試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第37話:マイケルの場合(自粛版)

 (くら)い、得体の知れない夢からオレは目を覚ました。

 

 心臓が、まだバクバク言っている。

 ジットリした汗が、全身をつつんで。

 

 一瞬、自分がどこにいるのか分からない。

 籠ったような暑い空気と木材、加えてニスの匂い。

 

 ややあって、オレはようやく自分がリビングにある収納戸棚の上段に、ドラ〇もんのように寝ていること。いつも寝床にしているソファーは、詩愛に譲ったこと。あの“悪夢のような”鷺の内家のドタバタ騒ぎから数日経っていることなどを思いだした。

 

 ――詩愛……。

 

 オレは収納庫に寝たまま、扉をさらに大きくあけた。

 

 遮光カーテンから洩れる朝の光がボンヤリと照らす薄闇なリビング。

 中央には、羽振りの佳かったころに買ったチェスタフィールド調の長ソファー。

 背もたれに隠れて今は見えないが、そこには当の彼女が横になっているはずだった。

 

 扉をあけ、部屋の空気を嗅いだ時、自分がなぜあんな夢を見たのか、分かったような気がした。

 

 部屋に籠もる“女の匂い”と艶めかしい気配。

 たぶん、これがヘンな連想を喚びおこしたんだろう。

 

 どこか淫猥な印象をはこぶその雰囲気。

 それから背を向けるため、オレはキャンプ用の銀マットを敷いた固い仕切り板の上で寝返りをうち、黒いシミがところどころに浮き出る壁の方をむいた。

 

 現実がもどってきても、夢の圧力がなかなか抜けない……。

 

 

 夜。

 

 どこかアラビアの宮殿じみた、広壮な大理石の広間だった。

 香油入りのオイル・ランプが、そこかしこで灯明のように揺らめきいている。

 それが、部屋に据えられた蒼古(そうこ)たる意匠の金銀什器に、輝点の明滅を浮かび上がらせて。

 

 だが――そんな乏しく心細い灯りなど不要だった。

 

 広間から見える傍らの鐘楼。

 

 その上空には信じられぬほど巨大な月が、利鎌(とがま)のような鋭さで暗天に架かり、広間中を蒼く染めていたからだった。

 身体まで透けてしまいそうな、冷たく、澄明で、一切の不純から遠ざかった、玲瓏きわまる蒼さ。

 流れ星がひとすじ。線を引くように(くら)い宙を駆け――そして消えていった。

 

 そんな景色の中。

 

 オレは血まみれの迷彩服を着て自動小銃を傍らに、太い柱のかげで房つきのクッションを尻に敷き、グッタリと座りこんでいるのだ。

 抱え込んだ銃身は連射したばかりなのか熱く灼け、腰に下げるポーチにも予備弾増は少ないと見えて軽く、心もとない。

 胸に下げていた防御用手榴弾や拳銃、戦闘用ナイフの類も、どこかで使ったり、落として来たらしい。

 

 目の前に置かれた銀の盆には、玻璃(はり)製のデキャンタと杯。

 

 その中には赤い液体が満たされているが、なぜか(けが)れているように見え、口をつける気にはなれない。

 

 どこかで女の悲鳴がした。

 つづいて空気を裂く一本ムチの音――また悲鳴。

 

 オレは自動小銃のセフティ(安全装置)を外し、音のした方を見る。

 目を凝らし、アフリカの原野でアンブッシュをする斥候部隊の眼差しで……。

 

 すると――。

 

 清澄な月の光もとどかぬ暗がりの奥から、鏘々と鳴り物のひびく音がした。

 やがてひとりの踊り子が、優美な足どりで、その一挙手一投足に妙なる音を響かせつつ、広間に入ってくるのだった。

 

 面紗(フェイスベール)で顔を隠す女の片手は、銀色の鎖を引いている。

 その先は愛玩用のペットだろうか、一頭の小ぶりなブタが、ヨタヨタと彼女の足もとに従っていた。

 

 ――いや……ブタじゃねぇのか?

 

 いまだ月の光が届かぬ影で、踊り子は自分の肢体のあちこちに付けた鳴り物をゆらし、この奇妙なカタチをした愛翫動物にかがみ込んだ。

 

「**、**。**、**********~?」

 

 相手のことばは分からない。

 陽の出風(レバルト)がヒュウヒュウと鳴るような(ささや)き。

 しかし、このペットをからかうような、嬲るような、そんな口ぶりなのは分かった。

 

「****?*********!!」

 

 と。いきなり激高する踊り子。

 やおら腰の帯に挟んだムチを抜きだすと、ブタの背に打ち据える。

 

「イャァァァァァァァァ――ッ!」

 

 いきなり“ブタ”が女の悲鳴をあげた。

 

 二発――三発――四発。

 

 ブタが、震えながら主人の足もとにうずくまる。

 

 その様を眺め下ろした踊り子は、自分の胸と股間に手をやって。

 次いで背を反らし、身をよじらせて、短い舞いめいたものを、ひとくさり踊った。

 

 やがてこの苛烈な飼い主は(ひき)き鎖をひいてブタを導き、青白い月光のもと歩み出る。

 

 思ったとおり。

 

 ブタと思ったのは、人間だった。

 

 間違えたのも道理。

 中ほどで切断された腕と脚。

 そこを黄金(きん)色をしたブタの義足に継がれている。

 ブタ耳のついた黒い全頭マスクで、きつそう覆われている頭部。

 鼻に当たる部分は、牛のように大きな鼻輪が穿たれており、踊り子の手にする鎖につづいて。

 

 尻部には太い機材が刺さり、そこにクルンと丸まった尻尾が。

 前の方にも何かが挿入られ振動をたてるようだった。

 またムチが、ブタに変えられた女性に降り注ぐ。

 そのたびにわき起こる、悲痛な叫び。

 ふと、そこに聞き覚えのある声が。

 

「――おい」

 

 オレは、この奇妙な主従に声をかけた。

 だが、反応は無い。

 踊り子は、あいかわらず青白い光に染められたブタ女の肌にムチをふるって。

 

「――おい!」

 

 オレは自動小銃を引き寄せ、踊り子に狙いをつけた。

 しかし相手は聞こえないのか、折檻をやめる気配はない。

 やむなく広間の天井に向け引き金を引くが――カチリ、という音。

 

 ――こんなときに不発かよ……ッ!

 

 遊底(ハンドル)をうごかし、不良弾を排出。

 大理石(なめいし)に7.62mmの実包が跳ね、澄んだ音を広間に響かせた。

 

 と……その響きが届いたのか。

 

 踊り子はこちらを向くや、ベットリとした笑みを浮かべる。

 ややあって、この女は四肢を切断されたブタ女の後頭部に手をかけて。

 そして固く締め上げられているらしいブタ耳の全頭マスクを徐々にほどいていった。

 やがて現れる、無惨にも鼻輪をとおされた女の顔。ベッタリと髪が、やつれた頬に張り付いている。

 口には、穴の開いた紅い球のようなものを強制的に咥えさせられ、悲鳴はでても言葉は出ないよう、封じられていた。

 

「おごぉ……」

 

 ブタがこちらを見て一瞬、凝固し、次いでイヤイヤをするように。

 

 ――詩愛……!

 

 オレの驚きを喜ぶのか。

 面紗(フェイスベール)奥の、ニンマリとした眼差し。

 幾重にも指輪で飾られた手が、“ブタ女”の尻尾を激しく動かして。

 切なそうに身を悶え、哀れな声をあげて糸を引く液を垂らす(ミジ)めな愛翫(あいがん)ペット……。

 

 

 

 

 

 長ソファーで、革の(キシ)む気配がした。

 背中で様子をさぐると“ブタ女”――詩愛が目覚めたらしい。

 リビングに“女の匂い”がいっそう強まり、反芻された夢の印象を補強する。 

 

 やがて彼女が起き出し、トイレに入る気配。

 

 ――こっちも起きるかぁ……。

 

 異様な夢の残り香を(はら)い、オレは熱のこもった収納棚からズルリと抜け出した。

 エアコンを、睡眠モードから“強”に。遮光カーテンを勢いよく引きあけ、悪夢を一掃する。

 目の痛みをこらえ、細めた目蓋(まぶた)で建物のあいだからのぞく青空を眺める。

 

 ――今日はイイ天気だ……。

 

 梅雨(つゆ)の中休み、というところか。

 冷たいシャワーに朝ビールといきたいが、女どもが出かけるまでは、ガマン。

 協会の管理部門からは、トラックのメンテとデバッグがおわったという連絡はない。

 今日もハロワで仕事を見つけられなかった失業者よろしく、『BAR1918』の監視をしながらブラブラすることになりそうだ。

 オレは台所に行ってヤカンに水を入れる。

 

 と、水道の音を押しのけ、トイレの方から、

 

「あー。あー。あいうえお……」

 

 なにやら咳払いと発声練習のような声が。

 ナンだ?とコンロに火を点けながら耳をすましていると、

 

「お姉ぇちゃん……入ってるのォ?」

 

 『美月』も起き出したらしい。今日もイカれポンチなネグリジェを着ているのだろうか。

 いつも手を変え品をかえ――おそらくバイト先から借りてくるのだろう――扇情的なランジェリーを毎晩披露してくる。

 だが、おあいにく様。オレはすでにヤツを妹分のように思っている。妹に手を出す気にはなれない。

 一部の読者からは、不満と不平の抗議があがりそうだが、こればっかりは譲れない。

 

 まったくアレにもマイるよなぁ……などと考えていると、

 

「おしっこー!……ハヤくしてよ、もぅ!」

 

 ガックリとオレは肩をおとす。

 年ごろの女の子が何てこったい。恥知らずな。

 この分だと、そのうち平気でチ○コ・マ○コ言い出しかねん。

 

 ――やっぱ、ハヤいとこ“あの店(ウサギ)”から足を洗わせなきゃダメだナ……。

 

 いくら高級店とはいえ、気の強い水商売の女どもに感化されつつあるのが丸わかりだ。

 だんだん蓮っ葉になり、ガラも悪くなり、雰囲気も(しな)くだってゆく。

 言葉が汚くなるのは10000歩ゆずってまだガマン出来るとして、彼女の金銭感覚がマヒするのが、なにより怖い。

 

 トイレの水が流される音。

 オレは冷蔵庫からトマトを出し、ダマスカス模様の包丁をにぎると四つ切りに。

 一個目を切り、二個目に移ろうとした時だった。

 

「……お姉ぇちゃん、またオ〇ニー?いい加減にしてよモー!」

 

 トマトを切ろうとした手元がくるい、浅く指を切ってしまう。

 

 ――あ()ゥ……ちぇっ!

 

 舌打ちをして、絆創膏をさがしていると、

 

「なっ、なに言ってるの!おマタのヨゴレを……拭いていただけです」

「臭いでワかるわよ――もぅ!」

 

 ――あぁぁぁ……まったく……。

 

 オレはフライパンをコンロにかけ、換気扇を「強」に。

 次いで調味料を出すため、シンク下の収納部にかがんでいるとダイニング・テーブルごしに詩愛の足が見えた。

 換気扇を「強」に回しておいてギリセーフ。

 あとはこちらが何も聞こえなかったフリをすればいい。

 

 かがんでいた腰を伸ばせば、微妙に曇った顔の詩愛と出会う。

 こちらは作り笑顔で、強いて明るい声をよそおい、

 

「――どしたァ?ハヤいな」

 

 思った通り。

 相手の顔がホッとしたような色をうかべた。

 

「そんなソファーじゃ、寝らンなかったろう?」

「いいえ、そんな。こちらこそ、ムリヤリ押しかけてしまって……」

 

 詩愛の腕に巻いたスマート・ウォッチが振動をはじめた。

 すると、彼女の顔が“オナニー女”から一転、OLらしくキリッとしたものになる。

 

「――いけない。もう出勤の準備をしませんと……」

 

 うむ、とオレはそんな彼女を、部下である女性士官の用に頼もしく思いつつ、

 

「洗面台は、自由に使ってくれて構わない。()は一週間ばかりテレワークなのだ」

「……お言葉に甘えますわ」

 

 彼女はオレから微妙に距離をとって、寝室へとむかう。

 たぶん、自分の臭いを気にしてのことだろう。

 

 ――可哀想に……

 

 はやいトコ、彼女の中に入れられたクスリの解毒剤を入手せねばと思うが、小男がいまだ留守とあっては、どうにもならない。たぶん下っ端に掛け合っても解毒剤は(あればの話だが)渡してはくれないだろう。彼女には、自分がクスリを股間から吸収させられたことなんて言わないほうがイイ。知ってしまったら、たぶん気に病むとオレは看ていた。

 

 中断していた朝食の準備。

 灼けたフライパンにエクストラ・バージンのオリーブ・オイル。

 冷蔵庫からショルダーベーコン。油のはねる景気の良い音が1日の始まりを知らせる。

 タマゴは、どうせ「固ゆでだ、半熟だ」とヤツら好みが(うるさ)そうなので、一律に目玉焼き(キリッ!

 そしてサニーレタスをトマトと併せ、サラダ用のボウルに盛り付けた。なんだか過去が戻ってきたような。

 

 朝のイイ匂いが、リビングに立ちのぼる。

 エスプレッソ・マシーンがそれに輪をかけて。

 ただし、女性軍にはミルク・ティーを別途用意した。

 

 ダイニング・テーブルに出来上がったものを並べていると、

 

「オハヨ~~~ぉ!!」

 

 上機嫌な顔をして、セーラー服姿の『美月』が入ってきた。

 

 ――うわ……。

 

 思わずオレは絶句する。

 

 白いセーラー服のパツパツな胸。

 その乳首部分に浮かぶ、リング・ピアスのシルエット。

 おそろしいほど引き締まった腰。反対に年齢のワリには張り出した尻。

 上着のスカートの間があいて、白々としたハラがチラ見している。

 なによりそこにキラめくヘソピアスが、これ見よがしに。

 止せばいいのに、首には黒いチョーカーを巻いて。

 そこに『SLAVE』というチャーム……。

 

 『美月』が、自分の胸を強調したあと、これ見よがしに薄目でうわ唇をユックリと舐め(()って……)のサイン。

 そこへ、あらかた化粧を終えたらしい詩愛が洗面台から出てきたところで大騒ぎ。

 

「美ィちゃん?アナタ、ナニやってんの――そんな格好!」

「ハァ!?オナニー女がうるさいッてェのよ!」

「ダレがオナニー女ですか!わたしはアナタのことを心配して――」

「ソレが余計だってぇの!血も繋がってないクセに姉面――」

 

そ こ ま で だ !

 

 ――朝から冷たいシャワーを浴びれない。

 ――起きぬけのビールが飲れない。

 

 そんな鬱積がタマった、オ レ の 一 喝 。

 

「いったいなんだんだ貴様らは!――あぁ!?」

 

 この糞アマ共が!と腰に手をあて仁王立ち。

 

「諸君!卑しくも()のテリトリーにおいて!斯かる下賤なやりとりが行われることは、極めて嘆かわしい!!」

「だって……このオナニー女が……」

「だってじゃない!――『ミッキー』!!」

「へ?」

「貴様!このごろの品下った物言い、目に余るぞ!()()()に感化されて、どんどん品性が堕ちている。分からんのか!」

「……だって」

 

 だって、じゃないだろうが!と自分は一喝し、

 

「よいか?貴様は小男……いや、店主が出張から戻ってきたら、すぐに私に知らせろ!それから……その制服だが、やはり宜しくはないな」

「じゃぁ、どうするんです?ご主人サマぁ?」

 

 涙目となる『美月』。

 

「とりあえず!学校指定の店に行って制服を新調する!今日は……まぁ仕方ない。それから胸とヘソのピアスは外していけ」

「そんなぁ……電気溶接されちゃって、これハズせないんですヨォ?」

「あぁ、もう!ならば絆創膏でもナンでもいい!とにかく、これ以上学校から目をつけられるようなことはするな!」

 

 こ れ は 命 令 だ !

 

「……はァぃ」

 

 ふてくされて顔を膨らませる『美月』。

 唇をゆがませ、いまにも泣きそうな……。

 

 ――む、不可(いか)ぬな……。

 

 このままの状態でコイツをほっておくと、またヤケを起こし、ヘンなことを仕出かしかねない予感。

 「エンコー」ならまだしも、店で余計な知恵を付けたであろう今は、黒服と組んで最悪「美人局(つつもたせ)」ぐらいしかねない。

 

「学校が引けたら、制服を作りにいくぞ?その後で、なにか甘いものでもオゴってやる」

 

 ホント!?と『美月』の顔がパァァァァと明るくなる。

 しかし、すぐにプイっと顔をそむけ、

 

「でも――甘いものは太るからダメだって、教導長が」

「教導長?」

「“馴致”部門でいちばんエラいオバさん」

 

 ――そんなヤツがいるのか……。

 

 うむむと自分は腕組みをしつつ、まさかウラの人間じゃないだろうな、と思っていると、

 

「オゴってくれンのなら『太郎』のお寿司か、『遠藤』のテンプラがイイ!」

 

 クッ!と()は思わず舌打ち。

 たぶん“紅いウサギ”に来ている金持ちのバーコード禿げ共から聞きかじったンだろう。

 

「どちらも有名な高級店ではないか!このウチは、そんなに財政が豊かではない!」

 

 コツン、と『美月』にゲンコ。

 もう時計の針は7時半に近づきつつあった。

 

「さ――はやいトコ食って“出撃”しろ諸君!夕飯はなにがいい?」

「あたしカレー!はぃ決定!」

「もう初夏の暑さですし……白身のお刺身と、トロロご飯など宜しいかと。材料は、買ってきますわ?」

「えー!?カレーだよカレー!!」

「わたしが作ります。あなたは「ソコイチ」でも「竹屋」でも行ってカレー食べてきなさい」

「えー!オナニー女のつくったお刺身なんて食べたくナイ」

「――では食べなくてよろしい」

「え――!!!!!おーぼーだ!」

 

 ふふふふふふふf……。

 

 思わず脱力した笑いが漏れる。

 そして年上がもてる余裕の、なにかホノボノとしたため息をもらし、

 

「まったく、朝からナゴませてくれる……ひょっとしてこれが“家族の団欒”というモノかもしれんな……」

 

 三人で朝食を済ます間の休戦。

 その間も姉妹の小競りあい。

 

「美ィちゃん?最初に先生にご挨拶するのよ?お姉チャン付いてってあげようか?」

「――いいよ!……そんなの!」

「乳首ピアスは、チャンと隠しておけ?放課後どこかで落ち合おう。さっきも言ったとおり、制服の作り直しだ」

「はぁい♪」

「ホントに……ナニからナニまですみません」

「制服のコトで何か言われたら、今日新しく作る予定です、とでも言っておけ?」

「あ~あ、ブッチャーに、またナンかウルサく言われるんだろうなぁ……」

「……ブッチャー?」

「風紀のデブ教師」

「当たり障りなく、な?キミの方は――今日は早めに仕事を上がれるのか?」

「たぶん、大丈夫だと思います。スーパーでイイお刺身を見繕ってきますわ?」

「だからカレーだってば!!(怒」

「うるさいわね。美ィちゃんは自分でカレー食べに行けばイイじゃない!私は鯛のお刺身を買ってくるから」

「金なら出すから、一匹丸ごと買ってきてくれ。私が(さば)いてやる。いい出刃包丁があるんだ」

「まぁ♪本当ですか?ここの駅前のスーパー、わりと良い品揃えなんですよねぇ」

「オナニー女ずるぅい!!!」

「分かった分かった、ほら、早く食いたまえ。『美月』の学校には、ご両親から連絡がいってると思うが、再起動の初日から遅刻は先生がたの心証が悪いぞ?」

「前々から思っていたんですけど……ミッキー(美月)ってなんです?」

「アタシの源氏名。お店のね?けっこう売れっ子なんだから!」

「……まぁ……呆れた」

「店長と話がついたら、足抜けしろよ?さっきも言ったが、オマエはだいぶ口も品も悪くなっているからナァ。それだけ()()()に毒されている証拠だ」

「だって。バイトのワリがイイんだモン」

「バイト、って。あなた一体いくらもらっているの?」

「一晩で……大体『とっぱらい』3万ぐらい」

「……とっぱらい?」

()()()()のコトだ。高校さぼっている間、月に15は出てたろ?すると手取り45万以上だな」

 

 食後の紅茶を含んでいた詩愛が、ブホッと紅茶にむせて目をまわした。

 

「高校生が……手取り……よんじゅうごまんえん……」

「これで福利厚生がシッカリしているとくるから恐れ入る。あの小男……いや店主のヤツ、どれだけ儲けてるんだか」

「お姉ちゃんも“ウサギ(ウチ)”に来ればいいのに。アタシの付き人として使ってあげる♪」

「まっぴらゴメンです!」

 

 なんのかんの。

 

 ワーワー言いながら朝食は終わり、女たちは制服にスーツといった出で立ちで、寮の狭い玄関からバタバタ騒がしく出て行った。

 それを見送った後の、嵐が去ったダイニング。

 いままでの騒動がウソのような静けさで、しばし()()は呆然とせざるを得ない。

 

 ――ケッ!!!!!!!!!!なにを!!心がヒヨったか!!!!

 

 不意に、正体不明の苛立ちが、全身を包んだ。

 家庭への未練が今になって出たか、と朝食の皿の片付けもせずに腹立たしく服を脱ぎ捨て、自分に喝を入れるべく冷たいシャワーを浴びる。

 

 だが。

 

 物入れで寝ていた汗を洗い流し、サッパリすると風呂場を出てフルチンのまま台所に行き、冷蔵庫からビール。

 女たちがいる前では、絶対出来ない行為。

 タブを鳴らし、よく冷えた最初の一口を、ゴクリ。

 台所の壁に背をつけ、大きく吐息。

 

 ――あぁ……コレでいい……。

 

 家庭の団欒。小市民の幸せ。家族ごっこや、持たれ合い。

 そういったものには、もう一切関わりたくない――ゴメンだぜ。

 

 オレは轢殺屋だ。

 

 幸せってのは、なくすものだ。

 そうなって悲しむのは、もうコリゴリだ。

 だったら、最初ッから“幸せ”なんて持たないに限る。

 あとは、詩愛や『美月』――美香子が……あるいは、あの“引き篭もり”が、幸せに生きていくのを見れれば、それで十分だ。

 

 ――そう、オレは轢殺屋だ……。

 

「オレ自身が幸せになる必要なんかないサ……」

 

 そう呟いて、ようやくいつもの自分が戻ってきた感覚。

 不意に――目標(ターゲット)を轢き殺したくなってきた。

 

 転生指数満点の、この世界から消し甲斐のあるヤツを!

 【SAI】にまかせ、思う存分嬲り殺すような轢殺方法で!

 

 ――くそっ、ヤツめ。ハヤいとこメンテから戻ってこないかな……。

 

 さらに500缶のビールをひとくち。

 冷えたのどごしが、いまだ女の匂いが残るリビングの甘ったるい気配をはねのける。

 

 この国の腑抜けた日常に疲れた中ね……後期青年が、元のトガった自分が、ようやく帰ってきたイメージ。

 ささくれ立った神経に心地よくシナプスを奔らせ、それが全身に行き渡たって。

 

 ――さァて……今日はどうしようか……。

 

 


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