――――鬼。
鬼という存在は、千年前から日本に存在していた。
ただしそれは、
そもそも鬼舞辻無惨を始祖とする
彼らが表に出て来たのは、鬼殺隊を壊滅させた後――それも鬼舞辻無惨の滅亡もあって現代までにほぼ痕跡も消えている――の僅かな期間だけだ。
つまり一般の人々の口伝に残る「鬼」とは、まったく別の存在ということになる。
「――――海辺に鬼が出るという噂を聞きつけてやって来てみれば」
その二人――もとい、
まだ始まりの剣士達もおらず、太陽以外に脅威らしい脅威も無い。そんな時代だ。
「何のことは無い。ただの小娘ではないか。まあ……」
一方は、狩衣姿の若い男だ。
肌がやや青白く見える点を除けば、上背もあってどこか威圧感さえ感じる。
月明かりに輝く瞳と言い、妖しげな雰囲気を纏った男だった。
一目見ただけで、只人ではないとわかる。
男の名は、鬼舞辻無惨と言った。
「……
砂浜に立つ無惨の目の前、ちょうど波打つ水際に、少女が1人立っている。
西洋人形のようなその造形は、日本人の物とはかけ離れている。
何よりも背中の黒い一対の翼が、少女の人間性を否定している。
吸血鬼の少女は、海という境界の向こう側から無惨のことを見つめていた。
「初めて、か。すなわち変化だ」
経験の変化。状況の変化。認識の変化。
すなわち、生命の変化。
今と変わってしまうこと。
「変化とは多くの場合、劣化だ。それは私にとって、
少女は、無惨の言葉をただ黙って聞いている。
「つまりお前は、私が唾棄すべきとまで断言する
言っている意味がわかるか、と、無惨は少女に問うた。
少女は、やはり黙って無惨を見つめていた。
そこまで行って、無惨のこめかみが痙攣した。
怒気。それを隠そうともせずに表に出した。
だがすぐに思い直して、漏れ出した怒気を引っ込めた。
無惨の怒気を感じ取ったのか、少女が纏う空気が揺れたからだ。
だが無惨は、その素直とさえ言える反応そのものに興味を持ったようだった。
「まさか……いや……そういうことか」
よくよく考えてみれば、自然と行きつく考えだ。
少女は無惨を無視したわけではなく、ただ。
「……
少女は、静かに無惨を見つめ続けていた――――。
◆ ◆ ◆
「――――来ました! カナタ君のGPS信号です!」
それまで沈黙が続いていた部屋に、スタッフの興奮を孕んだ声が響き渡った。
何も映っていない画面をひたすらに見続ける時間が続いていたため、つい気分が昂ってしまったのだろう。
真っ黒な画面上にぽつりと赤い点が生まれ、点滅を繰り返している。
それを見て、産屋敷は頷いた。
表面上には出していないが、彼もまた瑠衣達の様子がわからないことに焦りを覚え始めていたのだ。
余りにも変化が無いので、朝になっても状況が変わらなければ――と、考えていたところだった。
だからカナタからのGPS信号が届いた時、産屋敷は心の底から安堵したのだった。
「信号は動いているかい?」
「はい、少しずつ……いえ! 止まりました!」
「場所は……」
後は、
「
そして産屋敷は、即座に決断した。
というよりも、彼は最初から決断していた。
時が来たならば、
そして時を見極めるという点において、産屋敷家ほど優れた血筋は存在しない。
だからこそ、他の鬼狩りの家系が衰退する中でも、産屋敷家だけは辛うじて現代まで命脈を保っていられたのだ。
「座標を送り次第、射出するように指令を出しなさい」
「よ、よろしいのですか? まだ確実にこの地点にいるとは……」
「良いんだ。ただ、機会は一度しかない。わかるね」
「は、はい! 承知いたしました!」
そう、チャンスは一度だけだ。
何しろ産屋敷が今からやろうとしていることは、物理的にはもちろん、
とは言え、躊躇っている場合ではない。だから産屋敷は躊躇しなかった。
決断し、そして祈るだけだ。もはやそれしか出来ることは無い。
(…………ご先祖様も、こんな気持ちだったのだろうか)
類稀な先見の明を持つ産屋敷一族だが、彼ら自身には戦う力は無かった。
だから彼らは先祖代々、鬼狩りの剣士達を戦場に送る一方で、自らは厳重に隠された屋敷の奥に座していたという。
それは――それは、どれ程、辛いことだっただろう。
(だがそれも、現場の剣士達の苦しみに比べれば、取るに足らないことのはずだ)
産屋敷は祈った。
自分の決断が上手くいくことを。
そして、子ども達が無事に戻って来てくれることを。
◆ ◆ ◆
思いのほかすぐに足が地面についた。
遠目に見ていた時には、夜ということもあって気が付かなかったが、思っていたよりも浅瀬の島だったようだ。
あの船が
「ハアッ、ハアッ……ぜ、全員いるか!?」
とは言え、かなりの長距離を泳いだことには違いがない。
しかもプールではない。海だ。
波もあれば海流もある。常人であれば、全員もれなく溺れていただろう。
「フ――ッ、フ――ッ、フ――――ッ……」
彼らが溺れずに済んだのは、ひとえに炭彦と、彼らを補助したコロと茶々丸の力だった。
たださしもの全集中の呼吸と言えども、人間2人を抱えて大海原を泳ぐのは骨だった。
そのせいで、当の炭彦は蒼白い顔で息を荒げている。
いかなる時も呼吸を乱さないことが肝の全集中の呼吸・常中だが、それも解けてしまっていた。
(……ッ。何て冷たさだ……)
炭彦の肩に触れたカナタが、さっと顔色を変える程、炭彦の身体は冷え切っていた。
全集中の呼吸は体温を上げる効果もあるはずなのに、これは異常だった。
当然、気を失っている桃寿郎に至っては、もっと深刻な状態だった。
このままでは低体温症に陥り、下手をすれば生命に関わる。
「待ってろ、何か燃やせる物とか……暖を取れる物を探して来る!」
無人島。絶海の孤島だ。人工物はほとんど望めないだろう。
だが2人がこのまま日の出まで保つとは思えない。
無理でも何でも、探すしか無かった。
「フ――ッ、フ――ッ……」
そして炭彦は、呼吸をしていた。
呼吸をしろ、どんな時でも。
それが瑠衣の教えであり、今や炭彦の骨の髄まで刻み込まれた物だった。
たとえ気を失っていたとしても、炭彦の身体は呼吸をしようとする。
だから、ファスとの戦いの後でも立ち上がることが出来た。
『私達が呼吸を止める時は、死ぬ時だけです』
瑠衣は、そう言っていた。
呼吸遣いは、死なない限り全集中の呼吸を止めることは無いのだ、と。
裏を返せば、こういう意味になる。
『
無意識にでも生きようとするように、瑠衣は炭彦達を徹底的に鍛えてくれた。
そのことには、素直に感謝している。
だけど、こうも思うのだ。
それは常に、炭彦が抱えている不安でもある。
(瑠衣さん)
瑠衣本人は、どう思っているのだろうか、と。
◆ ◆ ◆
戦いは、
だがそれは、考えてみれば当然のことではあった。
何故ならば瑠衣も、そしてラーフも、戦い方を変えなかったからだ。
すなわち、それまでと同じ、足場の取り合いである。
(たとえ足場を錐に変えられると言っても、それは私の着地点を見てからでないといけないはず)
自らを貫かんと足元から伸びて来る錐をかわしながら、瑠衣はそう思考していた。
傷ついた片足を庇っているのが、この場合は良い結果をもたらしていた。
そのせいでラーフは、瑠衣の着地のリズムを僅かに掴み損ねていたからだ。
おかげでワンテンポ遅い、あるいは早い攻撃を、瑠衣はギリギリで回避できている。
とは言え、状況の全てが瑠衣に味方しているかというと、必ずしもそういうわけではなかった。
(もっとも、その足場が非常に頼りないのですが……!)
まず足場そのものの狭さだ。
今は船の外に出ており、ブリッジの天板近辺という極めて狭い空間でラーフと相対している。
せめて甲板の方に移動できればと思うが、その素振りを見せると、何故かラーフは追って来ないのだった。
だから瑠衣としては、この場に留まって戦うしかない。
そしてもう1つは、足場がいつまで保つかわからない、ということだった。
この船は今、沈みつつある。すでに船体が少しずつ傾き始めている程だ。
浸水ペースがいかほどかはこの場からはわからない。
だから具体的にあと何分で沈む、という目算は立てられない。
だが、そう長い時間では無いことだけは明白だった。
(つまり、狙うは変わらず短期決着! なのですが……!)
元より、無限の体力を持つ鬼と長期戦を戦うのは愚策だ。
いずれにしても、短期戦で挑むしか他に手はない。
しかし、である。
事がそう簡単に進むのであれば、誰も苦労はしない。
「…………ッ」
ほんの僅か、船体が傾いて足元を滑らせただけで、霧の錐が危険な位置を掠めて来る。
それだけで数歩を退がり、体勢を立て直さなければならない。
短期決着を狙うと言っても、不用意なことをすれば返り討ちに合いかねない。
「まあ、それも含めて。
狙うのはいつだって、鬼の頚ひとつ。
シンプルなことだ。
だから瑠衣は他のことは考えずに、ただ跳んだのだった。
◆ ◆ ◆
正直なところ、自分でもどうして出て来たのかはわからない。
後を追い討つつもりがあったわけでも、まして見送るつもりがあったわけでも無い。
ただふらりと、外に出て来てしまったのだ。
「本当に――――」
――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。
嵐のような突進が来て、瑠衣が
それはラーフの肉体を細切れにしようとしてくるが、彼女はそれを体内の血液操作・硬化で受け止め、皮膚一枚の損傷で防いでしまった。
同時に、船体の霧を操作した攻撃も同時に繰り出している。
錐状に伸びた無数の攻撃を、しかし瑠衣は全て回避して見せていた。
何と錐の先端さえも
そして体勢を整えるや、再びの突撃を敢行してくるのである。
「本当に、大したやつだ――――」
瑠衣の攻撃の全てを捌きながら、ラーフは改めて感嘆の念を禁じ得なかった。
これほどの動きをする人間を、これほどの完成された肉体の人間を、他に見たことが無い。
まさに、超人的だ。人間業とは思えない。
今宵、いったい何度同じ感嘆を覚えたことだろうか。
(クク、
かつてこの国の鬼種の始祖だった男、鬼舞辻無惨も。
(いや、あの男はそういう人種、もとい鬼種の男では無かったか)
不思議な男だった。
永遠不滅の力を手にしながら、自己保存以外の何も求めようとしなかった。
死にたくないというただ1点に、己の全能力を向けていた。
そのためだけに千年をかける。死を回避する以外に、何もしようとはしなかった。
ラーフや他の鬼種からすれば、摩訶不思議という他ない男だった。
(とはいえ、それだけに――あの男を殺せる者がいるとも思えなかったのだが)
まあ、滅びる時は実にあっけないものだ。実際、自分も滅びようとしている。
この時代に鬼種が立て続けに――鬼の視点からすれば100年前後のずれは誤差だ――滅びようとしている。
まさに、歴史に残る大事件だ。それも、それを成したのは共に日本の鬼狩り。
日本の、煉獄瑠衣――――。
「まあ、そうは言っても」
「――――ッ!」
つい、と人差し指と中指を重ねて立てる。
一瞬、動作の意味を図りかねて、瑠衣は眉を寄せた。
その指先の向こう側で、ラーフが嗤っていた。
「大人しく滅びてやるつもりは無いが、な」
次の瞬間。
◆ ◆ ◆
(――――爆破! 自分ごと! 広範囲に!)
足場の全て――ブリッジごと――の爆発に巻き込まれて、瑠衣はブリッジ下の甲板まで落下した。
辛うじて受け身は取ったものの、両足の膝あたりまでに甚大なダメージを負ってしまった。
「ぐ……ッ!」
膝から下は、衣服が焼かれて完全に露出していた。
肌はまだ貼り付いているものの、明らかに異常な色。真っ赤に爛れてしまっている。
破れた組織から血が流れているが、出血量自体は少なかった。
全く動けないわけではないが、いよいよ跳べなくなって来た。
いくら呼吸で緩和できると言っても、負傷そのものを消せるわけでは無い。
それでも倒れたままでいるわけにはいかなかった。
目前に、ラーフが降りて来たからだ。
「忘れたか? この船体は我が力そのものだと」
ラーフの血鬼術によって、霧の形状は何にでも変えられる。
何も錐にしか変えられないわけでは無い。
ただこれまでは、
「……ッ!?」
ラーフが指を上げるのが見えて、瑠衣は動こうとした。
だが瑠衣が動くよりも先に、視界の下で床が爆発した。
咄嗟に目と両腕は庇ったが、身体の前面を焼かれる感覚に呻き声を上げた。
「ガ、ハ……ッ」
だがこれは、いったい
灼熱感と激痛の最中、瑠衣は思考を巡らせる。
この血鬼術を打ち破るすべを、道を、見つけなければならない。
(爆発には、何か
血鬼術と言えども、何かしらの予備動作や準備が必要なはずだ。
これだけの威力の爆発。必ず何かあるはずだ。
「何度も言ったぞ。この船体そのものが我のものだと」
「……!」
ラーフの言葉に、瑠衣はハッとした。
船体そのものがラーフ。
そして船体を構成しているのは、魂の結び目。
ラーフ達が殺して来た人間の、魂の塊。
ならば、ならば
「まさか……!」
「そうだ」
指を上げる。足元が爆発し、身を焼かれる。
確かに、準備はあった。
最初から準備されていたのだ。
何故ならば、この爆発の火種は。
「火種は、
再び、爆発の光が瑠衣の視界を焼いた。
◆ ◆ ◆
魂とは、形の無いものだ。
形の無いものに形を与えて、しかもそれを自在に操る。
それがラーフの血鬼術。その真髄。最も恐るべき異能。
「先程も言ったが、もはやこの船体を維持する意味はない」
さしもの強固な船体も、爆破を続ければ航行に影響が出る。
だからこれまでは、船体に直接ダメージを与えるような攻撃は避けていた。
だが今は違う。
もはや船体がどうなろうと、ラーフが気にすることは無い。
だから爆破に躊躇は無い。
躊躇が無い分、瑠衣の身を容赦なく焼いてくる。
火傷の負傷は、刺突や裂傷とはまた別の形で瑠衣の体力を奪っていく。
「それ、材料の魂はまだまだいくらでもあるぞ」
「…………ッ!」
――――風の呼吸・肆ノ型『
風の斬撃を四方に放ち、壁にしようとする。
だが爆風と炎の全てを防ぎ切れずに、瑠衣は呻いた。
しかも爆破は立て続けに起こる。いかな瑠衣と言えども剣速で上回り続けることは難しい。
そして、さらに問題が1つあった。
全集中の呼吸の弱点は喉と肺だ。呼吸が出来なければ効果を得ることは出来ない。
そういう意味において、炎熱というのは全集中の呼吸にとって天敵の1つと言えた。
高温の空気を吸えば気管が焼かれ、呼吸に支障が出て来る。
(これは、不味い……!)
四方を常に爆破され、高温の炎熱で肺を焼かれる。
しかも初撃で脚を焼かれてしまっている。
――――ならば。
「流石だな」
ならば、と瑠衣が選んだのは、正面だった。
すなわち正面のラーフに向かって、
爆風と炎熱を自ら起こす風の刃で押し退けながら、横でも後ろでも無く正面攻撃に出た。
それは、おそらくこの状況では最も合理的な判断だっただろう。
「逃げたところでこの船すべてが我の射程圏だ。逃げられるものではない」
その気になれば、ラーフは船ごと自爆させることさえ出来るだろう。
今それをしないのは、そんな方法で勝利することにラーフが意味を見出していないからだ。
「さあ、どうした」
爆破の中で藻掻く瑠衣に対して、ラーフは言った。
「見せてみるが良い。
斃せるはずのないものを打倒する。
およそ人間に倒せると思えなかった、鬼舞辻無惨を倒した力。
それがいったい、どれ程の物なのか。
今のラーフの興味は、そこにしか無かった。
◆ ◆ ◆
――――人間の力を見せてみろ、か。
ラーフのその言葉に、瑠衣は自然と唇の端を歪めていた。
全身すでにボロボロで、笑っている余裕などこれっぽっちも無い。
そうだというのに、つい笑みを堪え切れなかったのだ。
何故ならその言葉は、この世で最も
「……? なぜ笑う?」
ラーフにも見えていたのか、素直に問いかけて来た。
ふう、と、瑠衣は息を吐いた。
その時すでに、彼女の姿は乗船時とはかけ離れたものになっている。
着物は破れて垂れ下がり、露出した手足は血に塗れ、失血のせいか顔色は蒼白い。
しかし、両の瞳だけは猛々しい光を放っていた。
全身から放たれる闘志だけは、ただひたすらに正面の敵を向いていた。
刀の切っ先は地面を向いているものの、もしラーフが目の前にいれば、その頚を叩き落としているだろう。
「何故も何も。ただ……」
ただ、可笑しかったから笑っただけだった。
闘志。
そう呼ぶには、
「相変わらず、正面突破が好きな奴だな……!」
だが、この場合は自殺行為にもなる。
いかに勝機が正面にしか無いとは言え、真正面からとは。
当然、瑠衣が踏み込んだまさにその場所を爆破する。
瑠衣の動きにはフェイントも何も無かった。だからその爆破は正確無比に行われた。
「ん……!?」
立ち昇った爆風の中から、勢いを全く衰えさせずに、瑠衣がそのまま跳び出して来た。
外したわけでは無い。直撃している。
実際、瑠衣の負傷はより深くなっている。
これには、さしものラーフも驚きを隠せなかった。
「どういう……?」
2発目。爆発が再び瑠衣の両足を焼いた。
しかし、瑠衣の脚はその速度をまったく落とすことが無かった。
3発目。爆破の炎熱が露出した瑠衣の手足を焼いた。
しかし、瑠衣の眼は正面を見据えたまま動くことが無かった。
「避けて……いない!?」
爆発を回避しているわけではない。防御しているわけでもない。
しかし、瑠衣は駆け続けている。
「貴様、
瑠衣の
彼女は、
◆ ◆ ◆
ラーフは言った。
この船そのものが、自らの力そのものなのだ、と。
すなわちこの船そのものが、血鬼術そのもの。
瑠衣はそう考え、実行したのだった。
そしてそれは奏功する。
透き通る世界に入った瑠衣の視界には、ラーフの血鬼術の力の流れがはっきりと視て取れたのだ。
「貴女が言ったことですよ。
火種は魂。それは良い。
だがどの火種を爆発させるかは、あくまでもラーフが決定している。
細い細い、糸のようなそれを、瑠衣は視た。
「爆発がどこから来るかわかっていれば、後は
ラーフが火を点けた導火線の先を視て、どの火種が爆発するのかを見極める。
どこから爆発が来るのかがわかれば、身体のどの部位を守るべきなのかもわかる。
そして、
守るべき部位以外にダメージを負うことを、覚悟する。
あらかじめ覚悟しておけば、ダメージに怯むことは無い。
「貴様という奴は、本当に……!」
――――風の呼吸・伍ノ型『
跳躍からの斬り下ろし。
瑠衣はそれによって一気に距離を詰めた。
ラーフの傍を行き過ぎ、着地した後、横に回転しながら斬りかかる。
「本当に、愉快な奴だ!」
ビッ、と、遅れてラーフの頚の皮が一枚斬れる。
文字通り互いの手が届く距離で、瑠衣とラーフはその場で足を止めて、互いを斬り合った。
瑠衣の切っ先は常に頚に向けられており、ラーフの爪がそれを迎撃する展開だった。
右から頚を狙う。ラーフの左爪がこれを弾く。火花が一瞬、互いの顔を照らした。
弾かれる勢いを利用して横に回転し、逆側から再度頚を狙う。これをラーフは右爪で再び弾く。
ラーフの周囲を旋回するように跳び続け、ひたすらに頚を狙い続けた。
「「――――――――ッ!」」
互角だ。とは言え、鬼であるラーフは自身の負傷を気にする必要が無い。
だからラーフは躊躇なく導火線に火を点けた。
瑠衣もまた透き通る世界の眼でそれを見抜き、一気に距離を取った。
2人の間で、一際大きな爆発が起こり、熱を孕んだ風が互いの髪を揺らした。
そんな中にあって、2人の視線だけは切れることが無かった。
◆ ◆ ◆
この時点で、瑠衣とラーフの戦況はほぼ互角と言えた。
瑠衣は「肉を切らせて骨を断つ」とでも言うべき戦術でラーフに肉薄し、ラーフは船体そのものを武器として瑠衣の攻撃を跳ねのけ続けていた。
これは船内での戦いから続く傾向でもあり、これまでの戦いは、状況がひたすらに膠着し続けるということも出来た。
だが、今は船内の戦いの時とは明確に違う点がある。
それは、ラーフが
すなわち、頚を落とせば殺せる、ということだ。
だからこそ、瑠衣も自分の負傷を省みずに攻撃をし続けることが出来る。
(とは言え、厳しいことには変わりがありませんね)
人間の肉体には、物理的な限界がある。
いかに透き通る世界でダメージを最小限に抑えているとは言え、爆破を喰らい続ければ、いずれは動けなくなる。
だからその前に、ラーフの頚を斬らなければならない。
「とすると、仕方ありませんね」
当たり前のことだが、全集中の呼吸は痛みを消すことは出来ない。
麻酔では無いからだ。
脳内のアドレナリンの分泌である程度ごませているところはあるが、それにも限界はある。
特に出血に関しては、
すでにこれまでの戦いで、瑠衣の出血量は戦闘行動が取れなくなるギリギリの線に達している。
大きな血管の損傷は呼吸でコントロールしているとはいえ、それにも限界がある。
そしてこれまでの経験上、あとどの程度で限界になるのか、という点について瑠衣は理解していた。
同時に、その時はそう遠くない瞬間に訪れるだろうことも理解していた。
「勝負、です……!」
とんとん、と、瑠衣は数秒の間、その場で小さな跳躍を繰り返した。
それが次の攻撃の予備動作だと言うことは、すでにラーフに知られている。
「むう、来るか!」
実際、それを見て取ったラーフは、瑠衣の足元を爆破するべく指先を向けていた。
だがこれまで何度もやって来た通り、瑠衣は透き通る世界で導火線の点火を見抜くことが出来る。
だから今回も、ダメージを最小限に留めるように動くはず。
ラーフはそう考えた。しかし。
「流石に、痛いですねえ……ッ!」
瑠衣は確かに透き通る世界でラーフの攻撃を視た。
どこから攻撃が来るか視てとった彼女は、今度はダメージを最小化するためではなく、
ルートの最短化。すなわち、どこを駆ければラーフの頚に届くのかを、瑠衣は視たのである。
「カフッ……」
当然、ダメージは大きくなる。
彼女が駆けた後には血の水溜まりが出来ていた。
呼吸による止血が限界に達しつつあることの証明だった。
だがその代わりに、瑠衣はラーフの意表を突くことに成功した。
「――――ラーフッ!!」
「――――ッ!?」
――――風の呼吸・捌ノ型『
駆け抜け様、瑠衣は満身の力を込めて日輪刀を振るった。
虚を突かれた形になったラーフの反応は遅れ、日輪刀が頚に触れ、金属音にも似た甲高い音が響いた。
一瞬、
「はああああああああッ!!」
日輪刀の切っ先が、鋼の如き硬度を誇る鬼の頚にめり込み、そして。
――――その頚を、宙に舞わせたのだった。
最後までお読みいただき有難うございます。
今年も大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
それでは、良いお年をー!