時は戻らないし、失った信用は容易には戻らない
悪魔のシナリオは進み始めた
エルトシャン麾下のクロスナイツとエリオット配下のハイライン勢が交戦しているのは、グランベル側のエバンスでも確認できていた
「アーダン殿、此方が援護すべきではないだろうか?」
イザークの王女であるアイラはエバンス城の臨時の指揮官であるアーダンへと話しかけた
アイラ自身は今でもグランベルは憎い。事情はどうあれ祖国イザークに攻めかかったばかりか、父親のマナナンを殺したのだから
それでも現状で彼女がグランベル軍の拠点であるエバンス城に滞在できるのはシグルド公子の好意である。そしてシグルド公子に口添えしたレンスターのキュアン王子のお陰であることは自覚していた
甚だ不本意ではあるが、恩義には報いなければならないのが、イザークの民としての在り方である
だから、有事の際には剣を振るうことになるのには躊躇うつもりはない
「いや、アイラ殿の言われる事も間違いではない
が、此方からの手出しはすべきではないと判断している」
「流石はシアルフィきっての前線指揮官『不惑』のアーダン。といったところか。大したものだな」
アイラの申し入れを丁重に断るアーダンに感心したような声がかかった
「『不惑』等と言われましても、私はこの通り重騎士。動きが鈍い以上は他の部分で補うしかありません
それに戦場で惑う等、殺してくださいと言っている様なものではありませんか?レックス公子殿」
元々アーダンは『固い、遅い、鈍い』等と揶揄されていた。勿論、重騎士とはそういうものであり、別段アーダンだけがそうではなかった
だが、アーダンは部隊の後方に留まる事を良しとしなかった
騎士とは力無き民を守るものである。重騎士はその騎士の先頭にあって戦線を支える壁であるべきとアーダンは思っていた
体格が大きい為に騎馬兵たるソシアルナイトの選考から落ちたアーダンだが、己の重騎士としての誇りは持っている
ならばどうすべきか?
下手をすれば総重量でソシアルナイトの五割増しにもなる重騎士が騎馬に乗って行軍するのは現実的でない
となると敵手の思考を読み、常に先手をとることで戦場での優位な立ち位置を手にいれるしかない。そうアーダンは判断した
が、アーダンは徴募兵であり士官学校などで学ぶ軍略などはわからなかった
しかし、どういう偶然かバイロン公爵の軍師であり副官でもあるスサール卿から学ぶ機会を与えられた
そこでスサール卿に師事し、冷静な視点で戦場を観る能力を得たのだ
そしてスサール卿の推挙を受けたアーダンはバイロン公爵の子息、シグルド公子の元で働く事になった
賊などの討伐で他所の公爵軍とも共同戦線をとった事もあり、その冷静な指揮から『不惑』の名を冠する事になった
「そうだな。今アグストリアと事を構えるのは得策ではないだろう」
「しかし、シグルド公子の要請でノディオン軍はハイライン勢と戦っているのだろう?
援護しなくてはならないと思うが?」
アーダンに同意するレックスへと疑問を投げ掛けるアイラだった
確かにエバンス城のアグストリア方面の守りをエルトシャンに任せたのは事実
だが、エルトシャンが自発的に提案したのも事実なのだ
ここでシグルドから要請したのならば、エバンスから援軍を出さなければならないだろう
現在はアグストリア諸侯のノディオンとハイラインの抗争となっている
が、エバンスが援軍を差し向ければグランベルによるアグストリアへの侵攻となるのだ
ただでさえ、北のイザークと南のウェルダンに戦線を持っているグランベルがそれ以上の戦線を抱えるのは自殺行為といえる
「現状はまだアグストリアでの内部抗争にとどまっています。ここに我々が手を出すのは危険かと
私の裁量でノディオンへの援軍は越権行為となるでしょうし」
「そうだろうな。元よりウェルダン侵攻でグランベル本国にどう思われているのかが解らない状況だ
これにアグストリアまで手を出したなら逆賊として誅されても不思議ではないな」
「む、だから本国からの援軍はほとんどエバンスに兵を入れなかったのか」
グランベル本国からのアンドレイ公子率いる援軍はエバンスには少数の兵を回したのみで全く立ち寄ってすらいない
その援軍もシアルフィからのもので他の公爵家からの援軍は一切なかった
「援軍の指揮官はユングウィのアンドレイ公子だったか。酷薄な点があるとは聞いていたが
実際に会っていないなら下手な思い込みは危険ではあるだろうが」
レックスはドズル公子であるが、次男である。それに加えて父ランゴバルドへの反発を隠そうともしなかった為に他家の公子との繋がりは薄かった
例外はウェルトマーのアゼル公子とフリージのティルテュ公女位であった
だからレックスが他家の次期後継者たちから良く思われてないのも知るはずもなかった
というより、彼の今の上司であるシグルド公子自身もあまり社交的とは言えない。それに加えて士官学校では親友のエルトシャンと問題行動を度々起こしており同期からは好ましく思われてもいなかったりもする
「どの様な御方とて私のやることに変わりはありませんよ。私は私の出来ることを成すだけです」
「本当にシグルド公子はいい部下を持っているな」
「承知した。アーダン殿がそこまで考えた上での判断ならば従うとしよう」
アーダン以下エバンス勢はノディオンへの援軍を自重することになった
アグストリアでのノディオンとハイラインの衝突は他の諸侯等にも直ぐに伝えられた
アンフォニー城主マクベスはノディオンとハイラインどちらも支持する事なく沈黙を保った
マッキリー城主クレメントはシャガール王子の命に背いたエルトシャンへの隔意を持つことになった
その一方でエルトシャンに対してシャガール王子への釈明をすすめることにした
当事者のエリオットの父親、ハイライン城主ボルドーはシャガール王子の命令を無視したエルトシャンを完全に敵として定めた
息子のエリオット率いる部隊の回復を待って、宿老のフィリップとノディオン攻略を目指すことになる
王都アグスティにてこの報告を受けたシャガール王子はいよいよ体調が思わしくない現国王イムカには話さなかった
というより、意識混濁が見られている為に最早崩御は時間の問題であった為に報告出来なかったのだが
エルトシャンの行為はアグストリアの国益を損なうものである
近衛のザイン将軍はエルトシャンの擁護をしたが、イムカの命には忠実でありながらもシャガールの命には逆らうエルトシャンを許すわけにはいかなくなった
アグストリアは正式名称アグストリア諸侯連合なのだ。諸侯へと影響力を有するが故の王権である
従わない前例を作れば、以後も王命を無視する諸侯が出かねないのだから
そんな中でノディオン候エルトシャンはアグスティへシャガール王子との謁見のために訪れた
「諸事有ったとはいえ、シャガール殿下への挨拶が遅れた事を御詫び申し上げます」
「よい。元よりこちらへの挨拶よりも所領の安定を優先する様に命じたのはこちらよ
して、何用か」
「はっ。此度、ハイラインのエリオットと剣を交える事になりました
その際にグランベルへの牽制が必要だった故の動員と聞きましたが、真でしょうか」
「うむ。私が確かにハイラインへとエバンス付近までの出兵を命じた
同盟国のウェルダンの危機である以上、当然であろう」
「恐れながら申し上げます。ウェルダンとグランベルの戦はウェルダンに非があります。グランベルへと圧力をかけるのは如何なものかと思いますが」
「エルトシャン。貴公の考えも解らなくはない
恐らく父イムカならばこのような事はしなかったやも知れぬ
だが、グランベルはウェルダンのみならず、北方のイザークとも交戦状態にあると聞く
しかも、聞くところによればイザーク側の使者であるマナナン王を殺したという話らしいが
ウェルダンとてグランベルとの同盟を一方的に破棄されたと聞く。理由はウェルダン領内においてグランベル軍の独自行動を認めなかったともな
貴公のいうウェルダンの非とはユングウィ公女の拉致の件であろう。が同盟国とはいえ独立国の国内で勝手に軍勢を動かす。しかも理由を明かさずに、だ。まともな国ならば受け入れぬだろう
それを拒否されたからと同盟破棄したグランベルに非は無いといえるのか?」
「そ、それは」
「更にいうならば、同盟国のウェルダンが侵攻されているのに兵を出さぬならば我がアグストリアの立場はどうなるのだ?」
「はっ」
「ウェルダンがグランベルに制圧されたならば、果たしてグランベルはそこで止まるのか?
儂にはそうは見えぬが」
「しかし、シグルドならば無意味な戦いは望みませぬ」
「貴公の個人的見解は参考に出来ぬ。それに一介の公子如きがグランベルの戦略に意見できるのか?
そもそもウェルダン侵攻を始めたのは他ならぬシグルド公子であろう?信用できぬな
序でに言っておくが、グランベルがウェルダンとイザークを呑み込んだとしたら、我がアグストリアはグランベルの属国に成る他あるまい」
「そのような事は」
「ないと言い切れるか?現在ですらグランベルとの国力の差はそれなりにある
ウェルダン、イザークも統治は難しいだろうが、時間をかければどうにかなろう。両国を合わせれば我がアグストリアに匹敵する程度の動員が可能となるであろう
その兵力が我がアグストリアや他国に向かぬと何故言い切れるのだ
今でさえ、対話を放棄して容易く他国へ刃を向けている国に対して」
戦争とは外交でどうにもならなかった場合の最後にして究極的な手段である
本来ならば国家間の戦争の前に必ず外交での交渉が行われる
軍を動かすにも金がかかるし、死人も出る。前者はどうにかなっても後者は後に禍根を残してしまう
それが新たな火種となる事が多いのだ
だから為政者は戦争を可能な限り回避する必要がある
戦争で得する人間等というものはそうそういないのであるから
今回のグランベルの動きはシャガールから見ると明らかにおかしかった
ウェルダンとの戦いは初動が遅れた為にユングウィまで侵攻をゆるしたが、最終的にはエバンスまで奪還は出来ただろう
そこで交渉にてユングウィ公女の解放を要求し、それが叶うように外交での努力をする
それでも交渉が纏まらない時に初めて軍を動かすのだ
イザークの場合はもっと酷い
ダーナにて虐殺が行われたとは聞いている。が、態々イザークが謝罪で済むところを解決を難しくする利点はない。事実、マナナン王自ら下手人のリボーの族長の首を持って謝罪に向かったのだ
つまりイザーク側には交渉の意思があったのだ。グランベルとて国民が害されていない以上はダーナの面子を立ててイザークからの何らかの譲歩を引き出せば話は終わるのだ
にも関わらずマナナン王を殺してイザークへと攻めかかるという
これでグランベルに領土的野心がないとはとてもでは無いが見えないのだ
しかもイザークの指揮をとっているのは後継者のクルト王子。次代のグランベルに不安を覚えるのは仕方ない
「シャガール殿下の仰る事は解ります
ですが、グランベルと事を構えるのは」
「分かっておらぬ。何もグランベルといきなり事を構えるつもりは儂にもない
そのような蛮行に意味はないのだ」
「では」
「なれどエルトシャン。貴公の今回の行動はアグストリアの国益を損なうもの
貴公には暫く謹慎をアグスティにて申し付ける」
エルトシャンはシャガール王子の命により一時的に謹慎させられる事になった
その報せを聞いたノディオンのエルトシャンの妹ラケシスはエバンスに移動してきたシグルド公子へと兄の事を伝えるべく使者を出した
ノディオン、エバンス間の道を一騎のソシアルナイトが駆けていた
彼はラケシスのシグルド公子宛の書状を携えていた
「急がねば」
「その必要はない」
呟く騎士の声に他所から声がかかった
そして
「死ね、ヨツムンガンド」
その騎士は生涯を終えた
「さて、これがラケシスの書状か」
「急がねばならぬのではないのか、クベリウス」
「何、エルトシャンも迂闊な事よ。ラケシスの筆跡を真似た書状等直ぐに用意できたわ」
クベリウスとマンフロイは書状を携えた騎士を殺害
その騎士のエーギルを使い、『モルフ』として偽の書状を持たせた上でエバンスへと走らせた
モルフと言っても与えるエーギルにより人間と遜色ない会話能力を持たせる事が出来る
「しかし、よくもまぁ偽の書状を用意できたものよ」
「マンフロイよ。人の嫉妬は醜い。女のそれは我等の予想を裏切る程なのだ」
あらかじめマンフロイはシャガール王子に接触する前にアグストリアの事をクベリウスと調べていた
その際にクベリウスはエルトシャンの妻グラーニェとラケシスの仲が上手くいっていない事を掴んだ
後はクベリウスの表の顔商人アリウスとしてグラーニェに接触し、グラーニェの側に仕える侍女を一人手駒とした
グラーニェはラケシスのつまらない書き置き等を回収、保管した。侍女がそれを盗み、クベリウスの元に届けさせたのだ
グラーニェがエルトシャンとラケシスの仲を邪推し、ラケシスは兄以上の男性との結婚しか認めないと発言した事で今まで以上に溝が広がった
「女の嫉妬か」
「元はレンスターの出身らしいな、グラーニェは。それが嫁ぎ先に来てみれば子供を生んだきり省みられなくなったそうだ
更にノディオンの騎士どもはラケシス姫を擁護したからさぞやグラーニェはラケシスを恨んでおろう
態々レンスターから嫁いで来たのに旦那は後継者が欲しかっただけ。義理の妹は重度のブラコン。周囲の騎士は頼りにならない。領民はエルトシャンとその妹しか見ていない
相談すべき相手は実家から連れてきた侍女のみとなれば歪むのもしかたあるまいて」
実のところ、エルトシャンとグラーニェの子供とされるアレスだが、母親はラケシスではないか?という疑問が少なくない数存在している
アレスはエルトシャンの特徴を色濃く引き継いでいるが、グラーニェの特徴を全く有していなかったからである
勿論間違いなくアレスは二人の子供でグラーニェがお腹を痛めて生んだ子供だ
だが、その様な噂が出るほどにエルトシャンとラケシスの関係は唯の兄妹とは見えなかったのだ
今回のエバンスへの要請も本来ならばエルトシャンの夫人であるグラーニェからの要請である方が自然である
にも関わらず誰もラケシスの行動を諌めようとはしなかった。グラーニェは既にレンスターの実家へと戻る決意を固めており、アレスも連れていくつもりだった
最早グラーニェにはエルトシャンやノディオンへの思いなど有りはしなかった。せめてもの意趣返しに大事な後継者のアレスを連れていく事でエルトシャンに対する抗議とするつもりなのだ
自分が出ていった後でラケシスと自由に子作りでもすればいいと思ってすらいた
なお、この時代において離婚は少数ではあるが存在している。が、妻に逃げられるのは男としての最大の恥であり、夫婦仲が悪く事自体が男の不誠実を表す事になっていたのだが
「彼の『獅子王』も情けない事よ。自分の妻から憎悪される様なら終わりではないか」
マンフロイは嘆息した
誤解されがちだが、マンフロイは妻が存命中は夫婦仲は悪くないどころか良かった
だからこそ、妻が殺されてマンフロイは復讐に走ったのだ
「新たな舞台は用意した。精々踊り疲れるまで踊り狂うとよい
戻るとしよう、マンフロイ」
「ふむ、そうだな」
クベリウスとマンフロイは転移にてその場を後にした
その後エバンス城の門番に書状を手渡した元騎士のモルフは何処えと消えていった
アグストリアの惨劇が始まろうとしていた
アグストリア編が始まりました
今回より少しずつ今までよりも長くなります
御一読ありがとうございました
子供世代のオリキャラは?
-
あり
-
なし
-
どちらでも