鬼滅の刃―鬼眼の少女―   作:竜華零

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第59話:「姉妹」

 戦闘は、まさに()()領域(レベル)に達していた。

 その凄まじさは、瑠衣と黒死牟の周囲が()()()()()と化していることからもわかる。

 戦闘の余波で半径十数メートルにある周囲の建造物は吹き散らされ、2人を中心に無人・無物の空間ができてしまっていた。

 

「ナルホド、瑠衣()ジャア太刀打チデキナイワケダ」

 

 そしてその原因の大部分は、黒死牟の技にあった。

 彼の攻撃の射程範囲とその威力は、今の瑠衣()をもってしても受け切ることは出来ない。

 基本的に、回避するしかない。

 するとその攻撃の威力は、周囲にある物に行くしかない。

 

 結果として、あらゆる建物は――鉄だろうが木だろうが――細切れに切断され、最後は吹き飛ばされる。

 だから2人の周囲には、何もなくなる。

 ただの斬撃ならこうはならなかったろうが、黒死牟の斬撃に加えられた付属刃がえげつない。

 

「ケド、見エテイタラドウッテコトハ無イヨネ」

 

 瑠衣の瞳の光彩が、金色の輝きを放っていた。

 その目は四方に動き続け、自身に迫りくる不可視の斬撃を確実に見抜いていた。

 両手に持った日輪刀でそれらを弾き、常人ならあり得ないことに、斬撃の合間を縫って()()した。

 そして、致命の一撃――本来なら、だが――を、黒死牟の頚に撃ち込む。

 

「ふむ、悪くない…」

「気ニ入ラナイネ。負ケテルッテイウノニ、ソノ態度ハ……何ヨリ」

 

 だが、黒死牟の頚はすぐに再生してしまう。

 しかもその再生速度は、頚を落とされるごとに速くなっていた。

 そして次の斬撃が来る。その繰り返しだった。

 瑠衣の身体には、傷一つついていない。

 

「ソノ目、気ニ入ラナイ」

「お前は…。同じ目は持っていないようだ…」

「六ツモアルトカ、無駄ノ極ミダヨ」

「目が六つでもなければ…。見切れぬ動きもあるが…。お前は違うようだ…」

「本当ニ気ニ入ラナイヨ、オ前」

 

 話しながらも、2人は戦闘を続けている。

 人外の領域で行われるその戦いは、もはや人間には観測することすら出来ないだろう。

 だが幸か不幸か、観測者もまた人間では無かった。

 

「…………これは」

 

 戦闘向きではない。しかし、鬼の愈史郎は両者の戦いを観測することは出来た。

 互角に戦っているように見える2人だが、しかし完全な互角はこの世に存在しない。

 たとえ五分に見える戦いも、はっきりと()()はあるものだった。

 そしてその兆しを、愈史郎は半ば本能的に理解していた。

 やがて訪れるだろう、この戦いの結果。すなわち。

 

「不味い」

 

 ()()()()()()

 

  ◆  ◆  ◆

 

 黒死牟からの攻撃の密度は、時間を追うごとに増していった。

 おそらく、瑠衣の動きを見て修正してきているのだろう。

 少しずつだが、確実に。

 黒死牟の攻撃は、より厳しい位置に飛んで来るようになっている。

 

(大丈夫ダ。チャント視エテル)

 

 しかしその攻撃を、瑠衣の目は的確に追っている。

 鬼の、それも上弦に匹敵するだろう動体視力をもってすれば、問題ない。

 事実、黒死牟の攻撃は1つも自分に届いてはいない。

 ただ、黒死牟の再生力だけが厄介だった。

 

(何度頚ヲ狩ッテモ、スグニ再生シテクル。再生ガ終ワラナイ)

 

 鬼の再生力には限界がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが瑠衣とて、何百年も生き続けているだろう上弦の壱を相手に、殺し続けて滅ぼし続けることが出来るとは思っていない。

 

 だから瑠衣が狙っているのは、例外の方法だ。太陽の光ではない。

 ()()

 ()()()()()()()()

 内面で敗北を認めたり、死を避けられないと認識した時、鬼の再生機能は不具合を起こす。

 短期的に徒労でも、何度でも頚を斬る。そうすれば、いずれ黒死牟の精神は消耗する。

 

(コレダケヤレバ、スグニソウナル!)

 

 黒死牟の頚に幾度目かの刃を打ち立てながら、瑠衣はそう思った。

 肌先に、黒死牟の付属刃が掠めている。

 隊服はボロボロで、隠すべき部分も隠せていない。

 だから付属刃の感触は、文字通り肌で感じられる。

 

「シブトイ――――モトイ、シツコイ!」

 

 しかし、黒死牟に崩れる様子はない。

 もっと苛烈に攻めなければ。

 そう思って、付属刃を回避した直後に一足で突撃した。

 もちろん、その時には黒死牟はすでに攻撃してきている。

 

「視エテル!」

 

 そして、瑠衣はその攻撃すらも回避する。

 逆手に持った2振りの小太刀を交差させて、黒死牟の頚に刃先を押し当てた。

 そのまま、頚を斬り落とした。

 良し、と思った次の刹那だった。

 

「ガッ」

 

 自分の頚を、黒死牟の手に掴まれた。

 その時には黒死牟の頚はすでに落ちていたが、肉体は動いていた。

 すでに頚は弱点ではないのだから、当然と言えば当然だった。

 だが、所詮は頚を失った肉体。万全であるはずもない。

 瑠衣はすぐに、その腕を斬り飛ばそうとした。

 

「コンナモノ……!」

 

 ――――月の呼吸・拾肆ノ型『兇変(きょうへん)天満(てんまん)繊月(せんげつ)』。

 黒死牟の腕に向けて日輪刀を振るうのと、無数の斬撃に包囲されるのはほぼ同時だった。

 その斬撃に、回避する隙間は無かった。

 何故ならその斬撃の包囲は、黒死牟自身でさえかわすことが出来なかったからだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 今さら言うまでもないことだが。

 鬼は、再生する。

 それこそ全身を細切れにされようと、鬼にとっては掠り傷だ。

 しかし最初から覚悟していた側と、そうでない側とでは明確な差が出る。

 

「お前は…。確かに鬼だ…」

 

 黒死牟と瑠衣の再生力は、ほとんど互角だ。

 だからこそ、この差は大きい。

 黒死牟が肉体の再生のほとんどを終えた頃、瑠衣はまだ立ち上がれずにいた。

 物の数秒もすれば追いつくだろうが、黒死牟の前にその数秒は致命的と言えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 先に再生した側の、圧倒的な有利さ。

 それに気付いた時、瑠衣は歯噛みした。

 よもや黒死牟が、そんな自爆紛いの戦術をとるとは思わなかったのだ。

 事実、()()()黒死牟であれば、やらなかったかもしれない。

 

「しかし鬼になったがために…。()()()()を失っている…」

 

 剣士の才。

 ()()()()()()だ。

 今の瑠衣は、呼吸を使っていない。

 全身に広がったように見える痣も、実は()()()()()()()()()()

 発するべき力を、発していない。

 

「それでは…。私には及ばぬ…。ただの獣に…。私は倒せぬ…」

 

 呼吸による、血鬼術の強化。

 それが黒死牟の「月の呼吸」の秘密であり、正体だった。

 ならば後は、単純な計算になる。

 鬼としての力が互角であるのならば、剣士としての力の差が勝敗を決する。

 

 極めて単純な理屈であり、道理である。

 そして瑠衣にとっては不幸なことに、黒死牟という鬼は剣士としても最強の存在なのだった。

 仮に正面勝負で今の瑠衣()が勝ち得ない存在がいるとすれば、黒死牟はその筆頭であろう。

 実力差もさることながら、相性が最悪なのだった。

 加えて、痣。痣の力を持つ者とそうでない者の差は、場合によっては鬼と人の差よりも大きなものになる。

 

「お前は…」

 

 瑠衣を見下ろしながら、黒死牟は言った。

 

「お前は…。()()()()()()()()…。()()…」

 

 その言葉を聞いて、瑠衣は表情を消した。

 それは、思いもよらぬことを指摘された、という顔では無かった。

 むしろ……。

 

「ハ、ハハ」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、瑠衣は笑った。

 切断された両足が、筋繊維の軋む音を立てながら繋がりかけていた。

 それでも動くには足りないのだろう、膝がガクガクと震えていた。

 

「弱イダッテ?」

 

 瑠衣()は今まで、瑠衣()の危機を幾度も救って来た。

 妹の勝てない相手と戦い。死を回避するために肉体を再生させたこともある。

 この自分がいなければ、瑠衣()はとっくの昔に死んでいただろう。

 その自分が、守っていた瑠衣()よりも弱いと言う。

 

「ソンナコト、アルワケナイダロ……!」

 

 ぶしっ、と、足の傷口から血が噴き出した。

 踏み込んだ足とは逆の足から、血が噴き出した。

 ()()()()()()()()()()()()()

 左足は半ば千切れたままだが、右足は再生していた。

 その再生した右足を使って、瑠衣は跳んだのだ。

 

「憐れなことだ…」

 

 ――――月の呼吸・参ノ型『厭忌月(えんきづき)(つが)り』。

 斬撃は、瑠衣の両肩から腹部にかけて放たれた。

 その斬撃の鋭さは、斬られた瑠衣が、両腕の自由を失うまで斬られた事実に気付かなかった程だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 ――――不味い。

 瑠衣()が思ったのは、それだった。

 繰り返すが、太陽光以外の鬼の死は、死を実感した瞬間に訪れる。

 そういう意味において、今の黒死牟の一撃は致命的だった。

 

「…………ッ」

 

 だから、最初は堪えようとした。

 しかし斬られた事実を認識した瞬間、それは不可避となった。

 人間が肘や足の指を固い物にぶつけた瞬間、数秒後の痛みを自覚するのと同じだ。

 確実な死が、瑠衣を容赦なく殴りつけてくる。

 

 平静を保とうと引き締めたその顔が、徐々に痛みに歪んでいく。

 額に汗が滲み、眉が歪み、意思に反して唇が開き、顔色がさっと変わって行く。

 その過程は、ほんの数秒の間に行われた。

 

「ア……~~~~~~ッッッ!!!」

 

 声にならない悲鳴が、その場に響いた。

 崩れ落ちた。その衝撃で、塞がり切っていない膝の傷口から骨が飛び出してしまった。

 両肩の筋肉と神経が断ち切られ、起き上がることも出来ない。

 腹部にまで達する傷からは、再び()()が吐き出されている。

 衣服は役割を完全に放棄しており、瑠衣はもはやほとんど裸身を晒していた。

 

(ま、不味いぞ。アイツ、やられそうじゃないか)

 

 様子を窺っていた愈史郎も、同じことを思っていた。

 医者でなくとも、今の瑠衣が危ない状態だというのはわかる。

 至急――いや、大至急だ。救援と救護が必要だ。

 

 自ら危険を犯して、近付く他ない。

 愈史郎はそう思った。

 まず姿を隠し、瑠衣――ではなく、黒死牟に近付く。

 そして血鬼術で視界を奪う、しかないだろう。

 

「覗き見とは…。感心しないな…」

 

 ただ、その唯一の希望でさえ、黒死牟は潰してしまった。

 どういう歩法なのかまるで理解できなかったが、いつの間にか背後にいた。

 

(や、やられる……!)

 

 なまじ鬼だから、黒死牟の気配を間近に感じて、愈史郎は実力差を正確に理解した。

 自分では、触れる前に細切れにされてしまうだろう。

 そしてそれは、おそらく数秒後には現実のものになる。

 頼みの綱だった瑠衣は、無様に倒れて……。

 

「ほう…」

 

 ――――いる、はずだった。

 というより、つい先程までは確かにそうなっていた。

 だが黒死牟が感嘆の吐息を漏らしたように、瑠衣はいつの間にか立っていた。

 だがそこに、先程までの鬼気は感じられなかった。

 

「ま…………まだ……」

 

 瑠衣()だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 立った。しかし、立っただけだった。

 意識が飛んだ後、姉が出張ってくれた気配だけは感じていた。

 しかし身体が返って来た時には、さらに深く傷ついていた。

 

(まったく、冗談じゃない……!)

 

 人の身体を勝手に使っておいて、状態が悪くなるとはどういうことだ。

 瑠衣は怒り心頭だった。

 怒り心頭だったが、同時に理解してもいた。

 これは結局、自業自得なのだ、と。

 

 何となく、感じていた。理解していた。

 姉が表に出て来る時は、自分が()()()()()()()なのだ。

 自分では無理だと、諦めた時なのだ。

 事実、瑠衣が意思を強く持っている時、姉は表に出て来ることが出来なかった。

 

「……げほっ」

 

 傷が肺まで達している。

 口を開けば、言葉の代わりに血を吐き出した。

 だから、頭の中で語りかけた。

 

(……()()()

 

 今は、稀有な状態だった。

 自分も、そして姉も、弱っている。

 2人ともが黒死牟に敗れた。まったく敵わなかった。

 後は殺される以外にやることがない。そんな状況だった。

 

『ゴメンネ、瑠衣。役ニ立テナクテ』

 

 そんな状態だから、()()()()()()()()()()()()()

 

(謝るのは、私の方です)

 

 自業自得、だ。

 弱気になった時――つまり、都合の良い時だ。

 都合の良い時だけ、自分は姉を頼った。

 それでいて、普段は自分の奥底に抑え込んで来た。

 

『可愛イ妹ノ我儘クライ。何デモナイヨ』

 

 認めよう。

 黒死牟は、自分よりも強い。姉よりも強い。

 ()()()よりも、強い。

 

(1つだけ教えて、姉さん)

 

 無意識に、姉を頼るのはもう、やめる。

 そして、勝たなければならない。

 負けるわけにはいかない。

 自分――自分達が、最後の剣士なのだから。

 無惨の頚を、取らなければならないのだから。

 

 たとえ、たとえ!

 たとえ、黒死牟が自分達よりも強かったのだとしても。

 弱い自分達が、黒死牟を討たなければならない。

 どんな手を使ってでも、どれだけ無様でも。

 

(あいつの言っていたことは、本当?)

 

 もしも。

 もしも、自分が。

 

(私が、父様の…………子供じゃない、って)

 

 もしも自分が、父の、煉獄家の血を引いていないのだとしても。

 それでも、自分のやるべきことは僅かも変わらない。

 深く、大きく、血の味に咽そうになりながら、息を吸った。

 そして、瑠衣は咆哮した。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 叫んだところで、強くはなれない。

 もちろん、黒死牟はそれを理解している。

 そんなことで強くなれるなら、黒死牟は鬼になる必要が無かった。

 強くなるには鬼になるしかない。そう信じた結果が今の自分なのだ。

 

「とはいえ…」

 

 とは言え、気迫は凄まじいものがあった。

 剣気が、熱風のように黒死牟の肌を打って来た。

 そして傷ついた身体に――まともに動けるはずがない身体に――に鞭を打って、突っ込んで来る瑠衣に対して、黒死牟は頷いた。

 

「こちらも応じねば…。不作法というもの…」

 

 しかし、この気迫は生半可な技では迎撃できないだろう。

 今の瑠衣の肉体の耐久力を、普通の人間と同じに考えることは出来ないからだ。

 まして最後の力を振り絞って特攻してくる相手に対して、手を抜くことは矜持に反した。

 だから黒死牟は、全力で迎撃することにした。

 

 ――――月の呼吸・拾肆ノ型『兇変(きょうへん)天満(てんまん)繊月(せんげつ)』。

 これまでにない程、膨大な半月上の斬撃が飛んだ。

 無論、付属刃もついている。こちらもこれまで以上に大量の斬撃だった。

 瑠衣を10回細切れにしても余るような斬撃が、瑠衣に襲い掛かったのだ。

 

「…………」

 

 次の瞬間には、輪切りになった瑠衣の肉片を見ている。

 黒死牟は、そう確信していた。

 実際、瑠衣は斬撃の渦の中に消えた。

 終わった。そう思い、黒死牟は一瞬、力を抜いた。

 

「……何…?」

 

 斬撃が消えた後も、瑠衣は輪切りになっていなかった。

 満足、ではないが、五体を維持している。

 これだけの負傷で、しかも人間の状態で回避できるはずが無かった。

 

 ――――月の呼吸・伍ノ型『月魄災渦』。

 だが、黒死牟は動揺しない。

 即座に次撃を放つ。そして、黒死牟は見た。

 瑠衣の顔に輝く痣、そして――()()()()()()を。

 

「さっきより、斬撃の密度が薄い……!」

(咄嗟ニ出シタ技ダカラ、精度ガ粗インダ!)

「だったら……!」

(避ケラレル!)

「避けて、みせます……!」

 

 斬撃が拡散する、その一刹那。

 瑠衣は、()()()()()その身を滑り込ませた。

 本体の斬撃を回避して、しかし付属刃に全身を刻まれる。

 その傷が、ジュウと音を立てながら再生した。

 もちろん、完全な再生ではない。追いつかない。

 

 だが主要な部分を繋げさえすれば、後は呼吸で止血できる。

 鬼の速度に、呼吸。そして痣。

 足りないものは、もう無かった。

 そして、今度は立場が()になった。

 

「あああああああああアアアアアアアアアッ!!』

 

 そのつもりで攻撃した者と、そうでない者とでは。

 結果に、大きく差が出る――――。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 着地、などという格好の良いことは出来なかった。

 刀を振り切った後、身体ごと地面に落ちた。

 顔を削るようにしてゴロゴロと転がり、勢いが止まるまでそのままだった。

 最後には、力なく頬を地面に押し付けることになった。

 

「……ッ!」

『ドウナッタ!?』

 

 それでも、後ろを見やった。

 立ち上がることは出来なかったが、僅かに身じろぎして頭を後ろに回す。

 見つけたのは、頭のない黒死牟の肉体だった。

 

 頚を落とした。

 しかし、まだ油断できない。

 黒死牟は頚を斬っても再生できる。

 

「み…」

 

 斬り落とされた頭が、地面に転がっていた。

 それが、口を動かしていた。

 

「見事…」

 

 それが、最後の言葉になった。

 地面に落ちた頭が塵となって消えて、頭を失った肉体がどうと倒れた。

 頭は、再生しない。再生の前兆である塵の集合も肉の盛り上がりもない。

 そこまで確認して、瑠衣は息を――否、また血を吐いたのだった。

 

「う……」

 

 また地面に顔を打ちかけた時、瑠衣の身体を支える者がいた。

 愈史郎が手を差し伸べて、瑠衣の身体を支えたのだ。

 力なく見上げると、口を真一文字に結んだ愈史郎の顔があった。

 

「俺はお前のことなんかどうだっていいし、色々と言いたいこともある。だが……」

 

 愈史郎の腕には、コロもいた。

 コロは怪我をしているようだが、すんすんと鼻先を瑠衣の顔に押し付けて来た。

 腕が千切れかけているので、撫でることは出来なかった。

 

「凄いやつだ。お前は」

 

 明日は天変地異でも起こるのだろうか、と瑠衣は思った。

 あの愈史郎が、まさか自分を褒めるようなことを言うとは思わなかった。

 もちろん、わざわざそれを口にするようなことはなかった。

 というより、そんな体力がなかった。

 

(……そんな顔をしないで、姉さん)

 

 手も口も動かせないが、思考だけは出来た。

 そして姉とは、思考だけで会話が出来る。

 どんな()をしているのか、何となくわかる。

 

(確かに、父様の子供じゃなかったのは、哀しいし、苦しいけど)

 

 自分と槇寿郎の間に、血縁関係はない。

 自分は、槇寿郎の子供ではなかった。

 その事実は瑠衣に大きな衝撃を与えた。

 しかし同時に、納得している自分もいた。

 ()()()()()()

 

(嗚呼、だから……()()()()()()()()のか……)

 

 日輪刀が、赤く色変わりしなかった理由。

 瑠衣はようやく、それを理解したのだった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「あれえ?」

 

 と、童磨が素っ頓狂な声を上げるのを、珠世は聞いた。

 童磨はいい加減に作業に飽きて来たのか、もはや町や人を気にせず――そもそも最初からそれほど気にしていたわけでもないが――血鬼術を放ち始めていた。

 具体的には、自分と同じ強さの術を出せる氷の分身を町中に放ったところだった。

 

 そのために、肉の胎児の騒動が終わった町に、再び悲鳴が響き始めていた。

 だがそれも、童磨にとっては些事だった。

 彼はただ、鬼を全員粛清しろという無惨の命令を真面目にこなそうとしているだけだった。

 その過程の些事などに、いちいち心を捉われたりはしない。

 

「もしかして、黒死牟殿……死んじゃった?」

 

 ただ、同僚――特に格上の鬼の生死には驚きを見せた。

 驚いたように、見えただろう。

 しかし医者である珠世には、()()()()()()とわかる。

 少しの間だが近くで観察して、珠世は童磨という鬼について、おおよその推量を得ていた。

 

「ええ……じゃあ何、後は俺だけ? うーん、もっと分身の数を増やさないとなあ」

 

 童磨は、困った顔をしていた。()()()()()()だからだ。

 瑠衣との戦いの時からそうだった。

 童磨は人を喰ったような性格をしているが、常にその場面に合った表情を浮かべていた。

 表情の選択に間違いがない。

 

(この男には、()()()()

 

 鬼にも、背景(バックボーン)がある。

 強くなるためだとか、生きるためだとか、そういうものの積み重ねの気配だ。

 鬼は不死だが不変ではない。長く生きれば生きる程、変化の跡は所作に出てくる。

 しかし、童磨という鬼には何もない。何も感じられなかった。

 

「先程」

 

 珠世が声をかけると、童磨は「ん?」と気楽な様子で顔を向けてきた。

 世の女性が見れば、頬を赤らめそうな美男子ぶりだ。

 しかし良く観察してみれば、あの完璧な微笑も違った印象を受ける。

 

「私のことが羨ましい、と言いましたね」

「んん~~、そうだっけ」

「いったい、何を羨ましいと感じたのでしょう」

 

 鬼舞辻無惨の本質は、臆病者だ。

 少なくとも珠世はそう思っているし、事実として無惨は一度として――()()()以来――表に出て来なかった。

 竈門炭治郎の出現まで、鬼殺隊は無惨の尻尾さえ掴めなかった程だ。

 何もかもを持っているから、奪われたくないから、だから逃げる。隠れる。卑劣なことも出来る。

 

(わかった気がする)

 

 童磨の空々しい笑顔を見つめながら、珠世は思って。

 

(あの男――無惨が、この男を自分の傍に置いた理由が)

 

 着物の袖を捲り、肘の辺りから手首まで、己の爪で引き裂く。

 傷口から赤い血が滴り落ち、お香のような匂いが立ち込め始める。

 ――――血鬼術『惑血』。




最後までお読みいただき有難うございます。

いよいよ最終決戦のタイミングまで来ている感がありますね。
私もドキドキしています(え)

それでは、また次回。
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