――――夢を、見た気がする。
青い彼岸花を食べたあの時から、夢などほとんど見なかった。
と言うより、眠る必要のない身体だった。
だが今は、睡眠が必要な普通の身体になってしまった。
だから普通に眠るし、普通に夢も見るようになった。
とは言っても、他の人間がそうであるように、夢の内容を覚えていることは少ない。
覚えているのは、いや、覚えていられる夢は、数えるほどしかない。
「――――夢は過去からの啓示だ、なんてどこかで聞いたことがありますが」
何も無い場所だった。
いや、正確には、かつては
良く見れば、生い茂った木々や草花の間に、人工物と思われる物が覗いている。
それは、古い日本屋敷のようだった。
山に囲まれた小さな盆地のような空間に、それは点在していた。
まるで、何かから隠れるような、そんな造りをしていた。
村というには広範囲で、町というには小さ過ぎる。
そしてそこがどこなのか、瑠衣は知っていた。
「何て、残酷な夢」
黒い服。
背中には「滅」の一文字。
腰には、日輪刀。
彼らは、あるいは彼女らは皆、同じ隊服と刀を持っていた。
彼らがいったい何者であるか、瑠衣は知っていた。
屋敷の前に、岩の上に、道端に、彼らは立っていた。
そしてその誰もが、瑠衣のことを見つめていた。
「今さら、私に何か言いたいことがあるわけでも無いでしょう」
かつては、瑠衣もその中にいた。いたかもしれない。
しかし今となっては、ただ「今さら」と思うだけだ。
実際、瑠衣が何かを問うても、彼らは瑠衣に何かを答えることは無いだろう。
ただ、じっと見つめているだけだ。
何も言わず、ただそこにいるだけだ。
「ああ、貴方たちまで」
気が付いた時、瑠衣は自分の目の前に立つ人々に気付いた。
もちろん彼らもまた隊服を着ており、日輪刀を持っている。
目の前に並ぶ十数人の少年少女を、瑠衣は良く知っていた。
誰も彼も、その姿は鮮烈に覚えている。
表情も、声も、まるで昨日のことのように思い出すことが出来る。
「――――
兄弟。師。同僚。先輩、あるいは後輩。
そんな彼らを、その懐かしい顔ぶれを前にして、瑠衣は顔を上げた。
その時に、自分がどんな顔をしているのか。
「――――――――」
そして、何と言ったのか。
ぼやけた記憶の中で、瑠衣自身にさえ、それはわからなかった。
◆ ◆ ◆
「どうしましたか?」
不意に、意識が現実に引き戻された。
目を開けると、正面には産屋敷がいた。
爛れていた頃が嘘のように、整った顔立ちがそこにあった。
ただ額の端に、僅かながら爛れていた痕が見えていた。
「――――いいえ。何でもありませんよ」
周囲を見れば、そこは洋館の客間だった。
この100年の間に、産屋敷家も随分と洋化したものだと思った。
いや、大正の時点でも華族街では洋風な生活をしていただろうか。
まあ、産屋敷家の生活様式に瑠衣はそれほど関心は無いわけだが。
「それで、これが?」
「ええ、それが今朝……いえ、
2人の間、硝子のテーブルに置かれたそれは、手紙だった。
古めかしく、封蝋などされていた。
そしてこの封蝋からは、仄かに血の匂いがした。
実際に血が混ぜ込んであるのかもしれない。
悪趣味ではあるが、問題の本質はそこでは無かった。
「
「ハハ、確かに」
そう、それは招待状だった。
それも普通の招待状では無い。
何と言っても、送り主が
「中身はすでに?」
「勿論。1週間後の夜、先日の港で」
「港、ね」
おそらく、入港申請などしていないだろうに。
とは言え、この手紙はいくつか穏やかでない部分を秘めている。
例えば、吸血鬼側の本拠地――かはまだわからないが――が、船だと言うことだ。
どこかに拠点を設けているのかと思ったが、船とは盲点だった。
船となると、先日の豪華客船がまさにそうだったが、逃げ道が無い。
密室状態、というやつだ。
そしてだからこそ、この招待状は同時に挑戦状だとも言える。
受ける側に対して、勇気があるか、と問うているようなものだからだ。
「……受けますか?」
「それ以外に選択肢はないでしょう」
受けなかった場合、吸血鬼側の出方がわからなくなる。
それは、今後のことを考えると得策とは言えなかった。
「それに、考えようによっては都合が良いとも言えますし」
「と、言うと?」
「こういう物を送って来るということは、向こうは私を確実に仕留めるつもりだと言うことでしょう」
焦燥感か、屈辱か。いずれにせよ、瑠衣を狙ったものには違いない。
つまり、
と言うことは、だ。
その場の敵を殲滅すれば、それでこの戦いは終わる、と言うことだ。
「当然、受けますよ」
微笑みさえ浮かべて、瑠衣はそう言った。
◆ ◆ ◆
屋敷の門から出ていく着物姿の女性の背中を、産屋敷は窓越しに見つめていた。
車椅子のせいで、その背中はすぐに見えなくなってしまった。
だが姿が見えなくなっても、産屋敷はしばらくの間、その場から動かなかった。
「宜しいのですか。ご当主様」
執事の言葉に、産屋敷は答えなかった。
彼の、というより、産屋敷家に仕えている人間達は、普通の人間なのだ。
もちろん、鬼狩りとして特殊な訓練を受けて来たわけでも無い。
そのための技術は、残念ながら失われてしまった。
つまり彼らにとって、煉獄瑠衣という存在は、未知の存在なのだ。
当の産屋敷でさえ、理解しているとは言えない。
ただ、産屋敷家の当主は
「あの者は、その、あまりにも……」
「……そうだとしても。外からやって来ている脅威に対して、彼女は唯一対抗できる存在だ」
これまで出現した吸血鬼は、4体。
それによって、少なくない犠牲も出た。
しかしそれでも、その犠牲が
出現した4体の吸血鬼の
あまりにもあっけなく。あっさりと。簡単に。
だがそれは、瑠衣がいたからだ。
かつての柱にも比肩し得る――本人は否定するだろうが――鬼狩りがいたからこそ、
「それとも、キミには他に何か腹案があるのかな」
「…………は、それは」
「ああ、いや。すまないね。意地悪を言った。キミの懸念は、わたしも良く理解しているつもりだよ」
「いえ、出過ぎたことを申しました」
実際、懸念はある。
と言うのも、瑠衣は別に産屋敷家への忠誠や義理で戦っているわけでは無いからだ。
もちろん、罪滅ぼしでも、罪悪感から来る行動というわけでも無い。
彼女が戦う理由は、結局のところ。
「日本の……いや。人類の未来が子どもにかかっているなんて。情けない限りだね」
自分は、いや、自分達は、そういう星の下に生まれているのかもしれない。
いくら願っても、望んでも、
それが、それこそが。
「
鬼舞辻無惨も、そうだったのだろうか。
あの鬼の始祖も、何かを願い、望んでいたのだろうか。
意味もなく、そんなことを思った。
◆ ◆ ◆
何も知らない者が見れば、2人の子どもがチャンバラごっこをして遊んでいるように見えただろう。
煉獄家の道場で、2人の少年――炭彦と桃寿郎が、向かい合っていた。
2人の手には日輪刀が握られていて、つまりは真剣が握られていて、お互いにそれを振るっていた。
そこだけを聞けば凄まじく危険なことをしているように聞こえるが、しかし2人の動きは、そういう剣呑さとは遠いものだった。
2人の動きが酷く緩慢で、
ゆっくりを振り上げ、ゆっくりと下ろす。
ゆっくりと受け止め、ゆっくりと押し返す。
(……なるほどね)
それをひたすらに繰り返す炭彦と桃寿郎を見つめながら、カナタは思った。
最初は何の真似かと思っていたが、こうして見ていると、なかなかどうして効果的だった。
特に、何度も繰り返す、という点が重要なのだろう。
たしか、型、と言ったか。
カナタは剣才が無かったのか、教わっても理解できなかったが。
(何となく、だんだんと……
最初の方は、同じ動きをしていても、どこか違う気がしていた。
それが何度も繰り返す内、寸分狂わない同じ動きになってきている。
つまり、身体が覚えてきているのだ。
そして身体が覚えているということは、より速く行う時にも、自然とその形が出るということだ。
(あの女。正直なところ何を考えているのか、まだ全然わからないけど)
その時、道場の扉が開いて、
彼女は炭彦と桃寿郎の姿を認めると――カナタと目が合うと、軽く目礼をしてきた――ふ、と微笑んで、そのまま道場に上がって来た。
「精が出ますね。2人とも」
瑠衣が声をかけても、炭彦も桃寿郎も振り向きはしなかった。
ただゆっくりとした動作で、交互にお互いへの打ち込みを続けている。
凄まじい集中力だ。
おそらく2人には、今はお互い以外のものは見えていないのだろう。
「……良い傾向ですね」
集中力。全
そして集中力というのは、誰もが持っているようで、実はそうではないのだ。
持てない者には永遠に持てないものなのだ。
炭彦と桃寿郎の2人は、それを十分に持っている。
「ほんとうに」
一つ頷いて、瑠衣は歩き出した。
ゆっくりと。
◆ ◆ ◆
炭彦を見て、ふむ、と瑠衣は頷いた。
いきなり見つめられて、額を濡らす汗もそのままに、炭彦は緊張した。
そんな炭彦の様子にふと微笑んで、瑠衣は言った。
「呼吸の鍛錬を真面目にやっているようですね」
「はい!」
瑠衣の眼には、炭彦の肉体が常に全集中の呼吸で強化された状態にあることが見えていた。
最初に会った時と比べて、心肺はずっと強靭になっている。
毎日毎日、真面目に呼吸の訓練をこなしている証拠だった。
そして今は、組手を通じて型を身体に覚えさせている。
このまま時間をかけて訓練を続けて行けば、鬼狩りの剣士として着実に成長していけるだろう。
そう、後はこれを繰り返していけば良いだけだ。
炭彦の状態を見て、瑠衣はそう思った。
「瑠衣さん、怪我の具合はどうですか?」
「大丈夫ですよ。ほら、この通りです」
先の戦いで、瑠衣は片腕を複雑骨折していた。
だが今は、その折れた腕をぐるぐると回して見せていた。
すっかり快復している。
かなり深刻な骨折だったはずだが、完全に治っていた。
仮にレントゲンを撮ったとすれば、綺麗に繋がった骨が写ることだろう。
「呼吸は人間の自然治癒力を高める効果もあります。極めて行けば、こうして怪我や病気にも強くなるんですよ」
「なるほど! 便利だな!」
「いや、それにしたって治りが早過ぎるでしょ」
桃寿郎は素直に感心していたが、カナタはドン引きしていた。
実際、確かに全集中の呼吸は自然治癒力も強化するが、当然ながら遣い手の練度に依存する。
つまり、それだけ瑠衣が熟達した呼吸遣いだということだ。
まあ、それでも常人からすれば、複雑骨折がすぐに快復するのは異常にしか見えないだろう。
「まあ、でも、確かに炭彦は良くやってると思うよ。毎日、
毎日、十何時間も。
カナタはそう言った。
それは比喩でも何でもなく、事実として、炭彦と桃寿郎は1日のほとんどを鍛錬に費やしていた。
平日も、休祝日も、変わらずだ。
学校は、休んでいる。
ただこれは炭彦達が休学しているとか、ましてずる休みしているとか、そういうことでは無い。
セッカの血鬼術の
――――しのぶを含めた数十人の生徒達は、今もまだ昏睡状態から目覚めていない。
◆ ◆ ◆
セッカの血鬼術は、対象者の体内に入り込み、脳神経を弄るというものだった。
その方法は、セッカ自身が形成する疑似神経の
そしてセッカが滅びた今、その神経は活動を停止してしまった。
「……申し訳ないけれど、これ以上は力になれないと思う」
産屋敷系列でもあるキメツ病院で、カナエはそう言った。
少しやつれていた様子だったのを、カナタは良く覚えている。
無理も無い。そう思う。
何故ならば、しのぶが眠ったまま目覚めなくなってしまったのだから。
死んだわけではない。だがこの場合、それは何の救いにもならなかった。
セッカの支配下にあった数十人の生徒達は、誰1人として無事では無かった。
脳の機能の一部が損なわれてしまったがために、意識が戻らなくなってしまったのだ。
一部には目覚めた者もいるが、
「役目を、放棄したいわけじゃないのよ。ただ……」
わかってる、と、カナタは答えた。
自分がカナエの立場でも、同じことを言っただろうと思う。
彼らは、似た者同士だから。
カナタも、そしてカナエも、けして世のため人のために竈門家、胡蝶家の
彼らはただ、弟妹のためだけに戦っていたのだから。
「ごめんなさい」
だから、謝らなくて良いとカナタは思った。
謝罪する必要なんて、どこにも無かった。
守るべき世界に、守ったその先に
意味の無い戦いに身を投じることが出来るほど、カナタもカナエも人間が出来てはいないのだ。
「貴方と、皆の。もちろん
無茶だけはしないでね、と、カナエは言った。
そんなことはわかっている、とカナタは思った。
そしてカナタがわかっていることを、カナエもまたわかっていて、あえてそう言ったのだ。
何故ならば、無茶を始めるのは、常に彼らでは無かったからだ。
無茶をするのはいつだって、弟妹の方だった。
だから彼らはいつだって、置いて行かれないように必死だった。
置いて行かれてしまえば、どうなってしまうか。
「――――うん」
そう、わかっていたのだ。
「わかっているよ」
いつかこうなってしまうのではないかと、わかっていたのだ。
◆ ◆ ◆
意識を現実に戻すと、瑠衣が炭彦と桃寿郎と何かを話していた。
炭彦達が日輪刀を振っているので、何かのアドバイスだとは思う。
何か
ああ見えて、意外と瑠衣はスパルタな方だった。
(そのあたりは、100年前の感覚、ってやつなのかな)
そんな頭の悪そうな感想を抱きながら、カナタはその様子を見つめていた。
カナタ自身は、瑠衣の訓練を受けていない。
実はカナタも訓練を受けてはいたが、残念ながら余り才能が無かった。
まあ、元々身体を動かすことはそこまで得意な方では無かった。
純粋な剣士としての才能なら、炭彦と桃寿郎の2人がずっと上だった。
ただ才能より、師との相性というのも大きかったのかもしれない。
と言うのも、炭彦も桃寿郎も、素直な性格だった。
素直で真っ直ぐで、受けた教えを愚直に守るところがあった。だから伸びる。
一方でカナタはと言えば、お世辞にもそういう性格では無かった。
(煉獄瑠衣。100年前から生きている鬼狩り。おそらくは世界唯一の
実際、セッカを倒したのは瑠衣だった。
セッカだけではなく、これまで出現した吸血鬼のほとんどすべてを瑠衣が討っていた。
つまり命を救われた回数は、一度や二度では無いということだった。
それは否定しようのない事実で――炭彦が瑠衣に抱いているらしい慕情は別としても――信用するのは、無理からぬことだった。
(でも、何故だろう。最初に見た時から、ずっと
つまるところ、カナタは
不信感。瑠衣を見ていて、カナタが感じるのはそれだった。
思えば、最初からカナタは瑠衣のことを疑っていたように思う。
それは裏切りとか手抜きとか、そういう意味ではない。
そういう意味で言えば、むしろカナタも瑠衣を
矛盾するようだが、実際カナタの瑠衣に対する評価はそうだった。
敵ではない。しかし、味方と考えて良いかはわからない。
どこまでも曖昧で、掴みどころがない。そんな存在が瑠衣だった。
「さて」
ぱんっ、と手を打って、瑠衣がその場にいる人間の注意を自分に向けた。
「それでは、最後の仕上げをしましょうか」
そう言って、瑠衣は微笑んだ。
そしてその微笑みに対して、やはりカナタは複雑な感想を抱いたのだった。
◆ ◆ ◆
最後の仕上げをすると言われて、炭彦は首を傾げた。
言葉の意味を問うように瑠衣を見つめると、いつもの優しい微笑みがそこにあった。
つい綺麗だなと思ったが、そうではないと首を振った。
「ええと、それって……?」
炭彦の困惑が伝わったのか、ふむ、と微笑んだまま瑠衣は頷いた。
「まず、炭彦君」
「はい!」
「はい、良い返事ですね。私は貴方に、有り体に言って、
「は、はい?」
世界最強の剣士。
今どき三流映画でさえそんな表現は使わないだろう。
しかし、当の瑠衣は至って大真面目な顔をしていた。
大真面目に、炭彦を世界最強にすると言っている。
「それから、桃寿郎君」
「はい!!」
「はい、輪をかけて元気なお返事ですね。大変結構です」
そして、桃寿郎だ。
彼を見る時、瑠衣は炭彦に向けるそれとは少し違う色を瞳に浮かべる。
何かを懐かしむような、桃寿郎を通して誰かを見ているような、そんな色だ。
だがそんな色も浮かんだのは一瞬で、すぐに別の色で覆い隠されてしまう。
「桃寿郎君。貴方には、
「おう! ……おう?」
さしもの桃寿郎も、意図を測りかねたのか、頭の上に
「ちょっと、何を言っているのかわからないんだけど?」
「別に比喩や禅問答をしているわけではありませんよ。言葉通りに受け取って貰えれば大丈夫です」
カナタが横槍を入れて来たが、瑠衣は気にした風も無かった。
要するに、と、瑠衣は指を立てた。
「炭彦君と桃寿郎君には、死ぬほど強くなって貰う、ということです」
死ぬほど、という部分をあえて強調して、瑠衣は言った。
意味はやはりまだ良くわからなかったが、瑠衣が本気だということは伝わって来た。
そう、本気だ。
本気で、瑠衣は自分達を強くしようとしている。
「2人とも、すでに基礎は出来ています。後は実戦形式で
それが、炭彦には。
「……ッ!」
とてつもなく、嬉しく思えた。
瑠衣が自分を強くしようと、強くなって欲しいと願っている。
期待してくれている。
それだけで、炭彦は自分の体内の血がぶわっと熱を持つのを感じた。
「ーーーーはいッ!」
だから彼は、それはもう完璧な腹式呼吸で返事をした。
「頑張りますッッ!!」
「うん、良いお返事です」
もう一度、ぱんっ、と瑠衣は手を打った。
そんな彼女の足元に、いつの間にそこにいたのか、茶々丸とコロが擦り寄るようにして立ち、炭彦を見上げていた。
◆ ◆ ◆
「はい、では先生のご紹介です。コロさんと茶々丸さんです」
「ばうっ」
「にゃう」
紹介された順番に返事をするあたり、人間の言葉が理解できているかのようだった。
ただ犬猫と言えど鬼というから、知能も普通ではない可能性はある。
実際、過去の戦いにおいても幾度か重要な場面で出張って来ている。
あるいは、だ。
今の瑠衣にとっては、最も重要な同類であったかもしれない。
「
指を立てて、瑠衣が言った。
「コロさんと茶々丸さんから、まず一本取れるようになってください。具体的には、捕まえてください」
「捕まえるって……」
「ふむ。まあ、実際にやって見た方が早いでしょうね」
瑠衣に促されて、炭彦はまず茶々丸の前に立った。
茶々丸は四肢を地面に着けたままの体制で、じっと炭彦を見上げていた。
そのまん丸とした目と見つめ合ったまま、炭彦はゆっくりと膝を落としていった。
(捕まえるって……)
こういうことだろうか、と、炭彦は茶々丸の脇に手を入れて持ち上げようとした。
その時だ。茶々丸が、
するとその瞬間、茶々丸の姿が消えた。
「えっ!?」
まるで周囲の風景に溶け込むように、色が消えるようにして、茶々丸の姿が透明になったのだ。
当然、伸ばした手が何かを掴むことは無かった。
空を切った。
いや、それ以前に行き場を失った両手を宙に彷徨わせて、炭彦はきょろきょろとあたりを見渡した。
すると再び、にゃあん、という鳴き声が聞こえた。
その鳴き声がした方へと目を向ければ、そこには消える前と同じ姿勢で佇む茶々丸の姿があった。
慌ててそちらを向き、手を伸ばす。結果は、先程と同じだった。
また鳴き声が響き、そして茶々丸の姿が消える。
「どうですか?」
顔を上げると、瑠衣がにっこりと微笑んでいた。
「茶々丸さんもコロさんも大変可愛らしい見た目なので、わかり辛いかもしれませんが。彼らもまた、
ただの犬猫では無い。
だからもちろんのこと、
「さあ、頑張ってくださいね。炭彦君、桃寿郎君。頑張って強くなりましょう」
だんだんと事態の深刻さを理解し始めた2人の少年を前に、手を合わせて、瑠衣は言った。
「大丈夫です。すぐには出来ないかもしれませんが、出来るまで頑張れば良いのですから」
冷や汗を掻き始めた炭彦達に対して、瑠衣はやはり笑顔だった。
「死ぬほど鍛えて、死ぬほど強くなりましょう」
自分はもしかして、不用意な同意を与えてしまったのだろうか。
冷や汗を掻きながら炭彦はそんなことを思ったが、しかし、時すでに遅しだった。
最後までお読みいただき有難うございます。
今回はちょっと足踏み会。
次回からまた話を進めていきたいと思います。
それでは、また次回。