日本海には日本海低気圧という気候現象が存在する。
日本海を発達しながら東或いは北東に進んでいく低気圧の事で,“冬の嵐”や“春一番”を引き起こす物と思ってもらえれば結構だ。
現在第2機動部隊はその低気圧に近づきあった。
「気象衛星“ひまわり9・10号”の観測によると,中心気圧は962
通信士の報告を桐島は静かに聞いていた。
「気象班によると風速はおよそ30m/s。“こんなの台風レベルだ”と言っていました。」
「よりによってなんでこんな時に来るんだ·······」
水上のぼやきにつられてCIC要員が次々と口を開いた。
「船務長の通りだな。よりによってなんで今来るんだ?」
「こんな大きいの耐えられるのか?」
「こんなので負けたら軍艦失格だぞ!!」
「機体傷つかないかな·········」
CICがざわつくなか,長瀬が口を開いた。
「こんな低気圧に遭遇なんて訓練でもなかった。しかも今回は戦闘時と来た。俺達はどんだけついてないんだ?····」
「そんなことぼやいても避けられないのは目に見えている。だが俺ですらまさかこんな化物に戦闘時に遭遇するなんて夢にも思わなかったが。」
そう言うと桐島は長瀬の方を向き,
「指揮権限を副長に譲ります。」
「了解しました。大体予想できますが,一応理由を聞いておきます。」
長瀬の問いに桐島は,
「航空機と船の荒天時への対処は全く違う。船の対処は船を知っている者に任せるのが妥当でしょう。」
長瀬以下CIC全員が納得したような顔をした。桐島は通信機を手に取った。
「CICより格納庫へ。艦隊はこれから荒れた海域に突入する。機体をしっかりと固定していただきたい。」
『了解した。機体を一切傷つけないように努力する。』
「応急長。応急工作員の準備は万全か?」
桐島は応急長の鷲尾颯太に聞いた。
「応急工作員全員が既に万全状態で待機中です。」
この返答に桐島は“よし”と頷いた。桐島は再び通信機を手に取った。
通信の相手は艦隊全部だった。
『「あまぎ」艦長の桐島だ。これより艦隊は巨大低気圧へと突入する。
各艦自由操艦をとられよ!! 自艦の安全を優先せよ!!』
通信を終え通信機を置くと,桐島は長瀬の方を向き,
「
そう言って歩き出した。思わず長瀬は聞いた。
「何処に行くんですか? 艦長。」
「万が一の為に艦内を見回ります。船内で何かあったら艦長の私の責任ですから。」
そう言って桐島はCICを退室した。
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第2機動部隊11隻は荒れた海へと突入した。
高い波が船体を激しく揺らし,激しい雨が船体を叩きつけた。
波を越えるごとに船は前後に揺れ,乗組員も慣性の法則で大きく揺さぶられた。
それは艦橋も例外ではない。船が揺れると同時に乗組員も揺さぶられ,何かに掴まなければ立っていられない程だった。
そんな中長瀬は冷静に立っていた。彼は冷静に指示を出しているように見えたが,内心では別の事を考えていた。
(さっきの言葉と言い,艦長の心が不安定になっているのは確定だな。
彼が思い出していたのは,渡島との会話だった。
艦橋に向かう際に通路で彼が話しかけてきた。その際に彼は言った。
『桐島の心は不安定になっている。いつ壊れるか分からない。
そうならない為にも桐島の事を頼む。』
度重なる連敗。その事実が彼の心を抉るのは容易だった。加えて現在指揮権限は副艦長の長瀬の元にある。
さっきの「
そう長瀬が考えていた最中,通信機をとって答えると,“ヘッドセットをお願いします”と言われたので彼は素直にヘッドセットをつけた。
相手はCICの水上だった。
『副艦長。そちらに艦長いませんか?』
「いやここにはいないが,何かあったのか?」
『それが·········艦長が見当たらないんです。格納庫や機関室・食堂や自室も見たんですが,何処にもいなかったんです。』
「トイレにでも行ってるんじゃないのか?」
『それがですね。もう20分も目撃情報がなくて······』
「何!?」
長瀬は驚愕した。20分もトイレに籠っているのなら,誰かしら気づく筈だ。
水上の話から1回捜索を行ったが,見当たらず“もしかして”と思って通信を行ったと想像できた。
20分以上捜索しても見当たらない。長瀬にはある答えが導かれていた。
咄嗟にヘッドセットに叫んだ。
「他の隊員にはもう伝えたのか!?」
『いえ,CIC要員以下数名程しかまだ知っていません!』
「よし分かった!! そっちも絶対に口外するな!!」
ヘッドセットを取って,周囲を見ると,長瀬の様子から“緊急事態が起きた”と艦橋要員は覚悟を決めた表情をしていた。
「手の空いている隊員で艦長を探せ!! それとこの事を他の者に口外するな。絶対にだ。いいな!!」
手の空いていた隊員が艦橋の
数名の隊員と長瀬しかいなくなった艦橋で,長瀬は思考に浸った。
(まさかとは思うが
長瀬の頭に浮かんだ最悪の結末。こんなに波が高い荒れた海に1度落ちてしまえば,助けるどころか,見つけることすら困難だ。
そもそも落ちたという事すら分からないかもしれない程だ。
さっきの匂わせと言い,今の
加えて指揮権限も副艦長に譲渡済み。もし今桐島が消えても,大丈夫なようになっていた。
長瀬は最悪の結末に戦いているなか,さっき探しに行った隊員の1人が戻ってきた。
「副長!! 艦長いました!!」
「早いな!! どこだ!!」
「艦橋甲板出入り口です!!」
「何だと!?」
長瀬は想定よりも相当早い発見報告にホッとしたが,居場所を聞くと,隣の一等海尉に指揮を任せ,直ぐに駆け出した。
隊員の誘導の元,彼は発見場所に向かった。
航空甲板には強い雨が激しく打ち付け,甲板全体を濡らしていた。
甲板上に機体は1機たりとも存在しない。
そこを見つめる様に桐島はたった1人で立っていた。開いた扉に背中をよりかけ,荒れ狂う海とそれに懸命に抗う艦隊を見つめていた。
長瀬は誘導してきた隊員を捜索に出した隊員に“艦長が見つかった”と連絡するように言って去らせた。
桐島の顔は荒れ狂う海にうっすらと恐怖を感じているかのような表情だった。
「もしかして雨で頭を冷やす気か? それともなんだ自殺願望か?」
「第二次大戦中に船から海に落ちて行方不明になった将軍はいたらしいけど,出来ればそうなりたくはないね。」
長瀬の言葉に,冗談を言って返そうとした桐島の声は弱かった。
まるで自分を見失った人間の様に。誰も彼を助けることは出来ず,ただ冷たき雨が冷酷に彼を痛め付けていた。
「葛城から聞いただろ? 俺は弱い人間だって。
誰かに合わせる事が苦手で,いつも自分のペースで進むしか出来ない。
よくぞこんな人間が自衛隊に入って戦闘機パイロットになれたもんだよ。」
長瀬は話を静かに聞いた。
「インパルスからの誘いを断ったのも,合わせる事が不可能だと分かっていたからさ。
あんな連携が命の場所に俺みたいな場違いが入ったらどうなるか分かるだろ?」
桐島の皮肉まじりの言葉に,長瀬は返す言葉がなかった。そんな長瀬の様子に気まずくなったのか分からないが,桐島は話を変えた。
「ちょっと質問だ。そんな俺がなんでこの船の艦長に立候補したと思う?」
「········逃げたかったからか?」
長瀬の返答に桐島は目を見開いた。だが直ぐにそんな表情は冷たき仮面に書き消された。
「ある意味当たりかな。正確には自分を変えたかったんだよ。
こんな大海という広い場所に出ればこんな自分を変えられるだろうと思っていたが,現実ってのはそう甘くなかった。」
桐島は話を続ける。
「愚かだよ。自分が実施した作戦は失敗。加えて補給艦も事実上の喪失。
こんな結果になるなら,最初から指揮権限をあなたに譲渡していた方がよかったよ。」
桐島の嘆きに長瀬はため息をついた。目の前の桐島龍樹という人物を見ながら,
「石見司令だって,艦長が“代理が勤まる”と思って託したんです。
ならその責務を果たすべきです! 我々で朱雀列島を奪還するためにも」
「·········そう言いきれたら俺も嬉しいんだがな···」
長瀬の言葉を遮って,桐島は話し出した。
「最初は俺もそう思っていたさ。でも司令から受け継ぐ際に知ってしまったんだよ。
「“朱雀列島防衛プラン”?··········」
長瀬はその単語に覚えがなかった。もしそんなのがあったら,既に聞いている筈だからだ。
桐島はやはりという顔をすると,その重い口を開いた。
「お前は知らないだろうな。」
「日本は最初から朱雀列島を
先日「戦翼のシグルドリーヴァ」1話を視聴しました。
設定といい,キャラといい,映像といい中々良い作品でした。
個人的には中村さんと杉田さんとマフィア梶田のパイロットコンビが凄く印象に残りましたww
あと司令官の声が藤原啓治だったら最高だった········
文中の“船から海に転落死した将軍”の話ですが,実際に1942年 3月26日に大西洋でアメリカ海軍戦艦「ワシントン」からジョン・W・ウィルコックス少将が転落し,行方不明となっている実話です。