エンジンシティの長く大きな階段を降りると、ターフタウンの管理された自然とは違う、手付かずの雄大な自然が晴れた青空のもとに広がっていた。
今日はテッカグヤのエネルギー吸収の為にワイルドエリアにやってきたが、毎回来る度に圧倒される。ただそこに居るだけでエネルギーが、体の内から湧き出てくるような不思議な感覚になるのだ。
しかしそれではテッカグヤのお腹は満たされないので、ダイマックスエネルギーが集中するポケモンの巣へ向かう事にする。そして歩き出す前にボールが付いているベルトに手を伸ばす。
ワイルドエリアでは厳しい自然がそうさせているのか、強いポケモンが多い。中には通りかかった人に問答無用で襲いかかって来るポケモンも居る。
そういったポケモン達への対策として、強い手持ちポケモンを連れている場合、連れて歩くと良いとされている。攻撃的なポケモンでも力の差を感じ、襲い掛かってくる事が減るからだ。
俺がそのために掴んだボールは、何の変哲も無いモンスターボールだ。そしてそのボールを投げ、中にいるポケモンを出す。
「一緒に行くよ、ジュナイパー」
ホロロゥ♪
ジュナイパーはボールから出てくるなり、俺の方に寄ってきて体を密着させ、スキンシップを要求して来た。もちろん断る理由も無いので首辺りを撫でる。
テッカグヤのエネルギー吸収の際の俺の手持ちは、テッカグヤを除いて全員違う。全員普段から農場で過ごす事が出来ない子か、農場で過ごす事があまり好きでは無い子達だ。
今出しているジュナイパーはチュリネ達がたまに起こす突発的な行動に驚き、パニックなどを起こしてしまうので、農場で過ごすのは苦手な子だ。
「それじゃジュナイパー、ポケモンの巣を探すの手伝って」
ホロロゥ
撫で終えた後俺がそう言うと、ジュナイパーは音を立てずに一瞬で上空に舞い上がった。
ジュナイパーにはいつも上空からエネルギーの豊富そうなポケモンの巣を探してもらっている。エネルギーが豊富な巣ほど明るく輝くので、比較してより明るい方に連れて行ってもらうのだ。
しばらく待っていると、ジュナイパーが降りてきて『巨人の腰掛け』の方を指差したので、一緒にそちらに歩き始めた。
今日のワイルドエリアの天候は天気予報通りの、全体的に温暖な晴れだ。暖かい日差しを体で受けながらジュナイパーと一緒に歩く。
たまに草むらからポケモンが飛び出して来ようとするが、出てきた瞬間にジュナイパーに睨まられて引っ込む。その様子はまるでボディーガードの様でとても頼もしい。
これが今連れている他のポケモン達だとこうは行かない。
テッカグヤは移動するだけで自然破壊がおきる。
あの子は片っ端からある技を仕掛けようとする。
あの子は魅了で逆にポケモンを引き付けるかも。
あの子はテッカグヤ並に目立つので連れ歩くには不適格、乗って移動するのはいいのかも知れないが俺はその免許を持ってない。
そしてあの子は歩くのが遅い。
そんな中、今もボディーガードのような事をしてくれているジュナイパーは連れ歩くのに最適なポケモンだ。
そしてテッカグヤのお腹を満たすために何箇所か回らなければいけないので、少し歩くペースを上げた。
ポケモンの巣に着いて、テッカグヤを出す前には何個か確認する事がある。
まず、テッカグヤを出しても問題無い広さが有る事。
そして、ポケモンの巣に居るポケモンと交渉する事。
最初の条件は良いとして、二つ目の条件はバトルに発展させないために必要な事だ。
もし交渉もせずいきなりテッカグヤを出すと、驚いた巣のポケモンはダイマックスして襲い掛かってくる。いきなり巣の隣に巨大なポケモンが出てくるので、襲い掛かるのも当然だろう。
初めのうちはそれを怠って、何回もバトルに発展してしまった事がある。勝ちはするのだが余計な時間と労力がかかってしまうので、避けるようにしている。
「すいませーん、誰か居ますかー?」
ポケモンの巣穴の前でこんな事を言っている姿は、他人から見たらかなり滑稽に見えるだろうが、俺は至って真剣にこれをやっている。
「すいませーん」
一回の声掛けでポケモンが顔を出してくれる事はほぼ無い。巣に居るポケモンに警戒されない様になるべく優しく、郵便物を配達する人の様に落ち着いて声を掛ける。
ガラゴロン……
するとポケモンの巣穴からドータクンの頭が出てきた。
まだこちらの様子を伺っているようで、じっとこちらを見続けている。そんなドータクンを笑顔で手招きし、カバンの中からオボンの実を出す。
するとこちらに敵意が無いことを察してか、巣穴から出てこっちに寄ってきた。俺からしてもドータクンが俺に対して敵意が無いのは嬉しい事だ。
そして目の前まで来たドータクンにオボンを渡す。
それに対してドータクンは若干困惑しているようで、渡したオボンと俺を交互に見る。
「ちょっとお願いが有るんだけど、巣のエネルギーを分けて貰っても良いかな?」
そう言うとドータクンは合点がいったのか、巣と俺の間に置いていた体を退けた。ありがたい事に了承してくれたらしい。
「ありがとう。あと、エネルギーをもらう時に大きなポケモン出すんだけど、大丈夫かな?巣を壊さないように細心の注意は払うよ」
ゴロン
俺がそう言うとドータクンは頷いた。このドータクンが優しいポケモンで良かった。狂暴なポケモンだと問答無用でダイマックスして襲い掛かって来るのでとても助かる。
周囲に十分なスペースがある事を確認し、テッカグヤの入ったボールを慎重に投げる。
フゥーゥ
巨大な質量からくる地響きに近くの木々に止まっていた鳥ポケモン達が一斉に跳び上がった。草むらも驚いたポケモンが居るのか少しざわついている。
近くに居るドータクンは事前に知っていたからか、驚きは無いようだが、少し動揺している様にも見える。……すまんドータクン、巨大って言ったけど、マジで巨大なんだ。
そして場に出てからテッカグヤは特に動いていないが、何もしてないように見えてしっかりとダイマックスエネルギーを吸収している。暫くしたら巣の明るさも減り、エネルギーの吸収も終えるだろう。
ガラゴロン
フゥーゥ
そう考えていたら、いつの間にかドータクンとテッカグヤが世間話のようなものをし始めた。お互いにはがねタイプと言う事もあり、何か有るのだろう。
その会話を眺めつつ、のんびりとテッカグヤのエネルギー吸収を待った。
テッカグヤのエネルギー吸収が終わり、ドータクンにお礼と追加のきのみを渡した後、今度はハノシマ原っぱの巣にやってきている。
今度も何事も無く済めばいいな、と考えていたがどうやら今回はそうは行かないらしい。
巣穴に声をかけたあと出てきたポケモンはヨクバリスだった。よりによってヨクバリス。
一抹の希望にかけて交渉を試みるも1個のオボンでは満足出来ないらしく、目の前に居座り続けた。おそらく手持ちの全部のきのみを渡さない限り退いてくれないと思い、別の場所に向かおうとしたらダイマックスして襲い掛かってきた。
そして今、目の前にダイマックスしたヨクバリスが居て、俺はベルトにあるボールに手を伸ばしている。
良いだろう。そっちが暴力で解決しようとするなら、こっちも暴力で対抗してやる。食料庫を襲った個体と別個体だからと、甘さを見せたのが失敗だった。
「良かったな、お前の好きな"げきりん"が打てるぞ」
そう言いながらベルトに付いているムーンボールを掴むと、微かに掴んだボールが揺れた。やる気は十分らしい。
一体だけでは対応しきれないので別のムーンボール、ゴージャスボール、モンスターボールを掴み、同時に投げる。
「行くぞオラァー!」
両手で掴んだ四つのボールをヤケクソ気味に投げる。普段はバトルに発展してもここまで荒れない。相手がヨクバリスだからこそだ。
ギュアーン!
マヒナペーアッ!
かぶりん……
フンッ!
それぞれのボールから、ガブリアス、ルナアーラ、フェローチェ、コータスが出て来る。
ガブリアスは、げきりん?げきりん打てるの?げきりん!げきりんだ!とばかりに興奮している。その様子はプレゼントを前にした子供のようだが、内容はそこそこ物騒だ。
この子は、何というか、げきりんが好きだ。俺の指示にはちゃんと従ってくれるが、げきりんを打てる状態ならげきりんを打ちたいアピールをしてくる。まるでどこかの爆裂好きな紅魔族みたいな奴だ。
ルナアーラはただただ元気一杯だ。ちらりと撫でてほしそうに、こちらを向いて来たりしている。後で撫でる事を伝えると、やる気を出してヨクバリスと対峙した。
この子は国際警察に伝えていなかった手持ちだ。この世界に迷い込んだ当時は、エーテル財団の事件のニュースも出ておらず、見つかった場合ロクなことにならないと考え存在を秘匿していた。
でも今ではエーテル財団の事件も発生しており、ウルトラ調査団を探してもらう際に一度見せている。しかし、その力を欲する集団が現れないとも限らないので、あまり一緒に居てやれない。なのでこういった周りに人が居ないタイミングで一緒の時間を過ごしている。
フェローチェは優雅にヨクバリスと対峙している。しかしクールに見えても、撫でてあげたりすると意外と喜ぶのだ。
この子はしっかりと俺の指示やお願いも聞いてくれる良い子なのだが、いかんせん農作業との相性がよろしくない。多分お願いすれば手伝ってくれるだろうが、結構なストレスになると思われるので農場には出していない。
コータスは最初の鳴き声を出した後、どっしりとその場に留まっている。寡黙な子だが、しっかりと信頼関係は築いている。後でやけどに気を付けながら甲羅を拭いてあげよう。
この子はチュリネ農場出禁を食らっている。と言うより俺が食らわせた。理由は"ひでり"、以上。今の俺の手持ちのポケモン達は少なくとも農場で過ごす事は出来る。でもこの子だけはそれも出来ない。俺の胃が死ぬ。
なのでこういった農場に居ない機会でしか一緒に居れない。
「ガブリアス、"げきりん"!ルナアーラ、"サイコキネシス"!フェローチェ、"とびひざげり"!コータス、"ふんか"!」
四匹全てに技の指示を出す。相手はダイマックスしているので、狙う場所には事欠かない。
ガブリアスが活き活きと理性のタガを外し、雄叫びを上げながらヨクバリスに突っ込む。
ルナアーラが技を放つと、当たった場所周辺が歪んでいるように見えるほどのエネルギーが生まれていた。
フェローチェは多分"とびひざげり"を繰り出しているのだろうが、俺には全然見えない。ただガブリアスの"げきりん"の打撃音とは別の打撃音が聞こえてくるので攻撃しているのだろう。
コータスは力を溜めている。おそらく後もう少ししたら放てるようになる。
フンッ!
放つ直前の力む動作に入ったので他のポケモンに指示を出す。
「フェローチェ下がれ!」
指示を出した直後、俺の目の前にフェローチェが現れる。狙いを定めるような技では無いので、下手をするとフレンドリーファイアしてしまう。
ガブリアスは放置しているが、"げきりん"中なので指示が届かない。最悪当たってもタイプ相性的に今ひとつなので大丈夫だろう。あの子もそれを知っていても"げきりん"を打ちたいだろうし。
ドーン!!!
コータスの甲羅から大きな火の玉が溢れ出し、ヨクバリスに直撃する。ひでりの効果も有るが、肌が焼けるような熱さに当てられ、汗が流れた。
"ふんか"による眩しさが収まるとそこには仰向けに倒れたヨクバリスが居た。その体は段々と小さくなっていき、通常の大きさよりも小さくなって、最終的には見えなくなった。
バトルが終わるとふぅ、と腕で流れた汗を拭う。何時もならここまで一方的にならないのだが、全員の強力な技でゴリ押ししたので一瞬で終わってしまった。
ヨクバリス、強欲は身を滅ぼすことを実体験で学べたんだ。もう少し控えめになる事も覚えたほうが良いぞ。
すると、"ふんか"の余波に巻き込まれたのか、煤にまみれたガブリアスがマヌケな顔をしながらこっちに歩いて来た。
ぎゅぁ〜?
その鳴き声もふにゃっとしているが、どこか満足げである。煤まみれの肌を見ると、少しダメージを受けているようで、煤落としと治療を始める。
その間ルナアーラは興味深そうに周りを見渡し、フェローチェは静かに佇み、コータスは"ふんか"のクールダウンをしていた。
ガブリアスの治療を終え、その後もたまにバトルやキャンプを挟みながらテッカグヤのエネルギー吸収を終えると、空が橙色に染まっていた。
今から帰ればちょうど日が落ちると考えながら、エンジンシティに向かっていると、エンジンシティの方からロトム自転車に乗ってこちらにやって来る人が居た。
道を譲る為に少し左に避けると、何故かロトム自転車に乗っている人から手を振られた。
知り合いだったか?と疑問を感じながら手を振り返すと、その人の背中にジメレオンが張り付いているのが見え、乗っている人が誰なのかを察した。
その人は俺の隣にいるジュナイパーが気になるのか、少しだけ眺める。しかし急いでいるのか、手を振り終えすぐに隣を通り過ぎた。
周りの野生ポケモンやポケモンの巣に目を向けず一直線にナックルシティに向かっている。
多分そういう事なんだろう。
その自転車の人が米粒の大きさになるまで背中を見届けた後、俺も家に帰るために再び歩き始めた。