鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第45話:「月と炎」

 ――――轟音。

 それは、およそ刀が衝突した音では無かった。

 何か、より大きなものをぶつけ合っているような、そんな音だった。

 

(この男…)

 

 幾度目かの衝突の後、黒死牟は相手の力量に驚嘆を覚えていた。

 この数百年、黒死牟は多くの剣士――柱を(ほふ)って来た。

 炎の柱とは直接戦ったことは無かったが、無惨を通じて他の上弦の戦闘記録は見ていた。

 それを見ても、何ら思うところは無かった。

 

 しかし今、槇寿郎と打ち合って見て、彼が過去に葬って来たどの柱とも違うと感じていた。

 まず、強さだ。

 過去の柱達は、黒死牟が刀を――己の肉で生成した異質な日本刀――振るだけで、首と胴を斬り離されていた。つまり勝負にすらならなかった。

 だが槇寿郎は、幾度刀を振るおうと、その身に己の刃が届かないではないか。

 

「どこまでついて来れるか…楽しみだ…」

 

 黒死牟は、ほんの少し速度を上げた。

 言うなれば5割の力で動いていたのを、6割ほどに引き上げた。

 それは槇寿郎にも伝わったのだろう。一旦、下がった。

 

()がさぬ…」

 

 一息で、間合いを詰めた。

 袈裟切りに振り下ろした黒死牟の刀を、槇寿郎が切り上げの一閃で迎撃する。

 再びの轟音。先程よりも大きく、そして重い。

 

 互いに押し切れず、弾かれた。

 しかし次の瞬間には手首を返して踏み込んでいる。

 上下が逆になり、2人の中央で剣閃の応酬が続いた。

 その間も足は止まっていない。踏み込みの度に自分の位置取りを調整している。

 

(ほう…まだついてくる…私の動きに…)

 

 鬼の膂力と速度は、常人のそれではない。

 ましてや黒死牟は上弦の壱。鬼の頂点だ。力も速さも他の鬼とは比べ物にならない。

 黒死牟がまだ全力ではないとは言え、槇寿郎は互角以上に撃ち合っている。

 

(懐かしい感覚だ…高揚を感じる…いつぶりか…)

 

 柱はおろか、自分に入れ替わりの血戦を挑む鬼もほとんどいない。

 そんな黒死牟にとって、ここまでの()()()は本当に久しぶりのことだった。

 ふと、そんな思いに耽った。その一瞬だった。

 

「む…」

 

 正面からの撃ち合いに終始していた槇寿郎が、身を捻るのが見えた。

 互いの刀の側面を擦るようにして前に踏み込み、黒死牟の懐に潜り込んだのだ。

 黒死牟の刀を弾き、半回転。切っ先で地面を斬るようにして、技を放って来た。

 

 ――――炎の呼吸・弐ノ型『昇り炎天』。

 速度が上がった。それを察すると同時に後ろに身を反らした。

 顎先に熱を感じるのと、後ろに跳んで着地したのはほぼ同時だった。

 

「これは…私の血か…」

 

 顎を撫でると、指先に僅かに血が付着した。

 ()()()()()()を感じるのも、何年、いや何十年……何百年ぶりか。

 もちろん鬼であるから、傷口は一瞬で消える。

 

()()調()()()、これくらいで良いだろう――――巌勝殿」

 

 黒死牟が全力ではなかったように、槇寿郎も全力ではなかった。

 その事実に、黒死牟は改めて相手を見つめた。

 六つの眼で、槇寿郎を見つめる。その容姿、血、声、そしてこの剣技。

 

「お前は…似ているな…()()()に…」

 

 槇寿郎の姿に、黒死牟は強い既視感に捉われたのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――戦国時代。人が血で血を洗う乱世の時代。

 鬼には未だ十二の月がなく、人には未だ鬼殺の剣がなく。

 大正の世にまで続くことになる、人と鬼の争いの構図。その雛型が出来た時代だ。

 鬼においては始祖の絶頂期。そして人にとっては、()()()()()()()()()()の全盛期。

 

 そして、ここでふと疑問に気付く。

 鬼の始祖は千年を生きるというのに、鬼殺の剣士の()()()が四百年前の戦国の世であるのは、どうにも釣り合いが取れない。

 実際には鬼殺の、鬼狩りの――鬼()()は、ずっと以前からいた。それこそ鬼の始祖が誕生した直後から、いた。

 それでも、()()()は四百年前。そう、()()()()()()()()()

 

()()()()

 

 槇寿郎との打ち合いの最中、黒死牟は幾十年かぶりに()()を思い出していた。

 鬼殺の剣士の黎明期にして全盛期。

 あの時代の剣士達に比べれば、その後継達の何と惰弱なことか。

 

『やあ、また打ち負けてしまった』

 

 尻餅をついて地面に倒れた相手を、()()は見下ろしていた。

 額に汗の玉を浮かばせた、燃えるような髪色の男だった。

 目には人を引き付けるものがあり、一度見たら忘れない眼力があった。

 

『流石ですな、巌勝殿』

 

 そう。そうだった。この男は当時の炎の柱だった。

 懐かしい。そんな思いが胸中に去来する。

 

(私は…炎の柱とも…剣技を…高め合った…)

 

 思い起こせば、()()()()()を除いて、自分が最も手合わせした男だった。

 強かった。意思もさることながら、その剣も自分に匹敵する程の腕前だった。

 だからだろう。槇寿郎の剣の1つ1つから懐かしさを感じるのは。

 その事実に、黒死牟は率直に感嘆の念を覚えた。

 

 鬼は永遠だ。だから、自分の剣技が当時のまま保管されているのは当然と言える。

 しかし、人間にとっての四百年はどうか。

 同じものを1年保つだけでも容易ではない。

 しかも短命な鬼殺の剣士がそれを繋ごうと思えば、そこには想像を絶する困難があったはずだ。

 

()()()

 

 四百年前の剣士の気配に、黒死牟は確かに感嘆した。

 

「そして、残念だ…」

 

 しかしそれは、大いなる落胆と表裏であった。

 ホオオオ、と、黒死牟の口元から独特の()()()が響く。

 その音を耳にした槇寿郎は、全身を一気に緊張させた。

 

(これは。いや、これが……!)

 

 ――――月の呼吸・参ノ型『厭忌月(えんきづき)(つが)り』。

 傍目には、それはただ刀を横薙ぎに振るっただけに見えた。

 しかしこれまでほとんど傷を受けなかった槇寿郎が、その一撃を受け止めた瞬間、全身に裂傷が走ったのだ。

 

「技は繋げても…強さまでは…繋げなかったようだ…」

 

 技の衝撃で後退し、膝をついた槇寿郎に、黒死牟は冷然と言い放った。

 

「お前は…あの男(先祖)に…遠く及ばぬ…」

 

 しかしそれも、栓無きこと。

 姿形が似ていようとも、本人ではない。別人だ。

 所詮、()()()に及ぶ者などいるはずが無い。

 金輪際、そんな人間が生まれ落ちるはずも無い。

 そんなことはあり得ないのだと、この時、黒死牟は再確認した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 お前は先祖に遠く及ばない。

 そう言われた時、不思議と怒りも悔しさも湧いてこなかった。

 何故ならばそれは、誰よりも槇寿郎自身が思っていたことだからだ。

 

「ほう…致命傷は(かわ)したか…」

 

 言葉ほどには、感心した様子は無い。

 それはそうだろうと、槇寿郎は思う。

 何故なら黒死牟という鬼は、自分を先祖と――始まりの呼吸の剣士の1人と比べているのだから。

 そして、黒死牟自身が()()()()()()()()()()1()()()()()()()

 

 煉獄家に伝わる手記の中に、始まりの呼吸の剣士達のことが書かれていた。

 黒死牟のことも、書かれていた。正確には、人間だった時の彼のことだ。

 人間の時の名は、継国(つぎくに)巌勝(みちかつ)

 始まりの呼吸の剣士の中でも屈指の実力者であり、当時の鬼殺隊で()()を成していたという。

 

「確かに、私の剣など……貴方がたに比べれば、児戯に等しいものでしょう」

 

 子供達には――杏寿郎はそもそも興味が無かったようだが――その部分は見せていない。

 必要が無いと思ったからだ。

 何故か。答えはすでに述べた。()()()()()からだ。

 

「四百年の研鑽を経た貴方から見れば、私が重ねた鍛錬など、何もしていないも同然」

 

 かつては、それが辛かった。

 いくら努力しても、先祖に遠く及ばない自分に気付くばかりだった。

 そして自分よりも優れた先祖が、鬼の始祖を討つことはおろか、下級の鬼から人々を守り切ることすら困難だという現実。

 四百年繋いできた剣技。しかし、だから何だと自暴自棄になったこともある。

 

『わたしは』

 

 ()()

 

『わたしは、ととさまみたいになりたかったのに……!』

 

 ()()()()()()

 

「それでも私は、巌勝殿。貴方を討つ」

「できぬことを…言うものだ…」

「できるできないではない。やるのだ。何故ならそれが、約束だからだ」

「誰との約束か知らぬが…」

()()との約束だ。炎の呼吸と共に、我が一族が四百年繋いできた約束だ」

 

 槇寿郎は、子供達にはそれを教えていない。

 何度でも繰り返そう。必要が無いからだ。

 黒死牟――継国巌勝のことも。一族の約束のことも、子供達に教える必要は無い。

 自分の後に、繋げる必要は無い。

 

「不肖、煉獄槇寿郎。先祖に代わって、お相手いたす……!」

 

 何故ならば、今日、ここで。自分が果たしてしまうからだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――炎の呼吸・壱ノ型『不知火』。

 一足で、間合いを詰めた。

 まさに目にも止まらぬ速度での突進だったが、受ける黒死牟の反応速度も尋常では無かった。

 

 頚を狙った擦れ違い様の斬撃を、最小の動作で迎撃して見せた。

 刀が打ち合い、槇寿郎はそのまま黒死牟の背後へと着地する。

 そして今度は、黒死牟が追撃する形になった。

 

「遅い…」

 

 ――――月の呼吸・壱ノ型『闇月(やみづき)(よい)の宮』。

 体を回転させて、抜刀術のように刀を横薙ぎに振るう。

 攻撃は一閃。しかしそれに対して、槇寿郎は日輪刀を複数回振るった。

 そしてその全てで――()()()黒死牟の刀を弾いた回数は一度だけにも関わらず――刀が打ち合う金属音が()()()鳴り響いた。

 

「ほう…」

 

 ()()を掻い潜り、槇寿郎は掬い上げるような斬り上げの斬撃を放った。

 当然、黒死牟は正面から受け止める。わざわざ避けるような真似はしない。

 甲高い音が響き、衝撃が互いの腕を痺れさせる。 

 鍔迫り合いになった。動きが止まる。

 

「……ッ!」

 

 どちらかが押し切るまでは、次の攻撃は無い。

 そう思ったが、しかし黒死牟の目はそう言っていなかった。

 その視線に肌が粟立ち、槇寿郎は咄嗟に押し合いを放棄して後退した。

 

(いかん!)

 

 ――――月の呼吸・伍ノ型『月魄(げっぱく)災禍(さいか)』。

 刀を振るうことなく、無数の斬撃が繰り出された。

 しかし、それ自体は実は問題では無い。

 

(何という、恐るべき技か!)

 

 黒死牟の放つ斬撃には、その他に無数の細かい斬撃が付属している。

 だから振りの回数に対して、余分に多くの防御や回避を行う必要がある。

 今のように振り無しで無数の斬撃を放たれるとなると、もはや合計の攻撃数さえわからない。

 だから、大きく後退して回避に専念するしかない。しかし。

 

 ――――月の呼吸・陸ノ型『常世(とこよ)孤月(こげつ)無間(むけん)』。

 ――――炎の呼吸・肆ノ型『盛炎のうねり』。

 後退して回避したところで、黒死牟は追撃してくる。しかも間合いが異常に長い。

 咄嗟に型を放ち、最も危険な軌道の斬撃を逸らすので精一杯だった。

 

「ぐ……」

 

 何とか踏み止まるも、ボタボタと足元に落ちる血の量は隠しようもない。

 先祖の約束云々と威勢の良いことを言ってみたものの、実力の差は歴然。

 

(いや、煉獄槇寿郎。実力の差は最初からわかっていたことだろう)

 

 ふう、と呼吸を整えながら、槇寿郎は自分に言い聞かせた。

 相手は最強の剣士にして最強の鬼。一筋縄でいかないのは織り込み済み。

 それがわかっているから、槇寿郎は逆に冷静でいられた。

 だから日輪刀を強く握り、黒死牟と正面から向き合うことが出来た。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「ふむ…どうやら…心を折ることは難しいようだ…」

 

 肌を刺すような槇寿郎の闘志に、黒死牟はそう結論付けた。

 純粋な実力では黒死牟に及ばない。

 それを理解してなお闘志を向けて来るのであれば、戦意を削ぐ形での決着はあり得ない。

 

「このまま…続けても良いが…」

 

 血を流すだけでも、槇寿郎は弱って行く。

 しかし黒死牟は、そういう相手を嬲るやり方は好まない。

 まして剣士同士の戦い。相手の消耗狙いというのは、いかにも()()()()()

 

 ミシ、と、己の肉で作った刀を握り締める。

 するとまさしく肉が蠢くようにして、その刀身が倍近く()()()

 さらに途中で三又に枝分かれし、枝とも言うべき刀身が生えた。

 とても人間には振れない。そんな異形の刀が出来上がった。

 

「せめて我が剣で首を刎ねるのが…礼儀というもの…」

「……ッ!」

 

 ――――月の呼吸・漆ノ型『厄鏡(やっきょう)月映(つきば)え』。

 巨大な獣が地面を爪で引き裂くかのような、そんな斬撃だった。

 幾閃も放たれたその斬撃には、当然、あの細かな不定形の刃が付属している。

 目に見える攻撃だけが脅威ではない。縦横大小の斬撃を同時に捌かなければ即死だ。

 

 ――――月の呼吸・捌ノ型『月龍(げつりゅう)輪尾(りんび)』。

 何よりも、射程が倍以上に伸びている。

 広範囲を薙ぎ払う横の斬撃を、槇寿郎は地を這うようにしてかわした。

 その背中を、無数の小さな斬撃が掠めていく。

 

(反撃の隙が無い……!)

 

 ――――月の呼吸・玖ノ型『降り月・連面(れんめん)』。

 小さな斬撃に斬られたその背中に、本命の斬撃が飛んでくる。

 頭上から降り注ぐ斬撃から逃れるために、壱ノ型(不知火)で跳んだ。

 攻撃ではなく避けるために型を使う。つまり防戦一方ということだ。

 

(何とか、攻撃に転じねば……!)

 

 守ってばかりでは、体力に劣る人間は勝てない。

 攻撃は最大の防御。

 着地と同時に、再び壱ノ型(不知火)で前へと跳んだ。

 そしてそのまま、日輪刀を振り上げて伍ノ型(炎虎)へ入る構えを見せる。

 その瞬間だった。黒死牟の六つ眼がじろりと槇寿郎を睨んだ。

 

「ふむ…強引にでも攻める他あるまい…だが…」

 

 ――――月の呼吸・拾陸ノ型『月虹(げっこう)・片割れ月』。

 先程よりも激しく、雨の如く降り注ぐ斬撃に技の出がかりを潰される。

 そして攻撃に意識を割いていた分、今度は防御が薄い。受け切れなかった。

 己の肉を斬られる感覚に、槇寿郎の身体がぐらりと傾いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 直撃した。手応えとしてそう感じた。

 あえて次々に型を見せたのは、初見の技で、かつ圧倒的物量で押し潰すためだ。

 いかに柱と言えど、あれだけの連撃を捌き切ることは不可能。

 とは言え。

 

「1人を討つに際して…これ程の数の技を放ったのは久方ぶりだ…」

 

 事実だった。

 大抵の敵は、技を放つ前に死ぬ。

 型を使うとしても、1つで事足りることがほとんどだ。

 だからこうして立て続けに技を放つというのは、まさしく「久方ぶり」なのだった。

 

「力及ばずも…向かって来た気概は見事…」

 

 実力は記憶の中の先祖には、遠く及ばない。

 しかし当代の剣士の中では、間違いなく最強であろう。

 そんな剣士と遭遇し戦えたことは、一定の満足感を黒死牟に与えた。

 

 そして彼の目の前には、槇寿郎が()()()()()

 立っていたと言っても、顔を伏し、刀を下げている。

 構えてはいない。足元には血の水溜まりが出来ていた。

 いわゆる立ち往生というもので、死してなお、という気概は、黒死牟も認めざるを得なかった。

 

「さて…死体に鞭打つようだが…作法に則り頚を刎ねるのがせめてもの…」

 

 情けか、と言おうとした時だ。

 黒死牟は、自分の足が前に進もうとしないことに気付いた。

 

(何だ…)

 

 そして黒死牟は、この手の肉体的直感が生死を分かつことを経験で知っていた。

 だから、決して無視はしなかった。

 しかし解せなかった。黒死牟の手には、肉を斬り骨にまで刃が達した手応えが残っている。

 常人であれば、動くことなど出来はしない。

 

 それでもなお、己の肉体は何かを警戒している。

 この状況でそれは、目の前の槇寿郎以外にはない。

 しかし、槇寿郎はもはや死に体。

 そんなものに、何の脅威を感じるのか。

 

「む……」

 

 その時、槇寿郎の頭が僅かに動いた。

 脱力してよろめいたわけではなく、自発的に動かしたのだ。

 とはいえ、だ。黒死牟は槇寿郎の全身を眺めるように目を細めた。

 

 槇寿郎は、まさしく満身創痍。

 先程の黒死牟の一撃は、やはり致命傷を与えている。

 呼吸か精神力か。いずれにせよ、生きているだけで奇跡。

 動くことはおろか、戦える状態では無い。

 

「立ったところで…」

 

 だが槇寿郎の目を見た時、黒死牟の動きは止まった。

 剣気でも殺気でもない。元より、そんなものに黒死牟は怯まない。

 怯みではなく、もっと、胸中深くから感じる何かによって、黒死牟は止まったのだった。

 

(あの目…)

 

 槇寿郎の目は、静かだった。いかなる激しさも無い。

 穏やかであり、哀しみがあるようにも見える。ただ、目を離すことが出来ない。

 そんな目に、黒死牟は見覚えがあった。

 過去にも、同じような目で見つめられたことがあった気がする。

 あれはいったい、いつのことだったろうか――――……。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 鬼になった者の多くは、()()()()()()なる場合が多い。

 というのは、鬼というのは、まず鬼舞辻無惨の()()()()で生み出されるからだ。

 たまたま視界に入ったとか、言動が気に入ったとか、そんな理由だ。

 上弦の鬼でさえそうだ。たまたま無惨に出会い、たまたま鬼にして貰えたに過ぎない。

 

『それならば、鬼になれば良いではないか』

 

 黒死牟は――継国巌勝の場合は、違う。

 無惨の側から勧誘に来て、それを受け入れる形だった。

 人を鬼に変貌させる無惨の血を、押し付けられるのではなく、進んで拝領したのだ。

 

『鬼となれば無限の刻を生きられる。永遠に鍛錬を続けられる』

 

 永遠の鍛錬。

 それこそ、人間・継国巌勝が求めたものだった。

 永遠の命が欲しかったわけではない。時間が欲しかった。

 生まれた時から目の前に立ちはだかっていた、大きな壁を越えるための時間が。

 

 双子の弟・継国縁壱を越えるための時間が。

 始まりの剣士()()など、おこがましい。

 最初の剣士は1人だけだ。継国縁壱だけが始まりにして最強の剣士だ。

 それ以外の剣士はすべて、猿真似に過ぎない。剣も、呼吸でさえもだ。

 

『お(いたわ)しや、兄上』

 

 鬼になった双子の兄を、弟は憐れんだ。

 剣士達に呼吸を教え、剣を教え、数多の鬼を斬った弟。

 それを越えんと人であることさえ捨てて、醜い姿となって同輩を裏切った兄を、憐れだと言った。

 しかし、構わなかった。ただ1つの望みさえ叶うのであれば、と。

 

 だが、勝てなかった。

 

 自分に対して憐れみの言葉をかけた時、弟はすでに老齢に達していた。

 にも関わらず、勝てなかった。いや勝負にさえならなかった。

 一刀。ただの一合で、敗北した。頚を斬られかけた。

 死ななかったのは、運が良かったに過ぎない――――否。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……何故、今になって思い出すのだ)

 

 それは、目の前に立つ槇寿郎の静かな目が、黒死牟に思い出させたからだ。

 遠い過去の約束を果たしに来たという、かつての同輩の子孫が、弟と同じ目をしていたからだ。

 そして自分の内からこみ上げてくる動揺に、黒死牟は動揺した。

 自分が動揺していること自体に、動揺した。

 

「……!」

 

 そして、その動揺の最中に。

 槇寿郎が、動いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 先祖から、子孫へ。

 言葉にすると簡単だが、実際にしようとすると、これ程の困難は無い。

 9つある炎の呼吸の型でさえ、繋いでいくのは簡単では無かった。

 どうしたって微妙な変化を伴う。派生の呼吸など最たるものだろう。

 

 だが、煉獄家の炎の呼吸は変わらなかった。

 そしてもう1つ、先祖が子孫に託した「約束」も変わらなかった。

 そのまま、受け継いできた。

 何故なら、煉獄家の子孫すべてが、先祖と気持ちを同じにしていたからだ。

 

(何故かは、わからないが……)

 

 黒死牟が彼方へと思いを馳せたと見た時、槇寿郎は動いた。

 深い傷を負い、多くの血を流していたが、それでも、何故だろう。

 今が、最も素早く動けた気がする。

 

 感覚は研ぎ澄まされ、視界の流れがゆっくりに見えた。

 血を失い、寒気すら感じる。しかし心臓はこれ以上なく()()

 壱ノ型(不知火)も、いつになく速い。

 

(動く……!)

 

 黒死牟が、急速に近付いてくる。

 いや正確には槇寿郎が近付いている。黒死牟はまだ動かない。

 今までにないチャンスだった。

 このまま日輪刀を振るえば、あるいは頚に届くかもしれない。

 

「……ッ。巌勝殿――――ッ!!」

 

 だが、槇寿郎は刀を振るわなかった。

 勝機を捨てて、槇寿郎が選択したのは。

 

()()……ッ」

 

 先祖から預かった、継国巌勝への()()を伝えることだった。

 彼は刀ではなく、拳を握り、振り上げて。

 

「――――()()鹿()()()ッッ!!」

 

 黒死牟の顔面を、思い切り、殴ったのだった。

 

「……ッ!?」

 

 当然、ダメージらしいダメージなど無い。

 突撃の勢いで殴り抜いたため、多少たたらを踏みはした。

 正直に言えば、虚を突かれた。

 しかしそれだけだ。何の意味もない。

 

「貴様…」

 

 それだけのことなのに、黒死牟はかわすことが出来なかった。

 殴られたその一瞬、再び記憶を刺激されたからか。

 それが、実力も何もかも及ばないこの男を、自分に届かせたのか。

 

「これで、()()()()()()()

 

 そう言って、槇寿郎はようやく刀を振り上げた。

 大きく身体を捻り、刀を振り上げ、傾かせた顔から相手を睨み据える。

 闘気と覇気が、ビリビリと黒死牟の肌を震わせた。

 

「その構えは…」

 

 ――――炎の呼吸・玖ノ型『煉獄』。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 先程は虚を突かれたものの、元に戻るというのならその限りではない。

 日輪刀を構えた槇寿郎を見て、黒死牟は一気に落ち着いていた。

 剣士としての戦いにおいては、黒死牟に一日の長がある。

 

「これが約束か…なるほど…」

 

 ()()()()()()と、ふとそう思った。

 懐かしい記憶の中、同胞が鬼になったらどうするかを話し合ったこともあった。

 だが、しかし。やはり甘い。あの時、自分は。

 

「鬼になったら同胞がいれば頚を刎ねようと、そう言ったはずだがな…」

「わからないだろう。お前には」

 

 ふと、疑問を覚えた。

 槇寿郎の口ぶりが、先程までとは違うように感じられたからだ。

 当然だ、と、槇寿郎は言った。

 

「これまでは、煉獄家当主としての戦い。そして、ここからは」

 

 ぐ、と紅い日輪刀を振り被りながら、槇寿郎は言った。

 

「ここからは、1人の剣士として――――お前を討つ」

「先程も言った…二度も言わせぬことだ…」

 

 黒死牟もまた、刀を構えた。

 無数の目玉が浮き上がる異形の刀。その目玉のすべてが、槇寿郎を向いていた。

 

「できぬことを…言うものではない…」

 

 言いつつも、一方で黒死牟は気付いてもいた。

 気付いていたというより、戦い始めてからずっと感じていた。

 槇寿郎が、本気で自分の頚をとりに来ていることに。

 

 ここまでにしよう、と黒死牟は思った。

 過去への郷愁で手心を加えてしまった形だが、それも、先程の殴打で吹き飛んだ。

 だから、()()()()なのだ。

 遠い、遥かな遠く。人間だった頃の僅かな記憶。()()()()だ。

 目の前のこの男を、槇寿郎を殺して、訣別の証としよう。

 

(おそらく、次の一撃が本命だろうな)

 

 その気配を、槇寿郎もまた敏感に感じ取っていた。

 黒死牟から立ち昇る鬼気の質が変わり、明確な殺意となってこちらに向いているのを感じる。

 これほどの距離がありながら、首筋に冷たい刃の感触をすでに感じている。

 それはまさしく、黒死牟が槇寿郎に与える死のイメージだった。

 

()くぞ……!」

 

 その死のイメージを、槇寿郎は恐れなかった。

 何故ならば、彼はすでに()()()()()()()()()()

 

『父上!』

 

 炎柱も。

 

『父上』

 

 炎の呼吸も。

 

『父様!』

 

 ――――煉獄家も!

 すべてを!

 すべてを、託して来た!

 だから今日、ここで、煉獄槇寿郎はそのすべてを燃やし尽くすことが出来る!

 この幸福が、鬼となった者にはわかるまい!

 

「炎の呼吸――――奥義っ!!」

 

 巨大な炎の塊が、黒死牟に向けて突進した。

 黒死牟は両手で刀を握り、それを迎え撃った。

 そして熱風が黒死牟の髪を揺らした、次の瞬間。

 爆発が、2人の剣士を包み込んだのだった。




最後までお読みいただき有難うございます。

というわけで、上弦の壱と煉獄パパの戦いでした。
思うにこれ以上の好カードはないと思います。
戦国時代からの因縁。片や本人、片や子孫。
これは燃える(炎だけに)。

それでは、また次回。
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