――――この世に、神様なんていない。
童磨は生まれながらに、それを知っていた。
努力したところで出来ないことは出来ないし、善行を積んだところで結果が良くなったりはしない。
何故なら、努力も善行でも物事の結果は変わらないからだ。
『この子は特別な子に違いない』『神の声が聞こえるに違いない』
両親――人間だった頃の両親――はそう言って、自分を神の子だと言って喜んだ。
ご神体よろしく祀り上げられた童磨に、信者の人間達は色々と言って来たものだ。
やれ「辛い」だの「苦しい」だの、「誰それが憎い」だの「病気で苦しい」だの。
祖父と孫ほども年の離れた相手にそんなことを話して泣き出す。滑稽なことこの上なかった。
救いをもたらす神や仏などいない。つまり神の子だって存在しない。
他人に話したところで、悩み事が解決することも、病気が治ることもない。
そんな簡単なこともわからないなんて、本当に、人間というのは。
「愚かだなあ」
氷の蓮の花の上で、童磨は月を見上げていた。
月は、支配の象徴だ。
この世に神も仏もいないけれど、鬼舞辻無惨という
そんな存在に歯向かおうというのもまた、愚か極まりない行動だった。
「…………ごほッ」
そして、しのぶはそんな童磨に、言い返すことが出来ずにいた。
辛うじて重要な器官は避けているようだが、頬を氷の針が貫通している姿は痛々し過ぎた。
――――血鬼術『蔓蓮華』。
氷の蔓を放つ血鬼術。しかし出したのは童磨ではない。童磨の姿を模した氷の人形だ。
血鬼術『結晶ノ御子』。小さいが、放つ技の威力は童磨と同等。しかも6体もいた。
実質的に童磨が6人増えたようなもので、余りにも凶悪な血鬼術だった。
「……かん……ろ、じ……さ……」
それは、氷の蔓を伝って落ちて来たものだ。
何十本という氷の蔓に絡めとられた甘露寺の身体から、流れ落ちた血だった。
足場のない空中で、しかも蔓に触れた肌を氷漬けにされては、さしもの怪力も役に立たない。
「うああ……ッ!」
カナヲが、悲鳴を上げていた。
3体の御子に壁際に追い詰められて、氷の針で刺されたのだ。
2本、3本と、氷の針が小さな背中に突き刺さって行く。
半ば蹲って一方的に攻撃を受けているように見えるのは、身体の下にアオイを庇っているからだった。
「カ、ナ……ヲ。アオ、イ……」
それを見て、しのぶは足を動かした。
氷の針で足の甲と足首を地面に縫い留められていたから、筋肉を引き千切るような音がした。
「凄いなあ」
自分も、頼みの
にも関わらず、しのぶの戦う意思はいささかも衰えていない。
「こんな絶望的な状況でも、心が折れないなんて」
すると、氷の仏像が動き出した。
その全身が前へと傾き始めて、しのぶを始め、その場にいる全員に影を差した。
意図は、明らかだった。
「今、その苦しみから解放してあげるからね」
氷の仏像が、倒れ込んだ。
――――しのぶ達を、下敷きにして。
◆ ◆ ◆
柱3人がかりで、戦いを挑んだ。
さらに炭治郎達3人も、これを援護した。
その他にも、その場に居合わせた隊士が何人かいた。
そして、
猗窩座の強さは、圧倒的だった。
この鬼の強みは、純粋な肉体的強さだ。
下弦の壱や上弦の肆や伍のように、特殊な異能で絡め取るわけではない。
猗窩座は単純に強い。だからこそ、厄介だった。
「あの女は、どこだ」
炭治郎は喉を掴まれ、持ち上げられていた。
すでに肋骨が何本か折れていて、持ち上げられることで身体が伸びると鈍痛が走った。
喉を潰されて、呼吸もままならない。
「た、炭治郎……」
善逸は、起きていた。
いや、厳密には戦闘時にはいつも通り寝ていたのだが、全身の痛みで意識が覚醒したのだ。
そして彼自身の負傷は、その痛みに比例したものだった。
怖くてとても見れないが、膝から下の感覚がおかしかったし、鬼の拳で殴打された肌の下で深刻な内出血を起こしてもいた。
「な、何だよアイツ……強すぎるよ……」
宇髄は血塗れで地面に倒れ伏していて、不死川は足だけが崩れた壁の中から覗いていた。
時透の姿は見えない。体重が軽いから、遠くへ吹き飛ばされたのかもしれない。
伊之助は、猗窩座に踏みつけられた状態だった。静かで、動かない。
3人とも心音が弱っていて、危険だった。
「あの女は……」
「――――!」
――――ヒノカミ神楽『円舞』!
最後の一呼吸を絞り出して、炭治郎は拒絶の一撃を放った。
しかしその一撃を、猗窩座はもう片方の手で止めてしまった。
掴んで止めた炭治郎の手首を、強靭な握力で握り潰す。
「ぐあっ……ああっ!」
そこへ、飛び掛かるものがいた。
禰豆子だった。
箱はいずこかへと消えてしまっていたが、鬼である彼女は傷も再生する。
爆ぜる血を伴って飛び掛かって来た猗窩座だが、
「禰豆子ちゃ……!」
腹に穴が開き、足が貫通した背中から血肉が飛んだ。
宙を飛んで、背中から地面に落ちた。
人間であれば、下半身が泣き別れしていただろう。
しかし鬼の耐久力をもってしても、猗窩座の一撃の前には沈むしかない。
「最後にもう一度だけ聞く」
はっとして、善逸は顔を向けた。
地面を這って進もうとするが、余りにも遅すぎた。
「あの女は、どこだ」
言ってしまえ、と、善逸は思った。
本当のところ「あの女」の現時点の居場所などわかりはしない。適当なことを言えば良い。
それで助かる保証は無いが、言わなければ確実に殺される。
だから善逸は思った。言ってしまえ、と。
「…………」
だが、炭治郎は言わなかった。
わかっていた。炭治郎はそういう奴だとわかっていた。
わかっていたが、善逸は思わずにはいられなかった。
馬鹿野郎、と。
◆ ◆ ◆
上弦の肆・半天狗。
その血鬼術は、分裂体を生み出す力だと認知されている。
それは、間違いではない。
だが
「どけっ!」
獪岳を突き飛ばした伊黒の腕が、
いや正確には、裂けたのは羽織と隊服だった。
腕に沿う形で日輪刀を置き、
(とはいえ、この衝撃……! 咄嗟に刀を出さなければ腕が飛んでいたな)
だが、問題はそこでは無い。
自身の腕の一本や二本は脇に置いて、伊黒は目の前で起こった変化を見た。
上弦の肆の分裂体の2体が、彼らの目の前で融合したのである。
いや、融合自体は問題ではない。報告にもあった。
しかしその姿は、報告にあった
姿はより幼く、人間で言えば7つか8つくらいの年齢だ。
ただしその姿は、幼子というには余りにも異形だった。
「グルルルル……!」
まず、顔が2つある。造形は同じだが、哀絶と積怒に似ていた。
そして手足は左右で大きさが違い、しかも獣の如き太く毛皮に覆われていた。
背中には燃える太縄があり、手には錫杖と槍を合わせたような武器を持っている。
口は言葉を発さないが、代わりに、剥き出しの牙と唸り声を発していた。
「……面白くない展開だな」
まあ、鬼と関わって面白いと感じたことなどそもそも無いのだが。
そんな時だった。
「な、何か来る!」
と、獪岳が声を上げた。
何かとは何だ具体的に言え、と伊黒は内心で思った。
普段なら口に出していたところで、そして実際に口に出そうとしたのだが、それよりも先に「何か」が来た。
まず、衝撃が来た。次いで爆発。
爆発と言っても火薬の類ではなく、何かが高い位置から落ちて起こったものだ。
そして煙が晴れ切らぬ中で、声が響いた。
「う――ん! よもやこんなところまで飛ばされるとは! 炎柱として不甲斐なし!」
「その声、煉獄か!」
「む! 伊黒か!」
杏寿郎が、煙の中から飛び出して来た。
そしてその直後、再び爆発が起こった。
二度目の爆発は先程よりも大きく、つまりより重く勢いのある物が落ちて来たことを物語っていた。
「すまん! 連れて来てしまった!」
「お前もか、頼むから主語をつけてくれ。何を連れて来た」
「上弦の肆だ!」
その通りだった。
煙の中から現れた上弦の肆の姿は、伊黒が相対していた鬼と同じ姿をしていた。
違うとすれば、2つある顔が可楽と空喜のものであったことだろう。
そして2体の上弦の肆は互いに気付くと、凄まじい勢いで跳躍し、そして
「な……!」
肉が潰れ、ひしゃげる音がした。骨が砕け、粘り気のある水音が響き渡った。
余りにもおぞましい光景に、伊黒はあからさまに眉を顰めた。
そしてその肉塊の中から誕生した新たな鬼は。
伊黒の想像を超えて、おぞましい生き物だった。
◆ ◆ ◆
瑠衣が千寿郎を伴って煉獄邸の外に出た時、
玄関から正門のあたりまでが抉れたように崩れていて、向かいの建物の屋根が砕けていた。
何かが吹き飛んでいった。一目瞭然だった。
「千寿郎はここに」
「僕も行きます!」
「でも」
「僕も煉獄の剣士です! 姉上と一緒に戦います!」
その一事だけで、瑠衣は事態の深刻さを理解した。
だから千寿郎を置いて行こうとしたのだが、千寿郎はついて行くと言った。
瑠衣は逡巡したが、千寿郎の瞳の真っ直ぐさと、鏡鬼の存在が頭を
すでに鬼殺隊本部のあらゆる場所から凄まじい鬼気を感じる。
この状況下では、むしろ連れて行った方が安全かもしれない。
『気絶サセテ転ガシタ方ガ早クナイ?』
(何てことを言うんですか……)
一方で、判断に時間を割いている場合でも無い。
「ついて来れなかったら、置いて行くからね」
「はい!」
ともあれ、杏寿郎を追わなければならなかった。
建物の屋根に跳び上がり、破壊の後を追って駆けた。
よくよく聞いてみれば、破壊や戦いの気配をそこかしこから感じた。
もはや本部中が戦域だ。それにしても。
「姉上、どうして鬼に
「刀鍛冶の里がばれたんだから、本部がばれたっておかしくはない」
言いつつ、瑠衣はすでに答えを知っている気がした。
おそらくは、あの鏡鬼だ。鏡の血鬼術。
あの鬼には、鏡を通して遠くを見る力があるのだろう。
しかも水面でも窓でも良いというのであれば、一方的にこちらの秘密を覗き見られるだけだ。
要は、諜報戦において鬼殺隊は惨敗したのだ。
その結果が、これだ。
しかし泣き言を言ってもいられない。兄と合流し、事態の収拾に努めなければ。
「――――――――ッ!」
その矢先だった。鼓膜に痛みを覚える程の咆哮が、やけに近くで聞こえた。
瑠衣と千寿郎は反射的に耳を押さえて、その場に竦んでしまった。
そこへ、突風が来た。
「うわああっ」
「ッ、千寿郎!」
横からの突風――自然のものでは無い――に、千寿郎が飛ばされた。
咄嗟に瑠衣はその腕を掴んだが、そのために次への反応が遅れた。
「ガアアアアアッ!」
黒い何かが、空から降りて――いや、落ちて来た。
ぱっと見た時、瑠衣はそれを幼児だと思った。
形は、そうだった。
しかし物凄い速度で近付いてくるにつれて、それが自分の何倍も大きい体を持っていることに気付いた。
そしてそれが、両腕を振り上げて、こちら目掛けて落ちて来る。
その事実に気付いた時、しかし瑠衣は千寿郎の手を掴んでいた。
体勢が悪い。
そう思い、瑠衣は弟の手を掴んだまま、もう片方の手で小太刀を振り被った。
◆ ◆ ◆
姉の左腕が宙を舞うのを、千寿郎は見た。
小太刀を振り被ったその左腕を、黒い幼児が
自分の腕を掴む瑠衣の手が、一瞬、痛みを堪えるように握力を強めるのを感じた。
――――風の呼吸・壱ノ型『塵旋風・削ぎ』。
攻撃のために放った型ではない。
右腕で自分を抱き込んだ瑠衣が、敵から距離を取るために跳んだだけだ。
しかし片腕を失ったせいで感覚を掴み損ねたのか、着地を失敗した。
「うぎっ!」
塵旋風の回転のまま、地面に落下し、ごろごろと転がった。
顔を地面にしたたかに打ち付けて、しかし千寿郎は「馬鹿」と自分を叱咤した。
すぐに立ち上げれと自分に命じたが、その時には、すでに瑠衣の方が立っていた。
自分の顔の前に、姉の靴裏が見えた。
そして、
「あ、あ、姉上ェッ!」
「大丈夫……」
大丈夫なはずが無かった。
左腕が、二の腕から先を失っていた。
破れた隊服からは、生々しい肉の断面と骨までが見えている。
それ程の傷の割に出血が抑えられているのは、呼吸で筋肉と血管を引き絞っているからだろう。
『馬鹿ッ!』
とはいえ、腕一本の喪失が「大丈夫」の一言で済むはずが無かった。
済むはずが無いが、そんなことを言っている場合では無かった。
『瑠衣、代ワレッ!』
(黙っててください……!)
油断すると、意識が飛びかねない。
「来るよ、立って……!」
そもそも、何だ。この化物は。
巨大な黒い幼児が、意思があるのかないのかわからない目でこちらを睨んでいた。
そしてその眼に上弦の肆の数字が見えて、瑠衣は困惑した。
上弦の肆は、討ったはず。補充されたのか、だが。
「グルグルルグルルル」
唸り声を上げるその顔は、確かに上弦の肆の分裂体の面影がある。
失態だ、と、そう思った。仕留め損ねていた。
だったら、ますますこの負傷は自業自得だと思えた。
巨体が動く。右の日輪刀だけで受け止めきれるか。
「グガアアッ!」
――――炎の呼吸・伍ノ型『炎虎』!
――――蛇の呼吸・肆ノ型『
炎の横撃が上弦の肆の巨体を止め、蛇の斬撃が肉を斬り裂いた。
◆ ◆ ◆
上弦の肆・半天狗の血鬼術は「分裂」ではない。
そして、
己の命が危機に瀕した時、どんなに弱い動物でも必死の反撃をしてくる。
そして鬼もまた感情ある生き物である以上、例外ではない。
積怒達「分裂体」は、己への脅威を排除する防衛機構に過ぎない。
そして既存の防衛機構で己の命が守れないのであれば、より強力な防衛機構を生み出せば良い。
つまり半天狗の血鬼術とは、強い生存本能に根差す「自己防衛」の能力なのだった。
「ぐお……っ」
巨大な拳は、脅威を殴り潰すためのもの。
その拳を杏寿郎は日輪刀で受け止めたものの、身体は明らかに後ろへと押されていた。
靴の踵で地面を抉り、しかし堪え切れずに吹き飛んだ。
空中で身体を縦に回し、着地をする。上弦の肆がさらにそれを追う。
――――蛇の呼吸・参ノ型『
伊黒は舌打ちした。
参ノ型は全方位から斬撃を繰り出す技だが、上弦の肆に怯んだ様子は無い。
斬られた先から再生してしまう。表面だけを攻撃しても意味が無い。
渾身の一撃で、ようやく芯に届くかどうかというところか。
(それでいて、相手の攻撃は一撃で致命傷というのだからな……!)
視線を向けると、右腕一本で日輪刀を構える瑠衣が見えた。
合体に気を取られて、取り逃がした。
痛恨の極み。だが二度と逃がさない。
しかし、その
すなわち、そこでさらなる変化が起こる。
ガパ、と、背中に大きな口が開いたのだ。
「なっ!?」
その口で襲い掛かってくるつもりか。伊黒はそう思った。
しかし違った。背中だけでなく、上弦の肆の全身に開いたのだ。
手や足、さらには顔まで縦に裂けて口になっている。鋭い牙が、ギラリとした輝きを放っていた。
そして上弦の肆の巨体が、一瞬、
「何をするつもり……?」
それを、瑠衣も霞み始めた視界で見ていた。
呼吸で止めているとは言っても、細い血管を通じた出血は続いている。
千寿郎が傷口を縛ってくれたが、すでに失った血の量も少なくはない。
だからだろうか、奇妙なものが見えた気がした。
ぎゅっと縮んだ上弦の肆に肉体の内に、何かが吸い込まれ、回転しているのが
そしてそれが、次の一瞬で一気に膨張するのがわかった。
「伏せて――――ッ!」
瑠衣が叫んだ、次の瞬間。
視界を白く焼く程の音と衝撃が、上弦の肆の肉体から放たれた。
◆ ◆ ◆
音波攻撃。上弦の肆の能力の一種だ。
だが伸縮・膨張した上弦の肆によるそれは、巨大な爆弾が爆発したかのような、凄まじい威力だった。
爆発の中心地は大きく窪み、その場の建物は全て吹き飛んで粉々になっていた。
「う……千寿郎……」
数秒か、数分か。瑠衣は意識を飛ばしていた。
頬に地面の感触があり、左腕で身を起こそうとして、出来ないことに気付き、右手をついて起き上がった。
千寿郎を探したが、見つからなかった。
刀は、と、頭の片隅で思った。
しかし地面についた右手が日輪刀を握っているのを見て、放さなかったことに気付いた。
その手の甲に、不意に影が差した。
「グルルル」
唸り声がして、顔を上げた。
そこに、上弦の肆がいた。
瑠衣を見下ろして、涎を垂らし、全身を膨張させていた。
――――意思は、明らかだった。
「ここは病院なんだっけ。怪我や病で苦しむなんて可哀想。俺が来て本当に良かったね」
蝶屋敷で、童磨がそう呟いていた。
彼の足元で、蝶屋敷はそのすべてが氷に覆われ、あるいは倒壊していた。
壊滅していた。
「くだらん。弱者を甚振って何になる」
そして、本部隊舎。柱3人と炭治郎がいたはずのその場所は、やはり廃墟と化していた。
本部隊舎のかつての威容はすでになく、瓦礫の山と化していた。
その瓦礫の上を歩く猗窩座。その歩みを止める者は、
『瑠衣、逃ゲルンダ』
(……そういうわけには、いかない……)
父に誓った。後は任せてくれと。
逃げるなんて、出来るはずが無い。
だが一方で、死ぬわけにもいかないと思う。
ここは、鬼殺隊の本部だ。
千寿郎。あるいは炭治郎達。弟が、後輩達がいる場所だ。
そんな場所に脅威を残して、死ぬことは出来ない。
逃走はあり得ない。敗北も許されない。だとすれば、道は1つだ。
「倒す……!」
目の前の鬼を斬り、脅威を減らす。
兄や伊黒の姿が見えない。自分がやるしかない。
千寿郎の姿が見えない。早く探しに行かなければならない。
「お前なんか、腕一本あれば十分だ……!」
上弦の肆が、再び体を伸縮させた。反対に体内で力が膨張するのが視える。
自分の動きは、それに対して余りにも緩慢だった。
それでも。
――――それでも、最後まで、日輪刀から手を放すことだけはしなかった。
◆ ◆ ◆
意外、と言えば意外だった。
「――――終わったぞ。産屋敷」
無惨がそう言った時、産屋敷は
厳密には、心肺が停まっていた。
もう、今にも死ぬ。
だから言葉をかけても返事が無いことはむしろ当然なのだが、それが、無惨には不満だった。
そして、不満に思う自分に不満だった。
相手が千年に及ぶ因縁の相手とは言え、人間との会話に意味を見出している。
否、意味を見出そうとしている自分がいることが、無惨には意外だった。
思えば、今までの会話も不快とは感じなかった。不思議な感覚だった。
「死してなお、私を
産屋敷は、血を吐いた口で微笑んでいた。
最期の最期まで、無惨に屈することも、絶望することも無かった。
それが無惨には不思議でならなかった。
死を目の前にして、鬼殺隊の滅亡を前にして、なぜ笑うのか。
『無惨様』
いったい何が、この男の心を支えていたのか。
単なる負け惜しみと言うには、異常に過ぎた。
異常。やはり、無惨が彼を、彼らを表現するにはその言葉しかない。
まったくもって、理解できない異常者たちだった。
『無惨様、この後はいかが致しますか?』
どうするもこうするも無い。鬼狩りという異常者は1人残らず殲滅されなければならない。
奇しくも本人の言を証明するようで
400年前、無惨は一度、
だが鬼殺隊は滅びなかった。だから、今度こそ
(わかっているだろうな――――黒死牟)
当代の産屋敷は、最後まで絶望しなかった。何故か。
自分が死んでも、鬼殺隊が滅びないという確証があったからだ。
1つは、自分の代わり――子供が、後継者がいること。これは探し出す。
そして、もう1つの理由。それは。
「お前が……いるからだ……当代の炎柱よ」
幾度目かの交錯の末、黒死牟はそう結論付けた。
「それは違う。
それに対して、槇寿郎は言った。
「鬼殺隊の、いや人の営みは、
誰か1人がいなければ、終わりになるようなものではない。
本当に強さとは、本当の尊さとは、誰か独りの下には無い。
「貴方もかつては、それを信じていたはずだ」
黒死牟の
その眼の向こう側を覗き込もうと、槇寿郎もまた黒死牟を見つめた。
そしてそんな槇寿郎の姿に、黒死牟は強い既視感を覚えたのだった。
かつて、同じような視線で見つめられたことがあったような気がする。
(そうだ……あれは……確か……)
まだ、自分が人間だった頃では無かったか――――。
最後までお読みいただきありがとうございます。
鬼殺隊は滅亡しました。
皆様、夜はしっかりと戸締りをして、出歩かないようにしてください(え)
それでは、また次回。