試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
さきほど盗み見た詩愛の痴態。
そこから、心のどこかでコレを予測していたのかもしれない。
おおげさに驚いて彼女の自尊心をキズつけることだけは、どうにか回避する。
「いったい――どうしたんだ?」
「……ダメでしょうか」
すがるような眼が、オレを見あげた。
豊かな胸のうえで、手がギュッと握られ、彼女の並々ならぬ覚悟を伝えている。
「キミの、その様子。相当に真剣なのは――分かるよ」
とりあえずオレは、不器用に間に合わせの一手をおいた。
こんなときに気の利いた一言が出てこないのは情けない。
とりあえずモラトリアムの口調で、
「でも今は、まったく普段のキミらしくない……あの店で、なにかあった?」
「あッ!……またッ!……」
ささやくような悲鳴。
ブルブルっ。詩愛は身をふるわせた。
重そうな革製のショルダー・バッグが、ふたたび歩道にすべり落ちる。
気づかったオレが、やさしく彼女の肩に触れる。
すると、相手はスーツの前をあけたオレの胸にもぐり込んできた。
まるでひな鳥が親鳥の庇護に入ろうとするかのように、上着の中でオレの背中に腕をまわし、頬をつよくワイシャツの胸に押し当てて。
彼女の匂いが濃くただよい、同時におどろくほど熱い体温と、上気し、汗ばんだ気配をこちらに伝えた。
くわえて、そんな自分の発情した匂いをこちらに擦りつけようとでもいうのか。
身をゆすり、オレの背中にまわした手を幾度も幾度も動かし、まるで悶えるように。
「……」
オレは、ゆっくりと詩愛のふるえる背中をなでた。
そして――そのまま強く抱きしめてやる。
彼女の香水。彼女の髪。そして何より彼女自身の“女の匂い”……。
「あぁ……もう死んでもいい……」
腕のなかの柔らかさはウットリと、吐息まじりにつぶやいた。
「いっそのこと、いま死ねたら……」
その恍惚たる余韻をもったひびき。女の武器の、もう一つの“かたち”
不覚にも、いつぞや弁護士との対決で利用したラウンジのことが思い出される。
――あのときのホテル。ダブルのスィートは、一泊いくらだったっけ……。
コンドームは。
栄養ドリンクとか要るかな?
そういやしばらくヤってないけど、まだ勃つよな。
これがバレたら、鷺ノ内のオヤジさんたちに殺されるナァ。
などとよからぬ妄想を抱き、下半身の欲求が高まりつつあった、このとき。
――あ……。
不意に“夢の中の妻で”あるシーアのことが思い浮かんだ。
たぶん、詩愛の体臭や香水が、そんな連想を喚んだのだろう。
しかしシーアの顔が――怒った表情なのは、どんなカラクリなのか。
まるで“浮気”をしているオレを本気で
足もとには娘のサフィーまでもが、妻のスカートにしがみつきながら。
盛り上がったマグマが、急速にひえてゆく。
なんでだ?夢の中の、そしてもう死んだ妻なのに。
不実をとがめる視線をようやく追い散らし気がつけば。
汀に打ちあげられたビニール袋のように欲求は跡形もない。
そしてそれは、彼女の背中を撫でる手つきにも伝わったらしい。
女の勘で“心がわり”を敏感に察知したとみえ、彼女はスッと身を引いた。
詩愛は、狼狽したような手つきで自分の髪を撫でつけると、ソッポを向きつつ落ち着いた声で、
「ごめんなさい……わたしったら」
そう言うやかがみ込み、歩道に落ちたショルダー・バッグから白い紙包みを取り出し、中からPTPシートをつまみあげてクスリを手のひらに押し出した。そのまま口に放ると、同じくバッグから出した500㎜のペットボトル水をひとくち。
ゴクリと飲みくだしたあとはこわばった笑みを浮かべ、
「どうかしてたようですわ。今のわたしの申し出。忘れて下さると嬉しく思います」
「驚いたよ。キミみたいな美人に言い寄られてまんざらでもなかったが、今夜はどうかしている。家まで送ろ――」
「いいえ!」
オレの言葉を打ち消し、いきなり強い口調になった詩愛。
そしてこれを自分自身でもおどろいた様子で口に手をあてる。
「……ゴメンなさい。本当に、今日はわたし。どうかしていますわ」
「そ、そうだろう?ささ、タクシーをつかまえるから。コッチにおいで」
ふらつく相手を抱き寄せ、そのまま表通りまで向かい、タクシーをひろう。
しかし、詩愛をさきに乗せ、いざ自分も後部座席に入ろうとしたときだった。
急に彼女はオレを突きはなし、
「やはり、送っていただくのはご遠慮しますわ」
「えっ……?」
「このまま貴方とふたりでいたら、わたし……これ以上自分をおさえる自信、ありませんもの」
重々しく閉まるドア。
オレをおきざりに、タクシーはモーター音を残して走り去った。
小さくなってゆくテール・ランプ。それを見送りながら、やはり彼女を“紅いウサギ”に入れるんじゃなかったと後悔する。
――まったくあの店は……なにかと面倒ごとを引き起こしてくれる。
脱力。
電車で最寄の駅までもどってトボトボと寮にかえり、駐車場に停めたトラックの運転席に座ったときはホッとした。
キーをひねり、メーターパネルに次々と灯が入ってゆくのを見ていると、ようやくいつもの常態にもどった気がする。
『お帰りなさいマイケル――お疲れサマでした』
「ヤレヤレ。これから事業所にもどるぞ、【SAI】」
『これからですか?』
【SAI】がおどろいたような声をあげた。
『詩愛さまに誘われたとき、ノコノコとあのままホテルに行くと思ったんですがネェ』
「招集がかかった。仕事が先だ」
『ヤレヤレ――仕事人間なんて、いまどき流行りませんのに』
「それに……彼女の様子がヘンだったろ?つけ込むようなコトはできない」
『あれ、マイケル気づいていなかったんですか?』
助手席側からモニターのアームが伸びた。
そして、先ほどの詩愛とサロメの争いを映しだす。
と、シーンが急速にバックしてゆき、ふたたび再生へ。
「お飾りもイ~っぱいつけて。美しく
もみあう美貌の女性ふたり。
踊り子は手慣れたしぐさで詩愛の口をふさぐ。
弱音器をかまされたような彼女の声がかろうじて、
(ちょっ!やめてください……いったいなにを!)
「ココも!」
つぎにかたちの良いヒップをサワサワと舞姫の手が。
(ひゃん!)
「もちろんココも!」
彼女は腰に巻いたポシェットに一度手をやってから、身悶えして抗う詩愛を、慣れた動作で巧みに押さえ込むと、パンツスーツの中へ強引に手を差し入れた……。
映像がとまる。
ゆるやかにバック。ふたたび再生
踊り子が腰にまくポシェットに手をやり――引き出した瞬間、ストップ。
ズーム。ズーム。ズーム。
手の――さらに指さきの、クローズ・アップ。
――コイツは……!
踊り子の指がカプセルを一つ、つまみあげていた。
そしてスローモーションで、その手を詩愛のパンツ・スーツに差し入れ、彼女の股間に……。
「うごかないで!……動くと、イタいわよ?」
ビクッ!一瞬身体をふるわせ、次いでなにか驚いたように動きを止める詩愛。
ふたたび映像がバックとなり、さきほどのクローズ・アップ画面へ。
『波長の特性から、カプセルの中身は液状と思われます。おそらく即効性の催淫薬かと』
「気 づ か な か っ た !」
オレは思わずさけんだ。
「どうりで!彼女の行動がヘンだったわけだ」
『タクシーで帰したのは正解でした。徒歩では、危なかったでしょう』
「【SAI】!気づいたなら言ってくれよ!!」
『指摘したら、業務は放っぽり出しましたか?』
「当然だ!ヤバいヤクかもしれないのに……」
彼女に電話しようとして、思いとどまる。
なんて言えば良いんだ?
「膣にアヤしげなクスリを入れられ大丈夫だったか」……とでも言うのか?
おそるおそる、オレは携帯の画面を通話モードにして詩愛の番号にふれる。
だが、耳には呼び出し音が、いつまでも虚しく続くだけだった。
――だめだ……出ない。
鷺ノ内医院へ連絡をしようとするが、思いとどまる。
こんな夜分、あのオヤジに「娘さんの血液検査をしてくださいなんて」頼んだらどんな騒ぎがもち上がるか。想像するだにオッかない。
『どうします?マイケル。詩愛さまの自宅――鷺ノ内医院に行きますか』
冗談じゃない。
あの白髪の医師と、こんな夜中に対峙したくはなかった。
ご母堂も、いったい何事かと心肺されるだろう。
「いや……社にもどる。しかし【SAI】!」
一瞬。オレのなかで憤懣と疑問がせめぎあった。
結果的に、前者が勝ちをしめる。ふるえる息を大きく吸い込んで、
「今回のことは……自発的な報告があってもおかしくなかったぞ!」
『申し訳ありません、マイケル』
シレっとした調子の人工知能。
その言葉っぷり。ぜんぜん反省してるようには思えない。
オレの怒りが倍加する。
「これはバツだ!完全手動モード、AI強制稼働停止!」
『そんな、マイ――』
最優先ボイス・コマンドを行使。
コンソール表示の一部が消え、キャビンの中は静かになる。
黙然と、オレは思いに沈んだ。
詩愛。それに踊り子サロメ。
――【SAI】が、知ってて言わなかった……だと?
腑に落ちない。
以前なら、必ず注意してくれたハズだ。
コネクターに緊急招集の通知が届かなかったのも気になる。
――だめだ。考えることが多すぎて全然まとまらない。
オレはトラックをゆっくりと、慎重に発進させる。
とっとと帰庫して、コイツを整備班に渡しちまおう。
今日という日は、もうこれ以上のゴタゴタは、ゴメンだった。
どうせ数日は稼働ナシだろ。そうか……そうなりゃビールだ!飲んで忘れちまえ!!
かろうじで気分を立て直したオレは、注意深く重量級のトラックを操り、夜の国道を走った。
この上、交通事故なんざまっぴらゴメンだ。しかしヤバいことに朝からの疲れが出だしたのか、みょうに眠い。
信号待ちでグローブ・ボックスからミント・ガムを出して、かみ続けながら走る。
とにかく今日はいろいろあった……。
電話が鳴った――朱美からだ。
通話が自動的にスピーカー・モードに。
「マイケル!ちょっと無事なの?返信ぐらいしなさいよ!」
「悪ィ悪ィ、ちょっとたて込んでたんだ」
「“アシュラ”の奴が、だいぶ
「ヘンなんだよな……キミんトコ招集命令が来たかい?」
「当然。トラックのAIが教えてくれたわ」
「ふぅぬ……やはり」
「ね……忘れてないよね?」
なにを?と言いそうになり、あやうく踏みとどまる。
「あぁ――竜太クンの運動会だろ?大丈夫だって。行くよいく」
「良かった。あの子もよろこぶわァ、きっと」
それじゃね?とまるでオレの心変わりを怖れるかのように通話は切れた。
――とりあえず、朝ビールくらいは出来るか。スーパー銭湯もご無沙汰だし。明日行くかぁ……。
ようやく事象所に到着した轢殺トラックは、スロープをつたい地下にある車庫にもどる。
すると、意外にも22時を過ぎた時間なのに、広大な空間は活気づいていた。
あちこちで間接照明や工事用スポット・ライトがともり、発電機やインパクトの音が響く。
ゆっくり移動しないと、整備員やスタッフなどを轢きそうになってしまう。ここで転生させたらシャレにならない。
所定の位置にとめると、すぐに顔なじみの若い整備員がやってきて、ステップにあしをかけ運転席のサイド・ウィンドーをノックする。
ウインドーを引き下げると、湿ったコンクリの匂いとともに地下駐車場の騒音がワッとはいってきた。
溶接のヒュームのにおいや、サンダーで金属を削るコゲくさい気配まで。
「マイケルさん、オソいっスよぉ。コレ読んどいて下さい。読み終わったら下にサイン。あとで回収しにきますのでシートに置いといてください!」
ダレが死んだ?と聞くまもあたえず、若者は紙ばさみを押しつけ、忙しそうに去っていった。
あまりに騒々しいのでウィンドウをあげて音を遮断した。
わたされた紙ばさみを見ると、今後のドライバーの勤務予定が挟まれている。
――トラックの点検がおわるまで、基本的に自宅待機……だと?
その間の給料は、基本給のみ支給されるらしい。
どうやらビール代くらいは、心配しなくて良さそうだった。
しかし、深夜手当と轢殺報奨金がなくなるのは、イタい。実質貯金ができなくなる。
一枚めくると業務確約書になっており、トラックのAIとは絶対リンクするなとか“常に連絡をとれる態勢でいろ”(なぜかここに赤線で乱暴なアンダーラインが引かれている)等々の、細々とした禁則・遵守事項。一番下の欄に「上記の件、右の者同意いたしました」とあり、となりに自筆のサインを書く欄。
――なお上記に違反した場合、いかなる責任も負うものといたします……か。
ラフに名前を書きなぐって助手席にほおると、オレは運転席から降り、管理部の方に向かう。
「よォぅ――マイケル!」
スクーターの音が背後から近づいてきた。
ふりむくと、2ケツしていた後席の男が、かるく義手の手を上げて挨拶。
たしか――このまえ、巻き狩り集団のなかにいたコリンズとかいう男だ。
義手の男はスピードをおとしたスクーターからハネ降りると、運転する男に「先に行っててくれ」といって去らせ、自分はゆったりとした足どりで逆光気味に近づいてくる。
年格好は、オレとほぼおなじぐらい。
だが、どうもこの男は苦手だ。自分とは気配がちがう。
むしろドレッドや、その一味とおなじような匂いがするのだ。
言ってみれば、過去に“ヤンチャ”とやらをしてきたクズの雰囲気をまとっていた。
「――そう身構えンなよ……」
相手はニヤニヤしながら近づき、義手から長い銃剣のようなナイフをこれ見よがしに一度、出し入れする。
だが、こちらは相手の挑発にはのらず、あくまで礼儀正しく、
「どうも――コリンズさん」
「いま帰りかィ、えぇ?」
「まぁ。いろいろヤボ用がありまして。晩メシもまだなんですよ」
間の悪いことに、ちょうどハラが鳴った。
フッ、と相手の顔が一瞬ゆるむ。
「“アシュラ”のクソ野郎、手前ぇンこと、だいぶ怒っていたぞ?」
「らしいですね。緊急招集の連絡、
オレたち?と一瞬、怪訝そうな顔をしたこの男は、
「まさか……AIを、仲間と考えてる?」
「ちがうんですか?」
「――ハッ!」
相手の鋭角的な嘲り。
キン!とまたもや義手から長いナイフを飛び出させ、
「ンなコトしてッと、ユージの二の舞になるZE?」
「ユージ?」
「死んだドライバーさ」
「ユージって……あのユージがですか!?」
中堅どころの中年ドライバーだ。
オレと同じで、たしか独身と聞いている。
直接の交流はなかったが、会えば路面の状況などは交換する仲だった。
Uターンで周囲の視線をさえぎりつつ、捕獲触手をつかいターゲットを轢殺するのが得意ワザで、ドライバー連中からは
「まさか……AIの裏切りにあった、とか?」
「管理部ァ、そのセン疑っているらしいや。いまオペ・レコを復元中だ」
「復元?」
「物理的にAIによって抹消されていたらしい」
オペ・レコ。
つまりオペレーション・レコーダー。
周囲の状況。ドライバーの健康状態。轢殺直前のターゲット生死。転生機材の稼働記録。
そういった諸々を、轢殺転生トラックは運行記録としてモニターしている。
これを物理的に抹消する必要が生じるのは唯一、トラックが第三者の手に渡りそうになったとAIが判断したときだけだ。通常の交通事故くらいでは、消されたりはしない。たとえそれが死亡事故であっても、だ。
「……まさか」
「俺らン仲間は、みんな言ってるぜ?つぎは手前ぇだ、ってな」
「なんでオレが?」
「アイツはAIと親しくしすぎてる、って。俺ぁハナシ半分に聞いてたケド、どうやらホントのようだな」
「そんなことはない。ちゃんと節度をたもって、ベンリにつかってる」
そうかィ?とコリンズの奴が疑わしそうな上目づかい。、
「最近――AIが、ミョウな動きしたことねェか?」
「……妙な?」
そうは応えつつも、胸のどこかがギクリとする。
招集命令が伝わらなかったこと。
詩愛の身体の異変を、知ってて教えなかったこと。
そのほかにも思いかえせば、最近は会話のはしばしにチョッと引っかかるものがある。
「……あるンだな?」
コリンズは敏感に察したらしい。
オレはあわてて打ち消して、
「分からんよ、そんな。AIの考えているコトなんて。いまも言ったが、こっちはベンリに使ってるだけだ」
「フン……まぁいい」
意外にあっさりこの男は身を引くと、
「……なンか変わったコトあったら、俺らのグループに知らせろよな。まっ先にだぞ!」
「それを言うために、わざわざ?」
そうさ?とコリンズは、またもや銃剣を出し入れしながら
「忘れンなよ?轢殺ドライバーの味方は……轢殺ドライバーだけだ」
相手は凄みを漂わせてコチラにちかづき、
「管理部なんかじゃねぇ。ましてや
「……」
「そこンとこ、ケツの穴によくネジこんどけ!」
相手はきびすを返し、冷たい照明の中を去ってゆく。
しかしコリンズはここでふと足をとめ、肩越しにふり向くと、
「技術部の社食がァ!一般職員にも開放されてるぜェ。今日は夜通し
そう言うや背中を向け、義手をかざしてこんどこそ去っていった。
――こいつァ良いことを聞いた……。
ハラの欲求は、ガマンできないまでになっていた。
今日は夕方いったん寮に帰ったときに軽くつまんだだけだった。
アイツ。見た目はああだが、ヒョッとして話せるイイやつなのかもしれない。
――しかし……。
老練な轢殺屋が、みなAIを信用していないというのは、まったく腑に落ちなかった。
言われてみれば、たしかにこのところの【SAI】の様子はすこしヘンだ。だがAIが転生業務をジャマしたり、あまつさえ交通事故を誘発しドライバー本人を死亡させる、なんてことが本当にありうるんだろうか……。
入館にカード・キーが必要な技術棟は扉が開け放たれており、食堂への通路が、ヒトの動線をつくるときなどに使うベルトイン・ポールで示されていた。わりと客も入っており、厨房では3人が働いている。今夜は料理を運ぶのも、セルフ・サービスらしい。
できる献立は『冷凍モノのチャーハン』か、ホット・ドッグを組み合わせた『軽食セット』の2択だという。
後者のほうを頼むと(……チッ)という気配。
おそらくチャーハンのほうがカンタンなのだろう。まぁ、それもそうか。
そもあれ、3分もたたずに出てきたホットドックとフライド・ポテト、それに温野菜を空いている席まで運ぶ。
そして食いながら携帯の画面にながめいるフリをして、周りの会話に聞き耳を立てた。
さすがにここではコネクターは使えなかった。
(……全車のAIを臨時検索なんてムリだ))
(……転送もとの技術員は、なんて言ってる……?)
(ロックさんが、本社に……)
(第1?第2?)
(第1……)
(ゲェッ!本院かよ……)
ホットドッグが、意外と美味い。
フライド・ポテトもまぁまぁだ。
こんどメニューにあるフィッシュ&チップスを試してやろう。
こんな緊張した状況じゃなきゃ、さらに美味く感じるんだろうが。
天井の明かりが、空いた皿の反射を白々とつたえて。
(ドライバー、即死だってな)
(ねらい澄ましたように、装甲版の一番弱い点を……)
(やはりAI同士の連帯があるみたいよ)
(ログをみつけた?)
(ダメ……アイツら狡猾で……でも……)
まわりの話し声は、だんだんと静かになってゆく。
違和感を感じ、咀嚼をやめたオレが顔をあげると、まわりにいる技術部の人間が、皆こちらを見ていた。
その中で整備服ではない、Yシャツにネクタイ姿な初老のひとりが立ち上がると、オレの席までやってくる。
横柄な雰囲気。小役人チックな、組織にへばりつく種類の人間。オレの嫌いなタイプだ。以前、関係のあった霞ヶ関のクソを思い出す。
「失礼だが――業務ドライバーかね?」
「そうだ。ンで、そういうアンタは?」
社食の空気が、一瞬固まる気配がした。
たぶん、相手はこんな返し方をされたことがないんだろう。
この50がらみと見える相手は
「技術第二課・課長のB-032だ!さて――キミは?」
「032?なんですソレ。名前は?」
「ここでは識別番号で呼ばれることになってる。そんなことも知らんのか!」
「なんだ本命名乗らなくて良いのか。ならオレは“業務ドライバー”のマイケル。ロック名誉技術顧問には、いつもお世話になってるよ」
このマイケルって名前にもずいぶんとなれたものだ。スルッと出てくる。
そしてロックの名前を借りた効果か、相手がすこしひるむ気配。
すると――オレの言葉にあちこちでヒソヒソ声が交わされて、
(マイケル、って例のドライバーじゃない?)
(――例の、ってなにソレ)
(あぁ、第三世代の広域知覚AIのオペ屋か)
(ウソ。あの人が?)
(アレ、まだ3台しかないんだろ?)
(本院の方からそれしか送られて来ないって……)
課長の032は「キミたち!」といって作業員を黙らせ、
「本来、ここは技術部と上級整備員しか、立ち入れない場所なんだぞ?」
「このまえ、ロックのオヤジといっしょに入ったけど?」
「それは!ロック様という案内者がいらっしゃったからで――」
「それに、今夜は業務ドライバーにも夜どおし解放されてるって」
「だれが?」
「オレ――私の同僚のドライバーが……」
そこまで言って、ハッとオレは気づいた。
相手の顔にも、微妙な表情がうかぶ。
――コリンズの畜生め……。
一瞬でもイイ奴と思ったオレが馬鹿だった。
なにが『轢殺ドライバーの味方は……轢殺ドライバーだけ』だ、クソが。
信じられるモノは、自分だけじゃないか。
なるほど、ほかの同僚が、あまり社交的でないワケが分かる。
「まぁ……なんだ」
屈辱的なことに、032の顔にも同情めく色がうかび、ひとつうなずくと、
「キミも、この当社に入ってさほど経ってないから分からぬことも多いだろうが、いろいろ制約ごとが多いのだ。その辺は、おいおい分かってくれると思う」
そういってから、この課長どのはオレをしげしげと診なおして、
「あの第五世代・広域知覚AIのオペレーターか……」
「なんです?その第五世代って」
「なに。最新型、ということだよ。ここではキミを含め、3名のみが管理者だ」
「ほかの管理ドライバーって、ダレです?」
沈黙。
ややあってから、
「それは――きみたち業務ドライバーには、秘密となっている……」