試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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 ふりむけば、例のごとくツナギの胸を大きく開いた姿の朱美だった。

 『美月』はもちろん、詩愛すら持っていない成熟した女の色香というものを、ディオールの香水にのせ漂わせてくる。

 

「やぁ、朱美サン……メール、ありがとうね」

「昇級おめでと」

「昇級だって?」

「コレでアナタも“巻き狩り”に参加できるってワケ」

「まきがり?」

 

 ふぅっ、とこの(あね)サンはタメ息をついて、

 

「すこしはウチらの業務を勉強なさいナ。“巻き狩り”ってのはトラッカーがチームを組んで、一気に複数の目標をかたづけるコトよ」

「へぇぇ……朱美さんもその資格が?」

「まぁ、ネ。でもアタシはやらないけど」

「どうして?」

 

 この姐御はオレの服を引っぱって、強引に非常階段のスペースまでつれてゆくと、

 

「なぜって――危険が高すぎるもの」

「危険、なのか?」

「とうぜん。トラックも改装されるわね。防弾になったり、警察無線の傍受ができるようになったり。ヤバそうな目標を振り当てられるから、危険手当の歩合もイイのよ」

「危険手当かぁ……」

 

 何だかんだで、このところ出費がかさんだ。

 確かにココいらですこし稼いでおくのもイイかもしれない。

 もうすぐ支給されるハズであるボーナスの査定も良くなるだろう。

 そんなオレの顔つきをみて、まんざらでもなさそうだねと朱美はわらい、

 

「アタシは竜太を“孤児院育ち”にするなんて出来ないわ」

「え。そんなに危険なのか?」

「詳しくはしらないけど。重さんなら、いろいろ知ってると思うわ」

「……あのオヤジ、今ドコにいるんだぃ?」

「地方の県警の留置場だって」

「え」

「死体がトラックに引きずられるのは目撃されたけど、肝心の死体が見つからないんでポリの連中もとまどってるみたい」

「でもトラックを調べられたら……」

「そう。とんでもないことになるわね。とりあえずウチらのトラックは重いから、“過積載”を手がかりに捜査されるでしょう」

 

 地方の寒い留置場で、体をちぢこまらせている老人の姿が浮かぶ。

 風邪なんか引かなきゃイイが……。

 

「いま、こちらの勢力が圧力かけているみたいよ?でも警察の中でもアソコの地方は“薩長閥”以外が大半を占めているので、プレッシャーもイマイチだって」

「……ずいぶんとくわしいな?」

「ウチのAI()の助けを借りて、あのネズミ面が所長と喋っているところを盗聴したのよ」

「おぃおぃ」

「だいじょうぶ。知ってるドライバーも多いわ。あのバカ、守秘回線のない個人用携帯をつかって話しているんだモノ。あらかじめみんな知っていたから心の準備が出来ていて、朝会であんなことになったワケよ。知らないのは有給取ってったアナタぐらいなんだから」

 

 ――っちぇ。

 

 こんな大事なときに、オレはノホホンと休んで……はいなかったな、うん。

 なにせこちらもイロイロなことがあって、お(なか)いっぱいだったのだ。

 

「それでね、お願いがあるんだけど……」

「んぅ?」

「こんだの日曜日、竜太の幼稚園で運動会があるんだ。もしよければ、そのぅ……」

 

 ムチムチとしたツナギをもぢもぢさせて、上目使いな朱美。

  

「えぇ?オレに見に来いってか」

「うん……」

 

 朱美の声が、暗く澱んだ。

 そして「あのね?」といくぶん声をつまらせて、

 

「あの子……幼稚園で“パパなしッ子”って、バカにされたらしいのよ」

 

 この姐御もバツイチだ。

 完全に相手の有責による離婚。

 オレとはまったく逆で、浮気をして出て行ったらしい。

 イイ女なのになぁ、とひそかに相手の胸を見ながら思う。

 オレは手近にうかんだ言葉を、廊下のカーペットに投げつける。

 

「ケッ!ガキどもは残酷で陰湿だからな」

「もし、なんだけと……かりにでも父親役が見に来てくれたら、その……」 

「あー。わかった、わかった。お廉い御用さ、そんなコタぁ」

 

 パァァァッ、と。

 生活に疲れた朱美のかおが、あからさまな喜びにみたされる。

 

「ホント!ほんとにイイの!?――約束だよ?」 

 

 オレの気が変わるのをおそれたのか、彼女はすぐに身をはなすと、「約束だよ!?」と、もういちど繰りかえし、ゆたかな尻をふりたてて地下駐車場へとかけ降りてゆく。

 

 残されたオレのうちに、一抹の罪悪感がヒタヒタとしのびよるのはどうしてだろうか。

 胸が重く、苦しい。まるで(おもり)をのみこんだみたいに。

 そう、まるでヘンに期待を持たせてしまったかのような、後ろめたさ。

 

 なんかこのごろ女がらみで苦労するなぁ、とオレは大きく息をついた。

 コレもひょっとして、あの縁結び神社のご利益なのだろうか。

 

 オレは広大な地下駐車場の片すみにある技術棟に寄ると、受付で装備課の責任者を呼び出してもらった。

 トラッカー風情では技術棟に勝手に出入りはできない。あちこちにセキュリティ・チェックの扉があり、入退出は厳重に管理されている。

 相手を待つあいだ、あたりを見まわした。

 受付なんてものは、どこも同じだ。無味乾燥とした、殺菌されたような印象。

 その奥では数人の女性職員が無表情にPC端末をたたいている。

 

 ちょっと驚いたのは、彼女たちのキーボードを叩くスピードが恐ろしいほど速いことだ。

 全員がまだ若いのに、相当の熟練者らしい。

 社内規定でもあるのか、みなおなじ髪型で、ひとしく片目に視線入力タイプのデバイスをつけ、猛烈な勢いで仕事をしている。よほどペーパーレス化が進んだ事務所なのか、彼女たちの周りにはキングファイルひとつ無かった。

 

 やがて連絡を受けたのだろう、パリッとした真っ白いツナギを着た60ぐらいのおやっさんが事務所の奥からやってきた。

 

「――お()ェかい、シゲ()の代わりのドライバーってなァ?」

「は、どうも。よろしくお願いします」

「ふぅん。なんだかシマらねぇなぁ」

「……恐縮です」

 

 ここは営業マン時代につちかった愛想わらいでガマンだ。

 相手は手もとのクリップボードをぱらぱらとめくって、

 

「ンだァ?前職(まえ)がリーマンかよ。どうりで」

「どうりで、なんです?」

「いや、ハンドルを握ってきた野郎の雰囲気じゃねぇなと思っただけさ。なるほど「ネクタイ締めてました」ってな雰囲気だゼ――来な。お()ェの脳波ァ測定して、『フルタイム・コネクタ』つくるんだから」

「コネクターって、なんのです?」

「アホか。お前ェの轢殺マシーンを司るAIとだろうが」

 

 ――あの【SAI】とのコネクターかァ……。

 

「脳波をつかって、思考をダイレクト・コネクトするんだ」

「えぇっ!だっ、大丈夫なんですか?それ」

「だいじょうぶ、ってナニがだよ?」

「いや、その。脳を乗っ取られたりとか」

 

 白ツナギのおやっさんは爆笑した。

 

「アホか。ンなことになったら、ダレも着けたがらねェだろうが。ホラ早く来な!」

 

 シオシオとあとに続くオレを、この人物はIDをつかって奥の扉をあけ、ひと気のない無機質な通路をしばらくあるき、やがて内装が真っ暗な部屋へとみちびき入れた。

 

 中央には輪っかのついた大の字型のはりつけじみた器具。

 

 ちょうど“ラート”とかいうスポーツ競技の器具をもっとゴツくして、まわりに電子機器をすえつけたような……。

 そして不思議なことに、この部屋では本土と離島間の高速連絡船内のように、かすかな嘔吐の臭いすらかんじられる。

 

 おやっさんは中央の“はりつけ器具”にオレの手首と足首、それに腰にベルトをまいて拘束した。

 かなりキツく縛られ、腹帯を拘束された時はおもわずグェッ、と声が出たほど。

 

「あの……脳波を取るためには“リラックス状態”とやらにするのでは?」

「よく知ってるじゃねェか。だから緊張するな」

「そうは言われましても……」

 

 むかし観た『カフカ・迷宮の悪夢』という映画で、脳を手術される男が据えられた、巨大な顕微鏡つき拘束台を思い出してイヤな予感がする。さいわいにも髪をカッパに剃られて頭蓋骨に孔をあけられることもなく、()()()()に端子をつけられるだけですんではいるが。

 

 白衣の男は拘束台わきのコンソールにつくと、なにやらスイッチを起動させた。

 電子機器の高周波な起動音。

 拘束台が、かすかに振動をはじめる。

 

「じゃ……時間もモッタイないんではじめるぞ?」

 

 事務的な声がそういったかと思うや、いきなり本当にラートのように拘束台がグリンと180度回転した。視界は天地逆になり、頭に血がのぼりはじめる。

 

「フムフム……なるほど」

 

 白ツナギのおやっさんが、何事か端末を操作。

 

「おわっ!!」

 

 いきなり大の字拘束ワクは回転をはじめる。

 やがてそのスピードを速めながら拘束台はたおれてゆき……あろうことか、急にガクン!と停まった。かと思うと急激に逆むきに動き出し、またもや3次元的な高速回転。

 

「ちょっ!……ちょっ!……ちょぉぉぉぉォォォ……!!!!」

 

 あとで聞いたが、その時間は15分ぐらいだったそうだ。しかしオレには1時間ほども感じた。ちょうど歯医者で治療をうけているような時間経過……。

 

「ホィ、お疲れサン」

 

 “ラート”が正位置でとまり拘束を外れると、文字どおり脱水機にかけられたような感覚で、フラフラしながら手じかにあったパイプ椅子に座り込む。

 頭に血がのぼり、視界がグワングワンと回った。

 

「もどすんなら、そこの洗面器にな?」

「べつに……吐きゃァしませんけど……これぐらいで」

「おぅ!(えら)いな?」

 

 白ツナギのおやっさんは、へぇ?とでも言うように、

 

「たいていの(モン)は測定器から離れたらヘド吐きながらヘタりこむのに」

 

 それでこのゲロの臭いか、とそのとき初めて納得した。

 

「……事前に説明があってもよかないですかァ?」

 

 オレは思わず恨みがましい目で、ゆるやかに回転するおやっさんをニラむ。

 

「説明したら、みんな測定をうけたがらねェんだモンよ」

 

 そりゃそうだろ。こんな拷問じみたテスト。紅いウサギのヘンタイ共だってやらねぇぞ。

 オレは視界の動揺がおさまるのをまって、端末にかがみこんだままのおやっさんに近づく。

 

「ん。いいデータが取れた。悪性腫瘍なし。未破裂脳動脈瘤もなし……と」

「まさか、あの機械、MRIも兼ねてたんですか?」

「それだけじゃねぇ。被験者本人の精神状態やDSM-Ⅳにもとづく“人格障害”の程度も測定できらァね」

 

 オレは「ときどき雰囲気がかわる」と指摘した『美月』や詩愛のことばを思いだし、おそるおそる、

 

「で……自分はどうでした」

「悪ィいが、そこは被験者に通知しないコトになっているンだ」

「じゃぁ、せめて“異常”の有無だけでも――どうか」

 

 おやっさんは手もとのデータをしげしげと見てから「言うなよ?」と一言くぎをさし、

 

「判定ソフトにデータ突っ込んだら“承認”と吐くんだが、生データみるとナァ」

「やっぱりどこか悪い、とか?」

「精神波動に外乱があるんだよ……少なくともふたつ」

「なんですそれ」

「解離性人格障害じゃねェか、ってコト」

「は?」

「お前ェのなかに、二人ばかり別人が入っているんだ」

 

 ――別人?

 

 まさか。

 

 王都における特殊騎士団“龍騎隊”の団長職をあずかる“自分”と、

 アフリカに展開していた戦闘ユニットを指揮する中尉の“俺”……。

 

 夢のなかのできごとが、相手の言葉を触媒として、次々に立ち上がってくる、そんな気配。

 いやまて。あれは夢だ。自分の思い込みだと何度も深呼吸をして、湧きあがろうとするそれらの記憶を圧殺し、こころの奥底に封入する。

 

「おい、どしたィ。顔色が悪ィぞ?」

「そんな……おやっさんがヘンなこといって驚かすからですよ」

「冷や汗までながしてンじゃねぇか。ホレ」

 

 白ツナギの男は紙コップにサーモスから何かを注ぐとこちらに手渡した。

 

 湯気の立つ濃い緑茶の香り。

 熱い飲み物が食道を下ってゆく。

 不思議なことに冷えた肩まで暖かくなるような。

 現実の波が、茶の湯気と薫りが、得体の知れない記憶を洗いながしてゆく……。

 

「ようし、とりあえずファンダメンタルなデバイスがコレだ」

 

 おやっさんはオレの片耳に奇妙なかたちの大きなイヤフォンをかけた。

 

「とりあえずこれは基礎的なものだからな?お前ェの相棒とコンタクトを重ねるうち、自動的にバージョンアップされて、最後にはこのチャチなデバイスがなくとも意思疎通できるようになる」

「え……」

 

 前から思っていたのだが……。

 

 ニコニコ転生協会から支給されるデバイス。どうも現実離れしているような。

 21世紀の現在において、思考制御の機械なんて聞いたことがないし、見たこともない。

 オレの持っている3Dホロが浮かぶ携帯だって、民生品でそんなものが開発されたなんてウワサも聞かない。

 まえまでは、軍用に開発された先端研究所からの技術を横流ししたものだろうと考えていたが、軍用ですら調達予算を削減するため、市場品を流用するこのごろだ。とてもこんな部品が出てくるとは……。

 

「おィ、なにボンヤリしてやがンだ」

 

 白ツナギのおやっさんが、そんなオレの考えを断ち切った。

 

「さ、お前ェのAIとリンクした。話してみな」

 

 オレはデバイスを耳に装着し、コクンとノドを鳴らしてから、

 

「えー。あーあーテステス……【SAI】?」

『だれです?いまシネマがイイとこなんですから、話しかけないでください!』

 

 耳につけたデバイスと、おやっさんの端末わきにあるスピーカーから【SAI】の苛立たしそうな声。

 その背後では、聞き覚えのあるオルゴールまじりのサントラ。

 オレはそれを聞いてすぐにピンとくる。

 

 ――あ、これ財宝を巡って3人のガンマンが墓地の中央で決闘するところだ……。

 

 おやっさんは、そのAIの口の利き方に絶句したらしく、こちらをむいて、

 

「なんだコイツは……このAIは、いつもこうなのか?」

「ま、まぁ。今日はまだマシなほうですね……」

「なんてことだ。けっこう経験値のあるAIと聞いていたんだが」

「経験値があるから、かもしれませんよ?」

「ドライバー交代ごとに轢殺技術データーだけ残して、担当ドライバーの交流によって培われたパーソナリティーは消去しているはずなんだがなぁ……」

 

 えっ。とオレは意外なことを聞くような思いがした。

 

 ――あてがわれた当初から【SAI】はこんな調子だったぞ……?

 

 初っぱなからシニカルなギャグや、女房に逃げられたこっちをいたわるような、それでいて毒舌な口調は、こちらの経歴をふまえてインストールされたキャラ設定だと思っていたが。

 

「あれじゃないですか?トラックのAI同士が交信して、個性を高めあっているのかも」

「ンなこたァ絶対にありえねェ!」

 

 意外に強い反応が返ってきた。 

 

「AI同士が人間の許可を得ず直接コンタクトしあう、なんてコトぁ絶対に避けなきゃなんねェんだ!」

「なぜです?なんか(しげ)サンも、そんなこと言ってましたが」

「……シゲと親しかったのか?」

「わたしのチューター役みたいなものでしたよ。いろいろ教えてもらいました」

 

 ふぅぬ、と白ツナギのおやっさんは腕組みをして、こちらを品定めするようにシワの刻まれた目のおくからオレを見据える。

 

「シゲの子飼いなら……まぁいいか。なぜってお前ェ、そりゃぁ――」

 

 そのとき、ノックの音がして測定室の扉があき、Yシャツの首からIDをさげたメガネの男が顔をのぞかせた。

 

「ロック、室長が、すぐ来てくれだそうです」

「ん――分かった」

 

 おやっさんは立ち上がった。

 

「あの――」

「時間切れだ。こんど話してやる」

「おやっさん、それじゃいつ……」

「だぁれがオヤッサンじゃ。ワシは吉村。ロック・吉村だ。装備課と技術課の特別顧問をしとる……定年後の再雇用組だがね」

 

 そういうや、白ツナギの“おやっさん”は『フルタイム・コネクタ』に関する紙ベースの説明書をこちらにホレ、とわたすとオレを部屋から追いたてて、もとの受付まで送るや「じゃぁな」と再びセキュリティー・エリアの奥に消えてしまう。

 周囲では、相変わらず似たような髪型の女性職員たちが無表情なまま、猛烈なスピードで端末を叩いていた。

 カチャカチャという打鍵音の林のなか、コンフィデンシャルとスタンプのある数枚のマニュアルを見る。

 

 ――なんでいまどき紙ベースなんだ……? 

 

 触ってみると、流出防止のICチップがあるらしい。

 つまり所内閲覧専用ってコトだ。これははやく覚えないと。

 

 そのとき、コネクターのイヤホンからは、エンニオ・モリコーネの名高いエンディングBGMが流れはじめた。

 

 ――お?ようやくおわったみたいだな……。

 

 オレは一度咳払いしてから、

 

「おぃ“汚い奴”(The Ugly)。聞こえるか?」

『あぁ……最高だった。だれです?さっきから』

“いいモン”(The Good)だよ」

 

 




※もちろん映画は「いいモン、(ワル)モン、汚い奴」
 (邦題:続・夕日のガンマン)です。

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