試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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      〃      (2)

 

「おまえ……」

 

 ピッ!と綱引き開始のホイッスルが吹かれ、旗が打ち振られた。

 とたんにわき起こる園児、ジジババ父兄たちの声援。

 元妻の口もとがうごくが、何をいっているか聞き取れない。

 

 彼女は品のよい細まゆをしかめ、

 

「ここはうるさいわ――ちょっとヨソに行きましょうか」

「どこに?談話室でもあるのか」

「園で静かな場所があるの」

「へぇ?」

「お母さんグループが、気に入らない新入りをイビる場所でもあるんだけど」

 

 ふふっ、と目の前の相手は含み笑い。

 こいつ。性格が悪くなったか?と少しばかり疑う。

 

 上下ジャージすがたの元妻は、オレを先導して幼稚園のうら側にやってきた。

 建屋と隣の土地の斜面に挟まれた狭い広場だが、人目がないのは安心だ。

 運動会の歓声は遠くのものになり、ふつうの声でも会話ができる。 

 

 はじめは――互いに相手を()ッと見つめるだけだった。

 その間、オレは元妻の視線のなかに、何かを読みとろうと努力する。

 

 ――怒り。

 ――猜疑。

 ――非難。

 ――哀願。

 ――糾弾。

 ――嘲笑。

 ――憐憫。

 

 しかし――相手の瞳の奥に(ほの)見えるものは、そのどれにもあたらない。

 あるいは、それぞれをすこしずつ加え、混沌と()()()()にしたものなのか……。

 

 オレは改めて元妻の全体を見やった。

 

 相変わらずの美人だった。

 そして詩愛には及ばないものの、均整の取れた体つき。

 わずかに“険”のある冷たい美貌といった印象が、不倫先の外人に受けたのか。

 

 だが――。

 すこし疲れたような色もうかんでいるのをオレは見のがさない。

 肌も手入れをサボっているのか、眼の下に、ややカサつきが目立った。

 美容院にすら、しばらく行ってないらしい。肩まであった自慢の艶やかな髪はショートにされ、こちらも潤いが感じられない。

 どうやら不倫がバレて、勤め先で移動になったというウワサは本当のようだった。

 

「元気そうね」

「そっちもな」

 

 と、オレはおざなりに挨拶。

 フフッ、とそれを聞いた元妻はわらい、

 

「相変わらずなのね」

「……そうさ」

「お察しの通りよ」

 

 自分のすがたを強調するように両腕をひろげ、声にいくぶん捨て鉢な調子をふくませて、

 

「あなたからの慰謝料は打ち切られるし、彼は本国に帰ったし。あたしは元の職場に不倫もバレて左遷され、お給料も落ちたいまは実家からの微々たる仕送りと合わせて()ってるわ」

 

 声の調子に、恨みがましいものはなかった。

 おそらく本人も、自業自得とあきらめているのだろう。

 

「ご実家、資産家なんだろ?同居させてもらえばいいのに」

「妻子もちの間男に(はし)った娘なんて、近所の外聞が悪いから帰ってくるな、ですって」

 

 ま、田舎じゃそうなるか、とオレは心中納得する。隠していても、いずれバレるにちがいない。 

「彼氏は本国に帰ったって。たしかフランス人?ベルギー人?だっけ。冷たいな」

「べつに。もともとそう言う約束だったもの。お互いに相手を束縛しない……」

「そのへんが、とうとうオレには分からずじまいだったな」

 

 オレは自分の目がやや冷たくなるのを感じつつ、できるだけ平静な口調で、

 

「だれカレ構わずくっついて()りまくるんじゃ結婚の意味がない。ガキの同棲と変わらん」

「あたしはただ!――癒やされされたかったの。“おんな”でいることの確認が、欲しかったのよ」

「うら切りと情欲をテンビンにかけて、後者が勝ったというわけか」

 

 うっ、と相手は鼻白んだ表情をみせ、

 

「あなた、すごい言葉つかうのね。でも否定はしないわ!あなたは仕事にかまけて――」

「そうでもしなきゃ、家に金は入れられんよ!」

 

 元妻の言葉を途中でうちきり、押さえた語気で相手をにらむ。

 

「ちょっとでも気を抜いたら案件がひっくり返る!仕事ってなァ、そんなに生やさしいもんじゃない」

「でも“彼”は、気楽そうにやっていたわ。家庭にも気を配っていたし」

「それは……そういう職種なんだろう。オレの場合は、そんな余裕がなかった」

 

 やや久しく沈黙があった。

 とおくに聞こえる運動会の歓声。ホイッスル。

 それらがまるで自分たちには縁のない、異世界のことのように感じられる。

 日差しが変わって暑い。

 彼女はジャージのジッパーを下げ、おれはネクタイをゆるめた。

 

 いつまでも黙っているのに気詰まりになったオレは、

 

「しかし――そういや、なんでココにいるんだ?」 

「それはこっちのセリフよぉ」

 

 元妻は腰に手をあてて、

 

「あたしこそ、ビックリしたわ?さっき観戦してたら“かけっこ”で転んだ男の子の名前を呼ぶ大声がするでしょう?わかれた主人(ヒト)に似てるなぁ、と思ったら……本人じゃないの」

「じゃおまえの、そのカッコ。あの子が……まさか、この幼稚園に?」

「そ。年中さんよ?収入が下がったんで安い賃貸に引っ越してきたの。いちばん近所がココだったってワケ」

「この場所から近いのか?」

「それを聞いてどうするの?」

「べつに……」

 

 ふん、と彼女はわらって、

 

 

「あなたは年少さんのときの運動会には、来なかったわねぇ。やっぱり仕事で」

「国際規模のビッド(入札)が間近だったんだ。苦労のかいあってデカい案件を受注したんで、あの時おまえにもサファイアのネックレスを買ってあげたじゃないか」

 

 ふと、元妻のくびもとを診れば、見慣れたそのネックレスはなく、ジャージの下に着た黒いTシャツの上には、ダイヤと見えるその宝石が燦然と陽光に燦めいている。

 幼稚園のママたちに見せびらかすためのモノと診た。きっとオレがプレゼントした品より、はるかに上物なんだろう。

 黒字をバックにしたその輝きは、自分の甲斐性の無さをを糾弾しているような、そんな気にさえなってくる。

 

 彼女は、そんなオレの視線に気づいたのだろう。

 バツが悪そうにジャージの前をあわせ、ジッパーを引き上げた。

 

「いいよ。いまさら」

「あなたから頂いたものだって、ちゃんと大事にとってあるのよ?」

「――うん」

 

 ふたたび沈黙。

 遠くで退場の音楽が鳴りだした。

 どうやら運動場では綱引きがおわったらしい。

 また、ふたりの間で言葉を探しあぐねる沈黙があった。

 

「……わたしね?」

 

 彼女はうつむきながら、

 

「いろいろあなたに不義理しちゃって」

「……うん」

「それでいま振り返ると、自分がなんであんなコトしたのか、分からなくなる時があるの」

「……」

「なんだか自分が……まるで()()()()()()()()()()()みたく、寂しくて……男のひとが恋しくて……」

「おまえの欲求に応えてやれなかったことは、済まないと思っている。でもそれで世帯収入が上がったから、あのマンションだって、半分以上手に――」

 

 そうじゃないの!と元妻は手を打ち振って、

 

「まるで本当に……操られていたみたいに……」

「操られていたって、誰にさ」

「分からない」

 

 彼女はうなだれ、幼稚園うらの地面をみつめた。

 アリの行列が、なにかの昆虫を集団でドコかに運んでいる。

 運ばれている方は、力なく脚をうごかすが、もはや為すすべもない。

 

「オカしくなっていたのよ、あたし」

「まぁ、女性には得てして、そういうことがあるらしいからナァ」

「信じてよ!」

「あーあー。信じるよ」

 

 だが、そうは言いつつも……。

 

 オレの頭の中に会社をクビになったときの、深夜の台所でたたずんだ光景が浮かんでくる。

 あの一尺モノ刺身包丁の白々とした刃紋。肩の冷え。チラつく視界。いまだに忘れられない。

 

 目の前にいる女を、まるで他人のような気分で眺める。

 これが、もとは自分の妻だったとは、どうしても信じられない。

 まるでガラスを隔てたアカの他人じみて、まったく共感というものが湧かない。

 

 彼女の言葉を借りていえば、オレのほうこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような、そんな気さえしてくるんだ。

 

「さっきの女の人、再婚相手?」

 

 ふいに彼女は瞳に光りを灯らせ、こちらを向いた。

 

「茶髪の、ずいぶんハデっぽい人よ」

「どうだかね」

「ふぅん。あなた趣味変わったんだ?」

 

 元妻は軽くあざ笑いながら胸の下で腕を組み、

 

「むかしなら、水っぽいハデ目な女なんて、眉ひそめて見向きもしなかったのに……」

「貞淑そうな女がマ○コ濡らしながら妻子もちの男にはしるのを味わされたからね」

 

 相手の顔がムッとなるのも意に介さず、

 

「シュミが変わるのも、むべなるかな、だぜ」

「だとしても、あの女だけはヤメておきなさい?」

「なんでだ」

「あのヒトね……風俗でアルバイトしてるんですってよ?」

 

 バカな!とオレは一蹴した。

 

 男と対等にやりあうほどの、あの姉御だ。

 アルバイトとはいえ、男なんかに媚びへつらう仕事をえらぶハズがない。

 男まさりな仕事ぶりと、鉄火肌な気性をみても分かる。

 

 そのことを元妻に伝えると「……フーン」といった調子で、

 

「あなた、あの茶髪のイケイケ女のこと、スキなんだ?」

「好きとか嫌いとか。そう言う問題じゃないよ。アイツは戦友だ。だから気にかけてる」

「占有?だれの」

「誰のものでもない――みんなだ」

 

 まっ!と彼女の顔が真っ赤になる。

 

「そんな。みんなからサレちゃうだなんて……やっぱりウワサは本当だったんだ」

「ウワサだと?」

「いま言ったでしょ?なんか、**区にあるランジェリー・パブとかいうところでアルバイトしてるとか」

「オィ、へんなうわさを流すのはよせ!」

 

 なかば気色ばんであいてに詰め寄る。

 

「アイツは、そんなヤツじゃない。いいか?いやしくもオレの元妻なら、根も葉もないウワサを流すなんて、ゲスなことはやめろ」

「なに熱くなってるの?馬鹿じゃない!?」

 

 久しぶりに聞く、元妻の決まり文句。

 

「あたしはね、ほかの父兄の方々から聞いたことを、そのまま言ってるだけよ!」

「それが無責任な行為だと言っている!」

「なによ!あんないかにもビッチな――」

 

 ダレが、ビッチだってぇ?

 

 オレたちがニラみあう横あいから声がかかった。

 横をむいた元妻が、ヒッ、と固まる。

 そこには竜太を足もとに従えた朱美が、こちらをガン見していた。

 

「い、いえ竜太クンのお母さん、けっしてそんなコトを言ったつもりじゃありませんのよ?」

 

 元妻はこの期に及んでも往生ぎわ悪く、

 

「そんな、貴女が“魔女フェラチオーンの館”ではたらいてるとか、会社社長の太客(ふときゃく)を何人も捕まえているとか――」 

「うるせェっ!」

 

 顔を赤くして朱美が咆吼(ほえ)た。

 

「アンタだね?マイケルのモト妻で、家庭持ちの男ンとこにナメコ汁垂らしながら(はし)った糞メス(イヌ)は!?」

「あなた!そんなコトまでこの水商売女に――」

「ダレが“あなた”だ、こォの腐れマ○コが!」

 

 2人の女は、(かた)みに視線を斬りむすぶ。

 

 たいしたものだ。元妻は、この姉御にまけてない。

 それはおそらく見た目、自分の方がずいぶん上であるという年長者のプライドが彼女を後ろから支えているのだろう。

 しかし秒刻みで増してゆく轢殺トラッカーとしての殺気は、元妻をジリジリと後退させてゆく。

 

「アタシが風俗で働いているって、吹聴してるのはテメェか……」

「いえ……そんな。あたしは他の父兄のみなさまのウワサ話をきいただけで……」

「んで、テメェも広めてくれちゃってンだろぉ?そのウワサ話ってヤツをよォ!?」

 

 女ふたりの諍いに、そろそろ人が集まりだした。

 

(……なに?痴話ゲンカ)

(……なんか元妻と今妻が男とりあってるらしスwww)

(……えーなにぃ~!ワタシもっとはやく見に来ればよかったぁ!)

(……なんでも今妻が風俗につとめているってガセネタを元妻が流したんだって)

(……ヒデぇなそれ!)

 

 周囲の目も気になりだした元妻はようやく形勢不利と判断し、

 

「いやですわね。言葉の汚い人は。そのお口を石けんで洗ってらっしゃい!」

 

 そういうや朱美に背を向けて去りかける。

 待て手前ェ!と追いすがる朱美をオレはとっさに押さえるが、彼女は去ってゆく背中に脚をふりあげて、

 

「そういう手前ェこそ!その性病まみれな節操のねぇマ○コをキッチンハ〇ターでよく消毒しやがれ!」

 

 ドッ!と周囲から湧く哄笑。

 去りつつふり向いた元妻が、茹でダコのように顔を赤くするのが見えた。

 

「いいか!コイツはアンタのようなナメコ汁たれ流しのメス豚にャ、ふさわしくねェぜ!」

 

 とどめを刺すように朱美が元妻にむかって、これを最後と叫んだ。

 

「アタシがもらっといてやらぁ!」

 

 おおっ!というどよめき。

 どういうワケか、集まった若いパパやママたちの間から拍手喝采がわき起こる。

 おい、もういいだろう戻ろう、と暴れたためイイ匂いのするように鳴った朱美をみると、うっすら目に涙をにじませている。

 

「かーちゃん……」

「コラ竜太!お母さんて呼べっていったろ!」

「まぁまぁ、イイじゃないか」

 

 オレは体操服すがたの竜太をふたたび肩にのせた。

 

「ホラ、ひとが本格的に集まり出すまえに、ココからずらかるぞ?」

「あいよ。轢殺完了後の段取りだね」

 

 肩の上ではしゃぐ竜太を運動場までつれもどす。

 その途中の小道で朱美はボソリと、

 

「やっぱり……この子には、父親が必要だわ」

 

 オレは竜太の歓声にまぎれて聞こえないフリをした。

 運動場までつくと彼女を振りかえり、

 

「さて、オレはここいらでおいとまするゼ?」

「えっ……そんな」

「オイトマって?オイトマってなーに?」

 

 竜太がオレの髪をつかみ、肩の上であばれる。

 

「ここでバイバイするのさ」

「イヤだ!」

 

 幼稚園児にしてはあなどれないチカラでこいつはしがみついてきた。

 

「パパかえっちゃイヤだ!」

「そんな……このあとは、どっかのファミレスでお食事でもと思ってたのに」

「ホラ。あんなコトあっただろ?スーツ姿は目立つし、ここいらでウワサになる前にズラかったほうが良いと思って……」

「ヤだぁぁぁ!」

「そうだね……竜太!ワガママ言わない!」

「おかーちゃんソレばっかりびゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 泣いて暴れる園児を運動場におろし、朱美が子どもをおさえている間にバイバイする。

 なんだろう――みょうに胸が痛い。

 みどりに塗られた幼稚園のかわいらしい門を通って外に出たとき。

 

 ――やれやれ。

 

 オレは文字通り“肩の荷をおろした”気分になった。

 背後では、園児たちのダンスらしきものがはじまって。

 耳をすませば、その音楽のなかに竜太の泣き声がきこえる、ような。

 また一瞬、チクリと胸がいたむ。しかしここで深入りをすると――あとがこわい。

 もう、ひとりの女の幸せに責任を持つ度胸は、自分の中に喪われてしまったような気がする。

 果たしてそれが、良いことなのか、どうなのか。

 

「強く生きろ……竜太」

 

 そう言って、オレは歩き出す。

 

 * * *

 

 

 


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