New Japan Fleet   作:YUKANE

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Episode.26 揺らぐ世界

日本で朝日が見えようとしている頃,アメリカ合衆国首都 ワシントンDCは日が沈み,月の優美な光が街を照らしていた。

 

街の中心に位置する世界一有名な大統領官邸 ホワイトハウス。

 

ホワイトハウス 西棟(ウェストウィング)大統領執務室(オーバルオフィス)隣の大統領専用書斎で,現アメリカ合衆国第48代大統領 マイケル・テアラーは頭を抱えていた。

 

「いつか来るとは思っていたが,まさかここまで戦局がシ連側に傾くとは·······」

 

日本とシ連が開戦してから約1日程経っていたが,ここまでの戦いは全てシ連側が勝利しており,誰が見ても自衛隊が勝っているとは言わないだろう。

 

これは事実以外何でもなかったが,アメリカには想定外の事態だった。

 

国防総省(ペンタゴン)の建てた経過予測では“互角の戦闘が続く”とされたが,実際にはシ連の一方勝ちだった。

 

この予想外の事態に国防長官であるトーマス・ジェンソンが顔面蒼白になって,大統領に報告したというのだからどれだけ想定外だったのかが分かるだろう。

 

「ここでもし負けたら日本そのものが維持できなくなる。これは第7艦隊を投入せざるおえないのか·······」

 

マイケルが悩んでいると不意にテーブルにコーヒーが置かれた。

コーヒーを置いた犯人は彼の妻 メアリー・テアラーだ。

 

「メアリー。君の気遣いはいつまでも的確だね。」

「私が何年あなたの妻をしていると思っているの? あなたが望むもの位簡単に分かりますよ。」

 

笑いながらメアリーは書斎から立ち去り,書斎は再び大統領たった1人になる。

静かになった書斎で陶磁器のコーヒーカップに入ったブラックコーヒーを飲んで落ち着いた。

 

「いつもよりちょっと熱いが,これで落ち着けたな。」

 

コーヒーを飲み終えてソーサーに置くと,目の前の書斎机の奥に置いてあった写真立てを手に取った。

そこに飾ってあった写真は笑顔でカメラを向く,マイケルと鈴村のだった。

 

「この八方塞がりの状況を君だったらどう攻略するかね。ミスタースズムラ。」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

ところかわって東の空に朝日が昇ったシベリア社会主義連邦 セヴェロバイカリスク。

 

バイカル湖北端の1974年に誕生した比較的新しいこの街は今 シ連の最高指導者が極秘で来ているという噂で密かに盛り上がっていた。

 

その噂通り街郊外の大きな屋敷には専用車 AURUS(アルウス) SENAT(セナート) リムジンL700が止めてあり,その屋敷の中には乗ってきた張本人 レジェーブ・レフトスがいた。

 

「いやぁ~わざわざ公務で忙しい中,イルクーツクから着てくれてどうもありがとう。」

「いえいえとんでもありません。何れにせよ先生(・・)には伝えなければいけない内容なので,手間が省けて寧ろよかったです。」

 

シ連の現最高指導者がこんなに下手に出ている様子を国民が見たら一大事と思うだろう。

そんな人物が今彼の目の前に座っていた。

 

その人物の名はアスーラ・チェイコフ。この世界において彼の名を知らない人物はいない。

 

彼は元々シベリア軍管区司令官という優秀な軍人だったが,ソ連崩壊をきっかけに秘めていた野望の為にクーデターを起こした。

兵士と民衆を扇動し,チタ・イルクーツク・ウラジオストク・ハバロフスク等を占領した。

 

ソ連から生まれ変わったロシア連邦もこの事態を重く見て鎮圧しようとしたが,これに促されて起きた“モスクワ事変”への対処におわれた為に,まともな軍を送ることが出来なかった。

 

その結果,イルクーツクを首都とするシベリア社会主義連邦通称シ連を建国し,自らは初代書記長へと就任した。

 

レジェーブはその時から彼の側に仕えていた腹心で,今彼が最高指導者の座にいるのもその影響が大きかった。

 

そして彼自身が政治を行うことはほぼ無く,そのほとんどがアスーラの指示で行われており,レジェーブは事実上の操り人形と言っても過言ではなかった。

 

この事は周囲の国々には知られていなかったが,この事実を日本が知ったらまるで平安時代の院政だと表現するかもしれない。

 

「それで········占領作戦はどうなっている?」

「信じられない程に順調です。朱雀列島(バレリ オーストラフ)はあと数日で我々の元へ帰ってくるでしょう。」

「そうかそうか。では素直に祝ってもよろしいのかね?」

「えぇ問題ありません。日本軍は我々に2度も敗北していますので,予定より早く終わるかも知れませんよ。」

 

このレジェーブの言葉にアスーラは笑顔だった顔が一瞬で真剣な表情に変わった。

 

「レジェーブ。お前の発言から察するに,日本軍いや自衛隊は大したことないと思っている様だが,それは間違いだ。

自衛隊はシ連軍(我々)と並ぶ程強いぞ。」

「先生。それは可笑しいです。自衛隊が我々と並ぶ程なら何故2度も敗北したのですか?」

「簡単な話だ。奴らは実戦経験が無いからだ。」

 

レジェーブはアスーラの話を上手く理解できない様だが,無視して話を続けた。

 

「日本は太平洋戦争から80年間一切戦った事が無い。それに対して我々は“トゥーヴァ紛争”“アルタイ紛争”等多くの戦争を経験して来たのだ。

幾ら装備や訓練の質が良くても,実戦で使えなければ意味は無い。」

「なるほど。納得出来ました。要に外見は強そうだが,中身はボロボロだという事ですね。」

 

レジェーブも漸く理解できたのか,自分なりの解釈を話したが,アスーラは首を横に振った。

 

「だがな。幾ら実戦経験が無いからとはいっても,油断してはいけない。

“cape”からの情報はしっかりと分析して,確実に先手を取るように言っといてくれ。

彼らに先手を取られたら,負けたも同然だからな。」

「それに対しては承知しております。第3軍司令のユラージや太平洋艦隊司令のスバルには先手を取り続けるように何度も伝えておりますので。

先程も日本の潜水艦を1隻追い払ったとの連絡がありましたもの。」

「そうかよくやった。今のところ艦隊の方には被害は出てないのだろう?」

「えぇ出ておりません。それは日本も同じですがね·····」

 

残念そうにレジェーブは言った為に気まずい空気になるのを察した,アスーラは話題を変えた。

 

「レジェーブ。お前は分かっていると思うが,我々の目標は朱雀列島(バレリ オーストラフ)だけではない。

私の目標はシ連をローマ帝国のように何世代に渡って語り継がれる国家にする事だ。」

「分かっております。ですが一言言わせていただくのなら,“語り継がれる”のでなく“何世代に渡って存在する”国家だと私は思っています。」

「それもそうだな········これは一本取られたわ。」

 

レジェーブに一本取られたアスーラは豪快に笑いだした。それにつられるようにレジェーブも笑いだした。

 

2人の豪快な笑い声がセヴェロバイカリスクの朝焼けの空に消えていくのであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

セヴェロバイカリスクから約1500km南東の中華人民共和国首都 北京。

中国政治の中心地 中南海の1室に数名の男女が集まっていた。

その中の1人の男が窓際に寄りかかっている1人の女性に向けて話し出した。

 

「昨日からずっと外交部の方に“早く参戦してくれ”との電話が来ています。

担当者が“もう辞めたい”と言うぐらいですので,相当な量だと思いますが主席(・・)どう致しますか?」

「もう留守番電話で対応しなさい。それと担当職員には充分な休暇を取らせる様にしなさい。」

 

主席と呼ばれた人物 李・呂寧(リー・ロネイ)の言葉に報告した党員は“了解しました”と返した。

 

40代ながら誰もが振り返る美貌を持つ彼女は中華人民共和国建国以来初となる女性主席として世界中に名を知られていた。

彼女は左手で顔にかかった自らの長い黒髪をかき分け,自身の左側に座っていた男に向かって話し出した。

 

「全く本当にシ連(あの国)の外交は自国が良ければいいんですから。

外交部も毎回大変な苦労でしょう。」

「その通りですよ主席。毎回我々を格下に見て交渉を行うのですから。

そのせいで我々はどれ程の損害を負ったものか。」

「全くです。それに比べて北朝鮮は早急に見切りをつけたのですから,どれ程我々がシ連にべったりだったのかが分かりますよ。」

「そうですね。貴女が主席にならなければ外交部の幹部一新なんて出来ませんでしたから。」

 

彼女が主席になって真っ先に行ったのは,シ連に対してべったりの外交部幹部の一掃だった。

最早“八月十八日の政変”を思い浮かべる様な人事移動・事実上の更迭によって外交部幹部は一新した。

 

それによって新たに外務大臣になった王・念真(ワン・ニアンジェン)は溜め息をつきながら話を続けた。

 

「さっきの電話の話ですが,私直々にも電話が何件も来ていますし,家へと帰る間際にシ連大使が直々にやって来て“早く日本を攻撃してくれ”と訴えてきましたよ。

お陰で帰るのが予定より遅くなって,妻に説教されましたよ。

これを裁判に訴えても完全に勝訴出来る位ですよ。」

「あなたの奥さんは約束に厳しいですからね······それで日本へ交渉の事は伝えましたか?」

 

真面目な話になった途端少し緩んでいた(ワン)の顔は仕事の物に変わった。

 

「先程東京の(ジョウ)の元へ伝えました。現在のアジア大洋州局局長は非常に優秀ですから大丈夫だと思います。」

「そうですか。シ連軍の方はどうですか?」

 

李の言葉にテーブルを挟んで彼女の正面に立っていた男が答えた。

 

「現在ハバロフスク・ボリショイ空港には70機以上の軍用機が駐留しています。

ウラジオストクの港には依然として「ウラジオストク」を旗艦とする近海艦隊が停泊中ですので,こちらの攻撃(・・)は難しいかと。

なのでハバロフスクとチェグエフカのみの奇襲(・・)になりますが宜しいですか?」

「許可します········最も一番たちの悪い奇襲ですがね。」

「軍部から言わせて貰いますと卑怯な奇襲よりもあの近海艦隊と戦う方が地獄ですよ·········まあ万が一の為に港湾封鎖は行いますが。」

 

彼がそこまでシ連の近海艦隊を警戒するのには理由があった。

近海艦隊にはウリヤノフスク級の2番艦の「S-108 ウラジオストク」を旗艦に,キーロフ級3隻を配備する世界的にも有力な艦隊だったために流石の中国でも手が出せなかったのだ。

 

「安慶天柱山空港のと大房身国際空港の部隊(・・)はいつでも出撃可能です。

また空挺部隊(・・・・)を乗せたY-20(輸送機)も鞍山空軍基地に着くと思われます。

同じく派遣艦隊と北海艦隊は既に出撃準備を終えています。後は貴女の指示を待つだけです。」

 

軍部から派遣された男の言葉を全て聞くと,彼女は意を決した目を見開いた。

ちょうどその時雲に隠れていた日の光が差し込み,彼女は照らした。

 

「北海艦隊を東シナ海に展開しなさい。(がわ)だけでも日本を攻めると見せかける(・・・・・・・・・・・・)のです。

派遣艦隊と潜水艦隊も同様にウラジオストクを出港し,朱雀列島に向かわせるように。」

 

彼女の言葉に男頷き,一礼すると部屋から去っていった。(ワン)も退室して広くなった部屋に李の独り言は響き渡った。

 

シ連(あなた方)は道を踏み外した。あなたが今歩いているのはシルクロードではなく,ただの崖沿いの獣道だ。

そこから谷底に落ちないことを祈りますよ。」

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