時はイード神殿にてマンフロイ、クベリウスが話をしていた頃より少し前のこと
ウェルダンに突如として侵攻されたユングウィには主力の弓騎士団『バイゲリッター』、当主リングはイザークへの遠征軍に参加しており不在
また、長男アンドレイ麾下の『バイゲリッター』の予備部隊はフリージ公爵レプトールの雷騎士団『ゲルプリッター』並び、ドズル公爵ランゴバルドの斧騎士団『グラオリッター』との合同演習の為にフリージ領に出ていた
それでも城内で戦える戦力は従騎士クラスの人間ばかりとはいえ数はそれなりにいた。仮にこれから野戦を挑んでも部隊を展開する前に敵が雪崩れ込む可能性があったので、従騎士の一人ミデェールは野戦に異を唱えた
そもそも弓は相手との適切な間合いをとって戦うことで真価を発揮する
アンドレイ公子麾下の正規兵や『バイゲリッター』の騎士ならば相手の攻撃をかわしながら自分の間合いを取れるだろう
しかし、ミデェールを含む従騎士レベルでは無理な話であり、前衛がいれば可能性がある。程度の話なのだ。だが、籠城戦ならば弓の独壇場であり、質が低くても量で補える。だからこそ、野戦出る必要は無いと思っていたのだ
ミデェールの見解は全く正しい。ただ一つ彼が間違えたのは、人間は正論だけでは動かない。これを理解せずに説得しようとした事であった
ミデェールのとるべき最適解は城内の奥にいるエーディン公女に説得して貰えばよかったのだ
だが、実際従騎士達が野戦したがるのには意味がある
騎士階級とは当時はある意味では、特権階級であり、家柄がものを言う。騎士を志すものの最初の関門であり、越えるのが難しい
仮に親族や親類に騎士がいれば、その人物の後見を以て騎士試験や、士官学校に入校出来る
が、その辺りのコネが無い場合はコネをつくるか、騎士の試験への門が平民にも開かれているところを捜さねばならなかった
従騎士という制度自体、グランベルでも珍しい制度で大々的に運用しているのはユングウィ、シアルフィのみである
加えて、従騎士から正規の騎士になるためのハードルは極めて高く、並み大抵の功績では出世出来ないのだ
しかしながら今回は主力の払底、隣のエバンスの落城があり、常に無い危機だった
ならば此処で大功を挙げれば騎士になれるのではないか?と考えたとしても無理からぬことである
ちなみにこの従騎士の制度をグランベルと少々違う意味で運用している国がある
従騎士との名称は使ってこそいないが、トラキアに近しい制度がある
トラキアの竜騎士には大別して階級が三つある
最上位であるドラゴンマスター
一般的なドラゴンナイト
新兵はドラゴンライダー
ドラゴンマスターは並外れた技量を持つ竜騎士に贈られる称号
この称号を持つ者は大部隊の指揮を任される
トラキアにおける部隊編成は三騎から六騎の小隊、十一騎からなる大隊であり、ドラゴンマスターは大隊の指揮を委ねられる
ドラゴンライダーがドラゴンナイトになる条件は傭兵として一定以上の依頼を果たす事であり、グランベルよりも格段に分かりやすい。が、これはトラキアという国が抱える問題故の制度である
トラキアは山岳地帯が国土も大半を占め、食糧の自給率もシレジアと然程変わらず、大陸最下位である
なお、トラキアで他国と隣接するのは、レンスターとの国境に位置するミーズ城《注1》、グランベルの南東に接するルテキア、グルティアの両城である
国境に接する。という意味でとれば、カバドキアも一応対象になるが、カバドキアからは陸路での越境は無理なので割愛する
上記の三城の中で最も道が整理されているのは、ミーズ城からのレンスター領マンスターへの道であるが、長年続くレンスターとの抗争の結果、レンスターとトラキアは断交しており、国家間はもとより、民間の交易すらも小規模に留まる
故にグランベルより物資を購入する他なく、その為の外貨が必要になる
しかし、先に述べた通りトラキアの産業基盤は国内を支え切るのが精一杯であり、外貨を得る為の交易すら覚束ない
ましてや、レンスター相手ならば売れる物もユグドラル大陸全土に交易ルートを持つグランベルにとっては然程の価値にもなり得ない
ならば、トラキアの外貨を稼ぐモノは何か?
それがドラゴンライダー達がドラゴンナイトに昇格するための傭兵業である
無論、ドラゴンライダーだけでなく、ドラゴンナイト、規模によってはドラゴンマスターも指揮官として派遣される
そして、傭兵である以上、最も危険度の高い場所に配置される。当然、犠牲も相対的に多くなる
だから、トラキアの男で竜に乗れる者はある程度の訓練を受けた後にドラゴンライダーとして戦うのだ。それが国、ひいては家族を護る事に繋がるから
これこそがトラキアが貧しい根本的理由である。ならばこそ、トラキア半島の豊かな北部を占領し、国家となったレンスターへの憎悪、隔意は余人の想像を遥かに上回る
レンスターとの抗争が無くならない理由であった
余談ではあるが、ここ数年トラキアに食糧などを持ち込み、トラキアの数少ない輸出用の武器を買い込んでいるのが、イードの商人。名をアリウスといった
従騎士の話しに戻す
最後にトラキアより独立したレンスターにもある
これはそのまま、従騎士との名称であるが、グランベルのそれとはやや異なる
レンスターの従騎士は騎士一人で一人の面倒を見る
グランベルの様に従騎士のみで行動はさせない
これも皮肉であるが、トラキアとの抗争の結果、レンスターも慢性的な騎士の不足に悩まされており、従騎士とはいえども消耗を回避するための方策であった
現にレンスターの王子キュアンも従騎士フィンを指導している
かなり脱線したが、ユングウィの従騎士への話しに戻す
彼等は大功を求めて野戦を主張している。と申し上げたが、もう一つに従騎士ミデェールへの反発があった
ミデェールは従騎士にも関わらずユングウィ公女、エーディンの従者の様な役割も担っていた。当然たが同僚からすれば面白くない
だから、ミデェールの正論にも反発し、野戦を選んだのだ。これが一般の騎士ならば不満を抑えて実利をとり、籠城を選択したであろう
経験の無さは軽挙や相手への軽視に繋がり、それが状況を悪化させる
故に必然でもあった。野戦を挑んだユングウィ従騎士団はヴェルダン第一王子ガンドルフ《注2》率いるウェルダン軍により、文字通り全滅した
これはつまりユングウィ城を守る最後の盾が無くなった事を意味した
ミデェールは覚悟を決めた。自分の命を捨ててでもエーディン様を守ることを
ウェルダンのガンドルフ王子はユングウィの騎士団を全滅させたが、訝しく思った
ウワサのとんでもない技量を持った主力はいないだろうとは思っていた。だが、それでも余りにも脆弱に過ぎた
ウェルダン軍がユングウィ城に迫っている状況で如何に機動性に優れた騎兵とても、間に合う訳が無いのは、余り知恵が無いと自身も思っているガンドルフでさえも判断出来る
それを全滅させている最中に第二陣を投入するかと思いきや、それもない。ガンドルフは内心、混乱していた
が、
「うぎゃっ!」
部下の悲鳴を聞き我に返った
「何してやがる!」
悲鳴を上げた男デマジオに怒鳴った
いや、本当に怒りたいのは戦場で余所事を考えていた自分自身だった
相手はユングウィ城の城門前に立ち塞がる綠髪の優男。たが、ガンドルフは優男との評価を即座に改めた
死を覚悟した目。そう確信した
ならば勝利に浮かれきっている奴等では相手にならない
「てめぇら、情けねぇ。もういい!俺が殺る!」
ならば全力で殺らないと相手に失礼であるから
先手はミデェールだった。距離を詰められれば敗北は必至。先手は譲れない
(くらえっ!)ミデェール渾身の一撃だった。
来る!ガンドルフは咄嗟に身をかわした
だが、脇腹を浅く、だが鋭く抉った。痛みが鋭く走る
が、ガンドルフはそれを無視して自らの武器を投擲した
斧の中で間接攻撃を想定して作られた手斧。ガンドルフの相棒であった
(殺った!)ガンドルフは勝利を確信した
「な!」
次の一射の準備にほんの数秒だけ意識を取られたミデェールの目の前に斧が迫ってきた
手斧はその加工のしづらさからの割に威力が低いため余りグランベルでは流通していない
ミデェールの経験の無さが悪い方へ作用した
ミデェールの腹部に斧が当たり、肉を抉る感触がした
(エーディン様を、お護り、せ、ね、ば)
ミデェールの意識は途切れた
相手が倒れたのを見て、部下たちが歓声を上げた
ガンドルフには『そんなモノ』どうでもよかった。倒した相手、ミデェールの傍に寄る
最後まで弓を手放していない。意識はとうにないだろうに
ガンドルフは素直に敬服した
見事な『騎士』であったと
技量自体は大したことはなかった。今までにこの男以上の相手とも殺しあったこともある
だが、『覚悟』があった。死んでも護る。そんな想いか
「ガンドルフ様。まだ息がありやすぜ
始末しましょう」
デマジオはそう言い斧を振り上げた
「よしな。敵だったが、尊敬に値する相手だ
デマジオ、すぐに俺の金を持って近くの教会に走りな
金を払えば此方に来るだろう」
「助けるんですかい?」
デマジオは分かっていながら、聞いた
いつもこうだ。見所のある奴はガンドルフ様は気に入ってしまう。例えそれが敵でも
普通なら呆れよう。が、デマジオはそんな不器用な王子が好きだった。
荒くれ者ばかりのヴェルダンにおいて山賊や湖賊など珍しいものでもない。デマジオも、エバンスにいるゲラルドも元はウェルダンの山賊であり、ウェルダン軍の敵であった、だが、デマジオもゲラルドもガンドルフ王子に気に入られ部下になった
野蛮だの、粗雑だの言われようが笑い飛ばして突き進むその姿がデマジオの憧れだ
この人と夢を見てみたい。だからガンドルフ様の指示にも従おう
「言うまでもねぇだろ?」
ガンドルフは子供の悪戯をする時にするような顔でそう、言った
「全く、あんたの部下になってから飽きませんよ」
デマジオは部下に略奪をしないように命令してから教会に向かった
ユングウィのエーディンは城主の、間にてウェルダン軍を待っていた
こうなれば、自分の身と引き換えにしてでも城に居る者達を護ろうと
もしかしたら、殺されるより酷い目にあうかも知れない、しかし、エーディンは逃げない。自分たちを命懸けで護ろうとしてくれた人達がいたのだから
ガンドルフは部下に城の人間を一纏めにする様に指示を出したあと城主の間に入った
一人の金髪の美しい女がいた
「あんたがユングウィのエーディン。でいいのか?」
エーディンは驚いた。きちんと話をしようとしているのだ。ならばこちらもそれに応じよう
「はい。私はユングウィ公爵リングが次女エーディンと申します。貴方はヴェルダンのガンドルフ王子でよろしいでしょうか」
自身の名を問われたガンドルフは
「いや、悪いな。名前を名乗らないのは失礼だった
ヴェルダン王国第一王子マーファ城主ガンドルフだ
早速だが、俺達の目的はあんただ、エーディン公女
ヴェルダンに来てもらえるならば、城の人間には手を出さねぇと約束する」
「紳士的な対応に感謝します
しかし、同盟国である私達の国にいきなり攻めて来た貴方を信用せよ。と言われましても、説得力はありません
私を連れ去った後でなにをしようと私には分からないのですから」
少々、挑発的な言い方になったが、これだけは確認しなければならない
「?同盟国、・・・・ああ、そういう事か
確かに信用出来ないな、そりゃ
デマジオ、斧寄越せ」
ガンドルフは自分の傍に居るデマジオに話しかけた
「どうぞ」
デマジオは疑い無く斧を渡す
「よっ、と!」
エーディンは自分の目を疑った。目の前の男は迷いなく自分の左手を潰したのだ
「これで、少しは信用して貰えねぇだろうか?
俺の名と、戦士としての誇りに懸けて誓う
手出しは、させねぇ」
「王子、全く無茶しますね」
もう一人の男が手早く傷薬と包帯で処置をする
だが、傷薬で治る怪我ではない
エーディンは
「癒しよ」
ライブの杖を使った
ガンドルフは目を疑った
何故、信用出来ないと言った男の傷を治すのか
「よくわかんねぇな、放置してもよかった筈だぜ」
「私はシスターです。目の前に傷を負っている人が居れば助けるのは当たり前です
ですが、次に同じ事をすれば助けません
貴方という人が少しは分かりました
貴方を信じましょう」
「感謝するぜ」
ガンドルフはエーディンの体が震えているのを見なかった事にした。彼女の覚悟を無駄にしない為に
「いいか、デマジオ。もしグランベルの軍が攻めて来たら構わねぇ。城なんざ捨てて帰って来い
お前たちにはまだまだ働いてもらうからな」
ユングウィ城の前でヴェルダンに戻るガンドルフ王子とエーディン公女を見送るべく、デマジオが城の外まで出ていた
「人使いのあらい事で。王子こそ気を付けてくだせぇよ。一応警備に人を割いていますけど」
「心配すんな。お前たちこそ、くれぐれもな」
こうして、ガンドルフ王子とエーディン公女はウェルダンに向かった
一方、王都ウェルダン
「き、貴様、ジュダ何のつもりだ」
「陛下、御疲れにございましょう。休ませて差し上げるのですよ
永遠に」
「がっ、ガンドルフ、キンボイス、ジャムカ。愚かな父をゆ、る」
「ジュダ様。宜しかったので?」
「サンディマか。構わぬ、潮時よ、」
「左様で」
「バトゥの死は暫く秘匿する
ウェルダンの軍も動員してシギュンの娘を探せ」
「シギュン本人ではなく、娘でございますか?」
「シギュンは母親譲りの魔力がある
抵抗されれば人目に付く事もありえる
ならば」
「育つ前ならば、容易い。ですか
直ちに」
ウェルダンに潜んでいた闇が動き始めた
待つのは闇か、光か
《注1》
資料、作品によってはミューズ城とも記載されておりますが、今作品ではミーズ城で統一します
《注2》
資料によっては長男は故人であり、ガンドルフが次男、キンボイスが三男、ジャムカは死んだ長男の息子との表記もありますが今作品では三兄弟とします
ガンドルフ兄貴は昔から嫌いになれなかった
故に輝かす
次回位にシグルド本軍の予定
今回もお読みいただきありがとうございました
子供世代のオリキャラは?
-
あり
-
なし
-
どちらでも