鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第37話:「新しい刀」

 炭治郎が上弦の肆の頚を刎ねた時、瑠衣が感じたのは高揚でも安堵でも無かった。

 逆に、猛烈な嫌な予感に身体を突き動かされた。

 だから時透が身体を弛緩させ、玄弥が「おお」と声を上げた時、瑠衣だけは地面を蹴っていた。

 

「竈門君! 気を付けて!」

 

 その瑠衣の声を、炭治郎は攻撃直後の硬直の中で聞いた。

 言いたいことは、わかっているつもりだった。

 喜怒哀楽の鬼達は頚を斬っても死ななかった。

 

 だから炭治郎は瑠衣の言うことが理解できた。

 理解できていたが、ここで炭治郎も予想外のことが2つ起こった。

 1つ目は、ヒノカミ神楽の反動を考慮にいれてもなお、急激に体力を消耗したこと。

 そして第2に、上弦の肆が頚を再生させるよりも先に炭治郎を攻撃してきたことだ。

 

(こいつも、本体じゃない!)

 

 仮に頚を斬られても死なないとしても、急所には違いない。

 しかし上弦の肆は、急所を斬られた時特有の()()が僅かも無かった。

 これだけ強力な力を持つ鬼なのに、扱いは喜怒哀楽の鬼と全く変わらない。

 不味い、と思った。攻撃直後の硬直で、指先が震えた。

 

 ――――血鬼術『無間業樹』!

 

 嫌な予感というものは当たるものだ。

 上弦の肆の足元から、再び無数の巨大な木トカゲが出現した。

 地面を砕きながら攻撃してきたトカゲの群れに、炭治郎は対応しようとした。

 だが、間に合わない。直感でそう感じた。

 

「竈門君!」

 

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』!

 そこへ、瑠衣が飛び込んで来た。

 目にも止まらぬ回転斬りが、無数のトケガを斬り、まさしく削いだ。

 

「~~~~ッ!」

 

 ()()。一匹一匹のトカゲの硬度が上がっていた。

 日輪刀が軋みを上げているのがわかる。

 全てのトカゲを斬るのは不可能だと悟った瑠衣は、炭治郎を片腕で抱え込んだ。

 ズンッ、と複数のトカゲが頭を突っ込む危険地帯から、脚力で抜け出した。

 

 しかし、音波から逃げ切ることは出来なかった。

 トカゲ達は喜怒哀楽の鬼の能力を使える。

 その内の一匹が口を開けて、音波攻撃を放って来たのだ。

 さしもの瑠衣も、音よりも速く動くことは出来ない。

 

「瑠衣さん……っ」

「――――ッ!」

 

 炭治郎の声が、酷く聞こえにくかった。

 

(鼓膜、が……!)

 

 鼓膜が破れてしまった。

 しかしそれ以上に、平衡感覚を失ってしまったのが不味かった。

 音波攻撃を受けても駆け続けていたが、トカゲが不意に身をうねらせて、瑠衣と炭治郎を宙に放り出してしまった。

 

「あ……」

 

 宙に放り出された自分達に、無数のトカゲが口を開けて迫って来ていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――死を、恐ろしいと思ったことは無かった。

 瑠衣にとって、死を恐れるということは、鬼を恐れるということだった。

 鬼殺を生業とする家に生まれた者が、そんな恐れを抱くことは恥だと思った。

 だから瑠衣は、死ぬことを恐ろしいと思ったことはない。

 

(これは、死ぬ)

 

 だから今、思ったのは自分の死についてでは無かった。

 

(竈門君が、死んでしまう)

 

 思ったのは、炭治郎のことだった。

 抱え込んだ彼の身体が異常に()()、体調の悪さは明白だった。

 これでは、激しい戦闘には耐えられないだろう。

 額の火傷の形が変わっているようにも見えたが、今考えることでは無かった。

 

 眼下では、大小の無数のトカゲが大きく口を開けていた。

 目の前に死が迫っている。

 死の危険なら今まで何度でも感じて来た。

 しかし何故だろう。今、生まれて初めて死が恐ろしいと思ったかもしれない。

 

(私が身を捨てれば、目の前の攻撃は凌げるかもしれない)

 

 目の前の血鬼術を凌ぐ。厳しいが、不可能ではないはずだ。

 ただしトカゲ達を凌ぎ切った時、自分は生きてはいないだろう。

 自分1人なら、あるいはその選択にも躊躇はしなかったかもしれない。

 だが今は1人では無い。炭治郎がいた。

 

(この子を)

 

 先程、上弦の肆に怒りを見せた炭治郎を見て、思った。

 何故かはわからないが、確信した。

 根拠なんて、何も無かったけれど。

 ただ、炭治郎が、この少年が。

 

(この子を、死なせるわけにはいかない)

 

 ()()()()()()()()()

 どうしてかはわからないが、瑠衣はそう感じた。

 だから、死なせるわけにはいかない。

 目の前の攻撃を命を賭して凌いだとしても、次の攻撃に対して炭治郎は無防備になる。

 

 それでは、意味がない。

 凌ぐだけでは、駄目なのだ。

 炭治郎に対する脅威を全て排除しなければ、意味がないのだ。

 まして自分達は、未だに上弦の肆の本体さえ見つけられていない。

 だから、今。

 

「……ない……」

 

 今、瑠衣は生まれて初めて、思った。

 

()()()()……!」

 

 炭治郎を生かすために、今この瞬間に死ぬわけにはいかない。

 そう思った瞬間、全身の血が沸騰したように熱くなった。

 歯を食い縛り、日輪刀の柄を強く握った。

 視界の端が赤くなったのは、血管でも切れたか。

 

 集中しろ。

 視界を埋め尽くすトカゲ共から、逃れる道がどこかにあるはずだ。

 もっと、もっと集中しろ。

 そして――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――ずっと、不思議に思っていた。

 上弦の陸。いやもっと言えば、上弦の参との戦いの時。

 瑠衣の()()()()()()が上弦の鬼と戦ったと、何度か聞いた。

 あの産屋敷が、兄を飛び越えて瑠衣に柱の地位を与えようとした()()

 

「……初めまして、はおかしいですね。たぶん」

「ソウネ」

 

 ()()()()()()()()()

 いや、自分ではない。何故なら瑠衣は自分を認識している。

 だから、目の前に立っている瑠衣そっくりの誰かは、瑠衣ではない。別人だ。

 ならば誰なのか。そう思っていると。

 

「ハーイ、オ姉チャンダヨー」

「私の顔でそんな馬鹿みたいな仕草をしないでください」

「何デソンナ酷イコト言ウノ?」

「すみません。つい本音が口を()いて出てしまいました」

 

 両手をひらひらさせて上半身を斜めに傾けて来たので、つい口が滑ってしまった。

 なまじ自分と同じ顔なので、耐えられなかった。

 顔も背丈も、服でさえも、自分とまったく同じ。

 違うのは、ひとつだけ。

 金色に輝く、両の瞳だけだ。

 

「……単刀直入に聞きます」

「ナアニ?」

 

 ()()は、素直に頷いて来た。

 瑠衣は言った。

 

「上弦の陸を斬ったのは、貴女ですね」

 

 そんな瑠衣の問いかけに、相手は露骨に目を逸らして来た。

 そして唇を窄めて、吹けもしない口笛を吹き始めた。

 口で「ぴゅーぴゅー」と音を出してくるあたり、本当にイラっとする。

 

「……貴女は、何ですか?」

 

 ただ、その問いかけには困ったような表情を浮かべて来た。

 何だその顔は、と思った。

 不意に兄の顔が重なって、戸惑った。

 

「何でも良いです」

 

 その戸惑いを振り払うように、瑠衣は手を差し出した。

 返って来たのは、きょとんとした顔だ。

 

「煉獄家の娘として実に恥ずべきことですが、私は今、死ぬわけにはいきません」

 

 そう、これは恥ずべきことだ。

 鬼を討つために、得体の知れない何かの手を借りようとしている。

 目的のために、手段を選ばない。

 しかし他に炭治郎を守る方法がないというのならば、一時の恥を忍ぼう。

 そう思った。

 

「貴女の力を、貸して下さい」

 

 言い終わるが先か、あるいは言い終わる前だったかもしれない。

 ぱっと手を取られて、瑠衣の方が驚いた顔をした。

 顔を上げると、満面の笑顔があった。

 その笑顔に、何故か胸が締め付けられた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 瑠衣が()()()()

 炭治郎には、それが匂いでわかった。

 そしてこの匂いは、あの時、無限列車事件の時にも嗅いだことがあった。

 

「着地ハ自分デヤッテネ」

「えっ!?」

 

 空中で、ひょいと炭治郎を放り投げた。

 そして右手で日輪刀を持ったまま、両腕を交差させた。

 そのまま身を丸めて落下姿勢になり、唇を薄く開いた。

 

 炭治郎の耳に届いたのは、呼吸音だった。

 しかしそれは、今まで炭治郎が聞いたどの呼吸音とも違っていた。

 それは風のように鋭く、それでいて炎のように激しかった。

 

「行クヨ!」

 

 それはいったい、誰に向かって言った言葉だったのか。

 瑠衣は不意に交差させた腕を、日輪刀を振るった。

 先頭のトカゲの顎を斬り飛ばすや、頭を失ったトカゲを蹴り、身体を回転させて次のトカゲを斬った。

 塵旋風(壱ノ型)を連続で、しかも空中で、敵を足場に行っているようなものだった。

 

「あぶな……」

 

 い、と告げる前に、背後から迫ったトカゲにも回転切りを見舞った。

 回転しながら斬撃を続けているのは、360度への対応を可能とするためだろう。

 しかし高速回転しながら、周囲の状況を瞬時に的確に判断するとは。

 凄まじいまでの動体視力だった。

 

「ええい! 手間を取らせるな、極悪人!」

 

 頚を再生させた上弦の肆が、苛立った声を上げて太鼓を打った。

 するとトカゲが二匹、口を開いた。

 音波と雷撃の両方を一度に放つ。しかしその直前に。

 

「遅イネ」

 

 瑠衣の跳躍と、回転が来た。

 まず音波の方が攻撃前に顎を斬られ、次の一呼吸で雷撃の方が頭を潰された。

 そして二匹の胴体を交互に蹴るようにして、一気に地表を目指した。

 その先には、上弦の肆。

 

「――――無礼者め!!」

 

 今度は上弦の肆自身が、口を開けるのが見えた。

 自分自身でも音波と雷撃を放てるのか。

 

「ソノ技ッテサ、撃ツマデニ時間ガカカルヨネ。ソレニ無防備ダ」

 

 おそらく自分自身の不死身さに自信があるが故だろう。

 攻撃までの溜めが長く、しかも防御の姿勢を取ろうともしない。

 だから、今の瑠衣にとっては()()()()だった。

 

 上弦の肆が攻撃を放つよりも速く、すれ違い様に、瑠衣は刀を振るった。

 一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。

 しかし瑠衣が着地すると同時に、上弦の肆の肉体が()()()()

 炭治郎が自分の着地を意識したのは、そうなってからだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「竈門君!」

 

 着地の直後、瑠衣の声が響き渡った。

 瑠衣の匂いがした。

 

「本体を見つけられますか!?」

「……は、はいっ!」

 

 瑠衣に全身をバラバラにされたが、上弦の肆はやはり生きていた。

 ヒノカミ神楽で斬られたわけでもないから、再生も速い。

 本体を探さなければ。それには自分の嗅覚が役に立つはずだ。

 

 さっき上弦の肆の頚を斬った時、微かに感じた。

 本体――6体目の気配だ。

 トカゲの血鬼術に紛れてしまって、有耶無耶になってしまった。

 

(どこだ。どこに……!)

 

 本体は今まで隠れて出てきていない。戦闘力は無いのかもしれない。

 上弦の肆があれ程の力だ。そうであってもおかしくはない。

 だとすると、脅威から離れようとするはずだ。

 つまり瑠衣や自分がいる場所、そして時透や玄弥がいる場所以外の。

 ――――炭治郎は日輪刀を逆手に持つと、大きく振り被った。

 

「そこだあ――――ッ!!」

 

 それを、投擲した。

 瑠衣と上弦の肆を中心として、時透や玄弥のいる位置から反対側。

 茂みの中に身を潜めていた()()()()の足元に、日輪刀が突き刺さった。

 

「なっ……!」

 

 ()()()

 野ネズミほどの、小さな鬼がいた。頚の太さなど指一本分しか無い。

 最初の姿をそのまま小さくしたような、そんな姿だった。

 

「何だアレ! ちっっっさ!! ふざけんなよ!」

 

 玄弥の怒りは、その場にいる全員の気持ちを代弁していた。

 何故ならばこの瞬間、上弦の肆という鬼の絡繰りが白日の下に晒されたからだ。

 数多の鬼狩りが、数百年に渡りこの鬼を討つことが出来なかった理由。

 

 喜怒哀楽の鬼、あるいはあの少年鬼はそれ単体で十分に強力だ。

 だから誰もがあちらを本体と思うし、並の剣士であればそもそも喜怒哀楽の鬼にすら勝てない。

 仮に喜怒哀楽の集合体である少年鬼の頚を斬れたとしても、意味がない。

 頚を斬った瞬間に本体ではないことを悟り、そして殺されるのだ。

 まさか本体がネズミのように小さくて、そして。

 

「ヒイイイイイイイイィィッッ!!」

 

 泣きながら逃げ隠れするような、卑怯な存在だとは思わないだろう。

 

「待……てよ、てめえええっ!!」

 

 銃を撃った。それは見事に命中したが、ほとんど意味はなかった。

 小さいが上弦。防御力は相当なもの。日輪刀と同じ材質の弾丸でも効果が無い。

 玄弥が舌打ちした。このままでは逃げられてしまう。

 

 そう思った次の瞬間、驚きに変わった。

 いつのまに走っていたのか、時透が霞のように本体の背後に滑り込んでいた。

 そして玄弥の日輪刀――剣才がなく、色が変わらなかった――を、指一本分の頚に振り下ろした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 指一本分の頚に刃を当てた次の瞬間、ポキン、と嫌に小気味(こぎみ)の良い音が響いた。

 時透が振るった日輪刀が、あっけなく折れた音だった。

 

(硬い)

 

 しかし時透は、うろたえもしなければ諦めもしなかった。

 確かに予想外の硬度だったが、柱である時透にすれば()()()()だった。

 それを踏まえて、もう一度攻撃するだけだ。

 

「ヒイイイイイイッ! やめてくれぇ、いぢめないでくれええぇ」

「五月蠅いよ。さっさと地獄に行ってよね」

 

 折れた刀を、もう一度振り下ろした。

 今度は折れず、弾かれることもなく、頚に刃がめり込んだ。

 そして、絶叫が響き渡った。

 

 上弦の肆の絶叫は、喜怒哀楽のそれと同じく衝撃波を生んだ。

 鼓膜が震え、時透も顔を顰めた。

 しかし腕を止めることはなく、刃が肉を裂き始めた。

 

「お前はあああ」

 

 その時、鬼の様子が変わった。

 頚の傷口から、何かが噴き出している。

 

「儂が、可哀想だとは、思わんのかあああああああっっ!!」

 

 鬼が、巨大化した。

 時透よりも大きな背丈になり、掴みかかって来た。

 凄まじい腕力に、時透は咄嗟に刀から手を放した。

 空を斬った音は、人間の頭を捻じ切るには十分なものだった。

 

「弱い者いじめをおおお、するなあああああああっっ!!」

「アア、見テゴランヨ。瑠衣」

 

 目の前で少年鬼の方が再生していくのを見つつ、瑠衣は言った。

 その表情は、普段の瑠衣であればまず見せない表情。

 嘲笑だった。

 

「見苦シイネエ。アアハナリタクナイ物ダネ」

 

 上弦の肆を嘲弄していた瑠衣だったが、不意にきょとんとした表情を浮かべると、やれやれと言った風に肩を竦めた。

 

「ハイハイ、ワカリマシタヨ。ト言ッテ、ドウシタモノカナ」

 

 少年鬼が完全に再生し、殺意を隠そうともせずに瑠衣を睨んでいた。

 時透はもはや無手で上弦を相手にしている格好だ。

 炭治郎と玄弥はどちらを助けに行くべきか、おそらく判断に迷っているだろう。

 少年鬼は()()瑠衣にしか抑えられないはずで、瑠衣が本体に向かうわけにもいかない。

 そういう意味で、瑠衣は少し――「本当に少シダケドネ」――困っていた。

 

「おおおぉ――――――――いっっ!!!!」

 

 その時だった。

 聞き覚えのある声がして、そちらへと目を向けた。

 東の方角。まず、山の裾野から夜明けの輝きが見えた。

 白光を背にするように、物凄い勢いで駆けてくる誰かがいた。

 

「瑠衣ちゃああああああああんっっ!! 受け取ってええええええええっっ!!」

「ハ?」

 

 甘露寺だった。

 彼女は瑠衣が自分に気付いたことを知ると、半身を捻ってその場に踏み止まり、そして何かを持って振り被っていた。

 長い棒のようなそれを、槍でも投擲するかのように、それを投げた。

 甘露寺の驚異的な膂力で放たれたそれは、驚く間もなく瑠衣の視界に入って来た。

 

「……刀?」

 

 刀だった。安全を多少は考慮したのか、鞘ごと投げて来た。

 それは良い。新しい刀を歓迎しないわけではない。

 しかも甘露寺の反応を見るに、この刀は瑠衣のために打たれたのだろう。

 ただ、1つだけ問題というか、違和感を感じる部分があった。

 最初は特に何も感じなかったのだが、刀がぐんぐんと近付いてくるにつれて、違和感は大きくなった。

 

「エ、長クネ?」

 

 その刀は、普通の刀の()の長さがあった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 柄の中央あたりを掴むと、まず重さを感じた。

 長いだけでなく、重さも通常の刀よりも重い。

 しかし、考えている間は無かった。

 

(長が、私のために打ってくれた刀……!)

 

 ()()()が「ゴメーン、コレムリーワカンナイ!」と言って()()()()後、瑠衣がその長刀の柄を掴んだのは、ほとんど勢いだった。

 そして柄を掴んだ瞬間、違和感に気付いた。

 それは、何千回何万回と刀を振って来たからこそ感じた、僅かなものだった。

 

 少年鬼が口を開けた。数秒後には音波攻撃が来る。

 本体が時透に襲い掛かっている。

 2秒で、全てを決断しなければならない。

 だから瑠衣は、自分の感覚を信じることにした。

 

「風の呼吸――――」

 

 壱ノ型・『塵旋風』。

 

「――――改!」

 

 鞘から、刀を抜いた。

 ()()

 1本の鞘に2振りの刀。通常より僅かに短いその刀を、鞘の上下から抜いた。

 そしてそれを逆手に持ったのは、これから行う攻撃に最も最適だと思ったからだ。

 

 風の呼吸・壱ノ型・改『塵旋風・嵐』!!

 

 回転を伴ったその攻撃は、まず少年鬼を切り刻んだ。

 まず音波を放とうとした顎を斬り――そして舌を斬られて怯んだ隙に――再生したての()()を寸分違わずに再び切断した。

 突撃はそこで終わらない。強靭な脚力と身体のばねにより、回転が終わらない限り攻撃も止まらない。

 

「――――!」

 

 瑠衣の接近に気付いたのだろう、時透も動いた。

 上弦の肆の頚に食い込んだままだった玄弥の刀を、両手で掴んだ。

 しかしそうすれば、本体が時透の頭を掴むのは当然だった。

 文字通り頭蓋骨が軋む音に、時透は表情を歪ませた。

 

「善良な儂をおおおおおおよくもおおおおおおおお!!」

 

 その腕に、刃が通った。

 手首、そして肘のあたりを立て続けに切断された。

 そうして拘束が外れるや否や、時透は両手に満身の力を込めた。

 この「善良な儂」とやらに、人間の怒りを思い知らせる時が来たからだ。

 

「ギャッ!!」

 

 喉にまで達した刃に、しかし上弦の肆は「大丈夫だ」と自分に言い聞かせた。

 すぐには斬れない。あと瞬き1つの間があれば少年鬼(憎珀天)が再生する。

 そうすれば、この状況も……と、思った時だ。

 頚の傷口に、さらに刀が叩き込まれた。

 瑠衣が傷口を狙って両手の刀を叩き込み、刃が喉から先へと進ませたのだ。

 

「なあ……っ!?」

 

 ここまで死が近付いてきたことはない。

 最後に死の恐怖を感じたのはいつだったのかと、思い出そうとした。

 思い出した時には、頚が落ちていた。

 時透と瑠衣の刀。

 合わせて三本分の斬撃によって、上弦の肆の頚が宙を舞い、地面に転がっていった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 地面に転がった頚は、陽光に焼かれて塵と消えた。

 残った肉体の方は、背後の崖に落ちて消えた。

 落下音が聞こえなかったのは、途中で塵になったからだろう。

 勢い余って瑠衣も落ちそうになったが、時透が隊服の襟を持って支えてくれた。

 

「あ、ありがとうございます……?」

「いや。助かったよ、こちらこそありがとう」

 

 え、誰?

 瑠衣はそう思ってまじまじと時透の顔を見たが、特に変わらない能面のような顔がそこにあった。

 もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない。

 そう思う程には、それは意外な出来事だったのだ。

 

「わあああああああんっ!」

 

 そこへ、甘露寺が飛びついて来た。

 

「勝った? 勝ったよおおお! 凄い! みんな凄いよおおおおおっ!」

「ぐえっ、ちょ、力が強っ!」

「痛いんだけど」

 

 ぼろ泣きしながら羽交い絞めにされて、実は随所を怪我している瑠衣と時透は普通に痛かった。

 しかし甘露寺の泣き笑いの顔を見ていると、そして甘露寺自身も怪我をしているのがわかると、何も言えずにしたいようにさせていた。

 そして瑠衣は、両手に持った日輪刀を改めて見つめた。

 

脇差(わきざし)。じゃなくて、小太刀、かな……?」

 

 陽光に煌めく新しい日輪刀は、定尺の太刀よりもやや短い。

 それが2振り。

 長の意図は良くわからなかったが、しかし確かに振りやすかった。

 刀を手に馴染(なじ)ませるように、瑠衣は何度か柄を強く握るのだった。

 

「炭治郎、禰豆子は大丈夫だったか?」

「ああ、今は箱に入れて休んでる。ありがとう。玄弥こそ怪我は大丈夫か?」

「俺は大丈夫だ。怪我はとっくに治ってるし……鬼を喰った後は、太陽がちょっとヒリつくけどな」

 

 全員、無事だった。

 いや、里の被害や犠牲は甚大なものだ。

 ただ一緒に戦った面々は無事で、それは大きなことだった。

 

「そう言えば、犬井さん達は大丈夫かな」

 

 流石にこれだけ距離が離れると、匂いで様子を探ることは出来ない。

 

「あー、まあ、終わった感じですかねえ」

 

 その犬井はと言えば、小鉄達を連れて鉄珍達と合流したところだった。

 長達を朝まで守っていた鈴音は、夜明けと同時にどうと倒れて本格的に寝入っていた。

 鉄美が頬を突いても起きる様子がないので、敵の気配はもう無いということだろう。

 

「これ鉄美、ゆっくり休ませたり。犬井殿も、里を守ってくれて有難う。長としてお礼を言わせてほしい」

「いやー、はは。守れたっていうんですかねえ、これは。それにおじさんは大して何の役に立っちゃあいませんし? 若い子達が頑張ったんで」

「ワシからすればお前さんも「若い子」や。素直に感謝を受け取ってはくれんか」

「あー、まあ、そりゃあそうですねっと」

 

 無傷の者はいない。皆が大小の傷を負っていた。

 それでも全滅を免れたのは、誰もが頑張ったからだった。

 ポリポリと頬を掻きながら、犬井は足元で丸くなっているコロを見やった。

 相棒は尻尾を軽く振ったきりで、鳴きもしなかった。

 

「やれやれ……あ、そっちのきみは大丈夫?」

「あ、はあ、まあ……」

 

 獪岳も、いた。

 隅の方で居心地悪そうにしているが、怪我は無い様子だった。

 上弦と戦って無傷というのは、普通ならば凄いことだ。だが。

 

「…………」

 

 そんな獪岳を、小鉄がじっと見つめていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「マア、結果良ケレバ全テ良シッテコトデ」

 

 真っ暗な世界でひとり、瑠衣――の姿をした何か――は、鼻歌を歌っていた。

 周囲には誰もいない。真っ暗、というより()()()な空間だ。

 鼻歌を歌う彼女の胸のあたりに、球体が浮かんでいた。

 

 特に何色とか、輝きがあるとか、そういうものでは無い。

 周りと同じで真っ黒で、ともすれば周囲に溶けて消えてしまいそうだった。

 彼女はそれを、新雪を掌でそっと受け止めるかのように抱きかかえていた。

 

「昨日マデハコレモ見エナカッタ」

 

 愛おしそうにそれを胸元に抱いて、彼女は上を向いた。

 そして、ふっ、と鼻で笑った。

 そこにいる何者かを嘲笑っているような、そんな表情だった。

 

「イツマデモ、私ノ妹ヲ縛ッテオケルト思ウナヨ」

 

 どこまでも冷たい、そんな声で。

 

 

 

 

 

「――――クソ先祖ドモガ」




最後までお読みいただき有難うございます。

いやー、あれです。

るろ剣は蒼紫様派(え)

長刀を装った小太刀二刀とかロマン過ぎる。
かっとなってやった(え)
しかし後悔も反省もしていない(ええ…)

それでは、また次回。
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