鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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記念すべき50話目です。
これも皆様のご支援あればこそ。
特に毎回のように誤字報告をくださることにはとても感謝しています。
どうか完結までよろしくお願いいたします。
あ、いえそれまで誤字り続けるというわけではなく…(え)


第50話:「陽光山」

 ――――眩しい。

 村田がまず思ったのが、それだった。

 陽光山の、()()()()()()

 地上で感じる陽光とは明らかに違う、激しい眩しさ。

 

()()()()

 

 直射日光もさることながら、地面からの照り返しだ。

 岸壁からの反射なども特に酷い。

 肌を刺すような、というのはこういうことだろう。

 目も肌も、焼かれるように痛い。暑いではなく、()()

 

 たまらず水筒に口をつけたが、数滴ほど落ちて来ただけだった。

 水が無いとわかると、渇きはさらに耐え難いものになった。

 しかし口に出してごねるわけにもいかない。

 そう思っていると、横から水筒を差し出された。

 

「どうぞ」

 

 瑠衣だった。

 差し出された水筒に戸惑った。それは自分の分だろう、と。

 

「私は先ほど飲みましたので」

 

 そういう問題ではないと思ったが、その笑顔に有無を言わせぬものを感じて、受け取った。

 水は、水筒の中にたっぷりと残っていた。重さでわかった。

 もしかして水を飲んでいないのではないか、と思えるほどだ。

 

 村田は、鬼殺隊壊滅前に瑠衣と親しかったわけではない。

 正直なところ、まともに会話したことさえほとんど無かった。

 煉獄家の令嬢で、柱の直弟子。十二鬼月とさえ戦っている。

 自分のような一般隊士と話をするような位置に、瑠衣はいなかった。

 だから、村田は瑠衣のことを良く知らない。知らないが。

 

「何か、前と違うような……」

「ちょーウケる」

「うえっ?」

 

 瑠衣と違って、禊との付き合い方はわかりやすかった。

 近付かない。話しかけない。邪魔をしない。これに尽きる。

 話しかけられたとしても、この3つは守らなければならない。

 まあ、そうでなくとも村田は女性との気の利いた会話術など持ち合わせていないわけだが。

 

「3日だか1週間だか知らないけど、それで出て来る感想がそれなわけ?」

 

 そう言われても、というのが村田の率直な感想だった。

 何しろ瑠衣と出会ってから、ほとんどの時間が移動――山登りだった。

 だから実のところ、瑠衣自身のことを考える余裕など無かった。

 

「禊さん、村田さん。こっちへ。小鉄さん達が坑道の入口を見つけてくれました」

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()瑠衣に、流石に違和感を覚えた。

 その体力の底なしさに、疑問を覚えた。

 いや、それ以前に。

 彼女が、何かを食べたり飲んだりしたところを、見た覚えがなかった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 時間を、瑠衣達が鉄穴森と小鉄と合流した時点まで遡る。

 陽光山に向かうと決めた時、瑠衣はまず鎹鴉を飛ばした。

 今では鴉での連絡も危険を伴うが、自分達だけでは陽光山の坑道の位置がわからない。

 陽光山の鉱夫衆と連絡が取れない以上、()()()を頼るしかなかった。

 

「まさか小鉄君が来てくれるとは思いませんでした」

「いやあ、瑠衣さんの頼みとあらば飛んで来ますよ!」

「本当は私が1人で来るつもりだったんですけど。瑠衣さんに会いたいと言って聞かなかったんであ痛い痛い小鉄君痛いよ」

 

 小鉄は照れくさそうに頭を掻きながら、鉄穴森の脛を連続で蹴っていた。

 刀鍛冶も、剣士と同じで今では隠れ潜む日々だ。

 炉があるから移動も簡単ではないだろう。日輪刀の供給量も減っている。

 それでも、彼らは今日まで変わらず鬼殺隊を支え続けていた。

 

「え、待ち合わせってガキだったのかよ!」

「何ですか失礼ですね刀折りますよ」

「怖いこと言うなよ!」

 

 ただ実際、おかしいと知己も思った。

 彼らでさえ、この山に登るのはかなりキツかった。

 それをいかに刀鍛冶とは言え、呼吸も習得していない子供を送り込んで来るとは。

 

 知己でなくとも驚くし、おかしいと思うだろう。

 しかし瑠衣は何も言わない。禊でさえ、そうだった。

 先輩である瑠衣や禊が何も言わないので、知己も何も言えなかった。

 

「長や他の皆さんはお元気ですか?」

「…………」

「……小鉄君?」

「お変わりありませんよ。ただ鉄の供給が止まるのは懸念されていました」

 

 鉄穴森が横からそう言って来た。

 瑠衣は少し眉を動かしたが、すぐに「そうですね」と返した。

 陽光山の鉄が途絶えれば、刀鍛冶達も刀を打てなくなる。

 長の焦慮は当然のことで、一刻も早い解決が望まれた。

 

「さあ! じゃあ坑道まで案内します。まだかなり登りますよ!」

「えーっ、まだ登るのかよ!」

 

 両手を振り上げて、小鉄が言った。

 ()()()()()()()()()()()

 そう謳う場所としては、今はまだ適していない。

 陽光の射す場所を目指して、登り続ける必要があった。

 

「鉄の受け取りに何度か来ましたので、坑道の位置はわかります。ただ我々も奥までは入ったことがないので」

「十分です。そこから先は、私達(剣士)の仕事です」

 

 正直なところ、鉱夫達が無事だとは思っていない。

 救難要請の時点で襲われていたなら、届くのが遅れた今、無事なはずがない。

 それでも、生存者はいるかもしれない。

 仮に生存者が誰もいなくても、坑道の安全を確保して鉄の供給を再開する必要があった。

 

「早く鉱夫達を見つけて、刀をいっぱい作りましょう! そうしたら、瑠衣さん達が鬼をバンバンやっつけてくれますよね!?」

「……? ええ、もちろんです。悪鬼滅殺は鬼殺隊の使命ですから」

「ですよね!」

 

 小鉄の様子に、流石に瑠衣も少し違和感を覚えた。

 しかし先頭を突っ切って山を登り始めるその背中は元気そのもので、暗いものは見えない。

 気のせいだろうかと、そう思った。

 誰もついて来ていないことに気付いて、小鉄が自分を呼んでいた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 坑道の中に入ると、当然だが陽光の厳しさは和らいだ。

 しかしその代わりに、薄暗さと息苦しさの実感が増して来た。気温も低い。

 元々が山の上で空気が薄い上に、坑道の中だ。環境が悪すぎる。

 

「コロさん、もう良いですよ」

「ばうっ」

 

 瑠衣が背中に抱えていた荷物の中から、コロが顔を出した。

 コロが舌を出して周囲を見渡している内に、鉄穴森が明かりを用意していた。

 人口の明かりは、やはり安心した。

 

「この先に鉄の受け渡し場があります。そこまでは道幅も比較的に広いです。正確には坑道はその先にあって、そこからはかなり狭くなります」

「わかりました」

 

 今より狭くなるという鉄穴森の言葉には、不安しか感じない。

 とは言え、ここでじっとしているわけにもいかない。

 当然、奥へ進もうという話になるのだが。

 

「……静かね」

「そうですね……」

 

 禊の呟きに、瑠衣は頷いた。

 直後に「勝手に聞いてんじゃないわよ」と不機嫌に言われた――理不尽である――が、実際、何の音も聞こえなかった。

 音も気配も、瑠衣達が立てるものだけだ。

 

 救援要請は、やはり遅かったのか。

 すでに何もかもが終わった後で、来るのが遅すぎたのか。

 色々と脳裏をよぎることはあったが、進むしかなかった。

 仮に手遅れだとしても、何か出来ることはあるはずだった。

 

「あの……この機会だから聞いてしまうんですけど」

 

 不意に、知己が口を開いた。

 周囲は変わらず静かなので、声も良く通った。

 

「日輪刀の原料って、太陽の光を浴びた鉄ですよね? なのに地面の下を掘るんですか?」

「鉄が外に露出しているわけがないじゃないですか」

「うっ、まあ、そう言われると確かに……」

 

 小鉄の言う通り、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石は他の鉱物と同様に、外部に露出しているわけではない。

 中には露出しているものもあるが、大半は掘り出さなければならない。

 太陽の光を浴びた特殊な鉄というのは例えであって、正確ではない。

 

「正確に言うと、一年中陽光を浴びるこの山で採れる鉄が、他の鉄と違うということです」

 

 陽光山は他の鉱山と違い、雨も降らず曇りもしない。一年中、太陽を浴びている。

 つまり山全体が太陽に温められ続けている、ということだ。

 その()()が地中にも影響を与え、特殊な鉱石――鉄へと変えていくのだ。

 だから陽光山の鉄は、唯一無二の原材料となり得るのだった。

 

「ばうっ」

 

 その時、コロが吠えた。

 コロについて先頭を歩いていた瑠衣が片手を挙げると、全体が止まった。

 全員が口を(つぐ)むと、それまでは聞こえなかった他の音が聞こえて来た。

 ゴリゴリという、何かを削る音だ。

 

 慎重に進んでいくと、広い空間に出た。

 少々埃っぽく、また一段と呼吸がし辛い場所だった。

 岩盤を削って作った大きな石室のような場所で、木箱やトロッコが見えた。

 倒れた木箱からは赤黒い石が見える。あれが、猩々緋鉱石だろうか。

 

「誰かいる」

 

 誰かの呟きに、全員がそちらを見た。

 鉱石の入った木箱の傍らに、ぼろ布がもぞもぞと動いていた。

 音はそこから聞こえていた。

 手足が見えた。人間だ。ただ、様子がおかしかった。

 おそらく、その場にいる誰もが同じ考えを持っていただろう。

 

「……もし?」

 

 瑠衣が、声をかけた。

 ぴたりと、それは動きを止めた。音も止まった。

 もう一度、声をかける。

 すると、それは振り向いた。ぼろ布の奥に、顔が見えた。

 

 鉄穴森が明かりを掲げる。全員が、息を呑んだ。

 それは、人間だった。そう、()()()

 落ち窪んで、赤く血走った目がこちらを見つめた。

 彼は口に白く細長いものを噛んでおり、それがゴリゴリと音を立てていたのだ。

 

「鬼……ッ!」

 

 それは、骨だった。

 腕か、足か。人間の、骨だった。

 開いた口に、大きな牙が覗いていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――風の呼吸・弐ノ型『爪々・科戸風』。

 唸り声を上げて襲い掛かって来た鬼を、瑠衣が斬った。

 すでに自我はなく、飢餓に任せて襲って来た、という様子だった。

 それが意味することは、1つだった。

 

「全滅のようね」

 

 禊がそう言った。その通りだった。

 今の鬼は、骨を舐めるほどに飢えていた。

 つまりここには()()が無い。生き残りは、いない。

 

 救援要請は、やはり遅すぎたのだ。

 陽光山の鉱夫衆は、すでに全滅した。

 しかしそれなら、瑠衣達がすべきことも変わってくる。

 

「……他に鬼がいないか、調べましょう」

 

 鬼を――おそらくは元鉱夫達――殲滅する。

 今までと同じように、とはいかないだろうが、陽光山の鉄は必要だ。

 だから鬼を殲滅して、再び鉄を供給できるようにしなければならない。

 

「二手に別れましょう。鉄穴森さんと小鉄さんはここで……」

「ばうっ、ばうっ」

 

 その時、コロが再び吠え始めた。

 よほど鬼の臭いに敏感なのか、坑道においてもその嗅覚は正確だった。

 そしてもはや、その場にいる剣士は全員が日輪刀を抜いている。

 見鬼必滅。身に纏う空気がそう告げていた。

 

「ま、待て!」

 

 そしてその明確な殺意を向けられた相手は、意外なことに、自分から出て来た。

 隠れようとか、逃げようとか、そんな様子はなかった。

 

「待て、待ってくれ。頼む……!」

 

 今しがた瑠衣が斬った鬼と同じく、ぼろ布を被った男だった。

 それを外して、顔を見せてくる。

 目、牙。やはり鬼だった。

 もちろん、鬼の「待て」を素直に聞くような人間はここにはいない。

 

「よ、良かった。あんた達、鬼狩りだな。そうだろ? やっと来てくれた……」

 

 だがその鬼は、瑠衣達を見て心底ほっとした表情を浮かべていた。

 

「鴉……鴉。俺が飛ばした鴉の連絡を見て、来てくれたんだろう?」

「……! では、貴方が救援を?」

「救援? いや、違う。俺が、俺達があんた達を呼んだのは、別だ。救援じゃない」

 

 その鬼は、その場に両膝をついた。

 そして手を組み、そのまま地面に倒れ込んだ。

 組んだ両手だけを頭の上に突き出すその姿は、まるで何かに祈っているかのようだった。

 

「頼む……!」

 

 頼む、と、その鬼は何度も繰り返した。

 瑠衣達が戸惑いに視線を交わす中、彼は言った。

 彼らの願いを、言った。

 

()()()()()()()()……!」

 

 あの鴉が運んで来たのは、救援要請では無かった。

 あれは、あの文は、()()の要請だったのだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――ある夜のことだ。()()()()が聞こえた。

 剛直さと酒気を帯びた歌しか知らない鉱夫達が、聞いたこともない美しい音色だった。

 まさかそれがこの世で聞く最後の音楽になるとは、夢にも思わなかった。

 

「どういうこと?」

 

 日輪刀の槍を肩にかけながら、禊が言った。

 陽光山はすでに陥落し、鉱夫衆は全て殺されるか鬼にされた。

 それはわかるが、よもや自我を残した鬼がいるとは思わなかった。

 ましてその鬼が、自分を殺すように訴えてくるとは。

 

「あの晩、やつが来た……黒い男だ。どこから現れたのかは、わからない。琵琶の音がして、そうしたら急に現れた……」

 

 琵琶の音と共に現れたその男を見た瞬間、鉱夫達は「ああ、俺はここで死ぬんだ」と理解した。

 男の目が、纏う空気が、如実にそう語ってきたからだ。

 青白い顔色の優男。武器も持っていない。それなのに己の死を理解せざるを得なかった。

 男は、言った。

 

『なるほど、ここが鬼狩り共の武器の供給源か。確かに忌々しい空気を感じる』

 

『お前達は鬼狩りに与し、この私に逆らった』

 

『万死に値する』

 

『私自らの手で殺されることをせめてもの光栄と思うが良い』

 

 そして次の瞬間、理解できたのは男の腕が()()()ことだけだった。

 体に熱を感じ、倒れ、意識を失った。

 嗚呼、死んだ。そう思った。

 だが、何故か意識を取り戻した。他の仲間の何人かもそうだった。

 

「目覚めた時、俺が何を感じたと思う? 恐怖とか安堵とかじゃない」

 

 命が助かったことを喜ぶよりも先に、鬼になったことを恐れるよりも先に。

 感じたのは、飢餓だった。

 今までの人生で感じたことのない、気が狂いそうな程の飢えと渇きだった。

 たまらず保存していた食糧を口に詰めたが、吐き戻してしまった。

 

()()()()()()()

 

 人間の赤子が、誰に教わるでもなくミルクを求めるように。

 幼い肉食獣が、親の与える肉を何の疑いもなく食すように。

 鬼と化した瞬間に、人肉に飛びついたのだった。

 

「今……今も、我慢しているんだ。だけど、もう耐えられそうにない。すまない」

 

 仲間の屍肉。あるいは他の鬼や、自分に体を齧って今日まで生きのびて来た。

 そんな彼――彼らにとって、瑠衣達は、生者のまして乙女の肉は、もはや毒だった。

 

「殺してくれ」

 

 ミシミシと、己の肉体が変形する音が聞こえる。

 牙が伸び、よだれが顎を伝うのを感じる。

 視界が赤くなっていく。

 目の前の柔らかそうな肉に、牙を突き立てたい。喰いたい。

 喰いたい、喰いたい喰いたいクイタイクイタイクイタイクイタイ。

 

「たの……」

 

 最後の言葉は、地面に頬をつけながら発された。

 自分が死んだことに、今度は最期まで気付かなかった。

 だから恐怖は感じずに済んだ。

 そして、もう飢餓を感じることもない。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「村田さんと舟生君はここで鉄穴森さんと小鉄君を守ってください」

 

 鬼となった鉱夫の頚を落とした後、瑠衣はそう言った。

 振り向いたその顔には、優し気な微笑みが浮かんでいた。

 だが、不思議な迫力があった。

 そんな顔を、村田はかつて一度だけ見たことがあった。

 

『――――大丈夫ですか?』

 

 そう、かつて那田蜘蛛(なたぐも)山で鬼に殺されかけた時だ。

 あの時、村田は蟲柱・胡蝶しのぶによって命を救われた。

 美しく、強く。そして優しい。そんなしのぶだが、村田は苦手だった。

 それを「なぜ」と言葉で説明することは難しかった。

 

 ただ、苦手だった。

 今の瑠衣は、あの時のしのぶと重なって見えた。

 しのぶも、そして瑠衣も。見ていると胸の奥がもやもやとしてしまうのだ。

 やはり、言葉には出来ない。それを表現する言葉を村田は知らなかった。

 

「禊さん」

「……はいはい」

 

 それに対して、禊はわかりやすい。

 実を言うと村田は禊も苦手だったが、彼女の価値基準は見ていてはっきりしていた。

 苛立たしいが理解はできる。胸の奥が妙なざわめきに晒されることもない。

 ただ一方で、だからこそ、禊が素直に瑠衣の後を追うのも意外に思えた。

 

「ばうっ」

 

 そして、あの犬――コロは謎である。

 今も愛らしく瑠衣の足元にまとわりついているが、日輪刀らしき物を咥えている。

 隠が犬を追跡や捜索に活用している場面は見たことがあったが、鬼と戦う犬というのは何度考えてもおかしい。

 

「…………」

 

 その時、死んだ鉱夫――頚を落とされた鬼は塵となって消えるため、衣服しか残っていない――を見下ろしている知己に気付いた。

 何故か、酷く落ち込んでいる様子だった。

 助けられなかった、という悔悟の念とは違うように思えて、声をかけた。

 

「どうした?」

「あ、いえ……その」

 

 少しだけ言い淀んで、知己は言った。

 

「鬼達は、どうして陽光山(ここ)を知ったのかな、と思いまして……」

「ああ、まあ、そうだな。俺も含めて、ここの正確な位置は一般の隊士も知らないし」

 

 鬼殺隊が壊滅してから、鬼狩り()()が進んだ。

 普通に考えれば、捕まった隊士が場所を吐かされたのだろう。

 ただ真相はわからない。わかるはずもない。

 他の拠点もそうだが、鬼は鬼殺隊関係の拠点を的確に潰してきている。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()

 

「地図でも持ってるんじゃないか? ははっ」

「…………そうですね」

「いやいや冗談だって! 冗談……いや、悪い。不謹慎だったな」

「いえ……」

 

 首を振って、知己はさらに何か言葉を続けようとした。

 その時だった、鉄穴森が2人に声をかけて来た。

 小鉄が何かを見つけたので、こっちに来てほしいということだった。

 村田と知己は、互いの顔を見合わせた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 鬼殺隊が壊滅したと聞いた時、別に何とも思わなかった。

 多くの隊士が死んだのだろうが、顔が思い浮かんだのはほんの数人だ。

 そのほんの数人にしたところで、幾夜か飯を食い眠れば忘れた。

 殺されてしまうような弱いやつのことを、いちいち思い出す気は無かった。

 

 それでも、鬼を斬ることは続けた。

 鬼殺隊を壊滅させ、この世の春を謳歌している鬼は、誰も彼もがこちらを侮っていた。

 己の優位を信じてにやつく相手の頚を落とすのは、かつてない程の快感だった。

 難儀したとすれば、自分の特殊な日輪刀の調整ができる人間(刀鍛冶)がいなくなったことくらいだ。

 

()()()()()()()

 

 坑道内の鬼の殲滅に、それほどの時はかからなかった。

 飢餓状態の鬼はそもそも力が弱く、理性も欠くために戦術もない。異能も持たない。

 だから出会えば一撃で頚を落とせる。戦いと言うより作業に近い。

 そのため禊の趣味からしても、実につまらない相手だった。

 

「やめろっ、やめろおお。俺はまだ死にたくない、死にたく――――」

 

 不意に、まだ自我がある鬼が出て来た。

 元関係者だけに、鬼狩りが鬼になった自分に何をするのか的確に理解していた。

 そして目の前の鬼狩りには、逆立ちしても勝てないということを理解していた。

 だからこその命乞い。

 

「――――ぎゃっ」

 

 あるいは並の隊士であれば、手を止めたかもしれない。

 相手は元は人間、それも仲間だ。

 頭でわかっていても、刀を振り下ろすには胆力がいる。

 しかし瑠衣は、一切の躊躇を見せずに相手の頚を斬り落とす。

 

(前から、こんなやつだったかしら?)

 

 確かに、以前から任務最優先なところはあった。

 鬼は斬るという鬼狩りの使命に対して、忠実だった。

 ただ、どこか甘さがあった。それが危機に繋がることもあった。

 

 だが、今はどうだ。

 刀の冴えは以前にも勝り、精神的なブレも消えて切っ先は鋭く走る。

 そして体力。幾夜駆けようと、皆が疲労していても、1人平然としている。

 ()()。今の瑠衣は、以前より遥かに強くなっている。

 

「これで全員でしょうか」

 

 刀を振って血を払いながら、瑠衣がそう言った。

 禊はいちいち返事をしなかったが、鬼はもういなかった。

 全員、頚を斬った――――死体も含めて。

 

 不意に、瑠衣が小太刀を()()()

 それは砕いた石を入れた木箱に突き刺さり、少しの間揺れた。

 いきなり何だと思ったが、それに近付いた瑠衣が声をかけてきた。

 

「禊さん」

「……何よこいつ」

「ばうっ、ばうっ」

 

 渋々近寄ってみると、刀に貫かれてじたばたと藻掻(もが)いている()()がいた。

 目の真ん中に数字の刻まれた、小さな目玉だ。髪の毛のような手足がついている。

 吠えているコロの首根っこを掴んで投げつつ、禊はまじまじとその気持ち悪い物体を観察した。

 それは瑠衣が刀を引き抜くと、ボロボロと塵となって消えた。

 

「戻りましょう。嫌な予感がします」

「……そうね」

 

 鬼の近寄れない陽光山で鬼にされた鉱夫衆。救援要請。奇妙な目玉。

 さしもの禊も、背筋に冷たいものを感じざるを得なかった。

 何か大きなものに絡め取られてしまったような、嫌な感じを覚える。

 自然と、足も早まった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「あっ、瑠衣さん。これ見てくださいよ!」

 

 戻ると、小鉄が興奮気味に手を振っていた。

 とりあえずは無事な様子に、瑠衣はほっとした表情を見せた。

 そして小鉄が「これ」と言ったのは、倉庫らしき場所の扉だった。

 

 その扉は鉄で出来ていて、とても頑丈そうに見えた。

 扉の表面に引っ掻いたような跡がついていたが、瑠衣達が来るまで開かなかったらしい。

 小鉄の手にある錠前には、傷一つついていなかったからだ。

 扉の向こうから出て来た鉄穴森の手には、ゴツゴツとした石があった。

 

「猩々緋鉱石です。凄く良い品質ですよ、触ってみてください」

「……温かい」

 

 触れると、ほのかな熱を放っていた。

 それほど激しい熱ではない。ただ、安心するような温もりだった。

 

「倉庫には封印がされていました。きっと、これだけは死守しようとしたんだと思います」

「そうですか。……そうでしょうね」

 

 鉱夫衆にとって、これは命よりも優先すべきものだったろう。

 刀鍛冶達が上弦の襲撃の最中、可能な限りの刀を抱えて逃げたように。

 彼らにとって、これが無事であることが、勝利の証だったのだ。

 熱を放つ鉱石に触れながら、瑠衣は目を閉じた。

 

 ――――()()()()

 

 その時だった。

 ()()()()()()()()()()()

 それは最初、単純な音だった。

 しかし次第に激しさを増し、耳の奥、頭の中で響き始めた。

 

「な、何だ? この音は……!」

「琵琶の……音!?」

 

 コロが、吠えた。

 ざわざわと不吉な気配を感じるや、そこかしこに先程の目玉が現れた。

 5、10、20……いや、もっとか。数え切れない程の目玉が、瑠衣達を捉えていた。

 ()()()()()()()()()()

 

「鉄穴森さん、小鉄君。倉庫の中へ」

 

 この、肌の粟立ち。刺すような圧迫感。

 ビリビリと、全身でその気配を感じる。

 ()()()()と表現するのは、(いささ)かおかしいだろうか。

 そして、一際大きく琵琶の音が響いた。

 

「る、瑠衣さん!」

「早く!」

「こ、小鉄君。来るんだ、さあ早く……!」

「瑠衣さん……!」

 

 鋼鉄の扉を閉めて振り向くと、そこにも扉があった。

 障子が、あった。

 もちろん、坑道にあるべきではない物だ。しかもその障子は宙に浮いていた。

 血鬼術だ。空間移動型の異能だ。

 そして、そこから()()と腕を伸ばして、出て来たのは。

 

「――――お前は、生きていると思っていた」

 

 赤い髪。刺青のような肌。鍛え上げられた筋肉。獰猛な獣の如き視線。

 瑠衣は、彼を知っていた。彼が瑠衣を知っているように。

 あの夜。兄と、仲間達と共に戦った。

 

「上弦……!」

「とうとう見つけたぞ」

 

 上弦の一体。猗窩座。

 空間移動の血鬼術によって転送されてきた彼は、瑠衣を見ると、凄惨な笑みを浮かべて見せた。

 あの、無限列車の夜と同じように。

 

「さあ、()()()を出せ……!」

 

 災厄が、襲いかかって来た。




最後までお読みいただきありがとうございます。

よーし、着々と鬼殺隊を潰せていますね!(え)
日輪刀の原料を押さえれば、鬼狩りの戦力も間違いなく弱体化するでしょう。
これで無惨様の世はさらに盤石に…(おい)

それでは、また次回。
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