炎の呼吸・玖ノ型『煉獄』。
足に溜めた力を爆発させて突進し、身体のバネを利用して日輪刀を振り下ろす。
まさに、相対する者を一撃で葬る剛剣だ。
「見事…まさに龍が炎を吐きながら迫ってくるようだ…」
しかしそれは、あくまで人の剛剣に過ぎない。
一瞬、黒死牟の二の腕が膨張したように見えた。
猛然と迫る槇寿郎とは対照的な、緩慢にさえ見える動きで黒死牟は迎撃した。
まるで吸い寄せられるように、両者の刀が衝突した。
不思議なことに、衝突の音は聞こえなかった。
しかしそれは音が無かったのではなく、直後に周囲に拡散した攻撃の
その証拠に、砕けた2人の足元が、どれほど凄まじい衝突かを物語っている。
(押し込めん……!)
槇寿郎の全霊の一撃が、鬼の膂力によって押さえ込まれた形だった。
「悲しいな…人は結局鬼には勝てぬ…」
これは、余りにもわかりやすい対比だった。
人間として、槇寿郎はまさに超人の域にいると言って良い。
しかし、鬼は生まれながらにその上を行く。
とはいえ、槇寿郎は良くやった方だろう。
黒死牟の所感としても、自分以外の上弦であれば、あるいは討てたかもしれないと思う。
しかし一言で言えば、「相手が悪かった」。
相手を間違えたがために、槇寿郎は敗死するのだ。
「終わりだ…」
――――月の呼吸・伍ノ型。
綱ぜり合いを演じている槇寿郎は、その一撃をかわせない。
「何…?」
はず、だった。
しかし黒死牟の技は発動しなかった。
違和感があった。いや、技が発動しなかったことに対してではない。
「お、おお……!」
槇寿郎が、黒死牟を押し込んでいるのだった。
全力で大地を踏み、前進のみを考えて、鬼気迫る表情で、体全体で押している。
両腕にかかる負担が増してくる。黒死牟はそこに槇寿郎の強い意思を感じ取った。
「おおおおおお……!」
まさか、と黒死牟は思った。
まさかとは思うが、この男。
「おおおおおおおおおあああああああああああっっ!!」
◆ ◆ ◆
槇寿郎の目には、黒死牟の頚しか見えていなかった。
今の槇寿郎は、
そのすべてには、己の命すらも含まれている。
まさしく、全身全霊。
「オオアアアアアアアアアッッ!!」
ギシリ、と、軋んだのは日輪刀か腕の骨か。
こめかみに浮き出た血管は、今にも破裂しそうに見えた。
しかし全身全霊の前進は、僅かだが黒死牟を押していった。
「ぬう…」
それでも黒死牟は、その行為が無意味であることを知っていた。
何故ならば、彼は全力では無かったからだ。
手を抜いていたとかではない。
単純に、筋力に割ける力の量が人間とは段違いだということだ。
黒死牟の肩から手首にかけて、筋肉が盛り上がり、波打った。
すると即座に槇寿郎を押し返し、逆に押し込んだ。
己の刀の柄が眼前まで押されるのを見て、槇寿郎は奥歯を噛んだ。
「無駄だ…力で鬼を押し切ることはできぬ…」
実のところ、黒死牟にはもっと楽に勝利する道があった。
後ろに下がることだ。
槇寿郎は前進に全力を傾注している。
だからほんの少し下がって
(しかし、無粋…)
槇寿郎ほどの、それも後輩ともいうべき剣士の、おそらくは命を賭した攻撃。
それを下がっていなすなど、黒死牟には出来なかった。
否、そんな選択をする必要などもとより無い。
「む…まだ…」
押し込んだ両腕に、抵抗の気配を感じた。
言うまでもなく槇寿郎だ。雄叫びを上げ、押し返そうとしている。
しかし微動だにしない。当然だ。
叫んだところで力は増さない。むしろ持ち堪えている方が奇跡だ。
だが、それもどうやら限界のようだった。
「諦めることだ…お前ほどの剣士に…見苦しい最期は相応しくあるまい…」
最後の一押しにつもりで、黒死牟はさらに力を込めて押し込んだ。
槇寿郎は、耐え切れない。
膝が折れ、身体が後ろに倒れそうになる。
それでも堪えようとしていたが、一度破れた拮抗は、二度とは元に戻らない。
「さらばだ…」
この時、黒死牟の目にも槇寿郎の頚だけが見えていた。
目の前の首を刎ね飛ばす。そこへ意識が向かった。
だから、黒死牟はほんの僅か、気付くことが遅れてしまった。
ジリジリと、何かが
◆ ◆ ◆
断言しておくが、狙ったわけではない。
槇寿郎が黒死牟の刀の特性を理解していたわけではない。
(私の刀は…
そう、黒死牟の刀は、刀に見えるが刀ではない。
鬼の血肉で形成された
だから、日輪刀に触れれば――――
槇寿郎の使う日輪刀は、煉獄家特注の最高純度を誇る鉄で打たれている。
太陽光をふんだんに浴び、その内側に蓄えた鉄。
黒死牟が人間として生きた時代、戦国時代でさえ、これ程の純度と技術で打たれた刀は無かった。
(この刀は、斬れぬ…!)
これは、黒死牟にとっても想定外だった。無理もない。
何故なら彼は鬼狩りの剣士と鍔迫り合いを演じた経験が――鬼になってからは――無いからだ。
圧倒的に強すぎたがための、経験不足。
槇寿郎の日輪刀が、黒死牟の刀に
「オオオオオオオオッッ!!」
繰り返すが、槇寿郎は狙ってやったわけではない。
黒死牟の刀の特性など、考えていたわけではない。
もっと言えば、自分の攻撃が通じる通じないということも、考えていなかった。
ただ、諦めなかった。
前に進むこと。目の前の頚を斬り落とすことだけを考えていた。
たとえ見苦しく見えようが、潔くなかろうが、それだけを考えていた。
煉獄槇寿郎という男には、結局それしかなかった。愚直に前に進むことしか。
「オオオオオオオオッッ!!」
「……!」
刃の半ばまで槇寿郎が押し込んだあたりで、黒死牟はこの後に訪れるだろう結果を悟った。
本能が告げる。下がれ、と。
たった一歩を下がるだけで形勢は逆転する。
いなし、つんのめった槇寿郎の上から、改めて刀を振り下ろせば良い。
それで勝利だ。しかし、黒死牟はそんな本能の囁きを振り払った。
(それは、出来ぬ…!)
そんな
黒死牟がそう考えた、次の瞬間。
彼の腕に、刀が――いや、肉が砕ける音が響いた。
視界の中で回転し、何処かへと飛んでいったのは、折れた刃先だった。
「馬鹿な…!」
信じられない光景に、黒死牟は呻くように言った。
「……ッ。覚悟――――ッ!」
その黒死牟の目の前に、『煉獄』が迫っていた。
瞬間の判断で、黒死牟は察していた。
己の肉体に触れたその刃が、己が命を奪うに十分な威力を持っていることに。
肉が灼かれる感覚に、黒死牟は目を見開いた。
◆ ◆ ◆
我が弟、継国縁壱。
この世で唯一、自分の頚を斬りかけた――斬られ損ねたと言うのが正しいが――男。
最強の剣士。最初の呼吸使い。誰も彼と同じようには出来なかった。
『後継をどうするつもりだ?』
ある日、弟に聞いたことがある。
最強であるが故に、弟の呼吸――「日の呼吸」の継承者がいないと指摘した時のことだ。
後継者の不在は自分の「月の呼吸」についても同じだったが、正直、重要視はしていなかった。
所詮、日の呼吸の
『兄上、何も案ずることはない』
しかし縁壱は、そんな
自分が特別な存在ではないと言い、後に続く子供たちが自分達をいつか超えていくと言った。
そんなはずが無いと、その時の自分は思った。
それを慢心だと言わせるつもりは無い。
事実、以来四百年に渡って自分は最強だった。
上弦の壱の座を譲ったことは一度も無く、縁壱以外の鬼狩りに後れを取ったことなど無かった。
自分達を超える「子供たち」など、どこにもいない。
そう思っていた。思い込んでいた。
「オオオオオアアアアアアアッ!!」
しかし今、その「子供たち」が目の前にいた。
自分の頚に刃を突き立て、斬らんとしている。
「ヌウアアアアアアアアアアッ!!」
頚を、肉を灼かれる感覚に、咆哮にも似た声を上げた。
そんな声を上げるのは、何百年、いや初めてのことでは無かったか。
(そうか…そうだった…この男は…あの、男は…)
忘れていた。いや、気にしていなかった。
だがここに来てようやく、黒死牟は気付いた。
炎の呼吸が、日の呼吸に続く
後で知った話だが、縁壱が鬼狩りに加わったのは妻子を鬼に殺されたからだという。
その話自体に意味はない。良くある話で、特別なことは何もない。
肝心なのは、その時に縁壱の前に現れた鬼狩りが、煉獄の――槇寿郎の先祖だったことだ。
そう、彼こそが縁壱の
炎の呼吸は、この世に生まれた
「アアアアアアアアアァッッ!!」
太陽に最も近い刃が、皮を破り肉を裂き、喉を裂いて骨を砕き、通り過ぎた。
頚から下の感覚が消えた。
馬鹿な、と、黒死牟はそれだけを思い続けていた。
◆ ◆ ◆
信じられぬことが起きた。
胴から離れた頚の視点で、黒死牟はそう思った。
しかし、現実は受け入れざるを得ない。
(頚を、斬られた…)
認めざるを得ない。
槇寿郎のまさに渾身の一撃によって、黒死牟は頚を斬られたのだ。
頭が地面に落ち、そのまま灰になって消える。
しかし、意識は続いていた。
敗北。
その二文字が、胸中を駆け抜けた。
数百年ぶりに感じる、苦々しい負けの味。
あの縁壱以外に味わわされたことのない、屈辱。
――――
「ぐあっ」
頚を斬った勢いそのままに、槇寿郎は地面を転がった。
受け身のことを一切考えていなかったからで、ごろごろと無様に転がる形になった。
本音を言えば、そのまま倒れていたかった。肉体が、悲鳴を上げていたからだ。
しかし背後から感じた禍々しい気配に、痛めた身体に鞭打って起き上がった。
「はあ、はあ」
呼吸が乱れていた。身体が酷く重い。
それでも、槇寿郎は刀を握る手にだけは、力を込め続けていた。
「敗れぬ…」
それは確かに黒死牟の口から放たれたもので、頚を刎ねられ、頭が灰となって消えた後で、余りにも不自然だった。
しかし、答えは至って単純なものだった。
「縁壱以外に、決して敗れるわけにはいかぬ…!」
黒死牟が、
今は鼻の下から顎までしかないが、メキメキと音を立てて上半分も再生しようとしている。
それだけではない。
まるで肉体の構造そのものが変化しているかのように、肩や背中の肉が蠢いていた。
何かに、変わろうとしている。
槇寿郎には、それが肌で感じられた。
頚の切断で死なない。日輪刀で殺せない。
鬼狩りの剣士にとって、それは絶望と同義だ。
「何という……何という、
それは、死ぬべき時を誤った者の、生への執着そのものだった。
だが、それは決して死への恐怖を意味しない。
間違った人間に殺されるわけにはいかない。ただ、その一心だった。
そしてその一心を垣間見てなお、槇寿郎は再び刀を構えた。
足を開き、身体を捻る。奥義『煉獄』の構えを。
「お付き合いしよう。何度でも……!」
人の、侍の姿を捨ててまで生きようとする相手に、槇寿郎は突撃した。
もはや策も何もない。ただ、最大火力で灼き続けるだけだ。
命が尽きるまで、何度でもだ。
◆ ◆ ◆
もはや、戦術など無かった。
異形の姿と化した黒死牟に対して、槇寿郎はただ刀を振り続けた。
玖ノ型『煉獄』を、ひたすらに繰り出し続けた。
「ぬゥアアアアアアアアッ!!」
「オォアアアアアアアアッ!!」
奥義以外の攻撃は、もはや通用しない。
最大火力の『煉獄』だけが、黒死牟の防御を砕くことが出来る。
しかしそれは、同時に自分の防御を捨てるという意味でもあった。
黒死牟の全身から、刃が飛び出していた。
手足はもちろん胴や背中からも飛び出した無数の刀。
その一本一本が攻撃を放ち、全方向に凶悪な攻撃を繰り出して来る。
避ける
「ぐお……っ」
それらの攻撃は全て、槇寿郎の動きの悉くを潰すように放たれていた。
技の出がかり、踏み込みの瞬間。今一歩のところで身体を刻まれる。
槇寿郎よりも、黒死牟の方が有効打を放つのが速く、かつ正確なのだ。
(そうか、
どうしてそうなるのか、槇寿郎は知っていた。
槇寿郎には見抜けぬ隙を見抜き、尋常なる先読みで場を制する。
先祖の手記で読んだ。
まるで全てが止まって見えるかのような、
槇寿郎は、そこには行けない。辿り着けなかった。
始まりの呼吸の剣士達の領域に、槇寿郎はついに到達することが出来なかった。
才覚が及ばない。ただそれだけのことで。
まったくもって、世界とは理不尽なものだった。
(それでも……)
『煉獄』。
左肩を深く斬られた。筋肉の筋が断たれ、力がなくなった。
(それでも……!)
『煉獄』。
使い物にならなくなった左腕を身代わりにした。
視界の端で、左腕がぼとりと地面に落ちた。
(それでも、俺は)
『煉獄』。
片腕を盾としたことで、僅かな空隙が出来た。
その空隙に、躊躇なく身を投げた。
すなわち、攻撃が最も濃密な場所に入り込んだ。
頸動脈の真横が斬られ血が噴き出し、肩甲骨から腰あたりまで大きな裂傷が走り、左足が膝から縦に斬り裂かれ、右目を失った。
そして、『煉獄』。
「俺は、炎柱……煉獄槇寿郎、だ……ッ!」
片腕片足。一手一足。最後の踏み込み。最後の斬り込み。
槇寿郎は、不意に思った。
この「最後」のために、煉獄家は――自分達は、才及ばずとも、何度も挫けながらも、
そんなことを、思ったのだった。
◆ ◆ ◆
前のめりに倒れ伏した槇寿郎を、黒死牟は見つめていた。
槇寿郎の刃は幾度も黒死牟を斬り、頚でさえ刎ね飛ばしもした。
しかし黒死牟は再生した。
人間の槇寿郎は、再生できなかった。
「見事だ…」
黒死牟の口からは、槇寿郎への賛辞が漏れていた。
実際、見事な男だった。
弟・縁壱以外に頚を斬られるなど、想像すらしていなかった。
それが、ここまで追いつめられるとは。
そして、何よりも重要なことは、今の自分の姿だった。
槇寿郎に頚を取られて、それでも滅ぶまいと自らの限界を超えた。
頚の切断による死を克服した。それは、もはや究極の生命体と言っても良いはずだった。
「それに比べて…」
刀に映った自分の姿を見て、黒死牟は呻いた。
「何だ、この姿は…」
死を克服した反動なのか、黒死牟の姿はまさに異形の化物と化していた。
余りにも醜い姿で、とても剣士の姿とは思えなかった。
勝利だ。それは間違いない。だが、何と虚しい勝利だろうか。
はたして自分は、こんな姿になってまで勝ちたかったのだろうか。
何百年も生き永らえてきたのは、いったい何のためだった?
頚を斬られても負けを認めず、鬼の生命力に寄りかかって、それで勝利と言えるのか。
素晴らしい好敵手を屠って、勝利の猛りを口に出来るのか。
そうだとするなら、なぜ自分はこうも
「き……せ……」
不意に、か細い声が聞こえた。
槇寿郎だった。
倒れ伏した槇寿郎が、おそらくは無意識なのだろう、何事かを呟いていた。
死んでいてもおかしくない負傷だ。いや、というより、
「る……」
黒死牟は、槇寿郎が何事かを呟くのを最後まで聞いていた。
頭の片隅に、この男を鬼にするという選択肢があったが、口にはしなかった。
「もう、良いか?」
槇寿郎が何も喋らなくなったのを見計らって、黒死牟は掌から新しい刀を作り出した。
そしてその刃先を、槇寿郎の首筋に当てた。
(嗚呼……)
もはや刃の冷たさも感じられない。
そんな中、槇寿郎の脳裏に浮かんだのは、我が家だった。
任務から帰ると、まず聞こえてくるのは息子達の声だった。
庭で鍛錬をしているのか、駆け回っているのか。元気な声だった。
玄関を潜れば、料理の良い香りが鼻をくすぐる。
声をかけながら厨を覗けば、そこには並んで調理をする妻と娘の背中がある。
それが、槇寿郎のすべてだった。十分だった。これ以上、何も望むことは無かった。
そしてこちらに気付いた妻と娘が振り向いたのを見て、槇寿郎はこう言うのだ。
(ただいま)
ブツッ、と、何かが切れる音がした。
すると、槇寿郎の視界は黒く染まり、何も感じなくなった。
死に、抱きしめられた。
それが恐ろしいことだとは、何故か思わなかった。
◆ ◆ ◆
目が覚めた時、瑠衣はまずそれを思った。
粗末なあばら
夜なのだろうか。酷く暗かった。
どこかで蝋燭の火が頼りなく揺れていて、それが天井に影を作っていた。
自分はと言えば、朽ちかけた床に別の板を敷いて、その上に敷いた布団に寝かされているらしかった。
(私は、確か……本部で。そうだ、上弦と……)
そこまで考えたところで、はっとした。
そうだ。自分は、鬼殺隊の本部を急襲した上弦の鬼と戦っていたのだった。
杏寿郎はどうなった。千寿郎はどこに行った。他の皆は無事なのか。
様々な考えが頭の中を駆け巡った。余りにも一気に溢れたので、頭痛がした。
「やっと起きたのか」
その時、戸が開く音がした。
同時に、やけに不機嫌そうな声も聞こえて来た。
瑠衣が顔を横に向けると、書生のような出で立ちの青年がそこにいた。
年の頃は瑠衣と同じか、少し下と言ったところだろうか。
黒髪の、不機嫌そうな表情を除けばごく普通の青年だった。
――――いや、違和感があった。
瞬き1つしない青年の瞳の、その独特の瞳孔を見た。
「鬼……ッ。あ、う……!」
青年が鬼と気付いて、反射的に身を起こした。
体中に痛みが走り、顔が引き攣った。
しかし、同時に床についた手を見て、
失ったはずの腕がそこにあるという事実に、瑠衣は息を呑んだ。
「あまり動くな、傷が開く。別にそれでお前が死のうがどうでも良いが、せっかく治療したのが無駄になるし、何より片付けが面倒くさい」
治療という言葉で、初めて全身に巻かれた包帯に気付いた。
真新しい包帯と薬品の匂い。
その薬品の匂いを漂わせる手の甲に、鼻を寄せて来る動物がいた。
「……コロさん?」
「バウッ」
毛並みに多少の乱れがあったが、元気に尻尾を振っていた。
「そいつに感謝するんだな。そいつが俺達を見つけなければお前は死んでた。俺はそれでも良かったんだ」
「愈史郎」
俺
それは本当に美しい女性で、同性の瑠衣でさえ思わず見惚れてしまう程の美貌だった。
大人しい色字に艶やかな柄の着物の女性が、形の良い眉を寄せて窘めるような表情を見せていた。
「そんな言い方をするものではありませんよ」
「はい! 珠世様!」
愈史郎、と、珠世。女性――珠世も、やはり鬼だった。
鬼が、なぜ自分を助けるのか。まして治療などするのか。
何もかもがわからない。不明だ。異常の中にいることだけがわかった。
「気分はいかがですか」
静かな声。性格のためか、あるいは気を遣っているのかはわからないが、不快では無かった。
コロも、警戒している様子は無かった。
「ごめんなさい」
瑠衣は何も答えなかったが、珠世は気にした風でもなく、そのまま会話を続けた。
そういうことには慣れていると、そんな雰囲気だった。
「私達が救えたのは、貴女だけです」
しかしその言葉には、
その頃には意識もはっきりしていたから、言葉は理解できた。
理解はできたが、呑み込むことは出来なかった。
「貴女たち鬼殺隊は……」
それはまるで、医者が患者に不治の病を宣告する時に似ていた。
意識が言葉に追いついて来ない。あるいは、頭が受け入れることを拒否している。
しかし、理解できなくとも、拒否しても、宣告される病名が変わることはない。
現実は変わらない。
「鬼殺隊は、滅亡しました」
自分以外の剣士はもういないのだと、
瑠衣は、目の前が暗くなったように感じた。
蝋燭の火が、弱々しく揺れた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
やべえ。バッドエンドになりそう(え)
どうして私は主人公を妹にしておきながら、いつもハードモードな人生を歩ませるのだろう(え)
性癖だろうか(おい)
それでは、また次回。