鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第98話:「謎の転校生」

 円卓の水晶は、すでに半分になってしまっていた。

 気のせいか、その分だけ空気が薄くなったようにも思える。

 しかしそれでも、()()()は自身に満ち溢れていた。

 

「クアドとサドめ、実にあっさりとやられたものだな」

 

 薄く紅い照明の中、その声は聞こえた。

 手の中でグラスを揺らしながら、照明を反射して紅く染まる液体に、そっと口をつけた。

 飲む量が少ないのか、口を放した後でもグラスにはたっぷりと液体が残っていた。

 

「口ほどにも無い奴らだ。いや、それとも……あのレンゴクルイとか言う狩人(ハンター)が思っていた以上に腕が立つのかな」

 

 数百年を共に生きただろう同胞、あるいは部下だろうか、それが失われた。

 ただそれでも、彼女の様子は変わっていない。

 むしろ同胞を討ち果たした相手の方をこそ、称賛している様子だった。

 そのあたりは、鬼舞辻無惨とは違っていた。

 

「しかし、次はそう簡単にはいかんだろうよ」

「次というと、セッカのことでしょうか。我が()よ」

「ああ、そうだ。奴はクアドやサドと違って、()湿()()()()()

 

 ククク、と、低い笑い声が響いた。

 それに応じる声は、対照的に冷静だった。

 

「陰湿、ですか」

「クアドとサドは強いが、奴らは正面から挑み過ぎた。それはレンゴクルイにとって、最も得意な分野だったのだろう」

「セッカは違うと?」

「ああ、奴は正面から戦いを挑むタイプではない」

 

 単純な力の強さで言えば、すでに敗れた2人の方が上だろう。

 そういう()の言葉に、冷静な声は返事を返す。

 

「クアドやサドよりも弱ければ、やられてしまうのではありませんか」

「かもしれん、な」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「逆、ですか」

「そうだ。奴はクアドやサドのように正面から挑むことは無い。陰険な奴だからな」

 

 陰険という言葉を、さらに繰り返した。

 ククク、と、低い笑い声がまた響いた。

 グラスに口をつける。やはり、グラスの中の液体が減った様子は無かった。

 ただ、唇だけは妖しく濡れていた。

 

「楽しみだ。実にな。セッカがいかにして狩人(ハンター)に仕掛けるのか。それはきっと、レンゴクルイとやらにとっても予想だにしない方法であろうよ」

「左様でございますか」

 

 円卓に残された水晶もまた、紅い輝きを放っていた。

 残り、半分――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 キメツ学園は、季節外れの転校生の話題で持ち切りだった。

 しかもそれが外国人の、まして絶世の美少女となれば、なおさらのことだった。

 巣を(つつ)かれた鳩のように、キメツ学園は(にわ)かに騒がしくなっていた。

 

「おい、来たぞ」

「あの子か」

「ほんと綺麗」

 

 華やかな金色の髪を(なび)かせながら廊下を歩く少女。

 廊下を歩く。ただそれだけのことで、彼女は周囲の生徒の目を引いていた。

 陽の光に照らされて、金色の髪先から光が散っているように見えた。

 

 それに彩りを添えているのは、彼女の笑顔だろう。

 廊下を歩く彼女、あるいは教室にいる彼女の周囲には、常に人がいた。

 しかも男女問わず常に周りに人がいて、彼女は笑顔を浮かべて談笑していた。

 その光景がまるで一枚の絵画のようで、見る者の心を奪うのだった。

 

「凄い人気だな! あの転校生は!」

「うん、そうだね」

 

 しかもその転校生が、炭彦のクラスに転校してきたとあっては、炭彦も無関係というわけにはいかなかった。

 休憩時間にお喋りに来た桃寿郎――全集中の呼吸のこともあって、最近は良く話すようになった――も、転校生の人気ぶりは認めざるを得なかった。

 元々キメツ学園には三大美女なる非公式の呼称があったが、そこに新規参入する逸材が登場したわけだ。

 

「……!」

 

 その転校生が、ちらっとこちらを見た気がした。

 炭彦と桃寿郎を見たと言うよりは、炭彦個人を見つめているように思った。

 一瞬で目線を外されたので、自意識過剰かとも思ったが、()()がそう言ってはいなかった。

 ただ炭彦は、己が嗅いだ匂いに(かす)かな違和感も感じた。

 

(何だろう、この感じ)

 

 鬼、ではない。吸血鬼でもない。とも思う。

 彼が今まで経験した匂いはいくつかあるが、その経験から言うと、鬼と吸血鬼のいずれでも無い。

 つまり、人間だ。

 この時期に西洋人の転校生とあって、炭彦も気になってはいた。

 しかし彼の鼻を信じる限り、転校生は――セッカという名前の――人間だった。

 

「どうした、炭彦」

「あ、ごめん。訓練の話だけど、やっぱり自分達でもやった方が良いと思うんだ。瑠衣さんに教わるばかりじゃなくて」

 

 考えすぎだったのだろう。

 ちなみに言っておくと、炭彦もセッカという転校生の美貌については認めていた。

 認めていたが、心動かされることも無かった。

 何故なら彼の心には、すでに別の人物が住んでいたのだから。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 転校生(セッカ)の存在に違和感を覚えたのは、炭彦だけでは無かった。

 季節外れの転校生に湧く一般生徒はともかく、()()を知る人間であれば、炭彦でなくとも警戒心を抱くだろう。

 胡蝶姉妹とカナタは、その筆頭と言えた。

 

「どう思います? あの転校生のこと」

「…………」

 

 カナタが図書室で静かに本を読んでいると、しのぶがやって来て、そんなことを言った。

 その問いかけに対して、カナタは片眉を動かした。

 

「どうって、()()()()()()()

「あら、どうしてそう思うんです?」

「…………」

「そんなに面倒くさそうな顔をしなくても良いじゃないですか……」

 

 カナタの見たところ、あのセッカとかいう転校生は()()()だった。

 ほとんど直感の判断だが、吸血鬼の一派だ。

 どうして太陽の下を歩いているとか、色々と考えられることはあるが、カナタはそう確信していた。

 そしてこんなことを聞いてくる以上、しのぶもまた同じ意見ということだろう。

 

 しのぶもまた、セッカを怪しいと感じていた。

 むしろ怪しいところしかない。タイミングもそうだが、周囲の反応が、だ。

 いくら絶世の美少女だとは言え、ここまで無数の生徒達に持て(はや)されることは無い。

 何と言っても、個性派揃いのキメツ学園である。

 

「まあ、お互いの意見が一致したところで……」

 

 異能、血鬼術。そう疑うのが自然だろう。

 他人の心理に影響を与える力なのか、いわゆる洗脳というものなのか。

 それは、実際のところわからない。

 敵の能力を見破る力は、カナタやしのぶにはまだ無かった。

 

「どうします?」

「難しいところだね」

 

 とは言え、このまま放っておくわけにもいかない。

 その点についても、カナタとしのぶの意見も一致していた。

 そのため、ここでいう「どうする」と言うのは、実は1つの意味でしかない。

 

「煉獄瑠衣に知らせるかどうか、か」

「そうですね。と言っても、あの人が学校に入って来られるかと言うと」

「難しいだろうね」

 

 そう、難しい。

 ただここで言う「難しい」には、実に色々な意味が込められている。

 キメツ学園に煉獄瑠衣を入れることは、確かに難しい。

 

 しかしそれ以上に難しいのは、彼らと煉獄瑠衣との距離感だった。

 彼らは炭彦と桃寿郎ほどには、煉獄瑠衣との距離が近くない。

 それこそ、どうするべきか、というものだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 同様の懸念、というより議論は、別の場所でも行われていた。

 

「キメツ学園に西洋人の転校生、か」

 

 当然、その情報は産屋敷の下にも入っている。

 何しろキメツ学園は産屋敷家の息のかかった学校施設だ。

 そこに突然転校生がやって来たとなれば、嫌でもわかる。

 

 しかも転校生が来ると言うことを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ここまで来ると、怪しむな、という方がおかしいだろう。

 ただ同時に、怪し過ぎて怪しい、ということもあった。

 しかしその情報に対して何を思い、どう行動するか。これは難しい判断と言えた。

 

「まあ、調べないわけにもいかないな……。とりあえず、この転校生の少女の素性を洗えるだけ洗ってみてくれ。おそらくは、無駄足になるだろうけどね」

 

 戸籍でも住民票でも何でも良いが、おそらくは存在しない。

 仮にあったとしても偽物だろう。偽造は調べれば矛盾点が見つかる。

 ただ偽造であっても、書かれている情報から何かを得られるかもしれない。

 そういう意味においては、徒労に終わるかもしれないとしても、完全な無駄足になるわけではない。

 

「承知いたしました」

 

 かつての隠や鎹鴉ほどではないが、産屋敷家にはまだそれなりの人員がいた。

 まあ、表向きには情報系の民間企業を装って――実際に収益を得ているわけだから見せかけというわけではないが――いるので、昔ほど隠れているわけではない。

 ただし隠れていない分だけ色々と厄介なこともあるが、それは本筋とは関係の無い話だった。

 

「あの……」

「うん?」

「あの方は、本当に信用できるのでしょうか」

 

 そう言う部下の顔に、産屋敷は目線だけを向けた。

 部下が誰のことを言っているのか、というのは、聞くまでも無かった。

 名前を出さないのは、部下のせめてもの気遣いだろう。

 その気遣いを無為にしないだけの甲斐性は、産屋敷にもあった。

 

「さあ、どうだろうか」

 

 信用できるのか。

 と言う問いには、もう意味が無いと産屋敷は思っていた。

 何故ならば、彼らにはそもそも選択肢が無いからだ。

 他に選択肢が無いのに、どうもこうも無いのだった。

 だからもう、そんなことを問う必要は無い。

 何故ならば。

 

「ただ私は、あの人を信じることにしているよ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 この1年の間、瑠衣にはある日課があった。

 散歩である。

 それは現代日本の街並みを見て回るという意味もあったし、単に暇を持て余していたというのもあった。

 何をするでもなく、1日かけて、町の隅から隅まで歩くのだ。

 

「……ふう」

 

 最後には、いつもの公園のいつものベンチに座る。

 朝から外に出て、夕方にはその場所に来る。

 ここにいれば、学校を終えた炭彦とも合流できるからだ。

 

 ちなみに散歩の行き先は、特に定めていない。

 川べりを歩くこともあれば、寂れた路地裏に入ることもあった。

 気まま、と言えばそれまでだが、全く目的が無いわけでもなかった。

 

「日がな一日、町を練り歩いてみたものの……特に何も感じませんでしたね」

 

 姿()()()()

 そうしてみるだけでも、得るものはあるものだ。

 今日1日かけて外を歩いてみて、何事も生じなかった。

 それがわかっただけでも、収穫にはなる。

 

 この町には吸血鬼がいないのか。

 やはり陽のある内は活動が出来ないのか。

 あるいは潜んでいて、あえて手を出して来ないのか。

 少なくとも、ぼんやり過ごすよりは有意義というものだった。

 

(あるいは、単に臆病者、ということも考えられますが……)

 

 臆病者というものは、どのような意味であれ厄介なものだ。

 過去に出会った吸血鬼は自信過剰でプライドの高い傾向にあったが、残りはどうだろうか。

 しかし、この点において瑠衣は実はすでに結論を出していた。

 

()()()()()

 

 個体数の少ない吸血鬼。しかも過去に外敵の脅威を受けていない。

 それが3体も殺されて、臆病風に吹かれるということはあり得ない。

 どんな感情に起因するものにせよ、必ず何か仕掛けて来るはずだ。

 直接的にか、それとも間接的にかまでは、わからないが。

 

「私が思っているよりも、残りは少ないのかもしれませんね」

 

 できれば、殲滅したいものだ。

 下手に撃退、つまり国外に逃げられてしまうと面倒だ。

 流石の瑠衣も、国外まで追いかけていくわけにはいかない。

 そしてそうなった場合、吸血鬼達は瑠衣が死ぬまでやって来ることは無いだろう。

 

 鬼舞辻無惨がそうだった。

 寿命差による有利を活かされると、継国縁壱でさえ勝つことは出来ない。

 なるべく、後世に面倒事は残しておきたくない。

 

「特に私は、時間が味方してくれることはありませんからね」

 

 瑠衣にとって後世とは、子ども(炭彦)達のことだから。

 今さら、子ども達に何かを遺そうなどと、偉そうなことを言うつもりはないが。

 せめて、掃除くらいはして去りたいのだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 その日、キメツ学園の一角がざわめいた。

 

()()()()()()()()()()

 

 学内三大美女の1人、胡蝶しのぶが、美貌の転校生に声をかけたのだ。

 それだけでキメツ学園の報道関係の部活が色めき立つほどの話題性だ。

 それを目撃した生徒達がざわつくのも、無理からぬことだろう。

 

 何しろしのぶとセッカの間には、これと言った接点が無い。

 これは別にこの2人に限った話ではなく、学年やクラスが違えば一言も交わさずに卒業するなどザワだ。

 キメツ学園のようなマンモス校ならば、なおさらそうだろう。

 たとえ学園三大美女と言われたところで、それは変わらない。

 

()()()()()()()

 

 実際のところ、最初に動くのはいつもしのぶだった。

 カナタは見た目通り、そしてカナエは見た目に反して、あの2人は慎重派だ。

 時折、見ているこちらがもどかしくなる程に慎重だ。

 慎重なのは結構なことだが、それだけでは状況が動かない。

 

 だから、こういう時にはしのぶは自分が動くことにしている。

 これは、何かの動きを見せなければ何のアクションも返ってこないという考えからだ。

 相手の反応を知ることで、ようやく何かを得ることが出来る。

 加えて言えば、これは一種の()()()()でもあった。

 つまり、自分が何かをしくじっても、姉が何とかしてくれるという、妹側の無条件の信頼である。

 

「少しお話がしたのですけど、ちょっと良いですか?」

 

 とは言え、相手が自分の誘いに応じてくれるかどうかは、また別の話だった。

 先ほども説明したが、何しろ接点が無い。

 知らない生徒に「話をしたい」と誘われて、はいそうですかと応じる者がはたして何人いるだろうか。

 これがしのぶでなければ、周囲の反応もむしろそれに近いものだっただろう。

 

「はい、良いですよ」

 

 しかし意外なことに、それこそ意外なほどにあっさりと、セッカはしのぶの誘いに乗って来た。

 ほとんどノータイムで、彼女はしのぶを見上げて笑顔を向けて来たのだった。

 

(ふむ、邪気は見えませんね)

 

 セッカの笑顔からは、邪な色は僅かも見られなかった。

 どこまでも、それは心からのものにしか見えない。

 あるいは本当にそうなのかもしれない、とさえ思えた。

 

「ここではなんですし、場所を変えましょう。ジュースくらいはご馳走しますよ」

「わあ、ありがとうございます」

 

 そしてしのぶもまた、席を立つセッカに対して、邪心のない笑顔を向けたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 人は変わるものだ。

 炭彦を見ていると、カナタはつくづくそう思うのだった。

 少し前まで、炭彦は暇さえあれば寝ているような少年だった。

 

 もしも無人島に何かを持って行くなら間違いなく布団を選ぶ。

 カナタの知る炭彦という少年は、まさにそんな性格の少年だった。

 それが最近は、酷く勤勉になった。

 

「ふっ! んっ! ふっ!」

 

 炭彦は二段ベッドの上段に足を引っかけて、腹筋をしていた。

 筋トレ、というやつである。

 汗を流して筋トレに励んでいる弟を見ていると、カナタは人間の過去と未来に思いを馳せずにはいられなかった。

 

「ねえ、炭彦。前から思っていたんだけど」

「え? うん、なに?」

 

 勉強机の椅子に座るカナタを見ながら、しかし筋トレはやめない。

 真顔で宙吊り腹筋を続ける弟というのは、なかなかシュールだった。

 

煉獄瑠衣(あのひと)のどこが好きなの?」

 

 炭彦は、頭から床に落ちた。

 

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 

 かなり鈍い音がしたが、本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。

 

「で、どこが好きなの?」

「き、急にどうしたの!? すごいグイグイ来るね!?」

「いや、だって不思議で仕方なくて。そんなに一生懸命に筋トレするとか、前は無かったじゃないか」

「う、うーん。どこがって言われても」

 

 頬を掻きながら、炭彦は何度か口を開いては閉じてを繰り返した。

 何かの言葉を紡ごうとして、しかし言葉にはならず、言い澱んでいる。そんな風だった。

 

「どこがって言われると、困るけど」

 

 最初は、目だった、と思う。

 初めて出会った時、炭彦は瑠衣の目から視線を外すことが出来なかった。

 ただ今にして思えば、あれはけして目や目元が好きということでは無かったように思う。

 では何か、と聞かれてしまうと、やはり言葉に迷ってしまう。

 

 それから呼吸の訓練が始まって、良く話をするようになった。

 この1年に限るのであれば、家族以外では最も長い時間を過ごした相手と言えるかもしれない。

 立ち居振る舞い。話し方。声。優しさ。そして時折見せる、儚さも。

 そのすべてから、炭彦は目が離せなかった。

 

「あ、うん。もう良いよ」

「ええ!?」

 

 処置無し、という風にカナタは肩を竦めた。

 炭彦はショックを受けた顔をしているが、カナタはもうそれに目も向けなかった。

 

(どうしようもないな、これは)

 

 特段の好きになった理由も挙げられずに、しかし好きであることは意識している。

 つまり相手の存在自体に意味を見出している、と言うことだ。

 だから、()()()()()()()()

 我ながら、つまらないことを聞いたものだ。

 暇潰しにスマホでも弄ろうと、それを手に取った時だ。

 

「……ん?」

 

 ちょうどその時、カナタのスマホの画面にメッセージの着信を知らせる通知が表示された。

 

「あれ、僕の方にも来た?」

 

 炭彦のスマホにも、同時に通知が来た。

 差出人は、2人とも同じだった。

 炭彦とカナタは、互いに顔を見合わせた。

 2人のスマホの画面には、差出人の名前が書かれている。

 ――――()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 夜の学校というのは、何度見ても薄気味が悪いものだった。

 昼間の学校が余りにも明るくて賑やかなので、余計にそう思ってしまうのかもしれない。

 毎日が万国びっくりショーのようなキメツ学園ならば、余計にそうだろう。

 もっとも、今はまた別の理由から薄気味が悪く見えているのだが。

 

「……妙ね」

 

 深夜にも関わらず()()()()()()()()()()()、カナエは呟いた。

 他に人気は無い。彼女1人だ。

 学園の内外ともに、周辺には誰もいない。

 だがカナエが奇妙に感じているのは、その点では無かった。

 

()()()()()()

 

 たとえ無人であっても、稼働している建造物である以上、何らかの音はあるものだ。

 しかし今は、キメツ学園の校舎からは何の音も気配もしていない。

 空気でさえも、動きを止めてしまっているようだ。

 

 そしてもう1つ。カナエは()()()()()

 これは、瑠衣や炭彦の透き通る世界とは別の意味合いになる。

 この世ならざるものが見える。

 しかしそのカナエをして、今のキメツ学園は()()なのだった。

 

「どう考えても奇妙。けど、避けては通れない。そうでしょう、カナエ(わたし)

 

 ぎゅ、と、手の中のスマホを握り締めて、カナエはそう言った。

 

「さあ、行きましょうか」

 

 誰に対してか、カナエはそう言った。

 (まなじり)を決し、内外の境界線である校門を越える。

 肌が冷たくなったような気がしたが、はたしてそれは錯覚だったのか、どうなのか。

 カナエは歩みを止めることなく、そのまま校舎の中へと入って行った――――。

 

 ――――そして、カナエが夜の校舎に入ってきっかり10分後。

 つい10分前にカナエが立っていたまさにその場所に、息せき切って3人の少年が駆けて来た。

 正確に言えば、2人と1人が駆けて来て、校門前で合流したのだった。

 すなわち、炭彦とカナタ、そして桃寿郎である。

 

「おお! お前達2人も来たのか!」

「桃寿郎君も!?」

「……ということは、用件は同じみたいだね」

 

 3人の少年は、無言のままに互いのスマホの画面を互いに向けた。

 そこには、しのぶからのメッセージ画面が映し出されている。

 メッセージ画面には、こう書かれていた。

 

『転校生について話したいことがあります。すぐに学校に来てください』

 

 3人はお互いにしのぶから同じメッセージを受け取っていたことを確認すると、校門の前に並んだ。

 そして、夜のキメツ学園の校舎を見上げた。

 物言わぬ校舎が、月明かりに照らされていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 当然と言えば当然だが、校舎には誰もいなかった。

 

「しのぶさん、どこにいるんだろう……」

 

 いざ学校に到着してから気付いたことだが、しのぶのメッセージには場所が書いていなかった。

 ただ、学校に来てくれとしか書かれていない。

 加えて言えば時間の指定も無い。

 すぐに、と切迫感を表すような言葉が目について、文字通り「すぐに」飛び出して来ただけだ。

 

「外から確認した時には、明かりのついている教室は無かったぞ!」

「と言っても、校門側から見える範囲だけだけどね」

 

 こちらからメッセージも送ってみたが、返事は無かった。

 既読さえもつかないので、心配は増していた。

 何しろ夜の学校に呼び出されるという時点で、穏やかではない。

 すでにして異常事態。

 

「……! この匂いは……」

 

 校舎の廊下を歩いていくと、不意に鼻先を独特の香りが掠めた。

 

「薬品の匂いだ」

 

 理科室。どこに学校にでもあるだろう。

 そこで足を止めたのは、鼻腔を(くすぐ)る薬品の匂いに既視感を覚えたからだ。

 そして理科室は、化学部であるしのぶにとって馴染み深い場所でもある。

 だから炭彦は、何となく理科室の扉に手をかけたのだった。

 

 扉を開けると、薬品の匂いはさらに強くなった。

 電気がついていないので、理科室の中は暗く、室内を完全に見通すことさえ難しかった。

 とは言え、普通に明かりを()けるのは(はばか)られた。

 代わりにスマートフォンのライトを点けて、室内を照らした。

 

「しのぶさん……? いませんかー……?」

 

 しかし理科室には、しのぶの姿はおろか、誰もいなかった。

 せいぜい、授業用の人体模型が――暗がりで見ると声を上げる程に不気味だ――鎮座していただけだ。

 まあ、人体模型は厳密には座っているのではなく、立っているのだが。

 

「どうした! いたか!」

「ううん。いないみたい」

 

 そう言って、ライトを消そうとスマホを持ち上げた時だった。

 スマホのライトに照らされて、何かが光った。

 机の上に置かれたそれは、光ったのではなく、ライトを反射したのだった。

 小さく四角い掌サイズのそれは、スマートフォンだった。

 電源が落ちているのか画面が暗く、その画面がライトを受けて光ったのだ。

 

「携帯だ。誰かの忘れ物かな……?」

「……それ」

 

 炭彦がそのスマホを手に取ると、カナタが指を差した。

 紫色の、蝶の模様の入ったカバー。

 カナタはそれに、見覚えがあった。

 

「しのぶさんのだ」

 

 胡蝶しのぶの携帯電話。

 炭彦の手の中で、それはまったく熱を放たず、冷え切っていた。




最後までお読みいただき有難うございます。

謎の転校生って良い響きですよね(え)

転校生編はたぶんあと2話くらい…かなあ(適当)

それでは、また次回。
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