試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
店のベルを鳴らし、オレは外に出た。
夕方の風が涼しい。
やはり店のなかでは緊張していたのだ。
目の前を、運転席周囲がフルスモークとなったトラックが、ゆっくりと通り過ぎてゆく。
【SAI】のヤツだ。
いかにも人が乗ってそうに、小刻みにブレーキを踏んだり、子供連れの主婦に一時停止して譲ったり、芸が細かいじゃないか。
やがて、トラックは彼方の荷下ろし場で停まるのが見えた。
何気ない素振りでテクテクと、しばらくオレは閑散とした商店街を歩いてゆき、ようやくハザード・ランプを点滅させるトラックに近づく。
ドアロックが外れる音。
まわりを見回し目撃者が居ないのを確認すると、助手席側から素早く乗りこみ、ドアをしめた。
「ごくろう【SAI】、ウィンドウのスモークをクリアに。通報されたか?」
『えぇ。所轄の警察に連絡するのが読唇術で分かりました』
ふぅん。コイツは読唇術までマスターしてるのか。
フロントグラスのスモークが薄くなってゆき、車内が明るくなる。
「――ならば長居は無用。とっとと、この地区を脱出するぞ」
『
【SAI】は信号機のタイミングと走行経路を自動演算。追手との距離をジワリ、ジワリと引き離し、相手がまごまごしているうちに、ついに高速に乗った。ここまでくれば、もう大丈夫だろう。この些末な案件に関し、所轄が高速隊に連絡を入れるとも思えない。
運転を自動にし、オレは運転席で大きくノビをした。
『すみません、マイケル。
めずらしく【SAI】がしおらしい声で詫びを入れてきた。
『もっと巧くごまかせるかと思ったんですが……計算外でした』
「なに、オマエが頑張ってくれたおかげで、良い成果が取れた」
さっきの結果にオレはまだホクホクだった。
あの“ジーミ”とかいうセネガル人。
――信用できそうだ。目標の店周辺にパイプが出来たのは、心強い。
「これであの店周辺の見張りが、いっそう密になった」
『それなんですが……』
「どうした?」
『これは、さきほど例の店の前を通った時なんですけど』
助手席のモニターがまた自動的に引き出され、アームがこちらに向かって調整される。
『問題の店の窓に人影が見えました――これが私の映像です』
スロー再生。
トラックが、BAR1918の正面をゆっくり通過してゆく。
そのシーンで、入り口わきのブラインドが開かれ、ひとりの女が外を覗っていた。
『そして――コレが監視ポッドからの映像です』
トラックが通過するのには目もくれず、女の視線は何かを追ってゆっくりと動いていた。
モニターの画面が2分割され、上段に商店街を歩いてゆくオレの後ろ姿。
下段にそれを追って、ゆっくり動いてゆく女の鋭い眼……。
こちらの姿が遠くなると女の姿は窓辺からはなれて、ブラインドは閉じられた。
自動的に画像が合成され、ブラインドで千切りににされた女の顔が障害物なしに浮かび上がる。
長い黒髪。
カフェオレ色の艶やかな肌。
そこに西洋人のようなウブ毛の密集はない。
脂のテリがある、きめの細かい、弾力を思わせる素肌。
どこかで見た顔だ、と思う。
アルジェリアにあるカスバの
あるいはフランス市街の夜道で自分の身体を
それとも出張で出向いた南米で、休日の自分の周りを取り巻いた
思いだせない。
だが、そこには何か淫猥な、そして秘密めいた気配があった感覚が遺っている……。
『監視ポッドからの記録では、この女が商店街を出るマイケルを、ずっと見ていたそうです』
「参ったナちくしょう……うかつだった。モノの見事に気付かなかった」
『女の映像は、コレだけです。過去の記録をさかのぼっても、商店街を歩く姿はありません。すると……この女はここに住んでいるのか。あるいは――』
モニターの画像が地図に変わり、角度を素早く変えて鳥瞰図に。そこに赤い点線で『BAR1918』から裏道につづく道すじが伸びてゆく。
「用心をして、表通りを使わないようにしているのか……」
――ふん……。
いずれにせよ、一筋縄ではいかないような女であることは、雰囲気で分かる。
そしてこの姿には、なにかネガティヴなイメージしか浮かばない……。
時計を見れば、15時を回っていた。
汗をかいたので、いったん自宅にもどってシャワーを浴びようとオレはトラックを寮へ向けた。
階段をあがり、部屋の扉を開ける。
すると、洗面台でシューッ!とエアゾルを噴射する音。
制汗剤の香りがわずかに漂ってくる。
部屋のあちこちに脱ぎ散らかされた、下着や女モノの服。
何となく、独りだった以前より部屋が華やぎ、艶めいてすら感じられるように。
「あ、お帰りなさい!ご主人さま」
身支度を整えていた『美月』が、いつの間にか
例のボリュームのある赤毛のウィッグを着け、口唇にベットリとしたルージュを刷いて。
すでに色が落ちかかり、ふくらんだ唇はそのままだったが、染色されたドぎつい紅が落ちかかっていた。
「なんだ?これから出勤か」
「そ。また“ボイトレ”ですぅ」
オレは彼女がヒマなとき、ゲームをやりながら懸命に腹筋を鍛えていたことを思い出した。
「どうだィ、すこしは“お歌”が上手くなったか?」
「それが……」
『美月』はすこしばかり顔を曇らせ、
「叱られてばっかり。声の質はいいのに、歌い方がヘタだって」
「ふぅぬ」
「音程をミスると、お尻をマダムに
「なんだ?マダムってのは」
「お歌の先生よ。外国人の」
どうやら本格的に仕込まれているらしい。
あの店の事だ。外国人と言うからには、カネにモノを言わせ本職を雇ったんだろう。
――カネ……か。
メイン・バンクは、どこの銀行の系列を使っているんだろうと考える。
あの
まさか……同じ銀行じゃないだろうな。
「ね、どぉ?メス奴隷のカラダ。前よりもっと良くなってきたと思わない?」
そう言や、彼女は頭のうしろで毛量豊かなウィッグの髪を
洋モノのCMにもよくでてくる、お決まりの悩殺ポーズ。プルンと紅い口唇を、物欲しげに半開きにし、半眼を流し目にして……。
正直ガキには興味がない。
が、さすがあの詩愛の妹なだけのコトはある。
このごろは雰囲気に大人びた色香がのってきて、フトした拍子にドキリとさせられてしまう。
それともこれは店の
あの深海の底めく高級店のラウンジで、彼女がヒヒ爺ぃに取り巻かれ、かしずかれつつ。
高価なヴィンテージ物のシャンパンを、風雅に気取った身振りで口に含む姿を想像する。
真珠色をするサテンの長手袋につつまれた片腕を脂ぎったオヤジの頭にまわし、もう片方の手はもっこりとふくらんだスーツのズボンに延びて妖しげな手つきを……。
「……シャワー、浴びるからな?昼間動いて汗をかいた」
オレは妄想を断ち斬ると、彼女のうしろをとおって脱衣所に入り荒々しく扉をしめた。
服をぬぎすてて洗濯機に叩きこみ、風呂場で冷水シャワーを全開にして、滝行のようにしこたま身に浴びた。
フルえあがるような冷たさをこらえ、手のひらで力いっぱい身体を、顔を叩く。
なんという醜態か!
これでは部下に示しがつかんではないか!
一瞬、目の前に分列行進をする特殊騎士団の姿が見えたような。
冷たさに体が慣れると、精神統一をするいきおいで、
――無念無想!空の空なる
その時。
「アタシも入~いろっ♪」
ガチャリ!と風呂場のドアが開いた。
次の瞬間、抜けるように白い肌の『美月』が、乳首ピアスのリングをキラめかせて、いきなり乱入してくる。
日々重ねられる非情な轢殺業務で鍛えられたオレの動体視力は――
彼女が陰毛をハート型に整えていること。
その奥のラビアにリングのピアスがふえたこと。
そこに銀の細いクサリが靴ヒモのように
お尻とオッパイが、またすこし豊かになり、腰がさらに細くなったこと。
……などを瞬時に診てとった。
「――ひゃぁッ!ナニよコレ?冷たぁぁい!」
幸いなことに、闖入者は浴びていた冷水バリヤによって一瞬で撃退され、まるで魔法のように風呂場から消え去る。そして脱衣所から首だけ出して、
「もー!なんなのォ!?」
ふくれ顔する彼女に向かい、こっちはマエを隠しつつ、
「イイからはやくシメなさい」
「……」
「どうした?はやく!」
「ご主人さまぁ……けっこうイイ身体してるのねぇ……」
「 は ! や ! く ! 」
はぁい、と
しばらくして洗面台でドライヤーを使う気配。いつまでも動こうとしないので、仕方なく風呂場を出ると身体をザッと拭き、腰にバスタオルを巻き付けたスタイルで脱衣所を出る。
「今日はもう終わりなんですかぁ?」
ドライヤーをあてる『美月』が、カガミ越しにオレの身体をジッと見つめていた。
「いや――また出勤する。仕事だ、遅くなるぞ」
うしろを素早く通ろうとしたが、腰に巻いたバスタオルを、マニキュアを塗ったしなやかな指にガッシと捕まれた。
「……おいコラ」
「なんだ、ツマぁんなぁい。今晩はハヤく帰れそうだったのにィ」
「仕方ないだろ――ほら、はやく手を放しなさい」
「えへへ」
こいつめ。
小悪魔的な笑みを浮かべる『美月』に向かい、ふと気がついて、
「そうだ、例の件。小男――じゃない、オーナーに伝えてくれたか?」
「それが……」
『美月』はドライヤーの手を止めてふりむき、
「
「いつごろ戻るって?」
「フロ・マネにも聞いたけど、分かんないって」
――まぁ、それならいい。
腕組をし、暮れなずむ洗面台の窓を見つめ考えた。
どうせ情報屋からの確かなネタが無ければ、迂闊なことは言えないのだ。
あの結城というオヤジ。たしかに一筋縄ではいかないような、ヤバい気配がしていた。
正体不明な相手にヘタな動きをすれば――
と、ここでわき腹のくすぐったさに下を向く。
『美月』が執念深くバスタオルを掴んだまま、反対側の手でオレの銃創をフニフニと人差し指でつついて。
「スゴい傷……もう痛くないのぉ?」
――フン……。
「痛くても、男は『痛い』なんて言ってはならんのだよ。分かったか!」
聞いちゃいない風で、彼女はさらに、
「筋肉かたぁい♪おなかもポッコリしてな~い」(ナデナデ)
「こら。ダレと比べてるんだ?ダレと」
「チップいっぱいくれるお店のお得意サマ。それに黒服のみんなと」
「……なんだと?」
「ケッコーみんな若いのに、ポッコリしてるンだよォ?やっぱご主人さまの方がカッコいー」
――これは自宅でも、あまりだらしない格好はできんなぁ……。
腰に巻いたバスタオルを彼女に奪われまいと必死に抑えながら、オレはこころ密かにため息をついた。
家にいるときでも“キリッ”として、チャラい黒服よりも一般人であるこっちの方がカッコ良いと思わせるようにしないと……。
「ほらほら。着がえさせてくれ?」
と、ここでがバスタオルをつかむ『美月』の手をペシッ、と軽くはたいて解放されると、余計なチョッカイが入らないうちに大急ぎで着替えをする。
――やっぱり、この寮の部屋……。
一応、2LDKはあるのだがJKとふたりで住むには、いささかセマすぎる。
何ていうの?性的な“ソーシャル・ディスタンス”が保てないというか、何と言うか。
――これは早いところ彼女を家に戻さないと……。
「ねぇ~ん、ご主人さまトラックでしょぉ?」
服を着替え、冷蔵庫を漁っていると、寝室のほうから声がかかった。
いまでは洗面台と同じく、ほとんど彼女に占領されてしまった場所だ。
「
「だめだ。ちゃんと電車を使いなさい」
「え~。最近ストーカーみたいなのが通り道に居てコワいんですケド」
――ストーカーだって?
台所でノン・アルコールのビールを飲みつつコネクターの調子を確認していたオレは、思わず眉をひそめる。
たしかに彼女は目立つ存在だが、街の雑踏にまぎれてしまえば、それほどでもないだろうに。
それとも『美月』のヤツ。まさか出勤時に人ごみの中でもクソ目立つ、ハデに水っぽいカッコをしてるんじゃないだろうな……。
ひょぃと寝室をのぞきこんだ時、まさにひと昔前の orz になった。
シーム入りのガーター・ストッキング。
PVCの光沢を持つ、ビザールな黒いミニスカート。
ビスチェだかウェスト・ニッパーだか分からない、
大きな引手の付いた首輪めくチョーカーと、ヘッド・ドレス。
ご丁寧に両手首には、シュシュの代わりに黒革の細い手枷を巻いている。
コレじゃ尻の軽い“歩くオナホール”だと
シャギーの入った艶やかな黒髪のウィッグが、その印象にいやましなブーストをかけて……。
だいたい『ビスチェ・SM』と画像でググって下されば、どんな格好か皆様にも御想像いただけるというものだ。
orz状態から立ち上がった自分は、
「おまぇなぁ……そんなカッコをしておいて、ストーカーもナニもあったもんじゃないぞ?」
「だってぇ。カメラやらナンやら持った人たちが、あとつけてくるんだよォ?」
「そりゃ……そんなカッコしてりゃぁなァ」
「それに、お店のおねぇさんたちは、みんな似たり寄ったりな服着て来てるモン」
「どうせ彼氏に車で送られてるんだろ?」
「……そういうお姉サンも居るけど」
そうやって、だんだんと羞恥心や貞操観念を下げて『夜の女』になってしまうのだろう
フロア・マネージャーにはコイツのことを頼んでおいたはずだが、やはり末端にまで目が届かないのかもしれない。
先だっても、この娘は私服をだれかに隠されて、バニー姿で帰ってきたことがあったじゃないか。
それだけじゃない。この前。店の通用口を張る用心棒代わりの黒服が、携帯など弄んでダラけている光景。
――小男のヤツめ……。
前にも思ったが、すこしワキが甘くなっている。
先のチンピラ集団ならいざ知らず、本職による組織だった急襲を受けたらヒトたまりもないだろう。
否、この前だって、ただ運が良かっただけだ。本当ならば“紅いウサギ”は館モノにつきものな炎上による最後を遂げている。
『美月』が、クスリで豊胸された胸には小さすぎるビスチェのカップをゆすりながら部屋を出てきた。
カップの脇から色白な乳肉がムッチリをハミ出て、おまけに絞り過ぎたウェストが、肥大化した尻をかえって際立たせて見せている。
それを隠すには本当にきわどいミニスカートの丈が、PVCが放つ光沢のテカりを魅せて、かえって注目度を高めて。
「さ、着替えなさい」
「いや……」
「は!や!く!」
プクっ、とふくれ顔をして『美月』はソッポを向いた。
彼女の横顔からは、珍しくもオレに対してはめったにみせない依怙地な色がのぞいている。
――ははん……。
そこでピンときた。
これは何か、賭けのようなものに乗らされているんじゃないか?
たとえば『この服を着て店に来れたら、根性を認めてやる』的な……。
そうだとしたら、賭けを持ちかけた店の人間と“ストーカー”がグルになってないかすら、アヤしいものだった。
とにかく“
しかたないなァとオレは肩を落とし、
「……トラックに乗せるのはムリだが、一緒に店までついて行ってやるよ」
「ほんと!?」
『美月』の顔が、パァァァ……と輝かんばかりに。
ヤレヤレ、これから“
――メンドくせ……ま、そんなに巧くいけばのハナシだがね。
「うれしい!ご主人さまと、ひさびさの同伴出勤ね♪」
あっけらかんとした『美月』の顔。
それを見おろしながら、オレはどこかで違和感を感じている。
彼女がちょっと足りない、ザンネンな性格に思えるのは……。
天性のものか。
それともクスリと洗脳に依るものか。
あるいは――何か目的があっての“装い”か。
しかし“夜の蝶”としての片鱗を見せ始めた彼女の
ただ、どこか演技くさい媚びと、恭順。それに信頼を焦点のボケた微笑につつみ、純真な面持ちでこちらを見上げているのだった……。(CV:天地茂)
* * *
もうずいぶんむかしの事らしい。
当時は、腕を組ませて歩く愛人のことを“ステッキ・ガール”と呼んだとか。
くだんの光景がどれほど目立ったか、文献には書かれていないが、すくなくとも21世紀の現代、夕方の雑踏でも、腕を組んだオレと『美月』はよく目立った。
はじめて会った日も相当なものだったが、なにせ今日は彼女のファッションがファッションだ。周囲からの注目をあびてガラにもなく緊張しているのか、ときおり足がふらつくので、いきおいオレの腕によりかかることになる。
――まぁ、ふら付くのも道理だよ……。
ミニスカートから延びる脚。
その形の良い美脚は、ヒザ上丈の編み上げな黒いロング・ブーツに包まれている。
しかし脚にピッチリとしたその革製ブーツのヒールが、おそろしいほど高いのだ。
つま先立ちの脚が辛いのか、ときおり「ビュクビュクッ!」と身体をふるわせて。
そんなオレたちが、ターミナル駅の中央コンコースをゆっくりと行けば、
(――やだ、みてみて!ナニあれ)
(――うぇwwwヤクザの若頭が、愛人でも連れてンじゃね?)
(――カワイイ娘ォ。スタイル抜群じゃん。いくつぐらいなんだろ?)
(――ハタチはイってるッしょ?あのムチムチな具合は。でも腰ほっそ!)
(――いやぁん、パンツ見えそうじゃん。それにしても高っかいヒールねェ)
(――でもカオちょっと幼くない?ひょっとしてまだティーンかもしれないよ?)
(――相手のオヤジ、ありゃ相当なサドだな。愛人に首輪みたいなチョーカーつけて)
まるでいつかの日の再来だ。
それに肢体を改変ずみなので、それこそモデルのように周囲から浮いている。
一方、オレの方はといえば。
ストーカーに、この娘が“ヤクザの情婦”であることを誤解させるよう、クリーム地のスーツと下品な黒いシャツ。
サングラスにソフト帽という、きわめて前時代的な恰好。ひと昔前のTVドラマの主人公にでもありそうな出で立ちだ。
電車の中でも、街中の通りでもチラチラ、ヒソヒソと。
おまけにコネクターの雑音消去機能のせいで、コンコースの雑踏でも周囲の会話が良く聞こえる。
ハデな子だ。ビッチだ。ダッチワイフだ。愛人だ。整形だ。お尻だ。オッパイだ。
ヤクザだ。幹部だ。怖っかなそうだ。シャブ漬けで調教だ。変態趣味なオヤジ(怒!)だ。
『ひとつとしてロクな感想がありませんねぇ、マイケルwww』
【SAI】のちょっかいが、面白そうに耳につたわって来た。
「やかましい。黙っとけ」
「――ナニよう、ご主人さまァ。ワタシ黙ってるじゃないの」
「ちがう。おまえに言ったんじゃないよ」
オレはあわてて取りつくろう。
「そう……ならよかった……あァん♪」
「どうした。さっきから息荒くして。歩きづらいのか?そんなブーツなんて履くからだ」
「ちがうの……そうじゃないの……ひん♪」
よくみれば顔も紅潮している。
こちらを見あげる目が、何となく潤んで。
「で?この辺かぁ?その、ストーカーとやらが居るのは?」
「そう。小さなカメラ持ってて、気が付けばチラチラしてるの」
『それでしたら、3分23秒前よりそれらしい人間が後を追けてきます』
サングラスの左・内側に、コネクターからの投影画像が転写される。
背後の風景なので、進行方向と逆なこともあり感覚が狂い、歩きづらい。
「……どこだよ、分からん」
そう言ったとたん、サングラスの内側の映像に、まるで戦闘機の
「ズーム」
「えっ……なぁに」
男の姿が大きくなる。
スポーツ用のフリース帽。それにサングラスとコロナ用マスク。
なんの変哲もない薄手のジャンパーと、ジーンズ。
「あぁ……ヤツか」
「えぇっ、どこどこ!?」
そういいながら『美月』が周りをキョロキョロと見回す。
からめられたオレの腕に、ぐっと力が入るのが分かった。
ストーカーが、ジャンパーからカメラをとりだすのが見える。
非常に目立つ一眼レフなどではない。小さくて高倍率の、隠し撮りに向いた機種だった。
『マイケル、わたし気づいたことがあるんですが……』
「あの……マイケルさん?」
【SAI】の声は、いかにも疑わしそうな女性の声にかき消された。
顔を向けると、ベージュ系の服でまとめた上品な装いの若い婦人が、ちょっと
オレは思わずビクッ!と体を硬直させた。
――げぇっ!関羽……じゃない詩愛!