試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第36話:パニック in 鷺ノ内医院

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

 鷺ノ内家の豪華な居間は、奇妙な沈黙に充たされていた。

 どことなくギスギスし、冷たく、とげとげしい。

 

 メガネをかけた、お手伝いさんらしき中年女が紅茶を運んできた。

 しかし、それぞれの前に置かれたティーカップを口に運ぶ者はいない。

 時計の振り子がゆっくりと沈黙を縫うなか、高価(たか)そうなテーブルを挟み、オレと“美香子”は夫人を横にした鷺ノ内医師と対峙している……。

 

 

 やっぱりバイトに行くという『美月』をフン捕まえ、なるべく“美香子”らしい装いをさせて勇を鼓し、医院に隣接する鷺ノ内家本宅のピンポンを鳴らしたのが、相手の指定時間である20時の5分前。

 

 時間的に家族での晩餐会を狙ったのだろうが極力辞退し、あくまで“ご相談”という形にしてくれと念を押してある。

 おみやげの入った袋を手に、スーツ姿のオレと無難な普段着の『美月』は、ともに緊張した面持ちで扉が開くのを待ったものだ。

 

 ――なんか、はじめて元妻の両親に挨拶した時を思い出すなぁ……。

 

 などと、ボンヤリ考えているうちに扉が開き、お手伝いさんに案内されて応接室に入ってみれば、白髪のオールバックが意外にも和やかな顔をしてオレたちを迎える。

 

 意外なのは、鷺ノ内夫人の方だった。

 

 品の良い顔をこわばらせ、何かこだわったような表情をして、物思いにふける風情で。

 それぞれがソファーに位置を占めると、オレはもうどうにでもなれとばかりに今までのこと、そしてコチラの希望をかいつまんで『美香子』の両親に話す。

 

 ・いま、実は美香子と自分が“やむなく”(ココ大事!)同居していること。

 ・自分は世の中の仕組みや決まり事を御令嬢に教え込んだこと。

 ・現在、彼女はウェイトレスのアルバイトをしていること(ウソは言ってない)。

 ・夜の店により施された化粧や、施術された身体の部位も、だいぶ目立たなくなったこと。

 ・上記の観点から、彼女を高校に復学させたいこと。

 

  (ここで、夫人の顔に初めて色がうごき、こわばった顔に微笑を浮かべた)

 

 ・同時に彼女をこの自宅にもどし、ココから通学させること。

 ・また御令嬢に対する扱いを、お姉様と等しく手心を加えたものにしてもらいたいこと。

 

 “お姉様”とオレが言ったとき、夫人の顔がピクリと動いた。

 鷺ノ内のオヤジは、

 

「わたしは……この娘とこの娘の姉とを、扱いにおいて差別したことは無いと思うのだが……」

「残念ながらアカの他人である第三者から()て、とても扱いが平等とは思えませんでした」

 

 容赦なく断言するオレのことばに、

 

「……そうだよ」

 

 はじめて美香子がポツリと口をはさんだ。

 

「中学ンときだってサ?せっかくテストで90点とかとっても、おねぇチャンはもっとイイ点をとってた……とか」

「……」

「絵のコンクールで銅賞とっても……おねぇチャンは金賞だった……とか」

 

 とぎれとぎれにそういうと、最後は半泣きになって、

 

「……チッともほめてくんなかったジャぁん!!」

 

 大人たちはうなだれた。

 美香子はそれでも口をへの字にして耐え、

 

「この家にだって、居たくないよ。ご主j――マイケルさんのトコから学校通いたい」

 

 おいおい、ソファーで寝続けたオレの背骨はソロソロ限界なんだよとコチラは思いつつ、

 

「あれは社の寮だからなぁ。しかも独身者用の部屋だよ?ふたりで住むには狭い。それに男女……え~と7歳(だったか?)にして席を同じうせずと言うだろ?世間の目というものがある」

「うん。(わし)の見込んだとおり、キミは中々しっかりした青年だ」

 

 鷺ノ内医師は頼もしげな目つきでオレを見やった。

 オレはすかさず予防線を張る。

 

「とんでもない。前にも申し上げたハズです。いまや休日の朝ビールを楽しみに生きる仕事人間だと」

「儂も前にいったハズだぞ?それで男子の本分が果たせるのかと」

「いやぁ……その」

「結婚し、家庭を持ち、子どもを授かり、精勤して地位を得て、社会に、国家に貢献する。これが男子たるものの目指す路ぢゃなかろうか」

 

 ――うッへぇ……。

 

 明治時代の立志傳みたいなコトいうヒトだなぁと半分呆れる。

 が、もちろん毛ほども顔には出さない。あくまでまじめな顔で。

 すると美香子がオレの方に身をすりよせて、

 

「ミッk――美香子も高校卒業したらマイケルさんのメs――お嫁サンになる!いいでしょ?」

 

 テーブルを挟んだ両親が顔を見合わせる。

 そして額をよせ、小声で、

 

(……いいかもしれんナァ)

(でもアナタ、歳の差というものが……)

(バカ、違う。この娘の監視役と考えれば、得難いのかもしれん)

(そうですねぇ……詩ッ子の恥も、この家のオモテには出せませんし……)

 

 ――詩愛の恥……?

 

 なにやらボソボソ言い交わす両親を前に、オレは思い切って聞いてみた。

 

「あの、美香子クンのお姉さんは、まだ会社ですか?」

 

 ふたたび両親は顔を見合わせる。

 ややあって夫人の方がこの前とはちがい、まるで唾棄するような調子で、

 

「いいえ――もう帰宅して二階の自室におりますよ」

 

 微妙な空気が、両親のあいだに流れた。

 さすがに美香子も何かオカシイと感じたのだろう。

 

「え……お姉チャンどうかしたの?」

()ーさん、お姉さんがどうしてるか。2階に行って、ちょっと見てきてくれないかしら」

 

 冷たい、まるで犯罪人でも話題にするような夫人の声。

 怪訝(けげん)そうな顔をしながらも、美香子は応接間を出ようとする。

 すると、部屋の外でガタン、という音がおこり、やがて階段を急ぎ足でのぼる気配がそれに続いた。

 

「お姉ぇチャン!」

 

 美香子が応接間のドアを開け、足音を追った。

 やがて二階でなにやら罵り騒ぐ声。

 

「いったい、どうなさったんです?」

 

 さすがに不思議に思ったオレは、鷺ノ内医師にたずねた。

 この前とは打ってかわって美香子を珍重し、姉である詩愛をさげすむ雰囲気。

 母親のかたくなな態度と、それを懐柔しようとするような父親の困ったような気配。

 

「それは、ですな」

「――アナタ」

「仕方なかろう。マイケルさんだってココまであの娘たちに尽くしてくれたんだから」

「家の恥を“外のかた”に伝えるのは……忍びありません」

「もうすぐ“外のかた”じゃなくなるんだから、良いじゃないか」

 

 おぉう……白髪オヤジはシレッと(おそ)ろしいコトを。

 

 それを聞いて、夫人の方も覚悟をきめたようだった。

 そうですわねぇ、と言うやオレの方に向き直った。

 やがて、驚かないでくださいね?と前置きをしたあと、

 

「恥を忍んで申し上げますが、わたしの娘はあろうことか……」

「はい……(ゴクリ」

 

 おれはテーブルに身を乗り出した。

 微妙な間が空くが、やがてこの母親は顔を赤らめ思いきったように、

 

「しゅっ、手淫(しゅいん)をするクセがついてしまったのです!!!」

 

 そう言って、ウゥゥ……と顔をハンカチのなかに(うず)めた。

 さらに微妙な間があいた。

 三人とも無言。

 

 とうとうシビレを切らしたオレは、

 

「……んで?」

 

 さらに三人とも無言状態。

 すると母親は顔をあげ(……このかたお分かりにならないのかしら)という表情で、

 

「いえ。ですから、その……“手淫”ですよ?」

「……はぁ」

「オマエ。若いヒトに手淫といっても通じないよ」

 

 いえいえいえ……と、オレは手をふり、

 

「それくらい分かりますよ。失礼ながら、そのぅ、“オナニー”でしょ。それで?」

「それでってアナタ……手淫ですよ?嫁入りまえの娘が!何という――恥さらしな!!」

 

 品の良い面差しをゆがめ、まるで唾棄するように。

 

 オレは“紅いウサギ”での一幕を思い出した。

 詩愛が踊り子の手によって(ヴァギナ)に挿入されたカプセル。

 やはりアレは習慣性を催すものだったらしい。あるいはひょっとしてスパン・セルのように持続性をもったものなのか。

 

 考えてみれば、この家庭不和の原因は、詩愛を()()()に連れて行ったオレにも責任の一端はあるワケだ。

 彼女には申し訳ないことをした。

 そしてお嬢様育ちらしいこの夫人には、それが非常に(けが)らわしい悖徳的(はいとくてき)なモノに映ったのだろう。

 

 オレは「なぁンだ」と言いながら、乗り出した身をソファーの背もたれにのけぞらせた。

 

「何かと思えば……そんなコトですか」

「なんだとはナンです。手淫でございますよ?手淫!」

 

 オナニー!オナニー!と血相を変えて連呼する夫人の様子。

 それが面白く、思わずフフッと笑ってしまう。

 ふと、思いついて、

 

「奥さまは……ひょっとしてミッションスクール系の学校をご卒業でしょう?」

「え?えぇ」

 

 虚を突かれたように、この夫人は、

 

「キリスト教系の、一貫校を出ましたが」

「やはりねぇ……」

 

 と、オレは目を転じ、今度は鷺ノ内医師を哀れみのこもった眼差しで見てやる。

 相手にも、それは伝わったらしい。

 オールバックの白髪は渋面をうかべ、

 

「そうなのだ……どうも(コレ)には、ヘンに潔癖なところがあって、困ってしまう」

「やァれやれ……“大山鳴動してネズミ一匹”ですなぁ……」

 

 男ふたりのあきれ顔に、またもやヒート・アップする鷺ノ内夫人。

 それをどうにか抑えつつ、ちょっと思い出したことがある。

 よし、ドサクサにまぎれて訊いてヤレとばかりにオレは、

 

「そうだ。家のハジ、家のハジと奥さまは前にも連呼されましたね、美香子クンの件で。アレもどうせ大したコトないんでしょう?」

「いえ、どうか。それは本当に当家の秘密でして――」

 

 すると、完全にバカにされたと思いこんだのか、オナニー連呼夫人は、

 

「なにが“当家の秘密”ですか!アナタおっしゃったじゃないの。この方はいずれ“ヨソの方”じゃなくなるって」

「いや、今回のハナシとそれとは……」

「よろしいですわ?どうせ拍子抜けとか言われるでしょうから!」

 

 鷺ノ内医師の渋面が深まる。

 夫人のほうは、チラリと応接間のガラス扉を確認してから、

 

「あのね――美香子のことだけど……」

「ハァ」

「あの娘は、ね?……わたしたちの子じゃないの」

 

 

 *  *  *

 

 

 この情報を、意外にもオレはすんなりと受け入れた。

 

 いや、伝えられた事実がデカすぎて、マヒ状態になっていたのかもしれない。

 言われてみればあの姉妹、二人とも美人ではあるが、美貌の質が違っている。

 詩愛の方が、ひかえめな、お嬢様然とした百合のような“麗人”ならば、美香子の方は、ハデで、芸能人風な薔薇(バラ)を思わせる“佳人”。

 内向的と外向的。奥ゆかしさとイケイケ。淡と濃。陰と陽だ。

 

 とりあえずオレは平然とした風で、

 

「あぁ、なるほど――それでお父上は『美つki……美香子クンを詩愛さんと比べて差別するわけですか」

 

 驚かんのかね?と鷺ノ内医師。

 べつに?とオレ。

 

「ホラごらんなさい。やはり驚かれないじゃないですか!」

 

 夫人がフンス!と、なぜか勝ち誇ったように。

 

「手淫の方が一大事ですわ!」

「オナニーの話は、もうイイから……」

 

 珍しくもグッタリと疲れ切ったような鷺ノ内医師をよそに夫人は、

 

「じつを言うとあの子は、わたくしの妹の子なんです。やはり派手好きな、家に()もって主婦となることを潔しとしない子でしたわ」

「なるほど。美香子クンは妹さんの血を引いてるワケですね……」

 

 夫人は、すっかり温くなった紅茶を()()()ばかり飲むフリをしたあと、

 

「あの可哀想な妹は……悪い男に引っかかって、わたしの実家を出ましてねぇ。しばらく音信(たより)がなかったんですが、やがてすっかり身体をこわした状態(さま)で実家にもどってまいりました……」

「膵臓ガンのステージⅣでね」

 

 鷺ノ内医師も苦々しげに、

 

(わし)のコネをつかい専門医をあてがって色々努力したんだが……もう手の施しようがなかった」

「妊娠が分かったのは……それからすぐでしたわねぇ?」

「うむ。それがために抗ガン剤をいっさい拒否してナァ。しかし母親の()()()というものは(えら)いものだ。余命三ヶ月と診断されておったのに、見事に分娩を成功させ――そして亡くなりおった」

 

 夫人は胸もとからハンカチを取り出して、

 

「それなのにアナタったら。あの子に冷たくあたって」

「オマエが甘やかすから、あのように跳ねっ返りな性格になったんだろうが!もっとも、オマエの妹の蓮っ葉な性格が遺伝したとも考えられるがな」

「なんですって!?あの子に対するご自分の振る舞いを棚に上げて、なんという言いぐさでしょう!お忘れになりまして?妹が――あの子が最後にアナタに頼んだ言葉を」

「分かっとる、わかっとる」

 

 いかにも面倒くさそうに鷺ノ内医師は手を打ちふった。

 

「しかし、キミの実家もつれないじゃないか。いくらヤクザものに引っかかって家を飛び出たとはいえ、赤ん坊を誰も引き取らず、おまけに入院費まで払おうとしなかったんだから」

「なにをおっしゃいます?“位高ければ務め多し”ですわ」

 

 またもや夫人は昂然として胸をはり、

 

「主が私たちを信頼して、あの子をお与えなさったのです」

「キミのアーメンも良いが、われわれは実利の世界に棲んでいるのだからね?」

「お金がなんです!心こそ!心こそ一番重要なものですわ!」

 

 そう叫ぶや胸元に十字を切って応接間の絨毯ににひざまづき、

 

   なんすれぞ(なんぢ)が肉を飾り己を肥やすや 日ならずして奥津域(墓場)蛆蟲(うじむし)(くら)はむその肉を。

 

   なんすれぞ汝が魂を飾らずや 天にありて神とその御使いたちに召し出さるべき魂を。※

 

 ガチャリと応接間のガラス扉が開いた。

 そして、白い顔をした美香子が、心もちフラフラと部屋に入ってくる。

 

 ――しまった!

 

 その足どり。

 血の気のない面差し。

 どこか定まらない、泳ぐような視点。

 それだけ見れば十分だった。三人の大人たちは、そろって気まずそうな顔で。

 

「どうしました?詩ッ子は“イケないこと”をしてませんでしたか?」

「お母さん……いまのハナシ、ほんと?」

 

 夫人の顔に苦悩の色が浮かんだ。

 だが、ここまで来たら、なにを言ってもムダというものだった。

 かすれたような声が、美香子にとどめをさした。

 

「そうよ……アナタはわたしの妹の娘なの」

「そして。ヤクザの子どもなのね」

「ヤクザだなんて。ちょっと風来坊みたいな、フラフラしたところのある殿方だったのよ。定職にもつかず、色々なことをして。でも安心して」

 

 夫人は、例の清教徒(ピューリタン)じみた表情(かお)を浮かべると、

 

「お母さんと()ーさんは、確実に血が繋がっているもの――アカの他人じゃないのよ?」

 

 母親の意味不明なドヤ顔から、美香子は目を父親の方に転じて、

 

「だからなんだ……だから、アタシをホメてくれなかったんだね」

 

 彼女のほおにポロポロと涙がつたった。

 茫然とした無表情のまま。まるで目から勝手に流れ出るように。

 へぇ。人間って、こんな芸当が出来るんだなとオレはこの非常時にボンヤリと思う。

 

「だから……だからいくらガンバっても、ムダだったんだ」

「それは違うぞ?キミは母親に似たのか、行動が奔放だった。だからそれを(いさ)める意味で……」

 

 どうせヤクザのムスメだよぉッ!

 

 悲鳴にもにた哀しい叫びが、応接間に響いた。

 

「アタシはこの家に居ちゃイケない子なんだ!ひろわれっ子なんだ!!」

「バカな!いままで(わし)はオマエをひろった子なんて思ったコトはないぞ!」

「どうしようもない蓮っ葉な遺伝をしたヤリマンだって言ってたじゃぁぁん!」

「ヤリマンだなんて、オマエそんな……」

 

 夫人は、不安げな顔で夫と“妹の娘“を等分に見くらべ、

 

「なんですの……ヤリマン、って?」

「オナニー女みたいにマン汁垂らすビッチと同じようなイミだよぉぉぉ!!」

 

 バン!と応接間のガラス扉がひらかれた。

 

「非道いわ!美ぃチャン!黙って聞いてれば、オナニー女だなんて!!!」

 

 ――あああ……まァたハナシがややこしくなってきやがった……。

 

 オレが頭を抱えるなか、高貴な怒り顔ともいうべき表情で詩愛が乱入するや、

 

「あんまりと言えば、あんまりじゃありませんか!」

「……あらまァ、この(ウチ)の子が来た」

 

 気の抜けたような、乾いた嗤いで美香子は“姉”を看た。

 その瞳はには、もはや他人を伺う色が混じっている。

 

「なによ!かりにウチの子じゃなくったて、美ィちゃんは今までナニ不自由なく暮らしてきたじゃありませんか!」

「……ウトまれながらだけどネ」

「なんてことを!ゴハンだってチャンと食べさせてもらったし、イイお洋服だって買ってもらったでしょう?」

「……オナニー女には、アタシの気持ちなんてワかんないよ」

 

 サッ、と詩愛の顔に血の気が奔った。

 それが恥ずかしさによるものか、怒りによるものか――ちょっと区別がつかない。

 彼女はオレの方をチラッと見てから、

 

「私立の高校だって行かせてもらってたのに、勝手に不登校して!夜のお店なんかでバイトして!そんな男に媚びを売るようなイヤらしい姿になって!」

「イイんだもォん!アタシはもう一生マイケルさんに媚びを売って生きていくんだもん!」

 

 これに父親が反応した。

 

「キミ、まさか本当に美香子の方をお気に入りなのかね?」

「そんなワケあるはずないでしょ!」

 

 こんどは詩愛がキレた。

 

「年齢の差というモノを考えなさい!」

「愛にトシなんて関係ないモン!」

 

 そうねぇ、と夫人がオールバック親父の方をみて、

 

「殿方は、若い娘がお好きみたいですしねェ……?」

 

 その毒を含んだような言い方。

 言葉じりをとらえた鷺の内医師は、夫人をギロリと横目にして、

 

「……なにが言いたい」

「アタクシ、存じ上げておりますのよ?アナタが医師会の看護師たちをとっかえひっかえ、()()()のマンションでお楽しみにふけっているのを」

()り部屋だぁ!!♪」

「お父サマそれホント?――不潔ですわ!」

 

 娘ふたりの驚き顔から目をそらし、オマエこそ!と鷺ノ内医師は、オールバックを乱して逆ギレ気味に、

 

「医院の帳簿を改ざんして、自分の息のかかった団体に資金を横流しにして、そこの組織を牛耳っとるじゃないか!」

「あら。ワタクシの方は、純然たる慈善活動ですのよ」

「フン、どうだか。そこの若いボランティアとよろしくヤっているらしいが?」

 

 ハッ、と夫人の顔が赤くなり、目がつりあがる。

 

「フケツよ!お父様も、お母様も。もういい!ワタシもこの家を出て、マイケルさんのところにお邪魔になります!」

「いやぁー!オナニー女は来るなぁぁ!」

 

 おいおい、コッチの背骨はどうなるんだ?

 いやマテ。彼女まで来たら、オレいったいドコで寝ればいいんだろう……。

 ちょうどいいですわ、と鷺ノ内夫人は悠揚(ゆうよう)迫らず、夫の方を流し目に、

 

「主人が使っている“お楽しみ用のマンション”にでも引っ越せばイイじゃないの」

「イヤよ!そんなの!――ケガらわしい!」

 

 ナミダ目になる鷺ノ内医師。

 さもありなんと夫人のうなずき顔。

 

 ふと。

 

 応接間の扉がユックリ細めにひらいて。

 メガネをかけたお手伝いさんが、この惨状をじっと凝視している……。

 なにやらバックに“あのBGM”が流れてくるような気がしないでもないが。

 

 ブラウスに包まれた、乳首の浮き出るノーブラっぽい胸を一つ重そうにゆすりあげると詩愛は、

 

「さぁて!それじゃぁわたし、荷造りしてきますからね」

「あ~ズルい、お姉チャン!アタシも」

 

 ちょっとまてキミら、とオレは弱々しく、

 

「オレの寮は――そんなに広くないぞ?ベッドだって、ひとつだけだ」

「みんなで寄せ集まってお休みすればイイですわ」

「あー!まだお姉チャンが来るのユルしたワケじゃないかんね!?」

「アナタたち……ちょっとおまちなさい」

「マイケルさんのご迷惑も考えてだな、その……」

 

 その時だった。

 

 庭に面したフランス窓にかかるカーテンの隙間から、ガラス戸ごしに金色の瞳がこちらを覗いているのに気づく。

 不意にその瞳は、ニィッ、と三日月のように歪められ……。

 

 ――コイ……ッ!!

 

 赫ッ!とオレの中で血管が逆流した。

 ソファから跳ね起きると、英国風な古い木製のマガジンラックを蹴倒しつつ窓に殺到し、取っ手を横に引き開ける。

 

 ゴゥッ!!

 

 夜風がカーテンをドレスの裳裾よろしくふくらませ、応接間の(よど)んだ空気を吹き(はら)う。

 黒ネコは!と足もとを見るが、あの小動物の形をとる“不確かな存在”は見あたらない。

 

 ――いや……居るな。

 

 広い庭園状となった目の前の暗景。

 その入り組んだ植え込みを、ガーデンライトの灯が頼りなくうかべて。

 庭の奥の方は、目を凝らしても(くら)くて見えない。

 

 池に鯉でもいるのだろうか。

 なにかがバシャリと水面を叩く音。

 

「オマエの所為(せい)なんだな?……えぇ!?」

 

 広い庭に向かって、オレは叫んだ。

 

 道理でおかしいと思った。

 仲むつまじいはずの鷺ノ内一家が、こんな三流ラノベでもやらんようなドタバタを演じるなんて。

 ふり向くと応接間の人々が驚いた顔で、みな何ごとかとオレの方を見ている。

 

 かまうもんか、と庭に向き直り、さらに声を張り上げて、

 

「――なにをネラってる!」

 

 (こた)えは無かった。

 

 夜風がもういちど、庭園を吹き抜けて植栽をゆらす。

 

 どこかで犬の吠える(こえ)……。

 

 

 




書いててどうもハナシがヘンな方向に進むなァ?と思ったら
例の“黒ネコ”がカラんでいたんですね。
(作者も知りませんでした)
まったく人さわがせな。

※クレルヴォーの聖ベルナール(1090~1153)『瞑想録』より。
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