鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第52話:「魔の都」

 ――――()()()が聞こえる。

 いつからか、ここに来るとそんな風に感じるようになった。

 もっとも、童磨にとってはどんな声であろうと大した差は無いのだが。

 

「やあ、鳴女殿。相変わらず早いねえ」

 

 その部屋は、ちょっとした広間ほどの空間だった。

 窓もなく、陽の光は一切差さない。

 床には赤い星型の籠目(六芒星)が描かれており、その頂点に背の高い椅子が置かれていた。

 椅子には壱から陸の数字が刻印されていてるが、座っているのは童磨を含めた2人だけだった。

 

「あれ、他の皆は?」

「…………まだお越しではありません」

「そっかあ。じゃあ、お喋りでもして待っていようか。あ、お土産に美味しい肝を包んであるんだけど、1つどう?」

「遠慮します」

「そう? 稀血の女の子のだから美味しいよ?」

「結構です」

 

 とは言え、鳴女は童磨との会話に積極的では無かった。

 というより、そもそも鬼は親し気に会話するような生き物ではない。

 あるのは序列ないし実力差に伴う上下関係であり、強いて言えば無惨への貢献度合いだけだ。

 共食いさえする生き物に、協調という概念はない。

 

 そして結論から言ってしまえば、他の4人は最後までやって来ることは無かった。

 元々この集まり――童磨は「上弦会議」などと呼んでいるが――自体、成立した試しがない。

 理由は、まず無惨が無関心だからだ。

 鬼殺隊を壊滅させてから、無惨は配下の鬼にほとんど関心を払わなくなっていた。

 例の「青い彼岸花」探索も軍隊が動員されているから、そこですら上弦の出番はない。

 

「みんな遅いねえ」

「…………」

 

 無惨が関心を払わない以上、他の上弦もこの集まりには関心を持つことはない。

 もちろん無惨が「出ろ」と言えば出るだろうが、無惨がわざわざそんな命令をするはずも無かった。

 

「そうそう、猗窩座殿は今も女の子を食べないらしいんだよ。女の子は子供を作れるくらい栄養をため込んでるんだから、女の子の方が絶対美味しいのにねえ」

「…………」

「そう言えば黒死牟殿も最近見ないなあ。まあ、黒死牟殿のことだから心配はいらないかな」

「…………」

「それに半天狗殿もめっきり見なくなったけど、それは元からか。あんなに何もかもに怯えて生きるって辛いよね。可哀想に。俺が何か力になってあげられると良いんだけど」

「…………」

「亜理栖殿とは余り話したことが無いんだよね。上弦になったばかりでわからないこともあるだろうし、話したいんだけど、()()()に嫌われちゃってるからなあ。あ、鳴女殿なら女の子同士だし、仲良くなれるのかな?」

「……………………」

 

 鬼殺隊の壊滅により、人の世は変わった。

 しかし同時にそれは、鬼の変化をも意味していた。

 不老不死の生命。不死身の肉体。しかし、変わる。

 鬼もまた、変化という運命からは逃れられないのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 忍里での生活も、流石にもう慣れて来た。

 当然ながら忍者の仕事の手伝いなど出来ないが、薪割りとか、そういった手伝いは出来る。

 そして空いた時間には、知己と鍛錬に励む。

 それは、びっくりするくらいに健康的な生活だった。

 

「ふうっ」

 

 冷たい水に浸した手拭いで顔を拭いて、村田は大きく息を吐いた。

 上着を脱ぎ、上半身裸だった。

 高地だが、不思議と里は温かだった。まあ、そうでなければ人が住むことは難しいだろう。

 

 忍の里など、本来は血生臭い場所だろう。

 しかし外は太平の世。忍者と言えど、働き所はない。

 だからなのか、村田には里で暮らす人々が普通の村人にしか見えなかった。

 例外は、あの宇髄(音柱)の弟だという頭くらいだろう。

 

「いやー。それにしても器用だよな、お前」

「そうですか?」

「そうだろ。普通、複数の呼吸を組み合わせるなんて出来ないって。まあ、名前は……アレだけど」

「そうですかねえ」

 

 知己の呼吸は、独特なものだった。

 基本は岩の呼吸らしいのだが、他の呼吸も取り入れて独自のものにしている。

 元の呼吸を自分なりに改良して派生の呼吸を作る例は色々とあるが、それにしても、知己は器用だった。

 これで新人だと言うのだから、末恐ろしい。

 

(まあ、鬼殺隊がこうなっちまったらな)

 

 しかし同時に、知己の才能が十全に開花することは難しいかもしれない、と村田は思っていた。

 何故なら、鬼殺隊が壊滅してしまっている。

 柱を筆頭に、強い剣士の背中を追いかけるということが出来なくなっているからだ。

 受け継ぐことが、出来なくなってしまったからだ。

 

 そしてそれは、刀鍛冶もそうだ。

 小鉄と鉄穴森は里の鍛冶場を借りて刀を打とうとしているが、限界があるようだ。

 無理もない。刀鍛冶の技術の継承も、途切れてしまった。

 とどのつまり、どん詰まりである。

 

「こんにちは、精が出ますね」

「あ、ども……」

「ふふ、変な村田さんですね」

 

 その時、宇髄弟との話し合いに出ていた瑠衣が戻って来た。

 相も変わらずの微笑を浮かべて、淑やかに歩き去って行く。

 女性らしい。しかし、打ち込む隙は無い。そういう佇まいだった。

 流石は鬼狩りの名門の出だと、村田は常々感心していた。

 

「凄いですよね。こんな状況なのに、少しも慌ててなくて」

「……だな」

 

 一方で、重荷を背負わせてしまっている、という罪悪感も感じる。

 全体の状況を考える力は村田にはない。その点は、申し訳ないと思う。

 ただ、知己にとっては瑠衣の存在は幸運だったかもしれない。

 瑠衣がいる限り、知己は正統な「鬼殺の剣士」の姿を見ることが出来る。

 それは大きなことだと、村田は思っていた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 瑠衣は、追い詰められていた。

 他人(ひと)の目があるところでは落ち着いた風を装っているが、内心は真逆の状態だった。

 村田や知己と同じように、瑠衣もまた今の状況の深刻さに頭を抱えていた。

 

 鬼殺隊壊滅から時間も経ち、生き残りの情報も拾えなくなってきた。

 隠に加えて刀鍛冶の里が壊滅し、陽光山も陥落した。

 藤の家紋の家を始めとする民間協力者も、鬼によって次々と摘発されていた。

 この状況で、鬼に対する逆襲など、どう考えても不可能だった。

 

「何とかしないと……」

 

 宇髄弟も、いつまでも()()()()()()を置いてはくれまい。

 今日も話をしてきたが、言外に目に見える成果を求めて来ていた。

 あれは、間違っても情で助けてくれる人種ではない。

 利なしと見れば、下手をすれば瑠衣達の首を手土産に鬼側につきかねない。

 

「クゥン?」

 

 足元に擦り寄って来たコロを抱き上げて、その毛並みに顔を押し付けて見た。

 温かかった。そんなものに縋りついている自分を、一方で冷静に見つめてもいた。

 力を込め過ぎたのか、コロがジタバタし始めた。

 

「ごめんね」

 

 謝って、床に放した。

 ただ瑠衣が座ると、そのまま隣で丸くなってくれた。

 その背中を片手で撫でながら、宙を見上げた。

 

 天井を見上げたところで、妙手が思いつくはずも無い。

 これから自分は、自分達はどう動くべきなのか。

 その展望が、まるで見えなかった。

 

「こんなことなら、もっとちゃんと実家の手記を読み込んでおくべきだったな」

 

 歴代炎柱の手記。今はもう、手にすることも出来ない。

 鬼殺隊は過去に何度も壊滅の危機に陥っている。

 ご先祖様の手記に、その当時のことも書いてあったかもしれない。

 

「しっかり、しないと」

 

 今は、自分が踏ん張るしかないのだ。

 あっちだ、と指差して、皆が走る先を示さなければならない。

 立ち止まった瞬間に、この集団は駄目になってしまう。

 それがわかっているから、瑠衣は焦っているのだった。

 

 だが、いったいどうすれば良いというのだ。

 誰がどう見ても手詰まりのどん詰まりの、この状況を。

 この絶望的な状況を、どうやったら打破できると言うのだ。

 

「入るわよ」

 

 と、いう言葉が聞こえて来たのは、小屋の扉が開いた後だった。

 いつものことなので、もはや誰と考える必要もない。

 そして実際、当然のような顔をして、禊がそこに立っていた。

 彼女は親指で後ろを示すような仕草をしながら、小さく首を傾げた。

 

「来客よ」

 

 ――――来客?

 瑠衣は訝し気に禊の後ろを見たが、すぐに居住まいを正すことになった。

 そこに、天狗の面の男と義足の男が立っていたからだ。

 鱗滝に桑島、元柱の男達だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 上座を譲ろうとしたが、固辞された。

 自分達はもう引退した身だから、というのが理由だった。

 鬼殺隊の1つの時代を築いた男達だが、それを示すわけでもなく、どこまでも謙虚だった。

 

「相変わらず、大変な状況のようだな」

「……私の力が及ばず、恥ずかしい限りです」

「いや、きみは良くやっている」

 

 この2人は、あの炭治郎と善逸の師だった。

 ああ、それから、桑島は獪岳の師でもある。

 弟子を――後輩をみすみす死なせた自分を、助けてくれている。

 有難いと思うと同時に、申し訳ないという思いも、やはりあった。

 

「……四国に、僅かながら剣士達が生き残っていた。知っているな?」

「はい。辛うじてですが、鴉のやり取りもありました」

「先日、鬼側に見つかったらしい」

「…………そうですか」

 

 鬼狩りの剣士は、日本全国に散らばっていた。

 だから、地方には僅かな生き残りが小グループを作っていることもあった。

 ただ瑠衣達のように「活動する」というよりは、行く当てがなく、寄り集まって隠れ住んでいると言った方が正しかった。

 

 主君の声も届かず、柱もいない。

 末端の剣士には、隠れる以外のことは出来ないのだ。

 そして、それが鬼に見つかれば――――語る必要さえ、ないことだった。

 

(一歩一歩、着実に潰されている……)

 

 日を追うごとに、背に感じる終末の気配が強くなってくる。

 それを理解して、瑠衣は膝の上で拳を握り締めた。

 

「……今日は、わざわざそのことを伝えに?」

「馬鹿な、そこまで暇ではないわい」

「おい」

「何じゃ」

 

 肘で小突き合う2人に、少しおかしくなった。

 この2人は同世代の柱だと聞いているから、昔からこういう関係だったのかもしれない。

 特に何か意図があったわけではないが、禊の方を見た。

 物凄く嫌そうな顔をされた。

 くすん、と心の中で涙ぐんで、コロの背中を撫でた。

 

「まあ、それはさておき。実は1つ提案をしに来た」

「提案ですか」

 

 これも、珍しいことだった。

 鴉ではなく、直接こうして伝えに来るということは、かなり重要なことなのだろう。

 どういったことかと一瞬、頭を巡らせた。

 改めて、姿勢を正した。

 

「お聞きしましょう」

「うむ、実は……」

 

 頷いて、鱗滝は言った。

 天狗の面が、真っ直ぐに瑠衣を見つめていた。

 

「東京に、行く気はないか」

 

 予想だにしなかった提案に、瑠衣は目を見開いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「言うまでもないことだが」

 

 あえて、鱗滝はそう前置きをした。

 だが念を押されるまでもなく、瑠衣は理解していた。

 東京こそが、この国の――この鬼の国の本拠地であることを。

 

「おそらく、無惨は東京にいる」

 

 鬼はもちろん、軍隊の動きに至るまで、全ての指令は東京から来ている。

 そして鬼は、無惨が唯一の頂点だ。それ以外はない。

 命令の根には、必ず無惨がいる。

 すなわち、東京のどこかに無惨がいるのだ。

 

「これだけの状況にあっては、鬼殺隊の再興は絶望的だ。また仮に再興できたとしても、その時にはこの国は完全に鬼の国になっているだろう」

 

 その時には、意識しているにせよしていないにせよ、人間は家畜に成り下がるだろう。

 鬼の食糧として管理され、あるいは自ら喜んで肉にされることを望むようにされるかもしれない。

 それを阻止するためには今、鬼を滅ぼすしかない。

 無惨を、倒すしかない。

 すなわち。

 

「――――()()

「そうだ」

 

 瑠衣の言葉に、鱗滝は頷いた。

 勢力として考えた時、鬼殺隊は消滅したに等しい。

 対して鬼は日本全土を掌中に収め、軍隊すら鬼の指揮下だ。

 好きに人を喰らい、異能を持つ鬼も増えただろう。

 戦力は鬼殺隊が存在していた頃の数倍、いや十数倍に達すると見て間違いない。

 

 正攻法で覆し得る戦力差ではない。

 それがわかっているからこそ、瑠衣も次の一手が打てずにいた。

 鱗滝は、そんな瑠衣に発想を転換しろと言っているのだ。

 暗殺というのは、表現の1つに過ぎない。

 勢力と勢力の戦いではなく、()()()()()()に持ち込め、と鱗滝は言っているのだった。

 

「虎穴に入らざれば虎子を得ず、本丸狙いだ」

 

 正直、考えていなかったわけではない。

 敵の本拠地に潜入し、頭――無惨を潰す。

 だが、失敗すれば文字通り何もかもが終わりだ。

 自分はもちろん、鬼殺隊の最後の灯火(ともしび)も消えてしまう。

 そうなれば。そうなってしまえば。

 

(かぁつ)ッ!!」

 

 ビクッ、と、体が震えた。

 禊が「うるさっ」と耳を押さえる程の声量は、桑島が発したものだった。

 

「危機的状況で守勢に立ってどうするか!」

 

 小さく弱い側は、守ってはならない。

 何故ならば、守り続けたところで戦力を擦り減らすだけだからだ。

 だから小さく弱い側は、常に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうする」

 

 決断は。

 

「――――……」

 

 素早かった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 東京は、日本の首都である。政治の中心であり、経済の中心である。

 しかし鬼が――無惨がここを本拠と定めたのは、それが理由ではない。

 理由は、至極単純だ。

 単純に東京という都市が、300万()も蓄えた大貯蔵庫だったからだ――――。

 

「こっちです」

 

 300万人が暮らす大都市・東京も、朝は静かなものだった。

 鬼が退き、人が起き出す僅かな間隙の時間。

 その時間を狙って、町の中に入り込む者達がいた。

 

「随分とあっさり潜入できましたね……」

「昔はもっと監視が厳しかったらしいんですが、戦争が終わってからは」

 

 先導するのは、知己だった。

 間諜時代、各地に散っていた密偵は秘密の抜け道を使って出入りしていた。

 知己はその抜け道を使い、中心市街に瑠衣達を潜入させたのである。

 

 忍者もそうだが、鬼は人間の諜報網など必要としない。

 だから知己がかつて所属していた国の諜報組織は、実はすでに解散してしまっている。

 抜け道が潰されていたらと危惧していたが、まだ残っていて助かった。

 もっとも、それはおそらく鬼が抜け道の存在など気にしていなかっただけだろうが……。

 

「ここは安全なのか?」

「はい。たぶんですが」

 

 抜け道の先は、どこかの小屋だった。

 小屋と言っても煉瓦とコンクリート製のしっかりした造りで、頑丈なように見えた。

 薄暗かったが、少しすると窓の外が明るくなってきた。

 次第に、人も家から出てくるだろう。

 

「ったく、何でわたしがこんな汚い場所を通らなきゃいけないのよ」

「少しは我慢せい。堪え性のない小娘じゃな」

「クソジジイが気安く話しかけないくれる」

「なっ、年長者に対して何じゃその言い草は!」

「まあまあ、落ち着け桑島」

 

 いろいろと考えたが、全員で来た。

 すなわち、瑠衣と禊、村田、知己、それから鱗滝と桑島だ。

 元柱の2人の助力は、はっきり言って有難かった。

 

「ばうっ」

「ああ、はい。コロさんも頼りにしています。もちろん」

 

 それと、コロだ。

 乾坤一擲の戦いに挑む時は、全戦力を投入すべし。戦術の基本だ。

 もっとも、先にも述べたが、相手の強大さを思えばこの程度は「戦力」とさえ呼べないのかもしれない。

 だが、それで良いとも思うようになっていた。

 

(狙うのは、無惨ただ1人)

 

 目標を定めて、そこに集中する。

 そうしている間、むしろ瑠衣は気が楽だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 抜け道は放置されていたが、人間の諜報組織は残されていない。

 知己が以前懇意にしていた情報屋の類も、軒並み連絡が取れなくなっている。

 もちろん、鬼殺隊が東京内部に持っていた情報網(ネットワーク)など残っているはずも無い。 

 

「ひとまず、手分けして情報を集めましょう」

 

 だから、まずはとにかく情報だった。

 無惨がどこにいるのか。

 東京に所在する鬼――特に上弦の鬼――はどれほどいるのか。

 

 昼間であれば、比較的に安全なはずだ。

 もちろん、陽の光の差さない場所に入るのは厳禁だ。

 建物の中に入る時も、窓の位置などを確認しながらということになるだろう。

 

「明日の朝、同じ時間。この場所に集合。戻らなかった時は、()()()()()()と認識します」

 

 そう言って、全員で東京の町中に散った。

 1人で行動するのはリスクもあったが、時間をかけるわけにもいかなかった。

 時間が経てば経つ程、瑠衣達の侵入がバレる可能性が上がるからだ。

 特に瑠衣達4人は陽光山の件で顔を知られている可能性もある。速さが重要だった。

 

「あんたはどうすんの?」

 

 別れ際、禊が声をかけて来た。

 足先で擦り寄ろうとするコロを追いやりながら、だ。

 その様子に相変わらずだなと思いつつ、瑠衣は言った。

 

「私は……そうですね。実は、行っておきたいところがあるんです」

「どこよ」

 

 誰にも言わなかったが、東京に入ると決めた時、瑠衣は尋ねるべき場所を1つ思い付いていた。

 考えてみれば、それは当たり前の思考でもあった。

 ここは東京。産業の中心。すなわち、()()()()()()。つまり。

 

()()()()を、訪ねてみようと思います」

「……馬鹿じゃないの?」

 

 産屋敷家の居宅(タウンハウス)が、あるのだった。

 しかし今は鬼の世だ。鬼殺隊当主の居宅が無事なわけがない。

 ましてそんな場所にのこのこと行けばどうなるかなど、少し考えればわかることだ。

 だから、禊は瑠衣のことを「馬鹿」だと言ったのだ。

 

「わかっています。でも、行っておくべきだと思うんです」

「……あっそ。じゃあ好きにすれば?」

「はい。禊さんも気をつけて」

 

 言うべきことは言ったという風に、禊は背を向けた。

 その背中を見送りながら、瑠衣は足元に擦り寄って来たコロを抱き上げた。

 

「さ、行きましょうか」

「ばうっ」

 

 少しずつ、通りが賑やかになってきた。

 頭巾(フード)を深く被って、路地から出て行く。

 目指すは、産屋敷家。主君の居宅だ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 東京の中心地からやや南西に逸れた場所に、閑静な邸宅地が存在する。

 緑豊かな並木道、石畳の道、垢抜けた洋館と広大な庭園。

 まるで西洋貴族の邸宅をそのまま持ってきたかのような街並みは、そこが特別な者達が住む場所であることを示している。

 そこに住まうのは、華族――その中でも、さらに高位に属する者達だ。

 

「お着物を持って来るべきでしたか」

 

 そんなことを呟いたのは、思いのほか警備が厳重だったからだ。

 とは言え、それは軍隊が区画への出入りを制限しているということではなく、各々の華族が警備員を雇って警護させている、という意味合いだった。

 ただ警備員というには、邸宅の入口に立つ彼らは重装備に過ぎた。

 

 もちろん、一般人の家にそんなものはない。

 社会の上層部にいる彼らだけが、そうした警戒を外に対して行っていることになる。

 何故か。理由は、考えるまでもない気がした。

 いずれにせよ、瑠衣のような()()は目立ってしまう。

 

「さて、と……これは、ちょっと予想外でしたね」

 

 さらに、問題が発生した。

 しばらく歩くと目的の産屋敷邸に辿り着いたのだが、どういうわけか、その正門にも武装した警備員がいたのだ。

 これは、はっきり言って予想外だった。

 腕の中に抱いているコロも、ふんふんと鼻を鳴らしていた。

 

 解釈は、二通り。

 まず産屋敷家が華族社会では今も健在であり、自主的に警備員を置いている場合だ。

 産屋敷家と関係の深い家が代わりに管理している、と見ることも可能だ。

 ただしこの場合、鬼がそれを野放しにしているということになる。

 普通に考えて、あり得ないことだ。

 

(……すると、あの警備は鬼が置いていることになる)

 

 白昼の警備。警備員自体は人間だろう。

 だが、何故わざわざ産屋敷邸を警備する必要があるのか。

 破壊するならまだしも、守る理由など無いはずだ。

 瑠衣のような鬼狩りを誘き寄せたいのか。それは、考えにくかった。

 

(……罠、か)

 

 いずれにせよ、罠を警戒せざるを得ない。

 ただ一方で、わざわざ鬼が警備するような「何か」があるとも取れる。

 今は少しでも情報が欲しい時だ。そして情報は、危険を犯さなければ手に入らない。

 そして危険というのであれば、東京に入った時点ですでに危険だった。

 

「よし……」

 

 行くか、と思いかけた時だ。

 耳に、みゃう、という鳴き声が聞こえた。

 振り向くと、いつの間にそこにいたのか、見覚えのある猫がそこにいた。

 ――――珠世の猫だった。




最後までお読みいただき有難うございます。

このままではジリ貧…!
こうなったらやるしかねえ、暗殺だ…!

というわけで、敵の本丸に突撃です。
気のせいか私の描くヒロインは皆が皆して突撃思考な気がします。
なぜだろう、現実の影響を受けているのだろうか…(え)

それでは、また次回。
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