瑠衣の姉、煉獄瑠花。
鬼の母から生まれ落ちた瑠衣の中に残った、僅かな鬼の因子。
それが彼女の正体であり、青い彼岸花を得た後は鬼舞辻無惨とは別系統の鬼の始祖として進化した。
1年前に、死んだ。
「死人は蘇りません。それがたとえ鬼であっても」
鬼は限りなく不老不死に近い存在だが、それでも死を克服することは出来なかった。
太陽を克服した鬼でさえ、死ぬのだ。
そして死んでしまえば、人も鬼も生き返ることは出来ない。
そして煉獄瑠花は、1年前の戦いで死んでいた。
だから、もういない。
「吸血鬼の首魁と聞いていましたが、随分とつまらないことをするのですね」
「おや、お気に召さなかったかな」
目の前の瑠花は
そして白く霞んだ霧のような物に覆われたかと思えば、まるでテレビの映像が切り替わるように、瑠花の――いや、吸血鬼の姿が変わった。
それは瑠花とは似ても似つかない、西洋人の少女の姿をしていた。
ふわりと広がる金糸の髪は床にまで届く程の長さで、髪が滑る肌は抜けるように白い。
目鼻立ちの整った顔は人形のように小さく、瞳は宝石を散りばめたように輝いている。
そして少女の瞳は、左右で色が異なっていた。
右の瞳は海のように蒼く、左の瞳は対照的に血のように紅かった。
「人間の好みなどわからぬ故、嗤って赦せ」
「笑えないと言ったつもりでしたが」
そして、羽根。
実際、少女は宙にふわふわと浮かんでいた。
彼女の髪の毛は床にまで届く長さだが、宙に浮かんでいるので、汚れひとつ無く艶やかだった。
神々しくもあり、魔そのもののようでもある。
「ククク、そうカリカリすることはないだろう」
視界を右から左へとゆっくりと漂いながら、吸血鬼の少女が嗤う。
瑠衣もまたゆっくりと身体を回し、常に正面に相手を捉えられるようにしていた。
利き足は、常に跳べるように力を込めている。
つまり、この時の瑠衣には油断も隙もありはしなかった。
「ふむ、滑らかだな。やはり東洋人は髪艶が良い」
するりと、瑠衣の黒髪に吸血鬼の指が入り込んで来た。
しかもその指は、
正面にいたはずの吸血鬼の姿は、いつの間にか消えていた。
まるで、霧のように――――。
◆ ◆ ◆
肌が、粟立つのを感じた。
背後から突如として溢れ出した鬼気に、息を呑んだ。
もちろん、表面上は表情も態度も変えていないが、しかし。
(
強力な鬼の気配を感じる。
ここまで強い鬼気を浴びたのは、姉である瑠花との対峙を除けば、それこそ100年ぶりだった。
上弦、いや、それ以上の力を感じる。
間違いなく、この少女がこの吸血鬼グループの親玉だ。
そして同時に、瑠衣の身体は動いていた。
鬼気を前に怯むような、そんなヤワな肉体ではない。
両手に日輪刀の小太刀を落とし、そのまま利き足を軸に回転する。
逆手に持った小太刀が、光の線を描きながら背後の少女の頚へと吸い込まれていった。
「おお、怖いな」
手応えは無かった。
瑠衣の攻撃は当たっておらず、霧か霞を相手にするかのように擦り抜けてしまった。
ここまで来れば、ほぼ確定だった。
この鬼の血鬼術は、霧を操る術だ。
(肉体そのものを霧化している? 範囲はどの程度か、肉体のどこまでを霧に変えられるのか……)
霧を操る、あるいは肉体を霧に変化させることが出来るとわかっていれば、動きようはある。
そう思って、瑠衣は身を低くして突撃の姿勢を見せた。
そしてそのまま、連続跳躍に入ろうとしたところで、吸血鬼が掌を瑠衣に向けて来た。
「待て、待て。せっかちな奴め。戦うつもりなら最初にそうしていたわ」
「これは失礼。何しろ、鬼は見つけ次第に頚を刎ねろと教えられて育ったもので」
「随分と物騒な教育方針だな……」
羽音を一つ鳴らして、吸血鬼は円卓の椅子に座った。
一際背の高いその椅子が、元々彼女のものなのだろう。
円卓に肘を置き、両手の甲に顎を乗せて、瑠衣を見やった。
「まあ、座って話そうじゃないか」
さて、この誘いに対してどう対応するべきか。
数瞬の間、瑠衣は思考した。
このまま戦闘を継続するにしても、情報が不足している。
あるいは相手の誘いに乗ること自体が、相手にとって何かの条件を満たす行為の可能性もある。
つまりこの椅子に座っても座らなくても、何らかのリスクは存在する。
「…………そう言えば」
瑠衣が数瞬の間の思考で出した結論は。
「まだ、貴女の名前も聞いていませんでしたね」
「む、そうだったか。それは
円卓の体面に座った瑠衣に対して、そう言って嗤ったのだった。
◆ ◆ ◆
「とは言え、な……」
「何です?」
「いや、今の私には、名乗るべき名前というものが無くてな」
本当に困ったような顔で、吸血鬼は言った。
名乗るべき名前がない。
それは別に、鬼であれば不思議なことでは無かった。
何故ならば多くの場合、鬼になった際に人間の頃の名前を失うからだ。
「配下の者は私をただ
しかしその瞬間、瑠衣は理解した。
この吸血鬼たちは、鬼舞辻無惨がいた時代に一度攻めて来たという。
その際は鬼舞辻無惨が築いていた強力な鬼のネットワークの前に、断念したのだろう。
つまりこの吸血鬼の棟梁は、鬼舞辻無惨と同程度には長く生きていると言うことになる。
それだけの長い時間を生きていて、名前が必要ないということがあるだろうか。
普通はあり得ない。だがもしも、あり得るとすれば。
それはきっと、名前を呼ばれる必要が無かったということ。
「だが、今はそれでは不便だな。では、そうだな。私のことは……」
どこか遠くを見るような目で、中空を見上げた後。
彼女は、呟くように言った。
「ラーフ、とでも呼んでくれ」
その名前にどんな意味があるのか、それを考えることには意味が無かった。
瑠衣にとっても意味はないし、吸血鬼にとってもきっと同じだろう。
だから瑠衣はただ頷いて、こう言った。
「それで、ラーフさん。わざわざ私を呼び出して何の御用でしょうか」
「うん? いや、何。私としてもお前に興味があったのだ。
とん、とラーフが指先で円卓の表面を叩いた。
散らばった水晶の破片を指したわけではないことは、視線でわかった。
その視線を受けて、瑠衣はほうと溜息を吐いた。
そして、円卓の上に二振りの小太刀を置いた。
「うん、
それを見て、ラーフは嗤った。
相変わらず要領を得ない。
まあ、鬼に対して要領や常識を求める方が間違っているのだろう。
その点は、国の違いは余り関係ないのかもしれない。
「賭けをしよう、
両手に顎先を乗せたまま、ラーフはそう言った。
「その提案をするために、お前を呼んだのだ」
そう言うラーフの顔に、瑠衣は
吸血鬼の
◆ ◆ ◆
煉獄家の、と言うより、鬼殺隊に共通する
「賭け、ですか」
鬼は人間ではない。考え方も感じ方も、優先するものも違う。
つまり、利害の一致はあり得ない。
だから鬼が何らかの取引を持ち掛けて来たとしても、まず信じてはならない。
仮に交渉や取引に応じるとすれば、
話をしている間に打開策を探るため。それ以上でもそれ以下でもない。
鬼とは交渉してはならない。
見鬼必滅。それが鬼狩りの常識だった。
「うむ」
だから、ラーフの提案にも瑠衣は応じる気は無かった。
それでも手を止めているのは、相手に隙が無かったからだ。
つまり定石に沿って、瑠衣は時間稼ぎとして会話を続けていたのだった。
「それだけでは何とも言えませんね。賭けの内容がわからないことには」
「何、内容自体は簡単なものだ。
とんとん、と指先で自分の手の甲を叩きながら、ラーフはそう言った。
何気ない仕草だが、同時に瑠衣の機先を制するものでもあった。
片眉だけを動かして先を促す。ラーフはまた指先を動かした。
「賭けるものは、
「……ほう」
自然、2人の間の空気が剣呑さを増していく。
とんとん、と、ラーフの指先だけが小刻みに動いていた。
「それで、肝心の賭けの内容は?」
戦闘の結果ではなく、賭けの勝ち負けに命を乗せると言う。
それ程の重み。賭けの内容も相応に重いと考えるのが自然だ。
そして、ラーフは言った。
「今、待合室にいる我が配下……名はファスというのだが」
「ああ、先程のメイドの方ですか」
「そう、それだ」
ラーフの指先が、ぴたりと止まった。
「アレと、お前が連れて来た人間の子ども。
初めて。
そこで初めて、瑠衣はラーフの顔をまともに見た。
端麗な顔に浮かぶ表情は変わらないが、その色違いの瞳の奥に別の光が見えた気がした。
「なるほど」
罠か、単なる戯れか、配下への信頼か、人間への侮りか。
そのいずれなのかはわからない。と言うより、考えても意味の無いことだ。
どちらにせよ、
「
だから、考えるべきは鬼の意図ではなく。
「乗りましょう。その賭けに」
その意図を、越えていくこと。
瑠衣は腕を組み、椅子に背を当てて、円卓の
「
そして瑠衣は、いつものように、己の命を秤の上に置いたのだった。
◆ ◆ ◆
突然、だった。
炭彦は、場の空気が変わったことを感じ取った。
余りにも急激な変化に、鳥肌が立った程だった。
そして同時に、その変化の大本が何かについても瞬時に感じ取っていた。
銀色のメイド、ファスだ。
それまで空気か何かのように存在感を消していた彼女が、急に別の動きを見せたのだ。
「――――承知いたしました」
そう呟いたのが、辛うじて聞こえた。
そしてファスは、炭彦達の方を向いた。
「それでは、ルールをご説明いたします」
「え……?」
ルール?、と首を傾げる炭彦に対して、ファスは言葉を続けた。
ただそれは、炭彦の疑問に答えるというよりは、淡々と必要事項を述べているといった風だった。
事実、ファスにとってはそうだったのだろう。言ってしまえば、業務連絡のような。
「貴方がたが私を倒せば、我が
「王って、もしかして」
「はい、
どうしてそうなったのか、という考えは、脇に置いた。
それは、瑠衣の訓練でも徹底して教えられたことだった。
考えていたら死ぬかもしれないという場面において、考え事をしていたら死ぬからだ。
考えるよりも先に動くことを、炭彦は瑠衣から教わっていた。
理解していなければならないことは、2つだけだった。
(攻撃してくる!)
1つは、ファスが完全に敵対行動を取っている、ということ。
そしてもう1つは、自分が負けたら瑠衣が死ぬ、ということ。
その2つだけがわかっていれば、十分だった。
「我が
ファスの全身から、凄まじい鬼気が溢れ出した。
それまでの
肌の上を、いや身体の中にまで響いてくる強烈な鬼の気配に、炭彦は生唾を呑み込んだ。
しかしそれでも、炭彦の手は日輪刀を掴んでいた。ほとんど無意識の動きだった。
そして滑らかな仕草で刀を抜き、両手で柄を握った。
その一連の動作には、無駄が一切なかった。
切っ先を、真っ直ぐ一点に向ける。
すなわち、ファスの喉元――頚に。
(――――来る!)
それで、炭彦の準備が整ったと判断したのだろう。
ファスが、銀色の閃光となって、一息に炭彦までの距離を詰めて来た。
◆ ◆ ◆
ファスの手に何かが光るのが見えて、炭彦は
そしてその直感が、炭彦の命を救った。
(――――ナイフ!)
両手が痺れる程の衝撃。
その元は、クルクルと視界の端を飛んでいた。
金属の刃物、ナイフというよりはメスと言った方が正しそうだ。
もちろんそれを投げたのはファスなのだが、不思議に思った。
このメスを取り出すような動作を、ファスは行わなかった。
その動作を
「
涼やかな呟きが、妙に響いて聞こえた。
そしてその声の直後、今度は2本のメスが飛んで来た。
身体の前で日輪刀を縦に振るい、その2本ともを弾く。
メスを弾くこと自体は、難しくは無かった。
焦らずに集中して、メスの動きに合わせて刀を動かせば良い。
しかし問題は、その度にファスとの距離が縮まっていることだ。
「二枚が四枚」
今度は4本、飛んで来た。
ファスとの距離もさらに縮まる。
それはプレッシャーとなって、炭彦の
「四枚が八枚」
――――8本!
流石に凌ぎ切れず、2本が身体に突き刺さった。
メスは薄く、刃渡りがさほど長いわけではない。
だから突き刺さったとしても、それ自体は致命傷にはならない。
まあ、もちろん刺さる場所にもよるのだが。
「いっ」
しかし、炭彦は歴戦の剣士では無い。
痛みに対する耐性は、かつての鬼殺隊士とは比べようもない。
呼吸による止血も痛みの緩和も、即座にとはいかない。
だからどうしても、動きに一瞬の硬直が出て来る。
「八枚が十六枚」
さらに追撃。しかもメスの数がさらに増えた。
これだけの数になってくると、流石にぞっとする。
しかも痛みに怯んで筋肉が硬直した直後だ。腕の動作が一手、遅れてしまう。
そしてここでの遅れは、そのままメスが突き刺さることを意味した。
「むうううんっ!」
しかし炭彦とファスの間を、豪風が駆け抜けた。
それは16本のメスの
「大丈夫か、炭彦!」
桃寿郎だった。
彼もまた日輪刀を抜いており、凄まじい勢いで長距離を跳んで来たのだ。
その豪剣は、渦巻く炎を幻視する程だった。
◆ ◆ ◆
現在、日輪刀はこの世に5本と存在していない。
それは原材料が調達できず、技術の継承も困難であり、増産が不可能だったからだ。
そして、日輪刀を
竈門炭彦と、煉獄桃寿郎の2人だ。
――――炎の呼吸・壱ノ型『不知火』!
直線上に、跳ぶ。そして勢いのまま、刀を振るう。
動作としてはそれだけだ。そして動作だけであれば、これまでの桃寿郎にも出来た。
しかし今は、どうだ。
彼の跳躍する身体に、あるいはその手に持つ日輪刀に、
「むうっ!? うおぉ……っとお!」
桃寿郎の剣は、しかしファスの足を止めることは出来なかった。
ファスは駆ける勢いのまま膝を折り、フィギュアスケーターのように身を反らしたのだ。
結果として桃寿郎の刃は空を切り、『不知火』の勢いを殺せないままに距離が開いてしまった。
自身の跳躍の勢いが桃寿郎の想定を超えていて、文字通り
「むう、すまん炭彦!」
「大丈夫、任せて!」
大きな声に、負けないくらいに大きな声の返事が返ってきた。
「……!」
体勢を立て直そうとしたファスの顔に、影が差した。
その際に幻視したのは、炎――よりもなお、激しい
それは、鬼の天敵とでも言うべき禍々しさを、どこかに感じるものだった。
ジュ、と刃が掠めた指先から、肌が焼ける音がした。
ナイフが豆腐かケーキかのように溶け切れて、軌道を逸らすために指先で触れざるを得なかった。
もしも肉を裂かれていたら、溶け切られていたのはナイフではなく、自分の片腕だっただろう。
鋭さも勢いも脅威とは思わなかった。だが、威力は桃寿郎のそれと比べても凶悪だった。
「太陽熱……」
灼けて溶けた指先を見て、そう呟いた。
強力な技だ。しかし、ファスは同時に少しばかり違和感も覚えていた。
というのも。
「大丈夫か炭彦!」
「い、いたたた……」
炭彦は、ファスの頭上から縦回転するように斬りかかって来た。
そこまでは良いが、その後炭彦はファスの頭上を通り過ぎて、かなり遠くに着地していた。
最初はファスの反撃を警戒してかと思ったが、着地の勢いが強すぎて、床にしたたかに両膝を打ち付けていた。
それが余りにも隙だらけだったので、咄嗟に動けない程だった。
「うーん」
一方の炭彦はと言えば、困惑の表情を浮かべていた。
言葉にすれば、おかしいなあ、という風に。
◆ ◆ ◆
どうもおかしい。違和感を拭えない。
戦いながら、炭彦と桃寿郎はそう思っていた。
そしてそれはファスにとっても同様なようで、2人が違和感を持って戦っていることにさらに違和感を覚えていた。
「まただ……!」
思い描いている場所で、狙った行動が出来ない。
一言で説明しようとすれば、そういうことになる。
「むう……!」
駆け出す。速すぎる。
刀を振るう。
もちろん、その度に大きな隙が出来る。
2人で戦っているから、何とかカバーできているようなものだ。
もしもこれが一対一の戦いであったのならば、決着はすでについているだろう。
だがそれも、いつまでもは持たない。
「ああ、もう」
そしてそれを最も理解していたのは、少し離れた位置にいるカナタだった。
護衛のつもりなのか何なのか、その腕にはコロを抱えている。
ちなみに頭には茶々丸が乗っているので、場にそぐわないファンシーさを醸し出していた。
「おい、もしかしてわざとやってる!?」
2人の感じている違和感について、カナタは正確に見抜いていた。
端から見ているから、と言うよりは、炭彦と桃寿郎が
「な――――」
そしてその2人に何か言おうとした、そのタイミングだった。
戦いが始まって以来、初めてファスがカナタへと視線を向けた。
あ、これはマズいなと、すぐに察した。
尤も、察したところでカナタ自身には戦う力は無いわけで。
「――――八枚が十六枚!」
次の瞬間には、ナイフの群れが視界一杯に広がっていた。
放たれたナイフの数は16本。もちろんカナタに対処できる数では無い。
頼みの綱のコロと茶々丸と言えば、何故か微動だにしなかった。
命の危険を、肌に感じた。
「カナタ!」
しかし結果だけを言えば、カナタは無事だった。
ファスの両脇を一息に跳び超えて、炭彦と桃寿郎が文字通り跳んで来たためだ。
そして今度は、
カナタの目前まで迫ったナイフの群れを、一度の斬撃で打ち払ってしまった。
「そ」
バラバラと砕けて床に落ちていくナイフを横目に、カナタは言った。
「そういうところだぞ!」
「え、どういうこと!?」
こうして、足りない――あるいは、過ぎたものは埋まったのだった。
◆ ◆ ◆
つまるところ、
いや、それも少し違うだろうか、と瑠衣は思った。
あれは単純に、自分の実力がわからずに困惑しているだけだ。
(あれも修行の成果と言うべきなのでしょうか)
ラーフの霧は本当に多様な用途に使えるらしく、テレビのように遠方を映し出すことも出来るようだった。
まあ、あるいはこの船の中だけの話なのかもしれないが。
いずれにせよ、円卓中央にたゆたう霧の膜に、炭彦達の様子が映し出されている。
そして、先程までの炭彦と桃寿郎の
あれは本当にシンプルな話で、2人が修行前の感覚のまま戦っていたから起こったことだ。
要するに、彼らが思う以上に彼らが成長していた、ということだ。
瑠衣としては喜ばしいことだが、もう少し
「なかなか」
手指を組んだ体勢で、霧の膜の向こう側からラーフが声をかけて来る。
瑠衣はと言えば、腕を組み、椅子に背を預ける形でその声を受けた。
日輪刀は相変わらず、円卓の上だ。
つまり物理的には、刀からより距離を取った姿勢とも言える。
「面白い子らよな」
「ええ、自慢の子ども達ですよ」
結婚したことも母親になったことも無いし、師を気取るつもりもない。
ただ、言ったことに偽りは無かった。
炭彦も桃寿郎も、そしてカナタも。どこに出しても恥ずかしくない程に成長してくれた。
もちろん、自分のような大正の世の剣士像とは違うことも事実だろう。
あの時代の殺伐とした剣気は、炭彦達には無い。
けれど、それで良いとも思う。
現代には現代の剣士像というものがあるのだから。
「強いですよ」
ああ、もしかしたならば。
「現代の鬼殺隊は」
かつての柱達も、今の時分と同じような心境だったのだろうか。
共に戦う年若い隊士達に、同じような気持ちを抱いていたのだろうか。
あるいは。
かつての自分も、そういう風に見られていたのだろうか。
「なるほど、確かに。そのようだ」
そんな瑠衣の自信が、あるいは思いがどこまで漏れているのかはわからないが、ラーフは瑠衣の言葉を否定はしなかった。
ただ、自信という意味では、彼女もまた瑠衣と同じだった。
「だが、それは
互いに命を賭けると確約した。
その信頼は、場合によっては自分自身への信頼よりも上だ。
「あれがただ物を出すだけの大道芸人だと思うか?」
そう言って嗤うラーフの顔に、瑠衣は目を細めた。
「その言葉、そのままお返ししますよ」
眉を動かすラーフに対して、瑠衣は言った。
「あの子たちが、ただの子どもだとは思わないことです」
あと数分か、十数分か。
この対峙は、もう
◆ ◆ ◆
「闇雲に戦うな。良く考えて戦うんだ。
カナタにそう言われて、確かにそうだと思った。
同時にコロも「ばうっ」と鳴いた。
そうだそうだと言っているようで、少しおかしかった。
良く視て、良く考えて。コロや茶々丸との鍛錬で何度も言われたことだ。
だから、炭彦は改めて相手のことを観察することにした。
――――透き通る世界。
(すごい)
改めて、そう思った。
炭彦の眼には、相対するファスの肉体構造がはっきりと見えている。
女性らしい
炭彦は知らないが、肉体の構造的には甘露寺蜜璃に近い。
そして、突然出現するナイフの正体。すなわち血鬼術の正体も、わかる。
透き通る世界の中で、ファスの体内を高速で何かが
まるでホースの中を通る水のように、何かが蠢いている。
(あれがこの人の本体?)
そしてその水が、指先に集まる時がある。
それがナイフの正体でもあるようで、血液中から生み出されているように見えた。
血液中の鉄分を凝固している、のかもしれない。
いずれにしても、この事実からわかることが1つ。
「炭彦!」
「うん、わかってる。この人には」
それがファスの指先に達すると、彼女の手にはナイフが出現している。
「この人には、
再生するとか、そういうレベルの話ではない。
言ってしまえば鎧、いや、衣服と言った方がもはや正確かもしれない。
ファスの体内にいる
だからファスの肉体に表面上の損傷をいくら与えても、大きな意味がないのだ。
「どうする!?」
「――――頑張ろう!」
別に、根性論で言ったわけではない。
頑張ろうと言うのは、
そしてもちろん、瑠衣も根性論を言うような性格ではない。
その意図するところは、
「二人で、頑張ろう!」
「おう!」
そして、1人で何でもしろと言うことでも無い。
だからこそ、瑠衣は炭彦と桃寿郎の2人に全集中の呼吸を教えたのだから。
「いや、体力バカだけじゃ無理でしょ」
そんな2人に呆れたようにそう言うのは、カナタだった。
彼もまた、ある意味で瑠衣に選び取られた1人だ。
いや、そもそも彼は瑠衣との出会いよりも先に、竈門家長男の運命を背負っていた。
だから、今もここにいる。弟の側にいるのだった。
「うん!」
そして弟もまた、本能か、家族ゆえの共感か、あるいはそれ以外か。
彼自身にもわからない感覚でもって、カナタが自分のことを想ってくれていることを理解していた。
口は悪いけれども。
――――悪いけれども!
「三人で、頑張ろう!」
1人では無理かもしれない。
だが3人なら、それぞれが肉体の強さと頭脳を分担すれば、どうだろうか。
そしてそれこそが。
鬼という個の強さに対抗するべく、集団の絆で結ばれた、鬼殺隊の精神に繋がるものでもあった。
そう。あるいは今日こそが、
100年前に存在し、現在では僅かな
――――鬼殺隊が、復活したのだった。
最後までお読みいただき有難うございます。
5月後半は風邪をこじらせてしまい、更新が出来ませんでした。
申し訳ございません。
大人になると快復が遅くなって嫌ですね…(え)
この先も寒暖差が激しいそうなので、皆様もどうかお体に気をつけください。
それでは、また次回。