試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第25話:依頼者たち

                     *  *  *

 

「ひやッ!ひゃへてェェエェェ!」

 

 の悲痛な声がスピーカーから響いた。

 

「おひんひん……おひんひん()るなぁぁぁぁァァァ!!」

「おや。やはりまだ男の(さが)が残っていたようですね……」

 

 ひくい男の声がした。続いてやや甲高い声が、

 

「これはやはり再馴致(調教)せねばなるまいて」

 

 さらに別の声がどこかに連絡をかける気配。

 

「洗脳用ヘッド・デバイス、B-3手術室に持ってきて?いや、いま『MtF』(男→女)オペの最中だから、忙しいなら後でもいい」

 

「ひゃらっ!ひゃへて!洗脳は(ひぃ)ゃぁぁぁ!!」

 

 会議室のモニターには、出産に使われる分娩台(ぶんべんだい)のようなものに全裸で拘束された“少女”が両腕を上に固定されたまま、磁石を埋められた坊主頭をふりたててM字開脚で必死に叫んでいた。

 

 プルンとツヤやかな肉厚にされた口唇(くちびる)からは、悲鳴とののしり。

 そのせいか、あいかわらずどこか舌足らずな、活舌のわるいセリフ。

 スイカのように豊胸された頂きの〇〇は、安全のため一時的にピアスが除かれて。

 肛〇には、相変わらず拡張用の〇〇ル・プラグが挿入されている。だいぶ広げられたとみえ、女の手なら楽に入りそうな口径だった。

 

 多少、被・施術者の言葉が舌足らずなのは、自殺防止とフェラチオ奉仕のために歯を全部抜き、あたりの柔らかいシリコン製の入れ歯に代えているためだと字幕が出る。

 

 (※以降、手術の要所には、視聴者の理解をたすけるために字幕が入れられていた)

 

 周囲には緑色の術衣を着た、冷たい目をする施術者たち。

 “少女”から見える位置に据えられたモニターは、彼の股間からそそり立つ、みょうにツルツルした陰茎(お〇ンポ)をアップにしている。

 

 “少女”の頭は動くが、下半身はピクリともしない。

 豊かに膨らまされた〇〇〇〇も、動くか動かないかのありさま。

 おそらく脊椎麻酔をかけられているのだろう。意識をたもたせ、なおかつ自分の股間が男から女へと強制的に改変させられるのをモニターで見学させて、自分か女に改変されたことを意識の底から徹底的に摺りこむのが目的のようだった。

 

「おねはぃ……コレ以上ほんは()に、ほんはになりたぅなぁぁぃ……」

 

 最後の声は弱々しくなる。

 分娩台のかたわらに立つ麻酔医らしき者が、端末から何かの調節をするのが見えた。

 

「ひやっ!ひやっ!ゃぁぁぁぁぁあ!!」

 

 麻酔の量が弱まり、覚醒度が上がったのだろう。

 声がふたたび大きくなり“少女”の顔が涙でグシャグシャに濡れる。

 

「ほねあひ……ほうはめて……」

「キミに強姦された女たちも、同じようなことを言っただろうな」

天網恢恢(てんもうかいかい)()にして漏らさず」

因果(いんが)はめぐる糸車、か?そっちも古いねェどうも」

 

 施術者たちの低い嗤い。

 

ひヤや(イヤだ)……オアンホ(おマンコ)あんへ(なんて)……付けられはふなぃ……」

 

 しかし彼女の頭上に据えられたモニターは、“切開Mode”にされた精密な電気メスが、主任執刀医の手とともに“キ〇タマ袋”の合わせ目へと迫ってゆく光景を冷酷に映し続けている……。

 

 斬り割られる玉袋。

 高まる彼女の悲鳴。

 かすかに流れる血。

 開かれる赤い組織。

 

 やがて鉗子(かんし)が、割られた部位を左右に広げたまま固定し、その奥にある艶めかしい白さを持った睾丸のならびをさらけだす。

 無影灯の明かりによるいくつもの輝点。

 アップにした図は、まるでストロベリー系の洋菓子のようだ。

 

 やがて精密な剪刀(ハサミ)が慎重に差し入れられ……。

 

 ――プツン!

 

 モニター画面で、器具の先端に把持されたままぶら下がる睾丸が取り出されるのを見た“少女”は「ふぅっ」と失神した。

 しかし、周囲の施術者たちはそれを許さない。

 たちまち意識は引きもどされ、分娩台上の元・強姦魔は、自分の股間からのこる一つのキ〇タマが切除されるのを強制的に見せられることになる。

 

「あぁぁぁぁ……ほんは(そんな)……ほんは……」

 

 次いで罪深いオ〇チンポにメスが入り、神経を巧みに残したまま造形を変えられ、尿道の部位が位置を変えられて。 

 幾多の切開と縫合。形成。それらが行われたすえ、あちこち結索され、いささか血まみれではあるものの、小陰唇やクリ〇リスなどがそなわった、かわいらしい“〇〇〇〇”が出来上がった。

 

「良かったな……コレでキミも正式に“犯す側”から“犯される側”へとなったのだ」

「喜びたまえ。貫通されるたびに処女膜を再生してやるぞ?いつまでも破瓜の痛みを味わえるわけだ」

「その痛みをもって、自分の犯した罪を存分に味わいたまえ」

 

 まるでゼー〇の議員か東方の三賢者のように、重々しい声が響く。

 

 力なくイヤイヤをする、もやは正式に『彼女』となった少女。

 

 点滴棒に大林製薬の『マゾニナール・A』がセットされ、静脈に太い針が刺される。

 妖しいクスリが、いまは女とされた身体をゆっくりと侵しはじめた……。

 

 包帯を巻かれて拘束を解かれ、ストレッチャーに載せられる元・強姦魔。

 もはや茫然としたまま声がない。

 だがどうしたことだろうか。

 豊胸処置をされた彼女の乳房(オッパイ)。その頂きを彩るピンク色をした乳首は、ほのかに勃起(ボッキ)をはじめて……。

 

 

「まだ、ご覧になりますか……?」

 

 

 さすがにタメ息まじりで、オレはコの字席の向かいに座る“アシュラ”と見知らぬ初老の男たちふたりをチラ見した。

 初老の男たちはコの字のたて棒あたりに据えられた大型モニタを声もなく見つめていた。

 ただ漫然と見ているのではない。それが証拠に、彼らの手は関節が白くなるほど固く組み合わされている。

 

 ひとりなる禿頭(ハゲ)は涙に潤んだ視線で。

 ひとりなる白髪(しらが)は目を血走らせ。

 

 体つきも、対照的なふたりだった。

 

 禿頭のほうは、ゲッソリと病み衰えたような顔つき。

 ロマンス・グレーな白髪は、顔を紅潮させている。

 

 

 『美月』から記録媒体(メモリー)を渡されたあの晩。

 さっそく自宅のPCで中身を見て後悔したオレは、不味いビールを飲みながら事業所長の“アシュラ”に連絡を入れたのだ。

 

 おそらく重サンの処理のためだろう。

 最初のうちこそ疲れた声の所長だったが、この轢殺目標の性転換手術映像を入手した話をするうちに(きょう)がノッてきたらしい。

 

「マイケル――マイケル!マイケル!――こいつめ!」

 

 最後は嬉しそうに、

 

「まったく。お前からの報告は、いつだって大当たりだ!これで今の出張交渉もうまくいくかもしれん」

「所長ォ、いったい今どこにいらっしゃるんです?」

「それは言えんが……まぁ、すぐには帰れないところだ」

 

 なんの策をめぐらすのか。

 通話口の向こうでしばらく沈黙があったが、やがてヨシ!という力みかえった声で、

 

「マイケル、今日は月曜だな。ワシは水曜には戻れるハズだ。水曜14時に第2会議室へ来てくれ……」

 

 

 そして今。

 水曜の14時45分。 

 

 “アシュラ”が合図して映像を止めるよう促す。

 モニターから、少女にされた轢殺目標の悲鳴を最後に、性転換手術の画像が消える。

 

「――以上のような顛末(てんまつ)でしてな……」

 

 “アシュラ”の声に、ふたりの老人たちは我にかえると、少しばかり毒気を抜かれたように視線を辺りへとさまよわす。

 

「ご覧のように、例の悪鬼たる少年は、ここにいる――」

 

 ムッチリした腕が、オレの方を指し示し、

 

()()()()()()()()()()()()が、永久に地獄の底へと叩き込んだのであります。“あの下司”は、映像のとおりMtF(女体化)手術を受けたので!もう二度と少女を犯すようなことはありますまい。悲劇の芽は――摘まれたのです」

 

 初老の男たちは席を立ち上がると、コの字型のテーブルをまわりオレのほうに歩み寄った。

 涙目の老人がオレの手を取り、まるでしぼり出すような声で、

 

「あり――ありがとう……ございましたァァッ!!」

 

 そういうと、この禿頭は頭を下げ、オレの足元にひざまずく。

 慟哭が、嗚咽が、痩せた肩をふるわせた。

 だが、つづいてやってきたものは完全にコチラの予想外だった。

 

「なんで!なんでもっと早く!貴様はァァァ……ッ!!」

 

 そんな絶叫がしたつきの瞬間。

 オレの身体はスロー・モーションのように、会議室の床へ背中から叩きつけられた。

 ほおに強烈な打撃を感じたのと、目の前に星が舞ったのは、床に敷かれたカーペットのにおいを二、三度吸ってからだった。

 

「エ”ホァッ!」

 

 肺を打った苦痛にオレが悶絶していると、白髪が顔をヒクつかせながらオレの視野に逆転して仁王立ちになる。

 悲憤と苦悶。

 悔恨と瞋恚(しんに)

 それらがないまぜになった感情が、ひっくり返ったオレの上に降りかかってきた。

 

「なんで貴様はもっと早く!――来てくれなかった!うちの子は……ウチの子は!」

 

 禿頭のジジィが、オレに蹴りを入れようと足を後ろにふり上げる。

 そこを白髪が慌ててとめに入った。

 

「結城サン!アナタの娘さんは――生きているではありませんか!ワタシの子は――ワタシの……」

「死よりも辛いものだってある!」

「生きてさえいれば!」

 

 卒然!

 禿頭は、ロマンス・グレーな白髪の胸ぐらをしめあげる。

 

「生きてさえいれば――生きてさえいてくれれば!なんだって可能性がある!」

 

 こめかみに青スジを立ててハゲが叫んだ。

 

「だが!死んでしまったら――それまでなんですぞ!?」

「生き地獄という言葉もある!」

「それでも!親より先に死ぬよりは、なんぼかマシなんです!」

 

 オレはジジィどもの言い争い聞きながら身体をおこした。

 クラッと頭がゆれる。

 老いぼれのパンチにしては、底が入ったキレがあった。

 視界がふらついて収まらない。肺の痛みが、ズキリと。

 オレは言い争いをする白髪のうしろから近づくや、

 

「こンの――クソ爺ィ!!!!!」

 

 スカした白髪の後頭部をわしづかみにするや、力の限りうしろへ引き倒した――はずだが、オレの体はもんどりうって、またも転倒してしまう。

 

 ――いっててて……。

 

 気がつけば、手には白髪をしっかとにぎりしめて。

 見上げれば、ハゲが二匹に増えている……。

 

「あぁっ!ワシの!……かえせっ!」

 

 起き上がりざま、オレは手の中の髪の毛を“ハゲⅡ”に奪われた。

 

「手前ェ。ホカに言うことがあるんじゃねぇのか?」

 

 “俺”のなかで、ムラムラとドス黒い感情がわきあがる。

 手は、無意識のうちに有りもしない腰のホルスターに収めた処刑用の自動拳銃(オートマティック)を空しくさぐって。

 

【挿絵表示】

 

「ヒトをぶん殴っといて、返事がソレかよ。ジジぃ、いい加減にしねぇと――」

「ワシの娘は!」

 

 ハゲⅡが俺の凝視をまともに受けて立ちながら、

 

「そのクソ餓鬼に犯されて、廃人になってしまってんだ!一日中、部屋から出てこない……就職も決まっていたのに……」

「じゃぁ、部屋から引きずり出しな」

「そんな!――乱暴な!」

「オレのトラックに乗せてやる。ドライブと洒落込んでやるよ」

「そんなことをしたら、あの子のココロが壊れてしまう!自殺でもされたら!」

「ゆっくり死ぬか、すぐに死ぬかの違いだろ」

「貴様ァツ!」

「結城さんッ!」

 

 ハゲⅠが拳をふりあげたハゲⅡを押さえ込んだ。

 

「所長さんから聞きました。この方は――我々のために危ない橋をわたって、ここまでして下さったのですぞ!」

「あぁ、そうさ!」

 

 俺はジャケットの内ポケットから小男にもらった領収書をつかみ出し、店名の部分を山折りにして隠してからバン!とテーブルに叩きつけた。

 

 ¥金参佰萬円.-

 

 “【Le lapin Rouge】(紅いウサギ)”の仰々しい書式。

 盛り上がったインクに、凝ったデザイン。透かしの入った用紙。

 この簡約化のご時勢。いまどき珍しい豪華さだった。

 チェックライターで印字されたその金額も、テーブルの上で光り輝いているように見える。

 さすがの所長も、視線を金額と俺の顔とのあいだを往復して声もない。

 

「自腹だぞ自腹ァ!この糞ハゲがァ!」

 

 俺はハゲⅡを睨みながら叫んだ。

 

「いきなり殴りやがって!“ウチの部隊”なら、鞭打ち10回……いーや、20回のところだ!」

「部隊……?」

 

 三人の頭の上空に浮かんだ「?」マークを感じたオレは我にかえって、

 

「いや、その……なんだ、ジジィ!反省しろ!」

 

 ほぉが重い熱をもって腫れはじめた。

 殴られた側は心臓が脈打つたびにズキズキと痛む。

 まぁ、不覚をとったのはこっちなので文句は半分しか言えないが、このハゲⅡがあんな俊敏な動きをみせるとは……リタイヤ爺ィ恐るべし。

 

 そういえば、すこし前まで通っていたジムには、ボディビルダーの胴体にジジィの頭を接着した亀〇人みたいなヤツラがサウナ・エリアで歳に似合わぬ筋肉をコレみよがしに披露してたっけ。ありゃ本人のシュミだな……形を変えた合法的な露出狂だ。

 

「本当に……これを自前で……?」

 

 ハゲⅠが領収書の金額を見ながらつぶやいた。

 そして傍らの“アシュラ”を見ながら、

 

「所長、これは経費で落ちるんですか?」

「う……いや、その」

「落ちるなんて。期待しちゃいませんぜ」

 

 「ハ!」とあざわらいながらオレは三人を()めつけ、

 

「これぐらいしなきゃ。浸透作戦で敵の懐に食い込み、目標を補足することは出来ねぇのサ……」

 

 事務屋どもには分からんだろうがな!と最後に机を平手て思い切り叩く。

 

 沈黙。

 

 ややあって。

 ハゲⅠが泣き笑いのような表情(かお)を浮かべた。

 引きつったような深呼吸とふるえる口もとが、この老人の心中を語って余りあった。

 年月を閲した古革のような顔。そのシワ奥の目に、一掬(いっきく)の光るものがうかぶ。

 

「貴殿……感謝いたしますぞ。これでわたしの娘も……浮かばれることでしょう」

 

 だが。

 

 ハゲⅡの方は腕組みをしてソッポをむく。

 食いしばられたアゴがグリグリと動き、険のはいった眼は、彼方を見すえるように細められて。 

 

「で?そのガキが囚われているという店は、どこなのかな?」

「あくまでも()ると言うのかい?」

 

 ハゲⅡの言葉にオレはスゴむ。だが、この老人はそれに対して一歩も引く気配がない。

 見れば老人とはいえ、春物ジャケットの服の奥には老いたとはいえ相当に締まった身体が隠されているのが分かった。とくに――二の腕。

 

「この映像の店。【Le lapin Rouge】(紅いウサギ)と診たが如何に」

「それを知ってどうするんで?」

「さて。しかし私は、去勢されたとは言え娘を廃人にした人間がこの世に存在していることが、どうにもガマンがならんのでね」

「物理的に“無力化”しなければ、納得しないってコトか」

「否定はしない」

 

 切り返すようにハゲⅡは言い返しやがった。

 まて。

 こいつ“無力化”という言葉に即答した。

 

「ジジィ。あんた、ボクシングとかやってただろう」

「インターハイで準優勝しましたね……昔のはなしですが」

「そして自衛隊に居たな?」

 

 いえ、とハゲⅡは自分のカツラをかぶりなおし、もとのロマンスグレーな爺ィになると、

 

「少しばかり外国の軍に所属してましたよ。落下傘部隊でね。下士官をやっていました」

「キタねぇ。もとセミプロかよ……どうりでオレがノされるわけだ」

「アナタもそうでしょう?似た匂いを感じる……だからこそ、敵対するのが残念だ」

 

 結城サン!とハゲⅠがオレとの間に割って入った。

 

「もうイイじゃありませんか!この方はここまでして下さった!」

「残念だったな権三さん。これだけは――退けない」

 

 会議室のなかに、ささくれた緊張が入射角と反射角の正確さでなんども跳ね返り、神経をヒリヒリと刺激する。

 

「わたしのコネを使えば、こんな“風俗店もどき”のひとつやふたつ」

 

 ――またコネか……。

 

 ニコニコ転生協会に直接横やりを通せるジジイ。

 いったいどれほどの力を持っていることやら。

 経団連がらみか“族議員”のサイフ?それとも銀行屋の系列か。あるいは企業の連合体が集う「**会」領袖の有力人物かもしれない。最悪、中央省庁。いやそれどころか内閣に口を利けるレベルの可能性すら。

 

「ワシは……ガマンなりません!ワシの娘に、梨唯亜(りいあ)に、これ以上何かあったら……」

 

 このクソ餓鬼が女にされたぐらいで、心を赦すわけにはイカんのです!とハゲⅡ改め似非(えせ)ロマンス・グレーは気をはいた。

 

「では!――ワシはこれで、失礼する!」

 

 肩を怒らせ、会議室の扉をハデに鳴らして“ハゲⅡ”こと結城の爺さんは出て行った。

 残った“アシュラ”は暗然とその背中を見送る。ハゲⅠの方は、紅いウサギの領収書を凝ッと眺めて。

 

 ――まっずいナァ……。

 

 オレは、心ひそかに舌打ちする。

 “紅いウサギ”の秘密がバレたっぽい。

 しかしまぁ、あの店がつぶれるのは、サッチーが行っている潜入捜査のおかげで時間の問題だろう。気にすることはないか。

 問題は、オレに一発かましてくれた、あのジジイだ。

 このままでは、どうにもハラに据えかねた。

 

「――所長ォ!」

 

 オレは“アシュラ”に詰め寄る。

 このデブの中性脂肪を全部しぼり取っても、あの結城とかいうハゲⅡのデータを手に入れなくてはならない。

 

「ヤツの――あの結城とかいう依頼人の情報!もらえるんでしょうね……」

「なにをバカな!」

 

 “アシュラ”は目の前で手を打ち振ると、

 

「そんなこと出来るわけなかろう!依頼人の守秘義務は!絶対だぞ!」

「しゅひぎむぅだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 

 赫ッ!と頭のなかが一瞬、煮えた。

 視界がだんだん暗くなる。鼻の奥に、硝煙の気配。

 利き手は、ふたたび拳銃の入った腰のホルスターを空しく探る。

 いますぐこのブタの脳天に、水銀をつめた.380ACP弾をブチこみたくて仕方ない。

 

 ――いや!

 

 “俺”は激しく首をふった。

 

 簡単に殺すなどもったいない。

 まず両肩――そして両ヒザ。一発ずつ、間をおいて。

 そしてチンポと肛門に電極をつけて、手回し発電機を回してやる……。

 

 ――下劣な!

 

 頭のなかで別の“自分”が叫んだ。

 

 ――まずは相手に任務遂行上、障壁となりうる旨を説明してだな……。

 

 ――生ぬるいんだよ!手前ェは!

 

 “俺”が唾棄する勢いで一蹴する。

 “自分”がそれに対し決然とした声音(こわね)で、

 

 ――(おのれ)を喪うな!(なんじ)瞋恚(しんに)業火(ほむら)に!努々(ゆめゆめ|烙《や)かれることなかれ!」

 ――ハァ!?キレイごと言ってんじゃねーよ!殺らなきゃ殺られる。それがこの世界の掟だろうが!」

 ――情動に身を委ねたあげく、その行き着くさきは!?不毛と!!そして野火に苛まれた悔恨とがのこるだけだ!」

 

 ――やるってェのかい……。

 

 “俺”がFALの遊底を動かし、NATO規格である7.62mmの初弾を薬室に送り込んだ。

 

 ――お望みとあらば……。

 

 “自分”は、絶妙の反りを打たせた斬馬刀をゆらり、抜き放し、切っ先を俺の喉もとへ。

 

「おい……マイケル……マイケル大丈夫か?」

 

 視界が明るくなり、いつのまにか失っていた視力がもどってきた。

 頭の中の言い争いも消えている。

 そして知らぬ間に“ハゲⅠ”の方も消えていた。

 

「あ……所長」

「ものすごい顔しとったぞ」

「それだけあの糞ハゲにムカついたってコトですよ。傷害罪ですよね、あれ」

「よしてくれ。この事業所に警察を呼び込むのか?――腫れてきたな。医務室に行ってきたまえ」

「ヤツの住所を!」

「教えてどうする?殴り返しに行こうとでもいうのかね」

 

 憮然とする数拍。

 どうにも屈辱感がおさまらない。

 

「これひとつ――いや、自腹の件も含めれば二つ貸しですからね所長。身銭切って横っ面ブン殴られたんじゃ、踏んだり蹴ったりだ!」

 

 オレは領収書を内ポケットにしまうと、所長の方を見もせずに会議室のドアを蹴り開けて部屋をでる。

 

 ――今日はもう終わりにしよう……クソ腹たつ。

 

 医務室へ行ってジャック・ダニエルの匂いをプンプンさせる医者(ドク)から湿布をテープで留めてもらう。

 そのあと帰ろうとしたところを技術部のロックに捕まり、コネクターの再調整。

 殴られた側が、ちょうどデバイスを装着する左側なのでツラい。

 

「……もう年なんだからムリするな」

 

 装置を調整しながらロックはあきれ顔でオレを諭した。

 そう言われては、還暦を過ぎた頃合いのジジィにやられましたとは、とても言えないぜ、まったく。

 

 腕に巻いた時計を見た。なんだかんだでもう16時。

 こういう時は、なにか美味いものでも作って食うに限る。

 ちょうど今から帰れば、夕方のタイム・セールに間に合うハズだ。

 

 

 

                     *  *  *

 

「ご主人さまァァ!大にゅーす!大にゅー……って、どーしたんです!その顔!」

「なんでもない。タチの悪い客に引っかかっただけだ」

 

 顔の腫れが気になって、晩メシの買い物もそこそこに家に帰ってきたオレだった。

 いやはや。道行く人の視線が刺さるささる……。

 寮の鉄製ドアをあけると、いきなりスケスケなネグリジェ姿の『美月』が駆け寄ってきた。

 

 しかも、だ。

 

 ピンク色なネグリジェ。

 その奥は股割れパンティーと、ニップル・タッセルという()()()()で。

 首にはリボンの造花。お尻の〇〇からはシッポを垂らしている。

 オレを試しでもしてるのか。この数日、だんだん過激になってきやがるのだ。

 だが残念。ガキを相手にするシュミは無いんでね。

 しかしこんな光景。詩愛に見つかったら、何といわれるか。

 ふと。

 なんのはずみか、シーアの冷たい眼差しが鮮烈に浮かび、オレは思わず(ブルっ……)と身をふるわせた。

 

「おまえェェ……まァた寝てたな?」

「だってぇ。完全に夜型になっちゃったんだモン!」

「んで、深夜の“バイオ・アサシン”につき合わされる、と」

 

 ――冗談じゃないぞ。こっちは朝から仕事だってェのに。

 

「だってぇ。あのゲームひとりぢゃコワいんだよぉ?!」

「見ろコレ。銃のコントローラで指に血豆だ!」

「だって!ご主人さまテッポー上手いじゃん。ステージクリアするにはご主人さま居ないとォ!」

「あ!まぁたママゾンのダンボールかよ!こんどは何買ったんだ?」

「バイブつきの本革ボンデージ・セット……」

 

 悪びれることなく、この女子高生はシレッと言い放つ。

 はぁっ、とオレはタメ息をついた。

 『美月』が父親から持たされているファミリータイプのプラチナ・カードは、不思議なことにいまだ有効だった。

 そのためママゾンのダンボールが増えるふえる。

 

 男の城が。前線基地が。隠れ家が。

 いまでは女の匂いと香水くさくなって。

 油断していると、何でも花柄のカバーや、ピンクの什器にされてしまう。

 オレが寝ているソファーにも、いつのまにか女性のショーツを連想させるジェニファーテイラーのクッションが。

 

「……まぁいい。さ、今日はハッシュド・ビーフだぞ?玉ねぎの櫛切(くしぎ)りは、オマエが切るのだ!」

 

 ネグリジェ姿の『美月』に材料が満載のマイ・バッグをわたす。

 

「おもーい!」

「台所に運んでくれ。ンで、ニュースってなんだ?」

「それが!タイヘンなんですよ!ご主人さまァ!」

 

 

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