鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

29 / 117
第28話:「上弦討伐」

 ――――今、何が起こったのか。

 100年不敗の鬼として君臨する妓夫太郎でさえ、己が身に起きたことについて理解が遅れた。

 片腕が斬り落とされた。事象としては単純だ。問題はそこではない。

 問題は、それを成した者の方にあった。

 

(こいつ、こんなに速く動けたのかあ?)

 

 何と言ったか。そう、確か瑠衣と呼ばれていた。

 ここまでの戦いで、この少女がここまでの速度と射程距離を見せたことはなかった。

 それが突然、この速度。この攻撃。

 しかし妓夫太郎が何よりも戸惑ったのは、速度ではなかった。

 

 ――――風の呼吸・弐ノ型『()()()()』!

 

 残った片腕で、下からの斬り上げの一撃を防いだ。

 これまでの戦いで、瑠衣の攻撃の威力の程は掴んでいた。

 だから瑠衣の両手での斬撃でも、片腕で受け止めることは容易い。

 容易いはずなのだが、何故か、妓夫太郎の腕が弾き上げられた。

 

(何だ、この()()は)

 

 ()()。瑠衣の攻撃が、重さを増していた。

 ここまでの戦いでは、周囲を跳び回りチクチクと刺す、いわば蜂のような戦い方だった。

 鋭いが一撃が軽く、妓夫太郎にとって脅威にはならなかった。

 だが今の瑠衣の攻撃はそれとは違い、腕が痺れるような衝撃を伴っていた。

 

「あ、姉上……」

 

 そして妓夫太郎以上に、千寿郎の受けた衝撃の方が大きかった。

 千寿郎は、瑠衣が使用している剣技の型が何であるのか理解している。

 炎の呼吸。壱ノ型『不知火』と弐ノ型『昇り炎天』だ。

 しかし同時に、瑠衣が炎の呼吸を使っていないことにも気付いていた。

 

「違う呼吸で、炎の型を……!?」

 

 ()()()()()()()()()()使()()

 そんなことが可能だと考えたこともなかった。

 何故ならば、それぞれの剣技はそれぞれの呼吸に合わせて開発された剣技だからだ。

 求められる能力も、鍛錬の仕方も違う。

 

 水の呼吸を極めたからと言って、雷の剣技を使えたりはしないのだ。

 しかし今、瑠衣は呼吸は風のままに、剣技は炎の型を使っている。

 普通なら呼吸と剣技の違いに動きがすぐにちぐはぐになり、まともに戦えないはずだ。

 こんな戦い方は、柱にだって出来はしないだろう。

 

(いったい、姉上に何が)

 

 驚愕に目を見開く千寿郎の前で、日輪刀を振り上げた瑠衣が駆け出していた。

 その後ろ姿はもはや蜂などではなく、野猪(やちょ)の如き闘気を放っていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 実のところを言えば、困惑の度合いは瑠衣も妓夫太郎や千寿郎と大差が無かった。

 千寿郎が殺されかけて、咄嗟に出た技が――()()()()による常中のままに――『不知火』だった。

 回転も跳躍も必要ない、単純な突進抜刀術。その技で、千寿郎を救えた。

 

「小娘が、調子に乗るんじゃねえよなああ!」

 

 ――――血鬼術『飛び血鎌』。

 極薄の血の刃が複数、瑠衣の視界を覆い尽くす勢いで放たれた。

 瑠衣の見る限り、それらは今までで最も大きく、そして速かった。

 それを見た瑠衣は、突進を止めて後ろに跳んだ。

 

 ――――風の呼吸・肆ノ型『盛炎のうねり』。

 斬撃が、風の盾が血の刃を弾き散らした。

 じんとした衝撃が両腕に伝わる。ただ、今でのように痺れるということはなかった。

 力負けしていない。その事実にまた瑠衣自身が驚いた。

 

(やれる、やれてる)

 

 上弦の鬼と、戦えている。その事実に瑠衣は高揚した。

 不思議だ。酷く調子が良かった。

 全身の血の巡り、毛細血管の先、筋肉の繊維の一本一本でさえ、はっきりとわかる。

 妓夫太郎との打ち合い。しかしその動きでさえ、何故かゆっくりとしたものに感じられた。

 

(身体が、軽い!)

 

 妓夫太郎の四方、いや八方。いやさらに十六方、三十二方。

 ありとあらゆる場所を駆け、瑠衣はあらゆる方向から妓夫太郎に斬りかかった。

 その速度は普段にも増して速く、まさに風の如き(はや)さだった。

 

 普通の鬼なら、仮に下弦の鬼であっても、ひとたまりもないだろう。

 しかし流石は妓夫太郎というべきで、瑠衣の攻撃の悉くを防御して見せた。

 人間ならば対処できない死角からの攻撃も、関節を反対側に曲げることで防いでしまう。

 まさに鬼ならではの防御方法で、これを抜くのは相当に困難だった。

 

(抜ける)

 

 しかし、今の瑠衣はそれを困難とは思わなかった。

 確かに妓夫太郎の柔軟な防御は脅威だが、()()()()()()()()()()のだ。

 妓夫太郎の防御よりも速く攻撃するか、あるいは攻撃を修正すれば良い。

 簡単なことだ。

 

「その簡単なことができねえで、鬼狩りはみんな死んでいったんだよなあ」

 

 妓夫太郎が、両腕を振り下ろしていた。

 血鎌。瑠衣の目はそれを捉えていた。右へ跳び、すぐに左に跳んで――さらに右。

 そこから前へ跳んで、半回転しながら左へ。

 目の前に、妓夫太郎の背中があった。

 

(チィ……ッ! また蜂に戻りやがったってかあ!?)

 

 妓夫太郎の腕の関節が異様な方向に曲がり、瑠衣の喉を狙った。

 それを認識した瑠衣は、さらに右へ跳んだ。

 そこからさらに右へ。右へ――右へ。跳ぶことを繰り返した。

 妓夫太郎を中心に、右へ。ひたすらに右へ跳び続けて、そして。

 

(いや! これ……は……!)

 

 振り切る。

 妓夫太郎の目と手を振り切り、何度目かの背中を目にした瞬間。

 瑠衣は最後の踏み込みを行った。

 狙いはただ1つ。妓夫太郎の頚だった。

 

 

 ――――()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 それは、枯れ枝が折れるような音だった。

 瑠衣は()()でその音を聞いた。

 そして、異変はすぐに起きた。

 

「う、あ?」

 

 不意に体勢が崩れて、右手が地面についた。

 何が起こったのか、咄嗟には理解できなかった。

 しかし右足から激痛が来て、異変が何かを理解した。

 

 視線を右足に向けると、膝の下あたりに違和感があった。

 おそらく、腫れ上がっている。

 そして先程の音と、体の内側から金槌で殴られているかのような痛み。

 ()()()()()。右足が、折れていた。

 

「……みっともねえなあ」

 

 全力で動く。

 しかしそう意識して動いていても、その実、人間の身体は全力で動いていない。

 無意識の内に抑制されてしまうからだ。なぜ抑制されてしまうのか?

 答えは簡単だ。()()()からだ。

 

 どれ程の鍛錬を積もうと、どれ程に頑強な肉体を手に入れても、身体構造は変わらない。

 全集中の呼吸で強化しようとも変わらない、人間の肉体の限界値。

 瑠衣はそれを超えてしまった。

 千寿郎を救いたい一心でそれを超え、気付かぬままに動き続けた。そして足が壊れた。

 

「みっともねえなあ。青い顔して、死にそうな顔して、立つこともできねえでなあ」

 

 異常は右足を皮切りに、全身に来た。

 筋肉が軋み、肺腑が悲鳴を上げる。

 妓夫太郎の言う通り顔色は青を通り越して白くなり、喉に酷い渇きを覚えた。

 

「ボロボロで弱っちくて、みっともねえなあ。だが俺は好きだぜ、惨めでみっともねえものが。今のお前には愛着が沸くなあ」

 

 加えて、視界が端から塗り潰されるように黒くなってきていた。

 自分が失神しかけていると、瑠衣は気付いた。

 胸を押さえて蹲りかけた瑠衣に、妓夫太郎は嗤った。

 

「みっともねえ顔のまま頚を落として、喰ってやるのも」

 

 その瞬間、赫い日輪刀が閃いた。

 正面からのその攻撃に反応して、妓夫太郎は後ろに下がった。

 喉が僅かに切れていて、指先で血に触れて確かめた。

 それを舐めつつ顔を上げると、そこには杏寿郎が立っていた。

 

「俺の妹を侮辱することは許さん!」

「嘘だなあ、()()も」

 

 そして杏寿郎と妓夫太郎の戦いを塗って、千寿郎が瑠衣に這い寄って来た。

 

「姉上……!」

 

 蹲ってしまった瑠衣の肩を掴み、揺さぶった。

 反応はなかった。失神したのか。

 千寿郎はもう少し瑠衣に近付き、耳元で呼びかけた。

 

「姉上!」

 

 その声に、瑠衣が答えることはなかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ()()()()()()

 ……という感覚を、どう思うだろうか。

 自分の一挙手一投足を、言動の1つ1つに至るまで他人に見られている。

 煉獄瑠衣の生とは、そういうものだった。

 

(また、失敗した)

 

 失敗1つ、弱音1つ許されない。

 だというのに、自分は幾度失敗を繰り返すのだろう。

 

「悔シイノ?」

 

 悔しかった。失敗が、失態が、悔しかった。

 そして瑠衣が何よりも悔しくて仕方がなかったのは、いくら失敗しても、幾度失態を演じても、周囲はそれでもなお瑠衣を褒めるのだ。

 上弦と戦って生き残るだけで凄い。味方を生きて連れ帰っただけで凄い。

 

「ソレハ本当ニ凄イ事ダカラナンジャナイノ?」

 

 凄いことなものか。

 生き恥を晒して、いったい何が凄いというのか。

 

「死ニタイノ?」

 

 死にたいわけじゃない。

 ただ、()()()()()()立派に死にたい。

 

「立派ニ死ヌッテ、ドウユウノ?」

 

 それは、と、思った時だ。

 瑠衣は、はたと気付いた。自分はいったい、誰と話しているのだろう。

 そう思って、顔を上げようとすると。

 

「可哀想ナ子」

 

 ふわり、と、誰かが自分の頭を掻き抱いて来た。

 まるで、周囲の目から瑠衣を守ろうとするかのように。

 誰かは、わからなかった。ただ、温かかった。

 

「大丈夫ヨ」

 

 まどろむように目を閉じると、声だけが落ちて来た。

 

「オ姉チャンガ、本当ニシテアゲル」

 

 ……――――千寿郎は、驚いた。

 蹲っていた姉が、不意に立ち上がったからだ。

 それも普通に立ち上がるというよりは、跳ね上がると言った方が正しい。

 不意にそんな動きをされれば、千寿郎でなくとも驚くだろう。

 

「あ、あの、姉上? 大丈夫ですか? 怪我は、足……」

 

 そう、足を怪我していたはずだ。

 しかし今の瑠衣は、普通に立っている。

 

「姉上、あの」

「五月蠅イ」

「え」

 

 千寿郎は驚いた。何か驚いてばかりだが、とにかく驚いた。

 今まで瑠衣に叱責や注意を受けたことがないとは言わないが、少なくとも「五月蠅い」などという言い方はされたことが無かった。

 

「弱インダカラ、ウロチョロシナイデ」

 

 言葉が鋭利な刃物のように胸に突き刺さった。

 実際に瑠衣に庇われた身としては言い返せないが、しかし、やはり違和感を感じた。

 瑠衣はけしてこんな言い方は――特に自分に対しては――しないし、何より。

 

「サテ」

 

 その瞳が、金色に輝いているように見えた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 クナイの雨が降っていた。

 堕姫の血鬼術から解放され、意識を取り戻した雛鶴達が、特殊な器具を用いて50個以上のクナイを地上に向けて放ったのだ。

 鬼にクナイ如きが通じるはずもないが、何かを察した妓夫太郎はあえて血鬼術でそれを全て弾き飛ばした。

 

(……クナイが刺さりながら、突っ込んできやがる)

 

 その雨の中、宇髄は自らにクナイが刺さるのも構わずに妓夫太郎に斬りかかった。

 相も変わらずの爆発する斬撃。爆発を避けながら斬撃を捌いていく。

 

(畜生が、どういう目をしてやがる!)

 

 宇髄は胸中でそう毒吐いた。

 派手な爆発の中で、妓夫太郎はどの攻撃が本命かを的確に見抜いて来る。

 致命の一撃を届かせることが出来ない。

 だが宇髄に注意が向いたことで、クナイが一本、妓夫太郎に突き立った。

 

 妓夫太郎は、自分の身体が硬直していることに気付いた。

 血鎌を潜り抜けた宇髄が妓夫太郎の両足を斬り飛ばすが、妓夫太郎にとっては大した負傷ではない。

 腕の1本や足の2本、妓夫太郎の再生能力をもってすれば一瞬で再生する。

 だが、()()()()()()()()

 

(このクナイ、何か塗られてるなあ。毒か)

 

 藤の花から抽出した毒。強力な毒で、下弦の鬼ですらしばらく動けなくなる猛毒だ。

 しかし、上弦の鬼には通じない。

 即座に体内で毒を分析・分解し、数秒の後には足を再生するところまで行った。 

 

「いやあ、良く効いたぜ。この毒はなあ」

(もう分解しやがった!)

 

 宇髄は舌打ちして、しかし攻撃を続行した。

 毒の巡りのせいか、唇の端からは血が溢れ始めている。

 鬼と違って、体内で毒の分解など出来ない。

 

 ――――炎の呼吸・伍ノ型『炎虎』!

 宇髄の両手と妓夫太郎の両手が互いの獲物をぶつけ合った瞬間、大上段から振り下ろされた炎の刃が妓夫太郎に襲い掛かった。

 必殺の一撃。しかし妓夫太郎はあろうことか頚を180度真後ろに回転させて、杏寿郎の刃を歯で噛み、受け止めた。

 

(よもや! 頚を真後ろに!)

(そんなキモい防御してるんじゃねえよバカタレェェェ!)

 

 ――――余談だが。

 鬼殺隊の「お館様」、すなわち産屋敷耀哉は、宇髄にこう言ったことがある。

 曰く、上弦の鬼の力は少なくとも柱3人分に相当する、と。

 宇髄は柱、そして杏寿郎も柱に並ぶ実力の持ち主と言って過言ではない。

 

 1人足りない。上弦の鬼を倒すには、柱1人分の戦力が足りない。

 だから、勝てない。勝ち切れない。押し切れない。

 だが、もし。

 もしここに、柱1人分に相当する代替戦力が現れたとしたら?

 

「……瑠衣ッ!?」

 

 宇髄が両腕を止め、杏寿郎が()を押さえている。

 その状況で、ふわり、と瑠衣が舞い降りてきて。

 空中で身体を逆さまにした体勢のまま、日輪刀を横に一閃した。

 その刃は妓夫太郎の頚に深く喰い込み、そのまま、反対側まで斬り進んでいった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 どういうことだ、と妓夫太郎は思った。

 まず足が折れていたはずの瑠衣が平然と跳躍していて、しかも折れる前よりも速く、なお力強く刀を振るってきた。

 いったいどんな()()をしているのか。人間のすることとは思えない。

 

 そして、感覚。

 瑠衣が目の前に現れた瞬間、肌が粟立ち、緊張した。

 こんな感覚は過去に2度しか感じたことがない。

 1度目は自分達を鬼にした()()()と出会った時。そして2度目は。

 と、思考に捉われた一瞬。その隙に瑠衣の刀が頚に叩き付けられた。

 

(畜生、こんな小娘に……まずい! 斬られるぞオオオオ!!)

 

 いや、大丈夫だ。

 上弦の陸・妓夫太郎は、2人で1つ。彼の頚が刎ねられても死なない。妹と同じだ。

 兄妹の頚を同時に落とさなければ、妓夫太郎が死ぬことはない。

 万が一自分の頚が斬られたとしても、妹の頚さえ繋がっていれば。

 

「ちょっと、お兄ちゃん! 嘘でしょ!? そんなやつに頚斬られないでよ!!」

 

 一方の堕姫。妓夫太郎の頚が斬られそうになり、そう声を上げていた。

 帯を向かわせようとするが、それらの帯に隠し刃を展開した禊の日輪刀が突き刺さって行った。

 

「さっきから思ってたんだけどさあ」

 

 堕姫の懐に、禊がいた。

 無手のままだ。しかし鋼糸を通じて日輪刀を操作しているらしかった。

 すでに出血も疲労も相当だろうに、それでも禊は口元に笑みを浮かべていた。

 そしてその美しい口元から測れるのは、やはり毒だった。

 

「あんたさ、その年でお兄ちゃんお兄ちゃんって――――気持ち悪いわよ」

「――――玉鬘アッ!!」

 

 堕姫は激怒した。妓夫太郎側の戦況は一瞬で意識から消えた。

 全ての帯を禊に向かわせた。

 ここに来て、その速度と密度は避ける空間さえ許さぬ程だった。

 

 しかし堕姫の意識が禊に向いた瞬間、何かが堕姫の胸に当たった。

 それは(まり)ほどの大きさで、思わず、堕姫はそれを地面に落とさないよう両手で受け止めた。

 ()()()()()

 妓夫太郎(兄鬼)の頚だった。顔を上げると、あの少女、瑠衣が蹴り抜きの体勢でこちらを見ていた。

 

「な」

 

 斬り落とした頚を、蹴り飛ばした。

 それが堕姫の頭に上がってくるまでに、数秒を要した。

 そしてその数秒が、命取りになった。

 

「――――()ッ!!」

「はっ」

 

 兄の声。しかしその時には遅かった。

 

「ああ、良いわね。その顔のあんたは好きよ、本当にね」

 

 ――――欺の呼吸 真二ノ型『剣弾き』。

 刃が見えなかった。だから頚を帯化していなかった。

 その帯化していなかった頚に、禊が隠し刃を展開した日輪刀を蹴り当てていた。

 何個に分割したかまでは堕姫は気にしていなかった。

 だから、戦闘で舞い上がった土の中に隠された日輪刀の部品に気付くことが出来なかった。

 

「玉、鬘……ア」

「チョー最高、ってね」

 

 頚が落ちていく中、最期に見るのが憎らしい女の笑顔。

 こんな最悪なことがあるか、と、堕姫は思ったのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 結論だけ見れば、何とも地味な結果な結果になったものだ。

 瓦礫に座って毒の遅延に集中しながら、宇髄はそう思った。

 雛鶴たち3人の嫁がやって来て、甲斐甲斐しく怪我の治療を始めていた。

 それに身を任せながら、宇髄が見つめていたのは地面に転がった2つの頚だった。

 

「何で助けてくれなかったのよっ!!」

「こっちは柱を相手にしてたんだぞ! しかも2人……いや3人いた!」

「だから何よ、強いことしか能がないくせに!!」

 

 やはり2人の頚を同時に斬ると死ぬらしく、今度は復活しなかった。

 肉体はすでに崩れ、残った頭も少しずつ塵と化していっている。

 しかしこれがまた元気で、今は口汚くお互いを罵り合っている。

 というか、いつまで喋っているつもりだ。さっさと死ね、地味に。

 

「あんたみたいな醜いやつ、負けたら何の取り柄もないじゃない!!」

「ふざけんな! お前1人じゃ何も出来なかった癖になあ! いっつも俺が尻を拭いてやったんだ、何の取り柄もないのはお前の方だろうが!!」

「なっ……なっ、この」

「こんなはずじゃなかった! お前みたいな荷物さえいなけりゃあなあ! 俺はもっと……!」

 

 と思っていると、妓夫太郎たちの傍に立つ者がいた。

 杏寿郎だった。彼は静かに刀を振り上げると、そのまま振り下ろした。

 妓夫太郎の口から下が、斬られて飛んだ。

 

「お兄ちゃ」

 

 返す刀で堕姫の口も斬った。

 表情は特に動いていない。無心で斬ったように見える。

 ただ、とどめを刺す、という風でもなかった。

 

 甘い……いや、優しいやつだ、と宇髄は思った。

 自分も毒で苦しいだろうに、わざわざそんなことをするとは。

 きっと、死に際にお互いを罵り合う兄妹の姿が見るに忍びなかったのだろう。

 もっとも、そんな杏寿郎の慈悲が鬼に通じるのかどうかはわからなかったが。

 

(畜生、こんなやつに……!)

 

 もちろん、通じるはずがない。

 妓夫太郎は自分を殺した連中の慈悲などに感謝などしなかったし、むしろ殺してやりたいと思っていた。

 だがそれも、堕姫がいざ消えるとなると、どうでも良くなった。

 

(梅……!)

 

 梅。それが堕姫の、妹の名前だった。人間の頃の名前。

 どっちも酷い名前だ。しかもこれから地獄に行く。地獄では何と呼ばれるのだろう。

 ああ、でも、花街の最下層で生まれるよりはマシなのかもしれない。

 そう思うと、少しは気も楽になるというものだった。

 

 鬼狩りは憎らしいが、もうどうでも良かった。

 妹が消えた。それなら自分がここにいる意味もない。生きていたって仕方がない。

 さっさと死んでやるとしよう。

 きっと妹は、地獄の入口で自分を探しているだろうから――――……。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 上弦の陸を斬った。

 結果だけ見れば、そうなるだろう。

 100年不敗の上弦の鬼、その1体を斬ったのだから、これは快挙だった。

 しかし杏寿郎の胸には、いわゆる達成感のようなものは少しも湧いてこなかった。

 

「千寿郎」

「は、はい!」

「すまないが、花魁少女を頼めるか。気丈に振る舞っているが、負傷はけして軽くないはずだ」

「お、花魁少女? あ、玉鬘さんのことですね? わかりました!」

 

 千寿郎が駆け出していくのを横目に、日輪刀を鞘に納めた。

 嘘を吐いたわけではないが、千寿郎には聞かせ難い話をするつもりだった。

 だから禊をだしに、遠ざけたのだ。

 

「さて」

 

 ごほ、と咳き込みながら――鬼は倒したが、妓夫太郎の毒はまだ体内に残っている――杏寿郎は、瑠衣を見た。

 瑠衣は何とも形容しがたい笑みを浮かべて、何をするでもなくそこに立っていた。

 それは、杏寿郎の知るどの表情とも違っていた。

 

()()()()()?」

「誰ダ?」

 

 ()()()()()()()()()

 杏寿郎だからこそ、それは確信できた。

 小首を傾げて頬に指など当てているが、瑠衣はそんなあざといことはしない。

 母が死んでから、瑠衣はそういう可愛らしい仕草をしようとはしなくなった。

 

 しかし杏寿郎は、その可愛らしさに僅かも気を緩めなかった。

 何故ならば目の前のこの存在は、不意を突いたとは言え、隙を突いたとは言え、あの上弦の陸兄妹の頚を斬ったのだ。

 油断など、出来ようはずもなかった。

 

「誰ト言ワレテモ、私ハ貴方ノ妹ダヨ」

 

 瑠衣の姿をした()()は、胸に手を当ててそう言った。

 杏寿郎の妹と、確かにそう言った。

 瞳の虹彩が、金色に波打っている。美しいが、どこか不安定さを印象付けた。

 だからだろうか、()()の存在を、杏寿郎は何故か掴みかねている。

 目の前にいるようで、目の前にいない。そんな矛盾した感覚だった。

 

「ソシテ()()()ノ姉デモアル」

 

 そして、()()は自分のことを瑠衣の姉と言った。

 普通の人間がこれを聞けば、瑠衣の頭がおかしくなったと思っただろう。

 いや、杏寿郎でさえそう思ったかもしれない。

 

「なるほど」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「父上が言っていたのは、きみのことか」

 

 杏寿郎の言葉に、()()はにっこりと笑顔を浮かべた。

 瑠衣の顔で、笑ったのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 目を覚ますと、とんでもない美女が目の前にいた。

 

「あ、起きました?」

 

 美女――しのぶは、瑠衣を覗き込んでいた。

 視界には、しのぶの他に崩れた花街が見えた。

 空は、白み始めている。夜明けが近いことが知れた。

 

 夜明け。それを意識した瞬間、瑠衣は跳ね起きた。

 「おお、危ない」と言いつつ、しのぶが身を引いた。

 夜が明けていて、自分は生きている。そしてしのぶがいて、一瞬混乱した。

 すると自分がすでに手当てをされていることに気付いた。

 戦いは終わったのか。結果は、どうなったのか。

 

「姉上」

 

 身を起こしている瑠衣に、小さな影が飛び込んで来た。

 

「姉上、良かった……目を覚まして……」

「……千寿郎? え、ちょっと、泣いてるの?」

 

 胸に顔を押し付けて肩を震わせる弟に、瑠衣は戸惑った。

 千寿郎が泣くなど、いつぶりだろうか。

 まだ状況を飲み込めていない頭のまま、助けを求めるようにあたりを見渡した。

 

 しのぶは、「あらあら」と首を傾げている。

 少し離れた位置に宇髄もいた。まきを達もいて、こちらに軽く手を振ったり会釈したりしていた。

 どちらも、助けてくれるつもりがないことはわかった。

 千寿郎が嗚咽を漏らし始めたあたりで、瑠衣はいよいよ困り果ててしまった。

 

「ちょっと」

 

 その時、不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 

「人が寝てる横でぴーぴー騒がないでくれる? 鬱陶しいのよ」

 

 禊だ。こちらも手当てされていて、瑠衣の隣で横になっていた。

 見た限り、後遺症が残るような怪我はないように見えた。

 柚羽達の例もあって、瑠衣はほっとした。

 杏寿郎の姿が目に入ったのは、そんな時だった。

 

「兄様!」

 

 呼びかけると、杏寿郎がこちらを見た。

 後ろ姿からは深刻そうな気配を漂わせていたが、瑠衣の顔を見るといくらか和らいだ。

 瑠衣、と呼ぶ声に、どうしてか目頭が熱くなるのを感じた。

 

「兄様、あの、毒は」

「うむ! 胡蝶が解毒薬を打ってくれたので、もう大丈夫だ!」

「毒が消えてなくなったわけではないので、安静にしていないと駄目ですよ~」

 

 瑠衣が視線を向けると、しのぶは片目を閉じて見せた。

 毒の、それも上弦の鬼の毒でさえ解毒薬を調合するというのは、尋常ではない。

 しかしそれを成してしまうからこそ柱なのだと、改めて思った。

 やはり、柱は格が違う。

 

「ええと、それで……すみません。途中から良く思い出せなくて、あの、戦いは……?」

「うむ」

 

 上弦の陸は、どうなった。

 そう問うた瑠衣に、杏寿郎は何故か、言うのを躊躇っているように感じた。

 竹を割ったような性格の杏寿郎が躊躇うなど、珍しかった。

 その沈黙を、意外な人物が破った。

 

「姉上ですよ!」

 

 千寿郎である。

 まだ目尻に涙を浮かべながらも、興奮しているのか、頬を紅潮させていた。

 しかし続く言葉は、瑠衣を戸惑わせた。

 

「姉上が斬ったんです! 上弦の鬼を!」

「え?」

「覚えていないんですか!?」

 

 千寿郎が何を言っているのか、理解できない。

 上弦の鬼を斬った? 自分が?

 混乱が増した。縋るように杏寿郎を見ると、厳格な目に射竦められた。

 息を呑む瑠衣に、杏寿郎は言った。

 

「瑠衣」

 

 心臓が、締め付けられるようだった。

 

()()()()()()()()

 

 すぐ傍で話を聞いていたしのぶは、嗚呼、と思った。

 

(お父様そっくり)

 

 不器用で、融通が利かず、頑固だ。

 そして、本当に哀れな娘だと、しのぶは思った。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 身を起こした瞬間に、血を吐いた。

 それは体の動きで体内の血管が破れたというよりは、感情の高ぶりによって引き起こされたように見えた。

 布団に血の花を咲かせながらも、その男――産屋敷耀哉は興奮を隠しきれずにいた。

 

「そうか倒したか、上弦を……!」

 

 上弦。100年不敗の鬼。

 鬼殺隊にとっては、上弦討伐はまさに悲願だった。

 代々短命の産屋敷家当主。いったい何人の当主が上弦討伐を果たせぬままに寿命を使い果たしたか。

 それを果たした。血を(たぎ)らせるなという方が無理だった。

 

「よくやった天元、杏寿郎、千寿郎、禊、瑠衣!」

 

 ごぼっ、と、嫌な音がした。

 血の泡を噴いてなお叫ぶ夫を、妻のあまねが支えた。

 手や着物が血で汚れるのも構わずに介抱し、子供達に湯や薬の指示を出している。

 

「ゴホッ、この……この波紋は、大きくなって、停滞していた運命を、ゲホッ、変える、だろう」

 

 産屋敷は常に遠くを見つめていた。

 病に犯され光を失った目で、ずっと見つめていた。

 ()()に至るまでの道のりは余りにも遠く、また余りにも険しかった。

 しかし、道は通じていた。

 

 どれだけ遠くとも、どれほど険しくとも、か細い道が確かにあった。

 歴代の産屋敷家当主だけが見ることができたその道を、彼もまた見つめ続けていた。

 道があるなら、歩くしかない。歩き続けて、前に進むしかない。

 そうする()()()()

 そうやって、歴代の産屋敷家当主は数多の犠牲で舗装された道を歩き続けて来たのだ。

 

「鬼舞辻無惨……! お前は、我が一族唯一の汚点であるお前だけは、私達が、必ず……!」

 

 ――――鬼舞辻無惨。1000年を生きる鬼の始祖。

 彼はどうだろうか。

 産屋敷当主たちに見えている()()()()()道が、見えているのだろうか。

 それは、彼自身にしかわからないことだろう。

 そして彼は、おそらくそれを誰かに話すことはない。

 

「…………」

 

 男が、立っていた。

 襟元に豪華な刺繍の入った、洋装(ジャケット)の男。

 片腕の袖から先がなくなっていて、歪な出で立ちだった。

 しかしその場に他の誰かがいたとして、はたして袖の状態に気付いたかどうか。

 

 暗闇に輝く紅い輝きから、目を離すことができたかどうか。

 闇色の(かお)の中で、不気味に紅く輝く双眸。

 それに見つめられて、目を逸らせる存在はこの世にいないだろう。

 

鳴女(なきめ)

 

 そして、その声の低さ。冷たさ。

 耳にするだけで、聞く側が恐怖に表情を歪ませかねない程だった。

 

「上弦を召集しろ」

 

 切れた袖を撫でながら、彼は言った。

 

「あの娘、まさか……いや、間違いない」

 

 次の一瞬で、袖口が修復されていた。

 

()()()()()()()

 

 生地に継ぎ足しの境目があるわけではなく、最初からそうであったかのように自然だ。

 

「……ククク。流石は、我が――――」

 

 しかし、その男の存在はどこまでも不自然だった。

 どこまでも、歪んでいた。




最後までお読みいただき有難うございます。

空きのある呼吸の剣技について募集でもしてみようかなと思う今日この頃です。
炎の呼吸の陸ノ型とか。
原作資料とかで公開されないかなあ。

というわけで、花街編完結です。2期楽しみですね2期!(え)
次はそのまま12巻に行くのか、何か挟むのか。
まだ考え中ですが、いずれにせよもちろん瑠衣は碌な目に合いません(え)

それでは、また次回。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。