナきわどい格好をした女の子を連れまわしてるじゃないですか!」
相手はバニー姿の『美月』をゆびさして、
「見ればすいぶんと若い。ご自分の趣味にこんな少女をつき合わせるのは、納得いかないところですよ」
「女性の年齢を問うなんて、オマエはやっぱり野暮だな。それに“夜の女”を夜に連れまわしてどこが悪いんだ?言ってみろ」
いくぶん論理にムリが合ったが、気迫で押しとおす。
ぐぬぬ、と相手の
そのままうなだれてしまった相手に、
「今夜はもう遅い。キミも行きたまえ……“鷺の内クン”は、こちらで預かることとしよう」
どこか
このままハナシが長くなっても面倒だ。我ながらいい切り上げどきだった。
――エキシ……ッ!
バニーガールが意外と品のないクシャミをした。
鼻水を拭きながら、スタジャンを着込む『美月』。
「美香子ったら。そんな格好をしてるからですよ?」
「よし――われわれも引き上げようか」
オレは微妙にそっぽを向いたままの青年をうながし、駐車場へともどる。
一台だけあった車は、見えなくなっていた。
『美月』は意気揚々とばかりレンタカーの助手席にのりこむ。
「へへぇ~。こんどはアタシがコッチ!」
「あ、こら」
「すいませんマイケルさん。お世話になります」
「……」
青年は黙ったまま、リヤシートに入り込むと、その横に詩愛がすわった。
ルーム・ミラーで見れば青年はブスッとうつむいたまま、顔をそらして車外を見ている。
楽しい時間が終わるのが、そんなに気に障るのか。
やはり引き篭もりは自分の意のならないコトがあるとすぐヘソを曲げるなぁ、とオレが考えていたときだった。
「あの、失礼ですけど……
なんと、詩愛が青年の本名を口にして、彼の顔を覗き込もうとしていた。
ますます体をかたくして、窓の外を向く青年。
「ね?信三さんではなくて?三人兄弟の末っ子の?むかし、ホラ。よく
「えぇ……まぁ」
とうとう観念したのか、緊張した声がそれに応えた。
オレはウインカーを出して左折しながら助け船をだす。
「今は、オレんところで“情報屋”をやってもらってる。日がな一日、パソコンの前で検索が仕事だから、社交性がとぼしくなってね。
ルームミラーで見ると、青年が身じろぎして詩愛のほうに顔を向けるのが見えた。
「まぁ。目とか大丈夫?いやよ?その歳で老眼なんて」
「……今のところは、何とか」
「ダメよ?運動もしなきゃ」
「……うん」
まるで出来の悪い幼馴染をさとすような光景が後席で。
おっと、あやうくジジィの乗るプリウスとぶつかるトコだったぜ――アブねぇアブねぇ。
「そういえば上のお兄さん、ご婚約ですってね?おめでとうございます」
「目出度いのか、どうか。歳の離れたオバさんと政略結婚なんですから」
ぶすっとした声で語られた事実に詩愛も「まぁ……」と絶句するしかないようだ。
「
「でも……男の方の意地を見せるくらいはしてほしかったですわ?信三さんは、そんな情けない殿方には、ならないわよね?」
――どうだィ、えぇ……?
ニヤつくオレの目と、青年のキョドった視線がルーム・ミラーのなかで交錯する。
どうやらコイツにとって今回の“遠足”はオレから見れば大成功だった。
黙り込んだままの彼を自宅前で降ろし、つぎに「鷺の内医院」へと向かう。
さて。
そこからが大変だったんだ。
医院の正面玄関でレンタカーをとめたとき、後席のドアを開けながら詩愛が、
「さ――美香子。降りるわよ?」
「お姉ちゃん降りて。わたしご主人様のところに泊まるから」
「ハァ?なに言ってるのよ!ホラ、はやく!!」
「着替えもコスメもご主人様のトコだもん」
「なによ、ご主人様って。イイ加減にしなさい!ほら、こんなトコで深夜に騒いでいるとご近所さまにも迷惑でしょぉ!?」
「ヤ!お姉ちゃんだけおりて!」
オレとしては気が気ではない。ヒヤヒヤしながら、
「あのぅ。今日親御サンは、ご自宅にいらっしゃる?」
「えぇ。土曜の深夜ですし。父もゴルフのコンペから帰ってきてると思いますわ?サ、美香子!」
――ひぇぇぇ……。
ここで言い合いをしていてもラチがあかなそうだった。
ウカウカしていると、鷺の内医師が何事だと家から出てきそうでもある。
ああもう、とオレは業をにやし、
「とりあえず、場所も場所だから詩愛
プンプンする彼女が後席のドアを閉めたのを確認して、オレは車をスタートさせる。
「とりあえず、オレの部屋に行こう。そこでどうするかは、君たち姉妹で決めてくれ……」
それから小一時間。
オレの寮の部屋に着いたふたりは
ときには詩愛から“わたしに黙って『美月』を泊めた”とコッチにも火の粉が飛んできたりして、ヤバかったのだ。
とりあえず、話はどうどう廻りの
・美香子は(あくまで一時的に)父親から保護するためオレの寮に泊める。
・ようすをうかがうため、詩愛もちょくちょく顔を出す。
・『美月』の化粧が薄くなったら、復学がOKという父親の意向も確認したのち、彼女は家にもどる。
こんな感じでどうにか話がまとまったのが、夜中の3時という有様だったんだ……。
そして――話は今にもどる。
「勝手かと思いましたけど、コーヒー淹れましたよ?」
詩愛が台所にあったインスタント物で作ったのだろう。湯気の立つカップを
そう、昔もこんなことがあったのだ。
しかしそれは別れた前妻の姿ではなく、オレの頭の中に浮かんだのはシーアと愛娘サフィーの情景だった。
「お砂糖は?」
「いや……けっこう」
「胃にわるいですよ?」
「……うん」
――また
一瞬、シーアの声が聞こえたのは気のせいだったのだろうか。
そういや異世界の夢では家族専用の居間で新聞をよんでいるとき、しきりに彼女からそう言われたような……。
無残な彼女たちの最期がうかぶ。
同時に夢から覚めがちな時に起こる、一種“ブレヒト的”な支離滅裂。
「これはゲキ~♪劇~♪げ~き~な~の~Yo~~~♪」
あの音痴なシーアのワケが分からん歌も、今となっては懐かしいだけだ。
受け皿を持ったまま、自分が寝ていたソファーへ移動してくつろいでいると、いつのまにか
「美香子。なんですそんな。マイケルさんに失礼でしょ!?」
「お姉ぇちゃんご主人さま
なっ!と言いかけた詩愛の顔が真っ赤になり、ついで口もとを微妙にゆがめ、
「ナニをいうのコノ子は――!?」
「ご主人さまはアタシのモンだもん」
「トシの差を考えなさい歳の差を!」
「お姉ぇちゃん昔、愛するものどーし、トシも国境も関係ないってゆってたぢゃん!」
「ハイハイ、諸君!」
「いいかね?昨夜あれだけ時間をムダにしたんだ。またモメ事は――お断りだぞ!」
ふたりの女どもを前に、自分は配下へ訓示を垂れるような勢いで喝を入れる。
それを見た『美月』がどこか呆れたような声で、
「……ご主人さま。また雰囲気ちがってる」
* * *
『美月』に留守番をさせてレンタカーを返しに行きがてら、自分は詩愛を医院の近くまで送りとどける。
もうすこしで到着というところで助手席にすわる彼女がポツリと、
「美香子のこと……よろしくお願いしますね」
そこに言外の意味を感じ取った自分。
「言外とはどういう意味か」と、問いただしたくなったが止めにした。
考えてみればこんな独身中年男のところに顔見知りとはいえ自分の妹を、しかも女子高生を置いていくのだ。俗に言う“まちがい”を心配しているのだろう。
失礼な、とおもうが、世間的に見れば事案スレスレの状態だ。
「問題ない――心配するな」
こちらの横顔をしげしげと眺める気配。
「どうした?」
「ほんとう……あの子のいうとおり」
「なにが?」
「アナタ、ときどき雰囲気が変わりますのね」
「私がか?」
「この前は乱暴な雰囲気だったけど……いまは包容力のある殿方みたい」
鷺の内医院の前にきて私は車を停めた。
「じゃ、また」
「そうね――また」
助手席から暖かい気配が衣擦れとともに身を乗り出し、すばやく身をひるがえすと、助手席のドアを開けて、消えた。
――ふん。
と、そのときメールで携帯に着信があった。
なんと、子持ちでバツイチな美貌の女ドライバー、朱美からだ。
車を路肩に寄せ、画面を開いて文面を読む。
【題名:とりいそぎ】
轢殺現場の目撃者も出て、営業所内は日曜だってのに大騒ぎ。
詳しくは明日の朝会にて。