試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第29話:お局サマの周辺(自粛版)

「なぁ。君ァあの#23番書記と、仲ァ悪いのかい?」

 

 さきほどの二人の会話を思いだしながら、オレは気軽い調子で警備員にたずねた。

 

「あのニコニコ女が君を見たとたん、仏頂面になってサ」

「……」

「しかし書記役ってのも、おッそろしく心が冷たいね。まるで感情ってモノが無いみたいだ」

「……」

「まぁ、それだけ業務に専念できるよう、訓練を受けてるのかも知らないケド」

「……」

「給与もそれだけ高いんだろうねぇ。高価(たか)そうなスーツ着てたし」

「……」

「あ、それともココの福利厚生で、衣装代は半額負担とか?」

「……」

 

 いずれも返事が無かった。

 

 ゴツい警備員の巨大な背中の後についてひとけのない廊下をもどり――騒音のするエレベーターで下り――受付のお姉ぇチャンの微笑に送られ(もはや最初の印象とは違って見えた)――冷たいチェス盤のホールを通り――古めかしいスイング・ドアを開き――みじかい階段をおり――その先に横づけにされ、後部ドアをひらく見慣れないカラーリングをしたタクシーへと向かう。

 地味な配色をしたその車のサイドには、タクシー会社の名前が。

 

 ――『再生交通』……ねぇ。

 

 オレが開け放たれた後部ドアに乗り込むと、警備員がタクシーの運転手に、

 

「送致者[621]番会議室――所属事業所へ」

 

 運転手がわずかにうなずき、そのままドアを閉めると何も言わずに発進した。

 体をねじってリアウィンドーを見れば、警備員がさっさとビルにもどってゆく大きな姿が小さくなってゆく。すぐに一つ目の曲がり角で見えなくなった。

 

 一通に満ちたこの区域を、方向感覚が分からなくなるほど右に左に折れながら、やがて車は大通りをしばらく走ると高速に乗った。

 ハンドルが自動で操舵され、パワー・ユニットの音が格段に静かになる。

 

 オレはルーム・ミラーを使い運転手の顔が見える位置にまでを座席を動いた。

 

 制帽に半ソデの夏制服といった姿の中年運転手。

 日焼けした顔にうかぶシワが年齢より老けて見えるが、50はイっていないとオレは踏んだ。

 するとこちらの動きに気づいたのだろう。運転手は制帽のひさしをグッと下げ、うつむいてしまう。

 ようし、そうくるならとばかり、運転席と客席を仕切るアクリル板ごしに、

 

「あの会館は、一体どういうトコなんです?」

「……」

 

 またもや返事がない。

 

「あの旧いビルは、いつもあんなに人けがないんですか?」

「……」

「あそこにはよく行かれるんですか?」

「……」

「……まったくみんなアイソってものがないねぇ」

「……」

「ばーかばーか」

「……」

 

 ダメだコレは。

 

 完全にあきらめて、車窓の風景がだんだん見慣れたものになってゆくのを眺める。

 時刻は12時半をとうに過ぎていた。スーツの内ポケットにある封筒の固い感覚がなければ、なにか悪い夢でも見たような、そんな気分だった。

 胸のなかの重い感覚は、一向に去ろうとしない。なにか景気づけに一杯飲りたいところだが……。

 

 事業所につくと、運転手が黙ったままタクシーのドアを開け「さあ降りろ」と言わんばかり動かなくなる。

 

 車から出るとドアは閉まり、徹底的に愛想のないまま“六道ビルヂング”に関する最後のものが去っていった。

 

 ――さて……。

 

 いいかげん腹が減った。

 あのクソ女に提出しろと言われた“上申書”の件もある。

 事務所に寄るついでにカップ麺の自販機でも漁るか、とエレベーターで登っていけば、休日出勤をしていたらしい“お局サマ”とバッタリ遭遇。

 端末で、なにやら書類仕事をしていた総務の支配者はメガネをクイ、とあげて、

 

「あらマイケルさん――休出申請は出てたかしらね?」

「いえ、ちょっと総務(コチラ)に用事があって……」

「なにかしら。ちょっとまって」

 

 キーボードの上で、指がそれまでより早く動き始めた。

 やがてキリのいいとこまでデーターを打ち込んだのだろう。

 作業が終わると彼女は自分の席を立ち、こちらへとやってきた。

 いつもより背がひくい。よく見れば足もとはヒールではなくサンダルだ。

 

 そんな休日モードの、いつもよりゆるい印象をうける「お局サマ」を、オレはさりげなく観察する。

 

 私服だろうか。

 ブラウスにフレア・スカート。

 品よくまとまっているが、質素を目標としている感じが意外だ。

 30過ぎの独身女ともあれば、もっと金目(かねめ)のオシャレをすると思っていたが。

 

 全体に、ふだんのツンケンした態度をヌキにして見れば、悔しいながらワリとイケてる部類の女性にも思えてきてしまう。たぶんこれは先ほど会った書記役のクソ女を思いだし、そこに重ねたせいだろう――そうだ。そうにちがいない。いくら胸が大きいったって、このオレがお局サマなんかに……。

 

「なによ」

「いや、制服着てない主任も、新鮮だなと思ってさ」

 

 言ってしまってから、オレは「しまった!」と冷や汗とともに口をとざす。

 これでまた「セクハラ」だ、「女を何だと思っている」んだ、「コンプライアンス」がと(うるさ)いことになる……。

 やっぱり顔を見た瞬間に撤退すべきだった、と後悔していると、

 

「……そんな。こんな格好を見せちゃって、恥ずかしいわ。今日はダレも総務(ウチ)には顔を出さないと思ったのに」

 

 と、鬼のお局サマ、意外にしおらしい。

 意外な反応に戸惑いつつ、オレはホッと胸をなでおろす。

 ここは媚をふり、ダメをおしておこう。

 

 ――なにしろ職場の女性陣をオコらせると、あとが怖いからな……。

 

「いいんじゃないか?気に障ったらワルいけど、ちょっとビックリだ」

「なにがよ」

「いやなに。女性の独身(ヤベっ!……大丈夫かな?)貴族ともあれば、やれグルメだ、やれ服だアクセだと、金をかけるもんだろう?意外に質素というか……好感が持てるというか」

「貧乏性って言いたいのね?」

 

 ぐっ!とまたもや詰まるが、起死回生の返しワザ。

 

「いや……“家庭的”というか……親しみやすいというか……」

 

 これを聞いたお局サマの横顔が、ほおが。気のせいか少しゆるむ。

 だが、次の瞬間、目つきをするどいモノにかえて、

 

「ただの貧乏なのよ!身内のハジをさらすようだけど、アタシたち――いきなりごめんなさい、わたし下に妹がいるの。ウチのふた親、早くに亡くなってね。それでわたしは妹の学費を稼ぐために色恋沙汰には目をそむけ、一生懸命稼いできたワケでございます。そんなこんなでもう枯れ果てたわよ!まえの職場のあだ名が“守銭奴”“しまり屋”“ガチガチ女”。ふん!ガチガチ女けっこう!家庭的ですって!?いまさらナニよ!笑わせないで!」

 

 一気に言い放ったあとフーフ言っていた彼女だったが、やがて落ち着くと今度は冷たく虚ろな目をしてうつむいた。

 そして。 

 しばらくしてから、ようやく顔を上げるや、

 

「ほら。相変わらずの――イヤな女でしょう?」

 

 そのとき。

 

 オレのなかで、不思議にも、この年下の“主任”に対する哀れみと慈しみが沸くのを感じる。

 まるで周りから執拗な攻撃を受けながらも、それにメゲず、一生懸命背伸びをしている少女だ。

 

 ――べつに彼女は悪くない。

 

 ただ日々の仕事に押しつぶされそうになっている、勘違いされがちな、ただの才媛じゃないか。

 自分の幸福を犠牲にして、妹のために頑張っている、よき姉貴だ。

 

「そんなに根をつめるなよ……」

「……」

「もっと気楽にいこうぜ?」

 

 これがまた彼女の気に障ったらしい。

 

「気楽に?気楽に!?そんな余裕――どこにあるのよ!」

 

 いったんヒスった彼女は、さらにボルテージをあげる。

 

「あの娘が通う私立の大学の授業料、どれだけだか分かってる?本当は医学部に行かせてあげたかったんだけど、とてもても」

 

 そのとき、なにを思いついたのか、

 

「ねぇ。前にマイケルさん、ヤクザのフロント企業が営っている名刺見せたわよね。行ったんでしょう?そこ」

「う……まぁな」

「このところ“ダイバーシティ”が叫ばれてるわよねぇ……ソコって、お給料イイの?」

「おぃおぃ」

「ここの仕事の合間に……わたしも働けるかしら」

 

 ――紅いウサギに、この総務の主任が……だって?

 

 想像だにしたくない。

 店側としては、おそらく大歓迎だろう。

 そしてすぐに肉体改造が、洗脳がはじまるのだ。

 

 【以下、数十行。自粛】

 

 (主人公は『紅いウサギ』の調教グループによって被虐的に改造されてゆくお局サマを妄想する)

 

 …………ふと。

 

 現実に帰ったオレだった。

 そして、きわわめて不謹慎ながらズボンのポケットに手をいれ、さりげなく“前の具合”を直す。

 そんなこちらの沈黙を、とても自分が夜の店では使えないという風にオレが判断したと彼女は考えたのだろう。

 またもや声をいくぶん荒げて、

 

「ナニよ――ヘンな目をして!冗談よ。わたしがとてもそんな器量がないことぐらい、わかってマス!」

 

 そうじゃない。そうじゃないんだ、とオレは慌てて訂正し、

 

「たぶん、主任ぐらいの美人なら、店としてもろ手をあげて迎えるサ。相当な高給が払われるだろうな。だが引き換えに喪うものも大きい。それにいったん入店(はい)ったら……後悔しても、もうあとには退けないんだぜ?」

 

 やや久しく、俺たちは顔を見合わせた。

 主任のどことなく硬いが、端正な、上品な面差し。

 それがシリコンやホルモン剤。あるいはアブない薬を注射され、色ボケしたトロンと締まりのない顔になるのは耐えられない。

 

 ふぅっ、と目の前の女性が息をついた。

 やがてようやくいつもの自分を取り戻したのか、理性的な声に立ちかえり、

 

「まったく、貧すれば鈍するね……ごめんなさい。わたし、どうかしてたみたい」

「なに。だれだってそんなときがあるサ」

「それで――」

 

 まるでオレの安っぽい慰めなど聞こえなかったように彼女は背をキリリと伸ばすと、また乳の下で腕を組み、

 

総務(ウチ)に用事って、ナニかしら?」 

 

 ようやく話が軌道にのった。

 

「じつは、今まで“アシュラ”じきじきの命令に対応してたんだ。ちょうど終わったとこさ」

什央(じゅうおう)所長じきじきの御命令?へぇ。マイケルさんにねぇ……」

「なんだよ?オレだってやる時ァやるんだぜ?」

「どうだか。そんなに言うなら、日々の書類もチャンと提出してほしいものだわ。休日だってのに、仕事がおわりゃしない」

 

 相手はだれもいない事務所エリアを腕でぐるり、指し示した。

 

「そりゃどうもお疲れ様」

 

 相手につられ、主のいない机が並ぶ閑散とした区画を何気なく見わたしていると、

 

「――もちろんあの娘も、今日はお休みですわよ?」

 

 すかさずイヤ味が飛んできた。

 そういや、あのベリショな総務の娘とも最近会っていない。

 ウワサでは、所長についてアチコチ使い走りをされているとのことだったが。

 

「……そんなんじゃないサ」

「マイケルさんも、やっぱり若い子が好きなのかしら。ひょっとしてロリコン――とか?」

 

 ――まぁた始まりやがった……。

 

 婚きおくれの女が持つ特有の被害者意識と、陰湿なストレス発散。

 やはりなかなか染み付いた性根というものは、意識しても改変されないらしい。

 まったく。

 見てくれはソコソコなのに、この性格じゃナァ……。

 

 オレはあたらず触らずの距離感をとり、話題を変えるため、

 

「おぃおぃ、いじめるなィ……そうだ。『第三会館』って知ってる?」

 

 第三会館……と、意外にもお局サマの顔が不意に曇った。

 耳朶にさがるイヤリングがいじられ、視線がソワソワと落ち着かないものになる。

 

 彼女の神経質そうな薄い口唇が少しひきしまり、

 

「あなたが……どうしてその名前を知ってるの?」

「知ってるもナニも!」

 

 ハ!とオレは笑いながら、

 

「まさに今、そこから帰ってきたばかりサ」

「えぇっ!そんな……っ!」

 

 お局サマは、今度はヒステリックな勢いで小さく叫んだ。

 

「“六道ビル”に、あなたが!?」

「あぁ、なんかそんな名前な看板の建物だったナァ」

「あの古めかしい、内側には窓のないビルよね?」

 

 そういえば。

 

 外観は普通のビルだったが、廊下にも会議室にも窓がなかったのに思い当たる。

 全体、ヘンに息苦しい、圧迫感のある建物だった……。

 

「よく知ってるね……まったく帰るときなんざ、まるで強制送還みたいな扱いで――」

「それで!なんですって!?」

 

 相手の声の剣幕が尋常じゃなかった。

 なにか嫌なニュースを聞いたときのように顔をこわばらせ、そしてその顔色まで、どこか青ざめているような。

 ずいぶん昔。職場でシングルマザーの母親が、娘の交通事故を電話で知らされた時の悲痛ないきおいを連想する。

 

 ――なんだ?

 

 相手の様子に、なにか自分が知らずに地雷を踏んで来てしまったような、そんな気配に慄きながら、それでもムリに平静を装い強がってみせて、 

 

「どってコトないよ。オレの轢殺依頼者とそこで面談してね。ほら、さっきの話サ。おt……姉ぇサンがヤクザのフロント企業だと看破した店にオレがもぐりこんで、直接ヤツらとやりとりした事があって」

 

 あぶなく「お局サマ」と言いそうになったオレは密かに冷や汗をかきつつ、

 

「そこで、ひゃ……300万ばか自腹切って情報をゲットしたすえ、案件を丸く収めたことがあったんだ」

「……それで?」

「んで姉ぇサンの言う通り、経費でなんか落ちやしない。そのことを知った依頼人が、100万ばか立替えてくれてね。会館側の担当は金銭の授受はダメと言ったんだが、依頼人が何とか説き伏せてくれたのさ。したらその担当者が実際の領収書を“上申書”と一緒に中央事業所・管理部へ提出しろって……」

 

 話を聞き終わっても、お局サマはどこかこわばった顔のままだった。

 

「んでサ……もしもーし?上申書とやらのフォーマットちょうだい?それもらいに来たんだケド」

 

 総務の実質的な長は、ブラウスを盛り上げる豊かな胸の下で腕を組んだ。

 そして吊り上がった鎖つきな金ブチ眼鏡の奥から、ジッとこっちを見つめてくる。

 その眼は、今しがたくぐり抜けてきたこちらの経験を測りかねるような――そんな目つきで。

 

 ふと。

 

 そこに混じりッ気なしの感情を受け取って、オレは意外な想いにうたれた。

 

 ――まさか。お局サマが、ホンキでオレのことを……?

 

 な~んて、まさかね。

 オレは自身のうぬぼれに、どうしようもなく腹を立てながら、

 

「なぁ……あの“第三会館”ってナンなんだ?」

「どうしたの?急に怒って」

「怒る?……いや、その。あの会館の連中が、あまりにムカついてさ」

「それもそのハズよ。あそこはね?」

「うん」

 

 いえ、こんなこと言っていいのかしら、とお局サマは一瞬顔をそらして呟く。

 それを聞いたオレは、またイラッと唇をとがらせ、精一杯の不服をこめて、

 

「ンだよ!ここまで思わせぶりな態度しておいて、そりゃないゼ?」

「……そうね。別に言っちゃダメとは言われてないもんね。でもいいコト?あまりこのことは、他に言わない方がイイわよ?」

「合点承知!まかせとけって、クソが!」

 

 カルわねぇ……大丈夫かしら、とお局サマはぶつぶつ文句をいう。

 

「まぁイイわ。あなたはもちろん、ほとんどのドライバーは知らないでしょうけど」

「うん(……ゴクリ)」

「あそこは――ヘマをした轢殺ドライバーを弾劾する、その裁判部署みたいなものよ?」

 

 


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