試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第39話:雷鳴と咒文

「お着換え、ここに置いておきます……」

 

 シャワー室の外から声がした。

 

 型板ガラスの向こうを緋袴(ひばかま)の朱色が動き、正座の姿勢から立ち上がるのが見える。

 オレは、そのボヤけた姿に向かい慌てて、

 

「あのゥ、スミマセン!お湯が出ないんですけどォ?」

 

 しかし巫女さんは何も言わず、すり足で脱衣所を出ていってしまう。

 

 ヤレヤレ、ボクは勃起した……じゃない、ため息をついた。

 

 T字路のプ〇ウスミサイルを間一髪逃れ、そして大鳥居のところで、みょうな幻影を目の当たりにした自分は、そのまま巫女さんの一団に、まるで守られるようにして社務所に入ると『汗もかいたことだし行水でもどうか』と誘われたのだ。

 

 この炎天下を歩き、さすがに汗ドロドロで持ち悪かったので、その申し出に甘え風呂場に入ったのだが……いかんせんお湯が出ない。

 

 杉の香りがする、うす暗く古めかしい風呂場だった。

 

 高い位置にある明り取りの窓には、なぜか注連縄(しめなわ)が。

 シャワー・ヘッドから出てくる水は恐ろしく冷たい。

 まるで地下水でも汲み上げて使っているかのようだ。

 

 ――しかたない……。

 

 オレは覚悟を決めて、シャワーの水流に飛び込んだ。

 

「うッひィ!……ィィィィィィ……ッッッ……ツ!!」

 

 思わず声ひくく叫んだ。

 

 身を切るような感覚!

 まるで氷のカッター・ナイフで皮フをズタズタにされるよう。

 全身に鳥肌を立てながら体をこすると、だんだん感覚がマヒしてきた。

 頭から冷水をかぶっていると、アイス食ったみたいに、こめかみがキーンなって。

 

 やがて、さしもの冷水もぬるく感じるようになると、オレは半ば麻痺した手で全身をくまなく洗う。

 みょうな匂いのする石鹸やシャンプー。いったい何の香料だろう……。

 

 すっかり冷え切ったオレは、水流を止めるとぎこちない動きで脱衣室に(のが)れでた。

 洗面台の鏡を見れば、くちびるをムラサキ色にした全裸の男が映っている。

 全身の血が引いて生ッ白く見え、まるで頼りなく情けない。

 

 なるべく自分の身体を見ないように手早く身体を拭く。

 

 ――さて……。

 

 脱衣カゴを見れば、白くブ厚い布のようなものがキチンと畳まれて置かれていた。

 持ち上げてみると、それは上下とも白い上衣(うわごろも)(はかま)だ。

 それにくわえ、ヒモのついた長方形の白く細長い布……。

 

 ――なんだコレ……まさか“ ふ ん ど し ”?

 

 うろたえた目で脱衣所を見回しても、ほかに着ける下着はなかった。

 おそらくズボンからなにから、みんな洗濯に持って行かれたのだろう。

 まさかフル珍で(はかま)をはくわけにもいかない。ヤケクソになったオレは、とりあえず横のヒモを腰にむすび、垂れ下がった布をチソコ経由で後ろに回し、ヒモに挟んだ。

 

 ――これで……いいのか?

 

 入院の時も紙パンツで、T字帯(ふんどし)など着ける機会がなかった。

 どうにかそれらしくタマタマが納まったところで、 肌触りの荒い白の上衣を着た後、ノリの効いた白袴に脚を通す。サイズ的には、まるであつらえたように丁度良かった。

 

 どうだ!と着終わってふたたび鏡を見れば、こんどは満更(まんざら)でもない印象。

 

「お済みですか?」

 

 外から声がかかり、いきなり脱衣所の扉がガラリと開いて、緋袴(ひばかま)の中年婦人軍団がドヤドヤと入ってきた。

 

「ちょ!……wwww」

 

 危なかった。

 もう少し遅ければ、フンドシ姿を鑑賞され「裸が見たいわ!」などと言われかねないところだ。

 ヒき気味になるオレのまわりを、恰幅のイイ婦人がグルグルとまわり、いきなりドン!と一発背中をドヤしつけ、

 

「ホラッ!背中がマルいよ!良いオトコが爺ィみたいに。台無しじゃないか!」

「そうねぇ……“抜き衣紋(えもん)”になってるわ。もっとこう!!」

 

 こちらの(はかま)のなかに遠慮なく手を突っ込んできて、グッ!グッ!とオレの白衣(びゃくえ)を下に引っ張り、前身ごろもの合わせ目をピシッと整える。

 

「まぁ、()()()()()()()()()、どうにか見られるようになったわネ」

「すこし来るのが遅かったかしら?ザァンネン」

「いいカラダしてるものねぇ……」

 

 これじゃ巫女どころか、ただのワイドショー好きなオバはんの集まりだ。

 

「さ!お館サマがお待ちだよよ?急がないと」

「アレで、なかなかキビしいお方だからねぇ」

 

 口々に言い交わしつつ、オレをどこかへと引き立ててゆく……。

 

 

 

 連れていかれた先は、30畳ほどの広間だった。

 一方をデカい神棚が占め、もう二方は(ふすま)。そして庭に面しているらしい一面は障子(しょうじ)で締め切られて。

 手元不如意な神社らしく、畳は半ば擦りきれ、襖は陽に焼けて黄ばみ、かつては墨痕淋漓たる水墨画も、いまは惨めな状態となりはてている。

 

 だが、そんな有様をもってしても、その場には一種犯しがたい神聖さが横溢(おういつ)していた。

 

 障子からの光だけがあたりを仄明るく照らす静謐な空間。

 そのなかを充たす、ヒリヒリとした清澄、かつ厳粛な空気。

 先の中年の巫女たちは、一転してなにやら沈鬱・神妙な面差し。

 一様に顔を伏せて、まるで何かを畏れ敬うように微動だにしない。

 オレの前には主のいない円座。これはやってくるお館様の物だろう。

 

 やや久しい間。

 

 こちらも案内されたワラの円座にすわり、広間の中央で歳のいった巫女たちに囲まれて待っていると、やがて先ほどの(おうな)に先導され、以前見たことのある縁結び神社の神主が、例の口ひげの下にニコやかな笑みを浮かべて入ってきた。

 

「ヤァ、ヤァ。このたびはどうも、お呼びたて致しまして」

 

 張りつめた空気には似合わぬ飄々(ひょうひょう)とした物言いで、神主はオレの前にある空の円座にすわった。そのやや後ろに、件の(おうな)は何も敷かず、杖をわきに置き正座する。

 

 ――ナぁんだ“お館サマ”って、このオヤジのことだったのか……。

 

 まるで剣豪のような、オっかないオッサンがくるかと思って身構えていたのだが。

 緊張がとけたオレはいささか拍子ぬけしながら、それでもあることが気になったので、 

 

「いや~すみません。シャワーをお借りして。ところで……私はべつに呼ばれてこちらに伺ったワケじゃないんですが」

 

 “お館さま”の快活そうな顔が、ふと曇った。

 

「なんと?ウチの娘から――連絡が行きませんでしたか?」

 

 娘さんから?と今度はこちらが怪訝な顔をする番だった。

 

「いえ。こちらの娘さんからは……なにも」

「それはおかしいですな」

 

 神主は口もとのヒゲを撫でつつ、

 

「ウチの娘から、そちらに連絡するよう言づてたはずなんですが」

「そもそも、なぜ娘さん経由で?神主さんが、直接私に連絡をくだされば良かったのに」

「当神社から、そちらに直接連絡をするのは……」

 

 神主は己のヒゲをなでるのをやめ、雰囲気に少しばかり硬いものを混ぜてオレを見つめた。

 

()()()()()を考えて控えたのです」

「……万一のコト?」

「そう。いえ、こう申してはナンですが、実は“千一”いや“百一”と言ってもいいくらいでして」

「……よく分かりませんね。いずれにせよ、こちらの娘さんからは何も……」

 

 このとき、とり巻く中年の巫女たちから、不安気な(ささや)きが交わされる。

 耳を澄ますが、なにを言っているか良く聞き取れない。

 

「では、どうして。今日、おいで下すったのです?」

「じつは――」

 

 オレは頭の中で、すこし考えを無難な方向にまとめてから、

 

「お宅の娘さんと、私の……そのぅ、()()()()()()が高校の同級生でして。そこでこちらの神社の話をしはじめたとき、携帯の調子が急にわるくなり、途切れてしまったんです」

 

 あぁ、と居並ぶ年かさの巫女たちから、ため息まじりの声。

 密かに交わされる目くばせ。得たり顔をした、うなずきあい。

 

「……それで?」

「それで、以前こちらで頂いたお守りが、どういうわけか焦げてしまったのを偶然思いだしまして、ついでに新しいのと交換しようと――」

 

 ザワッ、と広間の空気がうごいた。

 神主が、わずかに身を乗り出すのが分かった。

 

「……焦げた、と申されますと?」

「いえ、そのままの意味です。ポケットに入れて置いたら自然と……」

 

 巫女たちの囁き交わしが大きくなる。

 

 (……やはり“(さは)り”のしわざぢゃて!)

 (また“(くろ)災殆(まがつひ)”が、性懲(しょうこ)りもなく出をつたのぢゃ!!)

 (えぇ、鶴亀(つるかめ)、鶴亀。ホンに忌々しいことよなぅ……)

 

 年かさな女たちの動揺をやんわりと制しつつ、この神主は口ひげをゆっくりと弄りながら、

 

「くわしく、話を聞かせて頂けませんか」

 

 オレの中で、たっぷり15秒ほどのためらいがあった。

 

 なぜかって?――当然だろう。

 黒ネコが夢にあらわれて、この神社のお守りにケチをつけ、散々こちらにちょっかいを出したあげく『ゲッチンゲン大学』仕込みの哲学的な議論までフッかけてくる……などと言って、相手に“キ印”扱いされたくも無い。

 

 だが、、そんなオレの逡巡(ためらい)を、次の“お館さま”のひとことが吹き飛ばした。

 

「その件。まさかとは思いますが……“黒ネコ”が、関係してやしませんか?」

 

 

 * * *

 

 

 四方を注連縄(しめなわ)めぐらす笹竹(斎竹)斎竹にかこまれ、その中にオレは正座させられていた。

 

 あれから長々と“お館さま”の説明を受けたのち、巫女ふたりが神主の合図をうけて光の入る側の障子をあけ放つ。

 すると――そこは神社の広い中庭になっており、中央には大掛かりな地鎮祭のような祭壇が一式、しつらえてあった。

 

 聴いたハナシをまとめれば、なんでもその“障り”とか言うモノに、神界から地上界に至るこの神社の『神道』を(とざ)されて、本来この神社に祀られる祭神が降臨できなくなってしまったらしい。その塞がれた『神道』をふたたび通ずるために、祭神と親和性の高いオレが、とくべつに呼ばれたのだとか。

 

「なんでオr……私が、こちらの神サマと近しいって分かるんです?」

「そりゃもちろん。以前おこなった“ご祈祷”からですよ」

 

 口ヒゲを撫でながら、こともなげに神主は言ってのけた。

 

「貴方は、いとも簡単にわが(やしろ)の祭神とお近づきになられましたからなぁ……」

 

 なるほど。

 そういえば先だって、奮発して万券を出して祈祷してもらったときも、ここの神様の仕業なのか、ヘンな幻影を観たのだった。

 (※第15話:紙一重な"ウラ側"の世界・参照) 

 

 ふぅぬ、とオレは疑わしげに首をかしげる。

 

 ――神の路すら(ふさ)ぐことのできる、神と同等の存在。

 

 そんなものに、世をスネた一介の酒飲みである轢殺ドライバーのオレが、太刀打ちできるもんなのか?いや、そもそも……。

 

 ――あのクソ生意気な黒ネコは、それほどまでに()()()があるものなの……か?

 

 まてよ?と、そこでフト立ち止まる。

 なにも敵が()()()()とは限るまい。

 もっと強力でエゲつないものが出ても、おかしくないんじゃないか?

 大鳥居で見た、あのワケ分からん死霊を思いだせば、その可能性が高くなる。

 そもそもヤツに、あんな“死霊使い”のような邪法を使うマネが出来るのだろうか……。

 

 ――どうもアヤういなァ……。

 

 以前にみた様々なホラー映画がよみがえる。

 “悪魔”や“妖怪”と戦って無残に討ち死にする登場人物。

 その最後の無残な姿が、BGM付きでオレの目のまえにチラつきはじめた。

 

 首の切断。焼死。列車事故。猛犬の襲撃……。

 

 オー〇ン2に出てきた無敵モードのダミ〇ンや、ゴッド・アーミ〇のクリスト〇ァー・ウォーケンみたいな()ッかない「悪の天使」と戦うことになったらどうしようと、オレは先ほど神主から受けた説明を、もういちど念のために復習する……。

 

 

 

「……なべての“怪異”は、すべて(くろ)(かたち)をもって(あらわ)れると()われております。黒ネコも、そのひとつ……」

「はぁ……」

「また、私どもの大鳥居のところでご覧になったときいております“障り”に使役される、哀れな低俗霊を……」

「ていぞくれい?」

「魂を(けが)したまま肉体を(うしな)った者が、冥界にも神界にも行けず“障り”のちからに縛められ、使役魔とされた()()()()()、その(すがた)ですよ」

「魂を(けが)したまま肉体をなくした人間、って?」

「殺人者、誣告者、自殺者、姦淫者、虚妄者……その他もろもろです」

 

 大鳥居のところで蝟集し、わらわらと(うごめ)いていた薄黒い半透明状のモノ。

 見るからに“ケガレ”を具現化したような、哀れな(すがた)

 

 ――あれが“人間の魂”のたどり着いた先とは……ねぇ。

 

 その他にも、畳敷きな広間の中でオレと神主は互いの知識を交換し合った。

 とくに、夢の中の出来事。なかんずく尻尾の割れた黒ネコとその言葉は、神主はもちろん、中年の巫女さんも、思い当たるフシが大いにあるとみえ、不思議で不気味な怪異譚が、お互いの経験談を補完し合う形で次から次へと語られる……。

 

 

 

「用意は――大丈夫ですか?」

 

 神主に声を投げかけられ、オレは我にかえった。

 

「用意もナニも……私は、どうすればいいんです?」

貴方(あなた)は、なにもしなくて(よろ)しい」

 

 先ほどまでの飄々(ひょうひょう)とした態度をひっこめ、厳粛な声で相手は告げた。

 こうなると口ひげの効果もあって、相手から相応の貫禄をうける。

 

「ただひたすら、精神を集中させ、外乱に囚われないようにすれば佳いのです」

「お館サマ!」

 

 その時、ひとりの平服すがたな中年婦人が飛び込んできた。

 携帯を手する腕をふるえさせ、悲痛な面持ちで神主を凝視している。

 先ほどまでのワイドショーな調子を一変させた中年巫女軍団のひとりが(まなじり)をつりあげ、

 

「下がりゃれ!式の端緒(はじめ)ぞ!」

「あの、お嬢サマが……お嬢サマが……」

 

 平服の婦人は、わななく声でそれだけ言ったあと声を詰まらせる。

 

 神主の葛藤を看たオレが、代わりに、

 

「マコトさん、だっけ?あの子がどうしたんです?」

「……学校の階段から足を滑らせて……頭を打って意識不明で病院に運ばれたとか」

 

 この時の神主の態度こそ、見上げたものだった。

 口もとをグッと引きしめ、静かな身ぶりで婦人に下がるよう伝える。

 とりまく中年巫女のうち一人が立ち上がり、彼女をどこかへと連れていった。

 

 神主はいちど天をあおいだ。オレもつられて上空に目を細める。

 先ほどまであれほど晴天だったものが、見るまに厚い雲がわいていた。

 陽の光はあっと言う間に力を失い、地上は温度を下げ、うす暗く染まってゆく。

 

「……これから御焚き上げをして式を繰りだし、祝詞(のりと)をとなえます。そのあいだ“憑代(よりしろ)”たる貴方は()()()この「結界」から出ないで下さい」

 

 オレは不安げに辺りをみまわした。

 

 地面に突き立てた、注連縄(しめなわ)めぐらす四方の笹竹。

 その外では、中年の巫女たちが(そろ)って平伏して。

 ワイドショー的に下世話なオバはん達だが、実は位の高い神社からとくべつに派遣(よこ)してもらった者たちだと神主に知らされる。

 

 中央の祭壇には、鏡。神饌。加えて何につかうのか、直刀型の剣。

 あるいは(さかき)や御幣など、その他もろもろ散供用具。

 オレの前には、お焚き上げ用の炉。傍らに、木札の山。

 

 ――はぁ……っ。

 

 なんでこうなったんだか……と身じろぎする。

 ノリの効いた(はかま)白衣(びゃくえ)が肌触り荒く、きゅうくつだ。

 

 ふいに生暖かい風がふき、注連縄(しめなわ)から下がる紙垂(しで)を揺らす。

 と、その中にオレは死臭を嗅いだような……。

 

 そこはかとなく不安になり、重々しい手つきで祭式の準備をする神主に、

 

「あの。オr――本当に()()()なんかで大丈夫なんですかね?」

「なぜです?」

「もっと自分なんかより“神様に近い存在”がいるんじゃないですか?」

「……というと?」

生贄(いけにえ)なら、もっとこう(けが)れを祓った乙女とか、なんとか」

「“(にえ)”ではありません“憑代(よりしろ)”です」

「ニタヨウナモンダト……オモウンデスケド」

「ついでに、当神社の祭神は女神です」

 

 レズの女神だっているかもしれないじゃんか……と、オレは先日のサロメを思いだす。

 

「それに――」

 

 神主は準備の手を休めることなく言葉を継ぎ、

 

「神道が“障り”に(とざ)される前日、わが「祭神(さいじん)」より神託(しんたく)がございました」

「シンタクって……“お告げ”のコトですよね?」

 

 左様。神主は重々しくうなずいた。

 そして、腰に祭壇の剣を帯びながら声ひくく、

 

“炎の(カギ)”持てる益荒男(ますらお)(きた)る。あとは()の者に(すべ)てを委ねよ”……と」

「なんですソレ」

「……さぁて」

 

 口ヒゲの下で()る挑戦的な微笑が生まれる。

 

「それこそ――貴方に聞いてみませんと」

「こんな、世間の俗塵(ぞくじん)にまみれた、(ケガ)れまくっている自分でいいんですかね?」

「さきほど水垢離をしていただきました。貴方の身は清まっているはずです」

 

 あぁッ!とオレは胸のなかで叫んだ。

 

 ――あの風呂場の!どうりで水が(つめた)いと思ったぜ!!

 

 とおくで、雷鳴が天を(とどろ)かせはじめた。

 いまや陽は完全に(かげ)り、雨の匂いが風にのってやってくる。

 

 「マズいですね、コレ。ゲリラ豪雨にでもなるんじゃないですか?」

 

 しかし、口ヒゲの神主は悠揚(ゆうよう)迫らずオレと供え物とに修祓(しゅばつ)をしてさらに清めると、炉に点火して積まれた木札をくべ始める。

 

 ややあって。

 

 おぉぉぉぉ……ぉぉぉ……ぉぉォォォォ……。

 

 (いにしえ)よりの祝詞(のりと)をとなえ、聞きなれない(じゅ)を口にする神主。

 

 また雷鳴。

 こんどは、近い。

 空を打ち割るような轟音。

 そして腹に響く振動が、それに伴う。

 神主の声が力をつよめ、朗々たる勢いで。

 周囲をとりまく中年の巫女たちも地に平伏し、それに和す。

 

 おぉぉぉぉ……ぉぉぉ……ぉぉォォォォ……。

 

 人間たちの、必死の咒文(じゅもん)

 

 だが、それをまるでせせら笑うように、また彼方で腹の底に響く連続性の炸裂音。

 あたかも結界の周囲が、重砲の攻撃か空爆を受けるような印象。

 

 ザァッ、とひとしきり驟雨に降られ、ほどなく止んだ。

 一陣の強い風もふきわたり、炉の炎が消えそうに。

 ついには積み上げた木札の山がくずれ散る。

 

「あぁっ!」

 

 巫女たちの狼狽する声。

 しかし、さすがに神官は落ち着いたものだった。

 沈着に木札をひろいあつめ、迷いのない手つきで式を再開する。

 だが一度地についた木札は濡れたものか、火にくべても(けむ)るだけとなった。

 注連縄(しめなわ)に下がる稲妻型の紙垂(しで)は、四方に立つ笹竹の揺れにつれ無力にまくれあがり、神の代理である神籬(ひもろぎ)も祭壇で倒れる。

 

 

 

 霹靂一閃。

 

 間髪をいれず、近くで落雷。

 樹木にでもおちたのか、何かが燃える焦げ臭い臭い。

 

 まさか、これも“障り”とやらの()()()なのか。

 だとしたらパワーが違いすぎる。思いっきり“負け戦”じゃないか。

 生ぐさいような風が、また勢いを増してふきつのり、神社の神域を荒れ狂う。

 

 巫女がひとり、うつ伏せのまま地面に延びていた。もう一人の巫女が、狂ったような顔つきで、何やら叫びながら四方に立つ笹竹の一本を引き抜こうとする。近くにいた者があわててそれを止めようとするが、狂女の力はつよく、三人がかりでも吹き飛ばされた。

 加勢しようと思わず立ち上がるものの、足のしびれで前のめりにたおれる。

 

 結果的にそれが良かったのかもしれない。

 

 すぐさま特大の落雷。

 

 当たりの空気が電気を帯びたようになり、斎竹の一つを抜こうとしていた巫女は口から黒い煙を吐き、白目をむいてゆっくりと仰向けに斃れた。

 

 もはやここまでだ。

 意味不明な突風に、落雷。

 どう考えても死亡フラグとしか思えない。

 

「神主サン、撤収!――ここは一時撤収を!」

 

 だがオレの撤収要請にもお構いなしに、口ひげの男は背中に微塵のためらいもみせず、燻る炉に木札を()べつづけている。

 

「神主!――サン!」

 

 その時だった。

 

 長いフラッシュのように辺りが強烈な紫色につつまれた。

 祭壇が崩壊し、その上に神主が倒れ伏すのがかすかに見えたような。

 同時にオレも全身を何かが突き抜けたような勢いで、横ざまに吹っ飛んだ……。

 

 

 

  * * *

 

 

迫撃砲(モーティェ)散開(ディストォーンス)!」

 

 その声を遠くに聞いたのは、オレが地面に叩きつけられ、上から土くれがバラバラと降りかかってきた時だった。

 

 ――遅ェんだクソが……。

 

 片目が見えない。

 やられた、と土まみれの手で額をさぐる。

 ぬるりとしたような感触が指先にふれて。

 気を失いかかるところを、両わきの下に腕を通され、手荒に引き起こされた。

 

モン・キャピテン(中尉どの)!――go!go!go!」

 

 脚に力が入らない。

 祭壇はどうなった?神主のオヤジは……。

 そのままひきずられ、近くのアリ塚に投げ出される。

 左右の茂みから自動小銃の連射をうけ、少なからずの兵士が斃れた。

 

Embuscade(待ち伏せだ)Réponse(応戦)!」

 

 

 二発目の着弾が、乾いた大地を轟然とゆるがした。

 待ち伏せの凶弾と応戦の銃弾が、激しく交錯する。

 

 

 * * *

 

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