鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第111話:「蛇」

 ――――()()()()()

 直感的に、瑠衣はそう感じた。

 掌から伝わって来る日輪刀の感触に、違和感を覚えたからである。

 それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(私の日輪刀が届く前に、()()()()()()……!)

 

 鋼の表皮に食い込んだその刹那、ラーフは自らの頚周りを霧化した。

 要は自分で頚を切り離したのであって、当然ノーダメージだ。

 実際、宙を舞っているラーフの頚は、瑠衣を見下ろして嗤っていた。

 

 この時点で、瑠衣は即座に決断した。

 というより、決断しなければ次の瞬間に爆破が来る。

 斬った勢いのままに身体を回転させ、そのまま続けて斬撃を打ち込もうとした。

 だがここで、瑠衣の攻撃に対してラーフが苛烈な反撃(カウンター)を加えた。

 

(切り捨てた肉体を……!)

 

 ――――風の呼吸・肆ノ型『昇上(しょうじょう)砂塵嵐(さじんらん)』。

 文字通り指呼(しこ)の距離にあったラーフの身体が、爆発した。

 咄嗟に風の斬撃による壁で防ごうとしたものの、人間大サイズの爆発の威力は今までの比では無かった。

 

「正面突破を好む、一方で」

 

 ごろごろと床を転がりながら、ラーフは話し続けた。

 

「お前は、常に慎重だった」

 

 メキメキと音を立てて、頚の断面から肉が盛り上がり始める。

 それはほんの数十秒ほどで元の肉体と同じ程度にまでなり、さらに十数秒で元通りになった。

 月光の下、火傷一つない白い肌が照らし出される。

 すぐに霧がその身を覆い、次の刹那には元通りの衣服に変化していた。

 見た目だけを考えるのであれば、ラーフは最初の状態に戻ったと言える。

 

「だから懐に入って来るのを、待っていた」

 

 だが、瑠衣の側はそうはいかない。

 風の斬撃の盾で最大限に防御したとは言っても、威力も距離も違う。

 流石の瑠衣も床に投げ出されて、ゴロゴロと転がる羽目になった。

 

「く……!」

 

 床に肘をつき、瑠衣はすぐに立ち上がろうとした。

 今こうして目の前にある床もまたラーフの血鬼術の一部なのだ。

 この瞬間にも、爆発するかもしれないのだ。

 だから瑠衣は、すぐに態勢を立て直さなければ、と自分の身体を叱咤した。

 だが。

 

「あ……?」

 

 だが、脚は動かなかった。

 焼けた左脚には力は無く、ガクガクと震えていた。

 動けない。その言葉が脳裏に浮かんだ次の瞬間。

 衝撃が、瑠衣を襲った。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――――何だ!?」

 

 カナタの声に、全員の視線がそちらを向いた。

 遠目に見えるラーフの船が、炎上していた。

 それまでも小さな爆発のような物――こちらは、ラーフの攻撃によるものだ――は見えていたが、今度は違った。

 

「い、今のは……」

 

 今度の爆発炎上は、船で起こった物とは違う。

 カナタは見ていた。

 ()()は、どこかから飛来して来た。

 

「見間違いじゃなければ……」

 

 それは、()()()()()()()

 どこかから飛来したミサイルが、ラーフの船に着弾したのだ。

 それが爆発し、船を炎上させているのである。

 

 ミサイルの着弾を受けても、ラーフの船は沈まない。

 鬼の船だから通常よりも頑丈なのかもしれない。

 だがそれ以前にカナタ達が気にかけたのは、当然、船にいる者のことだった。

 

「瑠衣さんは大丈夫!?」

「わ、わからない。ここからじゃ何も見えない」

 

 炭彦達がいる小島からは、船の様子を窺い知ることは出来ない。

 だから瑠衣のことも無事を祈ることしか出来ない。

 普段の瑠衣であれば、ミサイルぐらいで死にそうにないとも思う。

 だが今は、吸血鬼の親玉との戦闘中だ。

 さしもの瑠衣も、無事では無いかもしれない。

 

「僕、船に戻って」

「おい待て。今から行っても何も出来ないだろ!」

 

 今にも駆け出そうとする炭彦を、カナタが肩を掴んで止めた。

 実際、今から船に向かっても、到底間に合わないだろう。

 

(ただ、今のはいったい)

 

 とは言え、状況がわからないのはカナタも同じだった。

 今のミサイルは、いったいどこから来たのか。

 まさか偶然どこかの軍艦がいたわけでもあるまい。

 仮にそんな軍艦がいたとしても、いきなりミサイルを撃ってくるわけもない。

 

「……もしかして」

 

 1つだけ、思い当たる節があった。

 もちろん、確証はない。

 けれどもし、カナタの考えが当たっているのだとすれば。

 余りにも、大胆に過ぎる。

 

「も、目標に着弾したようです……!」

「……うん。後は……」

 

 港の管制室でそう呟いたのは、産屋敷だった。

 ミサイルを手配したのは彼だった。そして今、それを使った。

 使()()()()()。そう直感したからだ。

 産屋敷家は、そうして1000年を繋いできた。

 だからここぞという時、彼は躊躇しない。

 

「――――後は、彼女に託すしかない」

 

 躊躇せずに選択し、そして。

 信じた相手に、賭ける。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 助かった、が半分。

 残りの半分は、嘘でしょ、というのが正直なところだった。

 何しろ、どこからかミサイルが飛んできて、爆発するなど予想だにし得ない。

 

「あ、あの鬼畜……帰ったら覚えていないなさい……」

 

 床をゴロゴロと転がり、止まったあたりで、瑠衣は毒吐いた。

 うっかり忘れていたが、産屋敷家はそういう家だった。

 目的に対して手段を選ばない。

 100年前の無惨との決戦の時も、産屋敷家は一切の容赦をしなかった。

 

 何しろ、自分達の身体や生命でさえ、目的(無惨討伐)のためならテーブルの上に乗せてしまうのだ。

 普通の人間であれば、そこまでは出来ない。

 そして産屋敷は、自分に対してだけでなく、鬼殺隊に対しても同じことをした。

 無惨を殺す。その一点において、産屋敷は一切ブレることが無かった。

 

「さて……」

 

 ()()()片脚を見やって、瑠衣は目を細めた。

 透き通る世界で自分の身体を()()、そして判断する。

 判断したら、躊躇しない。

 膝の裏、その少し上のあたりに、拳を叩き込んだ。

 

「ん……」

 

 どくん、と、血が流れる感触に、息を吐いた。

 それから立ち上がり、とんとん、と試すようにその場で小さく跳んだ。

 回復の呼吸。

 ミサイルに吹っ飛ばされたのには参ったが、回復の間を与えてくれたことには感謝していた。

 とは言え、それは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「人間というのは、実に面白いものを作る」

 

 不意に風が吹いて、ミサイルによって生じた火災を一息に掻き消してしまった。

 水蒸気にも似た白煙が消えた先には、ラーフがいた。

 当然ながら、彼女が負っていたダメージは綺麗に消えてしまっている。

 回復という意味では、むしろラーフの方が有利とさえ言えた。

 

(……どういう意図があったのですか、()()()

 

 先も言った。産屋敷家は()()()()()()()()()()()()()()

 すなわち、ただ意味もなくミサイルを撃ってきたりはしない。

 それで無惨級の相手を殺せると考える程、産屋敷家は甘くないのだ。

 どんな手段を使ってでも、必ず殺す。殺すまで手を打ち続ける。

 それが、産屋敷家という一族なのだ。

 

(今の攻撃に、いったいどのような意味が)

 

 煙が晴れて、甲板に突き立ったミサイルの残骸を見つめる。

 ラーフの向こう側に存在するそれを、見つめ続けた。

 そして、瑠衣は視た。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 この時、実はラーフも焦り始めていた。

 ただこの焦りは、追い詰められているというより、遊びの終わりを告げられた子どものそれだった。

 

煉獄瑠衣(アイツ)との戦いで、遊び過ぎたな)

 

 この船体は、ラーフの血鬼術そのもの。

 つまり、使()()()使()()()()()()()()ということだ。

 そしてここまでの戦いで、ラーフは散々船体を構成する魂を火種に攻撃し続けて来た。

 そのペースは驚く程に早く、ラーフの想定以上だった。

 

 だが、それは無理もないことだった。

 何しろラーフがここまで追いつめられて、本拠地を削って攻撃しなければならない事態は今回が初めてだったからだ。

 だから加減がわからず、また初めての経験に高揚してしまい、使い過ぎてしまったのだ。

 

(そこへ、今のミサイルだ)

 

 装甲が薄くなったところに、外部からの衝撃。

 船が沈まないように注意深く使う箇所を選んでいただけに、ダメージは深刻だった。

 船体のどこか致命的な部分が壊れたせいか、内部への浸水が一気に加速していた。

 すなわち、ラーフが考えていたよりも、残された時間が少ない、ということだった。

 

「どこの誰の差し金か知らないが、余計なことをしてくれる」

 

 おかげで、遊べる時間が大幅に減ってしまった。

 もはやこの船は、いつ沈んでもおかしくない。

 今こうしている間にも()()折れて、海の藻屑(もくず)となってしまいかねない。

 だから、()()()だった。

 

「船ごと自爆することも出来るが、無粋だな」

 

 ラーフがその気になれば、船体を構成する魂すべてを爆破させてしまうことも出来る。

 だがラーフにその気は無かった。

 そんな形での勝利――という名の共倒れ――に、何の価値も無かったからだ。

 と、そんなことを考えていると。

 

「む、回復したか。流石だな。だが、外面だけだな。無理もない」

 

 瑠衣が回復し、立ち上がって来た。

 それにラーフは喜んだが、同時に彼女は瑠衣の衰えを見抜いてもいた。

 人間の限界。いかに瑠衣が類まれな実力を持っていても、そこを踏み越えることは出来ない。

 まあ、現時点で十分に化物と言って差し支えない状態ではあるのだが。

 

 不意に、瑠衣が跳んだ。

 それ自体は今までの攻撃モーションと同じだが、今度は違った。

 瑠衣はふわりと、風に舞う花弁のように、ラーフの頭上をも飛び越えていった。

 ラーフはそれを、ただただ目で追っていた。

 

「……美しいな。お前は」

 

 ラーフの形の良い、しかし血の気をまるで感じない唇から、そんな声が漏れた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 未だ熱で燻る周囲の空気を切り裂くように、瑠衣はミサイルの残骸の側に降り立った。

 船体に突き刺さっているそれは、爆発の後も形を辛うじて保っていた。

 ラーフがすぐに鎮火させたことが、損傷を最小限にしたのかもしれない。

 

「ええと……」

 

 当然のことだが、瑠衣はミサイルの構造に詳しくはない。

 というより、現代機械の構造自体に理解が無い。

 何しろ一般的なスマートフォンでさえ、まともに扱うことが出来ない。

 アプリ? 何ですかそれ美味しいモノですか状態である。

 

 ただ瑠衣の()からそのミサイルを見た時に、気付くことはあった。

 それは兵器というよりも、「容器」のように視えたのだ。

 だからラーフの頭上を跳び越えるという危険を犯してまで――何故か攻撃してこなかったが――こうして、側にやって来たのである。

 

「…………」

 

 そして、そこにはこう書かれていた。

 

『ここを押してください』

 

 これと異口同音な単語が、現代日本語だけでなく古語や挙句(あげく)の果てに海外の言語でも、これでもかという程に書かれていた。

 何ならカラフルな丸印や矢印までいくつも書き込まれている。

 あれだろうか、衝撃や火で消えてしまっても良いように念入りに書いていただのろうか。

 なるほど、それならばここまで目立つように書くことも理解できる。

 

「……って、流石に馬鹿にしすぎじゃないですか!?」

 

 ガンッ、と、瑠衣にしては珍しく、荒々しい動作でミサイルの一部を蹴りつけた。

 そこはスイッチのようになっていて、瑠衣が蹴ると軽い音を立てて押し込まれた。

 一瞬、内部機構が動く金属の軋みがあった。

 

「…………」

 

 船体の強度はわからなかったはずだ。

 それでも、()()がスプリングが弾ける音と共に飛び出して来た時、ちょうど瑠衣の手の高さに柄が来るように調整されていた。

 まるで、この場の状況を全て見通していたかのような、そんな采配。

 

「……相変わらずですね、()()()

 

 ――――買い被りだよ。瑠衣。

 そんな声が、どこかから聞こえたような気がした。

 不思議と、100年前とは違う感情が浮かんで来た。

 だが、今はそれはこの場には関係ない。

 

 この場において重要なのは、ミサイル――()()――の中から出て来た物だ。

 黒い鞘に、黒い柄。

 ()()()()()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 今この場に()()()()()()()()()日輪刀が存在することには、理由があった。

 それは、かつての瑠衣の仲間達の日輪刀の鉄を溶かして、鍛え直した物だった。

 かつて太陽の鉄と呼ばれた鉱石はもはや採掘できないので、方法はそれしかない。

 稀少な鉄。それも古い鉄を再生させるような、稀少な製造法。

 

 現代においてなお、それは容易(たやす)いことでは無い。

 だが産屋敷家の関係()()の中に、その技術を今に残している企業がある。

 その企業は今、包丁メーカーとして現存している。

 創設者の1人の名前は、()()()()()()

 

「どうした。手に取らぬのか?」

 

 もちろん、瑠衣にそこまでの情報は無い。

 そこまでの事情を知る(よし)もない。

 知っていたとしても、何かを思ったかもわからない。

 それはもう、彼女にとって遠い過去の()()で。

 今さら何を思ったところで、何かが変わる類のものではなかったのだから。

 

「その刀、お前の物ではないのか?」

 

 その気になれば、ラーフは瑠衣を背中から刺すことも出来ただろう。

 だが彼女はそれをしない。

 繰り返しになるが、()()()()()()()()()()()()()()()

 ラーフの望みは、今や別のところにある。

 

 もちろん、瑠衣はラーフの考えているところなど気にしていない。

 これも繰り返しになるが、瑠衣にとってラーフは除くべき鬼でしかない。

 ラーフと違い、相手への興味などは欠片も無い。

 そういう意味においても、この両者は対極にあると言えた。

 

「…………」

 

 色変わりの刀。日輪刀の別名だ。

 最初に手にした瞬間、持ち主の適性に応じた刃の色に変わる。

 だが、色が変わる理屈は余り知られていなかった。

 ()()()()()()という、ふわっとした理屈に皆が何となく納得していただけだ。

 そして一度変わった刃の色は、二度と変わることが無い。

 

「だけど、()()()()()()()()

 

 赫刀(かくとう)という存在が、その常識を覆した。

 あるいは産屋敷家は、それを知っていたのかもしれない。

 そして、()()()()

 

「……あの時は、緊張したなあ」

 

 もう、遠い遠い、昔の「あの日」。

 初めて自分専用の日輪刀を持つ、あの瞬間のことを思った。

 大いなる希望と、その直後の絶望の、記憶を。

 そして。

 

()()()()()

 

 すう、と息を吸い、そして吐いた。

 その、次の刹那。

 瑠衣の顔に、広がる羽根のような紋様が浮かび上がっていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 おお、と、ラーフは感嘆の吐息を漏らした。

 それ程までに、瑠衣に起こった()()がごく自然な物だったからだ。

 吸血鬼たる彼女には、瑠衣の体内を流れる血の温度が一気に上昇したことを感じ取っていた。

 人間の肉体構造を考えれば、それはまさに()()()()と言っても過言では無い温度上昇だった。

 

 そして極上の酒がそうであるように、熱された血は強烈に()()

 数百年を生き、およそ人間の血という血を飲んできた彼女をして、頭がクラリとする程の。

 鬼舞辻無惨系統の鬼で言えば、稀血(まれち)が近い。

 垂涎ものの、豊潤で、濃厚な血の香り。

 

「……素晴らしい。煉獄瑠衣。やはりお前は……」

 

 ――――痣。

 およそ人間が動けない体温で、それでもなお通常通りの活動が可能な者。

 その域に達した鬼狩りの剣士の素肌に表れる、鬼の紋様のような刻印。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 色変わりの刀、日輪刀。

 色が変わるのは最初の一回だけ。誰もがそう()()()()()()()

 本当は違う。

 刃の色は一度しか変わらないのではなく、()()()()()()()()()()()()()()

 そして赫刀を発現した者達でさえ、()()()()()()()()()()()

 

「…………コ」

 

 コオオオォ、と、機関(エンジン)が燃えるような音が瑠衣の唇から漏れる。

 全集中の呼吸は、肺を大きく膨らませて、通常よりも血を全身により効率的に、より早く巡らせるための技術だ。

 すなわち、こう言い替えることも出来る。

 全集中の呼吸とは、()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 究極は、日の呼吸だ。太陽の呼吸。まさに太陽のように最高の温度を誇る。

 では、次点は?

 太陽の紅炎の如き赫き刃に、最も近い呼吸は?

 この地上で最も、太陽に近い色とは?

 

()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 瑠衣は正統では無い。正統はすでに絶えた。語る資格を持たない。

 だけど、瑠衣は知っている。

 ()()がいたことを、知っている。

 

「さあ、とくと見るが良いでしょう。異郷の鬼」

 

 瑠衣がその手に握る日輪刀。その色は。

 

「戦国時代から伝わりし、()()の呼吸を、その力を」

 

 その、色は。

 

()()()()()()、その身をもって知るがいい――――!」

 

 ――――()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――炎の呼吸・壱ノ型『不知火(しらぬい)』。

 それはまさに、閃光だった。

 ラーフの目をもってしても初速が追い切れず、気が付いた時には瑠衣が自身の左側面にいた。

 眼球だけが、後追いのように瑠衣の姿を捉えた。

 

「速――」

 

 い、と言葉が言い終わる頃には、すでに日輪刀が振り抜かれていく。

 意識するよりもなお早く、ラーフは血鬼術を発動する。

 宣言も呼び動作もなく行われたそれは、文字通り反射で行われた物だった。

 そうでなければ、この戦いは()()()()()()()()()()()()

 

「――――視えていますよ!」

 

 霞と化して逃げたラーフを、瑠衣は正確に追跡した。

 『不知火』の振り下ろしの勢いのままに身体を回転させて、中段の蹴りを背後に放つ。

 その蹴りは、まさに実体化したばかりのラーフの脇腹を抉った。

 蹴り自体は左腕を盾に防いだラーフだったが、盾にした腕から酷く鈍い音が響いた。

 

「……ッ、オッ……!」

 

 何と言うことだ。と、ラーフは思った。

 吸血鬼の、しかもその棟梁たるこの自分が、()()()()()()()()()()()()()()()()

 たかが人間の蹴りに、鬼たる自分が吹っ飛ばされている!

 痣が発現した瞬間に、まるで別人のように身体能力が向上した。

 まるで、鬼のような人間――鬼人だ。

 

「……!」

 

 蹴りの衝撃から立ち直ったその時、瑠衣は目前にいた。

 日輪刀を両腕に持ち、大上段に構えた姿でこちらを見下ろしている。

 その眼光の鋭さに、ラーフは全身の産毛が総毛だつのを感じた。

 

 そしてこの段階で、ラーフは認めざるを得なかった。

 無論、人間の体力は続かない。いつかは限界が来る。

 しかしそれでも、今この一瞬に限って言うのであれば。

 煉獄瑠衣の単純戦闘力は、鬼である自分を上回っている。

 

「コオオオォォ……ッ!」

 

 ――――炎の呼吸・伍ノ型『炎虎(えんこ)』。

 反撃のつもりで突き出した右腕を、瑠衣の日輪刀がそのまま縦に斬り裂いた。

 人間よりも遥かに頑強なはずの肉も骨も、まるで豆腐かバターかのように易々と切断されてしまう。

 今度は、血鬼術の発動も間に合わなかった。

 

「――――ッ!!」

 

 どちらの叫びであったのか、判然としなかった。

 大上段から振り下ろされ、ラーフの防御すら突破した日輪刀の、まさしく渾身(こんしん)の一撃。

 それはラフの肉体だけに留まらず、その下の船体にすら届き。

 何もかもを、打ち砕いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 大きく息を吐いて、瑠衣はその場に膝をついた。

 彼女の目の前には、甲板の床――血鬼術で固められた物だが――に大きな穴が開いており、その下の空洞を覗かせていた。

 どうやら船体の内部は、外観以上に()()を消費していたようだった。

 

「…………赤色」

 

 杖代わりにしていた日輪刀を見て、呟いた。

 その刃の色は、炎のように赤い。

 それは、赫刀に()()()()()()色でもある。

 かつての炎の剣士の中には、その事実を前に心が折れた者もいたという。

 

 けれど瑠衣にとっては、この色にこそ意味があった。

 少なくとも、()()()()瑠衣にとっては、そうだった。

 今の瑠衣にとっては、もはや意味の無いものだ。

 それでも、思うところはあった。

 

「……立たないと」

 

 日輪刀から視線を外して、瑠衣は立ち上がった。

 船は、もうはっきりと傾き始めている。

 時間が無いということだけが、はっきりしていた。

 

「……………………ふむ」

 

 そして、穴の底。

 もはや内装を維持することさえ出来ずに、()()()()()な船体。

 それはまるで、今の自分を象徴しているかのようにも見えた。

 と、そんなことを考えている時点で、()()()を自覚しているようなものだ。

 

()()()()()()()

 

 淡々と、そう呟いた。

 時間があれば、つまり瑠衣が人間ならではの限界を迎えた後ならば、倒せるだろう。

 だが何度も言うが、そんな勝ち方にラーフは意味を見出していない。

 勝利するだけならば、他にいくらでも方法はあるのだから。

 

「鬼を(たお)す。その一点に、文字通りすべてを懸けている」

 

 己の命さえも薪にくべて、その炎で――文字通り、燃えるような力を手に入れている。

 だから、瞬間的に自分を超える力を発揮している。

 今の状態の瑠衣を打倒しようと思うならば、自分も同じことをするしかない。

 煉獄瑠衣を倒すために、()()()()()()懸ける必要があるだろう。

 だが、それをすれば。

 

「……まあ、良かろう。この先に持って行っても仕方のない物だ」

 

 そう呟いて、ラーフは嗤った。

 すると彼女の小さな体躯に、紅い紋様が浮かび上がった。

 鬼の紋様が輝きを強めると、同時に血鬼術が発動する。

 ――――否。発動では無かった。

 

 それは、()()()()()

 ラーフは今、血鬼術を発動したのではなく、解除したのだった。

 霧の船体が、大きく鳴動を始めた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 鳴動は、断続的に続いた。

 まるで心臓の鼓動のような揺れに、瑠衣は何かが変化したことを悟った。

 足の裏から、ビリビリとした振動が瑠衣の身体に届いてくる。

 

「船が、傾き始めた……」

 

 同時に、船体が斜めに傾き始めていた。

 ゆっくりとだが、確実に傾きは大きくなっている。

 どうやら、いよいよ時間がなくなってきたらしい。

 

「このサイズの船が沈み始めたなら、あと5分と保つかどうか……というところでしょうか」

 

 海難事故の専門家では無いので、あくまで体感、というか直感である。

 血鬼術で構成された船だから、実際のところはわからない。

 もう少し保つのかもしれないし、逆に加速度的に沈み始めるのかもしれない。

 いずれにせよ、残り数分という見立てで間違いはないはずだった。

 急がなければならない。

 

 先程の『炎虎』はラーフにダメージを与えたはずだが、とどめには程遠い。

 肉体の前面を大きく抉ったと言っても、相手は鬼だ。

 物理的な損傷はすぐに回復してしまっているだろう。

 だから今すぐにでも追撃をかけて、頚を刎ねなければならない。

 

「とは言え、この()に降りて探すというのは少々厄介で――――」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「……ッ!」

 

 先程の鳴動とは、また違った。

 まるで横から殴りつけたかのような、大きな揺れ方をした。

 何しろ、船体が()()()()()()()()()

 ぐらりと揺れて、さらに元の位置に戻ろうとしてまた揺れる。

 

 不意に、影が差した。

 

 その時には、瑠衣の身体は動いていた。

 過去に培われた戦闘経験値が、思考するよりも早く瑠衣に最適解の動きをした。

 次の瞬間、頬に、いや、身体全体に、風を感じた。

 瑠衣のすぐそばを、()()()()()()()()()()()()

 

「な……!」

 

 空中で、()()を見た。

 真っ白で、巨大な何か。

 良く見れば白い物は無数の()であった。

 樹齢数百年の樹木ほどはあろうかという分厚い、鱗持つ生き物。

 巨大な蛇。その尾のように、瑠衣には見えた。

 

「あんな物、いったいどこから……!?」

 

 視線を巡らせて、はっとする。

 船体の左側。

 側面の壁を突き破って――尾が栓になって、浸水はしていないようだ――あの尾は伸びていた。

 尾が倒れ込むようにして、甲板を砕いている。

 

 しかもその尾は、蛇が鎌首をもたげるように、尾の先端を揺らしながら身を起こした。

 そして周辺の船体の壁や設備を破壊しながら、()()()へと来る。

 この時もまた、瑠衣の身体は最適な動きを選択した。

 風を裂きながら自分に向かって跳ね上がって来る巨大な尾。

 その表面を打撃して、辛うじて回避することに成功する。

 

「くあ……ッ!」

 

 だが、代償は小さくは無かった。

 空中で無理矢理に軌道を変えるために、尾の表面を左掌で打った。

 鈍い音が左手首のあたりから響き、奥歯を噛む。

 肩のあたりまで痺れが走り、瑠衣の動きが一瞬、硬直した。

 

 その硬直を見計らったかのように、白い尾が今度は振り下ろされる。

 瑠衣の視覚は、その動きを捉えている。

 だが痺れた身体はついて来ない。回避が出来ない。防御は、なお不可能だ。

 瑠衣の真上に、蛇の尾が落ちて来る。

 

「くっ……あああああああああああああっ!!」

 

 蛇の尾が、瑠衣ごと、船体を真っ二つにへし折った。




最後までお読みいただき有難うございます。

もうすぐ、決着…!
どうぞもう少しお付き合いくださいませ。

それでは、また次回。
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