試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
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・ひとつ!わたしたちは安全・確実にお客様を
・ひとつ!わたしたちは笑顔絶やさずお客様を撥ね殺します!
・ひとつ!わたしたちは誠意を以ってお客様を撥ね殺します!
・ひとつ!わたしたちは努力奮闘し、お客様を撥ね殺します!
・ひとつ!わたしたちは倫理に
読者諸兄にもおなじみ。
轢殺トラッカーたち渾身の大斉唱は 自衛隊の特戦群もかくやとおもわれるほど。
指揮をするのは『業務統括』の“ネズミ面”
しもぶくれな顔を紅潮させ、みょうに張り切っている。
おそらく自分の“主任”たる地位を、目のまえに突っ立つトラック野郎たちにしらしめるチャンスと思っているのだろう。
「いいか――轢殺ドライバーの諸君!」
ハゼのような顔つきが口をパクパクさせ、
「撥ねるだけならダレでも出来る!そう、誰でもだ!アクセルとブレーキを踏みまちがえる半ボケ老人共でもな!だかそこに“誠意”と“愛情”が加わって、はじめて転生を請負う轢殺ドライバーたりえるのだ!そこのところを、是非とも肝に銘じるようにッ!」
撥ね殺し。轢殺。
ここでちょっと説明をしておこうか……(c)池波正太郎先生。
ここで言う“
現在は技術が進歩し、とりあえず
しかし、そういうトラックは得てしてAIも経験値がとぼしく“撥ね殺してから処分する”タイプのほうがAIの経験値が高いため、熟練の轢殺ドライバーにあてがわれ、難易度のあるオペレーションに投入されるそうな……。
――そんな入社して2年もたたないオレが、なんで【SAI】なんかと組まされるんだか。
一団の沈黙のなか、オレは何度目かの疑問を、胸のうちでもてあそんだ。
そういえば、以前に聞いた所長と来客との会話。
(――いまの男が?)
(そう、例の件の)
(良さそうじゃないか。じっさい……)
アレはいったい何だったのか。
いまでも思い出し、心なしか首もとが寒くなるような気味がある。
斉唱が終わった後も所長の“アシュラ”が出てこないので、全員直立不動のまま待つ姿。
やがて、朝会をおこなうロビーの広場よりすこし距離がある彼方の会議室が開くと、
その足どりはドリフのコントのように、頭上から金だらいが落ちてきたあとの加藤茶の歩みにも似ていた。
驚いた。
あのネズミを想わせる陰険そうな細面の顔がさらに痩せおとろえ、目の下にはいっちょうまえにクマなど浮かべているではないか。
“ネズミ面”が“ハゼ”の最敬礼のもと、居ならぶ轢殺ドライバーの前まで来ると、
「あぁ~~しょくぅん……ラクに、してくれぇぇえい」
なんと、キンキン声まで弱々しくなって。
いつもは料理アニメのキャラで「ヒャまおかァァァァァ!!」と叫ぶ、使えない上司そっくりな声が、まるでお通夜じみたトーンにまで下がっていた。
と、そのときオレはもうひとつのことに気づく。
加論が出てきた会議室から、スーツ姿の男がふたり。
こちらの方を向くことなく足早に廊下の奥へと去っていった。
――なんだろう、あの連中……きわめてウサン臭い……。
あの先には職員用の夜間通用口がある。
今朝の守衛は、たしか知り合いであるミツルのはずだ。
あとで監視画像を見せてもらい、場合によってはコピろうと心にきめる。
加論は、まるでゲリがようやく収まったあとのような声で、
「ウワサでは、もぅ知っている者も、いるかと思うがァ……オペレーションで事故が……発生した。それも轢殺目標に刺されたとか言う、いつぞやのマイケル君のような……ささいな事件とはレベルがちがう」
――おぃおぃ、クソ加論。ひとを話のマクラにするなよ?
オレは心ひそかに憤慨する。
――些細な事件だ?どてッ腹に風穴あけられたんだぞコッチぁ!?
そんなオレの憤慨をよそに、視線の定まらない、どこか上の空の顔をした業務統括担当の弱々しい声はつづいた。
「轢殺……いや、このドライバーの場合は、撥ね殺したあとで処分しようとしたらしいが……」
数拍、目が宙をおよぐ。
つぎの瞬間、このハゼは顔を真っ赤にして、
「そのとき!勢いあまってぶつけたため、目標の身体は宙をとび!近くのコンビニに“ダイレクト入店”してしまったのだ!!!!!っっ!」
マジかよ……と歴戦の猛者たちのタメ息。
これでまた。内部監査だ。使用機器確認だ。業務確約書だ。コンプライアンス達成チャートだと、クソのようにウザい社内業務の嵐がやってくる……。
「しかも最悪なのはここからだ……」
稲川〇二の会談のように、加論の声がしずむ。
ゴクリ、と転生請負ドライバーたち。
一転、この業務統括は声を爆発させて、
「なんとこの担当者は!目標拘引用のテンタクルズを前方から放出し!コンビニの中に転がった目標の死体をからめ取ると!衆人環視のもと、トラックの下に引きずりこんだのだ!!」
おおぅ……と居並ぶ面々の、声なき
痩せぎすな男はガックリと肩を落とした。
オレ的には、いつも閻魔帳をふりまわしドライバーたちのアラを探す、小役人じみたネズミ面が打ちしおれているのを見て(ザマァwwww)なのだが、問題のドライバーが『重さん』とあっては笑ってばかりもいられない。本人はどこでどうしているのだろう、と気になった。
しばらくの沈黙に耐えられなくなったものか、
「質問があります!」
若いドライバーが手を上げた。
「――なんだね」
「なぜ、目撃者がいるところで
ハ!とカン高い笑いが一声。
「このアホなドライバーは!AIを切って、完全手動で捕獲を行おうとしたらしい。そのとき操作をミスって……」
「手動の場合の最終安全装置があったでしょうに?周囲に生体反応がある場合は“捕獲触手”を起動させないという――」
「このドライバーは、それすら切っていたらしいのだ!」
まったく嘆かわしい!と再度絶叫したあと加論は、
「本事案を以って当該ドライバーを『最優先・作戦稼動ドライバー』から外す!補充要員として……」
保身に抜け目のなさそうな
「補充要員として――マイケル君!キミを指名する」
……は!?
「ちょ、まっ……」
「これはすでに所長の
ちょっと一団がザワついた。
(マイケルが?)
(アイツ、まだ入社して間もないだろ?)
(このまえ作戦ミスって撃たれたってぇのに……)
周囲からの視線が痛い。
顔をほてらせながら、オレは状況を整理する。
まじか。
なんでオレがそんなポジションに?
いや、だが待て?当然のことながら、給料は上がるんだろうな。
いやだぜ?役職がついて組合員を外れるから『残業手当ナシ』なんて結末は。
しかし、この厳粛ともいえる場で、そのことを確認するにはあまりにも恥ずかしかった。
「では、総務の方から今後の予定と社内手続きについて……」
総務のお局サマが胸をゆらして進み出て、メガネをクィッと押し上げるや、手元のタブレットから今後の研修予定の割りふりと、提出する【業務確約書】について説明がある。
要は、こうだ。
【私は社内規定に則った轢殺業務を行うことを誓います。
もしこの規約に反したばあい、いかなる処分を受けても不服申し立てを行わず、
同時に法的な権利・権限を放棄することに異議を挟まないものと致します】
ひとりのふてくされたような声が、説明をさえぎった。
「つまりナニかぃ?『今回のように重篤な違反を行った場合、ナニされてもかまいません』という書類にサインしろってのかぃ……?」
ザワリ、と轢殺者の一団が身じろぎをする。
オレの隣でお局サマの話を聞いていた初老のトラッカーがケッ!と言わんばかりな口ぶりでささやいて、
(よく言うぜ!単なるトカゲの尻尾きりじゃねぇか!)
(あほ。商業道徳がこの職業にあると思ったか?)
隣の老年ドライバーが、それを聞いてすぐさま毒づいた。
(しょせん“殺し屋”なんだぜ?ワシたちぁ……)
(でもよ?せめて最低限の身分保障は欲しいぜ)
だんだん不満げなささやきが、高く、大きく広がっていった。
(最新鋭の機材が降ってくる職場とはいえ、ワンミスでこうなるのはイタいな)
(ウラのカラクリだって、どうなってるかワかったもんじゃねェぞ)
(辞めてったドライバーって退職金もらえたのかな?)
(ヒミツを知りすぎて転生処分でブッとばされるのカモよw)
(マジで!?だったらどうしよう――おれバッくれようかな)
「バッくれンなら。目の前の、このクソねずみを
最後の、この一言。
それは静謐な池に投じられた石のように、一団のなかで幾重にも波紋となって広がってゆく。
沈黙。そして集中するギラついた視線。
そのなかには、明らかに殺意をこめたものが少なからず。
むりもない。日ごろから閻魔帳をふりかざし、勤務評定にマイナスをつけているのだから。
轢殺トラッカーたちの、ネズミ面をした痩せぎすな業務統括を囲む輪がジリッ、と狭まった。
保身に敏感な小役人風の姿が、反射的に(ヤバイ……)とでも言うようにあとずさる。
風向きを察すに敏そうな、とがった鼻がヒクヒクとうごめいたかと思うと、
「さっ!さァ……説明のとおりだ。今日は所長どのは中央に出張で不在なので、朝会は短縮しコレにて終了!かっ、解散!あぁぁ、マイケル君!そっ、装備課に寄るのを忘れるな!?」
そういうや、この男は憎しみをこめた視線の囲みをくぐりぬけ、脱兎のごとく逃げ出して廊下の奥に走りさった。
バタン――ガチャリ!
業務統括室の扉が盛大に鳴り、鍵のかかる音。
ギロリ。ドライバーたちの視線は、こんどは総務のお局さまへと向かう。
「ヒッ!あっ、あの……必要書類はココに置いておきますので……ドウカソノ、ヒトツヨロシク……」
そういうや窓口からはなれ、奥にあるコピー機のあたりに引っ込んだ。
カウンターの奥にいる総務の連中も視線をドライバーたちからそむけ、いかにも忙しい素振りをするのに余念がない。
――チッ!
だれかの大きな舌打ちとともに、轢殺屋の面々はゾロゾロと散ってゆく。
ヒソヒソと語られるウワサ話。
いかにも事情通ぶった、これ聞けよがしとも思える声高な会話。
くらい視線でうつむいたまま歩いてゆくのは、一匹狼なドライバーたちだ。
オレも黙ったまま【SAI】の待つ地下駐車場へ行こうとしたとき、クイクイと服のソデを引っ張られる……。