試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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          * * *

 

 夕暮れが、いつのまにか街を押し包んでいた。

 

 行きかう車の流れ、家路を急ぐ人の群れ。

 気がつけば少女はオレの腕に絡みつき、高すぎるヒールの危うさを補っていた。

 

「ホラ――だから言わんこっちゃない。その靴はかかとが高すぎるだろ?」

「大丈夫ですよぉオジさま。せっかくプレゼントしてくれたんだモン。大事に履くわね♪」

「おまえなぁ……」

 

 大散財の1時間だったよ、まったく。

 これからはビールではなく発泡酒だ。出先での外食も、極力控えなくてはならない。

 分かれた子供の養育費もあるってのに、どうやってしのぐのか。

 

 ――とはいえ……。

 

 あそこでこの少女に支払いをさせてたら、おかしな空気になったのも確かだったが。

 もはや疫病神になりつつあるこの小悪魔は、からみつくオレの腕に自分のオッパイを自意識過剰気味に押しつけて、

 

「そ・れ・に――アタシはいつもこれぐらいの(ヒール)でフロアに出ているモン」

「フロアだって?」

 

 オレの言葉に少女は立ち止まり、コンビニ袋に入れた制服をゴソゴソさぐると、ボルドー色なカルチェの名刺入れを取り出して一枚を抜き、キスの真似事をしながら差し出す。

 

 磨きの入った、そのコケティッシュなしぐさ。

 

 年甲斐も無く、不覚ながらドキッとしてしまうところを、オレは名刺を見るフリをして、何とかごまかすことに成功した。

 

「【Le lapin Rouge】……「美月」?“赤いうさぎ”って、何の店だ?」

「くれば分かりますよぉ?オジさま!」

 

 もはや完全にオジさん扱いだ。

 でもまぁいい。確かにお兄さん、というにはトウが立ちすぎている。

 彼女はすっかり信頼の籠った眼でオレを見上げた。

 そして生意気にも上唇をなめつつ、

 

「そのときには――お店、終わったらホテルにいこうネ?」

 

 サービスするわよ?と言う彼女の言葉と、ピンクの名刺に印刷された書体から立ちのぼる水っぽい妖しげな雰囲気にオレは眉をひそめた。

 

 ――ガキがマセたコトを……だからトラブルになるンだよ。

 

「それにちょっとは援助してくれないと。アタシのおサイフ、いまキビしいんだもん」

「は?バカ言え。ゴールド・カード持ってるクセに」

「あれは実家のカードよ。非常用。なるべく家には世話になりたくないの」

 

 そこでまたも何か思いついたか、

 

「ね!オジさまのウチ、教えてよ。離婚して奥さん居ないんでしょ!?アタシがご飯作りにに行ってあげる!ついでにお掃除も!」

「なんで……分かる?」

「そんな雰囲気だもの。どこか寂しそうな、投げやりな感じ」

 

 なにか言い返そうと思ったが意外に胸をえぐられて、こんな小娘の一言にもヨロけてしまう。

 過去など吹っ切ったと思ったが、意外にまだ引きずってるんだな、と不意打ちに思い知らされる気分。

 しかし、我が女子高生は明るくハキハキとした調子で、 

 

「でもその代わり部屋に置いて!あ、もちろん部屋代はタダだからね?そうねぇ…ナンならその代わりに格安で“夜のお相手”をしてもいいわ!そしたらオジさまのところから通学するから……」

「おいおい、お(ウチ)のかた、心配してるんじゃないの?」

「どうでもイイのよ、アタシなんか。デキのイイ姉貴がいるし、アタシはただ三面記事に載らなけりゃ良いって言われてるわ」

「……」

「ね!家には帰りたくないの……お店から通学するのもイイかげんウザいし。休憩室で寝ていると夜這いかけられるのよ」

「ンなコトやってっからだ!だいたい女子高生だろ?学校にバレたらマズいんじゃないの」

「大丈夫よ。ウチの父親、世間体つくろうため、見栄でいっぱい寄付してるもの。ガッコの先生がモミ消すわ」

 

 これが今風の若者なのかねぇ?と思いつつオレはビルのネオンがうずまく天をあおいだ。

 そしてふと――視線をおとして周りをみれば、待ち合わせ広場となったエリアの片すみで人目立ちのする美少女が、とうてい釣り合わないオレのようなムサい中年と何やら交渉をするような有様が周囲から浮いて見えるのか、いつのまにやら往来の視線を集めていた。

 

「え?チョットあの娘!カワイー」

「うわ!ホントだ――ダレだろ?芸能人?」

「相手ダレ?あのオヤジ?」

「ADとかじゃない?」

「ウッソ、あの年齢(トシ)で?

「読モの打ち合わせでしょ」

「援交だったりして」

「チョイ悪っぽいオヤジだな」

 

 ささやき。笑い声。

 

 中には露骨に携帯の背を向けるヤツまでいる。

 さりげなくオレは彼女の細い腕をとり、その場を離れた。

 

「ご主人さま――どちらへ?」

 

 革拘束の中で聞かされていた“洗脳音声”のノリなのか、彼女はますますオレに密着しながら嬉しそうにささやく。オレは仏頂面をしながら、

 

「駅だよ。ホラ、交通費あるか?」

 

 これで足りるか?と千円札を握らせようとすると彼女が抵抗した。

 

「いやぁン。『メス人形“ボニー”』はタクシーで移動します」

「金は?」

「ご主人さまが……出してくれるんでショ?」

 

 イラッとくるが、考え直した。

 

 これだけ目立つ娘だ。それに撥ね殺したヤクザの事もある。

 車で帰らせた方がたしかに得策、かつ無難か。

 

 タクシー乗り場に向かおうとしたとき、少女が「アッ♪」と甘い声を出して前かがみに。

 

「どうした?」

「ご主人さまァ。『メス人形“ボニー”』は恥知らずにもカルくイッてしまいました……はやくホテルでこのイヤらしいオマ〇コとおしりの穴を罰して下さいまし……」

「冗談はよせよ。ほら、いくぞ?」

 

 あっ、アッ、と少女は軽く痙攣する。

 

 ――まさか。

 

 少女の耳にギッチリと装着されるヘッドフォンから漏れていた女のささやき。

 いわゆる“洗脳音声”などというものが本当にあるとは思えないが、女をフロに沈めるのが本職のヤクザが使っていたとなると、チョッと心配だ。

 

 だが、もう知らんと思いきる。

 オレは十分やった。エラいぞ!オレ!

 

「いいか?これはご主人様の命令だ」

 

 そう言われた時、少女の眼が期待に輝くのを看る。

 

「今日はタクシーをつかって真っすぐ――(うち)に帰れ」

「……そんなァ。じゃぁ、これからどうやってオジさまに会えばイイのよゥ?」

 

 表情を曇り顔に一転させる少女。

 そのすがりつくような必死めく声に、たまたま通りかかったカップルがヒソヒソと。

 

 焦ったオレは少女の耳元に口を近づけ、熱い息を吹きかけながら、

 

「心配するな――お前のバイト先や学校は分かっている。そのうち連絡してやるから、待ってろ」

「ホント?ほんとにホント!?絶対だよ!!?」

 

 オレは少女の住所を聞いた。

 遠くもない――が、近くもない。

 

 駅のタクシー乗り場に行くまでもなく、タイミング良くやってきた“流し”の1台を止めて彼女を後席に放り込むと、オレは運転手に1万円を握らせ教わったばかりの所番地を告げた。

 

「イイんですかぃ?こんなに」

「釣りはとっとけ。そのかわり玄関口まで、間違いなく届けてくれよ!?」

「オジさまァ――離れたくなぃぃぃ!」

 

 さらに何か言いかける彼女にダメもとで耳もとに、

 

『メス豚“ボニー”おとなしく帰宅をしろ』……」

 

 すると、あろうことか効果てきめん、彼女はおとなしくなる。

 タクシーの運ちゃんはギョッとするが、オレはすかさず、

 

「この()の言うことは無視してくれ――ちょっと()()()()な子なんだ」

 

 あぁ……と初老のオヤジが納得する気配。

 ドアが閉められ、モーター音と共に彼女の振り向いた顔とタクシーのテールランプが小さくなってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オワった……。

 

 

 

 

 オレは激しくしく脱力する。

 膨大な疲労が、夕暮れの空から降ってきた。

 全身の筋肉という筋肉が、ワタのようになってしまった感覚。

 

 ビルにかかる大時計を見れば、すでに18時を回っているじゃないか。

 これから日報を書きに事務所へ。そしてトラックを置いて社宅に帰るといい時間だ。

 

 ――クソが……。

 

 でもまぁ、仕方がないかと、オレはすぐさま割り切った。

 最低限“大人”としての責任は果たしたのだ。むしろよくやったと自分をほめてやりたい。

 もう二度とあの女子高生に関わる気はなかった。いや、関りたくもなかった

 

 今からアレでは、あの娘も先が思いやられる。

 親も大変だろう、と彼女の両親に同情。そしてふと我が身をかえりみて、オレの娘も、将来あんな風にならなきゃいいがと暗い気分に拍車がかかって。

 

 想いに沈みかかるところを頭を振って現実にもどった。

 

「あぁ、クソ。もう冗談じゃねぇ!」

 

 もう終わったコトだ。

 今夜のビールはヤメだ。代わりにシャンパンにしよう――決定!

 

 ――あ、いや待て……。

 

 つい先ほどの、悪夢の支払いを思い出す。

 カード一括払いで十数万。分割は、いかにも金がなさそうで男の沽券にかかわる。

 すくなくとも、あの場はそうするしかなかったんだ……。

 

 ツマらん見栄を張ったか?でも、そこまで男として妥協したくはない。

 

 ――やっぱり発泡酒にしておこうかナ……。

 

 オレはトラックを駐めたところに戻ると、運転台に乗り込む。

 空気清浄機が回しっぱだったようだが、いまだキャビンには(なめ)した革の“臭い”と彼女の“匂い”が。

 そして後席を見てウンザリ。

 

「あ~ぁ……」

 

 このガラクタも、どこかに始末しなくては……。

 女性器を犯す道具がついたステンレス製の貞操帯が、この状況では間抜けにみえた。

 

『お疲れさまでした、マイケル』

「とんだ出費と回り道だったよ【SAI】――もう二度とゴメんだ……二度とな」

『でもザンネンでしたね』

「ナニが」

 

 少しばかり【SAI】がためらう気配。

 

「どうした、言えよ」 

『……あの少女、ボニーと言ってました』

「それが?」

「マイケル、ボニー、そしてわたしが“キット”役でトリオが出来上がったのに」

「はぁ?オマエまで?――カンベンしてくれよ」

 

 事務所に戻る途中、オレはナビで神社を見つけ、そこに立ち寄った。

 

 暗がりの中、とぼしい灯りに社殿が赤く浮かび上がっている。

 なにか、こう、厄落としでもしたい気分なオレは、境内に入る盛大に鈴を鳴らし、小銭入れをひっくり返してぜんぶ賽銭箱へ。

 

 手のひらが痛くなるほど思いっきり柏手(かしわで)をうち、

 

 ――願はくは 我が(たま)(はら)いたまへ 清めたまへと……。

 

 いままでになく真剣に祈って、ホッと一息。

 

 これであの娘との縁もこれきりだ。

 いったいどんな悪魔がイタズラを仕掛けてきたのやら。

 

 過去に転生モニターのドラマで見た有翼の悪魔や地霊の映像がうかぶ。

 いやはや、なにか本当に得体のしれないものに捕まれかけていたのかも。

 

 社務所でお守りを買い、念のためにおみくじを引けば【大吉】と出た。

 ナイス。

 せいせいした気分で玉砂利をふみ、ふと振り返って鳥居わきの立て札を見れば、

 

 

 

         【 開運・縁結び 】

 

 

 うぇ、とおもわず足を止める。

 しまった。このところどうも詰めが甘い。

 

 ――まぁ神様も忖度(そんたく)してくれるだろ……たぶん。

 

 トラックにもどり、ナビを復活させたオレは、ふと彼女から教わった所番地を【SAI】に告げる。

 

 マップが移動し、高級住宅街の片隅に停まった。

 “鷲ノ内医院”と表示のある場所で、ポインタが点滅している。

 ストリート・ビューでみると、カーポートにはメルセデスとアルファロメオ、それにオープンの赤い軽自動車が駐まっていた。

 

「ふぅぅん。ヤッパり金持ちのドラ娘が、アブない遊びかァ……」

 

 やめやめ、とオレは表示を元にもどした。

 もう縁は切れたんだ――二度と関わり合うことはないだろう。

 

「いくぞ、【SAI】」

『了解しました、マイケル』

 

 オレは晩方の込み合う車の流れに、重量級の殺人トラックを乘りいれる……。

 

 


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