試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
「お着換え、ここに置いておきます……」
シャワー室の外から声がした。
型板ガラスの向こうを
オレは、そのボヤけた姿に向かい慌てて、
「あのゥ、スミマセン!お湯が出ないんですけどォ?」
しかし巫女さんは何も言わず、すり足で脱衣所を出ていってしまう。
ヤレヤレ、ボクは勃起した……じゃない、ため息をついた。
T字路のプ〇ウスミサイルを間一髪逃れ、そして大鳥居のところで、みょうな幻影を目の当たりにした自分は、そのまま巫女さんの一団に、まるで守られるようにして社務所に入ると『汗もかいたことだし行水でもどうか』と誘われたのだ。
この炎天下を歩き、さすがに汗ドロドロで持ち悪かったので、その申し出に甘え風呂場に入ったのだが……いかんせんお湯が出ない。
杉の香りがする、うす暗く古めかしい風呂場だった。
高い位置にある明り取りの窓には、なぜか
シャワー・ヘッドから出てくる水は恐ろしく冷たい。
まるで地下水でも汲み上げて使っているかのようだ。
――しかたない……。
オレは覚悟を決めて、シャワーの水流に飛び込んだ。
「うッひィ!……ィィィィィィ……ッッッ……ツ!!」
思わず声ひくく叫んだ。
身を切るような感覚!
まるで氷のカッター・ナイフで皮フをズタズタにされるよう。
全身に鳥肌を立てながら体をこすると、だんだん感覚がマヒしてきた。
頭から冷水をかぶっていると、アイス食ったみたいに、こめかみがキーンなって。
やがて、さしもの冷水もぬるく感じるようになると、オレは半ば麻痺した手で全身をくまなく洗う。
みょうな匂いのする石鹸やシャンプー。いったい何の香料だろう……。
すっかり冷え切ったオレは、水流を止めるとぎこちない動きで脱衣室に
洗面台の鏡を見れば、くちびるをムラサキ色にした全裸の男が映っている。
全身の血が引いて生ッ白く見え、まるで頼りなく情けない。
なるべく自分の身体を見ないように手早く身体を拭く。
――さて……。
脱衣カゴを見れば、白くブ厚い布のようなものがキチンと畳まれて置かれていた。
持ち上げてみると、それは上下とも白い
それにくわえ、ヒモのついた長方形の白く細長い布……。
――なんだコレ……まさか“ ふ ん ど し ”?
うろたえた目で脱衣所を見回しても、ほかに着ける下着はなかった。
おそらくズボンからなにから、みんな洗濯に持って行かれたのだろう。
まさかフル珍で
――これで……いいのか?
入院の時も紙パンツで、
どうにかそれらしくタマタマが納まったところで、 肌触りの荒い白の上衣を着た後、ノリの効いた白袴に脚を通す。サイズ的には、まるであつらえたように丁度良かった。
どうだ!と着終わってふたたび鏡を見れば、こんどは
「お済みですか?」
外から声がかかり、いきなり脱衣所の扉がガラリと開いて、
「ちょ!……wwww」
危なかった。
もう少し遅ければ、フンドシ姿を鑑賞され「裸が見たいわ!」などと言われかねないところだ。
ヒき気味になるオレのまわりを、恰幅のイイ婦人がグルグルとまわり、いきなりドン!と一発背中をドヤしつけ、
「ホラッ!背中がマルいよ!良いオトコが爺ィみたいに。台無しじゃないか!」
「そうねぇ……“抜き
こちらの
「まぁ、
「すこし来るのが遅かったかしら?ザァンネン」
「いいカラダしてるものねぇ……」
これじゃ巫女どころか、ただのワイドショー好きなオバはんの集まりだ。
「さ!お館サマがお待ちだよよ?急がないと」
「アレで、なかなかキビしいお方だからねぇ」
口々に言い交わしつつ、オレをどこかへと引き立ててゆく……。
連れていかれた先は、30畳ほどの広間だった。
一方をデカい神棚が占め、もう二方は
手元不如意な神社らしく、畳は半ば擦りきれ、襖は陽に焼けて黄ばみ、かつては墨痕淋漓たる水墨画も、いまは惨めな状態となりはてている。
だが、そんな有様をもってしても、その場には一種犯しがたい神聖さが
障子からの光だけがあたりを仄明るく照らす静謐な空間。
そのなかを充たす、ヒリヒリとした清澄、かつ厳粛な空気。
先の中年の巫女たちは、一転してなにやら沈鬱・神妙な面差し。
一様に顔を伏せて、まるで何かを畏れ敬うように微動だにしない。
オレの前には主のいない円座。これはやってくるお館様の物だろう。
やや久しい間。
こちらも案内されたワラの円座にすわり、広間の中央で歳のいった巫女たちに囲まれて待っていると、やがて先ほどの
「ヤァ、ヤァ。このたびはどうも、お呼びたて致しまして」
張りつめた空気には似合わぬ
――ナぁんだ“お館サマ”って、このオヤジのことだったのか……。
まるで剣豪のような、オっかないオッサンがくるかと思って身構えていたのだが。
緊張がとけたオレはいささか拍子ぬけしながら、それでもあることが気になったので、
「いや~すみません。シャワーをお借りして。ところで……私はべつに呼ばれてこちらに伺ったワケじゃないんですが」
“お館さま”の快活そうな顔が、ふと曇った。
「なんと?ウチの娘から――連絡が行きませんでしたか?」
娘さんから?と今度はこちらが怪訝な顔をする番だった。
「いえ。こちらの娘さんからは……なにも」
「それはおかしいですな」
神主は口もとのヒゲを撫でつつ、
「ウチの娘から、そちらに連絡するよう言づてたはずなんですが」
「そもそも、なぜ娘さん経由で?神主さんが、直接私に連絡をくだされば良かったのに」
「当神社から、そちらに直接連絡をするのは……」
神主は己のヒゲをなでるのをやめ、雰囲気に少しばかり硬いものを混ぜてオレを見つめた。
「
「……万一のコト?」
「そう。いえ、こう申してはナンですが、実は“千一”いや“百一”と言ってもいいくらいでして」
「……よく分かりませんね。いずれにせよ、こちらの娘さんからは何も……」
このとき、とり巻く中年の巫女たちから、不安気な
耳を澄ますが、なにを言っているか良く聞き取れない。
「では、どうして。今日、おいで下すったのです?」
「じつは――」
オレは頭の中で、すこし考えを無難な方向にまとめてから、
「お宅の娘さんと、私の……そのぅ、
あぁ、と居並ぶ年かさの巫女たちから、ため息まじりの声。
密かに交わされる目くばせ。得たり顔をした、うなずきあい。
「……それで?」
「それで、以前こちらで頂いたお守りが、どういうわけか焦げてしまったのを偶然思いだしまして、ついでに新しいのと交換しようと――」
ザワッ、と広間の空気がうごいた。
神主が、わずかに身を乗り出すのが分かった。
「……焦げた、と申されますと?」
「いえ、そのままの意味です。ポケットに入れて置いたら自然と……」
巫女たちの囁き交わしが大きくなる。
(……やはり“
(また“
(えぇ、
年かさな女たちの動揺をやんわりと制しつつ、この神主は口ひげをゆっくりと弄りながら、
「くわしく、話を聞かせて頂けませんか」
オレの中で、たっぷり15秒ほどのためらいがあった。
なぜかって?――当然だろう。
黒ネコが夢にあらわれて、この神社のお守りにケチをつけ、散々こちらにちょっかいを出したあげく『ゲッチンゲン大学』仕込みの哲学的な議論までフッかけてくる……などと言って、相手に“キ印”扱いされたくも無い。
だが、、そんなオレの
「その件。まさかとは思いますが……“黒ネコ”が、関係してやしませんか?」
* * *
四方を
あれから長々と“お館さま”の説明を受けたのち、巫女ふたりが神主の合図をうけて光の入る側の障子をあけ放つ。
すると――そこは神社の広い中庭になっており、中央には大掛かりな地鎮祭のような祭壇が一式、しつらえてあった。
聴いたハナシをまとめれば、なんでもその“障り”とか言うモノに、神界から地上界に至るこの神社の『神道』を
「なんでオr……私が、こちらの神サマと近しいって分かるんです?」
「そりゃもちろん。以前おこなった“ご祈祷”からですよ」
口ヒゲを撫でながら、こともなげに神主は言ってのけた。
「貴方は、いとも簡単にわが
なるほど。
そういえば先だって、奮発して万券を出して祈祷してもらったときも、ここの神様の仕業なのか、ヘンな幻影を観たのだった。
(※第15話:紙一重な"ウラ側"の世界・参照)
ふぅぬ、とオレは疑わしげに首をかしげる。
――神の路すら
そんなものに、世をスネた一介の酒飲みである轢殺ドライバーのオレが、太刀打ちできるもんなのか?いや、そもそも……。
――あのクソ生意気な黒ネコは、それほどまでに
まてよ?と、そこでフト立ち止まる。
なにも敵が
もっと強力でエゲつないものが出ても、おかしくないんじゃないか?
大鳥居で見た、あのワケ分からん死霊を思いだせば、その可能性が高くなる。
そもそもヤツに、あんな“死霊使い”のような邪法を使うマネが出来るのだろうか……。
――どうもアヤういなァ……。
以前にみた様々なホラー映画がよみがえる。
“悪魔”や“妖怪”と戦って無残に討ち死にする登場人物。
その最後の無残な姿が、BGM付きでオレの目のまえにチラつきはじめた。
首の切断。焼死。列車事故。猛犬の襲撃……。
オー〇ン2に出てきた無敵モードのダミ〇ンや、ゴッド・アーミ〇のクリスト〇ァー・ウォーケンみたいな
「……なべての“怪異”は、すべて
「はぁ……」
「また、私どもの大鳥居のところでご覧になったときいております“障り”に使役される、哀れな低俗霊を……」
「ていぞくれい?」
「魂を
「魂を
「殺人者、誣告者、自殺者、姦淫者、虚妄者……その他もろもろです」
大鳥居のところで蝟集し、わらわらと
見るからに“ケガレ”を具現化したような、哀れな
――あれが“人間の魂”のたどり着いた先とは……ねぇ。
その他にも、畳敷きな広間の中でオレと神主は互いの知識を交換し合った。
とくに、夢の中の出来事。なかんずく尻尾の割れた黒ネコとその言葉は、神主はもちろん、中年の巫女さんも、思い当たるフシが大いにあるとみえ、不思議で不気味な怪異譚が、お互いの経験談を補完し合う形で次から次へと語られる……。
「用意は――大丈夫ですか?」
神主に声を投げかけられ、オレは我にかえった。
「用意もナニも……私は、どうすればいいんです?」
「
先ほどまでの
こうなると口ひげの効果もあって、相手から相応の貫禄をうける。
「ただひたすら、精神を集中させ、外乱に囚われないようにすれば佳いのです」
「お館サマ!」
その時、ひとりの平服すがたな中年婦人が飛び込んできた。
携帯を手する腕をふるえさせ、悲痛な面持ちで神主を凝視している。
先ほどまでのワイドショーな調子を一変させた中年巫女軍団のひとりが
「下がりゃれ!式の
「あの、お嬢サマが……お嬢サマが……」
平服の婦人は、わななく声でそれだけ言ったあと声を詰まらせる。
神主の葛藤を看たオレが、代わりに、
「マコトさん、だっけ?あの子がどうしたんです?」
「……学校の階段から足を滑らせて……頭を打って意識不明で病院に運ばれたとか」
この時の神主の態度こそ、見上げたものだった。
口もとをグッと引きしめ、静かな身ぶりで婦人に下がるよう伝える。
とりまく中年巫女のうち一人が立ち上がり、彼女をどこかへと連れていった。
神主はいちど天をあおいだ。オレもつられて上空に目を細める。
先ほどまであれほど晴天だったものが、見るまに厚い雲がわいていた。
陽の光はあっと言う間に力を失い、地上は温度を下げ、うす暗く染まってゆく。
「……これから御焚き上げをして式を繰りだし、
オレは不安げに辺りをみまわした。
地面に突き立てた、
その外では、中年の巫女たちが
ワイドショー的に下世話なオバはん達だが、実は位の高い神社からとくべつに
中央の祭壇には、鏡。神饌。加えて何につかうのか、直刀型の剣。
あるいは
オレの前には、お焚き上げ用の炉。傍らに、木札の山。
――はぁ……っ。
なんでこうなったんだか……と身じろぎする。
ノリの効いた
ふいに生暖かい風がふき、
と、その中にオレは死臭を嗅いだような……。
そこはかとなく不安になり、重々しい手つきで祭式の準備をする神主に、
「あの。オr――本当に
「なぜです?」
「もっと自分なんかより“神様に近い存在”がいるんじゃないですか?」
「……というと?」
「
「“
「ニタヨウナモンダト……オモウンデスケド」
「ついでに、当神社の祭神は女神です」
レズの女神だっているかもしれないじゃんか……と、オレは先日のサロメを思いだす。
「それに――」
神主は準備の手を休めることなく言葉を継ぎ、
「神道が“障り”に
「シンタクって……“お告げ”のコトですよね?」
左様。神主は重々しくうなずいた。
そして、腰に祭壇の剣を帯びながら声ひくく、
「“炎の
「なんですソレ」
「……さぁて」
口ヒゲの下で
「それこそ――貴方に聞いてみませんと」
「こんな、世間の
「さきほど水垢離をしていただきました。貴方の身は清まっているはずです」
あぁッ!とオレは胸のなかで叫んだ。
――あの風呂場の!どうりで水が
とおくで、雷鳴が天を
いまや陽は完全に
「マズいですね、コレ。ゲリラ豪雨にでもなるんじゃないですか?」
しかし、口ヒゲの神主は
ややあって。
おぉぉぉぉ……ぉぉぉ……ぉぉォォォォ……。
また雷鳴。
こんどは、近い。
空を打ち割るような轟音。
そして腹に響く振動が、それに伴う。
神主の声が力をつよめ、朗々たる勢いで。
周囲をとりまく中年の巫女たちも地に平伏し、それに和す。
おぉぉぉぉ……ぉぉぉ……ぉぉォォォォ……。
人間たちの、必死の
だが、それをまるでせせら笑うように、また彼方で腹の底に響く連続性の炸裂音。
あたかも結界の周囲が、重砲の攻撃か空爆を受けるような印象。
ザァッ、とひとしきり驟雨に降られ、ほどなく止んだ。
一陣の強い風もふきわたり、炉の炎が消えそうに。
ついには積み上げた木札の山がくずれ散る。
「あぁっ!」
巫女たちの狼狽する声。
しかし、さすがに神官は落ち着いたものだった。
沈着に木札をひろいあつめ、迷いのない手つきで式を再開する。
だが一度地についた木札は濡れたものか、火にくべても
霹靂一閃。
間髪をいれず、近くで落雷。
樹木にでもおちたのか、何かが燃える焦げ臭い臭い。
まさか、これも“障り”とやらの
だとしたらパワーが違いすぎる。思いっきり“負け戦”じゃないか。
生ぐさいような風が、また勢いを増してふきつのり、神社の神域を荒れ狂う。
巫女がひとり、うつ伏せのまま地面に延びていた。もう一人の巫女が、狂ったような顔つきで、何やら叫びながら四方に立つ笹竹の一本を引き抜こうとする。近くにいた者があわててそれを止めようとするが、狂女の力はつよく、三人がかりでも吹き飛ばされた。
加勢しようと思わず立ち上がるものの、足のしびれで前のめりにたおれる。
結果的にそれが良かったのかもしれない。
すぐさま特大の落雷。
当たりの空気が電気を帯びたようになり、斎竹の一つを抜こうとしていた巫女は口から黒い煙を吐き、白目をむいてゆっくりと仰向けに斃れた。
もはやここまでだ。
意味不明な突風に、落雷。
どう考えても死亡フラグとしか思えない。
「神主サン、撤収!――ここは一時撤収を!」
だがオレの撤収要請にもお構いなしに、口ひげの男は背中に微塵のためらいもみせず、燻る炉に木札を
「神主!――サン!」
その時だった。
長いフラッシュのように辺りが強烈な紫色につつまれた。
祭壇が崩壊し、その上に神主が倒れ伏すのがかすかに見えたような。
同時にオレも全身を何かが突き抜けたような勢いで、横ざまに吹っ飛んだ……。
* * *
「
その声を遠くに聞いたのは、オレが地面に叩きつけられ、上から土くれがバラバラと降りかかってきた時だった。
――遅ェんだクソが……。
片目が見えない。
やられた、と土まみれの手で額をさぐる。
ぬるりとしたような感触が指先にふれて。
気を失いかかるところを、両わきの下に腕を通され、手荒に引き起こされた。
「
脚に力が入らない。
祭壇はどうなった?神主のオヤジは……。
そのままひきずられ、近くのアリ塚に投げ出される。
左右の茂みから自動小銃の連射をうけ、少なからずの兵士が斃れた。
「
二発目の着弾が、乾いた大地を轟然とゆるがした。
待ち伏せの凶弾と応戦の銃弾が、激しく交錯する。
* * *