バトらない自分のガラルな日々   作:アズ@ドレディアスキー

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7話 バウタウンにて

 ターフジムを出た後、トラックでターフ農場の本部と言うかほぼ倉庫みたいな所で商品が入ったダンボールを出荷する。

 ターフ農場には資材の搬入、商品の流通などを手伝って貰っていて、右も左も分からなかった頃から大変お世話になっている。なので俺も出荷先をターフ農場と漢方薬屋に限定している。ほぼ専売と言うやつだ。販売価格も把握しているのでマージンも取られすぎて居ない事も把握している。

 

 そしてターフ農場に商品を渡したので、今はバウタウンの漢方薬屋に向かって5番道路をトラックで走っている。

 助手席にはウツロイドが座っていて、ドアの窓から入ってくる光にあたってキラキラしている。

 ターフジムを出る時なんやかんやあって、助手席に座るポケモンはウツロイドに交代した。

 

 この子には表情というものが無いが、感情を全身で表現するので意外と分かりやすい。以前バウタウンに行った時、海の近くを飛んだからか、その日はくるくると機嫌良く回る回数が多かった。

 ……いや、もうくるくるは十分だ。この子のくるくるは癒やしのくるくるだ。

 

 まぁそんな事からも分かるように、この子は海が好きだ。だからなんやかんやが無くても行く前には交代するつもりだった。

 

 そうしてる内にトラックは預かり屋の前を通り過ぎ、巨大な橋の上を走る。

 コレだけ高い位置に有ると風で揺れそうなものだが、石橋であるおかげか全く揺れず安定感が有る。

 こんな巨大な石橋が存在しているなんて、かがくのちからってすげー。

 

 しばらくすると前方からワタシラガが飛んでくるが、直撃コースでは無いので、速度を緩めるに留める。

 ふわふわと全てを風の流れに任せて飛んでいるように見えるが、意外とコントロール出来ているので、向こうもこちらに気付き、こちらとの距離を開けた。

 俺が軽く手を振ると、向こうも笑顔で返してきて、そのままふわふわとどこかに飛んでいった。

 

 石橋を渡り終えると海は見えないが、すでに微かな潮の香りが風にのってトラックに入り、隣のウツロイドはすこしそわそわとし始めた。

 そして線路とそれを支える石橋に近づくと更に香りが強まり、短いトンネルを抜けると、キャモメ達の鳴き声が響く港町、バウタウンに到着した。

 

 

 

 出荷先の漢方薬屋は坂を降りた所から入る広場に屋台を構えている。そこまでトラックを動かし、広場に入ると向こうも気が付いたのかこちらに手を振ってきた。

 

 屋台のそばにトラックを止め、俺とウツロイドは車を降りる。そして荷台の中からダンボールを出し、俺は2個重ねて、ウツロイドは1個を抱えて持ち出す。

 

「こんにちはー、チュリネの葉を届けに来ました」

 

「らっしゃい!コウミちゃんにウツロイドちゃん!いやー待ってたッス」

 

 元気でノリの良い、と言うより良すぎるこの人がバウタウンの出荷先の漢方薬屋さんだ。

 この人にも色々試行錯誤していた時期にターフ農場の紹介で、俺じゃ分からなかったチュリネの葉の良し悪しで見るべき場所、気を付ける事等を指導してもらった時期がある。

 この人は一見軽そうに見えるが、漢方薬とそれに類する薬品に関する知識が豊富で、アルセウス製薬の研究室室長でもあったすごい人なのだ。ただ漢方薬に対する愛が深すぎて会社を辞め、漢方薬の良さを布教する!とほそぼそとこの広場で屋台を開いている。

 ただ、葉の良し悪しの判別の仕方を教えて貰ってた時に、関係の無いちからのねっこの素晴らしさを布教してきたのは、頭が混乱するのでやめて欲しかった。

 

「最近だとしばらく置いておいたら、すぐなくなっちゃうんスよ。同じくらいちからのねっこが売れてくれたら良いんスけどねぇ。一緒に買っていかれる人が増えたから、ちからのねっこの売上は伸びたんスけど。今回も前回と同じくらいの量ッスか?」

 

「そうですね。これと、あとトラックの中に数箱って所です」

 

 そう言うと彼は腕を組んで悩み始めた。

 

「うーん、売れ行きを考えるともっと欲しい。でもせっかくのチュリネの葉だから最高の品質のものを提供したい。ジレンマッスね」

 

 そう、量を増やさない高級路線を勧めてくれたのはこの人だったりする。

 売れ行きが伸びてきて、いつも捨てている元気の無い葉も廉価版として出そうか聞いてみた所、即行で却下された過去がある。

 元気の無い葉でも味や香りは同じだが、栄養は天と地程の差が有るらしいのだ。そんな物は売りたくないし、売って欲しくないッス!と彼の趣味が多分に含まれた意見には、その勢いに若干押された部分は有るものの納得しているので、今でもチュリネ印の農場は大きな葉だけを提供している。

 

 そしてトラックの中身を全部運び終えると、ここに商品を持ってくるたびにお願いしている作業を頼む。

 

「そうだ、今回のチェックもお願いします」

 

「ん、了解ッス」

 

 ダンボールから袋を一つ取り出し、ハサミで袋を丁寧に開け、葉を取り出した。しばらく葉を眺めた後、匂いを嗅ぎ、少し齧る。

 真剣に行う様は、高級ワインのテイスティングをするソムリエのようだが、実際に起きてる様子を表すと、オーバーオールを着た青年が真剣にハッパを検分するという、なんとも犯罪臭のする字面になってしまう。

 その考えが頭に思い浮かんだとき、思わず吹き出しそうになるが、真剣に検分している所を邪魔しては申し訳無いので我慢する。

 

「うん!葉の大きさも十分で、乾燥ムラも無し。香り高くて味にも雑味がない、とても良い状態ッス!はなまるッス!」

 

 その道のプロからはなまるを貰いホッと安心する。はなまる以外を貰うことが少ないのだが、それでもやはり安心はするのだ。

 

「それじゃとりあえず納品は終了って事で、どうッスか?今日のちからのねっこは苦さ控えめ、栄養据え置きの一品ッス!苦さマシマシのやつを置いたら全く売れなかったッスから、こいつはあんまり苦く無いッスよ!」

 

 納品が終わったので、何時もの布教が始まった。彼には助けてもらっているし、感謝もしているのだが、それとこれとは話が別だ。

 もちろん漢方薬は彼から買わせてもらっているが、風邪などをひかない限り消費しないので中々減らない。常飲したいとは俺も、俺のポケモン達も思わないのだ。苦い味が好きなドヒドイデでも漢方薬は避ける。

 それに彼の販売する漢方薬は効能が素晴らしく、少量でも効果が得られるため、更に減りにくい。しかも管理をしっかりとすれば(管理方法は無理やり叩き込まれた)長期保存も出来るので更に更に減らない。

 つまり彼の店の常連と言える様な客は漢方薬を常飲出来る、ごく僅かな奇特な方やポケモンだけなのだ。

 漢方薬の布教の道は険しい。

 

「まだ家にストックが残ってるので大丈夫です」

 

 そう俺が言うと彼は、少ししょんぼりした。

 

「そッスか。うーん、うちのポケモン達は大喜びだったッスから行けると思ったんスけどねぇ」

 

 そうは言うが、漢方薬をあげてるとなつくなんて状態が異常なのを理解して欲しい。言葉にすると更に落ち込むと思われるので言わないが。

 

「それじゃまた再来週辺りに宜しくお願いします」

 

「はいッス。また再来週ッス」

 

 そうして挨拶を交わし、せっかくなのでウツロイドと海を散歩しようと振り返ると、さっきまで居たウツロイドが居なくなっており、辺りを見回すと、お香屋の前でゆらゆらと浮かんでいる。

 近づいてみると片手を口の所に置き、一箇所をじーっと見つめていた。

 

「お嬢ちゃん、このポケモンあなたの子?さっきからずっと『うしおのおこう』を見つめちゃってるの。今ならセットでサービス中だし買っていかない?」

 

 店員さんの声で俺が居る事に気が付いたウツロイドは、うしおのおこうを指差し、それが欲しい事を主張してきた。

 特に高い買い物でもなく、よっぽど欲しそうにしていたので購入を決める。

 

「それじゃ、『うしおのおこう』を1つ……それと『おはなのおこう』も1つ」

 

「お買い上げありがとうございます。それじゃ2つならサービス価格でこれくらいね」

 

 提示された金額を払い、商品を購入する。『おはなのおこう』はチュリネ達のお土産用だ。もし気に入る子が多かったらまた買いに来ることにしよう。

 受け取った袋からおこうの入った箱を取り出し、ウツロイドに渡す。すると、ぴゅるる〜と鳴きながら箱を両手で持って踊り始めた。

 

 そして『おはなのおこう』をトラックに置いて、上機嫌なウツロイドと海沿いの道を散歩し始めた。

 

 

 

 潮風に吹かれながら、海沿いの道をウツロイドと歩く。波が船に当たる重い音に混じって遠くからポケモンバンドの路上ライブの音や、キャモメ達の鳴き声が聞こえてくる。ジムチャレンジ中は歓声などに紛れて聞こえない、バウタウンの日常の音だ。

 ターフタウンの牧歌的な日常も良いが、バウタウンのこんな日常もまた良い。

 

 船が並ぶ船着き場に降り、近くに居た釣り人に近づき釣果を聞くと苦笑いしながらボウズだと返ってきた。頑張ってくださいと励まし、通り過ぎて壁側に有るベンチに腰を下ろす。

 ウツロイドはおこうの入った箱を俺に預けると、海の方へ向かっていった。そのまま潜るのかと思いきや、少し触手の先で触るだけに留め、そのまま海の上をふよふよと揺蕩い始める。

 

 携帯していた水筒で少しだけ喉を潤すと、海の様子が気になり、荷物をベンチに置き、しゃがんだ状態で桟橋から顔を出し海面を見る。

 

 桟橋の壁には何匹かのコソクムシが居たが、俺に見られている事に気付くと、ものすごい勢いで壁を伝って逃げていった。その近くに張り付いているバチンウニ達は我関せずと特に何もアクションをおこさない。

 海中は透き通っておらず、深い青色の中にキラキラと微かに反射する魚影が見えた。多分ヨワシの群れだろう。

 

 しばらくバチンウニ達ののそのそとした動きを観察していると、視界の端にこちらに戻ってくるウツロイドが映る。

 そしてそのまま頭の上にすっぽりと覆い被さってくる。

 

 ウツロイドが頭の上に被さってきても、特に慌てず、顔の横にたれているウツロイドの触手を撫でる。

 この子とは十分な信頼関係を築いている。だからこの子が神経毒を打ち込んで来る事は無い。

 

 大丈夫、そう信じている。


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