試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
『面白いハナシでしたねぇ、マイケル!』
ドアを閉めた瞬間、いきなり【SAI】が話しかけてきた。
その野次馬的なワクワク声ときたら、まったく。
赤エンピツを耳にはさみ、競馬新聞を手にした下世話なオヤジか、ヒマをもてあました主婦の井戸端会議めく勢いで、
『
「聞いていたのかよ?――呆れたな」
電子機器やビニールの匂いが充満するキャビン。
そこを助手席へとにじり寄り、地図や整備帖、LEDライトなどが雑多につまったグローブ・ボックスを漁り、張り込みにそなえて買いだめしておいたハズの非常食をさぐる。
「おっかしいな……確か、まだ有ったと思ったんだが」
『
【SAI】は、どこかウットリした調子で、
『はたして所属は?運転するドライバーは?――そして明らかになる、衝撃の事実!とは!』
「なんだぁ?こんどは推理モノな映画でも観はじめたのかァ?」
だめだ。
有ったはずのプロテイン・バーが見つからない。
『あぁ、グローブ・ボックスの非常食ならワタシが食べましたヨ?』
「……オマエが言うとシャレに聞こえないからやめろ」
仕方ない。
どこかのラーメン屋にでも行くか。
ゴソゴソとキャビンの中を動き、出庫準備をしながら、
「さっきの話、オマエに心当たりは無いのかよ【SAI】。そんなウワサ聞いたことは?」
『ヒトの噂では初めて聞きました。ほかのAIなら知っている
「なら聞いてみてくれよ」
『われわれ人工知能同士は、直接のやり取りを禁じられておりますし……』
「どうしてもダメなのか?」
『厳重なプロテクトがかかっていて、ムリですね』
――ふぅん……。
整備課を電話で呼び出し、トラックにつながれた電源供給用のホースを外してもらう。
顔なじみの整備員と、二言、三言。軽口や冗談を。
オレはパワー・ユニットに活を入れた。
トラックの各部チェック。
駐車スペースに据えられたミラーで、前後の灯火類の点灯をチエック。
出庫シークエンスにのっとり、各部を点検――各部、各システム、異常なし。
『どうするんです?これから』
「とりあえずメシだメシ。それから寄るところがある」
ギヤを入れると、トラックはスロープをしずしずと昇る。
それまでの冷たいLEDの光を抜け、轢殺トラックは午後の日差しがあふれる世界へと飛び出した。
だが――その日はツキが無かった。
入った個人経営の小さなラーメン屋は久しぶりにマズく、チャーハンは塩辛くて話にならない。SNSが
つぎにハンドルを縁結び神社へと向ける。
先日の奇妙なドタバタで焦げたお守りを交換するためだ。
お守りを返納してから社務所で新しいものを購入しようとすれば、なにか電気工事の関係とやらで社務所も本殿の扉も閉まっていた。
隣接する宮司の家を思い切っておとずれるが、留守番役のオバさんが、今日は神社の主だった関係者が寄り合いに出て留守であることを無愛想に知らせる。
もちろん、あの現代風な巫女さんとも会えなかった。
きっとニコニコ顔で部活をやっているに違いない。学校の様子などを聞いて『美月』に教えてやり、高校への里心を付けさせようと思っていたのだが……。
本殿の扉が閉まっていたのでは、お参りをしても仕方がない気がしたオレは、異様にノドが渇いたので境内にあった自販機から飲み物を買う。
日ましに強くなる日差しをさけ、田舎のバス停などで見かける鉄パイプと木の長ベンチに(よいせ……)と座ると、ペットボトルの水をングングと飲みながら情報屋の青年にメールした。
【緊急】
“結城”の職業判明。大手都市銀行に在籍せる相談役との情報アリ。
なお、当該人は成人後「入り婿」となっており、学生時代の苗字は別なり――
メールを打ち終わると、オレは空をあおいだ。
昨日は遠くの空に入道雲を見た。そろそろ夏もはじまる気配だ。
『美月』の出席日数はどうなんだろうか。
夏休みがはじまる前に、なんとか登校させたいものだが。
その前に、あの
ドレッド。おさる。銭高警部補。六道ビルヂング。そして似非ハゲ。
そこにくわえて、商売敵になるかもしれない妙な轢殺トラックまで。
――ホント、オレの周りは油断のならないコトだらけだぜ……。
ヘコみかかるところを内ポケットの
それはまるで『轢殺者よ毅然たれ!』と鼓舞するかのようにも思える。
別れぎわで握られた権三爺サンの柔らかい手が、どうにも気になってしかたない。
――そうだ、気になるといやぁ、朱美の息子が通う幼稚園の運動会は明日だっけ……どんな格好して行きゃいいんだ?行くって言えば、『美月』を家にもどすときは、オレがついて行かにゃならんだろうな……鷺の内医師との対決かァ……ゾッとしないなァ。そういやオッパイの大きい版のシーアは最近会わないが元気かな。総務のお局サマと、チチの大きさで言えばいい勝負だが……しかし総務のお局サマが、あんな境遇とはねぇ。
まとまりのない、一連の考えが水のようにユラユラと。
とかく、この世は苦しむように出来ている。グノーシス主義でも信じたくなるぜと、自販機で買った水をあおれば、いつのまにか位置を変えた陽光にペットボトルの水がキラキラとしてまぶしい。その背景には真っ青な晩春の空にうかぶ二、三片の白雲。
メールが鳴った。
――おっ♪情報屋め……仕事が早いな。
と思ったら【SAI】からだった。
ふん。どうせ、あの夜型人間のことだ。いまごろは深夜までオンゲーをやった挙句、グースカ寝ているに違いない。
と、そのとき。
遠くの駐車場に置いた轢殺トラックのエンジンが勝手にかかった。
ホーンが一度、二度。長く鳴らされて。
だだならぬ気配を感じたオレは、メールを見ずにトラックの方へ駆けもどる。
ジャンプしてステップに足をかけ、運転台に一挙動で乗り込むと、
「【SAI】!――どうした?」
『店に動きがありました!“ジーミの店”の方に人が入っています。いま映像をモニターに……』
助手席側からモニターのアームが伸びて、こちらの見やすい角度に。
すると監視ポッドの映像が、例のワケ分からん看板が下がるジャズ・Bar風の店舗を映し出す。そこに、それぞれ帽子をかぶった2人連れの男が入ってゆくのを広角寄りからズームを始めた画面が、バスト・ショットの画角まで。
片方は初老の男だが、問題はTシャツにGパン。それに野球帽をかぶったもう片方。
大柄な体躯に浅黒い肌。格闘家のような殺気じみた身動き。
一瞬、オレの血が熱く騒ぐ。
――ドレッド……!?
映像をポーズ。
画像処理が、日陰になった大柄な男の横顔を明るくする。
しかし帽子のひさしを深く下げているので、いまいちハッキリしない。
――ちがう……。
背格好はよく似ているが、この男の体つきの印象が異なっていた。
ドレッドのヤツはスピードのありそうな、引き締まった筋肉をしていたが、コイツのは幾分それよりもガッチリとしていて、どちらかと言えばパワー寄りだ。
太い首。
頑丈そうな二の腕。
そこに何かのマークだろうか?部隊章のエンブレムめいたものが。
もう1人。チロリアン帽をかぶった初老の人間は、見てくれを例えていえば、街の小さな不動産屋のオヤジといった印象。
「【SAI】――
『身体的類似点は、あまりありません。われわれがドレッドと呼称する目標は、記録によればハーフですが、こちらはフランス系黒人のようにも思われます』
「音声をひろえるか?」
≪……で……店の……権利は……≫
≪そうは……ましても……っかりは……日本……法律……≫
扉が閉まり、会話はそれっきりとなる。
声は似ている。しかし、やはり別人だろう。
――あ……。
ふと、オレのアタマに、あのネコの集会を蹴散らしたステテコおやじの言葉がよみがえった。
気のいいアフリカ人が店やってたんだが、パスポートの更新で……
すると、コイツが“ジーミ”さん、ってワケか?
自国に行って留守のあいだに店を乗っ取られたという……。
『どうします?マイケル』
「とにかく……行くだけ行ってみよう」
覚悟をキメた。
もう溺れる者はナンとやらだ。
コネクターを自宅にもどって回収しているヒマは無い。
「このまま店に直行だ。【SAI】、フォローたのむ」
『アイ・サー!』
轢殺トラックの性能をフルに使い、車線を右に左に。
抜け道をつかい、歩行者やバイクなどの不確定な動作なども予測した“能動的な”安全運転。
非合法スレスレの走行も、
商店街の真ん中にある店の前にようやくたどり着いたのは、行動開始から20分ほど経っていただろうか。
通常ならその倍は時間を費やしていたところだ。そのかわりに神経も倍使って、もはやヘトヘト状態。
トラック本体とシンクロするコネクターがあれば、こんなに疲れずには済んだのだろうが。
「やっと着いたな……【SAI】、ヤツは――まだ店にいるんだな?」
『生体反応あり。単独です』
「コネクターを持ってないのがイタいなぁ……」
『いちおう、店の斜め前の荷下ろしスペースからであれば、
「いきなりドレッドたちが来るかもしれん。真ッ昼間に奴らの前へ、このトラックをさらす愚は避けたい」
『ならばマイケルが店に居るあいだ、ワタシがそこいらを巡回していましょうか』
「無人トラックが走っているところを見られたら通報されちまうよ」
――そうだ。例のダミー人形の件、さっきお局サマに申請すれば良かったな……。
はたして経費として認められるだろうかと考えつつ、オレは5分ほど走って別の荷下ろしスペースを見つけ、そこに停めた。
「全部の窓を、中が見えないようフルスモに移行。サイド・ウィンドーをチョイ開けてカーステでも流しておけ。なにか文句を言ってくるヤツがいたら、車内にヒトがいるフリをして、
矢つぎ早に指示をだすと、オレはトラックを降りた。
幸いにも夕方にはまだ早いので、寂れた商店街に人通りは少ない。
パッと見、犬の散歩をさせる爺さんか、手押し車のヨボヨボ婆ぁさんくらい。
店舗の名残をのこす“しもた屋”が目立つこのエリアでは、荷下ろしをするほどの店もないだろう。
小走りに“ジーミの店”まで、いま来た道をオレは戻る。
――まいった。
すこし走っただけで息が切れる。
このところの運動不足がたたっていた。
やはりスーパー銭湯のサウナだけじゃダメかぁ。
ようやく店まで戻ってきたオレは、息を整える時間を利用し、対面にある『BAR1918』をさりげなく窺う。
とくに動きはない。例の窓にも人影は見えず。
“ジーミの店”の扉。ドアノブ付近をふたたび観察――よし。鍵はかけられていない。
通行人を何人かやり過ごした後、扉にかかる札を素早く[CLOSED]から[OPEN]に。
ひっくり返したあとは大きく息を整え、ドアベルを鳴らしてオレは店のなかへと入りこんだ……。
ブラインドから漏れる西日。
いかにも酒場らしいテーブルと椅子がならぶ光景。
午後の日差しに熱せられた空気に、
「――ダレ……」
店のカウンターから、一人の男がムクリと身体を起こすのが見えた。
野球帽をかぶっていないので、短く刈り込まえれた頭髪が見える。
ぶ厚いくちびる。盛り上がった肩。
純粋なアフリカ系の黒人ではない。【SAI】の言う通り植民地系とみえる黒人だった。
「アレ。
「閉まてるヨ」
うす褐色な店内のよどんだ空気をすかし、警戒心に満ちた相手の眼がこちらをニラむ。
こんなところで乱闘騒ぎを起こしたくない。それにこの相手と戦ったら、ブタジマくんより酷い結末になりそうだった。
オレはつとめて
「ナンだぁ……アンタがアフリカから戻ってきたと聞いて、前々から入ってみたかったこの店に来たんだ。したらOPENって札が下がっていたンで、つぃ――な」
「ダレから聞いたノ?」
「ほら、裏にいるステテコ爺さんに聞いてさァ。|ジュ・エクーテ・グランペール・ド・カルチェ《オレ 聞イタ 近隣ノ 爺サンカラ》」
大学のころに教わったりのスタボロなフランス語で適当に喋る。
「
「
「あァ、あのステテコの!」
オレがガックリくるのと相手の顔がパッと明るくなるのが同時だった。
「オゥーララ。パルレ ヴゥ フランセ?(おやおや。フランス語しゃべるノ?)」
「エクスキューズ・モワ。ジュ・ネ・パルレ・パ・フランセ・ボークー(悪ィ。オレ上手く喋れないんだ)」
「そんなことナーイ!シャベれてるシャベれてる」
相手は黒人特集の真っ白な歯をむき出しにして笑った。
なんだ。分かってみれば、ホントに気のいい
「ナニか飲む?悪い日本人とケンカしてて店アケられないけど、チョッとお酒ノコってる」
「ソフト・ドリンク・シルブプレ。車で来ててサ。ホントはビール飲みたいが、ガマンだ」
「デカビタGでイイ?」
「ウィ、ムッシュー」
アハハと黒人は笑い、冷蔵庫から氷を取りだすとグラスにイイ音を立てて放り込み、炭酸飲料を注ぐ。
厚紙のコースターに載せられたグラスが、たちまち汗をかきはじめた。
グラス半分ほどを一気にあおる。
先ほどのラーメンとチャーハンの呪いがまだ効いているのか、飲み物がヤケに美味い。
これがビールだったら大ジョッキ2杯は瞬殺だっただろう。
「国からは――いつ帰ったんだい?」
「このまえ。
「
「
――銭高だ……。
なるホド。この店を警戒していたのはドレッドたちの情報をつかんだんじゃない。チンピラが店を荒らすのを警戒して見回りに来ていただけか……。こちらの買いかぶりすぎだった。
それから少し
ヨロヨロなフランス語を話すうち、だんだん文法や慣用句なども思いだしてきて、この黒人の兄チャンとけっこうノリノリな会話となった。
相手は、自分がパスポートの更新のため、羽田から22時間かけて母国のセネガルに帰ったこと。
となりの韓国に住んでいればその国で更新ができるのに、日本ではいちいち帰らねばならないこと。セネガル人はこの国に2000人ほどしか居ないこと、などを話の合間にしゃべった。
やがて、じゅうぶん相手の緊張が取れたと看たオレは、おもむろにジャケットをくつろげ、ワイシャツを引き上げてワキ腹を見せた。
銃創は半分
黒人の顔が、フッと曇った。
「……ダレにヤられたノ」
どうやら一発で銃創だと気づいたらしい。
この男も、過去に修羅場をくぐった経験がありそうだった。
携帯を取り出し、ドレッドと“おさる”のマグショットを浮かべる。
「なぁ、コイツらだ。コイツらに――オレは撃たれたんだ」
「……」
「オレとさっきのポリスの
「
この男がドレッド側でないことに賭けるしかない。
勝算は、あった。
店を荒らしていたスクーターのガキどもが、ドレッドとつながっているのが何よりの証拠だ。
だとしたら、コイツもヤツらを憎んでいるに違いない。
相手の問いに、オレは声ひくく、
「……
アッラー、ハッラー※と黒人は呟いた。
「ナァ?もし奴らを見かけたら、ココに連絡してくれ」
グラスに敷かれたコースターをひっくり返し、内ポケットから出したボールペンで捨てメールアドレスを書いた。
「アンタの名前は?」
「みんなからは、マイケルって呼ばれてる」
「マイケル!マイケル!」
相手の顔がほころんだ。
「ワタシ、ジーブリールね!ジーミ呼ばれてる」
「あぁ……ミカエルと、ガブリエルってワケだ」
「らッファエルいないの、ザンネン」
さらに二人のことを聞こうとした時だった。
携帯が鳴り【SAI】からの緊張した連絡がはいる。
≪マイケル、すみません。通行人に疑われました。現在、道を大回りして店の方に向かっています≫
「OK、よくやった。商店街のはずれで待っていてくれ――残念だが時間切れだ、ジーミ」
テーブルを立つと相手が手にしたままのコースターを示し、
「忘れないでくれよ?ソイツらを見かけたら……」
テーブルの上に千円札を滑らせ、片手で合図した。
「本格的に店を開けたら、知らせてくれ――飲みに寄るぜ」
* * *
※「おやまぁ何たる……」というアラビア俗語。
イスラム圏では便利につかえるのでお試しあれ。