試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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    〃   (3)自粛版

 その言葉を聞いたとき、詩愛が(おとがい)をあげ、目を閉じるのが見えた。

 ビジネス・スーツに包まれた身体がゆらぎ、肩が幽かにふるえる。

 

「彼氏にね、田舎にある彼氏の父親の別荘に誘われたら、そこに彼氏の仲間がいて」 

「……」

「最初から、わたしを()り目当てとしか思ってなかったらしくて……」 

「……」

「つよいお酒のまされてから、朦朧とした状態で。つぎつぎに……」 

 

 詩愛が息をのむ気配。

 

「そんな……ヒドい」

 

 やや沈黙。

 ふたりの女の間でそれぞれの思いが交錯する。ややあって、

 

「一番ショックだったのは、その、元彼がね……いいえ!」 

 

 ここで踊り子は声を荒げ、怒りをむきだしにして、

 

「“彼”なんてつけるのも腹立たしい!クソ男で十分よ!」

 

 さらに幾拍かの沈黙があった。

 女たちは、手もとの紅茶カップに眼を落とし、口をつぐむ。

 踊り子が、あきらめきった乾いた口ぶりで、

 

「そう、ショックだったのは、そのクソ男がね……アタシの身体をつかった男たちから、()()()()()()()() 

「そんな……そんなことって」

「警察呼ぶって息巻いたけど、呼んだら恥ずかしい写真バラまくぞって。お決まりのゲスっぷりさね――ちくしょう!」

 

 オレは声をひそめ、コネクターに「ズーム」と指示して踊り子の面差しを観察する。

 鮮明な画像が、彼女の耳朶に下がるイヤリングや乳首から下がる鈴。あるいは各種の(キラ)びやかで淫猥な装身具を明瞭(ハッキリ)とさせる。

 

 だがすこし――違和感があった。

 

 言ってみれば、彼女の口ぶりに、ワザと汚い言葉をつかっているような、そんな気味がある。

 声さえ聞かなければ、この舞姫の面差しには下卑た気配が感じられず、ものごしにもスレた雰囲気がまったく無いのだ。

 

《b》「男なんてのは……トンでもないゲス野郎さ!ブタどもが!!」

 

 踊り子は、語気荒くそこまで言ってからふと声をおとし――不思議そうに向かい側の相手の顔をのぞきこんで、

 

「……どうしたの?なんで、アンタまで泣くの?」 

 

 ズーム・アウトすると、向かいの席の詩愛がハンカチを取り出し、目頭をおさえている。

 踊り子が「アンタ、やさしいんだね」と、裸体に“穿たれた”鳴り物を幽かに鳴らしながら彼女に手を差し伸べた。

 

「……アタシなんかのために、泣いてくれるんだ?」

「強姦なんてするヒトが理解できません。なんで――そんな」 

「ようはキ○タマつける(おっと、ゴメんよ?)資格のないクズ男なのさ」

 

 相手の粗野な言葉づかいに、この状況下でも辟易ぎみとみえる詩愛だった。

 だが、それでもやがて、勇気をふりおこしたように、

 

「それで……どうなさったの?」 

 

 ハ!と踊り子はソファーの背もたれにひっくり返ると蓮っ葉な調子で、

 

「どうもこうもナイや。アタシは(ケガ)されちまった。入れ替わり、立ち替わり。何人も――何人も……」

 

 あけすけな言葉に、詩愛がとまどう。

 それを面白がるのか、この舞姫はさらに言葉をドギツイものにして、

 

「もちろん、そのクソとは縁を切ったケド、アタシが全身の穴という穴を汚された事実は、変わらねェ――でも、ね?」 

「でも……?」

 

 ここでフフッ、とこの踊り子は意味深な微笑をうかべ、詩愛を見やった。

 そこには、いよいよこのウブな彼女に、己の秘密をうちあけ動揺させてやろうという、ある種の残虐な悦びめいたものがコネクター越しにも窺えた。

 

「アレをしゃぶらされたこの口が!ワシづかみにされたこの胸が。それにアタシのまっ……マ○コが!」

「……」

「そしてアタシ自身が!()()()()()()()()()()()になったら、どう?」

 

 こんどこそ詩愛の顔が怪訝そうなものになった。

 眉がひそめられ、また首が傾げられて、

 

「それは、いったい?」

「つまり――穢された部分を新品にしてやるんだよ!()()()()()()()()()()()のサ!」 

 

 踊り子は、性的に改変された自分のくちびるや各部のピアスを指し示し。それに○○○○から鳴り物が下がる己の股間を、この年上の来訪者に見せびらかすように拓くや、

 

「このくちびるをご覧な。いかにも殿方のモノに気持ちよく吸い付きそうな、ミダらな膨らみかたをしてるだろ?アイツらはこのくちびるの味を、知らないのさ!」

 

 つぎに各所をピアッシングされ、そこに細ぐさりをゆるく這わせる自分の裸体を――シャラシャラと鳴り物を奏でさせ、男の欲望をアオリたてずには置かないその裸体を、泪ながら抱きしめて、

 

「この身体をご覧な!クスリでメリハリをつけられ、イヤらしく装飾された、この肢体を。ヤツらはこの身体の抱き心地を、知らないのよ!」

 

 そして自分の下腹部から下がる鳴り物を指につまみ、それを左右に拡げて大事なトコロを”をあらわにさせながら、

 

「このマン……ヴァ○ナをご覧なさい!仕掛けをほどこされ、ヘンなものを埋め込まれ、殿方には極上の仕上がりとなった哀しい女の“お道具”を!」

 

 踊り子の言葉付きが、ふたたび変化した。

 どうやら本来の地にもどった彼女は視線を宙に虚ろとして、何かに訴えかけるようでもある。

 

「卵管を閉じられ、不妊処置をされ、なかに子胤(こだね)射精()し放題となったココの快楽を――あの者たちは知らないのですわ!」 

 

 最後は声をふるわせ、身をよじらせながらこの舞姫は叫んだ。

 

 詩愛が席をたち、(テーブル)をまわると、なかば自暴自棄となった相手の身体をやさしく抱きしめる。

 ふたりの女はその姿のまま、やや久しくすすり泣いていた。

 

「……じつは、わたしもね?」

 

 しばらくして、詩愛が相手の耳もとでささやいた。

 

「わたしもこのあいだ、強姦されてしまったの。貴女と同じように……何人にも」

「アナタが!?」

 

 驚いて身をはなす踊り子。やがて「ウソでしょう?」と、その眼差しや口唇(くちびる)に、猜疑(うたがい)(あざけ)りの色をうかべて、

 

「アタシを慰めようなんて、してくれなくてイイのよ」

 

 詩愛は黙したまま、ショルダーバッグの中から処方された白い内用薬袋をとりだした。

 踊り子の飾られたネイルが包みを取り上げ、中のPTPシートをつまみあげる。

 一瞬険しくなった顔が、すぐに詩愛への信頼と同情めいたものに変化して。

 踊り子は涙を注意ぶかくはらうと、

 

「ロラゼパム錠0.5mg……マイナー・トランキライザーね。アタシん時は、もっと強いものを処方されたけど」 

「ときどき……その、輪姦されたときのことが思い出されて、苦しくなるの。仕事中でもミスなんかした時に、ふいに思い出されて」

 

 そう言った後、詩愛は力なく、

 

「いいえ。きっと逆ね。そんな弱いこころだから、仕事のミスなんかをするんだわ」 

「自分を責めちゃダメですわ!」

 

 踊り子は注意ぶかくい涙をはらい、彼女の両肩に手をかけて、

 

「ワタシたちは、何も悪くないんですもの!――そうだ!」 

 

 そう叫んだ女の顔が、きゅうに明るくなった。

 手が打ちあわされ、装飾された全身がフルブルっ、とふるえて。

 それが薄物越しに、踊り子の肢体の表面へ、さまざまな輝きを、音を奔らせる。

 ズームした彼女の瞳に妖しい光が灯り、艶やかなくちびるは、驚きの言葉を発した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「えぇっ!?」 

「つまり――ワタシと同じ“踊り子”になるの!」

 

 さすがに詩愛は、この提案にビックリしたようだった。

 

「わたしが……貴女とおなじ容姿(すがた)に……?」

「踊り子といっても、べつに殿方に奉仕するワケじゃないのよ?気に入らない相手は、ソデにして良いんだから」 

 

 高らかに宣言するような、ある種、豪華絢爛たる(よそお)いの相手に対し、

 

「それは……さすがにご遠慮させていただきますわ」

 

 困り顔で愛想笑いをする詩愛。 

 どうして!?と舞姫の方は、ふたたび(まなじり)をキッ、と鋭くして、

 

「心がラクになるのよ?あなた、むりやりフェラはさせられた?」

「ふぇら……」

「殿方のアレを“おしゃぶり”することよ!」

 

 詩愛がオレの背中を気がかりそうにチラッと見たようだった。

 

「大丈夫よ!殿方には、聞こえやしないわ!」

 

 ややあってから「……えぇ」と彼女の声が、観念したように声ひくく呟いて。

 

「ヴァ○ナは――もちろん犯されたわよね?じゃぁアヌスは?」

「あぬす?」

「ジれったいわネェ!」 

 

 イライラと舞姫は舞踏靴を踏み鳴らした。

 

()()()()()のコトよ!」 

「サロメさん!そんな、大きな声で……!」 

 

 アウアウと詩愛は彼女を制すが、やがてあきらめたように小さな声で、

 

「その……肛門科の……お医者さまのお世話になりました」

「ほら!ネ!?」 

 

 サロメと呼ばれた舞姫は嬉しそうに、

 

「アタシと同じだ!」

 

 舞姫は詩愛の身体を抱きしめたまま立ち上がった。

 ビジネススーツ姿と、踊り子姿をしたふたりの女。

 なるほど、見ようによっては対にも見えるような。

 

「ね、見学なんてまだろっこしい手続きなんてしないで、明日からこのお店に来なさいな」

「でも……わたしお仕事が」 

「昼間の仕事なんてナニよ!あなた外資系にでもお勤め?月に手取りで50万はもらってる?」

「まさか……そんなに頂いてませんわ」 

ウサギ(うち)なら最低60は保証するわ!」

「……まぁ」

「ね?わたしとおなじ装いをして、ステージに立つの。そしてPas de deuxを踊るのよ!」 

「……そんな」

「それにはココも!」

 

 サロメは詩愛のうしろにまわると、いきなり彼女の豊かな胸を揉みしだいた。

 

「このオッパイは!」

「あんっ、いやっ!」

「ダンサーにしては大きすぎ!だから、オッパイ縮小手術しなきゃね?」

 

 室内楽曲のボリュームが、心なしか大きくなる。

 片耳にはめるコネクターのノイズ・キャンセラーがすぐに追いついて、テレマンの華麗な旋律を消し去った。

 

「お飾りもイ~っぱいつけて。美しく粧うのよ……」

 

 もみあう美貌の女性ふたり。 

 踊り子は手慣れたしぐさで詩愛の口をふさぐ。

 弱音器をかまされたような彼女の声が、かろうじて、

 

(ちょっ!やめてください……いったいなにを!)

「ココも!」

 

 つぎにかたちの良いヒップをサワサワと舞姫の手が。

 まるで愛撫するように、下着のラインが浮かぶパンツ・スーツの尻全面を撫でさする。

 

(ひゃん!) 

「もちろんココも!」

 

 彼女は腰に巻いたポシェットに一度手をやってから、身悶えして抗う詩愛を押さえ込むと、そのパンツスーツのズボンへ強引に手を差し入れた。

 

「うごかないで!……動くと、イタいわよ?」

(あぁっ!……そんな)

 ビクッ、と一瞬身体をふるわせ、次いでなにか観念したように動きを止める詩愛。

 

(イヤっ!止めてください――やめて!)

「ふふふっ♪ナニが“イヤ”よ。こんなに潤ってるじゃないの」

 

 踊り子のサロメ姫は残酷そうな笑みをもらし、彼女を固く抱きしめながら、その耳に熱い息を吹きかけんばかりの勢いでプルンとした口唇(くちびる)をよせ、

 

「ね?アナタも身体にいっぱいお飾りつけて。いっぱい“馴致”(ちょうきょう)されて……」 

「……」

「そしたら、もう辛いコトなんて気にならなくなるの。だって今ソコにいるのは、キレイナ身体の、()()()()()()()()()()()だもの」

 

 サロメは詩愛のパンツ・スーツの下腹部から手を引き抜くと、指の間に輝く糸を引いてみせた。

 口に両手をあて、紅い顔をしてイヤイヤと絶句する詩愛。

 さすがに可哀想と感じたのか、踊り子は彼女を解放するやクルリと後ろをむき、

 

「恥ずかしいことをしちゃたお詫びに、アタシのも見せてあげるね?……アナタも、こうなるのよ……」

 

 そう言うや、豊かな尻タブをひろげて己のアヌス(肛門)をみせつける。

 すると、華麗な入れ墨をほどこされたそこには大きな宝石が埋まっており、天井のシャンデリアに輝いているのだった。

 

 無言でショルダーバッグを肩にかける詩愛。

 それに対して踊り子は確信犯めく微笑をうかべ、

 

「忘れないで――アタシは……貴女(アナタ)よ」

「失礼します」

 

 逃げるようにその場を離れる詩愛。

 その背に、踊り子は叫んだ。

 

貴女(アナタ)は――ココに戻ってくる!絶対!!」

 

 彼女は心もとない足どりのまま、涙目でオレの方に突進してきた。

 そのまま、ほとんど飲んでいないコーヒーカップを前にして座るこちらの腕をグィとつかむや、

 

「行きましょう。見学は――もう十分ですわ!」

「どうしたんだい?急に」

 

 さりげない風で、オレはすっとぼけた。

 

「なにか、叫んでいたようだけど?」

「行きましょう!」

 

 【SAI】のヤツめ、ちゃんと録画してるだろうな。

 あとで再生して、張り込みのヒマなとき、この踊り子の性格分析をやってみよう。

 

「どうしました?そんなに血相変えて」

 

 サブ・フロアマネージャーも、詩愛の勢いに不思議そうな顔で、

 

「なにか……ウチのモノが失礼でも?」

 

 よく言うよ、とオレは腹の底で毒づいた。

 このオヤジ、しまりのない口もとをして、チラチラとふたりの様子を窺っていたのだ。

 事あれかし、という粘着質な眼のかがやき。狡猾なスジ運び。

 

 ――コイツは要注意人物だ……。

 

「これからお召し替えをしていただいて、記念の写真撮影をと考えてましたのに」 

「いいえ。またの機会にさせていただきますわ」

 

 やや震える声でそう言うや、彼女はオレをせきたてて、踊り子を部屋においてきぼりのまま、サブ・マネージャーに案内させて長々と廊下をあるいたのちに裏口から店の外へと逃れ出る。

 

 * * *

 

 なま温かい繁華街の空気と、雑踏の雰囲気。車の騒音。

 交錯する猥雑なネオンの光すらもが、いまのオレにはありがたかった。

 

 ふり向くと店の裏口に、携帯をいじる警備の黒服が、2、3人たむろして。

 前回の、あの性転換された轢殺目標とやりあったことが、つい先ほどのことのように。

 毎度紅いウサギ(あの店)を出るときは命からがら、という気分になってしまうのは、いったいナゼだろうか。

 

 そして――それは詩愛も同じだったらしい。

 ぶるっと身をふるわせ、男っぽいピンストライプ・スーツに包まれた己の肢体を抱きしめる。

 表情が、何かをこらえるかのように苦しそうになり、内またにしてぴっちりと閉じた太ももを切なそうにクネらせて。

 

「詩愛クン、どうした。具合でも――」

「いいえ……なんでもありません!」

 

 そのとき。

 

 携帯に着信があった。

 なんと所長の“アシュラ”からだ。

 通話をONにしたとたん、所長の怒鳴り声が、

 

「どうしたんだマイケル!携帯の電源を切るなんて!」

 

 電源?とオレは携帯の画面をみる。

 ヤバい。いつのまにかマナーモードになっていた。

 アチコチから山のような着信履歴。

 朱美が特に心配したのか何度もかけている。

 そしてどういう風の吹き回しか、お局さまも。

 

 念のため、オレは詩愛からすこし離れたところまで歩いてゆくと、

 

「なんです所長ォ、そんな大声出して」

「お前コネクターはどうした!装備しとらんのか!?」

「してますよぉ。なんで守秘回線つかわず携帯つかってるんです」

「お前のトラックを経由したコネクターに反応がないから焦ってたんじゃないか!なにしろお前は前科があるからな?また身体のどこかに風穴でもあけられて転がってるんじゃないかと思ったぞ!」

「ンなおおゲサな……いったいドウしたんです?」

「ドウしたもコウしたもない!」

 

 “アシュラ”が大きく息を吸う気配。

 

「ドライバーがぁ――死亡事故だァッ!」

「……はァッ!?」

 

 ノンビリしていたコチラも、さすがに大声が出た。

 まさに、いきなり水をぶっかけられたような気分。

 

 二重三重の安全システム。

 頑丈きわまりないシャーシーと撥ね殺し用の装甲板。

 そしてとどめに最先端のAIが装備されているため、めったなことで事故は起こさないのが轢殺トラックの強みだ。それが――死亡事故とは。

 

「緊急で“業務用”トラックの点検をいれることになった!今から社にもどれ」

「原因は……トラックなんスか?」

「まだ分からん!とりあえず整備用S/W(ソフトウェア)をつかって簡易点検だ。非番の整備員も全部出勤させている!帰庫するときに自動運転は使うな!完全マニュアルで来い!」

 

 それだけ言って、通話は切れた。

 

 ――仕方ない……。

 

 今夜の轢殺行動は中止だ。

 最悪の場合、トラックは二、三日使えないだろう。

 その間にドレッドの野郎が姿をあらわさなきゃイイが。

 そういえば、マダム・ヴァランの通訳がトラックの事故を見たとか言ってたな。

 

「【SAI】?」

「なんでしょうマイケル」

「本部からオレのコネクターに連絡なんて、ないよなぁ……?」

「……連絡ですって?なんの連絡でしょう。かりにドライバーあての緊急・秘匿通信だとすると、ワタシにも感知できませんが」

「いや、いいんだ。そうすると……コネクターに、ちょっと不具合があったらしい」

 

 それとも送信を行ったオペレーターが混乱して送信の手順をミスり、オレのところに送られなかったのか……。

 コネクターのシステムを自己点検モードに――異常なし。

 バックモニターを復活させ、背後の詩愛をうかがう。

 

 ――えっ……。

 

 街灯のあかりが届きにくい、通行人の視線からも幾ばくか守られる、ちょっとした建物の陰。

 そこにパンツー・スーツの女が身をひそめるようにたたずみ、片手をブラウスのなかに手を差しいれて、自分の乳房を切なそうに揉みしだいている。空いたもう片方の手は股間にあてがい、ゆるやかに動かして。

 

()ッ……()ッ……」

 

 切なそうなあえぎ声まで漏らし、肢体をよじり、(もだ)えている。

 たぶん、さっきの踊り子の雰囲気に、アテられたんじゃないだろうか。

 

「はい、はい、分かりました!どおもォ~」

 

 携帯を耳にあてたままペコペコと頭をさげ、大声で通話がおわったフリをする。

 すると案の定、彼女はサッと身づくろいをし、乱れた髪をととのえると、肩からずり落ちていたショルダーバッグをひろった。

 

 ゆっくり彼女に近づいてゆく。

 すると、風がない夜のためか“女のもの”の気配が、濃くただよった。 

 オレは紳士的に、あくまでそしらぬフリをして彼方のネオンをながめながら、

 

「さて、われわれも解散しましょうか……今日は、ヘンな一日でしたね」

 

 まったく、散々な一日だった。

 六道ビルで権三ジィさんに驚かされ、紅いウサギを再訪し、こんどは同僚の死亡事故ときた。

 もうおなかイッパイの気分。これ以上のドタバタは、まっぴらゴメンだぜ。

 

「駅までいっしょに行きましょうか。このごろはキャッチやスカウトも煩いですからね」

「あの、マイケルさん」

 

 そう言われて詩愛のほうを向いたとき、スーツの上から胸をおさえる彼女のうるんだ視線とぶつかった。

 夜目にも顔を緊張させ、赤らめているのが遠くの街灯のわずかな気配でもわかる。

 

「たいへん、不躾(ぶしつけ)なお願いなんですけど……」

 

 えぇ、とオレはダマってうなずいた。

 すると詩愛はいちど、自分のくちびるを舐めてから、極めて秘めやかな、オズオズとした声質(トーン)で、

 

「今晩……わたしを、その……抱いて、頂けないでしょうか」

 

   * * *

 

 


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