バトらない自分のガラルな日々   作:アズ@ドレディアスキー

21 / 26
18話 ルミナスメイズにて

 迷った。

 

 辺りには妖しい光をほのかに発する謎のキノコと、よく分からない光るふわふわが宙を浮いて、昼なのに暗い森の中を照らしている。

 多分大丈夫だとは思うが、どうしてもその光景で腐海の森のイメージが浮かんでしまい、呼吸を浅くしてしまう。

 

 しかし呼吸が浅くなっている原因はそれだけでは無い。もう一つは肩掛けの小さなバッグの中に入っている一通の手紙が原因だ。

 

 この手紙はマホイップと戯れる為に、ナックルシティのカフェに通った後の帰り道に託された物だ。

 

 マホイップと戯れ、カフェのマスターから何時ものように微妙な表情を向けられた後、駅の近くで困った顔をしている女の子を見つけた。

 始めは迷子かと思い話しかけてみたが、話を進める内に段々話の内容にデジャブを感じ、女の子が懐から出した、年季の入ってそうな少し変色している手紙を見た瞬間に俺は全てを察した。

 

 気付いた時は背中に汗が流れ、呼吸をするのも忘れてしまいそうになった。

 でも、その時の、少女の少し悲しそうな苦笑いを見て俺は彼女の願いを聞き届ける事にしたのだ。

 

 ポケモンのタイプの中にゴーストが有る様に、霊と言う存在は意外と身近な存在だ。ボックスに居るジュナイパーもくさ・ゴーストなのだ。ただ、俺は未だにあの子がゴーストタイプである事に疑問を抱いてしまうが。

 

 そんな考えで、よく分からない存在と言うだけで悲しそうな顔をしている子供を放っておけず、依頼を受けたのだが、それで今迷子になってしまっている。

 

 アラベスクタウンに行く方法としてはアーマーガア便を利用した空路が一般的だ。

 ルミナスメイズを経由した陸路で行くのは、ジムチャレンジャー達やバックパッカー、その他特別な理由が無い限り使われる事は無い。それでも陸路を選んだ理由は、単純に交通費を削っただけである。

 

 手元のロトムの入ってないスマホとにらめっこしながら歩いて、おかしいなと感じた時には既に戻る道も分からなくなっていて、途方に暮れてぼーっと佇んでいる。

 そしてただ佇んでいてもバッグの中から特別に霊感がある訳でも無い俺でも分かる、ヒヤリとした空気が出ていてもう頭の中が真っ白になってる。

 

キャッキャッ

 

 精神が溶け果てて抜け殻になった顔を音のした方に向けると、光るキノコの周りにベロバー達が集まりこちらを指差して笑っていた。

 そして彼らの手には道の目印となる木に巻き付けてある筈のリボンなどが握られていて、彼らのせいで今迷ってしまっている事に気付く。

 

「……テッカグヤ」

 

 腰のベルトからプレミアボールを掴み、中にいる子の名前を呼びながら投げる。

 

フゥーウ!

 

 出てきた瞬間大地が響き、木々が揺れ、木で休んでいたであろう鳥ポケモン達が一斉に羽ばたく音が聞こえてきた。

 テッカグヤを出した辺りは少しの木をなぎ倒して居て無理やりスペースを作っている様だ。

 

 テッカグヤもボールの中で先程のやり取りを聞いていたのか、俺が何をしようとしているのかを察して少し上機嫌に見える。

 

 普段だったら仕方がない程度で済ましてこんな事はしないが、タイミングが悪かった。カバンの中にあるブツのせいで余裕が全く無く、そんな所にこんな事をされたら黙ってられない。

 

「こいつ等に鉄槌を下せぇッ!ヘビーボンバァァー!!!」

 

 怒りを込め、叫ぶような声でテッカグヤに指示を出すと、テッカグヤは両手を高く上げる。

 先程からベロバー達はテッカグヤに驚いて動かずに居たが、テッカグヤが手を上げたことで我に返って逃げ出し始める。が、既に手遅れでテッカグヤの射程から逃げ出すことが出来無い。テッカグヤはそんな奴ら目掛けてはがねの大質量の両腕を振り下ろした。

 

 先程森を揺らした衝撃よりも大きい地響きが鳴り、木の葉がゆらゆらと落ちて来る。

 攻撃が当たった所の土煙が晴れると、そこにはベロバー達が某ヤがつくムチャする人のような姿勢で段々小さくなっていき、最後には見えなくなった。見た目のポジション的には爆発した方だと思うが、まぁいいだろう。大したことじゃない。

 

 そうしてバトルと呼ぶには一方的な蹂躙が終わり、テッカグヤの方を見ると久しぶりに大きく動けて少し嬉しそうで、両腕をくるくると回してしる。

 

「さっきの大きな音はここからか?!」

 

 そしてテッカグヤを労ろうとしたら、俺の後ろの方からガサガサと草木を掻き分ける音がして、大きな声と共にコックの格好をした男性が出てきた。

 

 

 

「いやー、助かりました。迷子になって途方に暮れてて、最悪無免許飛行をしようかと思ってた所でした」

 

「あはは、危ない時は多少その辺りを臨機応変に対応しても大丈夫だと思うけどね。でもルミナスメイズの森に初めて入るのに、何の準備もして無いのは頂けないな。次からは注意した方が良いよ」

 

「はい、反省してます。まさかあんな事が頻繁に起こるなんて思わなかったですから」

 

 ベロバーを倒した後、俺はこのコックさんにアラベスクタウンまでの道のりを教えてもらいながら歩いている。

 

 道がわかる人が居るからか、先程よりも余裕が出来てコックさんと色々な話をしている。

 話の内容は俺の知らない事が多く、興味深い話が多く勉強になる。

 

 彼が言うように、ルミナスメイズの森は気軽に入って良いものじゃ無いらしく、先程のベロバーのイタズラも割と頻繁に起きるようで、土地勘の無い人が気軽に入るのは推奨されないらしい。

 

 ジムチャレンジャー達はセーフティとして、発信機を持つなどの対策をしている。

 言われてみれば子供が森の中を何の保険もなしに歩くなど自殺行為にも等しく、自分がそれに似たような事をしていたと考えると彼が注意するのも分かる。反省もしている。山も森も舐めてはいけない。

 

「そこそこワイルドエリアに行ったりしてるので、自然の怖さを忘れてましたね。慣れって怖いですね」

 

「私からしたらワイルドエリアで自然の怖さを忘れるという方が怖いけどね」

 

 苦笑いしながらそう言った後、彼は少し顎に手を当て考えるような仕草をした。そして考えが終わったのかこちらに真剣な顔で話しかけてきた。

 

「ねぇ、もしかして君ってターフタウンのチュリネ農家の子?」

 

「えっ?……あっ、はい。そうですけど」

 

 急に予想外の事を尋ねられ、びっくりして目を見開く。

 

「やっぱり!レア食材のチュリネの葉について調べてた時、巨大なポケモンと一緒に過ごしてる農場の話を聞いてたから、もしかしてと思ったけどそうだったんだ!」

 

「あぁ、なるほどそれで判断したんですね」

 

 遭遇した時のテッカグヤで彼は判断したんだろう。急に正体を当てられ、何事かと思ったが納得してホッとする。

 

「ねぇ、お願いが有るんだけどさ。チュリネの葉を直接買わせてもらっても良いかな?市場に出回る数が少なくて全然手に入らないんだ!他の地方からの輸入品とは香りが全然違うらしいし!ぜひともハーブとしてカレーの具材に使ってみたいんだよ!」

 

 急にテンションが高くなって話しかけて来て少し怖いが、嫌悪感は沸かない。好きな事を話す人は皆似たようなテンションになるし、現に彼の目は輝いて見える。

 

「あ〜、すみません。契約でターフ農場とバウタウンの漢方薬屋以外に売れないんですよ」

 

「あっ、そうなんだ……。なんか無理を言ってしまったみたいでごめんね」

 

 俺が売れない理由を告げると彼は急にテンションが下がりつつ、こちらを気遣ってそんな事を言ってきたが、俺は別に『売れない』と言っただけで、そこで話が終わりじゃない。

 

「でも、案内してくれたお礼として一袋差し上げますよ。凄く助かりましたから」

 

「え?……ほ、本当かい?!」

 

 彼が驚いた表情をしてる所に俺が頷くと、先程の落ち込みようが嘘のように、再びハイテンションになった。

 

「やった!これで新しいアクセントに挑戦出来るぞ!チュリネの葉は刻んで最後にルーの上?……いや、ライスの上に撒いて香り付けして、ルーのキノコの香りは少ないやつを選ぶ。苦味が追加されるからルーは濃いめにして……でもここはあえて薄めにして苦味を活かすのもアリだな」

 

 俺が頷いた後、彼は早速チュリネの葉の使い道を考え始めた。ブツブツと目を輝かせながら考える様子は、見ているこっちが嬉しくなる程楽しそうだ。

 彼は考えに没頭しながら歩いているが、その足取りは迷いが無く、目印を気にしなくても歩けるほどルミナスメイズに来ていることが伺える。

 今の状態といい、料理をするのが本当に好きなんだろう。

 

 その後、無事にアラベスクタウンに到着し、手紙を届け終え肩の荷を下ろすと、一緒に歩いた彼の店に行って彼の作るカレーを食した。

 

 自分が作る時とはまるで違う味と香りに驚いて、ついついどうやって作ったのかと聞いてしまったが、レシピは料理人の命だと言われ笑いながら断られてしまった。

 でも食べ終わった後、俺のカレーの作り方を聞いてアドバイスを教えてくれた。

 

 ルミナスメイズに迷って一時はどうなる事かと思ったが、結果的には迷って良かったかもしれない。

 でも次回からは無計画に行動するのは止めようと思った一日だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。