バトらない自分のガラルな日々   作:アズ@ドレディアスキー

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6話 ターフタウンにて

 纏まった数が集まり、いよいよ出荷の時がやって来た。とは言っても隔週間隔で出荷しているので特に珍しいイベントでもない。

 

 ガレージの小さな自家用トラックにダンボールを置き、バンドで固定していく。良く乾燥しているので、殆どワレモノのような扱いが必要になり、しっかりと固定されているかの確認も怠らない。

 

 その作業も終わり、後は家を出るだけになると、大量のプレミアボールが入った籠を持ってチュリネ達の所に行く。そして、一匹一匹ボールに戻してボックスに転送していく。

 この時、ボールとチュリネの組み合わせをよく間違えるのだが、チュリネでは無く、ボールの区別が付かなかったりする。プレミアを謳っているが、これまで数があるとただの大量生産品にしか感じられない。

 

 そして、次々とチュリネ達をボックスに転送していくのだが、何処に転送されているかというと、何とポケリゾートである。

 一度、彼らの転送される先が気になり、ラティアスに"ゆめうつし"をしてもらった所、南国の島と巨大な豆の木とボックスに居るポケモン達が映し出された。

 

 不思議に思い、アローラのポケリゾートについて調べると、規模は小さく、特に話題にもなっていなかった。もしあの景色が実在していれば話題になってない方がおかしい。ポケリゾートにはルナアーラが居るのだ。それにその規模も全然違った。俺の見た景色は開発されきった島だった。

 推測としてはだいぶ非現実的で、更に別の謎が生まれるのだが、別の世界のポケリゾートと繋がってると考えられる。

 

 俺がこの体に憑依してしまった様に、説明できない何かが働いたと、そう理解するしか無い。一つ不思議が増えても今更感がある。

 

 全てのチュリネを転送し終えると、手持ちのポケモンも全てボールに戻してベルトに固定し、倉庫、食料庫、家の鍵を閉める。

 

 世界中で活動する巨大マフィア、大陸を増やしたり減らしたりしようとするヤバイ組織、新世界の神にマジでなろうとする頭おかしい組織、トロツキーと仲良く出来そうな過激派宗教団体、超兵器の起動をボタン一つで制御するセキュリティ意識の欠けたガンジーⅡ。

 などなどあの手この手の悪事を行う組織が跳梁跋扈していたのに対して、この世界は驚くほどに平和である。

 

 それでも鍵を閉める事を忘れない。家の近くには欲張りさんな小さい悪の組織が居るからだ。気を付けるに越したことはない。

 

 そうして家を出る準備が整い、トラックに乗車する。運転する際にはかなり気を使うので、深呼吸をした後、エンジンをかける。

 すると動き出す前に、ボールからドレディアが出て来て助手席に座り、手慣れた様子でシートベルトを付けた。ちょこんと行儀良く座る様についつい頬を緩めてしまう。

 隣のドレディアを少し撫で、ターフ農場に向けてトラックを走らせ始めた。

 

 

 

 窓の外には低い石垣で区切られた段々畑に、時折バケッチャが浮かぶ、長閑な風景がゆっくりと流れる。

 ただ俺はその風景を楽しむ余裕は無く、トラックがポケモンとぶつからないか神経を張り巡らしている。

 

ポケモンが心配だから?

それもあるがトラックとそれに乗る俺達の方が心配だからだ。

 

 この世界でトラックは、爆音で、張り手で、キックで、サイコパワーで、風圧で、などありとあらゆる手段でスクラップにされてしまう弱小種族なのだ。

 トラックが安い物であるはずも無く、交通事故でスクラップにされたら懐事情的にかなり困る。

 なので、ウールーが逃げてないか?ディグダが顔を出してないか?バケッチャが飛んでこないか?などしっかりと確認する必要がある。まだ全然新しいので、俺はこのトラックに異世界転生して欲しくない。

 

 しばらく走っていると、段々ターフタウンの中心地に近付き、建物の数も増え始め、中心にあるドームを大きく感じられるようになって来た。

 ターフ農場につく前に、寄り道でポケモンセンターの横にトラックを止め、予め用意しておいた葉っぱ入りのポリ袋を持ちドレディアと共に中に入っていく。

 

 ポケモンセンターの中は隣にあるカフェからの紅茶らしきいい香りが漂っていて、落ち着く雰囲気の中、他の農家の方達が雑談をしていたり、ポケセン定番の回復の音が鳴ったり、フレンドリィショップの方が隣の農家の方と雑談したりなどくつろいでいた。

 ……仕事しろよ、と思ったが聞こえてくる内容がリーグとジムチャレンジの話で、仕事そっちのけで雑談するのも仕方がないと思った。

 

 ガラルでこれらの二つ以上に熱狂するイベントは無く、もはや文化の一つになっている。

 もうそろそろジムチャレンジが始まる時期で、すでに様々な場所で小さな盛り上がりを見せている。今年はどんなチャレンジャーが出てくるのか、どのジムリーダーがリーグを勝ち残るのか、チャンピオンの無敗記録は伸びるのか。など話題は尽きない。

 

 それらの話題の中でも、ヤローさんの話題が他の話題よりも多く語られているのは、地元愛から来るものだろう。

 かく言う俺も、大変お世話になった関係からヤローさんを応援している。あとヤローさんに負けて悔しがるルリナさんも見たいので、是非ともヤローさんには頑張ってほしい。

 

「あ、コウミちゃんにドレディア!いらっしゃい」

 

ポケセンに入ってきた俺達を見つけたジョーイさんは、仕事の時とはまた違う笑顔で迎えてくれた。隣にはあの時のイエッサンもいた。

 

「こんにちは、ジョーイさん。イエッサンも元気?ちょっと近くを通ったんで、寄っちゃいました。これお裾分けです」

 

 そう言って俺は持ってきたポリ袋を渡す。

 

「いつもありがとう。これ、疲れてる時に効くからとても嬉しいわ。……でも他の街の親戚から手に入らない〜、っていう話を聞いたんだけど、そんな貴重な物を頻繁に貰ってもいいの?」

 

 彼女の言う事は正しく、評判になったのは良いが、最近は需要に対して供給が追いつかなくなっている。

 

「貰ってください。ポケモン達の元気が無い時とか凄くお世話になってますし。日頃の感謝の気持ちです」

 

「そういう事なら。ありがとう、大切に使わせてもらうわね」

 

 そう言うと、彼女は袋を持って裏方の方へ歩いて行った。隣のドレディアはイエッサンとコミュニケーションを取って居るので、もう少し時間を過ごす事にした。

 

 

 

 しばらくポケセンでジョーイさんと話をして過ごしたあと、今度は近くの花屋に向かう。

 

「こんにちは〜、ヒメンカちゃんに会いに来ました〜」

 

店に向かって声を掛けると、中から花屋のおばちゃんとヒメンカが出て来た。

 

「あら、コウミちゃんにドレディアちゃんじゃない。ほら、ヒメンカ遊んでおいで」

 

 そうおばちゃんが言い切る頃には、もうすでにヒメンカはドレディアと飛んだり跳ねたりして遊んでいた。

 この花屋の看板娘であるヒメンカと俺のドレディアは仲が良く、こうして近くを寄るたびに遊んでいる。

 

 近くのベンチに腰を下ろして2匹の微笑ましい絡みを見続ける。その光景は写真に収めたとしたら、とても良い絵になるだろう。

 今もこうして2匹が別々にくるくると回っていて、それがまたダンスをしてるみたいで……ん?

 

ん〜?ヒメンカ回り過ぎじゃね?

ってアレ"こうそくスピン"だ!

不味い!周りが荒れる前に止めに行かないと!

 

ピピピュィ!

 

ってドレディア〜!?お前も対抗して"ちょうのまい"を積むんじゃない!

 

 

 

「はぁ、何事もなくて良かった」

 

 ドレディアと一緒に今度はジムに歩いて向かう道すがら、先程の出来事を振り返っていた。

 ヒメンカをラティアスが"サイコキネシス"で、ドレディアを俺が直接止めに行ったのだが、止めるためにしがみついたら身体ごと振り回され、1舞、2舞、と次第に速くなっていく恐怖に顔を青ざめさせ、最終的にヒメンカを止めたラティアスに止めて貰った。

 ドレディアの方は満足したのか、スキップしながら歩いており、上機嫌である。これが見れたなら俺のあの恐怖体験も報われる。二度としたくないが。

 

 そうこう考えている内にジムの前に着き、中に入る。

 広いエントランスには人が殆ど居らず、居てもリーグのグッズショップに数人が買い物をしている程度だ。リーグが始まるとあそこは人で溢れかえるので、始まる前のこの時期に来てる人達は賢い。

 

 俺は慣れた流れで、関係者専用出入口に向かい、今はもう専用スタッフカードを持っていないので、隣のインターホンを押す。

 

「はい、ターフタウンジムです」

 

 少し待つと、インターホンから女の子の声が返ってきた。ターフジムに女性ジムトレーナーは一人しか居ないので恐らく彼女だろう。

 

「おっすミドリ、お裾分けを届けに来たぞ」

 

「コウミ?ちょっと待ってて、今行く」

 

 少し待つとターフジムのマークの付いたジャージを着た少女が出て来た。

 彼女の名前は『ミドリ』。俺がジムでお世話になっていた時に仲良くなった子だ。彼女以外とも仲良くなったが、一番よく話すのは彼女だ。

 

「お待たせ、ってドレディアも一緒か」

 

そう言うなり彼女はドレディアに抱き着いた。

 

「はぁ〜、ドレディアはやっぱりイイなぁ〜。可愛いのに優雅で、うちの子にほしぃ……」

 

次第にスキンシップが激しくなり頬ずりまでし始めた。ドレディアは少し過剰だと伝えるように、ミドリの頭をぺしぺしと叩く。

 

「ドレディアは俺の子なの、あげないよ」

 

「ダメ?」

 

「だめ」

 

「農場のチュリネも?」

 

「だめ」

 

 俺の方が駄目だと分かると今度は矛先をドレディアに変えた。

 

「ドレディアちゃん、うちの子に成らない?きのみ上げるからさ」

 

「誘拐犯かよ」

 

 少し犯罪的な発言に呆れつつツッコミを入れる。まぁ、彼女も冗談で言ってるのだろう。ドレディアを連れてると毎回こうなる。そして頭をぺしぺしされてるのにやっと気がついたのか、抱きつくのを止め、立ち上がる。

 

「今回もだめだったかぁ〜、でも本当にいいなぁ。イッシュ地方だっけ?生息してるの。今度のオフシーズンに遠征しようかな」

 

「去年も言ってなかったっけ?それ」

 

「言ったよ。でも予定立ててたら、あそこも行きたい、ここも行きたいって色々出てきちゃって。いざ船のチケットを取ろうとしたら空いてなかったんだ。……スイートルームだけは空いてたんだけどそんなお金ないし」

 

「だからずっと寮に居たのか。捕まえてきた様子もないし、いつ行ったんだろうって思ってたけど」

 

 おかしいと思っていたことが解消してスッキリしていると、本来の目的を思い出した。

 

「そうだ、はいこれお裾分け。あとジムのみんなによろしく」

 

「ん、ありがと。どうする?ジムの皆に会ってく?」

 

「いや、いいよ。シーズン近いし、邪魔しちゃ悪いし」

 

すると彼女は、すこし不満げな顔になった。

 

「わたしは邪魔してもいいんだ」

 

「良いでしょ。最後の追い込みとかしないでしょ。だからインターホンにも出たんだろうし」

 

そう言うと不満げな顔を止めた。軽い冗談だったんだろう。

 

「ん〜、まあね。あとはコンディションの維持と微調整だけだし。あ、そうだ。シーズン始まる前に一回バトルに付き合ってよ。いつもジムのメンバーとばかりやってるから、ちょっと外からの空気を入れて、リーグに合わせたいんだ。……でもアノ戦術以外で」

 

 ジムで過ごしていた時期に、手伝いの一つとしてジムトレーナーの相手をしていた事がある。俺自身はそんなに強くないが、ポケモン達は育ちきってるので、俺の指示が拙くても勝てていたのだが、一度このミドリに翻弄され惨敗した事がある。

 優勢を取られ続け、技のタイミングも外され、遂には遥か格上であるはずの俺のポケモン達に勝利を収めたのだ。

 その時に余りの嬉しさからか、普段は絶対にしない煽りを俺にして来て、ついやってしまったのだ。

 リーグでは絶対に使われる事は無い。と言うより恐らく使うという発想が生まれない戦術ゆえ、キレーに決まってしまい、彼女のポケモンをドヒドイデでじわじわとなぶり倒してしまったのだ。

 

 それ以来彼女はあの出来事にトラウマを感じてしまっているらしい。俺がついポロっと零した"受けループ"と言う言葉を親の敵のごとく嫌い、果てには名前を呼んではいけないあの人、みたいな扱いになっている。

 

 あぁ、でもあの時の泣きそうなミドリの顔は可愛かったな。ムラっけみがまもオニゴーリと言う闇を見せたらどうなるんだろう。オニゴーリ持ってないけど妄想するのは自由だからな。

 そう考えていると、それが顔に出ていたらしく、ミドリが若干声を震わせながら言ってきた。

 

「何その邪悪そうな笑顔……ねぇ、本当にやらないでよ。フリじゃないからね!アレされる前は絶好調だったのに、された後は絶不調になってリーグの成績も落ち込むし、夢にも出て来るしで散々だったんだからね!」

 

 結構大きな声で、エントランスに響いた。

 

「大丈夫、流石に友人の成績をわざと落とすようなマネはしないよ」

 

 それを聞くと安心したのか、彼女の雰囲気が落ち着いた。

 

「はぁ〜、まぁ信じるけどさ。コウミって守りに回られたら厄介どころの話じゃないのよね。リーグに出たら上位に余裕で食い込めると思うんだけど」

 

 そう褒められると嬉しいが、でもそれは出来ない。彼女にしてしまったのも事故みたいな物だ。

 

「まぁ、俺の子達は優秀だから多分出来ると思うけど……実際出来ると思う?」

 

「……間違い無く放送事故になるわね。スポンサーは怒るだろうし、観戦してる人からは酷い罵声が飛んでくるかも」

 

 あくまでリーグはエンターテイメントなのだ。華やかな熱いバトルが求められる中、泥臭いバトルをしても誰も幸せに成らない。……いや、相手の苦しむ姿を見れるから俺だけは幸せだな。

 

「だろ?それに農作業は楽しいから止めるつもりもないしな」

 

「うーん、でもコウミが活躍する所を見てみたい気もする」

 

「本音は?」

 

「みんなもおなじくるしみをあじわえばいい」

 

「俺なんかよりよっぽど邪悪じゃねえか」

 

 あまりにもあんまりな発言にため息を吐く。

 

「でもそう思ってるのは嘘じゃないよ。コウミがさ、合わないバトルスタイルでわたし達と戦ってる所を見ると、勿体無いって思っちゃうんだよ。リーグで絶対出ないし出さない戦術だから、対戦しても旨味が無くて、わたし達がアレを使うコウミと戦う事すら出来ない所なんか特に。多分ジムの皆が感じてる事だと思う」

 

 ……まさかそんな事を考えてるとは思わなかった。俺自身はバトル自体にそんな思い入れもない。ついどくまも戦術を取ったのも、惨敗して悔しかったからじゃなく、煽られて、コイツ目にモノ見せてやる!といった暴走をしてしまっただけなのだ。

 バトルに生きる彼ら、彼女らにはまた違った感じ方があったんだろう。

 

「そっか、それじゃ次バトルする時にやろうか?」

 

「あっ、さっきも言ったけどアレは無しで。絶対にやらないでよ。もしやったらやり始めた瞬間降参するから」

 

「……俺にああいった戦術をして欲しいんじゃ無いの?」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

 あまりの切り替えの良さに吹き出してしまう。

 

「でもいつか、コウミの本気を受けても揺らがないトレーナーになるから。その時は宜しく」

 

 眠そうな目でありながらも、その瞳には決意とも言える何かが宿っていた。

 

 そうか、そうなると対策を取ってくるよな。有るとしたら"ちょうはつ"か補助技を積んでからのエースでの撃破、もしかしたらどくどくの効かないどくかはがねタイプで来るかもしれない。

 "ちょうはつ"ならエルフーンで"ちょうはつ"。スカーフトリックなんかも面白いかもしれない。

 積みはドヒドイデに"くろいきり"をさせれば。

 どくかはがねはテッカグヤでやどみがすれば。……確かミドリはラフレシアが居たな。その時だけはラティアスに出て来て貰うとして……。

 

「また悪そうな顔してる……やっぱりやめようかな」

 

 俺は妄想を巡らせ。

 ミドリは、言ったことを早速後悔していた。

 

 なおこの時、ドレディアはエントランスにやってきた小さな子供とコミュニケーションを取っており、目の前で"ちょうのまい"を披露していた。

 

 それに気付くのはもう少し先の話。


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