試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

83 / 84
お待たせしました!!!!!!!!!
VPN接続ミスってネットと繋がらなくなるわ
土日出勤・残業で余裕がないわで散々でした。
不好(プーハオ)(ダメダメ)ですよ不好(プーハオ)!!!
(おまけに今月帰国の予定が最低1ヶ月伸びました……)

ともあれ、これから徐々に復活です。
精鋭読者に皆様におかれましては、これからも珍歩を
どうか御贔屓のほど、何卒宜しくお願い致します。


第40話:戦塵の巷(ちまた)(1)

 四方をなだらかな丘に囲まれた「すり鉢」状の土地だった。

 周囲は丈のひくいブッシュに囲まれて、見通しがきかない。

 銃撃を受け移動中の兵士は素早く車両のかげに、あるいは近くのアリ塚へ。

 

 寄せ集めの傭兵部隊とはいえ、歴戦の強者。戦場の古ギツネだ。

 

 エル・アラメインで()かれた者もいる。

 スターリングラードで(こご)えた者もいる。

 ディエン・ビエン・フーでの塹壕戦闘。

 アルジェリア戦争で受けた屈辱的降伏。

 

 それら硝煙の巷をかいくぐった男たちは、皮膚に刻み込まれた厳しい経験から、即座に反応した。

 

 前方、そして左右側方にむけての応戦。

 経験に裏打ちされた的確な制圧射撃。

 せーの!と防御用手榴弾が投擲され、爆発音と悲鳴。

 一人の小隊長が大型の無線機を背負った兵士を呼びとめて、 

 

オム ド ラディオ(通信屋)!D-24地区にて敵のアンブッシュ(まちぶせ)と本部へ連絡!座標を知らせて応援を要請しろ!座標は――」

 

 また着弾。

 

 吹きあがった土くれがバラバラと振る中、命令をうけた通信兵は受話器を耳に当て、 

 

「本部!本部!D-24(b)地区にて敵の待ち伏せに遭遇!座標087・2ろ――」

 

 ビュバッ!

 

 紅い花が弾けた。

 通信兵のベレー帽が吹っ飛び、頭の無くなった身体は、力なく前のめりに斃れる。

 

狙撃兵(ティラユール)!」

 

 ジープに取り付けた50口径の重機関銃が、ドカドカと狙撃手がいると思われる方向に目くらめっぽうな制圧射撃をするが、きっかり10秒後に通信兵の後を追った。

 

「ダメだ!頭ァだすな!」

 

 片目の視界でその顛末(てんまつ)()たオレは、周りの兵士たちに伏せるよう命じる。

 死体の倒れた方向が通信兵とは逆だ。つまり敵の狙撃地点は左右前方だ。

 

 ――なぜだ……なぜ真横から撃たない……?

 

「ジャン!――ジャン!エグモン!」

 

 オレは腹心としている二人の小隊長を呼んだ。

 

「ウィ!」

「ヤボォール!」

 

 南フランス人と低地ドイツ人が、飛び交う銃声の中で同時に(こた)える。

 

「ミラー大尉は?どうした!ヤツが応戦の指揮をとっているんじゃないのか!」

 

 文字にできない(ののし)り文句がひとしきり続いたあと、

 

「ドコに居るか分からんデス!」

「もう基地のBARに居るンじゃねぇスかぁ!?」

 

 オレを土の中から引きずり出してくれた若い兵が、水筒の貴重な水を顔に振りかけてくれた。

 すると血が洗い流され、片目がふたたび見えるようになる。

 どうやらやられたのは眼球ではなく額だったらしい。

 

 助かった――と、思うと急に元気が出てきた。

 

中尉どの(モン・キャピテン)!ドゥしやす!?」

 

 10秒に1回の割で落ちてくる敵砲弾。

 噴水のようにもちあがるアフリカの大地と悲鳴。

 そして敵の掃射をかいくぐり、匍匐前進で近づいてきたジャンの声。

 トレード・マークである外人部隊の白ケピ帽がずり下がり、血ばしった目が。

 それを見たとき“部下に対する責任”というものが着火剤となって、頭が働きはじめた。

 

 オレは現在の座標と、記憶にある地形を合致させる。

 この待ち伏せは、あらかじめ周到に練られたものだろう。

 重火力で進行方向を遮断し、左右斜め前方に狙撃兵を配置……。

 

シンバス(ライオン団)かもしれません!」

 

 ちかくにいた黒人兵士が身を伏せて震えながら、勇猛さで鳴らす反乱兵団の名をあげて怯えた声をあげた。

 

「もう囲まれているのかも……逃げましょう中尉どの!!」

 

 ――いや……違うな。

 

 頭をかすめた銃弾に首をすくめながら、オレは考えた。

 

 むやみやたらに小銃を乱射することもない。

 呪術や護符をたよりにしたバンザイ・アタックを仕掛けてくる気配もない。

 それどころか、巧妙にしくまれた連携作戦のにおいすら感じられる。単なる反乱軍の動きではなく、まるで“東側”の軍事顧問でもついているような……。

 

「射点、出ましたァ――ッ!」

 

 銃撃戦の嵐のなか、沈着な工兵のポポロペロスキ伍長が叫んだ。

 弾着跡の深さ、角度から、迫撃砲の射撃位置を割り出したのだ。

 

 伝えられた距離と方向は、意外とちかい。

 砂まみれとなった地図と軍用コンパスをつかい、ミル単位で位置を確認。

 どうやら敵は、この先にある三叉路の小路(パス)から撃ってきているらしかった。

 

 思った通り。

 

 この威力、間延びする射撃間隔。

 兵士3人で運用する81mmの豆砲じゃない。

 運搬に車両が必要な120mmの重迫(重迫撃砲)だ。

 だからこそ街道から撃ってきているのだろう。

 

 オレは近くにいた軽迫(軽迫撃砲)屋に座標を指示。

 

 あちこちに炸裂する着弾と敵の機銃掃射をものともせず、コリメータ(視準器)をのぞきこんだ熟練の老射手は照準を固定。やがて部下の若い装填手に指示し、軽迫の強みである(つる)べ打ちの発射速度で応射をはじめた。

 向こうが最大1分に10~15発撃つ間に、こっちは30~35発をブチかます。

 やがて目標がいると思われる彼方でド派手なキノコ雲があがり、敵の重迫は沈黙した。

 

「やったァ!!」

 

 部隊のだれからともなく歓声があがる。

 

 一瞬、敵の攻撃がやんだ。 

 だが再び前方より、発射速度の速い機銃をそろえた連射。

 向こうも経験者だろう、効率的に、しかも低く撃ってきている。

 こちらの50口径も応戦するが、この状況下ではいかにも効率不足だ。

 

「撤収しようヤ中尉どのォ!」

 

 ジャン伍長が打ち尽くした弾倉(マガジン)を交換しながら叫んだ。

 

重迫(じゅうはく)もツブしたし、チャンスですゼ!」

「――最後尾の第一中隊、もう下がり始めてるとのことです!」

 

 ハンド・トーキー(トランシーバー)を耳に当てていた兵長が声高に報告する。

 

 この地形の背後は、どうなっていたか。

 たしか道は狭くなって、左右が比較的高い大地になっている。

 

 オレは思わずゾッとした。

 絶好の殲滅ポイントじゃないか。

 敵の攻撃火線も「下がれ」と言わんばかり。

 たぶんそれぞれの丘の上には敵が砲門を揃え、手ぐすねを引いてるだろう。

 

 ――行くも地獄。退くも地獄なら……。

 

 

 オレはホイッスルを吹いた。

 そしてノドがひびわれるくらいな大声で、

 

「火炎放射器――防御班とともに、前へ(アヴァン)!」

 

 突っ込むンですかィ!?とジャン小隊長。

 

「ワナだ。下がったら、たぶんそれまでだぞ!」

「でもよォ……」

「エグモン!装甲車を全面に押し出して、前方機銃の処理にあたらせろ!機関砲の弾を惜しむなと言え!」

ヤァボォール(了解)ヘル、コマンダール(隊長どの)!」

 

 ガタイのデカい、降下猟兵くずれの下士官がm/45短機関銃を手に素早く去った。

 代わりに白系ロシアの子孫である青年兵が、トンプソンを手に近づいてきた。

 まだ骨も固まっていないような、どことなく弱々しい金髪碧眼の17歳。

 たしか後方にいる第一中隊所属のはずだが、なんでこんなところに。

 

 と、敵側機銃の連続的な激しい弾着。

 その場に居たものはガバッと地面にふせる。

 

 ミシン状に土ぼこりが(はし)るなか、伏せたオレの目のまえを。鼻先のトガった砂漠のネズミが巣穴から顔をのぞかせ、ヒクヒクと鼻をうごめかしてつぶらな目で、降ってわいた人間の愚かしいこの混乱を身ぶるいしながらうかがっている。

 

「アレクセイ!アレっち(アリョーシェンカ)!どうした!?」

()()()()中尉どの!ミラー大尉どのから伝言です!『残存を率いて、ただちに“転進(退却)”』と」

 

 ――あンのクソ阿呆が……。

 

 ンなコトしたら、溶鉱炉のなかに味方を放り込むようなもンだ。

 

「ダメだ!退却は出来ん!このまま突っ切るぞ!」

「でも――」

 

 オレはふたたびホイッスルをふいた。

 

 背をかがめて走り寄ってきた小隊長たちに、これからの行動を伝える。

 一を聞いて十を知る歴戦の男たちは、ただち自分の意図を察し、背をかがめてそれぞれの受け持ちに戻っていった。

 

 やがて。

 

 トラックに装甲板をつけた軽装甲車が、周囲を随伴歩兵と火炎放射器に守られながらハリネズミのように突き出した機銃を総門で連射しつつ進んでゆく。

 

 擲弾筒が頻繁に放たれ、放物線を描く死が、敵の隠れていそうなブッシュをしらみつぶしに爆散させていった。

 部隊の先頭が、敵の正面に突っ込んでゆくのを見たロシアの青年は怖気づいた表情(かお)で、

 

「中尉どの!ボク……伝えましたよ?」

 

 そう言って後方に逃げようとする。

 オレはその襟首を慌ててつかまえ、地面に引き倒した。

 きわどいタイミングで機銃の弾着がすぐ横を奔り抜けてゆく。

 ホコリまみれな若い顔が呆然とそれを見送り、やがてオドオドとこちらを向いて。

 

「ホレ見ろ!いま自分の中隊に戻っても死ぬだけだぞ――ザムノォイ(ついてこい)!!」

 

 

 * * *

 

 

 激戦の終わった夕方。

 

 部隊は、ズタズタになって前進基地に帰還した。

 

 “夕暮れ”などという余韻を残さぬアフリカの落日を、生き残った部隊が抱える“装甲車両”の車列が、とぼしいライトに羽虫の軌跡を浮かべつつ進んでゆく。

 

 “装甲車両”とは言うものの、じっさいは大型車両に、建築廃材の鉄板を溶接でくくりつけただけだ。12.7mmの機銃で簡単に穴が開く。しかし手榴弾の破片やUZIの9mm弾ぐらいは辛うじて防いでくれるので、みな悪態をつきながらもその遮蔽物に身をひそめ、何かと重宝しているのだ。

 

 その車両の荷台から、古い軍歌の斉唱が沸き上がった。

 

 次から次へと。

 

 各車に乗る音頭とりの呼吸次第で、軍歌の題名は変わってゆく。

 

 大戦中のもの。

 インドシナ時代のもの。

 アルジェリア紛争当時のもの。

 

 Sous les pins de la B.A.(善行章のバッジの下に)という陽気な軍歌が、足早にやってくるアフリカの夜の空気を縫ってゆく。

 

Cette fois c’est du vrai(こんどは実戦(マジ)だぜ)

 Car le convoi démarre(戦闘車両の群れが征(ゆ)く)

 Salut les gars direction la bagarre!(よォ野郎ども、いざ戦いへ)

 

 血の臭い。

 硝煙の臭い。

 砂塵と乾いた草の臭い。

 

 それら諸々のにまみれた男たちの胴間声(どうまごえ)

 みな、この戦闘から帰還することが、たまらなく嬉しいのだ。

 

 傭兵ってヤツは、極論すれば自分自身が軍規であり、絶対の掟だ。

 銃殺の危険と引き換えに、戦闘中の戦場放棄も自由、部隊の脱走も自由。

 この中にあって自分の意志で部隊にのこり、恐怖に打ち()ち、敵を撃滅して帰りの車両に乗り込んでいる……。

 そんな自分自身を、彼らは(よみ)したいのだ。寿(ことほ)ぎたいのだ。

 

 ――敵に背を向けず、危険な状況になりつつも反撃し、局地的勝利を勝ち取った“オレたち”……。

 

 

 アンブッシュ(待ち伏せ)を受けた戦いは、 重迫(重迫撃砲)をツブした時点から一転、風向きが変わった。

 近くに潜んでいたスナイパーを擲弾筒であぶり出してから、戦闘の趨勢は決定的となる。

 

 部隊を立てなおし、全方向に軽機関銃を突き出した“装甲車両”を火炎放射器とともにメインで突入させ、 重迫(重迫撃砲)の周囲に残っていた敵の部隊を殲滅させたあとは、残党狩りがはじまった。

 捕虜も何人か捕獲し、装甲車両の奥にロープでグルグル巻きにして、放り込んである。

 

 すなおに後退して敵の術中にハマった第一中隊の損耗率はすさまじく、60%が未帰還。車両に至っては、ほぼ全滅だった。

 しゃにむに突っ切って敵のワナを突破したオレの第三中隊は、それに比べたらずいぶんとマシな方ともいえる。

 

 基地の司令部的に一番痛かったのは、某国からバトル・プルーフ(戦闘実績)を高めるために供与された新型の暗視装置、長距離用狙撃銃、正式配備まぎわの擲弾発射機を奪われたことらしい。用心のために部隊の後方に配置していたのが、かえってアダとなった格好だ。

 

 先行する路上斥候役のジープから、今度はラジオで流行歌が流れ始めた。

 

 元気の残っている者は、その場しのぎの装甲板を叩いて拍子をとり、負傷し血まみれの包帯を巻いて横たわっている者は、青ざめた顔に微笑をうかべて。

 

 そんな、あらゆる意味で頓狂な『リュカントロポス』たちを、僅かにのこる残照を背景に、バオバブの樹のもと、ガゼルの群れが眺めている……。

 

 

 その翌々日。

 

 指揮者のミラー大尉は、このまえ姿を現したウサん臭いCIAのスーツ野郎を含んだ査問会に出席し、だいぶ脂をしぼられたらしい。オレも呼ばれたが、30人ばかりが集まる広い会議用バラック棟で高級将校を前にして、

 

・今回の攻撃は敵の練度が異様に高かったこと。

・運用に車両が必要な重迫(重迫撃砲)まで持ち出し、装備も万端だったこと。

・検証した敵の重迫はソビエト製のモノであること。

・部隊の行動が、いちいち読まれていたフシがあること。

 

 以上のことから、

 

・敵の不正規部隊にソビエト、ないし中国の技術顧問が存在している可能性。

・車両をつかった大掛かりな待ち伏せ計画が事前に察知できなかったことへの不満。

・なにより基地内に内通者がいる可能性。

 

 この三点をあげ、会議室に居ならぶ裁判官役たちに渋づらを浮かべてやった。

 

 オレの供述を聴き、自分への矛先が鈍るのを予想できたミラー大尉は、まるで(うれ)ションをせんばかりな小イヌめいた感謝の表情をうかべてコチラを見たものだ。

 

 だがオレは、そんなヤツにかまうことなく言うだけ言うと、敬礼をして気づまりな大会議用バラックを後にした。

 

 

 

 

「やァ、ここに居ましたネ」

 

 その日の夕方だった。

 

 基地内のまだ静かな将校用バーで、オレがひとり、グラスを傾けていると、管理部門のヤン中尉がやってきた。

 

 この傭兵部隊には似合わないほどの、見るからに文系風な容姿。

 クリケットで鍛えたとは言っているものの、どう考えても線の細い体つき。

 そして女からみて魅力的な顔立ちらしく、あちこちの基地に女友達がいるらしい。

 

 黒人労働者を多数抱える白人豪農の家に生まれ、なに不自由なく育ち、ケープタウン大学を出ると――ドコでどうトチくるったか――この傭兵部隊に転がりこみ、持ち前の明晰な頭脳とソフトな物腰で経理関係と、ほかのコマンド部隊との折衝を助けていると聞いていた。

 現に今日も国連軍との連絡役で、西の区域に展開するベルギー人部隊のところへ派遣されていたらしい。

 

 日没の風が気持ちよく室内に吹き抜けるなか、この比較的若い“中尉”は、カウンターにならぶ背の高いイスに座るオレの隣席に遠慮なくよじのぼる。

 

「聞きましたよ?」

「なにを?」

「カッコよかったそうじゃないですか」

「恰好良かった?――何が」

 

 スタッフの人間とはあまり仲良くしないオレだが、それでも“情報の手づる”は欲しい。

 ヤンの方も『南アフリカ産の大学出なフニャチン』というレッテルを貼られ、ほかの将校から妙にキラわれ、イヂられがちなトコロを“戦場ギツネ”のオレと懇意だと吹聴することで自分の身を守っているフシがあった。言ってみれば“利害関係のもたれあい”となったオレたちである。

 

「ミラー大尉の弁護ですよぉ。そうとうイカしてたとか」

「あぁ――査問会の内容が伝わったのか。さすがに耳がハヤいな」

「これはまだオープンになってない情報ですが、ミラー大尉は戒告処分で済みそうですよ」

 

 コレだ。

 

 この情報網こそが、コイツの利用価値なのだ。

 

「あと、あのミラーのヤツを“サムライ”マイキーが擁護するなんて意外だと、もっぱらの評判です?」

「擁護じゃない……」

「え。じゃぁ、なんで?」

「ん……」

 

 オレはウォッカ・ギブソンを飲み干すと、バーテンにお代わりを命じる。

 

 白ワイシャツに蝶ネクタイ姿のナミビア人は、黒い二の腕に白い(てのひら)をひらめかせ、見るからに冴えわたった手つきで酒を調合し、素早く繊細な一杯をつくるとコースターに載せてオレの方に押しやった。

 

 コイツがいれば、ノコノコ街中のバーに出かけ、ケバい女にまとわりつかれる愚を犯す必要がないほどの腕だ。とくにマティーニをつくる精妙な腕が素晴らしい。

 

 グラスに口を近づけると、ジンとウォッカの涼しい香りが広がった。

 一日のドタバタ騒ぎからくる乱雑な印象を、スッと吸収してくれる。

 明日の見えない危険な傭兵稼業の日常すら、この一瞬だけは忘れて。

 

「司令部のアホどもに、自分たちの情報不足と目論見ちがいを叩きつけてやるためサ」

「へぇぇ?」

「タリめーだろ。でなきゃ今回の一件は「ミラーの不手際」と言うだけでオワっちまう……」

 

 3日前の戦闘の余波は、ようやく収まりつつあった。

 

 放置遺体は収容され、KIA(戦死)としての登録抹消と遺族への弔問金手配。

 損耗した機材のリスト作成と、攻撃地点、および当時の戦闘行動が、国連軍の部隊によって再検証される。

 

 重迫撃砲は2門が用意されていたことが分かった。

 そのうちの1門は故障をおこし、少しはなれた場所に放棄されていた。

 実際に使用された1門が、我が方の軽迫砲撃により予備弾薬を誘爆させ、射撃地点より少し離れた場所で操手の肉片をこびりつかせ横倒しになっていた。

 

 危ないところだった。

 

 2門で攻撃されていたら、オレの第三中隊は全滅だったに違いない。

 そんな不吉な想いをジンベースのカクテルで洗い流していると、司令部付きのヤン中尉は、

 

「アナタが言ってた内通者の話、司令部の方で調べるみたいですよ?」

 

 ゴトン、とカウンターで音がした。

 

 見ればバーテンダーが、洗っていたゴツいオールド・ファッショングラスをシンクに取り落としたのだ。

 

ハアイ(おぃ)、サミィー。パソッ(気を付けな)

 

 ヤン中尉が口調を一変させ、アフリカーンスで注意する。

 バーテンダーのサムは苦笑をうかべて首をふり、幸い割れてなかったグラスをかたづけるとウィスキー・ソーダを手早く作り、ヤンのまえに置いた。

 

 司令部付きの若い中尉はひと口すするや、

 

「サミィ――濃いよコレ」

ヴァルスコーヌ・マイ(すみません)……」

 

 そういってバーテンはジョニ―・ウォーカーの赤を取り、再度作りはじめる。

 

 ヤンは知らないだろうが、あのジョニ赤はニセモノだ。

 南ア産の安ウィスキーでごまかされている。

 おそらくコイツは、ふだん酒など飲まない人種なんだろう。オレと一緒のところを他の将校に見せつけたい一心で、わざわざバーに足をはこんでいるに違いない。

 

 ――ま、そんなイジましい努力をする小心さも、キライなワケじゃないが……。

 

 オレは将校用のバーを見回した。

 まだ夕方早くともあって、佐官級は姿を見せていない。

 これがもう少し遅くなると、取り巻きをつれてチラホラ“ご降臨”なさるのだ。

 ときには“お気に入りの女”などをこれ見よがしに連れてくる将校もいる。

 なにせ「前進基地」とはいえ少し古く、周りには掘立小屋の市が立つぐらいの場所なんだ。

 

 とおくの席で顔なじみのアルモンが、ひとり鬱々と飲んでいるのが見えた。

 アルジェリアのドタバタで「1er BEP(第一外人落下傘連隊)」を除隊となった中尉が“大尉待遇”でこのアフリカの場末に蠢いている。

 すこし離れた場所に、スペイン人のラルゴ少尉と仲間たちがテーブルを囲み、ナニやらヒソヒソと額をあつめて。こちらに気づくと、ラルゴは軽く手を上げ挨拶する。

 ヤツも気の置けない人物だ。

 狙撃の腕と、カードのイカサマ。それに女を引っかけることにかけちゃ、右に出る者はいない。

 

 

 また新しく客が入ってきた。

 時刻は、はやくも1700時を回って。

 バーテンダーのサムが、レコードジャケットのラックから「La java bleue(青のジャヴァ)」を抜き出した。

 慎重に針にかけると、大戦中の古わたりなシャンソンが鳴り出す。

 なにせ“旧式”な連中が多いので、こういった曲の方が盛り上がるのだ。

 

  せつなの狂おしい熱情のために

  なんて沢山の約束、なんて沢山の誓いを

  人は交わすのかしら。

 

  でも人は知っているの。

  愛に満ちた誓いは、いつまでも続かないことを。

 

 胸のなかで、ふしぎな苦々しさが広がった。

 それまでの心地よいカクテルの酔いは吹き払われる。

 代わってやってきたのは、女に裏切られた苦さと、やるせなさ。

 みょうな事だった。オレは今まで結婚なんぞ、したことはないってのに。

 

 古馴染みの曲に引かれたのか、次々と将校たちが入ってきた。

 もう佐官級もチラホラ混じっている。だんだんと席は埋まってゆき、レコードはまたしても古いシャンソン。

 外人部隊上がりのドイツ人が、そろそろ顔をしかめ始める。

 

「……出ようか」

 

 オレは本人の抗議も無視してヤンの分も支払うと背の高いイスから滑りおり、バーの出口へと向かう。

 

「ねぇ、ホントに払いますよぉ?」

「いいって」

 

 か細い灯りが灯る中、大きな三角形をした基地の敷地内を、気の合った者たちが勝手に作った“将校クラブ”に向けて歩いてゆく。

 

 虫の聲が支配する闇の中。

 どこかで怒鳴りあう声がした。

 また誰かがケンカしているらしい

 ガラスの割れる音。たぶん酒瓶だろう。

 脳天に叩きつけられたのでなきゃいいが。

 

 向かいから、短機関銃を肩にかけた軍曹がやってきた。

 

 ご大層にカイゼルひげを生やしたこの男。

 ベレー帽にSASの徽章と、落下傘に翼のついた空挺徽章の二つをつけている。

 おまけにソイツがクロムだから、月夜の明かるさに反射して実に良く目目立つ。

 

 ――アホが……。

 

 夜間戦闘で絶好の餌食だ。

 

 とくに昼間のように明るい満月では「撃ってくれ」と言わんばかり。

 だいたいコイツが、ほんとにSASや空挺部隊に在籍していたかアヤしい。

 おそらく給料をつりあげるため、履歴を捏造したかナニかだろう。

 オレなど迷彩服には、目立つモノを一切つけないというのに。

 

 だいたいこの部隊は、掃きだめというか玉石混合だ。

 北欧の名門や零落したロシアの貴族が下士官にいるかとおもえば、殺し屋やポン引きが将校をやっている。

 オカマの伍長。ホモの軍曹。殺しが趣味の降下兵。

 

 ――まぁ全部が全部、そんなワケじゃないが……。

 

 カイゼルひげは、オレたちをチラッと一瞥しただけで通り過ぎてった。

 

 たぶん一般兵士用の酒場に行くんだろう。そこでは毎夜“混沌”と“バカ騒ぎ”が繰り広げられてる。とくにこの一両日は、先日の死地をのがれた隊員たちでヒートアップしていた。これが正規の部隊なら、とうにドクターストップが出るだろうが、傭兵部隊はそんなものには縁が無い。

 

 ――戦い、殺し、飲み、殺される……。

 

 ときおり、そこに“脱走”の二文字が入るが。

 

 だいたいこの部隊。第5の(マイク)ホーや第10(ブラックジャック)シュラムを頭とする有名なコマンド部隊を模して創設されたらしいが、最近はCIAの私兵か、ワルくすりゃ、使い棄ての実験部隊じゃないかと思うようになっている。じっさい雲行きがアヤしくなったら、オレもサッサと脱走して、ホーのもとにでも転がりこむのが利口じゃないかとすら考えていた。

 

 最近では機関砲用の20mmカートリッジすら、支給がアヤしくなってきている。

 その上、先日の『コカイン・モンキー』ふたりを暗殺しろと言う命令だ。

 

 ――あのCIAのスーツ野郎……まともに信じていいのやら……。

 

「マイキー?ドコいくんです?将校クラブは、こっちですよ?」

 

 オッとヤバい。

 考え事をして、つい将校クラブに通じるバラックの路地を通過してしまうところだった……。

 

 ――おっ……♪

 

 基地と外を仕切るフェンス。

 そこに、ひとりの若い兵が、フェンスを挟んで黒人の女の子となにごとか話し合っている。

 手には包みをもち、どうやら女の子にむけてのプレゼントらしい。

 フェンス越しに放り投げ、女の子がキャッチした。

 

「どうしたんです――行きましょうよ?」

「悪ィ、先行っててくれ。チョイと用事を思いだした」

 

 あとからすぐに行く、とヤンを将校クラブに去らせ、オレはもう少しこの若い黒人カップルに接近する。

 

 この辺の連中はイスラムが多いから、逢引きも大変だろう。

 女の子が自分の父親に“不義密通”を知られたら、ムチや棒でしばかれるだけでは済まない。

 それでも若い二人はフェンスの金網ごしに手を取り合い、顔を寄せてキスをする。

 

 ――ふふっ♪

 

 オレの口もとに、覚えず笑みがもれた。

 

 できればあの男が本気であり、二人が巧くいってくれればいいが……。

 傭兵稼業の不安定さに若い彼らの将来を危ぶむが、いちいち気にしても仕方ない。

 

 胸のなかのモヤを祓うと、オレはヤンのあとを追った。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。