早朝の従業員休憩室で椅子に座ってコーヒーを飲みながら、清掃員の男は手持ちのタブレットに表示されている清掃予定の部屋一覧を確認する。
もう既にチェックアウトを済ませているお客様も居るようだが、まだ一組二組程度で清掃を始めるにはまだ早い。
セーソー
ポッポンポー
相棒のヤブクロン達は男の隣で作業が始まる時間を待っているが、ご飯が待ち遠しいのか、少し落ち着きが無い。
男は無言でヤブクロン達を撫で、落ち着かせる。ヤブクロン達も静かにそれを受け入れ、気持ちが良いのか目を細める。
男はタブレットで空いた部屋が増えていないかチェックするが、先程確認した時から何も変化は無かった。
男が勤めているホテルイオニアでは、おそらく他のガラルのホテルに比べてお客様がチェックアウトギリギリの時間までホテルに居ることが多い。
誰もが好んで凍える早朝の時間帯に外出したいとは思わないのだ。
今はジムチャレンジ期間なので普段よりも泊まる人は多いが、その肝心のジムチャレンジも夕方以降から始まるので、早朝にチェックアウトする人は増えない。
作業が増える事を想像して少しため息を吐きつつ、空調機の低音が部屋の中で鳴り響く中、男はヤブクロンを撫でて時間を潰す。
ピコン
ヤブクロンをしばらく撫でつつ、考え事をしながら時間を過ごしていると、タブレットに通知が届いた音が部屋に響いた。
お客様がチェックアウトして、部屋が空いた事を知らせる音だ。
ヤブクロンを撫でるのを止め、タブレットを確認すると通知音の通り客室が一つ空いたのが確認出来た。
そしてタブレットに表示されている時間を見ると、もうしばらくしたらチェックアウトの時間になる事が表示されていた。
それを確認した男は、そろそろ始めるか、とゆっくりと椅子から立ち上がり、清掃用具を詰め込んだカートを取りに、ヤブクロンを連れて休憩室を出る。
ノックをして人が居ないことを確認し、客室に入ると、隣を歩いていたヤブクロンと、カートの上に乗っていたヤブクロンが我先にと部屋の中に走って行った。
その二匹を見送りつつ部屋を見回し、清掃する場所に目星をつける。
幸いな事に、この部屋を利用していたお客様は特に変な汚し方などもしておらず、少し飲食類のゴミが散乱している程度で、それ以外に目立った所はない。
それらのゴミもヤブクロンがもしゃもしゃと食べていて、男が手出しする必要が無い。
しかし、もう一匹の方のヤブクロンは部屋に備え付けてあるゴミ箱に体を突っ込んでゴミを食べていたので、男はそこに近づき、ヤブクロンを両手で掴んで引っ張り出す。
男がヤブクロンに目線を合わせて首を横に振ると、ヤブクロンは分かったとばかりに鳴き声を上げ、ゴミ箱以外の場所にゴミが無いか探しに行った。
ゴミ箱にあるゴミは一旦収集した後、改めてヤブクロンに与える事にしている。先程のようにゴミ箱に突っ込んで食べると、ゴミが部屋に散乱する恐れがあるからだ。
机やサイドテーブルの中などを確認しつつ、アメニティなどもチェックしていく。クローゼットは要注意ポイントだ。
キルクスタウンは他の街よりも特別寒い気候だからか、普段は着ない服装を着て来られるお客様が多い。そのせいか服の忘れ物が頻発するのだ。酷い時は二三着クローゼットに掛けて忘れて行かれたお客様も居る。
今回はハンガーだけが掛かっていたので問題は無さそうだ。
ある程度寝室を片付けて、今度はバスルームに向かう。
拭き掃除等を始める前に、使用済みのタオル類をカートに放り込む。使用済みアメニティは、男がバスルームに入ったのを見計らって一緒に入ってきたヤブクロンに渡した。お腹が空いているからか、渡したそばから口の中に放り込んでいる。
バスルーム内が片付くと、男は掃除用具をカートから取り出し、バスルーム全体を拭き掃除して行く。
寝室の方に居たヤブクロンも、あらかたゴミを食べ終えたからかバスルームに入って来たが、男の作業を邪魔しないようにと静かにし、先に来ていたヤブクロンからゴミを分けてもらい一緒に食べ始めた。
バスルームの拭き掃除を終え、今度はベッドに取り掛かる。
シーツを全て剥がし、カートに入れ、新しいシーツを出すとヤブクロン達が手伝うためにベッドの反対側に待機し始めた。
シーツの端をそれぞれのヤブクロン達に掴んでもらい、ベッドの上に敷く。そしてシーツをそれぞれの角に織り込んでマットレスの下に挟んでいく。ヤブクロン達も慣れた様子でシーツを折りたたみ挟み込む。
ベッドのシーツ交換を終え、枕も交換する。後は寝室の拭き掃除と、掃除機掛けと、アメニティ交換なので、先程集めたゴミをヤブクロンに袋ごと渡す。ヤブクロン達も待ってましたとばかりに、袋に飛び付いて邪魔にならない場所に向かって行った。
いくつかの客室を清掃し終えると、通路の方が少し賑やかになる。客室に備え付けてある時計を確認するとチェックアウトの時間が近づいている事が分かった。
これから加速度的に清掃が必要な部屋が増えて行く事を感じ、手間を考え少しため息を吐く。
そして一部屋終え、次の部屋に取り掛かろうとすると、男が向かっている方向からリュックを背負った少女がダッシュでこちらに向かって来ていた。隣には赤と白色の浮遊している見たことが無いポケモンを連れている。
「やべぇ!余裕こいてギリギリまでテレビ見るんじゃなかった!」
フゥーン!
勢い良く男の隣を通り過ぎると、少女はエレベーターのボタンを連打し始め、その様子を隣に居るポケモンが心配そうに見つめていた。
男は少し驚いたが、いつもの事だと考え次の部屋に再び向かい始める。
チェックアウトギリギリの時間にお客様が取る行動は大して変わらない。
全員焦った様子でエレベーターに向かい、エレベーターが着くまでの間に腕時計と今エレベーターが有る階を往復して見るだけの生き物になる。
先程の少女はよほど焦っていたのか、それに加えてボタン連打もしていた。あのお客様がしっかりと時間に間に合う事を祈りながら男は再び歩き始める。
連泊して部屋に泊まっているお客様以外が全員チェックアウトをした事で、ホテルは再び静かな落ち着きを取り戻す。
男も心を無心にしながらテキパキと作業を進めていく。
「あのー、すみません」
作業をしていると、後ろの方から声を掛けられる。
作業中にこえを掛けてくる人は少なく、ホテルの従業員かと思い振り返ると、そこには予想外の人物が立っていた。
「あの、このヤブクロン撫でても良いですか?ヤブクロンに会うの初めてなんです」
男の記憶が正しければ、その少女はジムチャレンジャーのユウリだ。凄い勢いでジムを突破している期待のジムチャレンジャーだ。
そしてそんな有名人がパートナーのヤブクロンを撫でたいと言っている。
丁度、この部屋でのヤブクロンの作業が一段落した所で、男は問題なく、ヤブクロンの方も満更では無さそうだ。
男は、ユウリに対して頷きつつサムズアップする事で問題ない事を伝える。
「えっと、大丈夫って事で良いんですよね?」
再び男が頷くと、ユウリは笑顔で感謝を伝えながらヤブクロンとコミュニケーションを取り始めた。
普段から男以外の人とは余り関わらないからか、少しおっかなびっくりになりながらユウリとコミュニケーションを取り始めた。
その様子を見届け、男は再び清掃業務に取り掛かる。
男は全ての業務を終えると、普段着に着替えてホテルイオニアを従業員専用出入口から出る。
少し細い通路を歩くと石畳の大通りに出た。
モンスターボールに収まっている相棒達は大量にご飯を食べたからか、満足して寝ている。
夕日が全体的に白いこの街を赤く染めていた。雪は降って無いが相変わらず寒く、男は首に巻いたマフラーに潜るように首を引き、両手をポケットに突っ込みながら歩き続ける。
しばらく男が歩いていると、立ち止まらず慣れたようにステーキハウス、おいしんボブに入店した。
店内に入るとマルヤクデが入口で待機しており、マルヤクデも男が常連だからか慣れたように、いつも男が使うカウンターの定位置に案内を始めた。
男は案内された場所に着くと、注文を取りに来たシェフにメニューのステーキとウォッカを指差し頼む。
シェフの方も一応確認をしに来ただけのようで、再確認をせずにそのまま厨房に戻って行った。
注文を聞きに来る際にシェフが置いていった水で喉を潤しながら、料理が来るのを待つ。
周りには家族連れなどが居て、店内は騒がしい状態だが、男は特に気にせず待ち続ける。
注文した品が届くと、男は大き目にステーキを切り分け口に運ぶ。そして飲み込んだ直後にウォッカをグイッと飲み、大きく息を吐く。
男は最初の一口は豪快にして楽しみ、その後はちびちびと楽しむ食べ方をいつもしている。
店内に備え付けられているジムチャレンジのテレビ中継を見つつ、男は今度は小さく切り分けたステーキを口に運んだ。
周りはチャレンジャー達の激闘に声を上げて楽しんで居るが、男はただ静かにテレビを眺め、食事をしつつそれを楽しんだ。