鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第26話:「上弦兄妹」

 100年不敗の鬼、上弦。

 人生、いや鬼生そのものが伝説であり、敗死した柱も1人や2人ではない。

 末席の数字である陸ですら、例外ではない。

 そしてその頚が、今あっさりと斬り落とされた。

 

 まず、瑠衣は警戒した。

 脳裏に浮かんだのは上弦の肆だ。あの鬼は頚を斬られる度に分裂した。

 上弦の鬼は、頚を斬られても死なないことがあると知っていた。

 だから瑠衣は上弦の陸の頚が落ちた後も、全身を緊張させていたのだが。

 

()()()()()()()

「うむ!」

 

 宇髄も杏寿郎も、あっさりと上弦の陸に背を向けていた。

 それは瑠衣が拍子抜けする程で、いっそ朗らかでさえあった。

 ()()とは、いったいどういうことだろう。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 甲高い声が、低い位置から飛んで来た。

 上弦の陸の体が自らの頭を抱えていて、逆さまになった頭が杏寿郎を睨んでいた。

 

「どこに行く気!? アタシにこんなことして、タダじゃおかないんだから!」

「頭だけでギャアギャア五月蠅え奴だな。さっさと死ねよ、地味にな」

「はあ!? ふざけんじゃないわよ! ちょっ、戻りなさいよ!」

 

 上弦の陸が喚いた通り、宇髄などは彼女と会話するのさえ面倒という態度を見せていた。

 

「悪いが、お前みたいな地味女の相手をしてるほど暇じゃねえんだわ。これから上弦を見つけなきゃいけないんだからよ」

「アタシが上弦の鬼よ!」

「と地味女は主張しているわけだが、実際に上弦と戦ったご経験のある煉獄先生から見てどうよ?」

「うむ! 鬼気も動きも、上弦の鬼とは比べ物にならないな!」

「だってよ、じゃあな」

 

 言われてみれば、である。

 確かに並の鬼ではないが、かつて出会った上弦達と比べると、肌にヒリつくような威圧感は弱い。

 杏寿郎は鬼気という言葉を使っているが、瑠衣はそれを威圧感だと思っている。

 こちらに死を想像させるような圧力、とでも言おうか。

 この上弦の陸からは、なるほどそれが弱かった。

 

(まあ、参や肆に比べればって話だけど……)

 

 柱級の剣士にとっては、それが雲泥の差に感じるのだろう。

 

「あああああああっ! ムカつく! ムカつくムカつくムカつくううううううううっっ!!」

 

 それを無しにしても、上弦の陸の醜態ぶりは目に余る程だった。

 同じ女――鬼にもはや性別が意味があるかは不明だが――として恥ずかしくなってくる泣き喚き様だ。あれではまるで駄々っ子だ。

 地団太を踏むが如く殴りつけられた地面が砕けているのを見ると、余りにも危険な駄々だが。

 

「アタシは上弦の陸よ! 数字だって貰ってるのに! なのに、なのに! わあああああっ、わあああああああああああっっ!!」

 

 ――――違和感を、覚えた。

 いや、上弦の陸ともあろう鬼が泣き喚く様はそれ自体が異様だが、そういうことではない。

 頚を斬ってしばらく経つのに、上弦の陸が消滅する様子がないことだ。

 やはり何かの条件があるのだと、そう思った時だ。

 

「アンタ達なんか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 ()()()()()

 上弦の陸は確かにそう言った。

 そしてその次の瞬間、上弦の陸から発された――否。

 上弦の陸から()()()()モノの発した威圧感に、瑠衣は息を呑んだのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 上弦の陸――と思っていた鬼――体の肉が盛り上がり、もう1体の鬼が出て来た。

 融合していたのか、それとも別の何かなのかはわからない。

 わかっているのは、美貌と対極にあるその風貌だった。

 

 骨の浮き出た体に長い手足、異様に痩せた腹部が骸骨を思わせる。

 全身に浮かぶ黒い染みは痣のようで、彼が体を動かす度に不気味に蠢いて見えた。

 彼の瞳には、杏寿郎に頚を斬られた女鬼と同じ数字が刻まれていた。

 

「泣いてたってなああ」

 

 己に向けて放たれたわけでもない言葉に、生唾を呑む程の緊張を強いられる。

 それはまさに、かつての上弦の鬼達と同じ威圧感だ。

 鬼気、迫る。

 

「しょうがねえからなああ。頚くらい自分でくっつけろよなあ」

 

 しかしその声音には、散らかし放題の妹に「たまには自分で片付けろよな」とでも言うような、そんな気軽さがあった。

 地面に落ちている妹の頭を拾い上げようと、身を屈める。

 やれやれという心の声が聞こえてきそうな、そんな動作だった。

 

 ――――音の呼吸・壱ノ型『轟』。

 その瞬間、宇髄が斬りかかっていた。

 身を屈めた妓夫太郎の頸椎のあたりを目掛けて振り下ろされたのは、出刃包丁を身の丈ほどに巨大化したような、独特な日輪刀だった。

 柄尻を鎖で繋いだ二本の刀。しかしより独特なのは、振り下ろした瞬間の()()だ。

 

(か、刀が爆発した!?)

 

 閃光と熱風に煽られながら、瑠衣は驚きを隠せなかった。

 いったいどういう仕掛けを施せば、斬撃の瞬間に爆発が起こるのだ。

 しかし威力は確かで、爆煙の後には陥没した地面があるだけだった。

 その中心に宇髄の姿を見つけて、そして。

 

「音柱さ……」

 

 ()()()()、と。

 音を立てて地面に落ちているのは、宇髄の血だった。

 額当ての金剛石の飾りが砕け散っていて、それも足元に散らばっていた。

 完全な不意討ちだった。にも拘わらず、宇髄は反撃を受けていた。

 

「へええ、やるなあ。殺す気で斬ったけどなああ」

 

 そして、相手は無傷だった。

 両手に血の色の、というより血そのもので出来た鎌を持っていて、幽鬼のように身を揺らしながら、ボリボリと嫌な音をさせながら顔を掻いていた。

 なまじ爪が強靭なためか肌や肉を裂いて――端から再生していく――見ているこちらが痛くなってくる。

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 キン、と耳に響くような、甲高い声がした。

 それは「兄」の足元で蹲っていた女鬼の発した声で、同時にボリボリという引っ掻き音も途切れた。

 

「こいつらみんな殺して! みんなみんなぶっ殺してよ!!」

 

 兄鬼の両腕が、背中側に異様に曲がった。人間なら骨が折れる角度だ。

 鎌を持った両手の筋肉が膨張し、骨が軋む嫌な音が聞こえた。

 風の呼吸を使う瑠衣には、彼を中心に黒い風のようなものが渦巻くのが見えた。

 

「死ぬときグルグル巡らせろ。俺の名は妓夫(ぎゅう)太郎(たろう)だからなああ」

 

 ――――血鬼術『飛び血鎌(ちがま)』。

 次の瞬間、どす黒い斬撃が瑠衣の視界を埋め尽くした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 妓夫太郎が放った血の刃は、辺り一帯を無差別に斬り払った。

 その威力は絶大であって、京極屋の一角が砕け、たまたま室内にいた遊女が腰を抜かしている様が見えた。

 しかし妓夫太郎の意識は、遊女や他の人間には向けられていなかった。

 

「お前ら、いいなあ。本当いいなああ、それなあ」

 

 ボリボリと頬や顎を掻き毟りながら、妓夫太郎は己の攻撃の結果を眺めていた。

 彼は先の一撃で3人ともを狩るつもりだったが、結論から言えば、誰1人として倒れてはいなかった。

 上弦の陸の放った血鬼術の攻撃を、3人の鬼狩り達は日輪刀で捌き、斬り、あるいは爆ぜさせて防いでいたのだった。

 

(……危なかった)

 

 背後に腰を抜かした遊女を庇いながら、瑠衣は息を吐いていた。

 日輪刀を握った両手には、まだ妓夫太郎の一撃の重みが残っている。

 掌の中心に鈍痛を感じる。それだけの衝撃が日輪刀を通じてやって来たのだ。

 

 そして、危なかった。

 妓夫太郎の攻撃がまず宇髄に向けられたから、瑠衣のところまで届くのに僅かな時間があった。

 空中で曲がり、標的に当たるまで続く血の斬撃。斬り捌くだけで全力を出さなければならなかった。

 もし最初の標的が瑠衣であったなら、同じように捌けたかはわからない。

 

「裏口から逃げて下さい」

 

 遊女が逃げていく音がする。

 本当は後ろを向いて、笑顔を見せて少しでも安心させたかった。

 だが、そんな余裕はなかった。

 

「格好いいなあ。お前なあ、きっと感謝されるんだろうなあ」

 

 妓夫太郎が、こちらを見つめていたからだ。

 1秒でも目を離すと死ぬ。そんな考えが浮かんで動けなかった。

 

「お前らもなあ、いい男だよなあ。上背もあって肉付きも良くて、顔も良くて。さぞや女に持て囃されるんだろうなあ」

 

 それにしてもこの鬼、先程からやたらと絡んで来る。

 顔が良いだの何だのと言っているが、口調から褒めているわけではないというのはわかる。

 これは、称賛や憧憬ではなく。

 

「妬ましいなあ、妬ましいなああ。死んでくれねえかなぁあ。苦しんで苦しんで、それからなぁあ」

 

 嫉妬だ。地獄の底から湧き出たような、どす黒い感情を感じる。

 

「ちょっとお兄ちゃん! 何やってんのよ、さっさと殺してよ!」

「……お前なあぁ」

 

 そんな鬼が、妹に対する時だけ、やけに人間臭くなる。

 まるで、心優しい兄そのものだ。

 何て、歪な兄妹なのだろう。

 

「頚がくっついたんなら、()()()()よなあ」

 

 そして兄の言葉に、「あ、そっか」という顔を見せる妹。

 背筋にぞわりと冷たい気配を感じて、瑠衣は京極屋から飛び出した。

 その直後、京極屋の屋根裏から何かが室内に雪崩れ込んで来た。

 天井板を切り刻んで粉砕したそれは、幾重にも重なりながら外へと飛び出し、しかし瑠衣のことは追わずに、そのまま上弦の陸――妹鬼の方へと向かった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 それは、着物の帯だった。

 京極屋の屋根裏から、いや四方八方からやって来るそれらが、妹鬼の体へと取り込まれていく。

 妹は帯鬼。名を堕姫(だき)

 帯が取り込まれていくにつれて髪色が変わり、全身の肌に罅割れにも似た紋様が浮かび上がった。

 

「むう!」

 

 それが何かはわからないが、妹鬼――堕姫が強力になりつつあることはわかる。

 だからそれを阻止しようと一歩を踏み込んだ杏寿郎だったが、妓夫太郎に隙が無かった。

 こちらを牽制し、堕姫の邪魔をさせない。

 その間に、堕姫が全ての帯を吸収し終えてしまった。

 

 ゆらり、と堕姫が立ち上がる。

 そして口元が笑みの形に歪んだかと思うと、彼女の周囲で何かが揺れた。

 それは彼女の背から伸びた帯で、しかしそれは帯というには余りにも鋭すぎた。

 視界が、()()()

 

「アハハハハハッ、死ね! みんな死ね!」

 

 そう錯覚してしまう程に、京極屋が斜めに切断されてしまった。

 切断された部分がずり落ちて、地面にそのまま崩れてくる。

 分厚い建造物を障子紙のように切り裂いた。しかも射程が恐ろしく長い。

 

 悲鳴が上がった。

 それは瑠衣達のものではなく、堕姫の帯による斬撃に巻き込まれた人々の悲鳴だった。

 腕を千切られて蹲った男性。伴侶を真っ二つにされて泣き叫ぶ女性。

 人間の悲鳴に混じって聞こえてくる、鬼の哄笑。

 

「この……っ!」

 

 ――――風の呼吸・弐ノ型『爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)』。

 風の斬撃。4つ放たれたそれは、さらに住人を襲おうとした帯の一角を弾き飛ばした。

 威力としては大したことはないだろうが、しかし堕姫の注意を引くには十分だった。

 額に青筋を浮かべた堕姫が、瑠衣を睨みつけた。

 

「本当、アンタ――――生意気だわ」

「それはどうも」

 

 誉め言葉として受け取っておく。

 そして、帯だ。やはり鋭く、速い。普通の刃にはないしなやかさがある。

 しかし、不思議と攻撃を当てるのは難しくなかった。

 

(上弦との戦いに慣れて来た、とか)

 

 ないとは言わないが、違う気がした。

 それが何なのかは、まだ言葉にすることが難しかった。

 どちらにせよ、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない。

 もっと鬼の注意をこちらに引かなくては、と、思った時だ。

 

 堕姫の周囲に浮かぶ帯に、違和感を覚えた。

 より正確に言えば、帯の柄に違和感を覚えた。

 華やかな柄の帯だが、どこか奇妙な側が混ざっていた。

 そう、あれはまるで、人間を描いたような――いや。

 

「人間……!?」

 

 人間が描かれているのではない。人間だ。人が帯の中にいるのだ。

 ほんの僅かだが、動いている。

 クク、と。

 瑠衣の顔を見て、堕姫が狐のように喉を鳴らして嗤っていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 なるほど、と杏寿郎は思った。

 杏寿郎の見たところ、帯に描かれた――囚われた人々は、健康な状態でそこにいた。

 ただ意識がなく、眠るように目を閉じている。

 ああして()()を保存しているのだろう。

 

 そして同時に、瑠衣にも理解できた。

 吉原を調査する中、遊女が攫われる直前には屋根や壁から奇妙な音がしていたと聞いた。

 あれはきっと、この帯のことだったのだろう。

 帯が入り込む隙間があれば良く、そして吉原中にこれが張り巡らされていたのだ。

 毎夜のように駆け回っても、被害を防げなかったわけだ。

 

「そうよ! 吉原をちょろちょろしてたアンタ達のことだって、最初からお見通しだったんだから!」

「だったらさっさと始末すれば良いじゃねえか。すぐバレる嘘を吐くんじゃねえよ。いちいち頭の悪いやつだな」

「はあああっ!?」

 

 宇髄の言う通り、おそらく広範囲を細かく把握することは出来ないのだろう。

 自分をこそこそと嗅ぎ回る相手がいることを知りながら、それが瑠衣達だとまでは特定できなかったのが良い証拠だ。

 ただそれは、能力というよりは堕姫の性格に拠るところが大きい気もする。

 

「頭の悪い妹を持って兄貴が可哀想になってくるぜ。なあオイ」

「…………まああ、妹は頭が足りねえからなあ」

「ちょっとお兄ちゃん、そんなやつの肩持たないでよ!!」

 

 そして、瑠衣は理解していた。

 宇髄が先程から、わざと堕姫を挑発していることに気付いていた。

 気を引こうとしていることに、気付いていた。

 

 だから、瑠衣も()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()

 正面をじっと見て、動かなかった。しかし。

 

「ひひっ、ひひひっ」

 

 妓夫太郎が、不気味に嗤った。

 そして鎌の先でひとつふたつ、みっつと帯を指していった。

 

「こいつと、こいつと……こいつ。それとこいつかあ?」

 

 雛鶴と、須磨。まきを。そして。

 

(禊さん……!)

 

 堕姫の帯の中に、禊と宇髄の3人の妻がいた。

 禊はともかく、まきを達まで囚われているとは思わなかった。

 撤退の指示が遅かったのか。あるいは元々堕姫に目をつけられていたのか。

 いや、この段階で理由などは余り意味がない。

 

 重要なのは、妓夫太郎に4人がこちらの仲間だと気付かれてしまったことだ。

 元々人質がいるようなものなのに、さらにやりにくくなった。

 並外れた観察眼だ。流石に上弦にまで到達する鬼は違う。

 もし彼女達を盾にされたら、どうすれば良いのか。瑠衣は思い悩んだ。

 

「ひひっ、図星だなあ? 知らねえ顔して気を逸らそうなんてみっともねえなああ、ひひひっ」

「へえ、そうなの。こいつら鬼殺隊だったの? どうりで変だと思った。綺麗めだから取っておいたんだけど、ふうん」

「したり顔で勘違いしてるんじゃねえよ、ボケ雑魚が」

「ひひっ、無理すんじゃねえよ。顔が引き攣ってるじゃねえかあ」

「無理じゃねえ、お前らごときを相手にするのはな、むしろ人質がいるくらいの枷があってトントンなんだよ」

 

 しかし妻を人質に取られた形の宇髄は、そう啖呵を切って見せた。

 

「人間様を、舐めんじゃねえ!」

 

 ――――嗚呼、宇髄。宇髄よ。

 杏寿郎は宇髄の背中に、それでも悲壮も絶望も見なかった。

 だから杏寿郎は、人から大きいと言われるその目をさらに大きく見開いて、相手を観察し続けた。

 

 そしてそれは瑠衣も同じだった。

 この状況を打開する手はないものか、帯から人々を救う手はないものか、と。

 その時だ、奇妙なものを見た。

 

(え……)

 

 帯の中で眠らされている人々の中で、1人だけ目を開けている者がいた。

 その少女は帯の中からじっと瑠衣を見つめると、唇を歪め、白い歯さえ見せたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 もちろん、最初に異変に気付いたのは堕姫だった。

 自分の血鬼術の異変なのである。気付かないわけがなかった。

 

(なに? この感じ)

 

 胸の奥で何かが(つか)えているような、嫌な感覚だ。

 鬼になって随分と経つが、こんな不快な感覚に陥ったことはない。

 何しろ鬼は飢えとも病とも無縁だ。「体調が悪い」などあり得ない。

 

 では、何だ?

 確かな苛立ちと共に、堕姫は原因を探った。

 しかし先に気付いたのは、堕姫ではなく、兄の妓夫太郎の方だった。

 

「なんだあぁ?」

 

 さしもの妓夫太郎も、半ば唖然としていた。

 何故なら、妹の帯の一部が不自然に盛り上がっていたからだ。

 堕姫は気付いておらず、彼女の意思でないことは明らかだった。

 盛り上がった部分がギチギチと音を立て始めて、ようやく堕姫も気付いた。

 

 そして堕姫が目を向けた次の瞬間、彼女の眼前に刃が飛び出してきた。

 それは槍の穂先に似ていて、()()()()から出てきていた。

 分厚い布地を引き裂く――反物を裁断するような――音が続き、出来た裂け目に指がかかった。

 裂け目が広がり、平面とも立体とも取れない不可思議な空間から1人の少女が顔を出した。

 

「――――こんばんは、蕨姫」

「あ、アンタッ!」

 

 その顔に、堕姫は覚えがあった。

 美しい人間のことは食べた人間のことまで良く覚えているし、何よりこの少女を帯に取り込んだのはつい最近のことだ。

 とびきり美しく、そして生意気だった。今も、生意気に自分を嘲笑している。

 

 あり得ないことだった。曲がりなりにも上弦の血鬼術である。

 自力で出てくるなどあり得ないし、あってはならないことだ。

 そもそも堕姫の帯の中で意識を保っていられるはずがないのだ。

 取り込まれた者は例外なく意識を失い、まさしく胃液に溶かされるが如く、自分を失う。

 そのはずなのに。

 

「玉鬘ッ! どうやって!」

「その顔、笑える。チョー最高」

 

 ――――欺の呼吸・壱ノ型『石跳び』。

 帯を切るのに使用した穂先――禊の日輪刀の物だ――を殴りつけて、堕姫の喉元を狙った。

 よほど衝撃が大きかったのか、堕姫の反応は遅れた。

 横から妓夫太郎が手を出さなければ、あるいは禊の一撃は堕姫の喉に届いていたかもしれない。

 

「俺の妹を刺そうとすんじゃねえよなあ」

 

 だから、緩んだ。

 それまで向けられていた注意が、牽制が、緩んだ。

 隙が出来た。

 その隙を、見逃さなかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「帯だ! 瑠衣!」

「はい!」

 

 ――――炎の呼吸・肆ノ型『盛炎のうねり』。

 ――――風の呼吸・肆ノ型『昇上砂塵嵐』。

 剛柔斬撃。直線的な斬撃と曲線的な斬撃が、赤と緑の軌跡を描きながら四方を斬った。

 狙いは堕姫の帯、しかし人間の柄には当てないように斬った。

 

 帯の禊が出て来た場所は空欄になっていた。

 あくまで人間を保存するだけで、融合しているわけではないということだ。

 人間を避けて斬れば、術が解けてボトボトと人間が地面に落ちて来た。

 禊が鬼の注意を引いてくれたおかげで、間合いに飛び込むことが出来た。

 だが、これで終わりではない。

 

「禊さん、伏せてください!」

 

 ――――炎の呼吸・伍ノ型『炎虎』!

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』!

 地面に落としただけでは、助けた人々の安全を確保することが出来ない。

 だから距離を取らせるために、杏寿郎と瑠衣は上弦の兄妹にぶつかった。

 ()()()()()

 

「……ッ、こ、の――クソ餓鬼!!」

 

 刺突した日輪刀、それは堕姫の両手の平を貫いていた。

 咄嗟に防がれたようだが、突撃で距離を取るのが目的だったのでそれは良かった。

 ただ刺さった状態で日輪刀を握られると、流石に事情が変わる。

 憤怒の表情で堕姫が帯を伸ばし、頭上と背面から瑠衣を襲った。

 

「瑠衣!」

「行かせねえんだよなあ、曲がれ『跳び血鎌』」

 

 それを見て杏寿郎は助けに行こうとしたが、彼が対しているのは妓夫太郎だった。

 再びの血の鎌。赤い斬撃が生き物のように動く。

 当たるまで、いや当たってもなお追撃してくる斬撃に、杏寿郎は動けなくなってしまった。

 不味いと、杏寿郎が思った時だ。

 

「はっ、いいねえ!」

 

 ――――音の呼吸・伍ノ型『鳴弦(めいげん)奏々(そうそう)』。

 爆発する斬撃。突進と、爆薬仕込みの二刀を振り回して、血の刃と帯を弾き、吹き飛ばした。

 さしもの鬼も、というか杏寿郎も瑠衣も、こんな技は見たことがない。

 爆破・斬撃もさることながら、爆破による余波も凄まじい。

 

「良いじゃねえか、お前ら。気に入ったぜ。それじゃあ、一丁おっ始めようぜ」

 

 爆煙の中から姿を見せて、日輪刀を肩に乗せながら、宇髄は笑って言った。

 

「ド派手にな」

 

  ◆  ◆  ◆

 

 瑠衣は、宇髄が何か小さな黒い玉を投げるのを見た。

 そしてそれが宇髄の刀に打たれるや、爆発する様を見た。

 これが、宇髄の「爆発する斬撃」の正体。

 

「何人で来たって結果は同じなんだよなあ」

 

 その爆発する斬撃を、血の刃が迎撃した。

 爆発を抜きにしても、宇髄の膂力で繰り出される一撃は相当に重い。

 しかし妓夫太郎はその重さをものともしない。むしろ膂力なら鬼の方が人より上だ。

 幅広の日輪刀と血鎌が火花を散らしながら何度も打ち合う。

 

「死ね! このクソ野郎!」

 

 そこへ、堕姫の帯が来る。

 自由自在に飛ぶ血の斬撃。その合間を縫って、無数の帯が宇髄を狙った。

 しかしその帯が、不意にたわんだ。

 明らかに不自然な動きに堕姫がぎょっとした表情を浮かべる。

 

 何だと思って視線を向けると、()()()()()()()()()()

 あり得ないだろうと思ったが、事実だった。

 堕姫は気付いていないが、なまじ彼女の帯が強靭であったために、足場としてはちょうど良かったのだ。

 足場さえあれば全方位を駆けることが出来る、煉獄瑠衣という少女にとっては。

 

(このまま近付いて……!)

 

 しかし、血鬼術の帯だった。

 踏み込んだ足が帯の中に沈んで、瑠衣は唇を噛んだ。

 しまったと、そう思った時だ。

 

「頭を下げなさい!」

 

 声が飛んで来て、咄嗟に言う通りにした。

 たわんだ帯を巻き取るように槍が来て、回転し、捻じ切ってしまった。

 

「わっ」

 

 瑠衣の頭をわざわざ手で押さえて――半ば踏み台にして――禊が堕姫の下へ飛び込んでいった。

 すれ違う一瞬、禊が手にした日輪刀の槍からカチャカチャという不思議な音がした。

 前々から思っていたが、あの日輪刀も宇髄のそれに負けないくらい奇妙な構造をしている。

 

「玉鬘あ、前からアンタのことは気に入らなかったのよ!」

「あらそう? わたしはあんたのこと嫌いじゃなかったわ。……その不っ細工な嫉妬顔とかね!」

「~~~~っ! 殺す! 殺してやる!!」

 

 ――――血鬼術『八重帯斬り』!

 八方から13本の帯が飛来。禊の周囲を取り囲んだ。

 禊は頭上で槍を回転させて帯を巻き取り、絡め取ったまま槍を地面に縫い留めた。

 

 馬鹿が、と堕姫は笑んだ。

 それで帯を止めたつもりなら大きな勘違いだ。帯は瞬きの間に伸ばせる。

 しかし次の瞬間、禊の日輪刀が半ばから折れた。

 堕姫の帯に折られたのではなく、そもそも分解機構が備わっている。

 

(こいつ、ふざけやがって!)

 

 それで帯の攻撃をいなしたつもりかと、追撃をかけようとした。

 しかし追撃の前に、頚に再びの灼熱感が走った。

 

「なっ」

 

 ――――炎の呼吸・壱ノ型『不知火』。

 帯が瑠衣と禊に集中した隙を突いて、杏寿郎が日輪刀を振り下ろしていた。

 それは適切に堕姫の頸動脈に打ち込まれ、ほとんど抵抗なく反対側に斬り抜けた。

 堕姫の頚が飛び、その表情が驚きの色に染まる。

 

 ――――血鬼術『円斬旋回・飛び血鎌』。

 その顔の前に、血の斬撃が、いや渦が割り込んできた。

 先刻までの一撃とは威力が桁違いで、全力で刀を振らなければ弾くことすら出来なかった。

 血の刃に触れた腕が、捻じ切れそうだった。

 

「まああ、妹だけ狙おうったって、そりゃ無理なんだよなあ」

 

 血の渦が過ぎ去った後、そこには堕姫の頚を抱えた妓夫太郎がいた。

 

「俺達は、2人で1つだからなあ」

 

 妓夫太郎は片目を閉じていた。

 そしてそれに合わせるかのように、堕姫の額に新たな目が開かれていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

(動きが! 変わった!)

 

 堕姫の額に「陸」の目玉が開いた途端、動きが段違いに速くなった。

 速度だけでなく操る帯の本数も増えて、26本に達していた。

 それだけならまだしも、妓夫太郎の放つ血の刃も凶悪さを増している。

 帯を避けた先に必ず血の刃がいて、自分1人だったら確実に喰らっていただろう。

 

「この血の刃はやべえな! お前ら絶対に当たるんじゃねえぞ!」

「うむ! 互いの死角を庇いながら戦おう!」

「はいっ!」

 

 しかし、こちらは4人いる。

 いかに帯と血の刃の連携が凶悪だと言っても、物理的に――最も、血鬼術自体が十分に物理法則に反しているが――動く物である以上、誰かが阻止できる。

 重要なのは互いの距離と位置だ。その点、爆破という剣技を使う宇髄は苦しいかもしれない……。

 

「……って、ちょっ、禊さん!?」

 

 のだが、禊だけは瑠衣達を一顧だにすることなく、攻撃――概ね堕姫に対して――を続けていた。

 もちろんそんな彼女の背を帯なり血の刃が狙うわけで、瑠衣は速度の速い壱ノ型(塵旋風)伍ノ型(木枯らし颪)で度々禊の死角を守った。

 そうすると、決まって禊は不機嫌な顔で瑠衣を睨むのだった。

 

「禊さん、出すぎです。連携を……」

「っさいわね! 余計なことしてるんじゃないわよ!」

「ええ……」

 

 何という我の強さ。

 あるいは堕姫の帯から脱出できたのも、この我の強さがあればこそだったのかもしれない。

 とは言え、今は連携が必要な場面だった。

 1人ずつ戦っていては、各個撃破されてしまう。

 

「むう! きみ! 1人で先走るのは危険だぞ!」

 

 その時、杏寿郎がそんな声をかけて来た。

 しかしそれにも、禊は噛み付いた。

 

「ああ、もう。どいつもこいつも五月蠅いわね! わたしがどう戦おうとわたしの勝手でしょ!」

 

 一瞬、瑠衣はむっとした。

 兄様に対して、という気持ちが出たためだ。

 しかしそれも、次の杏寿郎の言葉で消えてしまった。

 

「なるほど!」

 

 得心した顔で杏寿郎は頷き、言った。

 

「自信がないのだな!」

 

 高速で戦闘を続けながらのことだから、あり得ないことだが、瑠衣は全てが止まったと思った。

 こちらを、杏寿郎の方を振り向いた禊に表情はなかった。真顔だった。

 美しい娘が表情を消すと、何とも言えない迫力があった。

 

「――――は?」

「大丈夫だ! 俺や瑠衣の方できみに合わせよう!」

「……はあ?」

「他人に合わせるのは相当の技術と経験が必要だ! 誰にでも出来ることではない! だから気にすることはない!」

「はあああああああああっ?」

 

 そしてその端正な顔に血管が浮き出る様を、瑠衣は見ていた。

 今にも杏寿郎に掴みかかりそうというか、斬りかかりそうな様子だった。

 というか、実際に杏寿郎の方へ向かって駆け出していた。

 

「ちょっ、禊さん!? ……うわっ」

 

 禊の槍が()()()、瑠衣の周囲に迫っていた帯を叩き落としていった。

 そのまま杏寿郎の下へ走り、回転を加えながら槍を突いた。

 杏寿郎は表情を変えることなく身を倒した。

 日輪刀の穂先が杏寿郎の鼻先を掠めて、血の刃を貫いた。

 それを斬り払いながら、禊は言った。

 

「やってやるわよ連携くらい! やれないわけないでしょ、ふざけてんじゃないわよ!?」

「うむ! 素晴らしい動きだったな!」

「いや、あと少しで私達に当たりそうだったんですけど……」

 

 その様子を横目に妓夫太郎と戦っていた宇髄は、思った。

 とんでもねえ杏寿郎だ、と。




最後までお読みいただき有難うございます。

やっぱり兄妹って良いよね!(え)
ちょこっとだけ我儘な妹を持つお兄ちゃんは、きっと炭治郎より妓夫太郎の方に感情移入すると思う(偏見)。
そうだなあそうだなあ言いながら妹を甘やかす。うん。素晴らしい(え)

それでは、また次回。
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