今日も今日とてチュリネ農場は平和である。
たまに吹く強い風が髪を揺らし、さらさらとした葉の擦れる音が辺りに流れる。
ポケモン達はそんな中気にせず過ごす子、全身で風を捉える子、"にほんばれ"で干している網を飛ばないように俺と一緒に押さえる子、風に乗ってどこかに飛んでいきそうになる子、などそれぞれが少し変化の加わった日常を過ごすそんな1ページ。
……ってエルフーン?お前ちょっと飛び過ぎでは?
風に乗って空を遊覧飛行する分には全然構わないけど、戻って来れるよな?相変わらずニコニコしてたけどもう結構遠くまで飛んでいってる様に見えるぞ。
そう考え、そのまま網を押さえながらエルフーンの方を見ていると、米粒位の大きさになった所で地面に下りる所が見えた。
無事に下りられた事でホッとする。
ポケモン達には基本的に自由に過ごさせており、農場の外に出る事については特に問題視はしていない。チュリネ達も仲のいい野生のポケモンと遊ぶ為、偶に農場の外に出る事がある。
一見無責任の様にも見えるが、認めているのにはしっかりと理由がある。
まずはターフタウン近郊位の距離なら絶対に迷子にならないからだ。理由はもちろんテッカグヤ。この農場には現チャンピオン並の方向音痴は居らず、普通に目立つテッカグヤを目印にして皆帰ってこれるのだ。
次にこの辺りの野生のポケモン達にはまず負けないから安全である事。手持ちのポケモン達はもちろんチュリネ達も結構強い。勢いで厩舎の壁をぶち抜いてしまう程度には。
それでも一応把握しておく為に農場を出る時には俺に言いに来るようにポケモン達には伝えている。
例外はよく晴れた日のチュリネ達だけだ。ハイテンションなあの子達は、他の農場に被害を出すかも知れないし、勢い余ってテッカグヤの見えない位置まで行って迷子になってしまうかもしれないのだ。
そのような日以外はちゃんと出る時には報告してくれるし、もし忘れていたとしても俺が直接見ていて気付くか、他のポケモン達の誰かが教えてくれる。
そして現に俺や他のポケモン達の目の前で飛んで行ってしまったエルフーンは、まだテッカグヤの見える距離だったので問題視はしてない。
ただ再び風に乗ると先程のようになるので、歩いて帰ってくると思うのだが、いかんせん足が早い訳じゃ無いので少し時間がかかるだろう。
それにあの子は色違いなので、もしトレーナーと遭遇したらゲットしようとバトルに発展する可能性がある。
もちろん俺の手持ちなのでゲットは出来ないが、もしバトルに発展した場合、イイ性格をしているあの子の事だから、おちょくるだけおちょくって逃げるか、捕まりそうな雰囲気だけを出して自らボールに当たって捕まえられない事をトレーナーに分からせ徒労を感じさせる等のイタズラを仕掛けるだろう。
幸いにもここはオーレ地方でも無いし、スナッチ団は存在を確認出来なかったので絶対に大丈夫だ。
考えを終え視線を押さえている網の方に移すと、一緒に押さえているドレディア、ラティアスと目が合う。
この二匹も飛んで行ってしまったエルフーンを一緒に見ていたが、俺と同じ様にエルフーンが地面に下りられた事で目で追うのを止めたのだろう。
「ちょっと網を固定する道具を持ってくるから俺のも押さえててくれる?」
ピュイ
フゥーン
このまま押さえているのは疲れる上に、動く事が出来ず不便なので、ロープ等の道具を取りに行く事を二匹に伝える。
そして二匹から了承を得ることができたので、俺が押さえていた部分を二匹に押さえて貰い、俺は倉庫に向かって歩き始めた。
「あのー、すみませーん」
もふふーん
葉を干している網をロープで固定し終えた所、不意に農場の入口から人とポケモンの鳴き声が聞こえてきた。
声のした方向を見ると、そこには先程飛んで行ったエルフーンを抱えたバックパッカーの女性がやって来ていた。
彼女の腕の中からエルフーンは笑顔でこちらに手を振っている。
何も問題なく帰ってくるとは思っていたが、まさか人に抱えられて帰ってくるとは思わなかったので、少し動揺している。
「あっ、すみません!その子うちの子なんです!連れてきて下さってありがとうございます!」
少し駆け足気味で入り口の方に向かい、女性の目の前に立つ。
「どーいたしまして。急に空から降ってきた時はびっくりしたけど、人懐っこいしふかふかだったしで、こちらこそありがとうって奴だね」
そう言いながら両手でエルフーンをこちらに渡してくる。
ただ、エルフーンの事だからイタズラしてないか気になったが、エルフーンの笑顔を見る限りやってはいない、はず。
「あの、エルフーンからイタズラとかされていませんか?」
「ん?あぁ、"いたずらごころ"な子だったんだ。大丈夫。私の相棒のバックパックは"てっぺき"だからね。もしイタズラされてもどうってことは無いさ」
彼女は自慢げに、ところどころ解れている部分も見える年季の入ってそうなバックパックを叩いてニカッと笑った。
「それにしても、遠くから見えてたけどあのポケモン、近くで見ると迫力があって凄いね。他にも色んなポケモンが農場に居るし、ちょっと見学していきたいんだけど良いかな?」
「大丈夫ですよ、うちの子達も構ってくれる人なら歓迎すると思いますし」
農場の見学を申し込まれたが、特に問題無いので了承する。バックパッカー等の旅人から見学の申し込みが有るのは、珍しい事じゃない。
エルフーンをわざわざ連れてきてくれる良い人だし、丁度農作業も一区切りした所だ。好奇心旺盛な子達は先程からこちらを見続けている子も居る。逆に人見知りな子は、遠くからこちらを見ている。
「それじゃ案内しますよ。とは言っても余り大きい農場じゃ無いので見える範囲が全てですけど」
そう言って、まずは一番気になるであろうテッカグヤの所に案内しようと歩き始める。
すると彼女は俺の後ろに付いて少し歩くと、途中の葉を干している場所を見つめて足を止めた。
「…………まさかこんな所でアルトマーレの守り神様と出会えるとはね……」
独り言だったのだろう。その呟やかれた発言に対し俺も驚いて足を止める。
「……知っているんですか?」
「うん。ホウエンの旅の途中でアルトマーレに寄った時にね。ゴンドラに乗りながらゴンドラ乗りのお兄さんから伝承を聞いたんだ。だからまさか遠く離れたガラルで、本物と会うことが出来るなんて思わなかったよ」
今まで様々な人を農場に招いたが、初めてラティアスをただ珍しいポケモンと捉えない人と会った。
しかしよく考えてみれば、アルトマーレが一地方の一都市だとしても結構な観光地なので、訪れる人の中には伝承を覚えて帰る人が居ても不思議じゃない。
「…………」
「ん?あぁ、ゴメンゴメン。警戒させちゃったかな?別に私はあのポケモンに対してどうもしないし、黙って居て欲しいのなら黙っておくよ」
そう言いつつ彼女は身振り手振りであたふたしながら俺に伝えてきた。そして俺も警戒して体に力が入っていた事に気付き、力を抜く。
「ふぅ。そうですね、出来れば他の人とかに伝えるのは避けて頂けると助かります」
「うん、お口チャックしておくよ。厄介事は不意に起きると日常のスパイスになるけど、常に晒されるとたまったもんじゃないからね」
口チャックのジェスチャーをしながら、あっけらかんに喋って居るが、多分彼女は信用出来る。
ラティアスを見ていた時も、その表情は驚きと憧れと出会えたような喜びが有り、欲の色は欠片も見えなかったからだ。
もし不意に他の人に伝わったとしても、その時はその時だろう。現に国際警察の人には知られているからもう一人二人は増えた所でといった感じだ。
「所であの、ラティアス……であってるのかな?撫でても良い?お供え物とか必要だったりする?」
「ラティアスであってますよ。触るのはラティアスに確認とってオーケー貰えたなら良いですよ。……あとうちのラティアスはアルトマーレ出身でも無いし、守り神でも無いのでお供え物とかは必要無いです」
えっ、そうなの?と驚いた表情をしながら彼女はこちらを見て、そしてラティアスを見た。
先程からラティアスは話題に上がったり、ちらちら見られているからか、少し恥ずかしそうにしながらふわりふわりと網の周りを漂っている。
そして彼女はゆっくりとラティアスに近付き、確認を取ると、ラティアスが頭を差し出した。それを了承と受け取っていいのか判断のつかなかった彼女は、一旦俺の方に顔を向ける。
俺はその仕草をよく知っているので、頷いて大丈夫である事を伝える。
それを見た彼女は、少し慎重になりながら、差し出された頭を撫で始めた。
「それにしてもアルトマーレに行ったことが有るんですか。どんな場所でした?」
ガラルの外を知識でしか知らない俺は、彼女の体験が気になり、そんな話題を振る。
知識で知っている事と体験で得たものの間には大きな隔たりがあるので、それが気になった。
「町全体が入り組んだ路地みたいな町だったよ。目に見える場所に辿り着くために大回りしなくちゃいけない所とか大変だったな。そして入り組んだ路地の間を流れる水路が凄く綺麗なんだけど、特に水路が完全に町に溶け込んでる所に感動したんだ。流石は水の都と呼ばれるだけはあったね」
彼女の話を頷きながら聞く。こういった話は聞いていて面白いし、楽しそうに話している人を見るとこちらも嬉しくなる。
「へ〜。他にはどんな所に行ってたんですか?」
「んー、ホウエン、ジョウト、カントーは一通り回ったかな。シンオウは時期が悪くて行けてなくて。ガラルに来る前はアローラにいた感じ」
俺が、他に行ったことのある場所を聞いてみると、彼女は指を折りながらそれぞれの地方の名前を上げていく。
「それじゃカントーはどうだったんですか?」
「カントーはね〜……」
そしてそれぞれの地方や町の話を俺がねだり、彼女がそれに答える、と言う会話が続いていく。
その間、遠くで見ていたポケモン達も近寄ってきて農場の皆で話を聞く態勢になる。エルフーンが気を利かせて折りたたみ式の椅子を持ってきた時は、準備の良さに俺と彼女も思わず笑ってしまった。
彼女を中心として、俺やポケモン達が地面に座り、彼女の旅の話を聞く時間がしばらく続いた。
「あの、まだ途中だと思うんですけど、ガラルはどうでした?」
やはり地元がどう見られているのかは気になる所だ。そこそこ濃い二年間を過ごしたからか、俺もガラルに地元愛といったものを持っている。
「ガラルかぁ〜。まだシュートシティとエンジンシティとここしかこれてないから、ちょっと偏ってるかも知れないけど」
そう言い、彼女は少し俯いて考える様子を見せ、再び顔を上げて語り始めた。
「このガラルには大きな風が流れてるね。大きくて、一途な、勢いのある風が」
「風……ですか?」
「うん、そう。風。」
いまいちピンと来ないで、少し頭を傾げる。周りのポケモン達も少し頭を傾げてる子も居る。
「さっきアローラの風について話したでしょ。あそこはのんびりとした、優しい雰囲気だったって」
そこで一旦皆が頷く。
「このガラルはね、リーグ期間っていうのもあるのかも知れないけど、道行く人達が皆同じ様な雰囲気を発していて、一体感を感じるんだ。そこに私みたいな余所者が来ても、巻き込んでいく強さもある。私自身ガラルに来てからジムチャレンジに興味を持ち始めたしね」
解説されて、なるほどと周りの皆で頷く。中にはただ周りに合わせて頷いて遊んでる子も居た。
そしてその話を聞き頬が緩んでいることに気付く。地元が褒められるのは嬉しく、それを喜べる様になった自分にも、少し嬉しくなった。
その後、彼女の小さな講演会は日が傾くまで続き、お礼として農場で夕食をご馳走し、彼女は宿をもう確保していたようなので、食事の後に農場の皆で見送りをして別れた。
そして残っていた農作業を終え、チュリネ農場の一日が終わる。
今日はよく風が吹く日だった。