試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第26話:胎動

「どしたァ?――またネトゲで強敵でも現われたか」

 

 『美月』のセクシャルな格好をあえて目に入れないように、脇をすり抜けて洗面台へ。

 まったく。

 通販でセクシーな衣装を買うのはいいが、オレには小動物が一生懸命コッチの気をひこうと頑張っているようにしか見えん。

 いやまて。

これでもう少しコッチが若かったら、()()()になっていたのだろうか。

 

「――そぉぢゃなくてぇ!」

 

 オレの飼っている小動物は、ケージの向こうでジャンプする勢いのまま怒ってみせる。非常にカワイイ。

 

「タイヘンなんですぅ!」

「分かった、分かった。カード止められたんだろ?ザマミロwww」

 

 後についてきてふくれっ面をする彼女を鏡ごしに見ながら、

 

「それとも、家から何か言ってきたかァ?」

「どうせワタシなんて……お姉ぇちゃんとちがって、心配されてないし」

「――それはドウかな?親の心子知らずって言うだろ?」

「なんですソレ」

「ま、分からんだろうなァ」

 

 オレは大きく息をついて、

 

「親父の偉さは――家庭を持った時に初めてわかる」

「……おかあさんのエラさは?」

「子供を持った時、初めてわかるのさ……」

 

 台所へ行き、冷蔵庫から一本目の缶ビール。

 そろそろ補給をしないとイカん。

次の特売日、いつだったか。

 ほおの痛みがなければ最高のひと口目なんだがナァ、と思いつつ、

 

「ンで?ナニが大変なんだって?」

 

 タブを鳴らす。

 腰に手をあてて500缶をあおるオレ。

 

「だからぁ!」

 

 『美月』が背後から叫んだ。

 

「ウチのお店(紅いウサギ)警察(ポリ)の“ガサ入れ”食らったんですってば!」

 

 ぶふぉォォォォ!

 

 鼻から盛大に缶ビールを噴き出し、オレは悶絶した。

 さいわい噴出方向が流しの方だったので、被害は最小限に抑えられたが。

 

「な ん だ っ て ! ?」

「やぁん、キタナイ。タオルタオル……っと」

 

 缶ビールの鼻うがいに目の奥をヒリつかせつつ、オレは渡されたタオルの陰から、

 

「……いつのハナシだ?」

「きのう夜だって。アタシ、ちょうど携帯の電源切ってたから……」

 

 そうだ。

 こいつはゲームのとき邪魔が入れないよう、電源すら落とすという入れ込みなのだ。

 

 一瞬、あの「ユウキ」というクソ禿げのことが頭に浮かぶ。

 あの野郎、タダじゃおかねぇ。あのハゲ頭におマ○ンコの刺青でもしてやろうか……。

 おっと、話がズレた。

 むろん、時系列的にヤツではありえない。

 そう。

 銭高が仕組んだ“おとり捜査”のワナが、ついに(はじ)けたのだろう。

 ミッチーの捨て身な工作によってもたらされた“紅いウサギ”の赤裸々な情報。

 もしかしたら調教の写真や拷問中のビデオすら、証拠として撮られているかもしれない。

これで警部補から警部に昇進かな。

 

 ――そっか……あの小男は、とうとうパクられたか。

 

 一連の動きが、すでに見えるようだった。

 

 ガラスの檻のなかの犠牲者。

 身体を改変され、洗脳され、性の奉仕要員に変えられた若い男女たち。

 『紅いウサギ』が持つ、ほの暗い“裏”のカラクリ……。

 そこへなだれ込む、ゴツい機動隊の面々。

 

 小男と、その取り巻きの兄キたちが警棒と手錠で制圧されるのが眼に浮かぶ。

 それに一部の上級フロアレディや調教役。恥ずかしい夜の衣装のままな姿で護送車に送られて。

 彼らは全員、逮捕・起訴され――そして裁判にかけられるだろう。

 

 ――ただし……。

 

 顧客リストには相当の大物たちが居ると思われるゆえ、さすがの検察も二の足をふみ、マスコミにも情報統制がしかれるだろう。結果「〇チ・〇ンジェル事件」のように、あまり表ざたにもならず、事件は闇から闇へと葬られるに違いない……。

 小男や関係者は、懲役で10~15年ぐらいは食らうのだろうか。

 

 逮捕されるには惜しい人材だったがな、とオレは思う。

 しかし、生業がなりわいだけに、いつかこの日が来るのは覚悟していたはずだ。

 処分が決定して刑務所にブチこまれたら、差し入れでも持って行ってやろうか。

 

「……ご主人さま?」

「おまえは着替えてこい。そのピンクのスケスケが、玉ねぎ臭くなるぞ」

「やぁん。なんでご主人さま反応しないの?――ホラっ!」

 

 『美月』はデーブルの上にテール・プラグを挿入した尻を載せる。

 そしてウインクしつつ舌をペロリと出し、逆にしたピースサインでおまたを、

 

 くぱぁ……。

 

 さすがにオレはガックリと脱力。

 花も恥らうJKが、なんなのこの。

 オジさ……いや、お兄さんは悲しいよ。

 

「おまえェェェェ……どこから覚えてきたんだ、そういうの」

「お店の“オネエさん”から。こうすれば、どんな男も一発だって……ホラホラ♪」

 

 そういって、空いた片手で自分の豊かな胸をもむ仕草。

 

「あのな……ホラホラ♪じゃねーだろ!自分の品性を下げるからヤメなさい」

 

 えっ、と眉をひそめる『美月』

 そしてマジマジとこちらの股間をながめて、

 

「ご主人さま……もしかして枯れちゃった?」

「――なんでじゃ!」

「これで反応しなきゃ、インポだって」

 

 ……はぁつ。

 

 これは早々に彼女を店から引き上げねばなるまい。

 悪い言葉や、へんな慣習をドンドン吸収しやがる。

 いや、店はもうオワリだから、その心配はないか。

 

「子ども相手に下劣なことを考えるほど、オレは墜ちちゃいないよ」

「ぶぅぅぅぅぅー!」

 

 コドモじゃないモン!、と『美月』はさらにふくれっ面。

 

「しッかし、店がつぶれてくれて良かったなぁ」

 

 おれは小男を哀悼しながら詠嘆まじりに呟いた。

 あの男も、刑務所でイジめられなきゃいいがと考えつつ、

 

「整形されたお前の顔もだいぶ落ち着いてきたし。そろそろ()()()()も冷めてきた頃合いだから、オヤジに土下座して高校復学をゆるしてもらえ」

「や!学校行くの」

 

 おまえなぁ、とオレは実年齢に似合わぬ扇情的なガキに顔をよせ、

 

「高校ぐらいは出ておけよ。未来の自分から、怨まれるぞ?」

「だって……」

「店も無くなったことだし、おまえも普通のJKな日常にもどれ」

 

 ふくれっ面をしていた『美月』がフト、こんどはキョトンとした顔をする。

 

「無くなったって――ナニが?」

 

 えぇ?

 オレはゆっくりと首を振り、

 

「“紅いウサギ”がツブれるんだろ?おまえの店が」

「無くならないヨォ!警察(ポリ)の“ガサ入れ”受けただけ」

「は?」

「お店の“お姉さん”から連絡がきて、警察(ポリ)の完全な空ぶりみたい」

「……」

「すごい人数で来たらしいけど“ウラ”の設備はとっくに別の場所に移したんで、何も見つからなかったらしいわ?警察(ポリ)の現場責任者が青くなってたって。ザマぁよね」

「まて、まて。一体、どういうことだ?」

「だからぁ、ガサ入れがあるって、前からワかっていたらしいのよね。だから踏み込まれたときは、準備万端だった、ってなワケ」

 

 なんと。

 オレは絶句する。

 あの小男が、銭高の上をいったか……。

 

「高給な備品やら何やらだいぶ壊されたんで、警察(ポリ)に市長経由で損害賠償を請求するって。だけどホントは騒ぎに便乗して古くなった備品をコッソリ壊して警察(ポリ)のせいにして新品にするんだって。なんでも、ばいしょー金額が「億」いくらしいとか!」

 

 やはり……あの人物。

 煮ても焼いても食えない野郎のようだ。

 

「しばらく後片付けがあるから、今晩は来なくていいって。ヤッター♪ゲームやり放題!」

「……いつから営業再会だって?」

「あさってから来てだって、フロア・まねーぢゃーから」

「……マジかよ」

「さ、ニンジン切りますヨォ!?」

 

 料理をしながら、どこかホッとしている自分にオレは気づいていた。

 あの店は世間一般で言うところの“悪い店”だ。

 しかし、あのクソ銭高にしてやられるのも気が進まない。

 願わくば自主廃業をしてもらいたいが、あそこまで深みにハマれば、そうもいかないだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 と――オレは『美月』がダマスカス包丁を振り上げるのに気づいて、

 

「まった、まった!ニンジンは皮を剥いてから!それに洗ったのかソレ?」

 

 いきなり野菜を切ろうとする彼女にストップをかけた。

 

「ほら。コレ使え」

 

 しかし、ピーラー(皮むき器)を渡されたコイツはキョトンとした顔で。

 

「ナニこれ」

「おまぇぇ。家で料理なんかしたことないだろ?」

「お母さんとか、お姉ちゃんがやってて。アタシの出番なんかないモン……」

「高校で履修する「家庭」の授業でも、出てくるだろうに」

「アタシ、班からアブれるから……」

 

 ちょっとションボリする『美月』のネグリジェごしな肩。

 この性格を直したら、少しは学校で友達でもできたりするんだろうか。

 なるほど。ボッチはツラいよな。

 

「そっか、まぁいい。見てろ?……こうするのだ」

 

 おれはピーラーをつかってシュルシュルとニンジンの皮をむいてやる。

 

「……スゴいスゴい!おもしろ~い!アタシもやる!」

 

 嬉々として台所仕事をはじめる彼女。

 そこには水商売女である『美月』のおもかげはなく、普通の女子高生である“美香子”の純真な横顔だけがあった。

 

「さ、いったん手を洗って。そいつを着替えてこい」

「いやぁん。この衣装、おろしたてなんですよォ?」

 

 しかし、そう思った端から淫らに身体をクネらせる彼女。

 

「じゃぁなおさら汚れたらマズいじゃないか」

「ご主人さまの反応がない方がイヤなんですぅ!」

 

 ――仕方ない。汚れ作業はオレがやるか……まてよ?

 

 ふいにオレはあることを思いついた。

 美香子に野菜を切りつづけろとだけ言って、その場をはなれる。

 しばらくしてもどってみれば、なんと。

 まな板の上には、野菜とマッシュルームとエリンギの無残な姿が現出して……。

 

 ――ヤレヤレ。ま、指をケガしなかっただけ、ヨシとするか。

 

 まずフライパンでニンニクを炒める。

 香りが立ったところで美香子の不揃いなニンジンの輪切り投入。

 おまけに玉ねぎの櫛切り、それにセロリもバラバラだ。

 

「油ハネるぞ?下がってろ」

「ん」

 

 オリーブ・オイルで多めの牛肉をざっと炒める。

 そこに買ってきた安ワインを投入。一瞬、青白い炎が立つが気にしない。

 

 いちど蓋をせず煮立たせた圧力なべに、コンソメ・キューブをポチャンと投下!

 スープがまんべんなく溶けたところで、そこに今まで炒めた具材を投入。

 (まぁ、これがあるから美香子に野菜切りを任せられたのだがw)

 蓋をして加圧!開始!

 

「ご主人さま!ルー!るー忘れてるよ!?」

 

 アワてるな、とオレは余裕のあるところを見せ、

 

「粘りけのあるものを圧力なべに入れてはイカんのだ」

「……どうなるの?」

「最悪、蒸気の逃がし弁が詰まったまま加圧され――爆発する」

「ひぃぃぃぃ!」

「心配するな。使い方さえ間違わなけりゃ、だいじょうぶだ」

 

 圧力表示が起き上がり、最大になったところで火を止める。

 あとはゆっくり減圧を待ちながら、ご飯の準備。

 

 コメを研いだことが無いと言いやがるので、彼女に米のとぎ方を伝授。

 

「小学生のころ、野外実習でカレーとか作らなかったか?」

「カレーは……みんなが作ってくれたから」

 

 なるほど。

 思うに当時から女王様だったようだ。

 自分の容姿がいいことに、場の空気を読んだり周囲に気配りをしてこなかったんだな……。

 

 圧力表示が完全に引っ込んで、フタがカクカク揺らせるようになったのを確認してから圧力なべを開け、大きめの寸胴に移す。

 さらに牛乳を加えたそこに、美香子の手で割られたハッシュド・ビーフのルーがブチ込まれた。 

 なんと。

 ルーすらきれいに割られずに、大きさがバラバラで。

 

「さぁ、ここで重要事項だ!」

「なんですのん!?」

 

 美香子は急に「れんげ」のような口調になって。

 

「いいか?シチュー系は絶対に焦がしてはならないということだ!」

「おぉぉぉ……」

「とくにクリーム・シチューはその傾向が強いが、ビーフ・シチュー系も気を抜いてはイケない!」

 

 オレは真剣な面持ちでおたまを持つと、寸胴に火をかけ、なべを回し始めた。

 

「アタシがやるん!」

「……ザンネンだが、オマエにはまだ早い。リビングに行って好きなコトしてろ……」

「……はぁい」

 

 艶めかしい、スケスケなネグリジェの後姿が尻をクネらせトボトボと消える。

 せめて首輪まがいのチョーカーだけでも取ればイイのに。

 焦げ付かないよう、慎重に寸胴をかき混ぜながら今後のことをオレは考え込んだ。

 料理をしているときは、妙にアタマが冴えるのだ。

 

 警察の手入れは、これでひと段落ついただろう。

 あの銭高のヤツ。くだらないドジ踏みやがってワケわかめ。

 何のためにサッチーが身体を張った「おとり捜査」だったんだよ、ボケが。

 

 ――だが、イイ気味、か。

 

 ひとを逮捕のオトリに使いやがって。

 あの売人ブタジマくんのことは、絶対に忘れん。

 とはいえ……そうなると、今度は別のことが気にかかる。

 あの“ユウキ”とかいう、コネを振りまわす似非ロマンス・グレーのハゲ爺ィ。

 オレに一発くれやがったあんなクソ野郎に小男がやられるのは、いかにも癪にさわる。

 

「どれくらいの権力を持っているのか……」

 

 おたまで寸胴をかき回しながら、オレは思わずつぶやいた。

 エロマンガに決定的なダメージを与えるため、PTAまがいのフェミババァが警察官僚上がりの国会議員を動かしたように、あの男が政府の枢要に通じていれば、店を潰すのも可能やもしれない。

 オレは権力を利用して組織に横やりを入れ、自分の思うままにする連中が大キライなんだ。

 そして、そんなクソ爺ィの情報が、なんとしても欲しかった。

 

 ――まてよ……?

 

 あのブタ野郎め。ボクシングでインターハイに出たとか言っていなかったか……。

 オレはほおに貼られた渇き気味の湿布をさする。そろそろ交換してもいいころだ。

 だが!

 シチューを煮込んでいる最中は、目を離すわけにはいかない(これ重要)。

 それに、こんど“ガサ入れ”が入ったら、そのときは『美月』ごと引っくくられてしまうかもしれない。

 そうなれば身元保証人か何かで、また父親の心証をそこね、鷺の内家の雰囲気が悪くなることが考えられる。

 

 ――ンなコトになったら、今までの苦労がパーだぜ……。

 

 そう考えたとき、

 

 ――なんであの家のことで、オレがココまで苦労しなきゃならんのだよ……。

 

 と、首を傾げざるを得ないのだったが。

 

 居間のほうで、聞き覚えのあるBGMが響き始めた。 

 『バイオ・アサシン』

 なんかホラー・アクションゲームとかいう代物で、ゾンビの群れをかいくぐり敵を倒すというゲーム。

 職場の先輩が引越しを機に据え置きゲームの更新をするとかで、要らなくなったヤツをもらってきたモノらしい。

 

 寸胴の中がmイイ具合に煮えてきた。

 野菜ジュースとバターをさらに追加。

 美味そうな匂いが台所にたちこめる。

 と、炊飯器が作業終了の音を立てた。

 今晩は押し麦多めのご飯にしたのだ。

 

 よし。

 あとは野菜をてきとーにちぎってコブサラダドレッシングをかけるだけ。

 

 最後に隠し味のワインをちょびっと。

 そして、火を止める寸前!生クリームを全体にかけまわす

 こうするとトガって自己主張していた味にまとまりがつき、全体的にまろやかになるのだ!

 

 

【挿絵表示】

 

 そのとき、玄関のインターホンが鳴った。

 オレは壁の時計を見る。一念、恐るべし。

 無線コントローラーを握ったまま『美月』がリビングから不安げな顔をのぞかせ、

 

「ご主人さまァ、だれか来たよ?」

「おまえのママゾンじゃねーのか?」

「え」

「どうせまたエロいアイテムでも買ったんだろ?」

「そりゃそうだけど……でもアナル・バイブ注文したのは今日だモン!」

「……(買ったんかい)」 

 

 オレは若干ニヤつきながら、玄関の扉をあける。

 と――。

 そこには、ビンディング・シューズを履き、まるでエ○ンゲリオンのプラグ・スーツな格好をした、完全に自転車ウェアな情報屋が息を切らしながら立っていた。

 

「よぅ――早かったな、ってもしかして自転車で来たのか!?」

 

 息をゼイゼイあえがせつつ、黙ってうなずく情報屋。

 

「タクシーでくりゃイイのに……」

 

 そう言いつつも、オレは引き篭もりをも駆り立てる“オスの本能”にドン引きしていた。

 目の前の相手は全身から湯気を煮え立たせ、こちらを底の入った目で見すえている。

 

「本当でしょうね……その……あの子の……」

 

 かつてのオレの轢殺目標は息を荒げたまま、ゴニョゴニョと何やらつぶやく。

 

「まぁ、とにかく入れよ。それにしてもハヤかったな」

「途中でミスらなきゃ、もっと早く着いたんですけど……」

 

 そう言って青年は擦りキズのある指なしグローブをみせた。

 

「とちゅうでコケまして……」

「ケガは!?」

「大丈夫っス」

 

 なるほど。脚をピッチリとおおうパンツに、太ももからヒザまで擦り傷がある。

 自転車のペダルと靴ウラを連結するSPDシューズを苦労して脱ぎ、情報屋の青年はオレの部屋に上がりこんだ。

 と、なにか異様な気配を察したのか、リビングからネグリジェ姿の『美月』がコントローラーを握ったまま出てきて、

 

「ね~ご主人さまドウしt……」

 

 その瞬間。

 

 時間の概念は消失し、ゼノンのパラドックスのごとく、永遠に引き伸ばされた。

 無限大にまで微分された、空気すら粘性化される玄関前。

 だがオレは見た。

 青年のサイクリスト用ピチピチパンツの股間が、みるみるモッコリふくらんでゆくのを。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!!!」

 

 そしてその呪縛された空間は、『美月』の悲鳴でガラスのように粉砕される。

 

「なんでなんでなんで!?なんでこの“きもオヤヂ”がココに居るのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!」

「かかったな!?アホが!!」

 

 ガッシィィン、とオレは両腕でバッテンをつくりながら、

 

「いつまでも、そんなイカレポンチな格好をしているから悪いのだ!」

「あっ!ちょっとぉ!」

 

 ふいに『美月』が怒ったような声を上げて一度姿を消すと、ティッシュペーパーのボックスを持ってくる。

 

「はなぢ鼻血!もー、そのカーペットはご主人さまのペルシャ絨毯なんだからね!ヨゴさないでよ!?」

 

 そう言って彼女は血を流す青年の鼻下にティッシュをあてがう。

 

「ひゅ……ひゅびばへん……」

「まったくモー!ご主人さまァ!?コレはいったいどういうこと!?」

「どうもこうも。ちょっとハッシュドビーフの分量、作りすぎたみたいでな。メシは大勢で食う方が楽しいだろ?」

「だからって!」

「それに。ソイツとは仕事の話もある……重要な案件だ」

 

 『美月』の透け透けランジェリーと股割れパンティーを見て顔を赤くしていた青年が、ふいに真顔にもどる。

 

「仕事、ですか……?」

「そうだ。今回のヤマは、ちょいと気を張ってもらわにゃならん」

「あーもう!タダ見させて損しちゃった!着替えてきますよ!」

「おぃ、着替えるならコイツのためにバニーガールにしてくれ。そっちのほうが盛り上がる」

「……ご主人さまの、命令……?」

「そーだ」

「でもこの“むっつりヘンタイおやじ”に……見られちゃう」

 

 不満げな『美月』にむかい、オレは口からでまかせで、

 

「見られて女は美しくなるんだ。本当にオレの“メス奴隷”なら――それぐらいはしなくてはな?」

「……分かりましたぁ」

 

 部屋に衝立で勝手に作り上げた自分のエリアに潜り込む『美月』。

 

「どうだァ?アイツは」

 

 オレは青年に向かってヒョイと眉をあげる。

 

「まだまだアブなっかしいが、まぁ、鍛えればそのうちイイ女になる」

「……うらやましいです。社会人になれば、あんなメス奴隷持てるんですね……」

 

 まてまてまてまて。

 

「ちょっと誤解しているかもしれんが、アレはアイツが勝手にやっているだけだから」

「それでも……うらやましいです」

 

 バニーガール。

 自転車用ピチスー。

 旧くなったYシャツに軍用カーゴパンツのオレ

 

 そんな得体のしれないトリオの夕食が始まった。

 幸いにもハッシュドビーフの出来は好評で、オレはしてやったりの気分。

 作った料理を喜んでもらえるのは、なんでこんなに嬉しいんだろう。

 

 缶ビールがアッという間に二本目にすすむ。

 目の前で若いヤツ同士が半分漫才みたいなやり取りをするのを眺めるのも楽しい。

 自分には分からない単語やスラング。なかばケンカまじりに――なかば意気投合して。

 時代のながれを、オレは川のほとりに立って眺めているような、そんな気分。

 メシは美味いし、ビールも美味い。若いヤツらは談笑して。

 

「――んで?『鼻血』は今日ナンの用なの?」

 

 いつのまにか鼻血というあだ名をつけられた青年は、『美月』の問いに不満げに、

 

「え……ボクはマイケルさんに呼ばれたんだけど」

「ご主人さまァ。なんでこんなヤツ呼んだのぉ?」

「仕事のハナシだ。それにメシは大勢で食ったほうが、その、美味いだろうが?」

「フン!どうせアタシの 魅 惑 的 な ボディが目当てなんでしょ?」

「……否定はしません」

 

 ボソリ、とつぶやく青年。

 ボッ!となぜか顔を赤くする『美月』。

 それは言ってみれば、自分の仕掛けたワナに自分でハマったような……。

 ふふっ、と好ましげに笑いつつ、おれは少しばかり言葉つきを改めて、

 

「盛り上がっているところワルいが――仕事のハナシだ」

 

 オレはグダグダに切られたマッシュルームをスプーンの上にのせてジッと眺めつつ青年に、

 

「ユウキ……たぶん「結ぶ」に「城」で「結城」だと思うが、コイツを探って欲しい」

「手がかりは?――まさか、それだけですか」

「いや。多分ヤツがうっかり喋ったのだろうが、過去にインターハイでボクシングの選手になったことがあるとか。それに外国の軍隊で――たぶんフランス外人部隊の第二外人落下傘連隊だろう――下士官をやっていた履歴がある」

 

 なんだ、と青年は緊張を解いて、

 

「それだけ手がかりがあれば、チョロいもんです」

「ご主人さまぁ。ダレなの?そのひと」

 

 白いカフスについたハッシュドビーフのシミを気にしながら『美月』が口をはさんだ。

 

「ウチのお客さん?」

()()()()()()だ。『美月』は、小男――店のオーナーに、オレから話があると伝えておいてくれ。一対一で会いたいとな。あと客の話に“結城”の話題がないか、注意をしておけよ?かといって自分からハナシを振るのはダメだ。あくまで聞き役に徹すること」

「分かりましたぁ」

「おぃ、お代わりどうだ?」

「スイマセン、頂きます」

「おぃ『美月』――よそってやれ」

 

 はぁぃ、と不満げに彼女は青年の皿を受け取ると、ライスとルーを山盛りにして持ってきた。

 

「ハイ!どーぞ」

 

 ドカン、とテーブルに置かれるカレー皿。

 目を白黒する青年に向かってオレは、

 

「ところで……モノは相談なんだが」

「はい」

「オマエ。“バイオ・アサシン”とかいうゲーム。やったことある?」

 

 フッと相手が鼻でわらう気配。

 

「やったことあるもナニも――得意中の得意ですがナニか?」

「マジで!?」

 

 こんどはバニーガール姿の『美月』が目をキラめかせて食いついた。

 

 ――どうやら今夜は楽ができそうだ……。

 

 オレはビールを注いだバカラのグラスを手に、ホッと息をつく。

 こういうのは、やはり若いもの同士でやればイイ……。

 

「あ!アンタ、手ェケガしてない!?」

「うん……自転車でくる途中、コケてね」

「なぁ~にやってンだか。ドジなんだから!」

「しかたないよ。いきなり黒ネコが夜道に出てきてさぁ」

 

 ――黒ネコだと……?

 

 オレの中で、忘れていた緊張がよみがえる……。

 




“ゾンビ・アサシン”って題名すでに使われていました……
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