鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第44話:「滅亡」

 ――――この世に、神様なんていない。

 童磨は生まれながらに、それを知っていた。

 努力したところで出来ないことは出来ないし、善行を積んだところで結果が良くなったりはしない。

 何故なら、努力も善行でも物事の結果は変わらないからだ。

 

『この子は特別な子に違いない』『神の声が聞こえるに違いない』

 

 両親――人間だった頃の両親――はそう言って、自分を神の子だと言って喜んだ。

 ご神体よろしく祀り上げられた童磨に、信者の人間達は色々と言って来たものだ。

 やれ「辛い」だの「苦しい」だの、「誰それが憎い」だの「病気で苦しい」だの。

 祖父と孫ほども年の離れた相手にそんなことを話して泣き出す。滑稽なことこの上なかった。

 

 救いをもたらす神や仏などいない。つまり神の子だって存在しない。

 他人に話したところで、悩み事が解決することも、病気が治ることもない。

 そんな簡単なこともわからないなんて、本当に、人間というのは。

 

「愚かだなあ」

 

 氷の蓮の花の上で、童磨は月を見上げていた。

 月は、支配の象徴だ。

 この世に神も仏もいないけれど、鬼舞辻無惨という()はいる。

 そんな存在に歯向かおうというのもまた、愚か極まりない行動だった。

 

「…………ごほッ」

 

 そして、しのぶはそんな童磨に、言い返すことが出来ずにいた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 辛うじて重要な器官は避けているようだが、頬を氷の針が貫通している姿は痛々し過ぎた。

 

 ――――血鬼術『蔓蓮華』。

 氷の蔓を放つ血鬼術。しかし出したのは童磨ではない。童磨の姿を模した氷の人形だ。

 血鬼術『結晶ノ御子』。小さいが、放つ技の威力は童磨と同等。しかも6体もいた。

 実質的に童磨が6人増えたようなもので、余りにも凶悪な血鬼術だった。

 

「……かん……ろ、じ……さ……」

 

 ()()()()と、血の雫がしのぶの顔に落ちて来た。

 それは、氷の蔓を伝って落ちて来たものだ。

 何十本という氷の蔓に絡めとられた甘露寺の身体から、流れ落ちた血だった。

 足場のない空中で、しかも蔓に触れた肌を氷漬けにされては、さしもの怪力も役に立たない。

 

「うああ……ッ!」

 

 カナヲが、悲鳴を上げていた。

 3体の御子に壁際に追い詰められて、氷の針で刺されたのだ。

 2本、3本と、氷の針が小さな背中に突き刺さって行く。

 半ば蹲って一方的に攻撃を受けているように見えるのは、身体の下にアオイを庇っているからだった。

 

「カ、ナ……ヲ。アオ、イ……」

 

 それを見て、しのぶは足を動かした。

 ()()()()

 氷の針で足の甲と足首を地面に縫い留められていたから、筋肉を引き千切るような音がした。

 

「凄いなあ」

 

 自分も、頼みの援軍(蜜璃)も明らかに戦闘不能だ。

 にも関わらず、しのぶの戦う意思はいささかも衰えていない。

 

「こんな絶望的な状況でも、心が折れないなんて」

 

 ()()()()()()。そう言って、童磨は手を上げた。

 すると、氷の仏像が動き出した。

 その全身が前へと傾き始めて、しのぶを始め、その場にいる全員に影を差した。

 意図は、明らかだった。

 

「今、その苦しみから解放してあげるからね」

 

 氷の仏像が、倒れ込んだ。

 ――――しのぶ達を、下敷きにして。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 柱3人がかりで、戦いを挑んだ。

 さらに炭治郎達3人も、これを援護した。

 その他にも、その場に居合わせた隊士が何人かいた。

 

 そして、()()()()

 

 猗窩座の強さは、圧倒的だった。

 この鬼の強みは、純粋な肉体的強さだ。

 下弦の壱や上弦の肆や伍のように、特殊な異能で絡め取るわけではない。

 猗窩座は単純に強い。だからこそ、厄介だった。

 

「あの女は、どこだ」

 

 炭治郎は喉を掴まれ、持ち上げられていた。

 すでに肋骨が何本か折れていて、持ち上げられることで身体が伸びると鈍痛が走った。

 喉を潰されて、呼吸もままならない。

 

「た、炭治郎……」

 

 善逸は、起きていた。

 いや、厳密には戦闘時にはいつも通り寝ていたのだが、全身の痛みで意識が覚醒したのだ。

 そして彼自身の負傷は、その痛みに比例したものだった。

 怖くてとても見れないが、膝から下の感覚がおかしかったし、鬼の拳で殴打された肌の下で深刻な内出血を起こしてもいた。

 

「な、何だよアイツ……強すぎるよ……」

 

 宇髄は血塗れで地面に倒れ伏していて、不死川は足だけが崩れた壁の中から覗いていた。

 時透の姿は見えない。体重が軽いから、遠くへ吹き飛ばされたのかもしれない。

 伊之助は、猗窩座に踏みつけられた状態だった。静かで、動かない。

 3人とも心音が弱っていて、危険だった。

 

「あの女は……」

「――――!」

 

 ――――ヒノカミ神楽『円舞』!

 最後の一呼吸を絞り出して、炭治郎は拒絶の一撃を放った。

 しかしその一撃を、猗窩座はもう片方の手で止めてしまった。

 掴んで止めた炭治郎の手首を、強靭な握力で握り潰す。

 

「ぐあっ……ああっ!」

 

 そこへ、飛び掛かるものがいた。

 禰豆子だった。

 箱はいずこかへと消えてしまっていたが、鬼である彼女は傷も再生する。

 爆ぜる血を伴って飛び掛かって来た猗窩座だが、()()()()()()()()()()()()()、蹴りがその禰豆子の腹を撃ち抜いた。

 

「禰豆子ちゃ……!」

 

 腹に穴が開き、足が貫通した背中から血肉が飛んだ。

 宙を飛んで、背中から地面に落ちた。

 人間であれば、下半身が泣き別れしていただろう。

 しかし鬼の耐久力をもってしても、猗窩座の一撃の前には沈むしかない。

 

「最後にもう一度だけ聞く」

 

 はっとして、善逸は顔を向けた。

 地面を這って進もうとするが、余りにも遅すぎた。

 

「あの女は、どこだ」

 

 言ってしまえ、と、善逸は思った。

 本当のところ「あの女」の現時点の居場所などわかりはしない。適当なことを言えば良い。

 それで助かる保証は無いが、言わなければ確実に殺される。

 だから善逸は思った。言ってしまえ、と。

 

「…………」

 

 だが、炭治郎は言わなかった。

 わかっていた。炭治郎はそういう奴だとわかっていた。

 わかっていたが、善逸は思わずにはいられなかった。

 馬鹿野郎、と。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 上弦の肆・半天狗。

 その血鬼術は、分裂体を生み出す力だと認知されている。

 それは、間違いではない。

 だが()()()()()()

 

「どけっ!」

 

 獪岳を突き飛ばした伊黒の腕が、()()()

 いや正確には、裂けたのは羽織と隊服だった。

 腕に沿う形で日輪刀を置き、()()を防いだのだった。

 

(とはいえ、この衝撃……! 咄嗟に刀を出さなければ腕が飛んでいたな)

 

 だが、問題はそこでは無い。

 自身の腕の一本や二本は脇に置いて、伊黒は目の前で起こった変化を見た。

 上弦の肆の分裂体の2体が、彼らの目の前で融合したのである。

 

 いや、融合自体は問題ではない。報告にもあった。

 しかしその姿は、報告にあった木竜(トカゲ)使いの少年鬼では無かった。

 姿はより幼く、人間で言えば7つか8つくらいの年齢だ。

 ただしその姿は、幼子というには余りにも異形だった。

 

「グルルルル……!」

 

 まず、顔が2つある。造形は同じだが、哀絶と積怒に似ていた。

 そして手足は左右で大きさが違い、しかも獣の如き太く毛皮に覆われていた。

 背中には燃える太縄があり、手には錫杖と槍を合わせたような武器を持っている。

 口は言葉を発さないが、代わりに、剥き出しの牙と唸り声を発していた。

 

「……面白くない展開だな」

 

 まあ、鬼と関わって面白いと感じたことなどそもそも無いのだが。

 そんな時だった。

 

「な、何か来る!」

 

 と、獪岳が声を上げた。

 何かとは何だ具体的に言え、と伊黒は内心で思った。

 普段なら口に出していたところで、そして実際に口に出そうとしたのだが、それよりも先に「何か」が来た。

 

 まず、衝撃が来た。次いで爆発。

 爆発と言っても火薬の類ではなく、何かが高い位置から落ちて起こったものだ。

 そして煙が晴れ切らぬ中で、声が響いた。

 

「う――ん! よもやこんなところまで飛ばされるとは! 炎柱として不甲斐なし!」

「その声、煉獄か!」

「む! 伊黒か!」

 

 杏寿郎が、煙の中から飛び出して来た。

 そしてその直後、再び爆発が起こった。

 二度目の爆発は先程よりも大きく、つまりより重く勢いのある物が落ちて来たことを物語っていた。

 

「すまん! 連れて来てしまった!」

「お前もか、頼むから主語をつけてくれ。何を連れて来た」

「上弦の肆だ!」

 

 その通りだった。

 煙の中から現れた上弦の肆の姿は、伊黒が相対していた鬼と同じ姿をしていた。

 違うとすれば、2つある顔が可楽と空喜のものであったことだろう。

 そして2体の上弦の肆は互いに気付くと、凄まじい勢いで跳躍し、そして()()した。

 

「な……!」

 

 肉が潰れ、ひしゃげる音がした。骨が砕け、粘り気のある水音が響き渡った。

 余りにもおぞましい光景に、伊黒はあからさまに眉を顰めた。

 そしてその肉塊の中から誕生した新たな鬼は。

 伊黒の想像を超えて、おぞましい生き物だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 瑠衣が千寿郎を伴って煉獄邸の外に出た時、()()()()()()()

 玄関から正門のあたりまでが抉れたように崩れていて、向かいの建物の屋根が砕けていた。

 何かが吹き飛んでいった。一目瞭然だった。

 

「千寿郎はここに」

「僕も行きます!」

「でも」

「僕も煉獄の剣士です! 姉上と一緒に戦います!」

 

 ()寿()()()姿()()()()

 その一事だけで、瑠衣は事態の深刻さを理解した。

 だから千寿郎を置いて行こうとしたのだが、千寿郎はついて行くと言った。

 

 瑠衣は逡巡したが、千寿郎の瞳の真っ直ぐさと、鏡鬼の存在が頭を(よぎ)った

 すでに鬼殺隊本部のあらゆる場所から凄まじい鬼気を感じる。

 この状況下では、むしろ連れて行った方が安全かもしれない。

 

『気絶サセテ転ガシタ方ガ早クナイ?』

(何てことを言うんですか……)

 

 一方で、判断に時間を割いている場合でも無い。

 

「ついて来れなかったら、置いて行くからね」

「はい!」

 

 ともあれ、杏寿郎を追わなければならなかった。

 建物の屋根に跳び上がり、破壊の後を追って駆けた。

 よくよく聞いてみれば、破壊や戦いの気配をそこかしこから感じた。

 もはや本部中が戦域だ。それにしても。

 

「姉上、どうして鬼に本部(ここ)がばれたんでしょう?」

「刀鍛冶の里がばれたんだから、本部がばれたっておかしくはない」

 

 言いつつ、瑠衣はすでに答えを知っている気がした。

 おそらくは、あの鏡鬼だ。鏡の血鬼術。

 あの鬼には、鏡を通して遠くを見る力があるのだろう。

 しかも水面でも窓でも良いというのであれば、一方的にこちらの秘密を覗き見られるだけだ。

 

 要は、諜報戦において鬼殺隊は惨敗したのだ。

 その結果が、これだ。

 しかし泣き言を言ってもいられない。兄と合流し、事態の収拾に努めなければ。

 

「――――――――ッ!」

 

 その矢先だった。鼓膜に痛みを覚える程の咆哮が、やけに近くで聞こえた。

 瑠衣と千寿郎は反射的に耳を押さえて、その場に竦んでしまった。

 そこへ、突風が来た。

 

「うわああっ」

「ッ、千寿郎!」

 

 横からの突風――自然のものでは無い――に、千寿郎が飛ばされた。

 咄嗟に瑠衣はその腕を掴んだが、そのために次への反応が遅れた。

 

「ガアアアアアッ!」

 

 黒い何かが、空から降りて――いや、落ちて来た。

 ぱっと見た時、瑠衣はそれを幼児だと思った。

 形は、そうだった。

 しかし物凄い速度で近付いてくるにつれて、それが自分の何倍も大きい体を持っていることに気付いた。

 

 そしてそれが、両腕を振り上げて、こちら目掛けて落ちて来る。

 その事実に気付いた時、しかし瑠衣は千寿郎の手を掴んでいた。

 体勢が悪い。

 ()()()()()()()()()

 そう思い、瑠衣は弟の手を掴んだまま、もう片方の手で小太刀を振り被った。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 姉の左腕が宙を舞うのを、千寿郎は見た。

 小太刀を振り被ったその左腕を、黒い幼児が()()のを見た。

 自分の腕を掴む瑠衣の手が、一瞬、痛みを堪えるように握力を強めるのを感じた。

 

 ――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。

 攻撃のために放った型ではない。

 右腕で自分を抱き込んだ瑠衣が、敵から距離を取るために跳んだだけだ。

 しかし片腕を失ったせいで感覚を掴み損ねたのか、着地を失敗した。

 

「うぎっ!」

 

 塵旋風の回転のまま、地面に落下し、ごろごろと転がった。

 顔を地面にしたたかに打ち付けて、しかし千寿郎は「馬鹿」と自分を叱咤した。

 すぐに立ち上げれと自分に命じたが、その時には、すでに瑠衣の方が立っていた。

 自分の顔の前に、姉の靴裏が見えた。

 そして、()()()()と滴る、赤い雫。

 

「あ、あ、姉上ェッ!」

「大丈夫……」

 

 大丈夫なはずが無かった。

 左腕が、二の腕から先を失っていた。

 破れた隊服からは、生々しい肉の断面と骨までが見えている。

 それ程の傷の割に出血が抑えられているのは、呼吸で筋肉と血管を引き絞っているからだろう。

 

『馬鹿ッ!』

 

 とはいえ、腕一本の喪失が「大丈夫」の一言で済むはずが無かった。

 済むはずが無いが、そんなことを言っている場合では無かった。

 

『瑠衣、代ワレッ!』

(黙っててください……!)

 

 油断すると、意識が飛びかねない。

 ()()()()()()()()()()()

 

「来るよ、立って……!」

 

 そもそも、何だ。この化物は。

 巨大な黒い幼児が、意思があるのかないのかわからない目でこちらを睨んでいた。

 そしてその眼に上弦の肆の数字が見えて、瑠衣は困惑した。

 上弦の肆は、討ったはず。補充されたのか、だが。

 

「グルグルルグルルル」

 

 唸り声を上げるその顔は、確かに上弦の肆の分裂体の面影がある。

 失態だ、と、そう思った。仕留め損ねていた。

 だったら、ますますこの負傷は自業自得だと思えた。

 巨体が動く。右の日輪刀だけで受け止めきれるか。

 

「グガアアッ!」

 

 ――――炎の呼吸・伍ノ型『炎虎』!

 ――――蛇の呼吸・肆ノ型『頸蛇(けいじゃ)双生(そうせい)』!

 炎の横撃が上弦の肆の巨体を止め、蛇の斬撃が肉を斬り裂いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 上弦の肆・半天狗の血鬼術は「分裂」ではない。

 そして、木竜(トカゲ)に代表されるような「植物」を操る能力でも無い。

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()

 

 己の命が危機に瀕した時、どんなに弱い動物でも必死の反撃をしてくる。

 そして鬼もまた感情ある生き物である以上、例外ではない。

 積怒達「分裂体」は、己への脅威を排除する防衛機構に過ぎない。

 そして既存の防衛機構で己の命が守れないのであれば、より強力な防衛機構を生み出せば良い。

 つまり半天狗の血鬼術とは、強い生存本能に根差す「自己防衛」の能力なのだった。

 

「ぐお……っ」

 

 巨大な拳は、脅威を殴り潰すためのもの。

 その拳を杏寿郎は日輪刀で受け止めたものの、身体は明らかに後ろへと押されていた。

 靴の踵で地面を抉り、しかし堪え切れずに吹き飛んだ。

 空中で身体を縦に回し、着地をする。上弦の肆がさらにそれを追う。

 

 ――――蛇の呼吸・参ノ型『(とぐろ)締め』!

 

 伊黒は舌打ちした。

 参ノ型は全方位から斬撃を繰り出す技だが、上弦の肆に怯んだ様子は無い。

 斬られた先から再生してしまう。表面だけを攻撃しても意味が無い。

 渾身の一撃で、ようやく芯に届くかどうかというところか。

 

(それでいて、相手の攻撃は一撃で致命傷というのだからな……!)

 

 視線を向けると、右腕一本で日輪刀を構える瑠衣が見えた。

 合体に気を取られて、取り逃がした。

 痛恨の極み。だが二度と逃がさない。

 

 しかし、その()()()()()という伊黒の意思を、上弦の肆は的確に受け止めていた。

 すなわち、そこでさらなる変化が起こる。

 ガパ、と、背中に大きな口が開いたのだ。

 

「なっ!?」

 

 その口で襲い掛かってくるつもりか。伊黒はそう思った。

 しかし違った。背中だけでなく、上弦の肆の全身に開いたのだ。

 手や足、さらには顔まで縦に裂けて口になっている。鋭い牙が、ギラリとした輝きを放っていた。

 そして上弦の肆の巨体が、一瞬、()()()

 

「何をするつもり……?」

 

 それを、瑠衣も霞み始めた視界で見ていた。

 呼吸で止めているとは言っても、細い血管を通じた出血は続いている。

 千寿郎が傷口を縛ってくれたが、すでに失った血の量も少なくはない。

 

 だからだろうか、奇妙なものが見えた気がした。

 ぎゅっと縮んだ上弦の肆に肉体の内に、何かが吸い込まれ、回転しているのが()()()

 そしてそれが、次の一瞬で一気に膨張するのがわかった。

 

「伏せて――――ッ!」

 

 瑠衣が叫んだ、次の瞬間。

 視界を白く焼く程の音と衝撃が、上弦の肆の肉体から放たれた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 音波攻撃。上弦の肆の能力の一種だ。

 だが伸縮・膨張した上弦の肆によるそれは、巨大な爆弾が爆発したかのような、凄まじい威力だった。

 爆発の中心地は大きく窪み、その場の建物は全て吹き飛んで粉々になっていた。

 

「う……千寿郎……」

 

 数秒か、数分か。瑠衣は意識を飛ばしていた。

 頬に地面の感触があり、左腕で身を起こそうとして、出来ないことに気付き、右手をついて起き上がった。

 千寿郎を探したが、見つからなかった。

 

 刀は、と、頭の片隅で思った。

 しかし地面についた右手が日輪刀を握っているのを見て、放さなかったことに気付いた。

 その手の甲に、不意に影が差した。

 

「グルルル」

 

 唸り声がして、顔を上げた。

 そこに、上弦の肆がいた。

 瑠衣を見下ろして、涎を垂らし、全身を膨張させていた。

 ――――意思は、明らかだった。

 

 

「ここは病院なんだっけ。怪我や病で苦しむなんて可哀想。俺が来て本当に良かったね」

 

 蝶屋敷で、童磨がそう呟いていた。

 彼の足元で、蝶屋敷はそのすべてが氷に覆われ、あるいは倒壊していた。

 壊滅していた。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「くだらん。弱者を甚振って何になる」

 

 そして、本部隊舎。柱3人と炭治郎がいたはずのその場所は、やはり廃墟と化していた。

 本部隊舎のかつての威容はすでになく、瓦礫の山と化していた。

 その瓦礫の上を歩く猗窩座。その歩みを止める者は、()()()()()()()

 

 

『瑠衣、逃ゲルンダ』

(……そういうわけには、いかない……)

 

 父に誓った。後は任せてくれと。

 逃げるなんて、出来るはずが無い。

 だが一方で、死ぬわけにもいかないと思う。

 

 ここは、鬼殺隊の本部だ。

 千寿郎。あるいは炭治郎達。弟が、後輩達がいる場所だ。

 そんな場所に脅威を残して、死ぬことは出来ない。

 逃走はあり得ない。敗北も許されない。だとすれば、道は1つだ。

 

「倒す……!」

 

 目の前の鬼を斬り、脅威を減らす。

 兄や伊黒の姿が見えない。自分がやるしかない。

 千寿郎の姿が見えない。早く探しに行かなければならない。

 

「お前なんか、腕一本あれば十分だ……!」

 

 上弦の肆が、再び体を伸縮させた。反対に体内で力が膨張するのが視える。

 自分の動きは、それに対して余りにも緩慢だった。

 それでも。

 ――――それでも、最後まで、日輪刀から手を放すことだけはしなかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 意外、と言えば意外だった。

 

「――――終わったぞ。産屋敷」

 

 無惨がそう言った時、産屋敷は()()()()()()()()

 厳密には、心肺が停まっていた。

 もう、今にも死ぬ。

 だから言葉をかけても返事が無いことはむしろ当然なのだが、それが、無惨には不満だった。

 

 そして、不満に思う自分に不満だった。

 相手が千年に及ぶ因縁の相手とは言え、人間との会話に意味を見出している。

 否、意味を見出そうとしている自分がいることが、無惨には意外だった。

 思えば、今までの会話も不快とは感じなかった。不思議な感覚だった。

 

「死してなお、私を嘲笑(わら)うか」

 

 産屋敷は、血を吐いた口で微笑んでいた。

 最期の最期まで、無惨に屈することも、絶望することも無かった。

 それが無惨には不思議でならなかった。

 死を目の前にして、鬼殺隊の滅亡を前にして、なぜ笑うのか。

 

『無惨様』

 

 いったい何が、この男の心を支えていたのか。

 単なる負け惜しみと言うには、異常に過ぎた。

 異常。やはり、無惨が彼を、彼らを表現するにはその言葉しかない。

 まったくもって、理解できない異常者たちだった。

 

『無惨様、この後はいかが致しますか?』

 

 どうするもこうするも無い。鬼狩りという異常者は1人残らず殲滅されなければならない。

 奇しくも本人の言を証明するようで(しゃく)だが、産屋敷家の現当主が死んだところで、鬼殺隊が滅びないことは知っていた。

 400年前、無惨は一度、()()()()()()()()()()()()()()

 だが鬼殺隊は滅びなかった。だから、今度こそ()()()()()()()()()()()()()()

 

(わかっているだろうな――――黒死牟)

 

 ()()()()、鬼殺隊を滅ぼす。

 当代の産屋敷は、最後まで絶望しなかった。何故か。

 自分が死んでも、鬼殺隊が滅びないという確証があったからだ。

 1つは、自分の代わり――子供が、後継者がいること。これは探し出す。

 そして、もう1つの理由。それは。

 

「お前が……いるからだ……当代の炎柱よ」

 

 幾度目かの交錯の末、黒死牟はそう結論付けた。

 この男(槇寿郎)がいる限り、鬼殺隊は終わらないと。

 

「それは違う。()()殿()

 

 それに対して、槇寿郎は言った。

 

「鬼殺隊の、いや人の営みは、()()いるかいないかでは無い」

 

 誰か1人がいなければ、終わりになるようなものではない。

 本当に強さとは、本当の尊さとは、誰か独りの下には無い。

 

「貴方もかつては、それを信じていたはずだ」

 

 黒死牟の()()()()が、槇寿郎を見据える。

 その眼の向こう側を覗き込もうと、槇寿郎もまた黒死牟を見つめた。

 そしてそんな槇寿郎の姿に、黒死牟は強い既視感を覚えたのだった。

 かつて、同じような視線で見つめられたことがあったような気がする。

 

(そうだ……あれは……確か……)

 

 ()()()()

 まだ、自分が人間だった頃では無かったか――――。




最後までお読みいただきありがとうございます。

鬼殺隊は滅亡しました。

皆様、夜はしっかりと戸締りをして、出歩かないようにしてください(え)

それでは、また次回。
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