試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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    〃   (2)自粛板

voila(ほら)Étirez votre dos davantage(背筋を伸ばして)!!」

 

 

 マダム・ヴァランのレッスンは容赦なかった。

 レッスンルームの隅にある衝立(ついたて)で、『美月』は白タイツとピンクのレオタード姿にさせられると、尻をピシピシ叩かれながら、腹式呼吸の訓練、発声法などを叩き込まれる。

 

Le pas est hors de portée(音程がハズれてます)Mademoiselle(お嬢さん)!」

 

 通訳の人間が遅れているらしく、この中年の婦人はヒュン!と空気を鳴らしてムチを打ち振り、足を踏みならして怒鳴るのだが、『美月』には言っているイミがわからない。

 

「あ~ん。ご主人さまァ?」

「もっと背筋をのばせと。あと音痴だとよ」

 

 クスクスと、不人情にも詩愛は笑いながら、

 

「これは良い場所だわ。この子には、ちょうどうってつけかも」

 

 ピシリ!

 また『美月』の背中にムチが命中した。

 そして、レオタード越しの豊胸された乳房に。肥大化させられた尻に。

 つぎつぎとムチが炸裂する。

 

「痛い!――痛い!……もうヤダ!やりたくない!」

「ナンデ!ウマク出来ナイPlus(もっと)!コウデス!」

 

 マダムは伴奏者に合図すると、発声の基本的なスタイルを演じてみせる。

 一通りおわったあと、サブマネが商品価値を見定めようというのか、急に詩愛のほうを向いて、

 

「どうです。貴女も――ひとつやってみては?」

「わたしが、ですか!?」

「そぉーだ!そぉーだ!お姉チャンも苦しめ!」

Qu'est-ce qui ne va pas(どうしましたか?)

 

 全員の目がコッチを向いた。

 オレは大学時代、必死に覚えた単語と文法を記憶の底からひっくり返す。

 そして詩愛のほうを指さして、

 

「あー、Cette fille(このムスメ)essayer(試ス)de la même (同じ)……manière(方法)

 

 パッ、とマダムの顔が輝いた。

 次いで詩愛を上から下まで用心深く、まるでしゃぶるように睨めまわしてから、

 

C'est bien(それは素晴らしい)Combien d'expérience votre chanson(歌の経験はどれくらい)?」

 

 エクスペリエンス(経験)とシャンソン(歌)という単語から判断したのだろう。

 詩愛は人差し指と親指で小さなすきまを作り、顔を赤らめて、

「……A little」

Bon(よろし)Ensuite(じゃぁ), viens ici(ここに来て).Et(そして) enlève ta veste(上着を脱いでちょうだい)!」

「えぇと……じゃぁ詩愛、あそこに行って……そして……うぅ」

『上着を脱げって言ってますよ、マイケル』

 

 なんだ。

 【SAI】のやつフランス語が分かるのか。

 そんならそうと、もっと早く言ってくれよモウ。

 

「詩愛さん、あと上着を脱いでくれって」

「……上着を?」

Tu es lent(おそい)!」

 

 この中年の女教師は詩愛に襲いかかると、まるで引き剥ぐように上着を脱がせてしまった。

 乱暴に扱われたため、フェミニンで艶やかなブラウス越しの巨乳がゆれる。

 ちゃっかりサブ・マネの目が光ったのをオレは見のがさなかった。

 やはり女衒(ぜげん)は女衒。油断はできない。

 

Alors(それでは),S'il vous plaît(どうか)

 

 詩愛は足をすこし開き、腕をゆるく垂らす。

 ほぅ。とマダム・ヴァランが感心する気配。

 伴奏者が鍵盤のうえに指を奔らせはじめた。

 

 “入り”のところで音程をミスったが、彼女は(うま)くリカバーし、発声を低音から高音まで伸びやかに繋いだ。

 

 女性の伴奏者はイタズラゴコロを出したのか。ピアノの鍵盤は、さらに高音部へと向かう。

 その音程どりは、シロウトにはすこし酷な調子だと、さすがのオレでもわかる。

 ほおを紅潮させる詩愛は、挑まれていることに気づいたようだった。

 相手と視線を斬り結び、一歩も引かない構え。

 

 だが、このふたりの音階的な対決を見ながら、不思議なことにマダム・ヴァランは不満そうな様子を隠そうとはしなかった。

 顔ではうなずき、微笑んではいるものの、目が笑っていない。

 行き場のないムチが音もなく振りまわされ、詩愛の母性的な胸を、パンティー・ラインのうかぶ整った尻を、そしてうすく汗ばんだ首筋を、まるで狙うかのように。

 

 正体の不明な苛立ち。

 目的の見えない憤懣(ふんまん)

 

 あたかも、期待していたごちそうを取り上げられたメス狗のように、ウロウロと……。

 ピアノがさらに挑戦的な旋律にうつろうとしたときだった。

 マダムはパン!と手を打ちたたき、伴奏をとめる。

 

Bon(よろし)!――Déjà assez(もうじゅうぶん)!」

 

 一喝するように声高に叫ぶ。

 そしてジロリ、と調子づいた伴奏者を。

 ニラまれた彼女は譜面代のかげに顔をかくして。

 

Donc(それで)Quand commencez-vous la leçonde cette fille(いつからこの方のレッスンに)!?」

 

 またも全員の顔がオレに。

 

(あ~【SAI】……?)

『いつから詩愛さんのレッスンに移るんだと聞いてますよ?』

 

 オレが【SAI】から言われたとおりを伝えると、どうしたことかブルブルと両手を握りしめた『美月』が大声で、

 

「もうイイ!アタシ頑張るから――お姉チャンなんかに!レッスンつけないで!!」

 

 【SAI】の翻訳をマダムに伝えた時、おそらくこの中年の女教師は何かを悟ったのだろう。どこか仄暗い、ドロリとよどんだ笑みを浮かべるや、静かにうなずいた。

 

 その時、遅刻していた通訳の女性があらわれ、途中で事故の渋滞に巻き込まれた言い訳をしながら全員に頭を下げる。

 つづいて、それまでレッスンルームを支配していた雰囲気にそぐわぬ明るい声で、

 

「いやぁ、まいっちゃいましたァ。高速の出口でトラックが自損事故おこしてて。運転席なんか、もうグチャグチャで……」

「言い訳なんぞは聞きたくない!」

 

 サブ・マネージャーは、まだ二十代ともみえるこの若い通訳の女性をジロリ、にらんで、

 

「……きみの時間管理が問題だったのだ」

 

 サブ・マネージャーは冷たく言いはなってからオレたちのほうを向き、

 

「さて。通訳も来たことですし、我々はそろそろ退出しましょうか。詩愛さん、でしたね?すこし店内を案内して差し上げましょう」

「お姉チャン!」

 

 背中から『美月』が叫んだ。

 

「ご主人さまと!ホテルのレストランなんかに行っちゃダメだからね!?」

「……あなたはレッスンを頑張りなさいな?」

 

 泰然自若。

 姉のほうは脱いだスーツの上着をフワリ、優雅に羽織ると、

 

「あなたがレッスン頑張ると約束するなら、ホテルの()()()()()()()()わ?」

「ホントだよ!?絶対だからね!」

 

 サラリと怖いセリフに気づかないのか、『美月』は必死な形相で叫んだ。

 

「Qu'est-ce que tu fais bruyant(何をさわいでいるの)?」

 

 すると通訳があらましを翻訳したらしい。

 女教師がオレを、まるで繁華街の夜明けのゲロでも見るような目つきで露骨に顔をしかめる。

 その口もとが、呟くようにわずかに動いた。

 

『クックックッ……』

 

 【SAI】の不気味な含み笑い。

 

(なんだ?なにがおかしいんだ) 

『この先生――マイケルを“穢らわしいクソ男”ですってyo』

 

 なんだ。

 印象はそう間違っていなかった。

 へーへー、汚くて悪うございました、っと。

 

 ピアノの伴奏が始まった。

 

 女教師の声が飛ぶ。つづいて通訳が、

 

「もっと腹式呼吸を意識して――顔から声を出さないで、もっと身体全体から出すように」

 

 それを背中で聞きながら、オレたちはレッスンルームを後にする。

 ふたたび廊下を歩きながら詩愛は

 

「ずいぶん広いお店ですのね。まるでデパートみたい」

「さようですな。当店は床面積で――」

 

 サブ・マネの説明を熱心に聞き入る彼女。

 それを見ながら、ひそかにオレは皮肉な嗤いをうかべざるを得ない。

 

 ――そうさ。ゆがんだ性欲のデパートだよ、ココは。

 

 店のキレイな面だけ見せて、見学者の歓心を買うつもりだろう。

 紅いウサギの、もう一つの面を知ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。

 ポツポツとすれ違う、きわどいイヴニング・ドレスの女たちに詩愛は顔を赤らめつつも、こっそりとモノめずらしげな視線を向ける。

 

 やはり彼女も女の子だ。

 

 華やかに着飾った、男の歓心を買おうとする“夜の蝶”たちに向けるその視線には“行儀正しい無表情な嫌悪”に上塗りされてこそいるものの、ごくわずかに「羨望」と「嫉妬」が混じっているのをオレは見のがさなかった。

 そして、それは案内役の中年男も同じだったと見えて、

 

「いかがです?――ちょっと当店のレンタル・ドレスをお召しになってみては」

「そんな。結構ですわ?地味なわたしなど、とても似合いそうにありません」

「いえいえいえいえ!――ナニを仰いますことやら!」

 

 サブ・マネは大げさに驚いてみせたあと、

 

「白鳥のアナタが「醜い」などと言ったら、ほかの女たちがアヒルになってしまいますよ!」

「でも……」

「“玉磨かざれば光なし”!女は女として生まれるのではありません。女に“なる”のです!」

 

 ――こいつ……。

 

 いっちょうまえにシモーヌ・ボーヴォワールのもじりを。

 

「あぁ、貴女にすばらしいイブニング・ドレスを用意できますよ?ちょうどいいオートクチュール※の品をご用意できます。プレタ・ポルテ※2ではありませんよ?」

「まぁ……」

「装身具などもこちらで用意いたします。ジルコニアなどではなく、本物のダイヤを!」

「そんな……怖いですわ」

「まぁ()()()()()()()()()()()()()()()()()()に一度身をまかせて、ご覧なさい!きっと――()()()()()()()()()

 

 ――そして当然、彼女の肢体もな……。

 

 ガラスの檻に入れられ、調教される詩愛。

 その様を想像するだけで身の毛がよだつ。

 悪夢めく無音劇の中、変化してゆく容姿(すがたかたち)

 

 ――詩愛(この子)の“アヘ顔ダブル・ピース”は見たくないなぁ……。 

           

 その時。

 いきなりフラッシュ・バックが襲ってきた。

 

 蹂躙された自分の村でみた光景。

 尻から口まで串刺しにされた娘のサフィ。

 眼窩までオークの精液まみれにされたシーア。

 こころなしか、旧友に刺されたわき腹がシクシク痛む。

 

 フラつくところを危ういところで踏みとどまって、冷や汗が流れるほおをハンカチで拭けば、中年男が交渉のクロージングに入っているところだった。

 

「華麗に装った(みやび)やかなお姿を、プロの手で大判の写真に撮って差し上げますよ。さぞ素晴らしいでしょうナァ!」

「そうですわねェ……すこしだけなら……」

 

 頬に手をあてて首をかしげる詩愛。

 

 コイツ意外とチョロいな、とオレが制止に入ろうとしたときだった。

 わきの重厚な扉が細めに開いて、白衣を着た見覚えのある若い男がすり出てきた。

 と――その扉の奥から、

 

「……いやぁッ!やめてぇッッ!」

 

 女性の悲鳴が一瞬聞こえるが、すぐに扉は鎖されて、ギロチンのように声を切断する。

 詩愛がフッと真顔になる。

そして、オレと白衣の男と案内者とを、等分にみつめた。

 

「なに――なんですの……?」

 

 サブ・マネージャーは顔に怒気をうかべながら白衣の男に、

 

「なにをしているんですか!こんなところで」

「何とは?前処置ですが」

 

 白衣の若者は、いきなり怒鳴られムッとしたような気配で、

 

「そちらこそ“表”のフロア担当“風情”が、なんでこんなところに――」

 

 ここで白衣の若者はオレに気づいたようだった。

 中年男に逆ねじをくらさせようとした顔がギクリと動き、(……ヤバイ)といった表情に。

 

「処置?――処置って、なんですの?」

「いやぁ、ほら。そのぅ、ナンですな」

 

 サブ・マネージャーは、しどろもどろになりかかる。

 

 この時だった。

 

 廊下の奥から、ひとりの美しく装った踊り子がやってきた。

 詩愛の驚く顔――この箱入り娘にはムリなからぬことだったろう。

 およそ下着のたぐいを全く身につけない、全身を覆う薄物だけの艶姿(あで)

 例によって、ぷっくりと肥大化された“おしゃぶり奉仕”用と見えるくちびる。

 おそろしく肥大化した臀部は、性的手術のためか。あるいはトレーニングの成果か。

 オッパイは舞踊という職種上、ジャマにならぬよう豊胸手術は受けていないようだった。

 

 しかし、近づくにつれてあきらかな、薄物に包まれた妖艶な肢体をよく見てみれば……。

 

 黄金(きん)色をした髪留め。

 豊かな髪に編みこまれるアクセント。

 額飾り(ティアラ)。金糸のはいった面紗(ヴェール)

 豪奢なイヤリング。首輪。腕輪。指輪。足輪……。

 

 それらが残酷にも体中にほどこされたリング・ピアスを介し、銀色の細ぐさりで、ゆるやかにつながれている。

 なぜか一点、狭窄施術を受けたらしい細い腰にはコイン・ベルトの帯が巻かれ、そこにビーズ細工の小さなポシェットが。

 

 

 そして――さらによく(うかが)えば、彼女の身体は他にも様々な改変をうけているのが分かったが、15禁であるこの場所では、これ以上書くことに忍びない。

 

 この神秘的な踊り子は、全身に付けられた性的な装身具を鳴らしながら近づくや、それぞれバラバラな顔つきをしたオレたちを一瞥(いちべつ)すると、(みやび)やかな笑みをふくんで、

 

「おや皆さま――いかがなさいましたの?お(そろい)いで」

「そっ、そうだ!」

 

 サブ・マネージャーは急に生色を取りもどすと、扉の厚く閉じた部屋を指し示し、

 

「この部屋はですな――施術室になっておるんですよ」

「……施術室ですって?」

 

 いまだ不安な色の抜けない詩愛が、こわばった顔を向ける。

 

「そう。ご覧なさい!彼女の形のよい胸。そこに輝く飾り輪を!」

 

 中年男は踊り子にちかづくと、遠慮なく彼女の真白な乳房を持ち上げた。

 

「女性の求めに応じて、われわれは様々に女体を飾るためピアス等の施術して差し上げるのです」

 

 胸先につけられた鈴がチリチリと鳴り、持ち上げられた胸と細鎖でつながれた“下の鳴り棒”も、それにつられて涼やかに和した。

 踊り子は、この無礼な行為にも動ぜずニコニコと笑みを保って。

 サブ・フロアマネージャーは詩愛のほうに身を乗り出しながら、ゴリ押し風味に、

 

「ただし――直前になって怖じ気づく()もいるモノでして……ナニ、済んじまえばケロッ、としたものなんですが」

「そんな……痛くないんですか?そんなところに、その……」

 

 顔を赤らめながら、それでも踊り子の胸をガン見する詩愛に、彼女より年下と見えるこの舞姫は、まるで上級生のような余裕のある優しい笑みをうかべ、

 

「痛かったわよ?そりゃ」

「じゃぁ……なんで……」

 

 フフッ、と彼女はみじかく笑うとサブ・フロアマネージャーに、

 

「――こちらのお方は?」

「お店の見学者でございますよ、サロメ姫」

 

 まぁ!と踊り子は詩愛をしげしげと眺め、

 

貴女(あなた)のような方が!ねぇ……」

 

 そのまま一団の間で、やや久しい沈黙。

 美麗な相手に驚いたような目でもって、いつまでも見つめられる事に耐えられなくなったか詩愛は、

 

「サロメ、って。()()サロメですの?」

「えぇそう。よかったわぁ……学のあるお方で」

 

 そういってサブ・マネのほうを向いてニッコリわらうと、ふたたび詩愛を見つめ、自分の美乳を持ち上げて、

 

「なんでピアスを付けたか、ですって?」

「……えぇ」

「それはね?このオッパイを――あたらしくしたかったからよ」

 

 あたらしくする?と詩愛が怪訝そうな顔で食いついた。

 

「それは……一体どういうことです?」

 

 まるで痛みを予感させるように、自分の豊かな胸をフェミニンなブラウスごしにおさえる彼女に対し、踊り子は「そうねぇ……」と一呼吸おくと、だんだんと騒がしくなる廊下を見回し、ぷっくりとふくれた(おの)が深紅のくちびるを不満げにとがらせ、

 

「う~ん。ここじゃぁ、話す場所としてはふさわしくないわねぇ……」

「そ、それじゃロイヤル・サロンをお使いなさい!」

 

 中年男は「ヤレ助かった」とでも言うような顔をして、白衣の若者を邪険な手つきで追い払ったあと、先に立って一団の誘導をはじめる。

 

 案内された場所は、豪華な調度品がならぶ談話室だった。

 さすが“紅いウサギ”が「ロイヤル」と呼ぶだけのことはある。

 名にし負う陶器や有名な磁器、調度品。豪勢なソファーや照明。

 盗難を防ぐためもあるのだろう。ロイヤル・サロンには窓が無かった。

 三方を絵画や剥製などが飾る壁に囲まれている。しかし広さゆえに圧迫感はない。

 

 毛足の長い絨毯をふみしめて一団が部屋にはいると、室内楽曲が静かに流れはじめる。

 詩愛は、いままでの不安げな顔つきを一掃し、驚嘆と賛嘆の眼差しでこの広間を見まわして、

 

「すごい……」

「わたしの権限で使えるのは、このレベルまででしてな。ほんとうは、さらに数段上のサロンがあるのですが……」

 

 サブ・マネは自慢げにそういうと、四人掛けとなった大理石のテーブルにある椅子を引き、詩愛をいざなった。

 対面に踊り子を座らせ、次いでオレを空いた席に誘うと踊り子が、

 

「あの……殿方は、ご遠慮していただきたいんです。これは女の、そしてワタシだけの秘密でもあるので」

 

 すると詩愛は、どことなく不安げな面持ちで、

 

「そんな大事なことを、わたしなんかが聞いてしまって良いのかしら?」

「えぇ。むしろ、逆に聞いて頂きたいわ」

 

 踊り子は屈託のない、ニッコリとした笑みを浮かべた。

 女たちの意を汲んだオレたちは、室内楽のせいで声の届かない、すこし離れた場所に席を占める。

 オレはもちろん、彼女たちに背を向けた位置の椅子を選んだ。

 そしてサングラスをかけ、声ひくく、

 

(【SAI】……?)

『合点だ!船長!!』 

 

 ま~たアイツは。

 何かのシネマにカブれたな?

 作品は何だろう。グレゴリー・ペックの『白鯨』かな?

 

 サングラスの左玉に、背後の景色が移った。

 つぎに頃合いまでズームされ、彼女たちの横顔がよく見えるようになる。

 ごく普通の格好をしたウェイトレスによって、飲み物が運ばれてきた。

 

 女たちには紅茶。男のほうにはコーヒーを。

 空きっ腹にコーヒーが辛い。

 こんな時間になるまでメシが食えなくなるとは思わなかった。

 

 ウエイトレスが去ると、踊り子は胸先のピアスを指で弄びつつ鳴らしながら、

 

「それで……このピアスをわたしが、どうして付けたか、だったわね?」

 

 テレマン作曲の室内楽曲はコネクターによって除去されてゆき、女たちの会話が良く聞こえるようになる。

 

「えぇ……どうか、よろしいければ」 

 

 自信ありげな年下の踊り子に対し、オズオズとした詩愛の声が、それに応えた。

 彼女の目は、性的に改変された相手の乳房や大きく張り出した尻。それに鼠蹊部のピアスや鳴り棒などをチラチラとさまよって。

 踊り子は、そんな彼女の心配げな視線など、どこ吹く風であっけらかんと笑い顔を浮かべ、

 

「そんなに身構えることないわ?わたしたち、女同士じゃないの」 

「えぇ。でもなにか深いワケがありそうで。聞くのが、その。こわいです」 

「そうね。女にとっては――ツラい体験だったもの」 

「と、おっしゃると?」

 

 アタシね、と踊り子はフッと声を落とし、

 

「……強姦されてしまったの」 

 

 * * *

 

 


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