試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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番外編:女たちの様々な思惑(自粛版)。

 

 ――しゃ、(しゃべ)ったァ……ッ!?

 

 サロメが身体中の飾り房を鳴らしてのけぞった時、

 

『まぁ、そんなに驚かないでよ』

 

 この剥製まがいの存在は、多分に余裕をぶっこいて、

 

『こんなご時世だもの。ネコだって喋ってもイイよねぇ?』

 

 金色の瞳が、ニィッと三日月にゆがめられて。

 ゆるやかにシッポを(それもふたまた!)ゆらすその風体にもビックリするが、何より自分の心を読まれたことに、サロメは驚きとともに警戒を呼び起こさざるを得ない。

 

『そんなに身構える必要はないよ?それよりさっきの幻視(ヴィジョン)は――どうだった?』

「ヴィジョンですって?」

『そう。ボクは因果と可能性から事象を類推(るいすい)して、その予想図をキミに見せてあげたのサ』

 

 ――予想図……。

 

 サロメは美しく整えられた柳眉をひそめる。

 

『そうだよ?今のままでいくと、遅かれ早かれ惹起(じゃっき)しうる可能性、その最たるものが、あの事象だよ』

「それでは、それではアレが……(ワタシ)()()のたどりつく結末(すえ)だと――こうおっしゃるの?』

 

 サロメは、先ほどの光景を思い出した。

 

 鎖された目に感じられた詩愛の気配。

 オナニー人形に改造されたことへの(ウラ)み言。

 冷たく、静かな声で「いっしょに死のう」と耳もとに囁かれた言葉。

 黄金(きん)の飾りものが幾重にも巻かれた自分の首に、静かに食い込んできた細いゆび……。

 

 だが――どうしたことだろうか。

 

 先ほどまでの心象とは打ってかわり、彼女はそれを()()()()()()()()()()()として受け止める。

 口もとにうっすらと浮かび上がる微笑。

 しかし、サロメはそれを不意に吹き消して、

 

――でも、この店で心中というのは、いかにも藝がなくてイヤですわねェ……。

 

 代わって彼女の脳裏には、(けが)らわしい人間など誰も居ない、どこか辺境の清らかな高原が思い浮かんだ。

 周辺は、目が痛くなるほどモノ凄い青空を背景とした、万年雪をいただく急峻な山々のつらなり。

 そこで緑なす芝生に横臥し、高層気流に流れる雲をふたりで眺めつつ、肩をならべる。

 服用したクスリが回り、冷えてゆく身体を薫りのよい高原の風が撫でさする。

 もはや現世(あたらよ)の猥雑な騒動(ドタバタ)を、とおく離れた浄福感に包まれて……。

 

『――もちろん、100%の可能性じゃないよ?』

 

 黒ネコはペロペロと顔を洗いながら、

 

『ただ、そうなる可能性が高いというだけのハナシさ』

「……そぅ」

『そう、って。キミは、それでいいのかい?』

 

 金色の瞳が、不思議そうにサロメを凝視した。

 

『まさか彼女の手にかかって死ぬのが、本望というワケじゃないんだろう?』

「さぁ……どうかしら?」

 

 サロメは、どこまでも清らかな“心中”の想像を中断すると、腕組みをして相手を眺めた。

 

 単なるネコ……に、しては不敵な雰囲気。

 ふたまたに割れて、左右ゆるやかになびく尻尾。

 金色の瞳が、相変わらず値踏みするように彼女をにらみつけて。

 サロメは覚えずブルブルッ、と身をふるわせ目前の怪異に対峙する。

 

 ――これは“ただ者”ではないわね……妖怪?魔物?それとも……。

 

『ボクは、そんな低級なものじゃない。それよりも、もっと“高位”の存在だよ』

 

 またもや自分の心の中を読まれ、サロメは鼻白む。

 

「じゃぁ……神さま、とか?」

『キミがそう思いたいのなら、そう思ってくれて構わない』

 

 いくぶん引き気味になるサロメ。それじゃぁ、と彼女は息をつぎ、

 

「その神さまとやらは、なんの用があってコチラにおいで下さったのかしら?」

 

 

 金色の瞳が、またズル賢そうに細められた。

 なよやかに動く黒い胴体。するとその表面に、虹のような艶が(はし)って。

 

『キミの願い事をかなえに来たのサ』

 

 ねがいごとですって?と、もはやサロメは口に出さずに。

 

『そうだよ?』

 

 黒ネコは二又(ふたまた)の尻尾を器用につかい、ピシリとサロメを示して。

 

『ボクは、キミの願いゴトを、なんでも一つ叶えてあげることが出来る』

 

 ――なんでも?なんでもよろしいの?

 

『そう、なんでも。たとえばキミのお気に入りの女性を、キミの想像通りの()()()()()()()でキミ専用の玩具(オモチャ)にしたりもできるよ?』

 

 ――手ひどいカタチ……ですって?

 

『そう。淫乱(みだら)な異形の容姿(すがた)にされ、人生に、社会に絶望して、キミに依存するようにも出来るし……』

 

 サロメの頭の中で、様々な手術を受けた場合の詩愛が思い浮かんだ。

 

 非道に人体を歪められ、まるでペットのように飼われる姿。

 オリの中から尻尾をふりたて、まるで媚びるように。

 あるいは完全に自我をコントロールされた、女性向けの特殊用途品へ。

 リモコンで操作され、女主人の思うがままに着飾らせて従順に奉仕作業へといそしむ、元・お嬢サマ……。

 

 ――どんな衣装がいいかしら……バニーガール?メイド服?ボンデージ衣装なんかも……。

 

『そぅだねぇ。いっそのこと、本当に美しさの衰えない“愛翫人形”にして、そばに置いておくコトだってできるよ?』

 

 ――ホントに……ホントにそんなコトができるの……!?

 

『そうとも』

 

 ここで黒ネコは金色の瞳をさらに細めて、

 

『ただし――キミがボクの要求を呑んだらね……?』

 

 一転。

 サロメの(おもて)()ッ、と怒気が(はし)った。

 

「――ダマれ淫獣(いんじゅう)!!」

 

 ドン!と踊り子は傍らのテーブルに、握りこぶしを叩きつける。

 

『い……淫じゅ……?』

 

 正体不明の黒ネコは、目を金白させながらサロメを見やって。

 

「だって、そーでしょうが!ナニが神サマよ。だいたいハナから奇怪(オカ)しいと思いましたわ!?」

 

 サロメの血相に危険なものを感じながら、自称“神”はピンク色の肉球がついた前あしを「マァ、おちつけ」と言わんばかりにかざしつつ、

 

『まった、まった――いったい何が気に入らないんだィ?』

「アンタの考えているコトなんか、マルっとお見通しよ!」

 

 もはや目の前の自称“神”を「アンタ」呼ばわりしつつ、サロメはブチ切れたような声で、

 

「どーせ、ソッチの要求を呑んだが最後!魂をグリーフ・○ードに移し替えて(ワタシ)を便利に使ったり、ほ○らチャンのように何度も何度も人生をループさせられるんだわ!」

『え”……』

「願いとは引き替えにならないほどの代価を要求されて、それで死ぬまで苦しむのよ!!11」

『ちょっと……』

「それで最後には実験装置に安置されて、観察されちゃうンですのね!?」

 

 なんて可哀想な(ワタシ)!とうつむくサロメ。

 黒ネコは、いささかドン引きとなりつつ、

 

『いやァ……ボクもずいぶん長いこと()()してるケド、淫獣よばわりされたのは初めてだよ……』

 

 だってそうじゃありませんこと!?とサロメは、またもやヒステリックに、

 

「ヒトのコトを、いいように遣うだなんて……!」

 

 ヤレヤレと黒ネコは肩をすくめた。

 

『……どうやらキミとは、縁がなかったらしい』

 

 そう言うや、ヒョイと座っていた台座から降りて、

 

『ボクの要求としては、キミの好きなあの女性が好意を抱いている男を、キミの手管で彼女に諦めさせて欲しかっただけなんだけど……』

「……!!!?」

『イヤとあれば仕方ない。別のヒトをあたるよ』

 

 まてェい!!

 

 サロメの腕が、エ○ァンゲリオン伍号機のようにギュィン!!と伸びて、背中を向けた黒ネコの首っ玉をガッシ!ひっつかむや、宙空にぶら下げた。

 

『ひぎゃう!?』

 

 そのまま彼女は、この“黒い存在”を自分の鼻先に持ってくると、

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……。 

 

 目を爛々と輝かせつつ、平野○太先生よろしく背後から効果音を煮え立たせて、

 

「今のハナシ……詳しく聞かせてもらいましょうか……」

 

 

  *  *  *

 

 

 全身をみたす、泥のような気だるさ……。

 

 その異様な感覚に促され、イヤイヤ詩愛は目蓋を開けた。

 ねぼけ眼で腕に巻いたスマート・ウォッチを見れば、バイブモードでセットした時間まで、まだ15分。

 

 一瞬、自分がドコにいるのか分からない。

 

 見慣れない、雑然としたリビング。

 和らいだ雰囲気のない、どことなく冷たい部屋。

 機能一点張りで素っ気なく、無味乾燥としている什器。

 そんな光景が、遮光カーテンから洩れる朝の光に浮かび上がって。

 

 そこでようやく詩愛は、自分のおかれた立場を思い出す。

 

 ――そうだった。ここはマイケルさんのお(うち)……。

 

 いろいろなことがあり、両親に反抗する態で家を出てきた自分たち姉妹は、とりあえず“あの方”の会社寮にお邪魔しているのだった。

 

 寝室では、妹の『美ぃサン』が彼のベッドを占拠して。

 そしてわたしは長ソファーで毛布をかぶって休んでいるのだ。

 あの応接間の一件から、もう二日ばかり立っている。その間に、妹は復学の手続きをし、自分は会社に住所届けを変更して定期の金額を変え、昨夜ふたりでそれぞれのキャリーバッグを引きつつ、何か言い合いしながらココに転がりこんだのだった。

 

 ――肝心のマイケルさんはといえば……。

 

 詩愛は、ソッとソファーの革を鳴らして上半身をおこした。

 そしてソファーの背もたれごしに首をのばし、リビングの収納スペースをながめる。

 その上段ではこの部屋の主が、ドラえ○んよろしく扉を半開きにして後頭部をのぞかせている。

 あの()()()()()()()から男性不信になっていた自分が、こうやって殿方と一つ屋根の下で寝起きするなんて信じられない、などと彼女はジッとかんがえる。だがそこには、明らかに、

 

      “ウレしハズかし”

 

        (///▽///)

 

 ……な気分が混じるのをどうにも無視することができなかった。

 

 ――やっぱり。わたしはダメな女になってしまったのかしら……結婚前の身でありながら、こんなヨソの男性の家に、堂々と押しかけるだなんて……いいえ!チガうわ!

 

 彼女は急に非難のホコ先を変え、

 

 ――それというのも!美ィさんがマイケルさんのお(ウチ)にお邪魔しているのが気になったからですわ!?あの()、前々から奔放すぎるとは思ってましたケド、まさかわたしと血が繋がってないなんて……。

 

 ひょっとして、もう()()()とイケない関係を……と思いかけた彼女は、あわててそれを打ち消して自分の下等な考えを恥じた。ベッドを美香子にゆずり、今またソファーを自分にゆずった()()()は、ドラ○もんみたいに押し入れの中でお休みになって居るではないか。

 

 ――ケジメをきっちりとつける、リッパな殿方だわ?ホンのすこしだけ、お歳を召しているけど……うぅん、わたしにはピッタリの方よ。()()()になんて、勿体ない!!

 

 そう考え、ソファーの革を鳴らさぬよう、また身体を静かに横にする。

 そして何気なく寝返りをうった拍子に、彼女は自分の下腹部が異様に熱く、()れそぼっているのに気づいた。

 

 ――えっ……。

 

 一瞬、ギクリとおどろき、途方に暮れるが、やがてその原因に思い当たりチカラを抜く。

 

 そうだ。

 

 今まで自分を取り囲んでいたイメージ。

 もはや湯に溶ける砂糖の山のごとく瓦解がすすむ夢のなごり。

 そこであのサロメとかいう踊り子と自分とがなにやら争っていた気配。

 

 いまは明瞭(ハッキリ)とは思い出せない。ただ、何かイケないことを散々身体にされてしまったような感覚だけが肢体(カラダ)の奥にのこる……。 

 

 ――ヤだ……まさかソファー、濡らしていないでしょうね。

 

 詩愛は股間が触れていたソファーの座面にふれる。

 さいわい、革がひどく濡れた気配はない。しかし寝巻きのスボンが、ベットリと自身のモノで濡れていた。

 

 (ひそ)かに顔を赤らめる詩愛。

 どうして自分はこんなに淫らになってしまったのだろう、と涙目に。

 彼女は静かに起きだしてトイレに入ると便座にこしかけ、おマタの火照りとショーツやパジャマについた愛液をロール・ペーパーで祓った。

 

 次いでハッ!と気づき、彼女はパジャマの前をあけると自分のオッパイを確認する。

 別に異常はなかった。

 いつものとおりの、巨乳だがプルンと持ち上がる、ツヤとハリも最高な自分の乳房だ。

 

 ――なにか夢のなかの自分の胸は……もっと小さくなっていたような……。

 

 なにげなく彼女は乳首をいじってみる。

 そしておもむろに、勃ちはじめたそれに向かい爪を立てた。

 

 ビクリ!彼女は痛みに身を震わせる。

 

 すると、その痛みが!忘れかけた(オソ)ろしい夢の残滓(のこり)をあらたに()ぶようで、詩愛はおもわず身をふるわせ、頭をふった。

 と、同時に自分の“あ”おマタが新たに濡れて来てしまったことに、戸惑いと恥じらいと、なにより情けなさを感じて。

 

「なんてコト……」

 

 そう呟いたとき、またしても彼女は夢の断片を思い出す。

 

「あー。あー。あいうえお……」

 

 よかった。

 いつもの自分の声だ。

 叫びすぎて喉を枯らし、ハスキー気味だったイメージが、いまだ残っていた。

 

 詩愛は、改めて己の肢体(カラダ)を撫でまわす。

 幻想の中で、この身体は忌まわしい容姿(すがた)に手術されたあげく声まで変えられ、何かに縛り付けられて、口ではとても言えないような酷いことを受けていたような……。

 

 突然。

 

「お姉ェちゃん、入ってるのォ?」

 

 コンコン、とトイレの扉がノックされた。

 

「……おしっこー!」

「ごっ、ゴメンなさいね、()ィちゃん。いま出るわ」

 

 詩愛はもう一度自分のワレ目を拭き清めると、トイレを流して扉を開けた。

 すると、みょうにエロティックなランジェリーをまとう“血の繋がらない”妹が仏頂面な上目づかいで、

 

「……お姉ぇちゃん、またオナニー?いい加減にしてよモー」

「なっ、なに言ってるの!おマタのヨゴレを拭いていただけです」

「臭いでワかるわよ!もぅ!」

 

 相手はそう言うや、彼女の目の前で手荒く扉を閉めた。

 

 うなだれ、リビングにもどると家主(マイケル)が起き出して台所でお湯を沸かしていた。

 有り難いことに、換気扇が「強」にされ、すごい騒音を立てている。

 

 よかった、と詩愛はホッとした。

 

 この騒音では、トイレ前の情けない言いあらそいも、聞き取れなかったろう。

 あとは、自分の匂いを気にするだけ……。

 

「どしたァ?ハヤいな――そんなソファーじゃ、寝らンなかったろう?」

 

 目の前の男性は、気さくに笑いかける。

 その表情に、沈みかかった彼女の心はすこし救われた。

 

「いいえ、そんな。こちらこそムリヤリ押しかけてしまって……」

 

 彼女の腕に巻いたスマート・ウォッチが振動をはじめた。

 

「いけない。もう出勤の準備をしませんと……」

「洗面台は、自由に使ってくれて構わない。こっちは一週間ばかりテレワークなんだ」

「……お言葉に甘えますわ」

 

 そう言って、詩愛は相手からなるべく距離をおいて寝室にはいると、実家から持ってきた大型のトランクをひらき、着替え始める……。

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 ――はぁぁ……とうとう学校かァ……。

 

 ベッドの中で、モゾモゾと動きつつ『美月』はタメ息をついた。

 

 高校に復学するなら、という条件で“居場所限定の家出”を認めてもらったので、今さらバッくれるワケにはいかない。

 

 ――でも、今さら学校に行ってもなぁ……。

 

 大学行くため?

 いいトコに就職するため?

 イイ男をつかまえて、幸せな結婚せいかつ?

 

 ――そんなの。マイケルさんと一緒になっちゃえば、一番の早道じゃん……。

 

「――結婚……()()

 

 そう呟いて、彼女は“紅いウサギ”の奉仕トレーニング部門を思いだす。

 

 嘔吐(えず)きをこらえながら模造×××を喉奥まで咥え、おしゃぶりの練習をしていたバニーたち。

 豊胸手術を受けたあとで、胸を使った奉仕のテクニックを教わるフロア・ガールの一団。

 さまざまな性技。それらを駆使した、年上な彼氏(マイケル)とのカラみあい。

 

 えへ……えへへへへ……wwww。

 

 ベッドのなかで、不気味な笑いを漏らしながら『美月』はジタバタした。

 

 店にやってくるヒヒ爺ィや、スカした自称・青年実業家たち。あるいはチョッとナルってる勘ちがいヤローな黒服とは異なり“あのヒト”――マイケルさんは、ホンモノの男だと彼女は思う。

 

 ときどき軍人のようにチョッと野性的だったり、最近読んだラノベにでてくる異世界の騎士団長めいた“お堅い”空気を発散するのも魅力的だった。

 そして……そんな彼女の頭の中には、早くも「ママ」になった自分の姿がチラホラして。

 

 ――赤ちゃんをだっこしていると、マイケルさんがのぞき込み、かわいいホッペをプニプニ。そしてアタシの方を向いてチュッ……な~んて、キャッ♪

 

 うふ……うふふふふ……wwwっ。

 

 またもや陰に曇った不気味な笑いを漏らす『美月』。

 姉とはちがい、少しばかり高血圧ぎみな寝起きの良さで彼女はベッドから起き出すと、寝室に置かれた姿見に自分を映しだす。

 

 (ウサギ)からパクったエロ・ランジェリー。

 首と腕に巻かれた造花付きのシルク・リボン。

 ピンク色のスケスケ越しに見える、お股の割れたショーツ。

 施術とホルモンの投薬によって創り出された、年齢にしてはメリハリのある肢体。

 “紅いウサギ”の手練れなお姉サマたちから教わった悩殺ポーズで、そんなボディをくねらせて、

 

 ――イケてると思うんだけどナァ……。

 

 

 手をかえ品をかえ、下着のデザインを変えて“あのヒト”の目の前で、これ見よがしにフラフラしても、襲ってくるどころか手さえ触れてはこなかった。ワザとオシリをみせたり、偶然をよそおってオッパイをポロリさせても苦笑されるだけ……。

 

 ――お店の評判からして、アタシに魅力が無いッてことはありえないわよネェ?……もしかしてマイケルさんって……ゲイ、とか?

 

 しかし、店でいつのまにか磨かれた“女のカン”で、彼氏が同性愛者でないことは何となく察しがついている。なにより以前、結婚していたと聞いていた。

 

 ――じゃぁナンだろ?ババ専とか?それとも幼女趣味(ロリコン)……?

 

 薄着でフラフラしたためだろうか、『美月』はブルッと身をふるわせる。

 トイレにも行きたくなった彼女は、ネグリジェすがたのまま部屋をでて、いまだ静かな部屋を足音しのばせ、洗面エリアに向かう。

 

 そしてトイレのドアに手をかけようとしたとき――。

 

「あー。あー。あいうえお……」

 

 ――え……ナニ?……キモい……。

 

 ドア越しに、なにやら咳払いと発声練習のような声がする。

 『美月』は眉をひそめ、おそるおそる、

 

「お姉ぇちゃん……入ってるのォ?」

 

 コンコン、とトイレのドアをノック。

 

「おしっこー!」

 

 ハヤくしてよもぅ!と、多少イラついた声をあげる。

 すると、扉の向こうでナニやらゴソゴソと慌てる気配。

 

「ごっ、ゴメンなさいね、()ィちゃん――いま出るわ」

 

 水の流れる音がして、トイレのドアが開かれる。

 とたん、発情する女の匂いがムワッと押し寄せてきて。

 『美月』の表情(かお)が能面のように無表情となり、くびれた腹に怒りが込められる。

 

 ――()()()……ト イ レ で オ ナ っ て や が っ た 。

 

 イラっとする『美月』。

 

 先日のオナニー事件いらい、彼女は目前の相手に以前(まえ)ほど親しみを持てないでいた。

自分とは()()()()()()()()ということが分かったのも、それに輪をかけているのだろう。

なにより、自分とは恋のライバル関係にあるということが決定的だった。それも“自分の方が先にツバをつけた”のに、である。

 

 ――まったくもう!マイケルさんとアタシとの“愛の巣”にズカズカ割り込んできて!

 

 ここに来る間、姉とふたりキャリーバッグを引きながら、さんざん言い争ったものだった。

 邪魔モノの存在に向かい『馬に蹴られて死んぢまえ』と言わんばかりな感情をのせて『美月』は、

 

「……お姉ぇちゃん、またオ〇ニー?いい加減にしてよモー!」

 

 ギロリ、相手を()めつける。

 

「なっ、なに言ってるの!おマタのヨゴレを……拭いていただけです」

 

 相手の顔が、カッと赤くなるのが分かった。

 そして――狼狽(うろたえ)た口調で、聞き苦しい言いワケ。

 これが今まで「姉でござい」とエバっていた女から発せられるのが、なんとも哀しい。

 

 ――よくみればパジャマのおマタがうっすら変色してんじゃない!“お店(ウサギ)”にだって、こんな××汁たらした色ボケ居ないわよ!情けなっ!

 

 ヒュッ、と『美月』は息を吸い込んで、

 

「臭いでワかるわよ――もぅ!」

 

 身体を入れ違いにしてトイレに入ると、バタン!勢いよくドアを閉めた。

 

 ――臭ッさ……!

 

 トイレの窓を手荒く全開に。

 ショォォォォォォ……と用を足している間にも、自分の心が波立って仕方ないのを『美月』は感じる。

 足どり荒く寝室にもどると、姉が着替えをしていた。

 彼女の無言の圧力に彼女はそそくさと服を着終えると、キャリーバッグの中からコスメ一式を持って部屋を出てゆく。

 

 『美月』も自分のバックを開け、実家から渡されたセーラー服のクリーニング・パックを手に取った。そして、そのまま幾拍か凝固して。

 

 ――もう着ることなんて、ないと思ってたのに……。

 

 「学校へもどる」とマイケルさんの手前、イヤイヤながら宣言したとき。“育ての両親”が、みょうに嬉しそうだったのが、不思議と喜ばしい記憶として自身の中に残っていた。

 

 なんだか大きな回り道をした気分。

 大きくグルッと一周して、結局はもとのところに。

 

 時間的に、まだすこし早かったが、彼女はクリーニングのビニールをやぶり、ウィッグを外して白いセーラー服にボウズ頭をくぐらせ、袖を通した。

 

 ――うっわ……。

 

 思わず彼女は絶句する。

 

 なにより豊胸処置を受けたおかげで胸のサイズが全然合わず、パツパツに。

 あまりにもキツすぎて、乳首ピアスのリングが浮かんでしまっている。

 スカートの方を履いてみれば、こちらは細まった腰のおかげでブカブカ。

 

 赤い艶のあるセーラー・スカーフを襟に通し、さて、と姿見で全身を映せば……。

 

 ボウズ頭ともあいまって「セックス・ドール」がサイズの合わないセーラー服をムリヤリ着ているような印象。

 セーラー・スカーフの前はオッパイで持ち上がり「のれん」のように。

 スカートは、アジャストを最小にしても細いウエストにズリ下がり、白々としたお腹がすき間からコンニチワ。

 

 地味なボブカットのウィッグを選んで装着。

 しばらく自分の一種異様なアブない容姿(すがた)を見ていた彼女だったが、ようやく、

 

 ――でも……コレはコレで。

 

 フフッと、半ば“夜の女”と化しつつある彼女は、ほくそ笑んだ。

 そして「このまま登校してみるのも面白いわね」と開きなおる。

 

 ――考えてみれば、お店(ウサギ)で出す余興の「露出プレイごっこ」みたいなモンじゃない。それを公開で堂々とデキるチャンスだわ……アタシが悪いんじゃない。サイズの合わない制服が悪いんだモン?

 

 『美月』はこの格好で通学電車に乗ることを想像した。

 

 ――なるべくムッツリそうなバーコードハゲや、純情そうな〇学生が座る前に立って、つり革を掴むため腕を上げてやるわ?……すると、まる見えになる自分のセクシーなお(なか)……懸命に見て見ぬフリをする中年オヤジのチラ見や、顔を赤くするヤリたい盛りの〇学生が制服のズボンを突っ張らせて。パンティも、見られてイイように真珠つきのSMチックなものにしてみよッかな?……そーだ。あの童貞クンの鼻血も、ひさびさに見たいわねェ……。

 

 『グルッと一周』なんて、してなかったワケかと彼女は短くわらう。

 そして微妙になった“姉”との関係を想いつつ、

 

 ――そう……もうモトに、なんて戻れないのかもね……。

 

 ベーコンを焼くイイ香りが立ちこめ始めた。

 学校指定の黒ソックスを履くと、『美月』はリビングに意気揚々、姿をあらわした。

 


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