試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
「えぇっ!?」
さすがに驚ろいた。
『六道ビルヂング』
まさかあの古めかしい建物が、協会の査問部署だったなんて。
ヤケにうえから目線だった警備員や慇懃無礼ともいえる女性スタッフたち。
あの余裕ぶっこいた態度と優越感じみた雰囲気は、そういうことだったのか……ちくしょうめ。
「そんな!オレ、何もミスってないぞ!?」
「わからないわよ?どこかで誰かのお怒りを買ったのかも」
まさか、と思ってみるが部外者を轢殺トラックに乗せたり、出張旅費を一泊分ゴマかしたりと、地味に思い当たるフシがチマチマあった。
こちらの顔色が変わったのを脅かしすぎと思ったのか、お局サマは、
「あるいは本当に部外者と会うためだけに、わざわざセッティングされたのかしら……」
「そ、そうだよな?別にオレ悪いコトしてないし」
ホッと胸をなでおろす。
しかし彼女は、そんなオレを見つつ(ユサリ)とこれ見よがしに大きな胸をゆすると、
「それとも日ごろの行いが災いしたのか……」
「はァ?――日ごろの行いってなんだよ!」
「たとえば……」
「たとえば?」
ふふん、とこの女は、さりげなく髪留めを抜きはずした。
艶やかな黒髪が肩にながれ、彼女の雰囲気は一変する。
そこはかとなく、シャンプーの匂いまで立ち込める、ような。
「あなたねェ……さっき私のこと “ お 局 サ マ ” って……言おうとしたでしょ」
――うッ……。
「お見通しなのよ!!」
しばしの間、彼女の
しかし、すぐにフッ、とその険を消して、
「ま、いいわ……ほんとうのコトですものね」
そう言うや、しなッ、と身体をなよやかにくねらせ、
「あ~ぁ。でもキラわれ者演じないと、みんなからナメられちゃうし。上役の課長はツカえないから仕事はどんどん降ってくるし。妹の学費と業務の忙しさで婚期を逃しかかるしで散々よ!いえ、もう一生お嫁に行けないかも!!」
悲壮な声になるお局サマを前にして、オレはすこしばかりタジタジとなりながら、
「悪かったよ。べつに他意は無いんだ――今だって十分キレイだし」(ゴニョゴニョ)
おや?と一瞬のエア・ポケット。
目の前の年増はハルク・ホーガンのように片耳へ手をあてて、
「んン?ナンでしょう?なァ~~にか言われたようだけど……良く聞こえなかったような」
「へーへー。キミは十分可愛くてキレイだよ」
くっ、と彼女は欧米の女性がやるように下唇の片側を軽く噛み※、
「ナニよもう。心がこもってないわねぇ……まぁいいわ。さて、上申書だったわね」
そうは言ってもいくぶん顔を赤らめ、彼女は総務のキャビネット棚に向かう。
すこし離れたところから、声高な調子で、
「上申書なんてェ、滅多に使わないからァ……あぁ、あったあった」
つづりの表紙に溜まったホコリをパンパン叩きながら彼女はもどってきた。
「まったく――あなたが第三会館だなんて」
「ずいぶん古そうだったけど……あれ自社ビルなの?」
「登記上は、そうなってると法務の人が言ってたわね。
「重サン?いいや。愛想のないスタッフたちと依頼人にしか。だいたいひとけのないビルで……重サンも、あそこに?」
「警察からは回収されたそうよ?でもココで働くのは、もうムリみたい」
「どうなるんだろう?」
「内勤に回ることになるわね――地下倉庫とか資料室とか」
そういえば、前の会社で重要な受注を連続してミスり、社史編纂室にトバされた同僚がいたっけ……たしかヤツも離婚したんだっけか。
「しっかし弾劾組織とはねぇ。どうりでスタッフがみな、イケ好かない奴らばかりなハズだよ」
渡されたA4ほどのつづりをめくれば、一番上に「上申書」とあり罫線が20本ばかり引かれて。
右上には日付を書く欄と“中央事業所・管理部 管理部長殿”と印刷されている。
これじゃまるで警察の「上申書」フォーマットそのものだ。
「ナニこれ。こんだけ?」
「決まっているのは用紙だけで、書式は自由よ。あたり障りのないように書いてちょうだい」
「2、3枚もらっていいかな?」
「束ごと貸すわ。書き終えたら、わたしに直接もどしてね。くれぐれもほかの人に“会館”に行ってきたなんていっちゃダメよ?へんなウワサが立つと怖いから」
間の悪いことに、腹が鳴った。
そうだった。昼メシのことを忘れてた。
「いやだ。おなか減ってるの?」
「ま、ね。自販機でカップ麺でも買おうかと」
「まぁ。もう少し早かったら、わたしのお弁当分けてあげたのに」
「いいよ、そこまでしなくても……そうだ!」
そのとき、ふとあることに思い当たる。
――ロック技術顧問!
もしかしたら、技術部の社食を使わせてもらえるかも。
「オーケー!助かったよ。じゃ、サンキュ!」
まだ何か言いたげなお局サマと別れると、オレはエレベーターで地下駐車場に降りてゆく。
広大な空間のもと、自転車で行き来する顔見知りの整備員などとあいさつを交わしながら、湿ったコンクリートの匂いを嗅ぎつつしばらく歩いて技術棟の受付にたどりついた。
――え……。
あれほどいたオペレータ嬢は休日のせいか、みな姿が無かった。
ひざ掛けやカーディガンなど女性には必須の私物も見当たらない。
まさに一部の乱れもない空席の列。イスまできっちりと同じ位置に。
全く生活感の無いオフィスは、さながらどこかのショールームめいて。
内線で留守番役に確認するが、あいにくとロック技術顧問も不在だった。
――ちぇっ。オペ嬢がいたら、会館の女との印象を比べてみたかったのに……ザンネン。
また事務所フロアまで登ってカップ麺を買いに行くのもおっくうだった。それにお局サマの顔を見るのも今日はおなかイッパイのような。
君子危うきに近寄らず。
トラックの中に買い置きの非常食があるのを思いだす。それとも【SAI】といっしょに、どこかに食いに行くか。
技術棟から馴染みの整備エリアにもどり、トラックのキーを管理部から受け取って指定の駐車スペースへと歩いていた時だった。
待機状態の車列のわきで、数人の人影が固まっている。
よく見れば轢殺トラッカーたちが、なにか額をあつめて話し込んでいるらしい。
オレが近づくのを見て、男たちはしゃべるのをやめた。どうやら何かの密談のようだった。
知らんふりして前を通ろうとしたとき、
「――おい、マイケル」
一団の中から声がかかった。
よく見れば、集団のなかに『フィヨードル』が居る。
重サンと仲の良かった熟練ドライバーで、まさに“轢戦の勇士”だ。
オレが横腹に風穴を開けられた時も、救出と警官対応を手伝ってくれた命の恩人でもある。
「あぁ、フィヨードルさん……」
見知った顔がいてホッとしたオレは、ペテルブルグ生まれである頭のうすいヒゲづらの男が混じる一団に近づいた。
朝の朝礼ではときどき見かけるものの、全体的に馴染みのうすいグループ。
ムリもない。
この連中は轢殺ドライバーの中でもベテランの域にある連中で、こちらのようなペーペーなど、ふだんは相手にしてくれないのだ。
それが証拠に玄人の集団からは一種の不敵なオーラが発散され、新参ものには敷居が高い。
よく見れば、左腕が義手の者がいる。
身体がいびつに
片目をなくしたのだろうか、代わりにネコのような義眼を入れた轢殺者まで。
おしなべて、ドライバーたちの表情は、ドンヨリと
やはり長年の轢殺業務は人の身体を、なにより心を、蝕むのかもしれない。
オレは……こんな風になりたくないな、と考えていると、
「なんだィ、挨拶もせずに素通りってか」
「よせ、コリンズ――済まねぇなマイケル」
コリンズと呼ばれた義手の男がチッ!とソッポをむいて。
いいんです、とオレは少しばかりヘリ下った口ぶりで、
「皆さんの居るのは分かりましたが、なんか内密の相談でもやってそうな雰囲気でしたので……遠慮したんです」
一団の中で顔を見合わせる雰囲気。
やがて苦笑が交わされて、
「……だとよ?」
「ンだよ。シロウトにもバレバレの気配出してっぞ、オレら」
「さすが。シゲの弟子なだけの事はあるぜェ」
「え!重サンの弟子なの彼――知らなかった」
「あ~ほ。こないだお前ェに飲ませた酒、コイツからの贈り物だぞ」
「あぁ、撃たれたのってコイツかぁ。アンタが
「へぇ……コイツがねぇ?」
などと、てんでバラバラ。
風貌も背格好も異なる集団のなかで交わされる会話。
しかし玄人たちの発散する攻撃的な気配は、これで少しおさまる。
「シゲの野郎、いまどこに居るんだか」
「まだ留置場じゃねぇのか」
「あっこは空調がねぇからなぁ……」
重サンなら……と凄腕ぞろいの面々を前に、オレは多少得意げな風で、
「警察からは、回収されたそうですよ?」
なにぃ?と一団から圧力が効いた視線がふたたび放射される。
――ひぃぃぃ……。
なんだろ。目の前にゴチャっと佇む玄人
全体からして妙に
ヤクザなんぞ屁でもない自分だが、この威圧感は――なんだ?
「どういうコトだ、てめェ……」
40がらみな風体の一人が、こちらに身を乗り出した。
「シゲの奴がポリの手をはなれただと?」
すこし小柄な初老の男がこちらを胡散臭そうに、
「――だれから聞いたんだね?キミ」
「上の事務所で、おt……総務部の主任からです」
ヒソヒソと言葉が交わされる気配。
(――ダレ?)
(バァカ、総務の“お局”だよ)
(あぁ、ヤツか。あの巨乳メガネばばァ)
(あの女郎もツンケンしてなきゃ、けっこう上玉なんだがな)
で、今どこに居るって?とフィヨードル。
「そこまでは、あいにくと……でも、内勤に回されると言ってましたよ」
ドッ!と今度は一転、黒々した一団が哄笑した。
チャキチャキと金属音がするので何かと思えば、爆笑するコリンズが義手から長い仕込みナイフを直線的に素早く出し入れしている。
「ヤツが事務仕事!」
「ありえねぇ、ありえねぇ」
「想像すらデキねぇな……シゲの野郎が端末で仕事している姿なんざ」
「まぁ、本社で飼い殺しだろうなぁ」
「本社って、どこにあるんです?」
いい機会とばかりオレは聞いてみた。
「第一と第二があるらしいんですけど……」
「第一は大阪。第二は東京にある。場所はオレたちも知らねぇ」
長年ハンドルを握り続けたためだろうか。極端なネコ背の男が答えた。
「建屋は、あるんですよね?」
さてね、とネコ目な義眼の中年ドライバーが肩をすくめ、
「興味がねぇから聞いてみたこともねぇナァ」
ボウズ、と定年も近いと見えるドライバーが悪戯っぽそうな目つきで、
「
そうだ、と一団からメタ・コミュニケーションめく“最大同意”の気配。
ゾロリ、重々しい雰囲気が、暖かい津波となってオレを押し包む。
しかしその温かさは、古参兵が危なっかしい新兵を気づかうときの優しさだと気づいた。
「へんに藪ゥつついてみろ――鬼が出るか蛇がでるか」
「俺たちァ、黙って指定された目標や、転生指数の高いヤツラをコロコロすりゃイイのさ」
「ヘンなトコに脳みそ使っても、いいコトねぇしな」
ただし!とここでフィヨードルが、
「降りかかる火の粉は、払わなくちゃならねぇ……」
いくぶん声を潜めたロシヤ人はこちらに向かい、いくぶん
「お前ぇ……このところ妙な(轢殺)トラック見かけなかったか?」
すぐに本社所属の3バカ集団を思いだす。
なんだあの世紀末トラック集団、もうナニかやらかしたのか。
「あぁ、見ましたよ」
なにッ!
どこでだ!
ドライバーは見たか?
所属のマークは確認したのかよ!
トラックの規模は!――轢殺タイプ?撥殺タイプ?
殺気だって矢継ぎばやに質問してくる一団にタジタジとなりながら、
「え。本社所属の“巻き狩りトリオ”のことでしょ?」
「……本社所属だぁ?」
「このごろ転属――いや、出張とか言ってたか。大馬力でド派手に目標を転生させるのが好きだとかヌカす、ちょっとアブない集団ですよ……知らないんですか?」
玄人の轢殺集団が、ふたたび顔をみあわせる。
「われわれは今まで地方で作戦展開していたんだ。そんなヤツらが来たのか」
「えぇ、そうなんです」
またも事情通ぶった心地いい余裕が湧くのを感じながらオレは、
「ここの営業所の成績をテコ入れするためだとか言って、エラく鼻息の荒い連中でした」
「営業所の成績だ――?」
義手のコリンズが「オイオイふざけるな」と言わんばかりに、
「バカ言え。ここは受注予算も、転生実績も、前年は通期で目標達成だぞ」
「大馬力でド派手に転生、とか言ったな」
極端なネコ背のドライバーが車庫の暗がりをじっとニラみ、
「どんな車体だ?」
「いやぁ~~それが。うるさいのなんの」
あの時のことを思いだしたオレは、あやうく笑いだしかけるのを何とかこらえ、
「時代錯誤に“スーチャ”だ“改造エキパイ”だと。まるでマッド・〇ックスの世界から抜け出てきたような連中で……」
「車体の色は――黒かったか?」
「フロント・ガラスは?フル・スモークだったか?」
オレはちょっと首を傾げて、
「カラーリングやガラスの透過率は、いくらでも電気的に変えられるでしょ?」
「排気音は、うるさかったんだな?」
「そりゃぁ、もう。整備課の連中が顔しかめてましたから」
「どれだ」
全員の眼が、広い地下駐車場を見回す。
言い出しっぺの自分も探すが――見当たらない。
「いまは……居ないようです」
まて、と定年間近に見えるドライバーが全員を制し、
「いまのマイケル君(……でよかったよな?)の話と、我々が目撃した転生トラックは、どうも特徴が一致しない気がする……」
玄人集団が、ふたたび黙り込んだ。
「さっきから……その、いったい何のはなしです?」
とうとう沈黙に堪えきれなくなったオレは、フィヨードルに目をやった。
すると、隣にいたネコ背の轢殺ドライバーが、
「じつァな……?こう言うコトなんだ……」
「コイツに言うんかい?カジモト」
「アンテナは多い方がイイだろ。シゲの仕込みだ。信用が置ける」
集団から、低いうめき声にも似たシブシブ同意の気配。
眼の下にクマのういた顔をいちどこすってからネコ背のカジモトは、
「つい昨日のコトさ。
「カジさぁん、もゥ02時を回って他ヨ。丑三つどきダぁヨ」
コネクターをつけた、妙なイントネーションの浅黒い男が訂正を入れる。
「だまってろィ!分かってらぁな……そう、その2時ごろよ。轢殺屋ってなァ、目立つことをおそれるだろ?だから分散して2グループに分けて走行していたんだ。ようやく馴染みの地方にもどってホッとしかけたとき――俺ッチのグループが、転生指数が90越えを示す“流しの目標”を発見した。コィツを逃がすって法はねェ。ソレっ!行きがけの駄賃だとばかり、巻き狩りの要領で自転車に乗るそいつを追い詰めたんだが……」
うん、うん、と一団のうなずく気配。
「いきなりだよ。ドッからともなく黒い小型のトラックが出て来やがったんだ」
「小型の――トラック?」
「そうさ。ンでな?てっきり目撃者だとばかり思って手控えているうちに、ソイツは捕獲用の触手をシュルシュルっ!と出して、アッと言う間にこっちが見つけた美味い目標を、異世界送りにしちまった」
「……ウチ所属の轢殺トラックなんですか?」
そこよ。と、このネコ背は重々しく、
「車体はヤクザが仕切る土建屋のトラックみてぇに真っ黒。おまけにフロント・ガラスもフルスモときて運転手の顔は見えねぇ。各自のAIに尋ねたが、みんな該当車ナシって回答だ。そのうち、このトラックは逃げぇ打ちはじめる。俺タチも獲物を横取りされた手前、業腹なんでコイツを追跡したんだが……なんと
楊枝をくわえた轢殺ドライバーが、忌々しそうに手にはめた
「エキゾーストは?うるさかったですか」
「いや……完全にモーター駆動」
「行動は、単独で?小型タイプなのに、触手装備ですって?」
そうよ、とネコ背は丸まった背中をさらにかがめて、
「こっちは複数台いたのに全車が撒かれるなんて、まるで幽霊トラックだって言いあったモンさ」
「ほかに――特徴は?」
「小回りの利く2tタイプとしか……ユニックも背負ってなかったし……」
「会社の記録を見ても、その夜に該当場所で“猟”をしたドライバーは居なかったと」
「ウチが所有するすべてのトラックのAIを記録にかけたが、やはりダメだった」
ほかの猛者たちが、いずれも口の端をゆがめ忌々しそうに補足した。
とどめにフィヨードルがバッサリと、
「つまり――雁首そろえた玄人が、鼻先からどこかのクソ野郎に美味い獲物をまんまとサラわれたってワケさ」
――ふぅん……。
どうやらあの3バカの轢殺トラックではないらしい。
連中が追跡車を撒くなどという、小じゃれた演技をするタイプとも思えない。
「ま……ンなワケだ」
このペテルブルグ生まれのロシア人は景気のわるい話を打ち切るように、
「この件でナニか分かったら、イの一番に知らせてくれ。狩場にあんなワケ分からんのがウロウロしてるんじゃ、アブなくて仕方ねぇ」
「そちらも――」
オレも負けずに言い返す。
「そのうすっキミ悪いトラックに進展があったら、教えてくださいね」
玄人たちの集団が軽く片手をあげて挨拶する気配。
軽く見られないよう、こちらも経験者ぶった足取りで余裕を見せつつその場を離れ、オレは自分のトラックへと向かう。
※照れ隠しな悔しさの表現。日本の女性がほおを膨らませるのと同義。