鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第100話:「吸血鬼セッカ」

 体育館に入り込んで来た人間は、全員がしのぶと同じ状態だった。

 炭彦の眼には、彼らの体内に根を生やした種子が視えていた。

 ぎ、と、炭彦は奥歯を噛み締めた。

 

「何とかしないと!」

「今はそれどころじゃない!」

 

 カナタが言った通り、それどころでは無かった。

 何しろ何十人もの人間に囲まれている。

 むしろ危機にあるのは自分達の方であって、他人の心配をしている場合では無い。

 

 しかし実のところを言えば、危機ではあるが、()()()()危機では無かった。

 何故ならば、呼吸遣いにとって常人は脅威にはならないからだ。

 呼吸を使う者とそうでない者との間には、文字通り雲泥の差がある。

 だから炭彦らが()()()にさえなれば、斬り抜けられない状況では無い。

 

「すまん! 許せよ!」

 

 無いのだが。

 

「ぬ……!」

 

 流石に刀を抜くことはせず、鞘で殴った。

 しかしそれでも、()の入った鞘である。

 普通の人間であれば、それだけで骨折し、あるいは昏睡するだろう重い一撃だ。

 もちろん桃寿郎も加減はした。

 

()()()()

 

 だが、殴打された側はまったく意に介していなかった。

 桃寿郎に脇を打たれて――逆の立場であれば、悶絶不可避の――いるにも関わらず、その男子生徒は痛がりもしなかったし、揺らぎもしなかった。

 その代わりに口から漏れるのは、唸り声とも呻き声とも取れる不快な音だった。

 

「ほれほれ、そんな程度ではどうにもならんぞ」

 

 さらに不快な女の嗤い声が、どこからともなく響いてくる。

 しかし、これ以上の力で殴れば怪我では済まない。

 そのために、桃寿郎は一瞬、躊躇した。

 だが今の状況での躊躇は、そのまま大きな隙に繋がってしまう。

 

「ぬっ……ぐおっ!」

 

 鞘を打たれた男子生徒が脇に刀を抱え込み、引き抜けなくなった。

 そうして咄嗟に動けなくなったところを、数人の生徒が掴みかかり、そのまま床に倒れ込んだ。

 続々と折り重なって来る生徒達に、さしもの桃寿郎も身動きを封じられてしまう。

 

「桃寿郎く……うわあっ!」

「炭彦! うわっ!」

 

 桃寿郎に気を取られて、炭彦とカナタも同じ状態にされた。

 それでも刀を抜けば、また違っていたのかもしれない。

 しかし彼らには、その選択は出来なかった。

 

「何だ、あっけないの」

 

 そんな炭彦達の体たらくに、カカカ、と女の不快な嗤い声が降りかかって来た。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「うぐっ」

 

 頬をしたたかに床に打ち付けて、炭彦は呻いた。

 状況は、最悪である。

 呼吸遣いとは言え、何人もの人間に押さえ込まれれば、流石に厳しい。

 炭彦がそうなのだから、他の2人はなおさらだ。

 

 しかも周りには、まだまだ何十人もいるのだ。

 そのどれもが、明らかに正気では無い。

 感情の抜け落ちた顔で、ただそこに立っている。

 そのくせ、こちらを押さえ付ける力は万力のように強かった。

 

「心配せずとも良い。何も命まで取るわけではない」

 

 カカカ、と、女の嗤い声が降って来る。

 セッカは目の前にいるのだが、しかし口は開いていない。

 彼女の声では無いのか。

 そうだとして、この声の主はどこにいるのか。

 透き通る世界にいる炭彦が、その声の主を探し当てることが出来ずにいる。

 

「ただ、我が夜の()()()になって貰うだけよ。こやつらと同じようになあ」

(ま、まずい。これは、まずい事態だ……!)

 

 一歩こちらに近付いて来たセッカに、炭彦は焦った。

 何をされるのか具体的にはわからないが、あの種子を植え付けるつもりなのだろう。

 周りの人間の様子を見る限り、碌なことにならないのは明白だった。

 文字通りセッカの、あるいはこの声の主のしもべにされてしまう、ということだ。

 

「……ッ」

 

 その時、セッカが動いたことで、彼女の陰に隠れる形になっていたしのぶが見えた。

 

「しのぶさん……!」

 

 声をかけても、しのぶが反応することは無かった。

 感情の消えた表情で、ただこちらを見下ろしてきている。

 周りの生徒達と、同じ状態だった。

 

「……え?」

 

 そのはずだったが、不意に変化が起きた。

 ()()()()()()()()()()

 それまで顔を触れても微動だにしなかったしのぶが、視線を斜め上へと向けたのだ。

 自然、炭彦の眼もそちらへと向けられる。

 そして、そこにあったのは、いや、()()()()

 

「カ……!」

 

 体育館の二階、窓枠のカーテンの陰。

 自前の物なのか、それとも弓道部の物でも拝借したのか、手には弓を持っていて、口には何か細長い紙のような物を咥えていた。

 

「カナエさん……!?」

 

 カナエの弓には3本の矢がつがえられていた。

 矢じりの先端には、口に咥えているものと同じ細長い紙が突き刺さっていた。

 そして炭彦が名を呼ぶと同時に、彼女はその3本を撃ち放ったのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 言うまでも無いことだが。

 カナエは別に、特別な力を持って生まれた、というわけでは無い。

 確かに少し、人より()()()()()()()()()()()()()

 だから、打ち放った矢そのものには、()()()()()()()

 

(――――何じゃ?)

 

 だが、それは()()にはわからない。

 胡蝶カナエのことを知らない彼女は、彼女の行為の意図を考えざるを得ない。

 何の意味もなく現れて、何の意味も無い行動をするわけがないと、そう思う。

 あのこれ見よがしについている札には、何かの術でもかかっているのではないのか、と。

 だが。

 

(何も、起こらんぞ?)

 

 ()()()()()()()

 カナエの矢が2本、反対側の壁に突き立つのを彼女は見た。

 そして3本目の矢が、窓を割って外に飛び出すのを見た。

 それで何かが起こるのかと、ほんの数瞬、待ってみる。

 

「……カカカ」

 

 いくら待っても、何も起こらない。

 その事実を確認して、彼女は嗤った。

 時間稼ぎのつもりだったのか知らないが、そうだとしても稚拙(ちせつ)に過ぎる。

 

 確かに、今の今まで自分の目から逃れていた点は評価してやっても良い。

 しかし逆に言えば、それだけだった。

 姿を見せてしまった以上、しもべ達によってすぐに捕らえられる。

 そして、カナエもまた自分のしもべとなるのだ。

 

「良いのかしら、私ばかりに気にしていて」

 

 自身に向けられた害意に気が付いたのか、カナエがそう言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 何を馬鹿な、と、彼女は思った。

 つい先ほど、カナタという少年も同じことを言った。

 見え透いた脅し、挑発、はったりだ。

 そんなものに、動じるはずも無し。

 

「構う必要は無い。そうら、我がしもべ達よ。その者達も」

 

 その時だった。

 彼女が割れた窓から意識を逸らそうとした、まさにその瞬間だ。

 窓の外から、ある()が聞こえて来たのだ。

 いや、正確には、それは声では無く――――。

 

()()()()

 

 ――――鳴き声、だった。

 視線を、再び割れた窓へと向ける。

 煌々と照る月が、窓が割れ、風で吹き上げられるカーテンの間から顔を覗かせている。

 そしてそんな月光を背に、細い窓枠に足を乗せて、()()()()

 

「――――にゃあん」

 

 茶々丸が、体育館の中を覗き込むようにして、そこにいた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 奇妙な気配は、ずっと感じていた。

 ただそれは感知というより直感のようなものなので、どこで何が起こっているのかまではわからない。

 探索ついでの夜の散歩。

 産屋敷から連絡が来たのは、そんな時だった。

 

「夜中に出歩いて、いけない子ども達ですね」

 

 まあ、任務で夜間活動が当たり前だった自分が言っても説得力は皆無だろうが。

 それはそれとして、産屋敷からの連絡だ。

 産屋敷は竈門家や胡蝶家の様子を監視しているので、子ども達が夜の学校を訪れたことは把握していた。

 

 連絡は、それにも関わらず「子ども達を見失った」というものだった。

 肉眼で見失ったとは思えない。すると、()()()()だ。

 何者かの力が、キメツ学園を覆っているのだろう。

 

()()()()()

 

 にゃあん、という猫の鳴き声に、瑠衣は微笑む。

 茶々丸は猫ということもあって、校内のどこへでも行ける。

 ただ、自分でドアや窓を開けたりということは難しい。

 

「ふむ、それなりに状況は切迫しているようですね」

 

 すると、急がなければならない。

 瑠衣は足元のコロに手を伸ばして抱き上げると、肩に抱くようにした。

 

「コロさん、すみませんが掴まっていてくださいね」

 

 バウ?、と首を傾げるコロに微笑みかけて、瑠衣はもう片方の手に小太刀を握った。

 そのまま、身を深く沈めた。

 そして、()()

 

「……すげえな」

「ああ」

 

 学校の校門前で様子を見ていた産屋敷家のエージェントは、高く跳躍して姿を消した瑠衣を見て、呟くように言った。

 

「もう、どっちが化物かわかんねえよな……」

 

 そんな会話には微塵(みじん)の興味も示さずに、瑠衣は空中で視線を巡らせた。

 体育館、という施設は、すぐに見つかった。

 一度だけ校舎の壁を蹴り、体勢を整える。

 体育館の中ほど――階層的には2階――に、茶々丸の姿を見つけた。

 加えて、透き通る世界による位置調整。

 

「うーん、まあ」

 

 宙を蹴って、そのままの勢いで刀を振るった。

 肩の上で、コロが「バウウッ!?」と鳴いていたが、そのまま行った。

 

「何とか通れるでしょう」

 

 ――――風の呼吸・伍ノ型『木枯らし(おろし)』。

 窓枠、をいやその周りの壁を破壊しながら、突撃した。

 けたたましい音と共に体育館の中に入れば、そこには数十人の人間がひしめき合う不気味な光景が広がっていた。

 そして、じろりと透き通る世界の眼で状況を一瞥して後。

 瑠衣は、状況をほぼ正確に把握したのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 体育館のちょうど中央に降り立った瑠衣は、その場に留まるようなことをしなかった。

 ()()()

 着地と同時にそれは開始されて、体育館の固い床板を踏み砕きながら、瑠衣は縦横無尽に駆けた。

 物言わぬ()()()の生徒達を、炭彦達から蹴り放していく。

 

「瑠衣さん!」

「はい、私ですよ」

 

 自分の側に降り立った瑠衣を見上げると、いつもの優しい微笑みが目に入った。

 

「さて、今の状況を説明して貰えますか?」

「え、えっと。みんなセッカさんに操られていて……体の中に、変な種子があって」

「種子……ああ、確かに。何かありますね、頭のあたりに」

 

 透き通る世界で視て見れば、すぐに種子(それ)に気付いた。

 自然の物ではなく、明らかに血鬼術によるもの。

 つまりは、吸血鬼。

 

「ふむ、そういう系統の術ですか」

 

 顎先を指で撫でる瑠衣の前に、セッカが進み出て来た。

 彼女は瑠衣を見つめて微笑み、制服のスカートの端を摘まんで礼をして見せた。

 

「こんばんは、レンゴク・ルイ。貴女を歓迎しますわ」

 

 そして、セッカはそのまま何か言葉を紡ごうとした。

 小さく形の良い唇を開き、鈴を転がすような声が次の瞬間には相手の耳朶を打っただろう。

 と、炭彦が、いやその場にいる誰もが思っていた。

 しかし実際に起こったのは、それとはまったく別のことだった。

 

「さ――――」

 

 その音の後に、セッカが何を言うつもりだったのかはわからなかった。

 何故ならば、セッカを、いやその頭を、一瞬で距離を詰めた瑠衣が()()()()()()()()

 悲鳴のような物を発して、セッカの身体がゴムボールか何かのように吹き飛んだ。

 しっかり二度、体育館の床をバウンドし、何人かのしもべを巻き込んで、転がった。

 凄まじい音がした後、セッカはピクリとも動かなくなった。

 

「え……ええええええっ!?」

 

 炭彦が驚愕の声を上げる。

 

「る、瑠衣さん、どうして!?」

「どうしてと言われても」

 

 炭彦の言葉に、瑠衣は困ったような表情を浮かべた。

 

「どう見ても敵だったもので」

「そっ……れは、そう、なのかも、しれないですけどお……」

 

 それにしたって、躊躇なしで蹴りに行くとは思わなかった。

 とは言え、もやっとした物を胸中に感じてしまう。

 炭彦がそんな風に複雑な感情を抱いていると、それに、と瑠衣は言った。

 

「それに、()()()()()()()()()()()()()()()()

「え……?」

 

 ――――偽物?

 首を傾げる炭彦に、しかし瑠衣は視線を戻さなかった。

 彼女の視線は、炭彦達でも、未だ2階にいるカナエや茶々丸でも、床に倒れて動かないセッカでもなく。

 

「――――カカカ」

 

 暗闇の中から、()()()と現れた、金髪の少女に向けられていたのだから。

 

「偽物だとわかっていても、そこまで容赦なく攻撃するとは……貴様」

 

 その声は、炭彦達に降り注いでいた、あの声と全く同じだった。

 

「貴様、とんだ人でなしじゃなあ」

 

 そう言って、暗闇から姿を見せた吸血鬼は、再びカカカと嗤った。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 人でなしと言われたところで、瑠衣は特にどうとも思いはしなかった。

 何と言っても、人外の化物に人間の道理などを語られたくはない。

 それに、瑠衣も自分が人間らしい道理や道徳心を持ち合わせているなどとは思っていない。

 

「……随分と、簡単に出てきましたね」

「何、お前が出て来たとあれば、傀儡どもでは心もとないからな」

 

 呻き声を上げながら、種子を植え付けられた生徒達が瑠衣を取り囲み始める。

 一方でその隙に、カナタと桃寿郎は炭彦の傍に行った。

 バウッ、と何とも言えない表情で、コロも寄って来た。

 カナエは変わらず、茶々丸と2階にいる。

 

「なるほど、彼らは生きているんですね」

「ああ、その通り。殺してはおらぬ。血も吸っておらぬし、眷属化もしておらぬ」

(……眷属化。新しい単語ですね)

 

 透き通る世界で視る限り、生徒達は生きている。

 ただ、眷属化、という言葉の意味はわからない。

 口ぶりからして、鬼化とはまた別の意味合いの言葉のように聞こえる。

 まあ、いずれにせよ碌なことでは無いだろうが。

 

「さて、どうする?」

「どうする、とは」

「それがわからぬ貴様ではあるまい? わざとか、それとも本当に察しが悪いのか?」

 

 カカカ、と吸血鬼が嗤う。

 瑠衣と正面から対峙しておきながら、セッカは悠然としていた。

 瑠衣の手に二振りの小太刀――日輪刀があることを見ても、動揺した様子は見られなかった。

 

(……何か、ありますね)

 

 それが何なのかまでは、今の時点ではわからない。

 まあ、この状況ならば、大方は予想できることではあるが。

 

「今も言ったが、この者達は我が種子によって私の支配下にある。肉体は人間のまま生きておる」

 

 意識の無い傀儡の人形と化しているが、命に別状はない。

 繰り返すが、()()()()()

 

「ただし私の気が変われば、その限りでは無い」

 

 わかるな、と、笑みの形に歪んだ目が語っていた。

 ()()()。先程セッカが言った言葉が瑠衣の脳裏に浮かんだ。

 つまりその気ひとつで、彼らの命は失われる、という意味だ。

 すなわちセッカにとって、彼らは()()なのだった。

 

「卑怯な……!」

 

 誰かが口にしたその言葉に、セッカはカカカとまた嗤った。

 まるでそれが最高の誉め言葉だとも言いたいのか、今までよりも高い声で嗤った。

 瑠衣は笑わず、ただ小さく首を傾げた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 何だ、と、セッカは瑠衣を眺めた。

 彼女が想定していたような――まさに他の者達が示しているような――反応では無かったからだ。

 瑠衣はセッカの言葉に小さく首を傾げて、そして。

 

 ()()()()

 何を笑っているのかと、セッカの方が思ってしまった。

 いったいこいつは、何を考えているのかと。

 

「――――どうぞ?」

「……何?」

「どうぞ、好きにすれば良いと思いますよ」

「瑠衣さん……?」

 

 炭彦は、瑠衣の背中を見つめていた。

 その視線を無視するように、瑠衣は言葉を続けた。

 

「私は別に、正義の味方ではありません」

 

 かつての煉獄家の長女ならば、別のことを言ったかもしれない。

 

「彼らの家族でもなければ、友人でもありません」

 

 不老不死を生きた100年を経た瑠衣は、かつての瑠衣では違うことを言った。

 自分は正義の味方ではない。

 生徒達の親でもなければ、時間を共有した友では無い。

 

「私には、彼ら彼女らを助けなければならない義務などありません」

 

 この両手で救えるものには、限りがあって。

 この両足が間に合うもには、限りがあって。

 だから救うものは、選ばないといけない。

 そして、選んだのならば。

()()()()()()()()

 

「だからどうぞ、ご随意にされれば良いでしょう。ただし」

 

 日輪刀を持つ両手に力を込めて、瑠衣は歩き出した。

 躊躇することなく、セッカとの距離を詰めている。

 

「ただし、()()()()()――――貴女の頚と胴は、泣き別れになっているでしょうけれど」

「貴様……」

 

 微笑みを浮かべたまま近付いてくる瑠衣に、セッカは言った。

 

「本当に人間か?」

「いいえ、違います」

 

 ()()()()()()()()()

 人間である彼女は、100年前のあの時にすでに死んでいる。

 それはもう、当然すぎて、今さらの話だった。

 

「私は、貴女を殺すモノです」

「……!」

 

 この時点で、セッカは認識を改めた。

 煉獄瑠衣という女に対する認識を、改めた。

 炭彦らを助けに来たことから、普通の人間と同じ感性を持っていると思っていたが。

 瑠衣の微笑みは、そして対照的にまったく笑っていないあの眼からは、およそ常人らしい感情は感じ取れない。

 

「狂人め……!」

「ふふふ、鬼に言われると、存外おかしく思えるものですね」

 

 クスクスと、瑠衣の笑う声が響いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――それでも。

 それでも、炭彦()が瑠衣を見つめる目は変わらなかった。

 あんなにも非道なことを言っているのに、彼の瑠衣に対する信頼は(いささ)かも揺らいでいない。

 この意思の固さは、美徳ではありが、ただ頑固なだけとも言える。

 

 一方で、カナタはそこまで瑠衣を信頼していない。

 しかしそれとは別に、瑠衣の言動を否定するつもりも無かった。

 それは、彼の性質は皮肉にも瑠衣の言葉と一部重なっていたからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「とは言え、どうするつもりなんだ……?」

 

 言葉通りに他を省みず、本体(セッカ)を叩くのか。

 カナタは、瑠衣の人となりは信頼していないが、実力は信用している。

 だから本当に瑠衣は他の犠牲を気にせずに戦った場合、セッカを倒せるだろうと半ば確信していた。

 問題は、瑠衣が本当にそうするのかどうかという点で――――。

 

「なっ!?」

 

 そこで、さしものカナタにも予想外の行動を、瑠衣がした。

 予想通り、瑠衣は他を省みる様子を見せずに、セッカを攻撃すべく跳んだ。

 予想が外れたのは、瑠衣が跳んだ先にいるのが()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――!」

 

 さらに、予想外なことが起こる。

 それは、瑠衣が斬りかかったしのぶの身体を、セッカが突き飛ばして庇ったのだ。

 まるで、状況が()()()()である。

 どたりと尻餅をついたしのぶの側を瑠衣の刃が通り過ぎ、それはしのぶを庇ったセッカの腕を斬った。

 

「おや、庇いましたね」

 

 肘のあたりから血を噴き出したセッカを横目に、瑠衣は笑った。

 

「不思議ですね。鬼である貴女が、人間であるしのぶさんを庇う理由は無いはずですが」

「貴様……もしや、()()()()()()()?」

「さあ、何のことでしょう」

 

 セッカの傷は、()()()()()()()

 代わりにセッカは表情を消して、腕を振るった。

 すると周囲の生徒達が、一斉に瑠衣に襲い掛かった。

 

「殺せ!」

 

 四方から、いや八方から襲い掛かって来る生徒達に、瑠衣は身を深く沈めた。

 小太刀の片方を口に咥えて持ち、空いた片手を床についた。

 そしてそのままの態勢で、コマのように回転した。

 その爪先が生徒達の足を、脇腹を、首を、蹴り飛ばしていった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 戦いが、始まった。

 いや、厳密に言えばとっくに始まっていたのだが、本格的な戦闘になった。

 何十人もの人間が、1人の女に襲い掛かって行く。

 普通ならば、一方的だ。いや、実際に一方的ではあった。

 

「ふむ」

 

 ()()()()蹴散らしながら、瑠衣は操られている生徒達の様子を観察していた。

 まず、耐久力。呼吸遣いの蹴りを受けても、怯みはするが倒れはしない。

 瑠衣の足先には骨が砕ける感触が確かにあるのだが、傷んだ箇所を庇う様子すらない。

 どうやら、彼らには痛覚というものが無いらしい。

 種子が脳に取り付いているせいかもしれない。

 

「痛みを感じない分、身体が損傷しても構わずに追撃してくる」

 

 伸ばされてきた手を払いながら、瑠衣は跳んだ。

 動きが緩慢な分、瑠衣の跳躍にはついて来られない。

 しかし、表情も無く追いかけ続けて来る様は、言い様の無い圧力を追われる者に与えて来る。

 

「下手な鬼や剣士を相手にするよりも、厄介かもしれませんね」

 

 頚を斬り落とせば、止まるのだろうか?

 種子が頭の中にある以上、止まりそうな気もする。

 あるいは本体では無いので、頚を斬り落としても止まらない可能性もある。

 それに「頚を斬り落とす」という一動作のために、二手は遅れる。

 そうすると、だ。

 

「おっと」

 

 死角から飛来した小さな種子を、頭の位置をずらすことで回避する。

 いわずもがな、アレを喰らえば瑠衣も操り人形の仲間入りだ。

 無数の人形に攻撃させて、隙を見て種子を撃ち込む。

 それが、セッカの戦闘スタイルのようだった。

 

 堅実だ。手堅いスタイルと言える。

 少なくとも、先に戦った3人の吸血鬼とは違うタイプだ。

 彼らよりは場数を踏み、経験を積んで来たのかもしれない。

 しかし、戦場に体育館という閉鎖空間を選んだのは、はっきりとしたミスだっただろう。

 

「チィッ、ちょこまかと羽虫のようなやつ!」

 

 短距離の高速跳躍。

 操り人形である生徒達は、追いかけることは出来るが、瑠衣を捉えることが出来ない。

 だがセッカも当然、自分と瑠衣の間に最も厚く生徒達を並べている。

 言ってしまえば肉の盾だ。

 いちいち蹴散らしていれば、横から他の生徒に組みつかれるだろう。

 

「じゃあ、()()します」

 

 ただしそれは、1人1人を相手にすれば、の話だった。

 瑠衣はそうはしなかった。

 生徒そのものを、道に――()()()()()()

 

「なっ!?」

 

 生徒の顔を、踏んだ。あるいは肩を。

 地面にそうするかのように、生徒達に()()して、駆けた。

 セッカが敷いた肉の盾を、()()()()()()

 

「人の心は無いのか貴様はァ!」

「ええ、まあ。姉が持って行ってしまいましたので」

 

 肉の道を跳んで、瑠衣はセッカに日輪刀を振り下ろした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 セッカは舌打ちした。

 まさか、人質を物ともせずに攻撃してくるとは思わなかった。

 はったりかと思えば、本当に躊躇なく攻撃してきたのだ。

 あまつさえ、胡蝶(本命)しのぶ(の人質)に対しても斬りかかって来た。

 

 はったりであれば、セッカはあの攻撃を防がなかっただろう。

 しかし瑠衣の刀身には、明確に殺意が乗っていた。

 そのために、セッカもしのぶへの攻撃を止めに入らざるを得なかった。

 何故ならば、そうしなければ――――。

 

「――――ほう、止めましたね。一度ならず二度までも」

「まったく、本当に、人の心が無いやつじゃ」

 

 振り下ろされた二振りの小太刀が、セッカの左右の細腕に食い込んでいた。

 骨にまで達しているのか、ギリギリと擦れるような振動が互いの体内に響く。

 刃を受け止めたセッカの両腕からはボタボタと血が床に滴り落ちて、水溜まりを作っていた。

 

あの娘(しのぶ)は、お前の知人では無かったのか?」

「ええ、まあ。複雑な関係、とでも言っておきましょうか」

 

 瑠衣の攻撃は、セッカではなく、やはりしのぶに向けられたものだった。

 それを、再びセッカが止めた形だ。

 ここまで繰り返されれば、お互いに確信する。

 

「それに、人が悪いと言えば貴女もそうでしょう?」

 

 まあ、貴方は元から人ではありませんけど、と、瑠衣は言った。

 

「さも私が本体です、と言うような顔をして、()()()()()()()()()()()()()

「…………………」

 

 それに対して、セッカは答えなかった。

 その代わり、というわけでは無いだろうが、自分の両手に食い込んだ日輪刀の刃を、無理矢理に掴んだ。

 当然、掌は裂ける。床に滴り落ちる血はさらに増した。

 

「なるほど。人の心が無いなら、傀儡人形がいくら傷もうが気にもとめまいな」

 

 だが、と、セッカは嗤った。

 

「だが、貴様は知らぬな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何の話を……ッ!」

 

 不意に、影が差した。

 ()()は瑠衣とセッカの四方に、()()()()()()()

 一見すれば、組体操のようにも見えたかもしれない。

 生徒達が何人も、何段も肩を、手足を組み、踏んで、高く、高く(そび)えていた。

 

「いかな貴様と言えども、()()は効くであろう?」

 

 しのぶは、セッカによって()の中から蹴り出されていた。

 なるほど、徹底している。

 瑠衣は口笛でも吹きたい気分になったが、そういう状況では無かった。

 

「く……ッ!」

 

 刀を引いたが、セッカの腕は離れなかった。

 小太刀はセッカの掌と腕の肉によって、びくともしなかった。

 影が、大きく、濃くなっていく。

 

「これは、まず――――」

 

 その次の瞬間、十数人の()()()が、折り重なるようにして2人の頭上に倒れ込んで来た。

 肉の潰れる、嫌な音が体育館に響き渡った。




最後までお読みいただき有難うございます。

記念すべき第100話です。
まあ、100話だからって話のキリが良くなったりはしないですけど(え)

100話も続けられたのは、読んでいただける皆さんのおかげです。
今後も最終完結まで頑張ります。

それでは、また次回。
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