時間は少し巻きもどって多千穂島の公民館脇の駐車場。
ここには「オスリャービャ」が輸送してきたT-90が配備されていた。
その脇で警戒していた兵士はあることに気がついた。
「
彼の耳にはジェット機特有の轟音が聞こえていた。友軍機かと一瞬思ったが,聞こえる方向は島の西側からだ。
彼はずっとここで周りを警戒していたために,その辺りを飛んだ友軍機は分かっていたが,そっち方面には友軍機が飛んでいかなかったのだ。
その為にこの違和感に気がつけたのだ。
「
彼が頭の中に疑問を浮かべているとそれは突如として起こった。
視界の端の方で昼間の様に明るくなったかと思いきや,爆発音が聞こえてきたのだ。
「
彼の目線の先には多千穂港があったが,その付近から激しく燃え上がっており,背後の「オスリャービャ」が幻想的に照らされていた。
彼がその様子に驚いていると,同じく警戒していた兵士達も気づいたようだった。
「
「
爆発に驚いていたのはシ連兵だけではない。公民館に集められて拘束されていた島民達も爆発音に目が覚めたのだ。
「何かあったのか?」
「何か爆発したの?」
「おい港の方が燃えてるぞ!?」
皆思い思いにカーテンと窓を開けて,燃えている港を指差しながらざわつき出した。
「オイ! 窓カラ離レロ!!」
日本語を話せる担当のシ連兵が日本語で島民に呼び掛け,自ら手に持っているAN-94を向けて警告した。
それに続いて隣の兵士達も同じように構える。
島民達は銃に怯えて手を上げたが,ここにいる者はあることに気がついた。
さっきからジェット機の轟音が鳴り響いているが,その音が徐々に近づき出している事に。
島民の意識はその轟音に向いており,シ連兵も島民から
闇の中で赤い炎を後方から出して飛んでいた2機の
「自衛隊だ!!」
そこにいた者は皆が
ある者は驚嘆を,ある者は畏怖を,そしてある者は自衛隊に対しての感動を抱いた。
そんな中拘束されていたのであろう子供が窓から身を乗り出して,
手を振った事でようやくシ連兵達は自分達が
「オイ下ガレ! サモナイトコウダ!!」
持っていたAN-94を公民館の壁に向けて1発放つ。1発の5.45×39mm弾が壁に命中して弾痕を残す。
実弾の威力を目の前で見た島民達は恐怖で
“何が起きた!?”と敵味方どちらも空を見上げるとそこにはミサイルを被弾した
「あぁ!?」
「
さっきまで銃に戦いていた島民達も,銃を構えていたシ連兵士もその様子に驚愕していた。
赤い炎と黒煙を激しく上げている
そしてその行き先は自分達のいる場所の近くだとその場にいた誰もが気づいた。
「
戦車長の警告でシ連兵士達が急いで逃げるように走り出した。
公民館の島民達も急いで窓を閉め,カーテンを閉めて体を低くする等の対策を行った。
被弾した
墜落によってタンク内の燃料やウェポンベイに残っていた
周りのシ連兵士や島民達には肌が熱い熱で焼かれそうな事以外は何も無かったが,目の前で激しく燃える業火に常人より訓練された軍人ですらも怖じ気づいてる様に見えた。
「
その指示の元
周りから消火器を無理矢理でも持ってきて火を消そうとしている最中,T-90の上にいた3尉は超低空を飛んでいる
その機体は炎で明るく照らされており,“撃ってください”と言わんばかりだ。
その衝動に3尉は駆られてしまった。
T-90上部の
銃口より12.7mmの銃弾が放たれる。放たれた銃弾は闇夜に線を描きながら進んでいく。
3尉はそのまま狂った照準を合わせようとしたが,後頭部を強打された。
何事かと思って振り替えるとそこには上司である1佐が立っていた。1佐の表情は怒りに満ちていた。
「
こっぴどく叱られた3尉は直ぐ様戦車を飛び降りて周りから水の入ったバケツを受け取って,火にかけた。
結局この火が完全に鎮火したのは朝日が登る頃だったが,闇夜に現れた紅蓮の朱き炎は公民館に集められていた島民達に恐怖と自衛隊への後ろめたさを感じさせるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ストーク隊が墜とされただと!?」
ストーク2撃墜の報告を受けた「DDG-203 たかちほ」のCIC内は騒然とした。
通信士が受け取った内容に戸惑いながらも,続きを読み出した。
「ストーク2撃墜と敵機増援によってストーク隊は作戦を中断して艦隊への帰路についたとの事です。」
「作戦失敗か·········」
艦長の鏡石が俯いているなか,事態は急変した。
『艦橋よりCICへ!! 港の敵戦車が本艦に発砲!!』
「戦車!?」
港の戦車こと2両のT-90の2A46 125mm滑腔砲が海上に向けて放たれた。
この砲から放たれた
「たかちほ」の現在地は島からちょうど10kmの海上。当たる可能性はなきにしもあらずといった状態だった。
「奴ら正気か!?」
「正気ですよ! それにもし榴弾なんかが当たったら本艦は間違いなく沈みます!!」
何回も言うがイージス艦に装甲等あるわけない。“1発でも当たれば終わり”ただそれだけだ。
「航海長面舵一杯だ!! 離れるぞ! 砲雷長迎撃出来るか!」
「駄目です! 本艦の
「よし! 第1・2主砲 射撃用意!!」
「主砲旋回!!」
船体を軋ませて右に旋回しながら,艦橋前部の2基のMk.45 5inch砲が再び火を吹く。此方の最大射程は20kmを優位に越え,大きなアドバンテージだったが,ここでは何の意味もなしていなかった。
「たかちほ」の砲弾は港の海面に白い大きな水飛沫上げて連続で着弾する。
高い水飛沫が1種の煙幕となって「たかちほ」の身を隠した。
その間にも「たかちほ」は島から離れていくが,巨大な水飛沫を切り裂いて砲弾が「たかちほ」へと飛んできた。
飛んできた砲弾を視認した艦橋の見張り員は即叫んだ。
「敵砲弾飛んできます! 直撃コース!!」
その言葉を聞いた艦橋の航海員は独断で操舵輪を回した。船は更に右へと向きを変えた。
艦尾のすぐ左脇に着弾した榴弾が海中で爆発する。爆発で発生した衝撃が「たかちほ」へと襲いかかった。
「たかちほ」が大きく揺れる。波が甲板の12.7mm砲の空薬莢を浚い,部屋に置いていった物が落ち,人がよろめいた。
だが揺れが収まるとそれ以外には何にも起こらなかった。もし砲弾が直撃したとなると
「勝手に舵を変えるなんて······彼奴やりますね。」
「あの航海員は我々を救ってくれたな。······被害報告!」
各所から“異状なし”と報告が来たが,1ヶ所だけ違っていた。
『此方艦橋! 負傷者1名!』
「艦橋。負傷の具合は?」
『転倒による軽症です!! 現在医務室に向かってます!』
負傷した隊員は問題ないと分かるとCICは安堵の空気が漂った。
その空気を読んだ鏡石の隣にいた隊員が質問した。
「艦長。これからどうしますか?」
「作戦が失敗した以上この海域にいる理由等無い! 撤退だ! 艦隊に合流するぞ!!」
「たかちほ」は航路を西に向けた。
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「あまぎ」のCICは沈黙に支配されていた。ストーク2が撃墜され,墜落した。パイロットの小林は
機体は激しく炎上したことから,彼の生存は
第2機動部隊初の死者。この事実は桐島を大きく痛め付けた。
彼の心の強度はガラス以下だ。何か自身にとって衝撃的な事が起こればその心には直すのに莫大な時間がかかる深く大きな傷がつく。
2017年の“松島F-2B墜落事故”の時も彼の心は酷く傷ついた。
傷の原因は飛行停止処分でF-2のパイロットになれなかった事ではなかった。
さっきまで話していた仲間を失ってしまった事だった。
勿論自分は関係ない。だがあんなに簡単に仲間が消えてしまった事に彼の心は傷ついてしまった。
彼はその傷を隠しながら日常を暮らしていたが,その傷が表面だけでも直るには半年はかかっていた。
そしてこの事態が塞がれていた傷口を開ける事は容易だった。
今の桐島の心はあと少しで壊れてしまうところまで来ていた。
「我々は負けたのか········くそ!!」
「艦長·······」
目の前の台を右手で台パンし,鬱憤を晴らそうとしたが全くと言って良い程晴れやしない。
自身の心は今まで体験したことがないぐらい壊れており,もう崩壊寸前だったが,何とかしても持たせなければいけなかった。
ここで艦長である桐島が壊れてしまえば,艦隊が壊滅することは明らかだったからだ。
「飛行甲板。万が一だ
震えそうな手で通信機を掴み,
「全艦に連絡。イーグル・ストーク隊収用後,経路を西にとれ。給油ポイントに向かうぞ。」
通信機を置くと,桐島はCICを立ち去ろうとする。無論それに気づかない人はおらず,水上が問いかけた。
「艦長? 何処へ向かうのですか?」
「飛行甲板に行ってくる。CICは任せたぞ。」
質問に答えた桐島は足早に去ろうとしたが,それも再び水上が止めた。
「艦長。せめて理由を教えてください。」
桐島は足を止める。顔を水上達の方に見せたが,その表情は黒い髪でしっかりとは見えなかった。
桐島は返事をしたがその声はいつもの桐島とはまるで別人だった。
「ストーク隊の隊長に直接話を聞いてくる。こういう事は直接聞かないとしっかりと伝わらないからな。」
そう言って桐島はCICを出ていった。再びCICは静寂が支配した。
だが静寂というのはいつか破られる物だ。
「やっぱり艦長は苦手だ······」
誰かがそう言ったのを火種として皆が艦長に抱いた事を次々と言い出した。
「艦長ってもともと空自出身だから波長が合わなかったけど,作戦失敗でまさかあんなになるとは·····」
「正直言って信じられないな。」
「やっぱり
「それには同感だ。」
「まだ海自の精神が染み渡ってないんだと思うぜ。」
皆が思い思いに話していると砲雷長の宇津木が1種の脅迫をかけた。
「お前達そんな無駄話をしている暇があるようなら,一人一人の部屋を“台風”するぞ。良いのか?」
『結構です!!』
息を合わせたかの様にピッタリな言葉に宇津木はクスッと微笑んだ。
「宇津木。艦長は大丈夫なのだろうか?」
「私には分かりませんが,恐らくもう一撃何かが来れば壊れてしまいそうだと言う事は分かります。」
「その場合艦隊はもたないだろうな······」
「敵艦隊との決戦前に
水上と宇津木が桐島について心配している中,艦橋でも桐島を心配する声が静かに上がっていた。
「桐島·········」
※台風とは
熱帯低気圧がある一定の領域にまで発達した自然の方ではなく教育期間中に自室の清掃や整理・整頓の状態が悪いと教官が行うある一種の儀式である。
因みに部隊配備されてからは恐らく無いと思われる為,もし宇津木が本当にやった場合上から怒られる可能性は高い。