――――砕けていく。
砕けた命が、砂のように流出していくのをファスは感じていた。
炭彦の攻撃から辛くも繋ぎ止めていた生命力が、失われていく。
(何ということだ)
自分はまだ、
他の仲間達が全滅した今、自分が死ねばラーフを祖とする血族はいなくなるというのに。
嗚呼。だが忌々しいことに、もはやこの命を保つことは出来ないようだ。
呼吸が止まる。心臓が止まる。細胞が壊れる。肉体が崩壊していく。
「ファス」
申し訳ございません。と、もはや音にならない言葉を紡ぐ。
それは相手に届いたのかどうかさえ、もはやファスにはわからない。
彼女に肉体はすでに、脳から発されるいかなる電気信号にさえも反応しなくなっていた。
足先から、細かな砂のようになって崩れていく。
船内にも関わらず、風に攫われたかのように砂がどこかへと消えていく。
不思議と、口惜しさは強くは無かった。後悔も未練も、余り胸中に残っていない。
これが死ぬということなのだろうか。
これまで死から余りにも遠すぎて、死ぬのだという感覚が薄かった。
「
だが、ラーフから落ちて来た言葉は、ファスの胸に沁み込んで来た。
死の意識ではなく、終わりを強く意識した。
自分自身の道のりがここで終わるのだと、そう告げられたような気がした。
(嗚呼……)
長い旅だったと、そう思う。
海を漂うだけの
ラーフの最初の使徒として生を受けて、実に長い間、主人の後ろを歩いて来た。
だがその歩みも、ここまでなのだと、そう告げられたような気がした。
「…………」
髪の先まで、ファスは砂となって消えた。
肉体の形そのままの砂山が崩れて、一部が舞い上がった。
どこかへと吹き消えていくその砂の一部を、ラーフが掌で包むように掴み取った。
だが命の失われた砂は、ラーフの掌の中に残ることなく零れ落ちて行ってしまった。
「苦労をかけたな」
それだけを呟いて、ラーフは目を閉じた。
幼い面は、静かな色に染まっていた。
哀しみか。あるいは怒りか。そのいずれでも無いのか、傍目にはわからなかった。
ただ1点、確実に言えることがあるとすれば。
ラーフを父祖とする鬼の系統は、とうとうラーフ独りを残すだけとなったのだった。
◆ ◆ ◆
ファスの消滅後、ラーフは
瑠衣達の位置から、彼女の顔色を窺い知ることは出来ない。
ただその背中は、急に小さくなったような気がした。
(……哀しい匂いがする)
その背中を見ていて、炭彦は何故かそんなことを思った。
相手は人間に害をなす怪物だ。だから討伐を躊躇することは無い。
しかし、
想像してみる。
もしも自分が人間とは別の生き物に生まれていて、同胞がほんの数人しかいなかったとしたら。
そしてその同胞が、自分を残して全員が死んでしまったとしたら。
カナタや桃寿郎、カナエやしのぶ、そして瑠衣が、いなくなってしまって。
自分独りだけが、生き残ってしまったとしたら。
(それはきっと、凄く寂しいことだ)
そして、そこから先は想像が出来なかった。
もしもそんな状況に置かれてしまった時に、自分がどう行動するかわからなかった。
だから、ラーフの反応もわからなかった。
まさに
「さて」
一方で、そんな炭彦とは対照的に、瑠衣はラーフの背中に言葉を向けた。
「
賭け。それは瑠衣とラーフの間で成立した約定だ。
互いの配下の生き死にを盤上に乗せて、配下の死を自分の死とした賭け。
持ちかけたのはラーフ自身である。
これが鬼舞辻無惨であれば、そんな約定はあっさりと反故にしただろう。
いや、そもそも鬼舞辻無惨は配下に自分の命を預けるような神経はしていなかったか。
「
しかし意外なことに、ラーフはそうでは無かった。
「
不意に、場を覆っていた気配が散った。
肌を刺すような濃厚な鬼気が、霧散して消えていくのを感じた。
心なしか、照明まで薄暗くなっていっているような気がする。
足元から感じる船の稼働音も、少しずつ引いていっていた。
「お前の勝ちだ。
こちらを振り向くと、覇気の消えた両の瞳が瑠衣達を捉えた。
それに対して、瑠衣は僅かに眉を動かした。
ただ、何かの言葉をかけることは無かった。
「
そう言って、ラーフは指先で自分の髪を梳くような仕草をした。
その直後、ガクン、と船全体が揺れた。
◆ ◆ ◆
瑠衣にとって誤算だったのは、ラーフの血鬼術の正体をやや
瑠衣は、ラーフの血鬼術は「自分自身を霧に変える異能」だと考えていた。
霧を固めて人の形を取ったり、錐状に変えたり、船舶に化けることも出来る。
極めて汎用性が高く、
――――が、血鬼術にも
個人もとい個鬼で操れる総量は決まっている。
たとえ上弦の鬼であっても無限に撃てるわけではないし、無限の射程を持つわけでも無い。
いかなる鬼であったとしても、それを越える規模で血鬼術を出すことは出来ない。
「今、この船を形作っていた
では、ラーフはどうやって船舶という自分自身の質量を遥かに超える規模の物を操っているのか。
船舶と同化している?
なるほど、それならば不可能ではない。
しかしラーフは実在する船舶と、無機物と同化しているわけでは無い。
「……魂の、結び目?」
では、どうやって?
ここで一つ、鬼の力についての基本原則に立ち返る必要がある。
鬼の力は、つまり血鬼術も含めて、その大小は
「我が血鬼術が操るは、
ラーフの血鬼術、その正体は。
喰った人間の魂を、霧状に変化させて使役するという物である。
すなわち、目の前に見えるラーフの
そのすべては、元を正せば
「まあ、他に名付けようがないのでそう呼んでいるが。実際のところ、本当に
何百何千、いや何万もの人間を喰い、魂を囚えて使役する。
無数の魂を囚えるその強度は、まさに鋼鉄の如く強靭だ。
囚われた魂たちは、決して自力では脱出することは出来ない。
魂たちの中には、それこそ数百年間も囚われていた者もいるだろう。
「だが、それも今日この時までよ」
「……まさか」
さしもの瑠衣も、ラーフの言葉に戦慄を覚えた。
そして、足元の床へと目を落とす。
あれほど固かった床石が、今は体重で数センチ沈む程に柔らかくなっていた。
「この、船は……!」
「その通り」
この船もまた、ラーフが喰った無数の人間たちの魂を
そして今、ラーフは船を形作っている魂の結合を解いてしまった。
すなわちこの船は今、崩壊し始めているのだった――――。
◆ ◆ ◆
この緊急事態において、瑠衣は即断した。
「炭彦君、走れますか」
「え? あ、はい!」
「それは重畳。ではカナタ君を背負って下さい」
カナタは全集中の呼吸を会得していない。
だからそのままでは瑠衣達の動きについて来られない。
本人は嫌がるだろうが、炭彦に
一方の瑠衣は、桃寿郎を担ぐことにした。
奇妙な運命さえ感じる。いや、因果と言うべきだろうか。
そして桃寿郎を担いだ上で。
「でも、瑠衣さん。足の怪我は大丈夫なんですか!?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ふう、と、瑠衣にしては珍しく、大きく息を吐いた。
意識して呼吸を使い、体内の大小の血管を
それで出血の大半は無理やりに止められるが、一方で駆けるだけの血液量は必要だ。
つまり瑠衣は、呼吸による血液の微妙なコントロールを、一呼吸の間で行ったのだった。
「流石だな」
吸血鬼である――ある意味で、血液のエキスパートと言えるだろう――ラーフには、瑠衣の様子を見て取って、感嘆の声を上げていた。
思わず口をついて出てしまった、という風だった。
相変わらず、戦闘で負ったダメージがあるようには見えない。
賭けが成立したとは言え、瑠衣は警戒を解いたわけでは無かった。
それとこれとは話が別とばかりに、ラーフが瑠衣達を襲う可能性もまだあったからだ。
しかしラーフの様子を見る限り、戦闘の意思はないようだった。
「行くが良い。魂の結び目を解いた以上、この船はあと10分と保たぬ」
余りにも潔い姿勢に、瑠衣は胸中に微かな驚きを感じていた。
ラーフはやはり、瑠衣が知る鬼とはどこか違っていた。
基準が鬼舞辻無惨であるせいか、余計にそう思った。
「存外、楽しかったぞ。煉獄瑠衣と
「…………」
ファスの消滅した床を俯き加減に見下ろしながら、ラーフはそう言った。
楽しかった、と。どの程度、本気でそう思っているのかはわからない。
だが瑠衣が背を向けても、ラーフがその背を追い討つような真似をしなかったのは確かだった。
だから瑠衣は、炭彦達を引き連れてそのまま駆け出して行った。
「…………か」
後ろで、ラーフが何事かを呟いていた。
だがその声は小さく、瑠衣の耳には届かなかった。
◆ ◆ ◆
崩れていく船内を駆けながら、炭彦は自分の呼吸が乱れているのを感じていた。
呼吸の乱れは鬼狩りの剣士にとって致命的だが、無理からぬことだった。
瑠衣との鍛錬で常中を身に着けたとは言え、それは平時の状態だ。
ラーフの船に乗ってすでに数時間が経過している。
これほどの長い時間、しかも鬼舞辻無惨級の濃厚な鬼気の中で緊張状態を続けた経験は、まだ炭彦は少なかった。
だから呼吸に多少の乱れが出てしまったとしても、無理はない。
むしろ新人と考えるのであれば、彼は十分以上に良くやっていると言えた。
それだけで、かつて存在した鬼狩りのほとんどを置き去りにする程の才能だった。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
カナタを背負って、瑠衣の背を追って走る。
今の炭彦が考えているのは、それだけだった。
正直なところ消耗が激しく、それ以外のことに考えを巡らせる余裕が無かった。
もっとも余裕があったところで、それ以外のことが出来たかどうか疑わしくはあるのだが。
「はぁ……はぁっ」
道中に、妨害は無かった。
強いて言えば船体が脆くなっていて、足を取られそうになったことだろうか。
ラーフは魂と言っていたが、なるほど、蛍の光のような物が無数に視界を舞っていた。
それら1つ1つから、微かに異なる匂いを感じる。
人間の魂と言われれば、納得してしまいそうだった。
「――――外に出ますよ!」
瑠衣の声に、炭彦は顔を上げた。
あれだけの負傷と出血にも関わらず、瑠衣の呼吸には全く乱れが無い。
改めて差を感じるが、今は落ち込んでいる場合でも無かった。
蹴破るようにして、瑠衣が外へと通じるを扉を開け放った。
潮の香りが一気に強まり、炭彦の鼻をついた。
その香りの中に跳び込むように、瑠衣に続いて、炭彦も外へと出た。
すると、そこに広がっていたのは、炭彦の想像を超えるものだった。
「これは……」
カナタも絶句している。
しかし、考えてみれば当然のことだったのかもしれない。
何しろ港を出航してから、数時間が経過しているのだ。
この船の速度がどの程度かはわからないが、いずれにせよ相当の距離を進んだはずだ。
「陸地が、見えない……」
外に出た瑠衣達の目の前に広がっていたのは、果ての無い水平線。
大海原の真ん中に、彼女達はいたのだった。
◆ ◆ ◆
外に出たは良いものの、何か考えがあるわけでは無かった。
ただ船体自体が崩壊している以上、中にはいては生存確率がなくなる。
だからとりあえず、外に出て来た。
(出て来たは良いものの、さてここからどうしたものか)
船はすっかり沖合に出てしまっている。
陸地まで遠泳するにしても――呼吸を極めれば出来なくはない――方向がわからなければならない。
いや、それ以前に桃寿郎やカナタに遠泳を強いるのは不可能だろう。
方角は――空を見上げて、星を探した。
「…………」
方角がわかったとしても、移動手段が無い。
これが普通の船舶であれば、
だがこの船は、何もかもが鬼の血鬼術で構成されている。
使える物など、少しもありはしない。
「やれやれ……」
その時だった。嘆息と共に、カナタが炭彦のズボンのポケットをごそごそとまさぐり始めた。
「うわっ、あはっ、ちょっ、くすぐったいよカナタ!」
「五月蠅い。変な声を出すな」
カナタが取り出したのは、カード状の小さな板のような物だった。
隅の方にカバーがついており、そこが赤く点滅を繰り返している。
「それは?」
「GPS」
「じ、じー……?」
「アンタ本当に現代技術には疎いな……」
GPS。要は位置情報を発信する機器である。
動きの邪魔にならない程度のサイズにする必要があったので、それ以外の機能は無い。
念のためにと、産屋敷が持たせていた物だ。
実際に役に立つかどうかは、正直なところわからない。
「あっ!」
と、今度は炭彦が声を上げた。
「あそこ!」
「……島、ですね」
暗い水平線に目を凝らすと、ぽつんと点が浮かんでいるのが見えた。
少し距離があるが、島か、あるいは岩場のように見えた。
大きなものではないが、少なくとも足をつける場所はあるようだった。
沈没する船よりは、まだマシだろう。
「とは言え、やはり距離がありますね」
全員を抱えて泳げるか、と、瑠衣は一瞬考えた。
陸地を走るのであれば、万全の状態であれば、まず問題は無い。
だが水中となると、流石の瑠衣でも厳しい。
負傷もさることながら、足腰の強さも水中では半減する。
「あれ……?」
そして、
「船が、動いてませんか?」
ぐん、と、足元が引っ張られるような感覚があった。
いつの間にか、船の舳先が炭彦が見つけた島の方向を向いていた。
◆ ◆ ◆
当たり前だが、瑠衣達が船を動かしたわけではない。
そもそも血鬼術で動くこの船には、普通の船が持っている動力機関などついていないだろう。
動かせる者は、たった1人しかいない。
「…………」
呼びかけられたわけではない。ただ、思ったままに顔を上げた。
見上げた先、ブリッジの屋根にあたる部分に、ラーフの姿があった。
いつの間に移動したのか。いや、そもそも移動していないのかもしれない。
本体で無いのであれば、肉体を別の場所で再構成することも容易だろう。
「瑠衣さん?」
「炭彦君。ある程度まで島に近付いたら、海に跳び込んでください。船に巻き込まれないように注意してくださいね」
床に膝を着けて、茶々丸とコロの頭に触れた。
2匹は、ただ瑠衣を見上げていた。
「すみませんが、桃寿郎君をお願いします。カナタ君は」
「……馬鹿にしないで貰えるかな。少しくらい泳げる」
「そうですか。ですが無理は……いえ、それなら重畳です」
その後のことは、産屋敷のGPSを信じるしかないだろう。
さもなければ、絶海の孤島でサバイバル生活だ。
まあ、それはそれで構わないが、いずれにせよ
「瑠衣さんは?」
「私は……」
立ち上がり、見上げる。ラーフは変わらずに同じ場所に立っていた。
こちらを見下ろしてくるその目から、何かを読み取ることは難しい。
見送りのつもりなのか、あるいは他の何かなのか。
「私は少し、野暮用を片付けてきます」
野暮用か。なるほど、これは野暮用としか表現しようがなかった。
頭の冷静な部分では、このまま炭彦達と共に脱出に努めるべきだ、という声がある。
大海原に炭彦達だけを放り出すというのも、気がかりには違いない。
そもそも、この後に脱出できるタイミングがあるとも限らない。
今が脱出の最後のチャンスかもしれない。そういう思いもある。しかし。
「どうやらあちらは、まだ私に用があるようですので」
「大丈夫。後から必ず追いかけます」
不安そうな顔をする子ども達に、そう言って微笑みかける。
「だから先に行って、助けを呼んでいてください。海には危険も多いので、1人も欠けないように」
もはやこの世に必要とされない、古いものだけの。
◆ ◆ ◆
「――――意外だな」
心の底からそう思っているのか、ラーフの声には呆れの色さえ浮かんでいた。
とん、と、ブリッジの屋根に降り立って、瑠衣はラーフの前に立った。
その両手には日輪刀の小太刀――ファスを貫いた一振りは茶々丸とコロが回収してくれていた――を持っており、切っ先はラーフを向いていた。
そして、意外、と来た。
正直なところを言えば、瑠衣も自分自身の反応に対して同じことを思っていた。
消滅しつつあるこの船に残ると言うのは、どう考えても危険だ。
いかに瑠衣とは言え、海の真ん中に投げ出されれば無事では済まない。
「そんな目で見て来て、意外も何も無いでしょう」
当たり前だが、それほど言葉を交わしたわけではない。
だから瑠衣は、ラーフの背景など知らないし、どういう思いで日本に来たのかも知らない。
はっきり言って、興味も無かった。
自分や炭治郎や炭彦のように、鬼の立場に思いを巡らせるような考え方は持ち合わせていない。
ただ、ラーフの目を見て、こうも感じたのだ。
まるで、捨てられた子どものようだ、と。
それはどこか、かつての自分を思わせるようで。
捨て置くことが出来ない程に、かつての自分に似ているような、そんな気がしたのだった。
だからこうして、危険だとわかっていて足を向けてしまったのかもしれない。
「それに、未だにわからないこともありましたから」
「ほう、何だ?」
「結局のところ……」
ラーフの目を、何もかもに置いて行かれたような目を見つめて、瑠衣は言った。
「結局のところ、貴女は何をしにこの国に来たのですか?」
最初は、素直に侵略なのだと思った。
鬼舞辻無惨がいなくなって、日本を
その後、青い彼岸花を食した煉獄瑠衣――煉獄瑠花が君臨し、空白を埋めた。
そして瑠花もいなくなり、この国は鬼にとって本当の意味で
だからラーフ達はやって来たのだと、そう思い込んでいた。いたのだが。
「その割に、
どこかに拠点を作って居座るわけでもなく、
それどころか、新しい鬼を増やすでもなく、眷属化した人形や奴隷さえ増やすこともなく。
配下の鬼の行動を統制するわけでもなく。
「貴女の目的は、いったい何ですか?」
実のところ、ラーフという鬼は、日本に来てから何もしていないのだった。
◆ ◆ ◆
何を目的に
そんな瑠衣の問いに対して、ラーフの答えは非常に短かった。
「さあ、何だったかな」
表情は変わらない。
元々人形じみた美貌の少女だが、表情が動かないとなると、ますます人形めいて見えた。
それに対して、瑠衣の応答も短かった。
「そうですか」
元々興味など無かったくせに、と、ラーフは内心で笑った。
この人間は、鬼の事情など欠片も気にすることは無い。
それは最初に一目見た時からわかっていたことだ。
あの炭彦とか言う、不思議な雰囲気の少年とは真逆の性格をしている。
いや、性格というのも違うだろうか。
性質、というべきか。
しかしそれも、煉獄瑠衣という少女を表現するに足る言葉では無い気がする。
まあ、今さらどうでも良いことだが。
「…………随分と、血を流したようだな」
朱に塗れた瑠衣の姿を見やって、ラーフは言った。
実際、瑠衣の状態は万全とは程遠い。
これまでのラーフとの戦闘で全身に裂傷、刺突痕が無数にあり、傷口からの出血量も多い。
今は呼吸で出血を無理やりに止めている状態だ。
だが塞ぐ血管が多くなればなる程に、体内を行き渡る血と酸素の量は減る。
それは呼吸遣いにとっては、まさに致命的であるはずだった。
だが瑠衣はそんなことはおくびにも出さず、まるで今がベストコンディションであるかのようにラーフの前に立っている。
豊富な戦闘経験値ゆえの
「常人であれば、
「…………」
それには答えず、瑠衣は日輪刀を構えた。
もはや問答は無用だと、態度で伝えて来ていた。
もっとも、そもそも問答する意味も無いのだ。
ラーフは鬼で、瑠衣は鬼狩りなのだから。
「さて、せっかくなので教えておいてやるが」
「結構です。わかっていますから」
「
「流石だな」
こうなると、本当に言葉は不要だった。
後はただ、殺し合う他にすることが無い。
もっともそれですら、沈みゆく船の中では、いつまでも出来ることでは無い。
ほんの僅かの時間。
それは瑠衣の100年、あるいはラーフの数百年にとっても、一瞬に過ぎないが。
「では、
最も、濃密なものになったのだった。
最後までお読みいただき有難うございます。
今年中に終われたらいいなと思っていましたが、このペースだともう少しかかりそうです。
やはり月一投稿では長編は厳しいですね…。
すっかり遅筆になりましたが、もうしばしお付き合いいただければ幸いです。
それでは、また次回。