知己は、見た。
まず、無惨の姿を見た。
無惨は若い男の姿をしていたが、見た目通りでないことはすぐにわかった。
名乗ったわけではないが、こいつが無惨だと、その目を見た瞬間に理解した。
同時に知己にとって幸いだったのは、無惨が彼にまるで関心を払わなかったことだ。
村田と共に町中で捕まり――相手が人間の警官だったので油断した――夜になって、首相官邸にまで連れて来られた。
そしてホールに入ったところで、
「ヒイイイイッ」
老人の鬼が、無惨の腕――赤黒い肉の触手に変形した――に掴まれて、逆さ吊りにされていた。
上弦の肆・半天狗だ。
無惨によって中吊りにされた彼は、涙を流しながら悲鳴を上げていた。
「ヒイイイイッ! お許しくださいませ、お許しくださいませ。どうかどうか」
命乞い、である。上弦の鬼が命乞いをする場面を、知己は見せられていた。
隣では、村田も真っ青な顔色でそれを見ている。
2人とも、何の言葉も発することが出来なかった。
言葉を発した瞬間に、あの触手が自分の方に向くのではないかと思っていたからだ。
(そもそも無惨は何をしているんだ? ど、同士討ちなのか……?)
不意に、無惨がもう片方の腕を伸ばした。
おぞましい光景だった。
そしてそのおぞましい口が大きく開き、半天狗の頭を噛み砕こうとしていた。
「ヒイイイイッ! ヒイイイイイ――――イッ!」
無惨の触手に頭を噛み砕かれるその瞬間に、半天狗の肉体が縮むのを見た。
体の内側から裏返るようにして、半天狗の体が
そうかと思えば、ボンッ、と音を立てて一気に膨張した。
「うわっ」
知己達の足元にまで、半天狗の体だった肉片が飛び散る程だった。
それを避けて次に顔を上げた時、悲鳴――いや、咆哮が聞こえた。
捕まれた部位を
「え、ちょ……オイオイオイオイッ!?」
膨張は留まるところを知らず、ホールのすべてを飲み込んでいった。
出入り口の近くにいなかったら、村田と知己も肉の膨張に巻き込まれて圧死していただろう。
そして。
『――――――――ッッ!!』
そして、
肉の胎児は膨張を続け、やがて官邸の天井や壁を内側から破り、外に出た。
まるで自らの誕生を訴えるかのように、肉の胎児は東京中に産声を響かせたのだった――――。
◆ ◆ ◆
以上が、肉の胎児が現れるまでの出来事。その一部始終だった。
「な、何が起こったんだよ」
「わ、わかりません……」
とは言え、それを最も間近で見ていた知己と村田でさえ、何が起こったのかを正確には理解していなかった。
無惨が半天狗を
無理やりに言葉で説明しようとすると、そんな風になるだろうか。
だが、そもそもどうしてそんな状況になったのかわからない。
そして、どうして自分達がそんな場所に呼ばれたのかもわからない。
あるいは、半天狗を処刑した後に殺すつもりだったのかもしれない。
要するに、平たく言えば――混乱、である。
(お、落ち着け。冷静に、冷静に状況を)
自分に「落ち着け」と言い聞かせる時点で、すでに冷静ではない。
まして、今は。
「――――何が起こっているのかわからない、という顔をしているな」
ひっ、と、自分が息を呑む音を聞いた。
崩れた官邸の
影、というより、闇そのものが頭上に漂っている。
そんな気がして、顔を上げることが出来なかった。
「理解する必要はない。そのまま頭を垂れていろ。すぐに終わる」
なるほど、自分は死ぬのか。
その事実は、不思議な程の納得感を与えて来た。
そういう納得感だ。
「お前達が最後だ」
赤い水滴が、手の甲に落ちて来た。
血。そして、頭の上で肉の音。
先程の触手が頭を撫でている。それを、理解した。
むっとするような生臭さに、息が詰まりそうだった。
恐ろしい。おぞましい。
脳裏を駆け巡るこれは、走馬燈だろうか。
走馬燈を見る時、人は死を前にして、本能的に生きのびる方法を探しているのだと言う。
だが、そんなものは無かった。死ぬ。死ぬしかない。他の選択肢など、ない。無い。
死ぬ。死、死死死死死――――。
「……どうした。黒死牟」
不意に、死がその手を止めた。
はっ、と、呼吸を思い出した。
自分がまだ生きているということを、胸に手を当てて心臓の音を聞くまで信じることが出来なかった。
「黒死牟。なぜ答えない」
横を、向いた。前は向けなかった。
するとそこに、黒髪の、剣士のような出で立ちの鬼が立っていた。
剣士のようとは言っても、甲殻類のような異形の姿ではあったが。
「…………」
静かな六ツ眼が、こちらを見つめていた。
◆ ◆ ◆
「……召集の御命令を、いただきましたので」
しばらくして、黒死牟がそう言った。
それを聞いて、無惨はフンと鼻を鳴らした。
「ああ、そうだった。任せたい仕事があった」
「……は。何なりと」
「
その命令は、余りにも自然に発された。
自然な会話だったから、聞いているだけの人間には、その言葉の意味が咄嗟には理解できなかった。
それはそうだろう。
こいつはいったい何を言っているのかと、困惑するのが普通というものだった。
「それに伴い、上弦も解体する。今しがた私を
黒死牟の六ツ眼が、俄かに細められた。
動揺している、というよりは、観察していると言った方が良いだろうか。
何か遠くを見るような、何もかもを見透かしているような、そんな眼差し。
村田も知己も、動けないままだ。
何しろ、まだ肉の触手が頭上にあるのだ。
一歩は愚か、身じろぎ1つで死ぬ。そんな状況が持続している。
嫌な汗が全身を濡らしていて、顔面は蒼白だった。
「ああ! 召集命令は本当だったのですねえ! 俺としたことが遅れてしまいました」
そこへ、もう一体――童磨が現れた。
これもまた、どこからともなく。風が吹いた後にすっと姿を見せて来た。
仕草は申し訳なさそうだが、表情が飄々としているので、謝罪の意思はさして見えない。
もっとも無惨は僅かも視線を童磨の方へ向けることが無かったので、態度や表情にそもそも関心が無かったのかもしれないが。
「遅刻の御詫びを」
「いらん。貴様の詫びなど何の意味がある。貴様もさっさと行け。黒死牟と共に粛清に走れ」
「承知いたしましたとも! ところで、上弦の解体に下位の鬼の粛清とは穏やかでありませぬ。何か我々が失態を演じましたでしょうか?」
「
頭上、いや天井の会話だ。
無惨と黒死牟、童磨の意識に、村田と知己はいない。
(情けない……!)
そう思う間にも、無惨達の会話は続いている。
「貴様らの失態などに、今さらいちいち何かを思うことなどない。ただ、いらなくなっただけだ」
箒でゴミを塵取りに入れて、ゴミ箱に捨ててしまうように。
いらないものを片付ける。それだけのことだ、と。
無惨は、そう言ったのだった。
◆ ◆ ◆
そもそも、だ。
無惨は他者を必要としたことがない。
何故ならば、人間や他の鬼と違って、すべてが自己完結した生命だからだ。
「私がこれまで増やしたくもない同胞を増やして来たのは、太陽を克服するためだ」
太陽を克服する鬼、あるいは血鬼術の発現。
無惨が鬼を
そして生産できたなら、それを取り込む。
そうすることで、無惨は太陽を克服することが出来る。
「だがそれも、もう必要ではない」
何故か。
「
平安の時代。無惨が生まれた時代だ。
無惨は人として生まれ、そして鬼として再誕した。
彼を鬼にしたのは、その時に服用したある薬だ。
薬を作った医者自身は善良な人間だった。
もっとも無惨にとってそれはどうでも良く、重要なのは、その薬の材料だった。
試作段階の薬では、完全な進化には届かなかった。
だから薬の材料を手にし、完全な薬を作る。
その薬でもって、太陽さえ克服する完全無欠の生命体へと進化する。
それが、無惨の目的だった。
「お前達のおかげだ」
「え……」
急に言葉をかけられて、知己は呆けた声を発してしまった。
ただ無惨は相手の様子など気にしていなかったので、特に問題にはならなかった。
「見つけたのは猗窩座だ」
陽光山だ、と、無惨は言った。
「生き埋めにしたな、猗窩座を。特に気にはしなかったが、だからこそやつは見つけた」
小鉄の発破で崩落した天板の穴から、僅かに射し込んだ太陽光。
無論、猗窩座はそれには近付かなかった。
しかし暗がりの中、射し込む陽光の下にそれを見つけた。
青い彼岸花。
その正体は、陽の下でしか咲かない彼岸花だ。
太陽を天敵とする鬼が、まさか太陽の象徴のような花から生まれていたとは。
さしもの無惨も予想だにしなかった。
しかし、見つけてしまえばこちらのものだった。
「すでに陸軍を派遣させた。明日の朝には届く」
配下が鬼のみであれば、入手は困難だっただろう。
しかし今の無惨には、昼間でも活動できる配下がいくらでもいる。
だから、もう
「
クク、と、喉を鳴らすように無惨は嗤った。
心底愉快そうに嗤う無惨に対して、知己の表情は悲壮そのものだった。
まさか、よりにもよって
そんな運命があって良いのかと、絶望せずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆
黒死牟と童磨の関係は、
鬼という1点を除いて、両者には何の共通項もなく、言葉で表現できる何らの間柄を持ち合わせていなかった。
友人でも無ければ仲間でも無い。ただ、同じ陣営にいるというだけだった。
「いやあ、とうとうあのお方が完全な進化を遂げられる。そう思うと、感慨深いものがあるよね」
会話も、ほとんどしたことも無い。
いや、童磨は良く喋る。
喋るが、それは一方的なものだ。
コミュニケーションという意味では、それはただの一度も成功したことが無い。
「黒死牟殿は俺なんかよりずっと長くあのお方に仕えていたわけだから、思うところも多いんじゃない?」
――――そんなものは無かった。
黒死牟が無惨に仕えて、四百年になる。
ただ黒死牟が無惨に仕えたのは、感慨などを感じるためでは無かった。
では何のためか。おそらくそれを理解できる者はいないだろう。
仮にいたとしても、もうこの世にはいない。
「そうだ。実は気になっていたんだけど」
返事が貰えなくても喋り続ける。それが童磨だった。
「どうしてあのお方は、鬼狩りなんて受け入れたんだろう? ほら、黒死牟殿が連れて来た2人だよ。何て言ったかな、そう」
「……鱗滝と桑島か」
「そう、その2人さ。人間、それも鬼狩りを使うなんて。どういう風の吹き回しだろう」
興味が無かったんだろう、と、言葉にはしなかった。
おそらく無惨にとって、鬼狩り――鬼殺隊は、もう終わった存在なのだ。
だから、いちいち気にしたりしない。
せいぜい、黒死牟が連れて来たから使ってやるか、くらいのものだろう。
もし歯向かって来たとしても殺せば良い。その程度の警戒感なのだ。
慢心。油断。どれでも無い。あれは余裕というものだ。
余裕でないとすれば、無関心という言葉が一番近いだろう。
「まあ、それを言ったらさ。あのお方に鬼狩りを紹介した黒死牟殿もだよね。不思議だなあ、黒死牟殿がそんなことしたのって初めて見たよ」
「……無駄話はそこまでにしろ」
嘆息。それを1つ零して、黒死牟は童磨を睨んだ。
「お前は喋り過ぎる」
「黒死牟殿は相変わらず真面目だなあ。忠義一辺倒って感じ。まるで武士みたいだね」
「…………」
「まあ、そんな黒死牟殿だからあのお方も信頼するんだろうね。それこそ、
「…………もう行け」
「はいはい。怖いなあ」
欠片も怖がっていない表情で、童磨は消えた。
彼が消えた後も、黒死牟はしばらく童磨がいた場所をしばらく見つめていた。
「裏切り……か」
ぽつりと呟かれた言葉は、しかし誰に聞かれることもなく、闇の中に吸い込まれていった。
◆ ◆ ◆
感慨深い、という言葉について言えば、鬼舞辻無惨は己こそが最もその栄誉に
何しろ千年に渡る努力、悲願――そういったものが、今、ようやく果たされようと言うのだ。
そういう意味において、まさに無惨は「感慨深い」という感情の中にあった。
千年。普通の人間には想像さえ難しい。永遠にも等しい時間だ。
それだけ長く生きていると、実のところ人間的な感情も擦り切れて来る。
怒りや悲しみという負の感情はともかく、喜びや感動という正の感情は特にそうだ。
だが今、鬼舞辻無惨は確かに正の感情に満たされつつあった。つまり。
「私は今、何百年かぶりに気分が良い」
殺そうと思えば、村田や知己ごときは1秒で殺せる。
しかし、いつまでも殺さない。
別に、今さら人間が死の恐怖に怯える姿を見て楽しむ趣味も無い。
「だから、やめておけ。……
崩れた壁の基礎から伸びた鉄柱が、不安定に外側へとひしゃげて曲がっていた。
その先端に手と足をかけて、禊が無惨を見下ろしていた。
片手で鉄柱を掴み、もう片方の手には長槍状態の日輪刀を逆手に持っている。
「そのまま去れ。そうすれば無駄に死なずに済む」
「ふーん、あっそ」
跳び下りた。
槍の穂先は、無惨の頚に向けられていた。
「愚か者め」
音がした。
禊が感じたのは、それだけだ。
そして耳が音を感じた時には、すでに身体に衝撃が来ている。
声も出せず、瓦礫に頭から突っ込んだ。
受け身は取れなかった。
意識よりも音よりもなお速く、肉体が防御に動いたからだ。
瓦礫に突っ込む負傷より、無惨の一撃の方が致命的だと本能が察知した結果だった。
「……!」
時間にして、おそらく3秒ほど。
無惨が禊に意識を向けて、元に戻すまでの時間だ。
しかしその時間で、村田と知己の姿は消えていた。
「実のところ、多少の興味があった」
腕を戻しながら、無惨は言った。
嘲るように。
いや、ようにではなく、実際に嘲弄していた。
「お前達が私に近付いて、どんな風に私を
無惨に視線の先に、4人の人間がいた。
村田と知己、そしてその2人を脇に抱えた鱗滝と桑島。
流石は元柱というべきか、秒の速度で2人を救って距離を取った。
まさに、称賛すべき動きだった。
「だが存外、つまらない方法だったな」
だが、無意味だった。
何故ならば、そんな行為は無惨の前では何の意味もないからだ。
――――皆殺しにしてしまえば、結果は同じなのだから。
◆ ◆ ◆
徐々に、ゆっくりと。
しかし着実に、東京は混乱しつつあった。
肉の胎児の叫び声はどこからでも聞こえたし、建物の倒壊音や人々の悲鳴も大きくなる一方だった。
「な、何だあの化物は!」
「撃て、撃てえ!」
駆け付けた警官隊が発砲した。
しかし、結果は芳しいものでは無かった。
肉の胎児は悲鳴を上げて膨れ上がり、つまりさらに巨大化した。
濁った鳴き声が、聞く者の恐怖心を呼び起こした。
「そ、そうだ。鬼の旦那、何とかしてくれよ!」
「お、おお! そうだ、鬼様なら」
「ば、馬鹿を言ってんじゃねえ! あんな化物、どうにか出来るわけねえだろうが!」
「そ、そんなあ!」
そしてそれは、鬼も例外では無かった。
それはそうだろう。何しろ
格下のヒラ鬼に、どうこう出来るものでは無かった。
だが、それは人間にはわからない。
何の事情も知らない人々からすれば、人智を超えた力を持つ鬼でさえ逃げ出す相手なのだ、としか映らない。
そのために、人々の混乱は決定的なものとなった。
銃もきかない。鬼さえ勝てない。
その結果、何が起こるか――――無秩序、である。
「う、うわあああああっ!」
「逃げろ、地区の外に出るんだ!」
多くの人々が、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
駆け付けた警官隊も例外ではない。その場に武器を捨てて逃げ出した。
「どけ! 邪魔だ人間共!」
「ぎゃっ!?」
そして、鬼。
縋り付いてくる人間を蹴倒し、投げ飛ばした。
余裕のない状態で行われたそれは、相手の人間の命を簡単に奪った。
血を噴き出して倒れた人間を見て、別の人間が悲鳴を上げる。
「わああああっ、殺した! 殺したあああ!」
そして、本心が出て来る。
人と鬼の共存という美辞麗句の下に隠されていた本心が、露になる。
「化物! 化物お――――ッ!!」
肉の胎児が人間を踏み潰し、握り潰し、そして磨り潰す。
胎児から逃げようとする人と鬼が、互いを邪魔だと罵って攻撃する。
簡単に殺される人間。銃で撃たれる鬼。
家屋が倒れ、やがて火の手が上がり始める。
肉の胎児を中心に、それは外へ外へと広がっていった。
混乱が広がり、誰もが外へと逃げようとしていた。
そんな中にあって、逆に内へと駆ける者がいた。
小柄な少年、ひょっとこの仮面を被った彼は、竹刀袋のようなものを抱えていた。
「はあ、はあっ。早く、持って行かなくちゃ……!」
小鉄だ。
彼は息せき切って、刀を手に逃げ惑う人々の間を擦り抜けて、駆けていた。
「この、刀を……瑠衣さんに!」
それは、この世で最後に打たれた日輪刀。
小鉄が瑠衣のために、最後の鉄を使って打った刀だった。
◆ ◆ ◆
――――酷く、疲れていた。
全身が鉛のように重く、そして熱かった。
だけど、実は知っていた。
自分の身体が
あの鬼、珠世にも言われていたことだ。
仕方ない。
凡庸な人間が分を超えたことをしようとしているのだから、仕方がないことだ。
(でも、他に誰がいた?)
誰も、誰もいなかった。
父も、兄も、弟でさえも、誰も傍にいなかった。
代わりに走ってくれる人間は、誰もいなかった。
だったら、無理でも何でも、自分が走るしか無かった。
(そうじゃないと)
そうじゃないと、余りにも報われない。
鬼殺隊も、鬼狩りも、煉獄家数百年の歴史も。
何もかもが、余りにも報われないではないか。
だから走った。全力で走って、走り続けて来た。
無理をしている。それはわかっていたけれど、怖かった。
恐ろしくて堪らなかった。
もし。もしも止まってしまったら、二度と動けなくなりそうな気がしたからだ。
『良インジャナイ? モウ』
誰かが、手を握ってくれた気がした。
その手は酷く冷たくて、それが心地よかった。
『モウ、休ンデモ良イジャナイ』
良いのだろうか。良いのかもしれない。
このまま目を覚まさなくて、良いのかもしれない。
心地よさに身を任せて、眠ってしまっても良いのかもしれない。
ふと、そんな風に思った。
『後ハ、オ姉チャンガヤッテアゲル』
(貴女は、引っ込んでいて――――ずっと。私の奥底で、じっとしていて)
心地よい手を、振り払った。
それでも、何かを求めるように手を伸ばした。
誰かの手を求めているのか。あるいは、何かを掴みたいのか。
自分でも、それが何のための行為なのかわからない。
けれど、そうせずにはいられなかった。
だって、そうしなければ、届かない。
何より、この――――何と、言うか。
「……ウッ。バウッ、バウッ!」
何と言うか、
「バウッ、ウウウッ」
「…………………コロさん」
嗚呼、身体が重い。視界も、いまいち暗い。
息も、酷くし辛い。
そして何より、顔中が生温かい。
しかも現在進行形で。
「ワフッ、ワフフッ」
「コロさん、ちょっと」
生温かさで目覚めて、瑠衣は言った。
「……舐め過ぎです……」
最後までお読みいただき有難うございます。
ゴールデンウィークですね!
妹とのデートに忙しい時期ですね!(え)
それでは、また次回。