鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第19話:「鬼と人」

「――――人間?」

 

 瑠衣が想像した通りの反応を、柚羽は返してきた。

 鬼が潜んでいる山で十数人の人間がいて、しかも攻撃してきた。

 そんな話を聞けば、誰でも同じような反応を返すだろう。

 

「……山村の生き残りでしょうか?」

「いえ、そういう雰囲気ではありませんでした」

 

 風を切りそうな勢いで、善逸が頷いていた。

 何しろ竹槍だ。どう考えても「生き残り」などという可愛いものでは無い。

 鬼に襲われた山村の生き残りではないとすると、別の問題も出てくる。

 

 隠の封鎖は完璧だ。それこそ獣一匹だろうと通しはしない。

 前線で鬼と戦えないからこそ、隠は身命を賭して責務を果たそうとするからだ。

 その隠が「出入りはない」と言うのなら、絶対に出入りはない。

 そうなると、あの人間達は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「山に慣れていれば、数日なら食べ物は何とかなるでしょう。水場もあるでしょうし」

 

 とは言え、瑠衣達が口にしているような粥飯などは望むべくもないだろう。

 実際、瑠衣と善逸が出会った人間達は、お世辞にも栄養状態が良いようには見えなかった。

 地面や茂みに扮していたせいもあるだろうが、月明かりの下で見えた目は、飢えた獣のようにギラギラとしていた。

 

「ど、どうするんです……か?」

「不確定要素が増えてしまったのは確かですが」

 

 空になった茶碗と箸を置いて、瑠衣は言った。

 

「いずれにせよ、鬼を討たない限り任務は終わりません」

 

 善逸が絶望したような表情を浮かべた。

 もちろん彼も任務が中止になるなどと考えていたわけではないが、改めて突き付けられると、現実から逃げたくなってしまうのだろう。

 木の上に登らないだけ、まだ自制した方かもしれない。

 

「とりあえず、今夜はまた4人で固まって探索しましょう。効率は悪いですが、慎重になった方が良いと思います」

「今夜も見つからない場合は?」

「3日探して見つからないとなると、どのみち探索方法を変えた方が良いです」

 

 瑠衣としては、夜の探索は今夜を最後にするつもりだった。

 鬼がこちらを警戒して隠れ回っているのであれば、いくら探索しても意味がないということもあり得る。

 その場合は、いっそ鬼の活動が制限される昼間に山に入った方が良いのかもしれない。

 あるいは応援を頼むなり、探索範囲を広げるなり、そういうことも考える必要がある。

 

「食事が終わり次第、山に入ります」

 

 キン、と、コインを弾く音が聞こえた。

 この数日ですっかり慣れたその音に、瑠衣達が視線を向けた。

 3人が見ている前で、カナヲが手の甲を打った。

 表か裏か。鬼が出るか蛇が出るか……。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 瑠衣は鬼の探索と同じくらいに、善逸とカナヲの2人のことを注意深く見つめていた。

 初日に2人に振り回された反省からだが、こうして数日間を共にしていると、だんだんと2人の性格というか、行動パターンがわかるようになって来た。

 慣れてきた、という言い方の方が正しいかもしれない。特にカナヲだ。

 

「…………表」

 

 例えばコイン。一見すると意味不明だ。

 しかし表と裏にはそれぞれ意味があるはずで、状況である程度は察することが出来る。

 例えば今のコインは、山道を上に進むか下に進むか、というものだ。

 事が2択問題だと思えば対処もいくらか楽になるし、そして初日の時点で呼び戻せば素直に従ってもいたわけで、全くこちらの言うことに耳を貸さないわけでもない。

 

「栗花落さん、どうして上だと思うんですか?」

「…………」

 

 こちらから聞けば、無視をしないこともわかった。

 今も地面を指差して、何か、理由を教えてくれている。

 

「足跡、ですね」

 

 善逸が聴覚に優れているように、カナヲは非常に目が良かった。

 今も茂みの根元に隠れていた足跡を見つけている。

 そしてこの足跡は、これまでも何度か似たようなものを見つけていた。

 あの集団のものだろう、と推測することが出来た。

 

「我妻君」

「え、あっ、はい!」

「近くに誰かいましたか? 人の気配はありましたか」

「えっと、誰の心音も聞こえませんでした」

 

 下唇に指先を添えて、瑠衣は考え込んだ。

 茂みの根元に足跡がついているということは、誰かがここに身を隠していたということだ。

 逃亡か監視。まずそれが考えられる、が。

 善逸の耳が捉えていないということは、少なくともその対象は()()()()()()()

 

 あの集団は瑠衣達を見るや攻撃を仕掛けて来た。

 何故だ。刀を持っていたから怯えられたのだろうか。

 仮にそうだとしても、集団で槍を投げる程だろうか。

 何よりも、あの攻撃には自衛の意思よりも害意の方が色濃く感じた。

 

「何かから逃げてる……?」

 

 この足跡の主の目的が、逃亡と監視の両方だったとすれば。

 もし、そうだとするならば。

 この足跡を追って行けば、あるいは――――。

 

「――――危ない!」

 

 バキバキと、頭上で何かが折れ砕ける音が聞こえた。

 柚羽の声が聞こえたのはそんな時で、反射的に瑠衣は身を引いていた。

 一瞬前まで瑠衣がいたその場所に、重量感のある大きな塊が落ちてきた。

 遅れて、折れた木の枝が数本、さらに落ちてきた。

 

「ひいいああああっ!? 何、何いっ!?」

 

 善逸が悲鳴を上げたのは、落ちてきたそれが、()を伸ばしてきたからだ。

 

「ひ、人お!?」

 

 人だった。人が空から落ちてきたのだ。

 一目で、助からないと思った。

 手足もそうだが、首の骨が曲がってはならない方向に曲がっていたからだ。

 男だった。彼は折れていない方の手を伸ばして、弱々しく何事かを呟いていた。

 

「……おや……た……何……で……」

 

 しかしそれも、長くは続かなかった。

 かひゅ、と、風船が破裂したような音を立てて、それ以降は一切の音が聞こえなくなった。

 

「え、死んだ?」

 

 善逸が言葉にしたその事実は、何故か間抜けに聞こえた。

 それほどまでに、あっけない死だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 今までにない状況だ。

 はたして、このような形の不測に見舞われたことがあっただろうか。

 事はもはや「鬼を見つけて狩る」という単純な話ではなくなってしまっている。

 

 滅びた山村。積み上げられた村人達の首。

 山に潜む者達。攻撃してきた者達。何かから逃げている者達。

 そして今、目の前で事切れたこの男。

 着ている衣服はボロそのもので、とても村人という風には見えなかった。

 

「上りましょう」

 

 退くべきなのかもしれない、と思った。

 鬼狩りの任務で人間の集団と接触したのだ、一剣士の範疇を超えている可能性がある。

 しかし、瑠衣は己の直感が全力で叫ぶのを聞いていた。

 今は背中を見せて退く方が危険だ、と。

 

「えっと、この人は?」

「……後で埋葬しましょう」

 

 何故そう思うのかはわからない。

 しかしこういう場合の直感は、無視すべきでは無かった。

 

「柚羽さん、この人がどちらから飛んで来たかわかりますか?」

「枝の折れ具合と位置関係からして、北側、つまり上からでしょう」

 

 やはり、上に何かがあるのだ。

 見ようによっては、瑠衣達は徐々にだが核心に近付いているのだと言える。

 上に行こう、と、瑠衣は繰り返した。

 

 4人で警戒しながら、山を登った。

 善逸は変わらず怯えつつも静かになり、カナヲも1人離れるということはしなかった。

 2人とも、瑠衣と同じことを感じているのだろう。

 上へ近付くにつれて、徐々に周囲の音が減り、空気が重く湿っていくように感じる。

 

(今日は、当たりだ)

 

 言葉にする必要はない。それは確信だった。

 

「……あ」

 

 いくらか登った後、善逸が何かに気付いたように顔を上げた。

 青褪めた顔でばたばたと手を振り始める。

 どうかしたのかと聞こうとしたが、必要なくなった。

 前方の茂みから、大きな影がいくつも飛び出してきたからだ。

 

「た、助けてくれえええっ!」

 

 彼らは異口同音に、そういうことを言った。

 先程の男同様、ボロを来たみすぼらしい男達だった。

 彼らはめいめいに瑠衣達に駆け寄ると、崩れ落ちるようにしがみついてきた。

 瑠衣達は、誰も何も言わなかった。

 

 それをどう受け止めたかはわからないが、男達はさらに騒ぎ立てた。

 瑠衣は膝をつき、自分に縋り付いている男の顔を見た。

 日焼けや垢か、赤黒い顔だった。

 

「何があったのですか?」

「ああ、ああ、恐ろしかった。それぁ恐ろしくて」

「何が恐ろしかったのですか?」

「それぁ、それぁあなあ……」

 

 男の手が、ゆっくりと伸ばされていった。

 隊服の胸元を掴む。そして。

 

「俺達のことだよオオオオォッ!!」

 

 振り上げられたもう片方の手に、鈍く輝く短刀が握られていた。

 次いで振り下ろされるそれを、瑠衣は静かに見つめていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 鈍い音を立てて、短刀が木の幹や地面に突き立った。

 数は、4つ。

 

「オオオ……は?」

 

 男達は、それぞれ短刀を振り上げた体勢のまま固まってしまっていた。

 次の瞬間には瑠衣達の喉笛を切り裂いていただろう凶刃は、しかしその役割を果たすことなく、全てが男達の手から弾かれてしまった。

 そんな男達を飛び越えて、ふわりと、まさに蝶のようにカナヲが着地した。

 カナヲにしがみついていたはずの男は、どうして逃げられたのかさえわかっていない様子だった。

 

(末恐ろしい子だ)

 

 カナヲの手には日輪刀が握られていた。

 男達が隠し持っていた短刀を振り上げるよりも、カナヲが動く方が速かった。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 跳躍を始めてから着地までの間に、カナヲの剣は男達を無力化していたのだ。

 

 カナヲの日輪刀は、何というか、少女らしい意匠の刀だった。

 花模様が描かれた鍔もさることながら、淡い桃色の刃が少女めいた印象を強く与えている。

 あの色合いは、恋柱・甘露寺蜜璃の日輪刀の色に近い。

 よりにもよって、どうしてその色なのか。

 

「な、何でわかったんだ!?」

 

 男の声に、瑠衣は視線を戻した。

 よほどカナヲの動きが衝撃的だったのだろう。尻餅をついている。

 

「……指文字ってご存じですか?」

「ゆ、指……は?」

「知らないなら結構です。私も説明する気はありません」

 

 指文字。手指の形で作る符号だ。

 鬼殺隊士だけが知る共通の指文字は、声を出せない時、あるいは話をしている暇がない場合に使用される。

 男達が飛び出す直前、善逸が腕を振っていた。

 

(こいつらからは、嘘の音がした)

 

 善逸は嘘に敏感だ。

 だから彼は全員に「気を付けて」と咄嗟に伝えた。

 他の3人が信じてくれるかは自信が無かったが、信じてくれた。

 カナヲがコインを指先で弄んでいるのは気になったが、きっと信じてくれたに違いない。

 

「さて、お話を聞かせて頂いても?」

「ぐ、ぐ」

 

 瑠衣が首筋に日輪刀の刃を当てて問えば、返って来たのは歯噛みの音だった。

 しかし男は、脂汗に濡れた顔をすぐに笑みの形に変えた。

 そして首だけを明後日の方向に向けて、大声でこう叫んだ。

 

「親方ァ――――ッ! 異人のガキはこっちですぜェ――――ッ!!」

 

 異人!?

 何のことだと思っていると、足裏から振動を感じた。

 その振動は断続的に続き、しかも近付いてきている。

 それが何かの足音だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。

 

「何か飛んでくる!」

 

 そして足音がいよいよ近付いてくると、善逸が叫ぶのが聞こえた。

 瑠衣達はその場から飛び退き、地面を削るようにして斜面の下に着地した。

 直後、瑠衣達のいた場所に太い木が()()()()()

 丸太だ。それも今、倒れたという風ではなかった。

 何者かが投擲した。そうとしか表現できなかった。

 

「ひいいいいいっ!? 何あの化物おっ!?」

 

 善逸の悲鳴の先、()()がいた。

 それは縦も横も、瑠衣の倍はありそうな巨漢の姿をしていた。

 枝葉を払うように木を()()、バキバキと音を立てながら木が倒れていく。

 人間に出来る芸当ではない。

 

(あれが、この山の鬼……!)

 

 日輪刀を構えた、が、その鬼が見ていたのは瑠衣ではなかった。

 見ていたのは、善逸だった。

 

「……西……洋……人……」

「違いますけどぉっ!?」

 

 鬼の言葉を、善逸は全力で否定したのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「お、親方ぁ……」

 

 絞り出すような声は、木の下から聞こえた。

 瑠衣達は間一髪で跳び退くことが出来たが、男達は無理だったようだ。

 と言うより「親方」と相手を――あの鬼を呼んでいるという事実は、2つのことを物語っていた。

 

 まず第1に、男達は鬼に協力しているということ。

 しかしこれは、残念ながらあり得ないことではない。

 先の無限列車の時も含めて、人間が鬼に協力することはままある。

 そして第2に、やはりこれも他の例に漏れないのだが、鬼は自分に協力する人間のことなど塵芥としか思っていない。

 

「おやぎゅえ」

 

 自分に協力的な人間でさえ、平気な顔で踏み潰す。

 気に入らなかったのか、用済みなのか、あるいは単純に機嫌が悪かったのかもしれない。

 鬼にとって、人間などその程度だ。

 

「うわあ、親方は相変わらず容赦がねえな」

「あいつらが馬鹿なんだ。確かに変な髪色だが、どう見たって異人じゃねえじゃねえか」

「まったく、使えねえ奴らだ」

 

 不思議なのは、鬼の後ろにいる者達の方だろう。

 あの風貌。あの時、瑠衣達に竹槍を投げて来た者達に間違いがなかった。

 仲間が踏み潰されたというのに気にした様子がない。

 自分達の扱いを知ってなお、鬼に従っているということなのか。

 

「……(オレ)は……巨械虚(きょかいこ)

 

 目の前に立たれると、こちらに影が差す。

 それ程の巨大だ。筋肉の発達も著しい。禿げ上がった頭でさえ筋肉を纏っている。

 そんな巨体を古びた軍服のような服に推し包んでいるばかりか、身体中に見たこともないような物品を身に着けている。

 所々に外国の文字が印字されている物があり、どうやらそれらは舶来品と思われた。

 

 しかしそれ以上に目を引いたのは、それらの舶来の品よりも、より武骨な武器の方だろう。

 瑠衣の身長程もある両刃の大剣を右手に持ち、さらには腰に2本も重厚な刀を差していた。

 鬼がわざわざ武器を使う場合、()()の持ち物か、あるいは気まぐれのどちらかだ。

 いずれにせよ、油断できるものではなかった。

 

「……死ね、鬼狩り……!」

 

 巨械虚と名乗った鬼が、大剣を両手で振り上げた。

 メキメキと音を立てているのは、筋肉か、あるいは握り締められた柄か。

 とてもではないが、正面から受け切る自信はなかった。

 ならば。

 

(受けなければ良いだけのこと……!)

 

 振り下ろされる瞬間、瑠衣は跳んだ。

 地面を砕き抉る巨械虚の一撃、その轟音と飛び散る土と木と肉の塊を視界に納めながら、別の木を蹴り、駆けた。

 瑠衣の踏み込みで足場が爆ぜる。

 巨械虚が振り下ろした大剣を持ち上げるよりも早く、瑠衣の身体は彼の頭の後ろに浮いていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 嫌な手応えがあった。

 頚の真後ろに振り下ろした刀から、実に嫌な感触が手に伝わって来たのだ。

 じん、としたこの感触は、鉄柱を棒で殴り付けた時のそれに良く似ていた。

 

「……無駄……だ」

 

 巨械虚の肩を蹴った。この鬼の肩幅にはそれだけの余裕があった。

 宙へと逃げた瑠衣の鼻先を、豪風が吹き抜けた。

 言うまでもなく巨械虚が振るった大剣だ。細かな罅割れまで見える程に近い。

 瑠衣の当たらなかった大剣は、そのままの勢いで近くの木に当たり、折り砕いた。

 斬るというよりは叩く・殴るに近いと、瑠衣は思った。剣というよりは鉄塊だ。

 

「貰ったアアッ!」

 

 着地の際、巨械虚の仲間――仲間という表現はおそらく間違っているが――の人間が、切れ味の悪そうな鉈を持って襲いかかってきた。

 何の訓練もされていない動き。

 大した脅威ではない。しかしだ。

 

 巨械虚の振り下ろした大剣が、鉈を持った男を叩き潰した。

 

 鉈の一撃を刀で受けていれば、瑠衣も巻き添えで潰されていたかもしれない。

 ぞっとしたが、一方で巨械虚がさほど素早くないことにも気付いた。

 筋肉の重さか大剣の重さか。あるいは単純に鈍重なのか。

 逆に瑠衣は、こうした閉鎖空間での戦いは大の得意だった。

 

「ちょこまか、と」

 

 地面を、木を、あるいは斜面を蹴り、縦横無尽に駆ける瑠衣の姿を巨械虚は追い切れていない。

 とはいえ、と、瑠衣は刀を見た。

 先程、巨械虚の頚を斬りつけた刀身は、微かに刃毀れしていた。

 不覚だ、が、違和感もある。

 

(まるで鋼の塊を殴りつけたみたいだった)

 

 上弦の参のように、頚が強靭というのとはまた違う感触だった。

 今も、頚を含めて腕や足を斬りつけているが、返ってくるのは鈍い金属音とビリビリとした痺れだけだ。

 

「……獲物……横取り……される前に……殺して……やる」

(獲物? 横取り?)

 

 意思疎通は難しそうだ。まあ、最初からその選択肢はないわけだが。

 

(何だろう、何かおかしい)

 

 そんな瑠衣と巨械虚の戦いを見つめながら、善逸は違和感を覚えていた。

 豪風と轟音が響き渡る戦場にあっても、善逸の耳はあらゆる音を聞き分けている。

 そして彼の感じている違和感もまた、巨械虚から来ていた。

 

(何だ、この音……)

 

 人間の音と鬼の音は全く違う。

 しかし鬼も生きている以上、例えば心臓は鼓動を打つ。

 仮に心臓が無くても、何らかの「生きている音」がするのだ。

 

(小さい?)

 

 と、首を傾げた時だ。

 

「大人しくしやがれえ!!」

 

 背後から、巨械虚の仲間が善逸を羽交い絞めにした。

 その瞬間、善逸の中の時間が止まった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。

 壱ノ型は攻防一体の技だ。攻撃と同時に離脱も出来る。

 持ち味の脚力と相まって、瑠衣が最も得意とする技だった。

 つまり、ほぼ一方的に攻撃を続けることが出来るということだ。

 

(やっぱり、おかしい……!)

 

 擦れ違い様、巨械虚の二の腕と太腿に斬りつけた。

 刀を握る手が痺れる。余りにも硬い。

 鉄を斬りつけた気分だ。刀の斬りつけた部位が刃毀れして、歪に歪み始めている。

 力の入れ方が誤っている証拠だ。正しい方向に振れていない。

 

 着地と同時に襲いかかってきた巨械虚の仲間を、刀の峰で殴り、気絶させた。

 十数人程はいたはずだが、すでに半分になっているようだ。

 ほとんどは巨械虚が自分で殺してしまっていて、残りの半分は怯えて遠巻きに見るだけになっていた。

 

「逃げる、な」

 

 逃げるという表現は心外だと、そんなことを思った。

 とんとん、と、立ち止まっている最中も小さな跳躍を繰り返す。

 これで隊服が白ければ白拍子のようにも見えたかもしれない。

 

 跳躍で間を取り、機を見て即座に次の動きが取れるようにする。

 父や兄、あるいは不死川との修練の中で、瑠衣が見出した戦い方だった。

 何しろ修練の相手が化物ばかりで、立ち止まった瞬間に潰されてしまうのだ。

 だから、()()()()()()()戦い方が必要だった。それだけのことだった。

 

「違う! そっちじゃない!」

 

 ――――雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃・六連』。

 瑠衣のそれとは比較にならない、雷鳴の如き大音。

 それは耳には一度の音として響くが、実際には六度響いている。

 足場にした木を一足で踏み砕きながら放たれたそれは、まさしく刀の形をした雷だった。

 

「我妻君!?」

「瑠衣さん、そいつは鬼じゃない! いや、鬼なんだけど、そいつは鬼じゃない!」

 

 一瞬、善逸の言っている意味がわからなかった。

 ただ相変わらず、目を閉じて――鼻提灯が見えるから、おそらく寝て――いながらに、俊敏な動きをしている。

 先の一撃、いや六撃など、音も姿も追えない程に鋭かった。

 

 そうして善逸の斬りつけた箇所を見つめていると、ある物がひらひらしているのが見えた。

 肘の、いわば関節のあたりだろうか。

 ひらひらしているそれが皮だと気付くのに、少しかかった。つまり。

 ――――少しの間、見ていても再生しなかったのだ。

 

「そいつは、鬼じゃない!」

 

 善逸の声が、良く通った。

 

「そいつは人形――――絡繰(からくり)だっ!」

 

  ◆  ◆  ◆

 

 善逸の斬った皮の下には、キリキリと音を立てる無数の歯車が覗いていた。

 鋼鉄の骨組みに、()()()()()。吐き気を催す程に醜悪な絡繰人形だ。

 しかし同時に、硬度の高さに合点がいった。

 ただし、これほど精巧な絡繰は人間に――1つだけ例外を知っているが――作れるものではない。

 

「絡繰ということは、鬼はここにはいないということでしょうか」

「いや」

 

 柚羽の言葉に、善逸は目を細めるような仕草をした。

 目が閉じているのに細めるというのも妙な話だが、眉の動きはそうだった。

 

「鬼の音はする。ただ、小さいんだ」

 

 善逸が音を聞き逃すはずがない、というのは、もはや誰も疑わない。

 現に彼は巨械虚の絡繰を見破った。

 その上で、小さいという言葉の意味を考える。

 

 ――――花の呼吸・伍ノ型『徒の芍薬(しゃくやく)』。

 

 美しい連撃。カナヲが巨械虚の懐に飛び込んでいた。

 瞬きの間に九の斬撃を放った。花のように柔らかく、それでいて斬撃の音は情け容赦がなかった。

 瑠衣が注目したのは、カナヲの攻撃が全て巨械虚の胴体を狙ったことだった。

 カナヲは目が良い。何か瑠衣達に見えないものが見えているのか。

 

「柚羽さん、我妻君! 関節を!」

 

 ――――水の呼吸・参ノ型『流々舞い』。

 柚羽が流れるような動作で巨械虚の四方を斬り泳ぎ。

 

 ――――雷の呼吸・壱ノ型『霹靂一閃・六連』。

 善逸がその空隙を縫って、再び四肢の関節を斬り打った。

 

(あれは絡繰、9尺の巨体だって形は人間)

 

 瑠衣は駆けた。

 柚羽と善逸が気を引いている間に、地面と木を蹴り、宙へ跳んだ。

 くるりと体勢を変え、大きめの枝に足裏を押し付けて足場にした。

 

(栗花落さんの攻撃は、たぶん()()だ)

 

 瑠衣には見えないが、カナヲにはきっと見えたのだ。

 だからその攻撃は正しくて、しかし斬撃ゆえに届かなかった。

 瑠衣の攻撃も、やはり斬撃であるが故に届かなかった。

 だから、正解は斬撃ではなく。

 

 ――――風の呼吸・伍ノ型改『木枯らし颪・貫』。

 斬撃では無く、突き。

 善逸は言った。小さい、と。絡繰の内から小さな鬼の音がすると。

 つまり、答えは――()()()

 カナヲは正しかった。

 

(人間の形をしている以上、胴体が一番、隠れやすい……!)

 

 いかに巨体だろうと、手足に隠れることは出来ない。

 また絡繰を操るなら、その中心にいるのが最も効率が良い。

 柚羽と善逸に関節を斬られてよろめいた巨械虚の胴体、胸の中央やや下の部分に、瑠衣の日輪刀が突き立てられた。

 仮初の皮膚を貫き、絡繰仕掛けの間にねじ込むように刺し貫いた。

 

「ギ……」

 

 そして、結果はすぐに出た。

 

「ギャアアアアアアアアアッッ!!」

 

 悲鳴。生身の鬼の悲鳴が漏れた。

 しかしその次の瞬間、瑠衣は目を見開いた。

 自分が刺し貫いた巨械虚の手足や服の間から、鉄の棒のような物が無数に飛び出してきたからだ。

 それがいわゆる銃であることに気付いたのは、発射音が響くのとほぼ同時だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――早すぎるとは、思わなかった。

 14や15の年を数える頃に選別を受ける剣士はごまんといるし、物心ついた頃から剣士としての訓練を受けているのであれば、なおさら早いとは言えない。

 言い知れぬ緊張と高揚の最中に、千寿郎はいた。

 

「それでは父上、行って参ります!」

「うむ。藤襲(ふじかさね)山までは長治郎が案内してくれるから、道に迷うことはないはずだ」

「はい!」

 

 すっかり旅支度を整えた千寿郎が、煉獄邸の玄関口で槇寿郎の見送りを受けていた。

 鎹鴉の長治郎が、賛同するようにガアガアと鳴き声を上げている。

 言葉の通り、千寿郎は鬼殺隊士となるために最終選別に向かうのだ。

 腰には仮の日輪刀が差されており、服装も普段の道着ではなくしっかりとした旅装だった。

 

「良いか、千寿郎」

 

 槇寿郎は、千寿郎の肩に手を置いた。

 緊張した面持ちを見せる末の息子に、槇寿郎は言った。

 

「最終選別は訓練ではない、実戦だ。本物の鬼が相手になる。もちろん、道場とは違って山には他にも様々な危険がある」

 

 最終選別。読んで字の如く、鬼殺隊士になるための最後の関門だ。

 鬼狩りの名門・煉獄家と言えども、特別扱いされるわけではない。

 鬼狩りは家名ではなく、剣技の腕でするものだからだ。

 中途半端な人物に刀を与えれば、むしろ有害な結果を生んでしまいかねない。

 

 だからこその最終選別。杏寿郎も瑠衣も、通った道だった。

 槇寿郎は千寿郎の腕の程を良く知っている。

 自分自身が師となって鍛えたのだから、知らないはずがない。

 剣技は申し分ない。ただ、気性が優しかった。

 

「いかなる危機的状況でも諦めるな。けして折れるな。最後の一呼吸まで生き抜け、心を燃やせ」

「……はい!」

「良し。では行って来い。父はここでお前の帰りを待っている」

「わかりました。必ず選別を通り、帰って参ります!」

 

 軽やかな足取りで駆けていく小さな背中を、槇寿郎はしばらく見つめていた。

 杏寿郎も瑠衣も、ああして駆けて行ったものだ。

 そして自分自身も、若かりし頃、同じように鬼殺の世界へと足を踏み入れたのだ。

 懐かしく、そして眩しい。一瞬、そんな気分にさせられた。

 妻の瑠火が生きていたら、どんな会話をしていただろうか。

 

「父上――――っ!」

 

 と、角で立ち止まった千寿郎が手を振っているのが見えた。

 どうかしたのかと思っていると、千寿郎は言った。

 

「食事はしばらく店屋物にして下さい! 厨に入っちゃ駄目ですよ――――っ!」

 

 そう言って今度こそ駆け去っていく息子を、槇寿郎は微妙な表情で見送った。

 違うんだ瑠火、と、槇寿郎は心の中で亡き妻に釈明したのだった。




読者投稿キャラクター:
グニル様:巨械虚
ありがとうございます。

最後までお読みいただき有難うございます。
というわけで…。

千寿郎君の同期を募集いたします!

募集項目は性別・容姿・年齢。そしてお馴染み使用する呼吸です。
同じくお馴染み死に方の希望があればお願いします(え)
※性格・背景もあればイメージがしやすく助かります。

今回の締め切りは10月23日18時までです。
ネタバレ防止のため、投稿はメッセージ機能にてお願い致します。相談も同様です。

それでは、よろしくお願い致します!
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